曜「悲しいお話だよね…人魚姫って」

シェアする

曜-アイキャッチ4
1: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/23(火) 21:25:15.61 ID:0MDu01Tx.net
深く暗い海の底には、人魚たちの暮らすサンゴのお城がありました。
人魚の王様には6人の娘がおり、とりわけ末っ子の姫は愛らしい姿と美しい声で評判でした。

さて、人魚の王国では15歳を過ぎるとお城を出て海の上の世界、つまり私たち人間の世界を見に行くことが許されます。
先に旅立った5人の姉から陸の話をうんと聞かされて育ってきた姫は、幼い頃から誰よりも強い憧れを抱いていました。

そしてとうとう姫も15歳の誕生日を迎え、彼女は大喜びで海の上を目指し泳いでいきました。
眩しい太陽、大きな山、そして人間たち。まだ見たこともない世界が、そこには広がっているのです。


第0.8話「私の太陽」

元スレ: 曜「悲しいお話だよね…人魚姫って」

スポンサーリンク
2: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/23(火) 21:28:11.12 ID:0MDu01Tx.net
「…というワケで来週から新学期が始まるが、お前たちはこのクラブの選手である前に各々の学校の生徒であることを忘れないように。では今日の練習はここまで!渡辺、挨拶」

「気を付け、礼!」

「「ありがとうございました!!」」

「「ありがとうございました!!」」


水泳の競技では練習終わりに2回挨拶する。
1回目は顧問の先生に対する指導のお礼。そして2回目は事故なく練習させてくれたプール(に宿る水の神様?)へのお礼。

人間は陸の生き物だから、そもそも水の中での行動には向いてない。
それ故に泳ぐという行為、それも私たちがやっているような高飛び込みは特に命の危険と隣り合わせであり、それは練習を重ねてきたアスリートであっても同じこと。


みんな慣れているから忘れがちだけど、こうして今日も無事に練習できたのだって実はとてもありがたいことなのだ。絶対に自分の力だけのおかげではない。

少しでも調子に乗った瞬間、水は容赦なく人を飲み込む。その怖さを、私は知っている。

「…あーだるい。早く帰ろ」

…知らない子もいるみたいだけど。
4: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/23(火) 21:32:15.60 ID:0MDu01Tx.net
−ロッカー室−


「渡辺センパイまた大っきくなったんじゃないですか?」

後輩(といっても学校は違うけど)の子が私の胸を凝視しながら無遠慮に尋ねてくる。ここのクラブは設備も整ってるしメンバーもスタッフも精鋭揃いなんだけど、どうにも仲良くなりたいと思える人がいないのが数少ない欠点だと思う。

「んなワケないでしょ、スケベ。てゆーかむしろ邪魔なくらい」

「まーたそんなこと言ってー!いいなー私もセンパイみたいなナイスバディだったら男ども誑かしまくってるのに」

「ウチ女子高だっての」


「そーいえばウチの男子水泳部が盛り上がってましたよ、浦女(浦の星女学院)の子と合コンするんだーって。センパイ聞いてません?」

別の後輩も話に割って入ってきた。彼女は学校の水泳部も掛け持ちしているのでそうした話を知っているのだろう。


「あぁそういえば同じ中学の男の子からメール来てたね。『今度の週末開いてる?』って」

「で、なんて返したんですか?」

「既読無視」

「ウケるー!!」

ゴメン、全然笑えない。
5: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/23(火) 21:36:47.43 ID:0MDu01Tx.net
「渡辺センパイのストイックっぷりもここまでくるとヤバいっすよねー。華の17歳でしょ?そーゆーのホントに興味ないんですかぁ?」

「うーん…全く興味ないってワケじゃないんだけど、どうしても父さんと比べちゃうんかな、無意識に」

「「あぁー…」」


ナットク、って感じの反応。自慢じゃない…いや、自慢なんだけど、ウチの父親は駿河湾を結ぶフェリーの船長で、私は小さいときからずっと憧れていたし、今でも割と本気で船乗りを目指してる。
だからさっき言ったコトはその場しのぎの方便なんかじゃない。同い年の男の子には申し訳ないけど、やっぱり父と比較してるところはある。

でもそれだけじゃない。私が合コンやら彼氏やらに今ひとつ夢中になれない理由はもう一つ。この子たちには絶対言わないけど。


「まっ、私に言わせりゃ同い年の男子なんてまだまだエロガキってことよ。じゃあね」

なんて強がりを置き土産に、さっさと着替えを済ませてロッカー室を後にする。これなら彼女たちのお喋りの良い肴になるだろう。「カマトト」でも「サバサバ鯖女」でも、何とでも言えばいい。気付いてないとでも思ってたら大間違いだ、コノヤロウ。
7: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/23(火) 21:42:38.45 ID:0MDu01Tx.net
「「お疲れさまでしたー」」

すれ違う後輩たちの挨拶もそこそこにクラブの出口へと急ぐ。
今日は少し練習が延びてしまった。おかげでシャワーも充分に浴びられてない。いつもより強く残る塩素の匂いと軋んだ毛先を気にしながら、もう夕焼けに染まっている外に出た。


「あ、曜ちゃん!お疲れー!」


さっきまでの気のない形だけの「お疲れ」とは違う、元気で、それでいて優しい声がいつものように私を出迎えてくれる。
ホントはロビーに降りたときから気付いてたんだけど、照れ臭いから敢えて見ないフリなんかして。

夕焼けと同じ色の髪、透き通った真っ赤な瞳、色んなコト喋りたくってウズウズしてる唇、そしていつもと変わらない、私だけに見せてくれるその笑顔。


「お待たせ千歌ちゃん。帰ろっか」

「うん!」


この子は高海千歌。私にとって太陽みたいな、大切な友達。
14: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/23(火) 22:02:52.20 ID:0MDu01Tx.net
「…でね、u's(ゆーず)はすんごい可愛くってー」

クラブからバス停までの1kmにも満たない帰り道。こうして練習がある日に千歌ちゃんはわざわざ出迎えて一緒に帰ってくれる。家と逆方向なのに。
わざわざいいから、って言ったんだけど「疲れてるときに独りぼっちで帰るともっと疲れるよ」とか聞かなくて。


「東京行ってからずっとそれだねー。千歌ちゃんのことだからすぐ飽きると思ってたのに」

「ぶぅ!あたしだって今回は…お?」

「どったの」

「…スンスン」

「きゃん!?ちょっ、千歌ちゃん!」

「おしぼりの匂いする〜」

「(逆だと思うんだけど…)あ、ゴメンね!今日遅くなったからあんまりシャワーしてなくって…」

「ううん、あたしこの匂い好きだよ。今日も曜ちゃん頑張ってたんだなーって…フガフガ」

「…千歌ちゃんひょっとして変態さん?」

「かもね!!」

「ドヤ顔で言われても」


こうやってふざけ合って、それが楽しくて。いつまでも続けばいいのにって思うけど、バス停はもうすぐそこまで来ていて。
15: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/23(火) 22:11:47.26 ID:0MDu01Tx.net
「ねぇ、さっきの話だけどさ」

「なぁに、曜ちゃん」

「…本気でやるの?スクールアイドル」


千歌ちゃんは最近スクールアイドルにハマっている。はじめはまたいつもの気まぐれかと思ってたけど、春休みが終わったら部活を立ち上げたいと言い出したから、どうしても気になっていたのだ。

「うん、本気だよ…やっぱダメかな?あたしみたいな子がアイドルなんて」

「ちがっ、違うの!そういう意味で訊いたんじゃなくて…ええと」

マズイ、変なスイッチ押しちゃった。

「…もう、慌てすぎー!分かってるよ。曜ちゃんはそんな意地悪しないもんね」


ケロッとまたいつもの千歌ちゃんに戻る。私は少し安心する一方で、

『曜ちゃんはそんな意地悪しないもんね』

私のことを信頼しきったその言葉に、チクリと胸が痛むのだった。
18: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/23(火) 22:19:23.14 ID:0MDu01Tx.net
ブロロロロロロ…


「…じゃあ、バス、来たから」

「…うん」

何か言わなきゃ、言うんだ。


「「あのっ!!」」


綺麗なユニゾン。二人して笑いがこみあげる。

「えへへ。お先にどうぞ、曜ちゃん」

「あ、どもっす…ゴホン、えっと、ダメじゃないよ!」

「え?」

「全然ダメなんかじゃない!私応援する。千歌ちゃんがスクールアイドルになるの、手伝う!」

「曜ちゃん…」


「次、千歌ちゃんの番だよ」

「うん…えっとね……」

どうしたんだろう。言葉の歯切れが悪い。


「ここで言いにくいことなら後でメールでも…」

「ダメッ!!」

かと思えば今まで聞いたことのないような叫び。今の千歌ちゃんは明らかに変だ。やっぱりさっきのを引きずっているのかもしれない。
19: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/23(火) 22:27:57.54 ID:0MDu01Tx.net
「ダメ…今言わなきゃ…今じゃなきゃダメなんだ…」

呪文のように千歌ちゃんは自分に言い聞かせている。そのいつにない気迫が、私の繕い笑顔を掻き消す。もうゴマカシは通じない。そんな暗黙の了解が、二人の間に交わされているようで。

「…分かった」

スゥ、と息を整えて、千歌ちゃんは口元をワナワナさせながら一生懸命コトバを紡いでいく。


「あのね、あたし本気の本気だけど…ホントはすっごく怖いの。自分には何も無くて、全部長続きしなくて…だから…」

「だから…?」

「だから…良かったら、あたしと…一緒にっ…


プップー!

「「!!」」


ビクンと身体が跳ねて、張り詰めていた空気が一気に霧散した。どうやら二人してバスが口を開けて待ってくれていたのに気付かなかったらしい。

「…ゴメン、やっぱメールで!」

「えっ、あぁ…うん」

ヘッタクソな空元気を振り撒いて、千歌ちゃんがバスに乗って帰っていく。
私はカカシみたいにそこに突っ立って、しばらくボーッとしていた。
23: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/23(火) 22:37:57.05 ID:0MDu01Tx.net
結局、その日の夜になっても千歌ちゃんからメールは送られてこなかった。
けれど私は彼女があのとき何を言おうとしてたのか、考えるまでもなく分かっていた。

つづく
27: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/23(火) 23:01:23.93 ID:0MDu01Tx.net
海から顔を出した人魚姫が最初に目にしたものは、大きくて立派な帆掛船でした。
それは陸の国の王様の船で、その日はちょうど舞踏会が開かれていました。

甲板ではきらびやかなドレスに身を包んだ人々が、上品な旋律を奏でる音楽に合わせて踊っています。
その中にひときわ華麗な踊りを披露する男の人がいました。陸の国の王子様です。
姫はすっかり王子様の虜になってしまい、夜になるまで船の側で一緒に踊っていました。

船の人々が舞踏会を終えて晩餐を開いていたときのことです。
夜のうちに空の模様が変わっていたのでしょうか、突然海に嵐が吹き荒れました。
雷が凄まじい音で鳴り、波と風が大きな船をオモチャのようにグワングワンと揺らします。
そしてとうとう王様の船はひっくり返ってしまい、中にいた大勢の人が海に投げ出されてしまいました。もちろん、王子様もです。

近くでその様子を見ていた姫は、大急ぎで海に沈んでいく王子様を助けに行きました。人魚は水の中でも息ができるので、どんなに荒れた海でも溺れることはありません。
姫は王子様を抱きかかえながら、ものすごい速さで近くの浜辺まで泳いでいきました。


第1.5話「桜内さん」
38: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/23(火) 23:28:44.00 ID:0MDu01Tx.net
「スクールアイドルやりま

「ごめんなさい…」

「ほげぇー」

千歌ちゃん今日も転校生追い回してるよ。


彼女は桜内梨子さん。先日東京の学校から浦女に転入してきた女の子。
千歌ちゃんとは転入前に面識があったみたいだけど、詳しくは聞いていない。

結局、あのあと私は自分からスクールアイドル陪…もとい、部に入ることを告げた。
千歌ちゃんからは言い出せそうにない感じだったし、私としても現状ならクラブとの両立も充分に可能だと判断したから。


それにしても最近の千歌ちゃんのスクールアイドルに対する情熱には驚かされるばかりだ。
あの子は活発そうに見えて結構シャイなところがあり、アイドルみたいな目立つもの、それも会って間もない転校生を誘ってまでやろうだなんて思いもよらなかった。
39: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/23(火) 23:37:54.32 ID:0MDu01Tx.net
でもこれは間違いなく千歌ちゃんにとって大きな進歩なのだ。
そして私だってそれを望んでいたはず。望んでいたはずなんだけど…


「待てぇい梨子ちゃーん!」

「来ないでくださいー!」


どうしてかなぁ千歌ちゃん。なんだかすっごく、胸がザワザワするんだ。


「……べさん」

「……」

「渡辺さん?」

「あ、ハイ!何でしょう!?」


イカンイカン、自分のセカイに入りすぎて名前を呼ばれていることにも気付かなかった。
彼女は確か…ウチのクラスの生徒会役員だったっけ。
42: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/23(火) 23:54:19.11 ID:0MDu01Tx.net
「渡辺さん学校外のクラブに所属してるんでしょう?」

「うん、飛び込みのね。それがどうかしたの?」

「えっとね、ちょっと待って…あったコレだわ、課外活動届」

「…こんなの去年は書かなかったよ」

「いやぁゴメンね、理事長代わってから急に学校の制度も変わったみたいで…形だけの書類なの、とりあえずお願い!」

「まぁ、いいけどさ」

「今日の放課後理事長室まで提出らしいから、じゃあよろしくねー」


そう言って役員の子は去っていった。
受け取ったプリントを見る。学年、クラス、番号に名前…

(ま、入部届みたいなもんか…ん?)

備考欄にボールペンで既に文字が書かれている。トメハネがしっかりした、端正な筆使いで。


『スクールアイドルの件でお話があります。あなた一人だけで来てください。』


「黒澤…ダイヤ…」

あの鋭い目付きと冷ややかな声が、脳裏をよぎった。
59: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/24(水) 05:44:20.35 ID:nJQBb2n0.net
−理事長室−

「Come in.」

(英語…?)

意外なノックの返事にちょっとたじろいだが、興味の方が勝ってしまった。


「失礼しま…

「Oh-!あなたが浦女でSchool idol部を作ろうと言ってる子なのデスね!関心カンシン下半しn

「しょーもない挨拶は結構ですわ、鞠莉…いえ、理事長」


三人が三人とも畳み掛ける。てゆーか、アンタ理事長かよ!

いわゆる「パツキンのチャンネー」。浦女の制服が恐ろしく似合ってないグラマラス・プレイメイトが、物々しい理事長椅子に長官座り。
そして傍らには例の万年不機嫌生徒会長。私に向けて相変わらずの睨みを利かせている。

…のだが、どうも今回は様子がおかしい。まるでこの場に居たくないような、気まずいのがアリアリと伝わってくる、そんな感じ。
60: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/24(水) 06:55:23.62 ID:nJQBb2n0.net
「あのマジメちゃんはうまくやってくれたみたいネ。今度Cake奢ったげないと」

きっと私に「課外活動届」を渡したあの役員の子のことを言ってるのだろう。まるで彼女は自分の手駒とでも言わんばかりの態度が少し引っかかったが、本能的にこの人の神経を逆撫でするのは良くないという直感が私に言葉を選ばせる。

「…これ、ニセモノですよね?私を呼び出すための」

「ダイヤは丁寧に書き加えてたみたいだけど」

「フン」

このままだと二人のペースに飲まれそうだったので、私は勇気を振り絞って半ば強引に質問を振ることにした。


「聞きたいことがいくつかあります。まずダイヤさん、なぜあなたはスクールアイドルを目の敵にしているのか。そして、ええと…理事長、あなたはその立場で何がしたいのか。そして最後に、なぜ私だけが呼び出されたのか」


「「……」」


するとさっきまでの大物ぶりはどこに消えたのか、二人とも私から目を逸らして苦い顔をしている。ヤバイ、流れを変えるつもりがどうやら一気に地雷を踏み抜いてしまったようだ。
61: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/24(水) 07:51:07.88 ID:nJQBb2n0.net
「Sorry…今の私たちには最後の質問にしか答えられないワ」

「えと、なぜでしょう」


思わず食いさがったところで、生徒会長が割り込んできた。

「その前に渡辺さん、私は別にスクールアイドルそのものを憎んでいるわけではありません。ただ…」

「ただ…?」

「…今のあなたたちでは、諦めた方が身の為だと思いますわ」


「そうですか、高海にもそう伝えておきます。その方が彼女も張り切ってくれるでしょうから」

もういいや。先輩とか会長とか、関係ない。私この人嫌い、大っ嫌いだ。


「やめなさい、二人とも」


理事長の一喝が私たちを一瞬で制する。その声は少しもふざけていなかった。
この飄々とした振る舞いの裏にどんなものを抱えているのだろうと考えると、否応なくゾッとさせられる。
64: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/24(水) 08:33:17.34 ID:nJQBb2n0.net
「…二つ目のQuestionは確か『私が理事長になって何をやろうとしているのか』でしたネ?」

「ええ、答えられないなら別に今すぐとは言いませんよ」

だんだん自分でも言葉づかいが荒くなっていくのが分かる。
ある意味一人で来て正解だった。こんな私を絶対に千歌ちゃんには見せられない。


「この学校は今、とある問題に直面していマス。まだ具体的に公表することはできませんが、私は小原グループの御曹司として、そしてこの学校を愛する一人の生徒としてどうにかしたいと思ったのデス」

「にわかには信じがたいですけど、嘘ではなさそうですね」

「そのためならば私は生徒を利用することも厭わない。そしてあなたはここに呼び出された…この意味分かるかしら、渡辺サン?」


「…スクールアイドル」


ニィ、と理事長の口角が上がる。つくづく気味の悪い人だ。なんというか…底が知れない。
65: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/24(水) 08:53:17.53 ID:nJQBb2n0.net
「ちょっと、鞠莉!?」

どうやら生徒会長にとっては寝耳に水だったようだ。
狼狽というよりもはや激昂に近い剣幕で理事長…鞠莉さんに詰め寄る。


「ヤキが回ったね、ダイヤ。私が理事長に就いた時点で気付くべきよ」

「あなたって人は…本気でカサブタを剥がすつもりですの…?」

「カサブタだなんて失礼なこと言うのね。私は後悔してない…決めたの、どんなことをしてでも、取り戻してみせるって…!」


「果南が今どんな気持ちでっ!!!!」


理事長室の空気を切り裂くかのような、悲痛な叫びだった。
カサブタ…?果南ちゃん…?ワケが分からない。なんでこの二人はケンカしているのか、過去にいったい何があったのか、質問したのは私の方なのに疑問ばかりが増えていく。
66: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/24(水) 09:18:16.56 ID:nJQBb2n0.net
「あの、私はどうすれば…」

おずおずと尋ねてみるも、二人はお互いを睨みつけたまま固まってしまっている。
こりゃダメだな…と判断してそっと立ち去ろうとすると、生徒会長が鞠莉さんの方を向いたまま話しかけてきた。

「ごめんなさいね、わざわざ呼びつけたうえにこんな醜態を晒してしまって…ですがこれだけは覚えておきなさい。私が生徒会長である限り、たとえ理事長が何と言おうとスクールアイドル部は断じて認めませんわ」


それは私と同時に、目の前の鞠莉さんに対しても言っているのだということは明らかだった。

もうさっきのように苛立ちはしなかった。それよりも生徒会長が一瞬だけ見せた、私を憐れむような、心配するような表情の方が気掛かりだった。
67: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/24(水) 09:34:07.92 ID:nJQBb2n0.net
「…あなたが今日ここに来たことは高海サンは勿論、他の誰にも他言無用よ。もし次に会う時はお互い初めましてだから、OK?」

私はコクリと頷いて、そして肝心なことを思い出した。


「そういえばまだ最後の質問にお答えしてもらってません」

そうだ。この質問だけは答えられると言ってた、なぜ私だけ呼ばれたのか。


「Non,non.とっくに答えてたではあーりませんカ?」

「え?」


「あなたがここで見たこと聞いたこと全て、ですわ…これも当然ながら他言無用ですが」

そう言ったのは生徒会長だった。
しかし、どうも納得がいかない。

「なんか…煙に巻いてませんか?だって、もしそうだったとして、なんで私だけ…」


「それはあなたがこの先きっと、私たち以上の絶望を味わうことになるからよ」


鞠莉さんのその声は今までのやり取りの中で一番小さく、けれど一番重かった。

私はそれ以上、何も訊けなかった。

つづく
70: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/24(水) 10:22:14.36 ID:nJQBb2n0.net
陸に上がっても王子様はグッタリしたままで目を覚ましません。
姫はちょっと躊躇いましたが、王子様を助けるためだと自分に言い聞かせ、彼に口付けして自らの息を注ぎました。

夜通しかけて何度も何度もそうしているうちに、東の空からお日様が昇ってきました。そして近くの村から、若い娘がこちらに走ってくるのが見えました。
人魚は外に出ることは許されていても、人間に姿を見られることは許されていません。姫は慌てて岩陰に隠れて、王子様の元に駆けつけた娘をじっと見つめます。

すると娘が村の人を呼びにいった間に、王子様が目を覚ましたのです。彼は何が何だか分からない様子でしたが、やがて村人を連れて戻ってきた娘から自分が浜で気を失っていたこと、彼女がそれを見つけてくれたのだということを知らされました。

姫は一部始終を見届けると、静かに海の中へと帰っていきました。
王子様が息を吹き返して嬉しいはずなのに、姫の心はチクチクと痛むばかりです。


第2.1話「できるくせに」
72: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/24(水) 11:02:40.08 ID:nJQBb2n0.net
「桜内梨子です。改めてよろしくお願いします、渡辺さん」

「ついに梨子ちゃん陥・落!イェーイ!!」

「調子に乗らないで!合わなかったらすぐ辞めてやるんだから…!」

「とにかくこれで3人、よかったね曜ちゃん!」

「えっ?あぁ…うん…」


桜内さんがスクールアイドル部に加わった。
73: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/24(水) 11:13:44.13 ID:nJQBb2n0.net
私はスクールアイドル部に入ると決めたときから、スクールアイドルに関する様々な情報を集めていた。
千歌ちゃんは熱意と興味は充分だけど、それだけではまたすぐに醒めてしまいかねない。
発起人としてのプライドを傷つけることなく、彼女が真っ直ぐ突き進めるようにあの手この手でサポートする。

これは私に与えられた使命…いや、償いなのだと、自分に言い聞かせながら。


ところが調べるうちにスクールアイドルというのは途方もなく厳しい世界だということを思い知らされた。
まず、体力。歌いながら踊るためには瞬発力やリズム感、そしてスタミナなど様々な運動能力が求められる。言い方は悪いが、ぽっと出の文化系あがりの多くはこの時点で挫折するらしい。
74: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/24(水) 11:27:24.06 ID:nJQBb2n0.net
次に楽曲や衣装、PVなどの制作事業。事務所に所属しないスクールアイドルは全て自前で用意しなければならない。プロへの外注は認められているようだけど、それができるのは都会の私立のような「お金持ち」に限られる。
これは噂の範疇を出ないが、こうした制限は増え過ぎたスクールアイドルを絞るための「関門」でもあるという。つまりは私たちのような貧乏田舎者フィルターってこと。

(そして3つ目は…)

理事長室を出る直前に鞠莉さんが放った意味深な忠告を思い出した。

…………

『転校生の桜内梨子さんは知ってル?』

『えぇ…同じクラスですし』

『高海サンは彼女にすっかりお熱なようネ』

『…何が言いたいんでしょう』

『あの子には気をつけなさい。あなたの全てが奪われるかもしれないから』

…………

「…どういうことなんだろう」
76: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/24(水) 11:49:58.49 ID:nJQBb2n0.net
「曜ちゃん?どったの、おーい」

「ううん、何でもない!…そうだ、二人ともこれ見て」

昨夜作ったプリントを渡す。桜内さんには私のぶんを。

「これは…」

「ロードワーク…?」


「そっ。基礎トレーニングの案を考えてきたんだ。私のを参考に、ちょっと軽めに調整してね」

「全然軽めじゃないよ!」

「甘いぞ高海二等兵!!」

「はひぃっ」

「に、二等兵…」


渡辺さんが私たちの内輪ノリに付いていけず困惑している。
それがちょっと面白いと思ってしまった私は意地悪なんだろうか。
78: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/24(水) 12:19:44.00 ID:nJQBb2n0.net
クラブでビシバシやってきた私はともかく、二人はどう見ても日頃鍛えていないだろう。
u's…じゃなくてμ's、だっけ?の踊りをマネしていた千歌ちゃんには酷だけど、キチンと「部活」として取り組むのならこうした地道なトレーニングはどうしても欠かせない。

土台を疎かにして屋根だけ立派な建物を作っても、その重みですぐに崩れてしまう。
それは私にとっても、千歌ちゃんにとっても辛い結末だから。


「…分かったわ、やると決めた以上は私も変わらなきゃね。ありがとう、渡辺さん」

「曜でいいよ。その方が私も楽かな」

桜内さんはニコッと笑う。そうだね…鞠莉さんの言ってたことを気にしても仕方がない。同じ部員である以上、この子のこともよく知っていかないと。
79: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/24(水) 12:35:01.02 ID:nJQBb2n0.net
結局この日はウォームアップ・クールダウンの方法をレクチャーすることに費やした。
高2の私たちにまだ時間はたっぷりある。そもそも未だに正式な部として認められていないし。今後は基礎トレーニングと並行して、部員集めもやっていかなければならない。

ポスター、衣装デザイン、練習メニュー…頭の中でタスクが積み上げられていく。すっかりマネージャーだなぁ、と一人苦笑した。


「曜ちゃん、今日は一緒に帰らないの?」

「うん、ちょっとね。寄りたいトコあるんだ」


「じゃあ千歌ちゃんは私に任せて。お疲れさま、また明日!」

「あ、そういえば桜内さん家って十千万の隣だっけ…」

今朝知ったことなんだけどね。


「曜ちゃん」

「な、なに」

なぜか桜内さんが頬を膨らませている。


「あなたも梨子、って呼んでよ。私だって仲間でしょ」

「そーだぞ曜ちゃん!」

あらら、二人に怒られちゃったよ。
80: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/24(水) 12:49:43.33 ID:nJQBb2n0.net
「そだね、ゴメン梨子ちゃん。じゃあ千歌ちゃんお願いね!」

「うん!」

「バイバーイ!」


二人が手を振って、前を向いて、そして楽しそうし話し合いながら歩いていって。
私はそれをしばらく眺めていた。遠くでカラスの鳴く声が聞こえるまで、そうしていた。
82: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/24(水) 15:22:10.77 ID:nJQBb2n0.net
−松浦ダイビング−

「あら、今日は一人なんだ」

「残念だけどミカンの差し入れは無いよ」

青い艶やかな髪を後ろで束ねたウエットスーツの少女は玉を転がすように笑った。
松浦果南、私のもう一人の幼馴染。今は怪我をしたお父さんの代わりにダイビングショップを切り盛りしているため学校を休んでいる。

普段は学校終わりに千歌ちゃんと二人で寄ってプリントや差し入れを渡しているのだが、今回は私だけ。
理由は勿論、この前理事長室で聞いたことを問い質すため。果南ちゃんはダイヤさん、鞠莉さんと過去に何があったのか、私たちがスクールアイドルをやっていることをどう思っているのか。訊きたいことが山ほどある。
83: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/24(水) 15:41:49.76 ID:nJQBb2n0.net
「私を尋問しに来たんでしょ」

果南ちゃんがボンベを片付けながらサラッと言う。


「ウソ、もしかして顔に出てた?」

「ううん、ダイヤから電話あったの。『近いうちに渡辺さんが訪ねてくるはず』ってね」

「ダイヤさんが…」

あの人をちょっと見直してかけてる自分がいて、何となく心がこそばゆい。


「でも残念」

ゴトン、というボンベの重々しい音と同時に果南ちゃんは振り返る。
私が、おそらく千歌ちゃんも今まで見たことがないであろう険しい表情だった。

「『その件』について私はあなたたちに何も話さないことにしてきたし、これからも何も話すつもりはない」

「……」


「バカじゃないんだから分かるでしょ。帰れって言ってるの」
84: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/24(水) 15:54:17.02 ID:nJQBb2n0.net
「もし千歌ちゃんが今の果南ちゃん見たら…たぶん、泣いちゃうよ」

「…っ」

それが私にできる精一杯の反撃だった。
果南ちゃんの顔に一瞬の動揺が走ったのを見て、私は少しホッとする。


「…どうしてよ」

若干の沈黙の後、果南ちゃんは俯きながら唇をワナワナと震わせる。
手すりを握りしめる指先がギュッと鳴った。

「ねぇ、果南ちゃ…

「どうしてスクールアイドルなの!!他のことでもいいじゃない!!楽しいことなんて他にいくらでもあるじゃない!!なのに…どうしてよ!!どうしてみんな私を許してくれないの!!なんでっ!!!!」


力任せに辺りのボンベをなぎ倒し、内なる激痛に悶え苦しむように果南ちゃんは絶叫した。
その姿はあまりにもおぞましく、そして…あまりにも可哀想だった。
86: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/24(水) 16:30:29.32 ID:nJQBb2n0.net
「果南ちゃん…」

「うっ、うぅ…うぁぁぁぁぁん!!」

グチャグチャに散らかったデッキの上で、やがて果南ちゃんはへたり込んで大声で泣きだした。
こんな果南ちゃんは見たくなかった。そんなつもりはなかったとはいえ私が果南ちゃんを追い詰めてしまったのだと思うと、心が鉛みたいに重苦しくなった。


「果南ちゃん」

「…ひっく、ゴメンね。曜ちゃんは何も悪くないのに…ホントに、ゴメン…」


「ううん、私の方こそごめんなさい。ねぇ、果南ちゃん…嫌いでもいいんだよ」

「え…?」


「ダイヤさんが嫌いでもいい、鞠莉さんが嫌いでもいい…私や千歌ちゃんのことを嫌いになったっていいんだよ」

自分の中でもまだ言葉が纏まっていない。
でも目の前の大切な人を放っておけなくて、私は思うままに果南ちゃんの大きな身体を抱き寄せながら耳元で呟く。
89: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/24(水) 17:11:58.44 ID:nJQBb2n0.net
「私にもね、いるんだ…嫌いになっちゃいけないのに、大嫌いな人。果南ちゃんも知ってる子だよ」

我ながらなんて艶っぽい囁き声ができるんだ、と少し照れながらも、私の厚ぼったい唇は私の心の闇をしっとりと暴き続ける。


「まさか…この前潜りにきたあの転校生…?」

返事の代わりにフーッと息を吹きかける。果南ちゃんの身体がビクンと跳ねるのが可笑しくって、クスクス笑いが漏れる。
あぁ、私はいったい何をやっているんだろう。果南ちゃんを慰めたかったはずなのに、どうしてこんなに誰かを虐めたい衝動が湧いてくるんだろう。


「あの子は千歌ちゃんのこと何も分かってないの…何でもできるくせに、自分には何も無いとか言ってさぁ…私、今までそういう人たくさん見てきたけど皆揃いも揃ってイヤな子ばっかりだった」

「……」


「やっと千歌ちゃんが見つけた自分が輝ける場所なんだよ?だから私が守らなきゃ…すべてを捧げてでもあの子の夢を叶えなきゃいけないんだ…ね?」

スクッと立ち上がり、果南ちゃんから離れる。
彼女の恐怖と当惑が入り混じった表情が、無性に胸の奥をゾクゾクさせた。
94: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/24(水) 20:07:54.14 ID:nJQBb2n0.net
どうだ、ざまぁみろ。爆弾抱えているのは自分だけだと思ったか。
年上の幼馴染を出し抜いたことによる歪んだ嗜虐心と優越感が、冷えたアルコールのように全身の血管に浸透していく。

「曜…あなたは…」

「ねぇ果南ちゃん、自分だけは嫌いになっちゃダメだよ」

イケズな私は敢えて何事もなかったかのように、いつも通りの調子に戻したりして。


「果南ちゃんたちに何があったのか…それが訊きたかった。けどね、いいんだ…今の果南ちゃんにとってそれが苦痛でしかないのなら私はもう詮索したりしない。その時が来てからでも構わない」

果南ちゃんの顔に少しずつ安らぎが浮かんでいくのを見て、私は口角がつり上がるのを必死に堪えながら、あくまで慈しむような微笑みを繕った。


「だからさぁ果南ちゃん、一つだけ約束してくれる…?」


「…曜のお願いなら、いいよ」


私はダメ押しでもう一度耳元に口を近づける。


「またこうやって二人きりで私の愚痴を聞くの…果南ちゃんにしか言えないコト、全部」


腕の中で果南ちゃんの心が溶け落ちるのが、分かった。

つづく
97: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/24(水) 20:49:33.51 ID:nJQBb2n0.net
サンゴのお城に戻った姫は、海の王国で一番長生きで、一番物知りな老婆の元を訪れました。
老婆は陸の王国に何度も出掛けていたので、王子様のこともよく知っていると思ったからです。

案の定、老婆は王子様に関する色々なことを教えてくれました。
王子様は姫と歳が近い若者だということ、外見だけでなく中身も立派な徳の高い王子であること、そして未だ婚約者はいないということも。


姫の想いは膨らむばかりですが、二人の間には人間と人魚という超えられない壁がありました。
次第に彼女は自らの出自を呪い、ひとり塞ぎこむようになってしまいました。

そんな日々が続いていたとき、姫は広い海を渡り泳ぐ魚たちからこんな噂を耳にします。


「深海の洞窟に住んでいる魔女が、人間になれる方法を知っている」


幼い頃から魔女は悪い人魚だと教えられてきた姫でしたが、他に頼るあてもなく、虚ろな表情のまま洞窟を目指して深い闇へと潜っていきました。


第3.6話「綻び」
99: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/24(水) 23:05:24.95 ID:nJQBb2n0.net
「渡辺センパイのライブ観に行きましたよ!ヤバイ超可愛かったっすねー!!」

「やっぱ先輩は女子力ハンパないです…!」

「えへへ…うん、ありがとね」


体育館でのファーストライブが明けて初めての水泳クラブ練習で、私は後輩たちに囲まれていた。

なんだかんだと問題はあったけど、結果としては大成功。鞠莉さんの承認ももらってスクールアイドル部は正式な部活動に昇格したし、ダイヤさんだって体育館ではああ言ってたけれど、その夜に個人的なフォローのメールのやり取りも交わした。


そして今、こうして町のみんなから期待と注目を一身に受けている。文句のつけどころがないほど順風満帆な滑り出しだった。

そう、表面上は。
101: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/24(水) 23:30:11.65 ID:nJQBb2n0.net
−昨日の部室−


『…千歌ちゃん遅いわね』

『………そうだね』


「忘れ物しちゃった」とか言って千歌ちゃんが席を立った部室。スマホをいじる私と、楽譜に線を引く桜内さん。二人きりの空間には、重い沈黙が漂っていた。


『…あのさぁ』

『な、何かしら』

『この前のアレ何なの』

『ええと…アレっていうのは…?』

『私が千歌ちゃんに「じゃあ辞める?」って訊いたとき、梨子ちゃん私に喰ってかかったでしょ』

『別に喰ってかかってなんかないわよ…ただちょっと、キツいんじゃない、って思っただけで…』


あぁもう、その反応が余計に腹立つ。
ムカつくならムカつくって正直に言えばいいのに、なんでそうまでして自分は「良識ある善人」で在ろうとするかな。
103: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/24(水) 23:57:29.75 ID:nJQBb2n0.net
『あの時も言ったけど千歌ちゃんはああしてあげる方が頑張るの。これ経験則だから、あなたに分かる?』

『……』

『とにかく、今後そういう茶々入れんのナシね』

『…ごめんなさい』

内容を聞き取ることはできなかったけど、桜内さんがブツブツ何かを呟いているのは分かった。


けど、それがどうした。この子なんてまだまだ可愛い方だ。これ以上に陰湿で、直接的で、どうしようもない妬み嫉みを私は嫌というほど味わってきた。

渡辺はコーチにカラダ売ってるだの、女のクセに船乗り目指してるだの…思い出すだけで腸が煮えくり返るような理不尽の数々。


ぬるま湯に浸かってきたアンタには絶対に分かるはずがないの。私がどんな思いで強くなろうとしてきたか、私にとって千歌ちゃんが、どんなに心の支えになっているかだなんて。
112: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/25(木) 08:26:02.36 ID:8kzH/6pr.net
…………

「センパイ?」

「そうだ…私は強くなきゃいけないんだ…私のために…千歌ちゃんのために」

パシンと自分の頬を叩き、私は飛び込み台に登る。


今は次の夏の大会に向けて難易率※の高い大技を磨いている。
初めは余裕だと思っていたスクールアイドルと飛び込みの両立も、今となっては確実に私の24時間7日間を逼迫していた。

練習から帰れば今日のダンスの録画ビデオをチェックし、三者三様の課題を分析。次の曲のコンセプトを二人とグループチャットで相談しながら衣装のデザイン案を考え、それを描き起こし、メールに添付して送る。

当然タダではないので部費と三人のカンパを合わせた予算と照らし合わせ、Excelで計帳簿を作製し、ダイヤさんら生徒会と交渉。


ランニング、ダンス、デスクワーク、渉外…
常に身体は疲労困憊、頭の中は破裂寸前で、私は少しずつ、だが確実に壊れはじめていた。

※飛び込みは体操競技と同じように、自分で技を組み合わせて演技をつくる。
技ごとに「難易率」という数値が割り振られており、それが高いほど成功すれば上位になりやすいが、失敗して減点される危険性も高くなる。
113: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/25(木) 08:54:50.64 ID:8kzH/6pr.net
(えっと、今日の練習終わったら何しなきゃいけないんだっけ…あぁ、裁縫の続きか…明日までに仮縫いを見せて…OKでれば……でも…その前に…やること…が……)


「あ」


気付いたときには落ちていた。寝落ちとかじゃなくて、文字通りの落下。
10mの高さから水面までの1秒ちょっとの浮遊がスローモーションのように流れる。
捻りも、反りも、回転もない。突っ立ったままの姿勢で真っ逆さま。


そして私は、気を失った。
114: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/25(木) 09:29:07.60 ID:8kzH/6pr.net
…………

『チカちゃーん!みてみてー』

『ヨウちゃんすごーい!おそらとんでるみたい!』

ただ、ほめてくれるのが、うれしかったんだ。

わたしはちいさいときからなんでもできた。きのぼりだって、おうただって、おえかきだって。
だからべつにとびこみじゃなくても、ほめてくれさえすれば、なんでもよかった。


なのにいつからか、みんなわたしのことをキライになっていった。

『ワタナベはせんちょーのいえだからなんでもかってみらえるんだ』

『ワタナベさんとこのおかーさんこわいひとだってみんないってるよ』

『ワタナベってちょっとせいちょうはやいからってちょうしにのってるよな』

ワタナベさんは……ワタナベだから…ワタナベって…ワタナベはワタナベでワタナベにはワタナベワタナベワタナベワタナベワタナベワタナベワタナベワタナベワタナベ


『やめて!!』
117: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/25(木) 10:35:17.88 ID:8kzH/6pr.net
『ヨウちゃん』

その子は何も持っていなかった。

『ヨウちゃん』

だから私をまっすぐ見てくれた。
誰よりも純粋に、私に憧れてくれた。

『ヨウちゃん』

だから私はその子に、私の全てをあげると決めた。
何でも持ってる私は、何も持っていない彼女のためだけに生きていくと誓った。


だから、私ねーー


「曜ちゃんっ!!」


目を開けると、千歌ちゃんが泣いていた。
私は病院のベッドの上で、フッと微笑みながら彼女の頬を拭った。
121: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/25(木) 11:35:04.80 ID:8kzH/6pr.net
「着水寸前で体制を整えるなんて、お前ぐらいにしかできんだろうな」

ベッドの周囲には千歌ちゃんだけでなく大勢の人がいた。
医師と看護師に加え、コーチに後輩たち、鞠莉さんとダイヤさん(果南ちゃん…)、お父さんとお母さん…はさすがにまだ仕事中か、そして、桜内さん。


「すみません、私…」

「いいんだ、今はゆっくり休め」

てっきりコーチは怒っているだろうと思っていたけど、それよりもむしろ私が目を覚まして安心してくれていた。
後輩たちは水着にタオルを羽織ったままの格好でメソメソ泣いていた。この子たちでも私がケガしたら悲しむんだなぁ…と、なぜか冷静になっている自分がいた。


「以前から一人で抱え込みすぎではないかと心配していましたが…」

「完全にOver workでしたネ…」

先輩二人組も申し訳なさそうにしている。
おそらく千歌ちゃんか桜内さんから部活の忙しさを知ったのだろう。
122: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/25(木) 11:59:56.47 ID:8kzH/6pr.net
「仕方のないことなんです。千歌ちゃんには旅館の手伝いもあるし、作曲や編集も桜ぅ…梨子ちゃんに任せっきりですから。私にできることはこのくらいしか…」

「違うの!わたしが悪いの!!」

千歌ちゃんが目を真っ赤に泣き腫らして私を遮った。


「しんどいって、無理があるって…普通に考えたら…ひっく…分かるはずなのに…なのに…夢中になってて…何も見えてなくって……うっ、うぅぅぅ」

そのまま膝から崩れ落ち、千歌ちゃんは子どものように泣きじゃくった。
握りしめたシーツに寄ったシワの波が、鼻を啜る音に合わせて模様を変えていく。


「……しばらく3人だけにしてもらえますか」

千歌ちゃんが落ち着いてきた頃を見計らって、私は病室のみんなに告げた。
各々に対し見舞いに来てくれてありがとうと言い渡し、千歌ちゃんと桜内さんを残して去ってもらった。
124: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/25(木) 13:53:09.14 ID:8kzH/6pr.net
「部員を増やそう」

これしかない、と思った。

「ダイヤさんがあれだけ5人集めろってうるさかったのは、こういう理由もあったのかもしれない。やってみてよく分かったよ…3人だけじゃ容量オーバーだ」


よほど責任を感じてるのか、二人は俯いたまま。うーむ、どうしたものか…

「…ほら、みんなもさ!正直に言うようにしようよ!できなさそうだったら『できない』って、ちゃんと断れるアイドル部にしようよ。その方が次に入ってくる子たちも楽だろうし…ねっ?」

「曜ちゃん…」

「そうね…我慢するだけが優しさじゃないもの。そうでしょう?」


とにかく、これでやるべきことは決まった。
Aqoursの認知度が高まっている今だからこそ、本腰を入れて新入生にアピールをしていかなければならない。

候補はある。入学式で出会ったあの二人…
彼女たちについては千歌ちゃんに積極的にはたらきかけてもらうのが得策だろう。
126: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/25(木) 15:51:36.97 ID:8kzH/6pr.net
結局この日はそれで話がまとまり、私は特に怪我をしていなかったとはいえ、一応今晩は安静にしておくこととなった。

両親には病院から連絡したらしく、母が明日の朝に迎えに来てくれるのだそうだ。


私は特にすることもなく、ただリクライニングを起こして病室の外の景色を眺めていた。
山の手の病棟から見える沼津の夜は、見慣れたはずなのにどこか普段と違う美しさがあるような気がして。

(千歌ちゃんが「辞める」って言いださなくて、ホントに良かった…)

私は自分の身体のことよりも、ただそれだけが気掛かりだった。


コン、コン…


病室をノックする音がした。
127: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/25(木) 16:07:21.65 ID:8kzH/6pr.net
「…どうぞ」

時間が時間だけに気は進まなかったが、素気無く断るのもアレなので通すことに。
(病院の人なら名前を呼んでから入ってくるので、外来の人であることは間違いない)

「具合はどうかしら」

「梨子ちゃん…」

桜内さんが白い花束を持って入ってきた。


「先生の言ってたとおり、軽い打ち身で済んで良かった。まだちょっと首とお腹が痛いけど、明日にはまた学校行けるから」

「そう…」


私には目もくれず、テキパキと花瓶の花を入れ替える。
おかしい…私がここに入ったのは今日の午後のことだ。元々の花だってまだピンピンしている。

「何しに来たの」

「気に入らなかったの、この花」

「…わざわざご苦労なこt

「千歌ちゃんが飾った花と眠るなんて、許せない」


「…………え?」
130: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/25(木) 16:12:55.71 ID:8kzH/6pr.net
桜内さんは笑っていた。いや、全然笑っていないのだが彼女の顔には狂気じみた笑顔がへばり付いていた。

「…これからは正直に言おう、だったっけ?渡辺さん」

「アンタ…」





「私、千歌ちゃんのこと好きなの」

窓の外で、雨が降りはじめる音がした。

つづく
148: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/25(木) 18:26:33.98 ID:8kzH/6pr.net
魚たちの噂どおり、深海の洞窟には人魚の魔女がいました。
魔女はやつれた姫の顔を見るやいなや、優しい言葉の数々で彼女を慰めます。
すっかり魔女に心を許してしまった姫は、陸の王国の王子様を慕っていること、そして彼と添い遂げるために人間になりたいという願いを洗いざらい打ち明けました。


魔女は海の底に澱んだ黒い水を小瓶に汲むと、それに呪文をかけて薬をつくりました。
飲めば足ヒレとエラが取れて人間の姿になれるという、人魚の世界では禁忌とされる薬です。

魔女は早速飲もうとする姫を制し、次のような注意を告げました。

・この薬でできた脚は呪いの脚である。歩くたびに剣で刺されるような痛みを受ける。

・いちど人間になった人魚は、もう二度と人魚に戻ることはできない。

・自らの恋心を打ち砕かれるような絶望に陥ったとき、心臓が弾けて命は泡と消えてしまう。

姫はそれでも構わないと言うのです。


最後に魔女は薬の代金として、姫の美しい「声」を要求しました。
こうして姫は人間になった代わりに、人魚としての自分を何もかも失ってしまいました。


第4.3話「友情とは」
151: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/25(木) 20:02:56.17 ID:8kzH/6pr.net
「じゃあルビィちゃんには会計と書類作成を、花丸ちゃんには衣装の手伝いをお願いするね」

「「はい!」」

1年生の仲良しコンビの勧誘にも成功し、Aqoursはついに正式な部の条件でもある5人になった。
懸案だった役割過多もこれでだいぶ改善されるだろう。


ルビィちゃんにデスクワークを任せたのは、姉にして生徒会長でもあるダイヤさんと書類のやり取りがしやすいため。
花丸ちゃんはどうもデジタルに疎い…というか相当な機械オンチみたいなので、衣装製作のサポートに回ってもらうことにした。ミシンを使わずに済むような、小物類が主な担当となる。


千歌ちゃんは2人が大のお気に入りらしく、入部が決まってからというもの輪をかけてハイテンションだ。
けど、それも無理もない話。ランクはここのところ右肩上がりを続けているし、地域の人たちから声を掛けられることも多くなった。

(まさにシンデレラストーリー、か…)

自分で言って恥ずかしくなる。
でも、自信が付いてきたのも確かだった。
158: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/25(木) 21:53:08.02 ID:8kzH/6pr.net
「曜ちゃん、ちょっといい?」

「ん、どったの?梨子ちゃん」

桜内さんがヘッドホンを繋いだノートPCを見せてくる。


「ここのパートなんだけど、もうちょっとピアノ目立たせた方が良いかしら」

「そうだなぁ、今度のはしっとり系だし…」

ヘッドホンを借りて気になったところを挙げていく。
桜内さんはそれを一つ一つメモに書き留め、「ありがとう」と言いまた編曲作業に戻っていった。


すると千歌ちゃんが「私も意見してやるのだー!」とか息巻いて桜内さんのヘッドホンを取り上げる。
桜内さんは「もぉ!」と頬を膨らませていたが、その顔は笑顔以外の何物でもなかった。


端から見れば、何の変哲もない部活の一幕。
でもそれは巧妙に上塗りされた、ミセカケのドラマだった。
159: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/25(木) 22:59:31.88 ID:8kzH/6pr.net
−回想・病棟−

『何を…言ってるの……?』

『私は千歌ちゃんが好き』

『うるさいっ!!!!』

一瞬、雨音が消える。


『ふざけないで…そんなもの持ち込まないでよ…!』

『あなたは違うの?』

『は?』

『ダメよ渡辺さん、正直にならなきゃ…あなたは千歌ちゃんのこと、好きじゃないのかって訊いてるんだけど』


『……違う』

『へぇ』

『私はアンタみたいに汚くない…千歌ちゃんだってそう、私たちは友達なの!心からの友達だから!』

桜内さんの顔から、作り笑顔が剥がれ落ちた。
彼女に対する嫌悪感を差し引いたとしても、現れたその素顔はおぞましいとしか言いようのないものだった。
160: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/25(木) 23:58:57.73 ID:8kzH/6pr.net
『そう…あなたはあくまで、あれは友情だって言いたいのね』

『何その言い方…これ以上千歌ちゃんを変なコトに巻き込んだりしたら、私許さない』


これ以上、とは言ったものの、実際にはもう桜内さんと最初に出会った頃のような関係に戻るのは不可能だと分かっていた。
ここが真夜中の病室でなければ、私がベッドから起き上がれる状態だったなら、間違いなく彼女の襟首に掴みかかっていただろう。


『巻き込む?フフッ…アハハハハ!あなたホントに気付いてないの?』


『…桜内ィッ!!』

もういい。ぶちのめしてやる。この女の化けの皮を全部引っぺがして、私たちの目の前から摘み出してーー




『千歌ちゃんはあなたのことが好きなのよ』


桜内梨子は、泣きながら笑っていた。
皮肉なことに、今まで見た中で一番美しい彼女だった。
169: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/26(金) 08:06:19.67 ID:six/gMQ+.net
『信じられないっていうならあなた自身で確かめればいい…あと、念の為に忠告しとくけど、間違っても千歌ちゃんの目の前で私にそんな口の利き方しちゃダメよ』

『……』

『せめて学校では仲良くしましょうね。お互い「あの子」に嫌われないように』


『…どうしてこんなことするの』

くそ、悔しい…涙が出てくる。こんなヤツの前なのに、こんなヤツやろうと思えば一瞬で組み伏せられるのに、三人一緒にいるときの千歌ちゃんの笑顔が頭から離れなくて、それを壊そうとする私の腕は動かなくなってしまう。


『どうしても何も私は事実を言ったまでよ。私にとっても、あなたにとっても受け入れがたい「事実」をね。だって不公平じゃない…私だけこんなに辛い思い抱えなきゃいけないなんて。
だからあなたにも苦しんでもらうの…あなたの一番大切な友達を純粋なキモチで見られないように、私が呪いをかけてやったのよ…!』

もはや執念の為せる業としか思えない。
桜内さんは本気だ、あってはならない方向で。


『…分かった、協定を結ぼう』

『賢明な判断ね』

こうして私たちの、危うい関係が始まった。
172: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/26(金) 10:07:27.90 ID:six/gMQ+.net
…………


「…だからね、このサビの前のところはスゥーってタメて、からのバァーン!って感じでさー」

「ゴメン千歌ちゃん何言ってるか全然分かんない」

「スゥーってタメてからの…」

「せめて言い直す工夫はしなさい!」


桜内さんと千歌ちゃんが楽しそうに談笑している。
本当にタダの普通の高校生。一つだけ違うのは…二人とも同じ性の相手を好きになってしまった、ということ。


(いるんだね…ホントに…)

マンガとか映画で「そういう人」を見たことはあったし、私が小さかった頃に比べれば世の中もだいぶ寛容になっているとは思う。
でもそれはあくまで向こう岸の話だった。自分には関係のないことだと決め込んでた。

こうして実際に「女の子を好きな女の子」を、それも十年来の幼馴染がそうだったという事実を目の前にすると、私は情けないくらい激しく動揺してしまっていた。
173: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/26(金) 10:25:31.80 ID:six/gMQ+.net
「…あら、もうこんな時間」

不意に、桜内さんが時計を見て呟いた。


「ごめんなさい、今日は親に早く帰ってくるように言われてるの。それじゃあ…」

「あ!だったらわたしも一緒に…」

千歌ちゃんが席を立ちかけると、桜内さんはキッと唇を真一文字に結んだ。

「ダメよ!忘れたの?2番の歌詞を今日までに仕上げてくるって言っといて白紙じゃないの…それが終わるまで千歌ちゃんは残ってなさい、いいわね!」

「いいい家に帰ってからでも…」

「い・い・わ・ね・?」

「…うっす」


「そういうことだから、曜ちゃん見張っといてくれるかしら?」

「いいけど…別に私じゃなくても、ほらルビィちゃんも花丸ちゃんもいるし」

と二人の方を向くと、なぜか彼女たちは揃って居心地が悪そうにしている。


「じ、実は私たちも…」

「今日はこのへんで、なんて…」

やっぱりまだ緊張しているのだろうか。
178: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/26(金) 10:51:10.29 ID:six/gMQ+.net
「出るときは鍵閉めるのよー」

そう言い残し三人は去っていった。部室に残ったのは私と千歌ちゃんの二人だけ。

そう、二人だけ。


「…アイツ」

桜内さんは性格的に、用事があるときは前もって言うのが常だったはず。
そして1年生たちのあの様子…

遅すぎる合点が、脳内を駆け巡った。


あの女は私の想像以上になりふり構わない人間だった。あの女が用意した最悪の舞台に、私はまんまと乗せられてしまったのだ。

嫌な汗が滲む。口の中が異様に渇く。私はゆっくりと身体を回し、千歌ちゃんの方を向く。


「…曜ちゃん」

千歌ちゃんは私を見つめていた。
時計の針の音が、やけに大きく聞こえた。
181: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/26(金) 11:43:19.03 ID:six/gMQ+.net
『信じられないっていうならあなた自身で確かめればいい』

桜内さんの言葉が頭の中でガンガン反響する。
ふざけるな、確かめるまでもない。千歌ちゃんはアンタとは違うんだ…!


「ねぇ」

「…なに」

「こうやって二人っきりになるのもさ…久しぶり、じゃない?」

「そ、そう…だね」


「「…………」」


どうしてだろう。こんなはずじゃない、二人っきりの時間なんて今までいくらでもあった。それこそ時間が経つのを忘れちゃうぐらい、いっぱい喋って、戯れて、ケンカもしたけど、またすぐに仲直りして…こんな風になるなんて、あり得なかったのに。

千歌ちゃんはずっと私を想っていたの?友達だと思っていたのは私の方だけだったの?
ねぇ教えてよ、何か喋ってよ。

でないと私…


「…梨子ちゃんが」

「え?」

「梨子ちゃんがわたしの隣に引っ越してきたとき…曜ちゃんどう思った?」
183: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/26(金) 13:13:16.49 ID:six/gMQ+.net
「どうって…」

「答えて」

いつに間にか千歌ちゃんの瞳が潤んでいた。
何かに縋るような、儚い輝きだった。


「…不思議なこともあるもんだなぁ、って」

「…それだけ?」

「うん…それだけ…」

「…………そっか」


「ねぇ、千歌ちゃ…」

「そっかぁー!だよねー!!」

「わっ!?」

千歌ちゃんが急に立ち上がり大声を出した。
机の上の紙が2、3枚飛んでいった。


「いやぁーわたしもこんな奇跡あるんだねぇーとか思ってさー!!」

空気が死んだ部室の中で、千歌ちゃんのバカ笑いだけが虚しく響いていた。
これで良いんだといくら自分に言い聞かせても、彼女の笑い声はいつまでも消えてくれなかった。

つづく
185: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/26(金) 15:34:22.43 ID:six/gMQ+.net
姫は目を覚ますとお城の大広間にいました。
王子様が遠くから駆け寄ってくるのが見えます。

「なんとお美しいお方だろう。あなたは一体どこからきたのか」

王子様が姫を抱き抱えて尋ねますが、口の利けない姫は頷いたり首を振ったり、目をパチクリさせることしかできません。

その様子があまりにも哀れに思えたのでしょうか、王子様は王様と王妃様に掛け合って、姫をこの城に住まわせるよう取り計らいました。


王子様と一つ屋根の下で暮らせるようになった姫ですが、良いことばかりではありませんでした。
魔女が忠告したとおり、かりそめの脚は歩くたびに耐えがたい激痛に襲われます。
そのうえ痛みを訴えることもできませんから、やがて姫はいつも王子様の近くで椅子に座ってただ眺めているだけの、お人形のような存在になってしまいました。


第5.7話「依りどころ」
186: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/26(金) 16:23:55.55 ID:six/gMQ+.net
6人目のメンバーとなった津島善子(自称ヨハネ)ちゃんは家の方向が一緒ということもまって、行き帰りのバスでよく話すようになった。

「そんとき私と1点差だった子がいま日本代表選ばれててさー」

「すごいですね!」


「…前から思ってたんだけど、なんで二人のときだけ敬語なの?」

「えっ、あっ…いや、曜は…曜さんはなんというか、他の2年生二人よりもこう…姐御っぽい、ていうか…えへへ」

「ふーん…」


「い、今の他のメンバーには内緒ですよ!?」

「えぇーどーしよっかなぁー敬語やめてくれたら考えよっかなぁー」

「もぉ、イジワル!」

「アハハ、ごめんごめん…うん、やっぱタメ口の方が似合うよ!ヨ・ハ・ネ・ちゃん」

「ーーっ!!」


照れてる。カワイイ奴め。
こういうタイプの後輩は本当に…



…私の忠実な駒にしやすくて助かるよ。
192: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/26(金) 21:38:42.77 ID:six/gMQ+.net
「…ウチもね、小さいときから父さんも母さんも仕事で居ないこと多かったんだ」

「え…?」


「だから善子ちゃんの気持ちわかる。誰かに自分のこと見てほしいよね、ここにいるぞって言いたいんだよね」

「ヨハネのこと、引かないの?」


「…ねぇ、善子ちゃん」

私の首を善子ちゃんの肩に預ける。
てっきりムスク系の香りがムワッとするのかと思ったら、甘い花のようなソレだったので少し可笑しかった。

「善子ちゃんは私の味方してくれるよね」

「どういう…ことですか」

敬語、戻ってるよ。


「私もしかしたら…1年生の二人に嫌われてるかもしれないんだ」

「ま、まさかそんな」

「怖いの…キツく当たりすぎたんじゃないかって、毎日毎日気になって…!」

善子ちゃんの裾を掴むタイミング、語尾の震わせ方、全てバッチリ。
千歌ちゃんゴメンね…私あなたのためにどんどん汚れちゃってるよ。
195: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/26(金) 22:37:07.90 ID:six/gMQ+.net
「…ズラ丸もルビィもちょっと抜けてるトコはあるけど、基本的には優しい子よ。何も心配することはないわ」

「善子ちゃん…」


「何ならさ、私がそれとなく訊いてみてあげようか?」

来た。それを待ってた。


「いいの…?」

「この堕天使ヨハネに任せなさい!私の眼を見たものはたちまち術中に嵌り…って、ええ!?」

「…グスッ…ありがとう…」

「ちょ、ちょっと…バスの中で泣かないでよ!」

「私、善子ちゃんがAqoursに入ってくれてホントに良かったって…思って…!」

これは嘘じゃない。
あなたの思ってる意味とは違うけど。


「曜さん…」

「でもね、調べてほしいのは二人だけじゃないの…もう一人…いるの」

「もう一人?」

「絶対秘密にするって約束できる?」

「…うん」

「じゃあ、耳貸して」


善子ちゃんが私の口元に耳を近づけた。
私は「あの女」の名前を囁きながら、座席の下で妖しく指を絡めあった。
198: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/26(金) 23:28:35.49 ID:six/gMQ+.net
桜内さんはおそらくルビィちゃんと花丸ちゃんに「渡辺さんと千歌ちゃんは友達以上の関係にある」という類のコトを告げ口したのだろう。

それと同時に二人から私の指導の厳しさに対する不満を煽り、「渡辺さんはAqoursを千歌ちゃんと二人だけのものにするために私(桜内さん)を除け者にしている」とでも付け加えれば、
純朴な彼女たちに何の疑いも持たせることなく、桜内さんの敷いたレールの上を進ませることができる。

未だ憶測の域を出てはいないものの、もしこれが本当なら彼女は相当な切れ者と言わざるを得ない。


しかし、だからこそ私も手をこまねいているワケにはいかないのだ。
桜内さんの内部工作がこれ以上進まないように、何としても善子ちゃんは味方に付けておく必要がある。今回のはそのための布石。

とりあえずは上手く取り込めたようだが、彼女だけではいささか力不足な気もする。
桜内さんを完全に無力化するためには、もう一人ほど協力してもらわねば。


そう、もう一人の「駒」として。

事前に蒔いておいた種がようやく芽吹いたようだ。
私の携帯電話に3度も発信してくれている、とても健気で……哀れな女の子。


「まったく、甘えんぼさんだねぇ…『果南』は」


消えた液晶に映った私の顔は、いつかの誰かさんのように歪みはじめていた。
208: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/27(土) 10:08:37.12 ID:gQnaM71E.net
−松浦ダイビング(臨時閉店中)−


「…それで?」

「鞠莉とダイヤはまだ気付いてないみたい。たぶん、知ったところでどちらの味方もしな…あっ」

「アンタ何してたの…?そのための果南でしょ」

「……ごめん…なさい」

後ろからうなじを撫でる手をちょっと顎の方に回すだけで、果南ちゃんは子犬のように短く鳴いた。


カーテンを閉め、明かりの消えた受付ロビーで私たちは一つの椅子に重なるようにして座っていた。
乱雑に脱ぎ捨てられた制服のリボンが、カーテンから漏れる僅かな夕陽を受けてときおりキラリと光る。

ちょうど正面には鏡があった。私は果南の背中ごしに自分の姿を見る。黒光りする睫毛に縁取られた流し目、纏まったウェーブのボブヘア、濡れている様な淡いピンクの唇…


オンナの作り方を、私は覚えはじめていた。
211: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/27(土) 10:37:25.40 ID:gQnaM71E.net
「なんか、化粧上手くなったね」

「そう、ありがと…フフッ、見てほしい人がいるからかな」

果南ちゃんじゃないけど。


「でも意外だったな…曜が、その…」

「なに」

「その…こういうこと、するんだって」

「失望した?」


「……ううん、曜なら…いい」

「大丈夫…果南にしかしないよ」

「んっ…!」

強引に果南ちゃんが振り返って顔を近づけてきたので、私は悪戯っぽく笑って彼女の唇に親指を当てた。


「それはダメ」

それだけは絶対イヤ。
216: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/27(土) 11:32:46.63 ID:gQnaM71E.net
「んん…んうぅ…」

それがダメなら、と言わんばかりに果南ちゃんはちょうど「顎クイ」状態になっている私の指に短い接吻を繰り返しながら、ブラウスのボタンを外そうとしてくる。
私は敢えてそれは拒むことなく、果南ちゃんの幼い衝動に身を預けた。


「私、どうしたらいいの…?」

「ん?」

「怖いよ…今日が終わったら、曜がもう二度と来てくれないんじゃないかって…でも、止まらなくて…!」

「わかるよ」


あぁ、気持ち悪いなぁ…


「ホントに嫌じゃないの?ずっとお姉ちゃんだったのに…こんな私だったって、ガッカリしてない…?」

「しないってば」


果南ちゃん、私知ってるんだよ…


「よかった…ありがとう…!」


いつもお姉ちゃんぶってるけど、ホントはずっと私と千歌ちゃんから離れられないんだってこと。
だから絶対、私に逆らえないんだってことも。
219: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/27(土) 12:16:54.76 ID:gQnaM71E.net
目を開けたときには、すっかり夜になっていた。
私は隣でスヤスヤ眠っている果南ちゃんの頬をそっと撫でてから、はだけたシーツを肩までかけてあげる。

「じゃあ、あとは頼んだよ…果南」

果南ちゃんには引き続き「外側」から働きかけてもらわねばならない。
これからもきっと、千歌ちゃんに内緒でこういうことが続いていくのだろう。


「……よう…」

寝言で名前を呼んでいた。
すごく懐かしい気持ちになった。


あぁ、あなたは、本当に…何も変わっていないんだ。
私だけが、おかしくなってしまったんだ…





「……ゴメンね…果南ちゃん…ホントにっ、ひっく…ゴメンねぇっ……!」


目が滲んで、手が震えて、リボンが上手に結べなかった。
千歌ちゃんと果南ちゃんと3人で過ごしたあの頃にはもう二度と戻れないのだと思うと、悲しくて涙が止まらなかった。

つづく
228: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/27(土) 16:37:29.08 ID:gQnaM71E.net
話が拗れに拗れまくって自分でも把握しきれなくなってきたのでいったん整理します

【曜グループ】

・渡辺曜
主人公&語り手。裕福な家庭に生まれ才能にも恵まれているが故に、様々な人から嫉妬と羨望を受けて育ってきた。
そんな中、幼馴染の高海千歌だけは純粋な憧れだけを抱いてくれた(と思っている)ため、彼女にとっての「特別な存在」であり続けることを心に誓う。

しかし転校生の桜内梨子が現れたことで関係は一変。梨子の千歌への慕情を「気持ち悪い」と一蹴するも、
千歌が自分に対しそれと同じ想いを抱いていることを暴露され、どう接すれば良いのか分からなくなる。

良くも悪くも千歌にコダワリ過ぎる性質があり、それ以外の人間を軽視or敵視しがち。
いわゆる「リアルな十代の少女」である。


・松浦果南
曜と千歌の幼馴染。二人とは一つ上の年。
お姉さんらしく振舞ってはいるが実は同い年の友達が少なく、自分を頼ってくれる曜と千歌に依存している節がある。(曜には見抜かれていた)

小原鞠莉、黒澤ダイヤとは旧知の仲で、かつては3人でスクールアイドルとしても活動していたが、挫折を味わって以来疎遠になっている。曜たちには何らかの理由があって隠していたようだが…

最近は休学しながらも鞠莉、ダイヤと少しずつ連絡を取り合うようになり、Aqoursに複雑な思いを抱きつつも後輩を見守っていた。
しかし曜に前述の「心の弱さ」に付け込まれ、鞠莉とダイヤ、そして梨子を監視する役目を命じられる。

自分が曜に利用されていることは薄々感づいているのだが、関係を絶たれることを恐れて言い出せずにいる。


・津島善子
Aqoursに新しく加わった1年生。自分と同じような寂しい境遇にありながらも、虚構に逃げることなく強く生きようとする曜に心酔している。

しかし気付かないうちに曜の手駒にされてしまい、望まないながらも同級生の黒澤ルビィと国木田花丸、そして梨子を監視する役目を担わされる。

曜の「刷り込み」が効いているのか、特に梨子に対しては強い警戒心を抱いており、懐っこい後輩を演じることで情報を引き出そうとしている。
229: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/27(土) 17:12:07.24 ID:gQnaM71E.net
【梨子グループ】

・桜内梨子
東京からやってきた転校生。多芸多彩なところは曜と同じだが、曜とは違い自己卑下の傾向が強く、別の意味で鬱屈した思いを抱えている。
そんな時ありのままの自分を肯定してくれる千歌に出会ったことで彼女に惹かれていき、共にスクールアイドルを志すように。

ところが千歌が曜に対し友情以上のものを抱いているのではないかという疑念が湧き、水面下で曜への嫉妬を募らせていく。
そして曜が飛び込みに失敗し病院で眠っていた夜、千歌本人の口から曜への恋慕を打ち明けられると、嫉妬はついに憎悪へと変わってしまった。

その後は千歌と曜の関係を崩壊させるために、敢えて二人の距離を接近させるよう画策する。それと同時にルビィと花丸を囲い込み、曜への不満を植え付けて自分の支配下に置いた。


・黒澤ルビィ
生徒会長の黒澤ダイヤの妹にして、Aqoursのメンバー。
押しが弱いため自分の意見を主張することはあまりないが、実は勝手に姉とのパイプ役を命じた曜に対し、少なからぬ恐れと不信感を抱いている。


・国木田花丸
ルビィと共にAqoursに加わった1年生。東京育ちの梨子に憧れている。
彼女もまた大人しい性格ではあるが、下級生にも容赦なくスパルタ練習を押し付けるほか、何でも自分で仕切りたがる曜のことはあまり快く思っていない。
242: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/27(土) 22:15:36.08 ID:gQnaM71E.net
【中立派】

・高海千歌
ヒロインにして全ての元凶(彼女は何も悪くないが)。
3人姉妹の末っ子に生まれ、特に秀でた才能にも恵まれなかったことから「自分には何も無い」と塞ぎ込むようになる。

しかし曜や果南との出会いによって明るい性格になり、常に自分の一歩先を進む曜に対しては、いつしか友情を超えた特別な想いを抱くようになった。

曜のことが好きであるが故に正直に言えないこともあったが、同じように自分を卑下する梨子と出会い、悩みを打ち明けることで次第に心境にも変化が訪れる。

千歌の望みは「Aqoursみんなが笑顔になること」だが、彼女の知らないところでその夢は無惨にも崩れつつあった。


・黒澤ダイヤ
浦の星女学院の生徒会長にしてルビィの姉。
過去に経験した挫折が原因で幼馴染の果南と鞠莉とケンカ別れになってしまい、スクールアイドルに、そしてAqoursや妹のルビィ対して素直に向き合えずにいる。

曜については、千歌だけでは成し得なかったスクールアイドル部の設立と運営の能力を高く評価してはいるものの、交渉のためならルビィを人質にすることも厭わない強引なやり方には強く警戒している。


・小原鞠莉
2年ブゥリに戻ってきた果南、ダイヤの友達。生徒にして理事長も兼任している。
飄々とした態度で煙に巻くことが多いが、心の内には誰よりも熱い使命感とスクールアイドルへの執着が燃えている。

曜が果南を利用して自分たちを見張らせていることや部内のドロドロ事情は何となく察しているらしく、ときおり牽制しつつも曜がその手腕を存分に発揮できるよう様々な援助を行なっている。
224: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/27(土) 14:59:22.14 ID:gQnaM71E.net
王子様と一緒に暮らしているうちに姫は、次第に彼が自分ではなくあの村の娘に恋焦がれているのではないかと疑うようになりました。

そしてあるとき姫は王子様からこんな話を聞かされます。


「私が船で16歳の誕生パーティーを開いているとき、嵐に遭ってしまったのだ。
海に投げ出された私がどうやって浜まで辿り着けたのか全く憶えていないのだが、そこの村の娘が助けを呼んでくれたおかげで私は今もこうして生きていられる。
姫よ、あなたはその村の娘にそっくりなのだ。あなたに巡り合ったこと、こんなに嬉しい偶然はない」


姫は何も言わずただ笑っていましたが、その心は今にも張り裂けそうでした。
脚の痛みなど霞んでしまうくらい、姫は泣いて泣いて、泣き叫んでいました。


第6.4話「3×3」
249: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/27(土) 23:59:33.40 ID:gQnaM71E.net
PVの再生数がうなぎのぼりで伸びている。
地域に密着したことが功を奏し、ライバル関係にある他の地方スクールアイドルからも様々な応援をもらった。


編集を担当した善子ちゃんは鼻高々という感じで、たびたび私にPVとコメントを見せに来ては「褒めて褒めて」と嬉しそうにねだる。
この子に尻尾が生えていたらきっと凄いことになってるんだろうな、とか想像したり。


一方で他の二人はというと最近では露骨に私を避けるようになり、2年生の中では桜内さんとだけ話している。
おそらく私の悪い予感は的中してしまったようだ。


そして千歌ちゃんは…

「よーし今日も張り切って練習するぞー!」

あれからずっと空元気。
256: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/28(日) 08:22:57.35 ID:P3y3wOur.net
−理事長室−


「…以上が今月の校外ステージの予定になります」

ルビィちゃんに作ってもらったWordを添削、印刷して鞠莉さんとダイヤさんに提出する。
顧問がいる他の部活とは違い、スクールアイドル部では今のところ自前で事務的な手続きを直接理事長に申し出なければならない。
ダイヤさんは(彼女は不本意だろうけど)部を監督する立場でもあるので、彼女にも一応目を通してもらう取り決めになっている。

本来は部長である千歌ちゃんの役目なのだが、アイカツに集中してほしいと言って私が半ば取り上げる形でこの役に就いた。自分で言うのもなんだけど、結果としては適任だと思っている。


「昨月に比べて倍近く増えてますわね」

「Yes!知名度Risingだものー」

「良いでしょう。耳タコでしょうけど…

「学校の代表としての意識を忘れず、失礼のないように、ですね」

「分かっていればよろしいのです」


この人も私と一対一だったらだいぶ丸くなったのになぁ。
257: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/28(日) 09:38:08.90 ID:P3y3wOur.net
「ときに曜さん、ルビィの調子はどうですか」

「最近は練習にもだいぶ付いていけるようになったし、積極的に発言してますね。やっぱアイドル好きなんだなーって」

「そうですのね」

ダイヤさんの安心した、という表情に違和感。


「…家でそういう話しないんですか?」

「きっとルビィなりに私に気を遣っているのでしょう」

「気を遣う…」

「失礼、こちらの話ですわ」


伏せ目がちになる。それは拒絶というよりも、「これ以上の追及はやめて」という哀願のサインのように思えた。
258: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/28(日) 10:06:31.18 ID:P3y3wOur.net
ここまで理事長室と松浦ダイビングに通いつめて確信したことがある。
この3人にはスクールアイドルに関係する過去のトラブルがあり、それが原因で気まずい仲になっているのだ。

しかし具体的に何があったのかについては、あの手この手で探りを入れても取り付く島もないといった態度で、最後のピースだけがどうしてもハマらない。


むしろ最近では、探りを入れられているのは私の方ではないかと感じることがある。
鞠莉さんもダイヤさんも私の実務能力は高く買ってくれているみたいだけど、私の希望がそのまま通ったことは数少ない。
まるで私とAqoursを試すかのような手引きに、少しだけイラッとさせられることも。


そういえば善子ちゃんが送ってくれたメールにこんな事が書いてあった。


『ルビィと花丸は曜さんのやり方にちょっと怖がってるみたいです。ワンマン過ぎるんじゃないかって…』


これでもだいぶマシになった方で、最初の頃はウソ八百のオベンチャラばっかりだったのだ。
「いいから正直に報告しろ!!」と檄を飛ばしたら、やっと最近になってお世辞が減ってきた。

…まぁ、酷なコトさせてるとは思うけどね。
259: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/28(日) 11:06:39.65 ID:P3y3wOur.net
「ちょっと前にリコピンがここに来たの。ヨーソローのことで相談があるって」

リコピン…?あぁ、桜内さんか。

「相談ならいつも乗ってるつもりなんですがねぇ」

「ウワベは求めてないんでしょ」

鞠莉さんはこういうときビシッと物を言う。
だから侮れないんだ、この人は。


「…で、そのリコピンは何て」

「あなたチカっちと付き合ってるんですってね」


「……は?」

心臓が一拍すっ飛んだ。

(あの女いったい何考えて…!?)


「それでなのか、曜ちゃんはAqoursを千歌ちゃんと二人だけのものにしようとしてるとか何とか…って曜、どこ行くつもり?」

「今すぐ取っ捕まえてここに連れてきます!」


ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるな…!!
260: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/28(日) 11:37:00.48 ID:P3y3wOur.net
「ちょっと待って」

ドアノブに手が掛かったところで鞠莉さんに呼び止められる。


「私はね、どっちでもいいの」

「何が?急いでんだけど」

「口の利き方には気をつけなさい!」

ダイヤさんが厳しく怒鳴ってくるが、頭に血が昇った今の私には響いてこなかった。


「訂正するわ、どうでもいい。アンタたちチビっ子が誰と仲が良くて、誰々と派閥作ってとか、マジでどうでもいいの…心底くだらないから。
だから私はどっちの味方もしません。ワンマンだろうとレズビアンだろうと、使えるなら利用するし使えないと判断したら切り捨てる、それだけのこと。
桜内さんをここに連れてきたところで、あなたが期待してるようなことは起こらないと思った方が良いわ」

「そうですか」


「それともう一つだけ」

もう、早く行かせてよ…いちいち大物ぶってんじゃねぇよこの◯◯◯。
…って千歌ちゃんが聞いたら泣くだろうな。


「これ以上果南を泣かせるようなことしたら、ジョーダン抜きで殺すから。その気になれば私が一切手を汚さずにそれができる家の人間だってこと、忘れないでちょうだい」

「…何の話でしょうか」


私はそう言い残し、理事長室を後にした。
廊下ですれ違った生徒たちが私の顔を見て、みんな一様に慄いていた。
271: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/28(日) 17:44:48.74 ID:P3y3wOur.net
「桜内!!」

ほとんど蹴破る勢いで屋上の扉を開ける。

「あら、遅かったのね」

いたのは桜内さん一人だけだった。
待ちくたびれたとでも言いたげに手摺にもたれ、いつものムカつくニヤけ顔を向ける。


「…他の子たちはどうしたの」

「さぁ?今頃海沿いの道でも走ってるんじゃないかしら」

「まぁいいわ。二度とそんなスカした態度とれないようにボコボコにしてあげるから、理事長室に来なさい」


「バカねぇ…これだから田舎の半グレは」

プツン、と何かが切れる音がして、目の前が真っ赤に染まった。
もはや文字には表せない怒号を放ちながら、私は桜内さんに向かって突進した。
274: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/28(日) 18:09:47.45 ID:P3y3wOur.net
そこから先のことは断片的にしか憶えていない。
ただ、決してワンサイドゲームでなかったことだけは確かだった。

女のケンカは男のソレとは異なり、基本的に「グー」は滅多に使わない。
その代わり服や髪やら掴めるものが多いので、必然的にガップリ四つからのマウントポジションの奪い合いに終始する。
キャットファイトと呼ばれる所以だ。


桜内さんが狂った警報機みたいな高笑いで叫びながら、私に跨がり首を絞めてくる。
私はスカートの中が丸見えになるのも構わず強引に脚をバタつかせて身を捩り、引き離した。

「ゲッホ、ウエッホ…オエッ!」


「アハハハハハハハ!!壊れちゃえ壊れちゃえ!アンタも!Aqoursも!全部!壊れちゃえばいいのよ!!」


頭がガンガンする。目が眩む。気付かないうちに口の中が血の味がする。

気分が悪い、今にも吐きそうだ。早く終わらせられると思っていたのに、予想以上に桜内さんは手練れていた。

…というより、リミッターが外れていた。
276: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/28(日) 18:43:11.53 ID:P3y3wOur.net
さっきの鞠莉さんの脅しじゃないけど、後先のコトを考えて手加減していたら本気で殺されかねない。


私だって確かに桜内さんを排除するために色々と汚い手段は使ってきた。そこは認めざるを得ない事実。

しかし失うものは最小限で済むようにギリギリのラインは守ってきたつもりだった。
果南ちゃんや善子ちゃんにだって、いつかは全てを話して詫びなければとも思っている。許されるかどうかはともかく。


ところが今の桜内さんにはそれがない。私を心身共に破滅させられれば、自分はどうなっても構わないと言わんばかりの妄執的な憎悪に飲み込まれているようだ。


もう、こうなってくるとますますワケが分からなくなってくる。
この子はなぜこんなにも千歌ちゃんが好きなのか、千歌ちゃんはこの子のどこに惹かれてスクールアイドルに誘ったりしたのか。


「…いい加減に、してよ」

私は肩で息をしながら、桜内さんに唸った。
280: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/28(日) 19:12:05.51 ID:P3y3wOur.net
「壊れちゃえ?冗談じゃないよ…アンタなんかには絶対無理だから、せいぜいそうやってピーピー喚いてればいいんだ」

「何ですって…」

「女が好きなんでしょう!?あーあーヤダヤダ気持ち悪い!そんな奴にAqoursにいてもらっちゃ困るの!まだ分からない?自分が嫌われてトーゼンのクズなんだって!!」

「イヤ…」

「だからアンタはどこに行っても虐められるの!異常だから!そのくせ被害者ヅラして威張るから!!」

「やめて…」

「誰も言ってこなかったんなら私が言ってあげるよ、消えろ!アンタみたいな…陰気で、弱くて、醜い人間はね、みんなのために消えるべきなの!死ね!死ねっ!!死んじまえぇっ!!!」


「やめてぇぇぇぇぇ!!!!」
281: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/28(日) 19:12:47.72 ID:P3y3wOur.net
最後の叫び声は、私の背後から聞こえた。
それは聞き慣れた、でも一番聞きたくない人の声だった。

千歌ちゃんが屋上の扉から身を出していた。

つづく
286: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/28(日) 21:12:29.08 ID:P3y3wOur.net
その頃、王子様の命を受けて浜辺の村に向かっていた使いの者が、ついに例の娘を見つけて城まで連れてきました。

王子様はたいそう喜び、それまで持ち上がっていた隣国の姫たちとの縁談を全て断って、この娘と結婚すると宣言しました。
そして姫に、結婚式の折には是非とも花嫁の介添役をやってほしいと頼みました。

姫はだんだん、息が苦しくなるのを感じていました。


結婚式は王子様の意向により船の上で行なわれました。
皮肉なことに、王子様と姫が初めて出会ったあの海でのことです。

脚と心臓の痛みに耐えながらも姫は美しい踊りを披露し、王子様と娘の結婚に花を添えました。
曲が終わるやいなや姫は涙に濡れた顔を隠して、後ろの甲板に走り去っていきます。


姫が手摺に身を預けていると、水面から5人の姉たちが顔を出してきました。
なぜだか皆揃って頭を丸刈りにして泣いています。

姉たちは口を揃えて言いました。

「もうおまえの片思いが可哀想で見ていられないわ。だから私たちの髪と引き換えに、魔女から牙の短剣をもらってきたの。夜が明ける前にこれで王子を刺し殺しなさい。彼の返り血で人魚に戻れるのよ!」

姫は牙の短剣に映る自分の泣き顔を見て、ぐっと覚悟を決めました。


最終章「スリーマーメイド:前編」
293: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/29(月) 00:42:12.98 ID:Nvg+6Pwg.net
【東京五輪速報】渡辺惜しくも4位、現役引退を表明
2020年8月Y日(愛活新聞)

X日に行われた女子高飛び込み決勝で、日本代表の渡辺曜選手は4位入賞となった。金メダルに期待がかかっていたが惜しくも表彰台には届かず、試合後のインタビューで現役選手を引退する意思を明らかにした。渡辺選手は高校時代に国体で優勝を果たしており…
294: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/29(月) 00:45:21.19 ID:Nvg+6Pwg.net
「それじゃあみんな、挨拶しよっか」

「「ありがとうございました!」」

「「ありがとうございました!」」


「ねーせんせー」

「どうしたの?」

「なんで2かいあいさつするん?」


「それはね、1回目は先生、つまり私へのありがとうでしょ?それで2回目はプールの神様へのありがとうなんだよ」

「かみさま?」

「そう、神様。今日も無事に練習させてくれたのは神様のおかげなの。私たちには見えなくたって、神様はずーっと見てるんだよ」


「なんかうそっぽい」

「ウソじゃないよ。ちゃんと見てるんだから…だから…ねっ」

「…せんせーなんでないてるん?」


「神様を裏切ったら、バチが当たっちゃうんだよ…」
295: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/29(月) 00:49:38.08 ID:Nvg+6Pwg.net
『曜ちゃん…もうやめて…』


違うの。


『私、もう曜に慰められたくない』


こんなはずじゃなかったの。


『曜さん…ごめんなさい…ごめんなさい…!』


私はただ、守りたかった。


『私の浦の星をどうしてくれるのよ!!』


千歌ちゃんを守りたかっただけなの。


『あなたには失望しましたわ』


なのにどうして。


『お姉ちゃんを利用しないでください!』


いったいどこで。


『善子ちゃんはずっと泣いてましたよ』


間違えてしまったの。
296: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/29(月) 00:53:11.17 ID:Nvg+6Pwg.net
『虚しい勝利だわ』

『結局千歌ちゃんは私になびいてはくれなかった』

『私は渡辺さんに復讐することに囚われすぎて、大事なものをたくさん失っちゃった』

『何もかもあなたのせいよ』

『そして、何もかも私のせい』


『…信じてもらえないかもしれないけどね、あの頃は心の底から楽しかったの。ずっと3人一緒だって、本気で思ってたのよ』

『覚えてないかしら?ほら、3人で砂浜に色々書いてたじゃない』

『今思えばとんだ皮肉よね…スリーマーメイドだなんて』


『私たちって、もしかしたら3人とも人魚姫だったのかなぁ…』
297: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/29(月) 00:56:15.32 ID:Nvg+6Pwg.net
「…せんせー?」

「あぁ、ゴメンゴメン!ついボーッとしちゃって」

「なかないで」

「…うん……うんっ!ありがとねっ」


そう…これが、私の罪。
悲しいお話だよね…人魚姫って。


「おーい渡辺コーチ!お前に来客だぞー!」

「え?」

「『カナン』って言えば分かるってよー!」


つづく
303: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/29(月) 09:42:00.56 ID:Nvg+6Pwg.net
姫はこっそりと王子様の部屋に忍び込みます。
王子様は妻となった村娘と手を繋いで、幸せそうに眠っていました。
彼の髪をそっとかきあげてから、額にキスをしました。

そして姫は牙の短剣を両手で握りしめ、グッと振り下ろしました。

姫自身の心臓に。

すぐに自分の身体が泡になって、海に還っていくのが分かりました。
さいごの顔は、憑き物が落ちたように穏やかでした。


最終章「スリーマーメイド:後編」
304: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/29(月) 10:08:55.59 ID:Nvg+6Pwg.net
大慌てで着替えを済ませてロビーに出ると、果南ちゃんだけでなく鞠莉さんとダイヤさんも一緒に来ていた。

あれから数年、みんなすっかり大人になっていた。


「おひさー」

「コーチとして戻ってくるとは…あなたらしいですわ」

「あ、どうぞ、あの座ってください…おい受付!先輩方のお帰りだぞ、茶ぐらい出しなさーい!!」

「は、はいでありますっ!」


口をポカーンと開けて突っ立っていた受付の女の子に笑いながら命令する。
善子ちゃんはアタフタしながらお茶を汲みに行った。
305: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/29(月) 10:31:07.11 ID:Nvg+6Pwg.net
「ニュースで聞いてビックリしたわよ!まだこれからってときに引退なんて言うんだから」

「えへへ…なんかね、一度ゆっくり立ち止まる時間がほしくなった、っていうか…それよか果南ちゃん!そのお腹もしかして!?」

果南ちゃんは膨らんだお腹を優しく撫でて微笑んだ。

「はい…8ヶ月です!」

「わぁ、おめでとう…!」


「それでね、今日は曜にどうしてもケジメを付けたかったの」

「ケジメ…?」

右の頬に物凄い衝撃が走って、身体が傾いた。
果南ちゃんの左手の薬指と瞳がキラリと光った。

「痛いよ」

「私もずっと痛かったよ。だからこれでおあいこ」


「……ごめんなさ

「すいません曜さんお茶葉切らしてたんでカルピスで…ってあああああ!!どどどどどうしたんですか!?」

「あ、善子ちゃん。あのね」

「果南さんやめてください!!曜さんはずっと苦しんでて!ずっと謝りたいって!ここに戻ってきたのだって償いのつもりで!だからっ…だからあああ!!」

お前が泣いてどうする。
けど、もらい泣きしちゃったな。
307: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/29(月) 11:07:47.67 ID:Nvg+6Pwg.net
「なんて美しいユージョー…」

「私は今、猛烈に感動しています…」

いつの間にか二人も泣いてるし。
この人たちからは、あの後すぐ理事長室に連れて行かれてボコボコにされたからなぁ…

こうして大の大人5人はしばらく泣いていた。練習を終えた子どもたちがそれを見てドン引きしながら帰っていく。
まぁ後で善子ちゃんに説明させればいいや。


突然、着信音が鳴った。
どうやらダイヤさんのらしい。

「もしもし、ルビィ?…なっ、失礼ね!泣いてなどおりませんわ!えぇ…そう、分かりました」

「ルビィちゃんから?」

「花丸さんと一緒にこちらに着いたようです。お二人ともいらっしゃい、ここのオーナーの方とはお話は付けておりますので」


「いらっしゃいって…」

「どこへですか…?」

私と善子ちゃんが目をパチクリしていると、果南ちゃんは子どものように笑った。

「もちろん、十千万だよ」
309: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/29(月) 11:29:06.87 ID:Nvg+6Pwg.net
クラブの前には「十千万」と書かれたマイクロバスが停まっていた。
あの頃はミニバン2台だったことを考えれば、けっこう繁盛しているのだろうか。

なんて事をボンヤリ思い浮かべながら、私の片足はステップに踏みとどまって震えていた。

「曜さん…」

「ゴメン、やっぱ…無理みたい」


果南ちゃんはきっと私に断らせないように、今回のことを秘密にしていたのだろう。
それはよく分かる。でも、心の準備ができていない。

本当に情けないなぁ、私__


「だぁー」


「…ほえ?」

車内から奇妙な声がした。
見上げるとルビィちゃんが、まだ生まれてすぐであろう小さな赤ちゃんを抱いていた。

「お姉ちゃんの息子の『琥珀』です。お帰りなさい…曜センパイ」

「んまんま」


琥珀ちゃんが笑って手を振った。
少し気持ちが軽くなったような気がして、私はバスに乗り込んだ。
311: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/29(月) 11:55:48.32 ID:Nvg+6Pwg.net
「私こそ何も知らなくて…すみませんでした!」

「やめてよ花丸ちゃん…悪いのは私だったんだから、ね?」

「今なら分かるんです。センパイがあんなに厳しかったのは、ちゃんと理由があったんだって」

花丸ちゃんは今、地元を離れて県外の仏教系の大学に通っているという。
ルビィちゃんから話を聞き、夏休みに合わせて帰ってきたとのこと。


こうしてAqoursのメンバーが集まることはずっと無かったので、各々私を許してくれた後はすぐに思い出話や近況報告で盛り上がった。
部をメチャクチャにしてしまった当事者に言う資格はないのかもしれないけど、時間というものは人と人との溝を埋めるチカラがあるんだなぁと思う。


鞠莉さんによれば十千万の経営は実際はかなり厳しい状態だったらしく、最近になって小原グループの傘下に入り再生を試みているのだという。
地域に密着した伝統的な旅館を残したいという、鞠莉さんの強い願いで実現したそうだ。


運転手さんの計らいで、浦の星の前を通ってくれることになった。
といってもルビィちゃんたちの世代が卒業した後すぐに、沼津の高校に統合されてしまったのだけれど。
312: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/29(月) 12:16:50.02 ID:Nvg+6Pwg.net
「この町もどんどん変わっていっちゃうんだね」

無惨な姿に荒れ果てた浦女の校舎を目の当たりにして、胸がギュッと締め付けられる。
校門だった場所に建てられた看板には、

「特別養護老人ホーム(2025年完成予定)」

とあった。


(ごめんなさい。あなたを守れなくて…)


時が止まった静かな校舎に私は別れを告げた。
他のみんなも目を閉じて、何かを語りかけているようだった。


そうしてバスは十千万に着いた。
玄関では志摩姉さんと美登姉さんが立って迎えてくれていた。

「お久しぶりね、曜ちゃん。オリンピック観てたわよ!元気にしてた?」

「帰ってきてたならウチに寄ってくれれば良かったのに。水臭いんだからぁ」

二人は私たちに何があったのか知っている。
それなのに、それなのにこんな風に私のことを…


「うっ…ううぅ……うああああん!!」


この町は変わってしまった。
けど、変わらないものもあった。
313: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/29(月) 12:32:45.52 ID:Nvg+6Pwg.net
今日は私たちのために貸し切りにしてくれたらしく、それぞれかつての学年ごとに部屋で泊まれることになっていた。お昼になったら大広間で食事も用意しているという。

「まずは風呂よ!」と鞠莉さんを先頭に浴場へ突撃していくみんなを眺めていると、志摩姉さんが私を呼び出した。


「急でごめんなさいね。鞠莉ちゃん…じゃなくて、オーナーがどうしても、って言うんだから…」

「ははは…オーナーですか」


「それで曜ちゃんにちょっとお使いを頼みたいんだけど、いいかしら?」

「えぇ、何なりと」

私が引き受けると、志摩姉さんは私の手を取って小さな声で告げた。


「いつもの砂浜に行きなさい。あの子が待ってるから」


私はゆっくりと、深く頷いた。
316: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/29(月) 13:04:08.66 ID:Nvg+6Pwg.net
意図的に避けてきた浜辺へと続くこの道を通っていると、色々なことが走馬灯のように蘇ってきた。

初めて千歌ちゃんと出会った日のこと、一緒に海で泳いだこと、ケンカしたこと、仲直りしたこと…


そして、あの日のこと。

屋上から飛び降りようとした千歌ちゃんを、私と梨子ちゃんで必死になって掴んで押さえてたんだっけ。
変だよね…それまでお互いのことが憎くて憎くて仕方なくって、ほとんど殺し合いみたいなことやってたのに、
二人して『千歌ちゃん死んじゃダメ!』って子どもみたいにワンワン泣いて。


梨子ちゃん。あの時は言えなかったけど、私とっても嬉しかったんだよ。
最後まで千歌ちゃんを見捨てないでくれて、ありがとう、ごめんね、って思ったんだよ。


だから、もしまた会えることがあったなら__


「キャッ!」

ドスッという鈍い音と、何かにぶつかる感覚がした。


「痛ったぁ…もう、前見て歩きなさいよ!この田舎者!」

「……え?」


忘れるはずがない。透き通ったその声、風になびく長いサラサラの髪、精巧な人形のような端正な身体。

梨子ちゃんとキャリーケースが、目の前で倒れていた。
317: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/29(月) 13:21:14.88 ID:Nvg+6Pwg.net
「梨子…ちゃん…?」

スカートを手で払って彼女は立ち上がる。
大人になっているけど(前から大人っぽかったけど)、間違いなく梨子ちゃんだった。


「…ちょっとなに、その顔は。いつもみたいに憎たらしそうにしたら?」

「だって…グスッ…だってぇ…!!」


「フッ…バカね…アンタあの後すぐ勝手にアイドル辞めるとか言い出すんですもの。こっちはまだ言いたいことも聞きたいこともいっぱいあったのに…ホント、どうしようもないバカなんだから…!」

梨子ちゃんは泣きながら両手を広げた。
私は崩れ落ちるようにして、その胸に身体を預けた。


「ごめんなさい…私…千歌ちゃんが…!」

「うん、大丈夫…分かってるわ」

私たちはしばらくそうして抱き合っていた。
今まで失ってきたもの全てを取り戻すように、お互いを力強く抱き締めていた。
318: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/29(月) 13:25:42.93 ID:Nvg+6Pwg.net
私たちは手を繋いで海の方を向いた。
砂浜から、誰かが走ってくるのが見えた。

太陽が眩しく輝く、夏の終わりのことだった。
319: 名無しで叶える物語(四国地方)@\(^o^)/ 2016/08/29(月) 13:28:18.89 ID:Nvg+6Pwg.net
泡になった姫はやがて天に昇っていきました。

姫はこの空を包み込み、二人の幸せをいつまでも見守っていました。

おわり
スポンサーリンク

シェアする

フォローする

『曜「悲しいお話だよね…人魚姫って」』へのコメント

コメントの投稿には初回のみDisqusへのアカウント登録が必要です。Disqusの登録、利用方法を参考に登録をお願いします。
表示の不具合、カテゴリーに関する事等はSS!ラブライブ!Disqusチャンネルにてご報告下さい。