- 1: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 19:43:35.24 ID:O5uQ9rt3.net
- 偉大な祖国はグレートブリテンの詩人バイロン曰く、事実は小説よりもB級なり
これは実話に基づいた、驚くべき冒険の奇譚である - 2: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 19:45:05.17 ID:O5uQ9rt3.net
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――紀元前エジプト 第19王朝 生者の都テーベ
マリィ「シャイニー☆ みんなおはラー!今日もマリィと太陽(ラー)を崇めてね〜」
時のファラオ、マリィ1世が治めるこの美しい都を一望できる宮殿で、
今宵、危険な逢瀬が行われようとしていた。 - 3: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 19:47:15.93 ID:O5uQ9rt3.net
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尼僧「ミナリンスキー様がいらっしゃいましたずら」
ウミホテップ「…」コクッ
配下の尼僧からの報告に無言で頷くは、大神官ウミホテップ。
彼女は死者を支配する冥府の王オシリスの代理人であり、
ファラオの忠実な助言者であり、また密かに背信を犯した大罪人でもあった。 - 4: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 19:48:22.48 ID:O5uQ9rt3.net
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ミナリンスキー「会いたかった。愛しのウミチャン」
ウミホテップ「私もです、コッティー」
互いの愛称を囁き合いながら、想い人の身体に触れようとしたウミホテップはそこで、
目の前の女性が文字通り一糸纏わぬ裸体だというのに気が付いた。
ウミホテップ「これは…」
ウミホテップ「ふっ、ふふははははっ! 成程そういうことですかファラオよ!」
ネメス頭巾の如くカットされた羊毛色の長い髪が胸元に垂れていることを除けば、
ミナリンスキーの美しい肢体を隠すものは何もなかった。
その全身には金と胴と黒の彩色がくまなく施され、喉元、腕、腰、足首には黄金の装身具が嵌められ――
それらは彼女が偉大なる時の権力者の所有物であることを示していた。 - 5: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 19:49:36.88 ID:O5uQ9rt3.net
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ウミホテップ「王以外は何人もあなたに触れるべからず。俗物の考えそうなことです」
ミナリンスキー「毎日三時間もかけて色を塗られるの。もううんざり」
ウミホテップ「今しばらくの辛抱です。じきにご老体が亡くなれば、あなたはこの屋敷と自由を手にする。その暁には…」
ミナリンスキー「あのね、我儘なのは分ってるんだけど。でも、もう自分の気持ちを抑えられる自信がないよ」
ミナリンスキー「ウミチャン。私は、今すぐにでも…」スッ
ウミホテップ「駄目です」 - 6: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 19:50:40.60 ID:O5uQ9rt3.net
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ウミホテップ「分かっているでしょう。ここであなたに触れてしまえば、今夜の密会が王の知るところとなってしまいます」
ミナリンスキー「…そう、だよね」シュン
ミナリンスキー「ごめんなさい、私…」
ウミホテップ「ですが」
唐突に、ウミホテップは恋人の身体を力強く抱き寄せると、その両肩を掴んだ。
ウミホテップ「それがいったい何の関係があるでしょうか」
ウミホテップ「愛しています。この世でも、あの世でも、来世まで」
ミナリンスキー「ウミチャン…」
そこから先、言葉は必要なかった。
ただただ情熱的に互いを貪る二人はこの恋に、命を懸ける覚悟だったのだ。 - 7: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 19:52:37.18 ID:O5uQ9rt3.net
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尼僧「あとはお若い二人に任せるずら…」ギィィ
バ タ ー ン !
いそいそと、テニスコートほどの広さがある控えの間の重い扉を閉めようとした尼僧は、
それを遮った者の顔を見て仰天した。
尼僧「げぇ!? あなた様は!」
マリィ「あなたたち、ここで何をやってるのかしラー?」
公用で遠出していたはずのファラオが何故ここに?
優れた騎乗の才を持つ王は、かねてよりの疑惑の真偽を確かめるべく、
自ら馬を駆って宵の内にテーベまで引き返してきたのだ。
その勢いはまさしく疾風怒濤、側近たちや親衛隊すら置き去りにしてしまうほどだった。 - 8: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 19:54:18.92 ID:O5uQ9rt3.net
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ミナリンスキー「お帰りなさいませご主人様。まあ、そんなに息を荒くなされて。何があったのです?」
激情に身を任せた一陣の突風となって、レースのカーテンを乱暴に翻して愛の間に突入したファラオを前に、
出迎えた愛人はすまし顔だった。
マリィ「その肩、やっぱりゴシップは真実だったのね」
ミナリンスキー「……」
マリィ「言って、誰にその肌を許したの!?」
――シャキン!
ウミホテップ「私です、王よ」
マリィ「!? リビング・デイライツ、冗談でしょ…」
マリィ「ウーミホテップ、あなたなの? マリィの忠実な大神官…マリィの親愛なるフレンド…」
ウミホテップ「……」 - 9: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 19:55:39.09 ID:O5uQ9rt3.net
- .
驚愕に眼を見開いた主人を前に、ウミホテップは剣を振り上げた姿勢のまま硬直するも。
しかし、王の背後にいる女性は違った。
ミナリンスキー「やああああああああっ!」
ザシュッ
マリィ「い゛っ…ぎゃあああああああああああっ!!??」
ウミホテップ「…これも愛の為。御免!」
染み一つない純白のカーテン生地に深紅の液体が飛び散り、現人神とそれを討たんとす叛逆者二人のシルエットを投影する。
神殺し。その行為のあまりの恐ろしさに、見張り役の尼僧たちは顔を背け、ただひたすらに祈りを唱えることしか出来ないでいた。
――然るに、遅れてやって来たファラオの親衛隊は何の障害もなく控えの間の入口に到達したのである。 - 11: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 19:57:28.70 ID:O5uQ9rt3.net
- .
ガンガンガンッ アケロー! トビラヲヒラケー!
ミナリンスキー「!」
ウミホテップ「ラズァイ…番犬どものお出ましですか」
尼僧「ウミホテップ様ぁ〜! 逃げましょう!」
ウミホテップ「無駄です。すぐに追いつかれましょう」
ウミホテップ「捕まれば引き離されて死罪。それならいっそここで…」
ミナリンスキー「それはダメ」
ミナリンスキー「ウミチャンだけでも逃げて。私が残るから」
ウミホテップ「死んでも行くものですかっ」
ミナリンスキー「ウミチャンは生きて! だって…」
ミナリンスキー「あなたなら、私を蘇らせられるでしょ」
ウミホテップ「!」 - 12: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 19:59:15.56 ID:O5uQ9rt3.net
- .
ウミホテップ「あなたは自分が何を言っているか分かっているのですか? それはつまり…」
尼僧「ウミホテップ様、時間がないずらっ。さ、さ、速く!」
ウミホテップ「ええい、放しなさい! コッティー!」
ミナリンスキー「ハムナプトラで、また会おうね。私、いつまでも待ってるから」
ウミホテップ「必ず、必ず貴女を生き返らせます! そのためなら私は…!」
雷鳴の轟きにも似た大扉の開閉音に、恋人たちの会話は遮られた。
ウミホテップらが宮殿のバルコニーからほとんど転落するように地上へ逃れるのと時を同じくして、
寝室に雪崩れ込んできた親衛隊は、床に倒れ伏した主とその返り血で真っ赤に染め上げられた愛妾の肢体とを交互に見比べた。
ミナリンスキー「私はもう、籠のイビスじゃない」
―――――――――――――――――――――――
ウミホテップ(ミナリンスキー…)
早急に宮殿から立ち去るウミホテップの耳に、届くはずのない呻きが――
神殺しの短剣で自ら心の臓を突き刺した想い人の断末魔が、しかし確かにはっきりと聞こえ、
それが彼女にさらなる禁忌を犯す決意を促すのだった。 - 13: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 20:00:13.41 ID:O5uQ9rt3.net
- .
それから四十の昼と夜とが過ぎ――
ウミホテップ「はぁっ!やぁやぁ!」ピシピシッ
防腐処置の完了したミナリンスキーの亡骸を強奪したウミホテップは、
部下たちを率いて砂漠の果てへと逃走していた。
ウミホテップ「いざ、死者の都(ハムナプトラ)へ!」
ウミホテップ(ハムナプトラ――死者の番人だけがその位置を知りえる、死せる王族たちの安住の地)
ウミホテップ(エジプト中の財宝と共に、生と死を司る禁忌の術を記した書が眠る場所)
ウミホテップ(あそこへ行けば、我が愛しのミナリンスキーを…!) - 15: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 20:01:37.94 ID:O5uQ9rt3.net
- .
――愛のため、全てを捧げる覚悟などとっくに出来ている。
幾多の仕掛け扉と罠を乗り越え、ハムナプトラの最深部へと侵入したウミホテップは、
その神をも恐れぬ豪胆さで、封じられていた『黒の死者の書』を奪取した。
復活の儀式の間で、祭壇の上に横たえられたミナリンスキーの亡骸は、
今でも息をのむ美貌と鮮度を保っており、すぐにも息を吹き返しそうに見えた。
ウミホテップ「ソシテ・ワタシタチハメグリアウ――」
祭壇を取り囲んだ尼僧たちが身体を揺らしながら呪文を詠唱し、
その輪の中心で、ウミホテップは黒曜石から削り出された漆黒の禁書に刻まれた秘術を読み上げる。
すると―― - 16: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 20:02:59.21 ID:O5uQ9rt3.net
- .
ゴポッ
ゴボゴボボボ…
祭壇の周囲に穿たれた溝に満たされたどす黒い液体が、俄かに泡立ち始める。
それはあの世から漏れ出した亡者の残滓が、儀式の間に流れ込むナイルの水に溶け出したものであり、
この事象はすなわち、ここと冥界の扉とが繋がったことを意味していた。
ボッゴン!!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ―――
尼僧「ひいっ」
沸騰し、溝から溢れ出した腐臭のする液体が寄り集まって人の形を作ったのを見て、
尼僧らだけでなくウミホテップまでもが目を見張った。
ウミホテップ「…お還りなさい、ミナリンスキー」 - 17: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 20:04:54.76 ID:O5uQ9rt3.net
- .
冥土より呼び戻されたミナリンスキーの魂(バー)は天女を思わせる軽やかさで宙を舞い、
やがて、元の躰に折り重なるようにして一体化した。
ミナリンスキー「…!!」ビクンッ
ウミホテップ「ああ…嗚呼…この時をどんなに待ち望んだことか」
ミナリンスキー「…!……!」パクパク
ウミホテップ「…はっ、舌がないので上手く喋れないのですね」
ウミホテップ「安心してください。あなたの臓器を納めたカノプス壺はここにちゃんと揃っています」
ウミホテップ「少しだけ我慢してくださいね。これで、あなたは完全に復活します」
今一度、彼女の躰を切り開いて臓器を元の場所に戻そうと、短剣を振り上げたウミホテップの腕を何者かが押さえた。
ウミホテップ「!」
儀式に夢中になっていた彼女は気付かなかったのだ。
ミナリンスキーは恋人の背後に迫る危機を警告しようとしていたことを! - 18: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 20:06:14.08 ID:O5uQ9rt3.net
- .
≪キ ィ ヤ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!≫
乱入してきたファラオの親衛隊によって、儀式は中断された。
おぞましい悲鳴と共に、ミナリンスキーのバーは再び冥府と繋がった黒い川の中に還り、
たちまち幾多の亡者たちと混ざり合ってしまった。
ウミホテップ「あああああああああ!!!! ミナリンスキぃぃぃぃ!!!!」
悲痛な叫びが虚しく反響する。
しかし、それは絶望のプロローグに過ぎなかった。 - 19: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 20:08:13.18 ID:O5uQ9rt3.net
- .
尼僧「や…やめっずあああああああ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ッ!!!!」
ウミホテップの部下たちは、生きながらミイラにされた。
自身を崇拝し、ここまで付き従ってくれた忠実な尼僧たちが意識あるまま防腐処置を施され、
臓器と脳髄を取り出される様を、ウミホテップは何時間もかけてまざまざと見せつけられた。
抗うことなど不可能だった。
――そして、彼女の番が来た。 - 20: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 20:09:19.70 ID:O5uQ9rt3.net
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ウミホテップ「んーっ!むーっ!」
手始めに、彼女は舌を抜かれた。
もはや悲鳴を上げることも叶わなくなった神への冒涜者を待っていたのは、『ホム・ダイ』という刑罰。
これは、数多存在する古代の呪いの中でも飛びぬけて最悪のもので、
そのあまりの惨さと危険性から、一度とて執り行われたことのない外法の儀式だった。
「喜べ。貴様は身に余る大罪を犯したが故に、身に余るこの栄誉を受けることとなるのだ」
親衛隊『ラズァイ』の長は抑揚のない声でそう告げると、亡者の黒水を染み込ませた包帯でウミホテップの全身を拘束させた。
身動きのとれぬまま、自らの終身の住まいとなる木棺に横たえられた包帯女の上に、
ジャッカル頭の神官はその手に抱えた大瓶の中身をひっくり返した。 - 21: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 20:10:38.48 ID:O5uQ9rt3.net
- .
ウミホテップ「ん゛ん゛ン゛ン゛!! う゛う゛ぅぅー!!!」
蟲、蟲、蟲。瓶より降り注いだのは、黒光りする糞甲虫(スカラベ)の大群。
悪臭を放つこの偏食家たちは、あっという間に生ける屍となったウミホテップの全身に群がり、
その肉を食らいながら何百何千年と生き続けることだろう。
そして、彼女自身も―――
ホム・ダイによって不死の呪いをかけられたウミホテップは、死ぬことも、まして生きることも出来ずに、
永遠の苦しみを友として未来永劫、地中深く眠るのだ。
厳重に封印が施されたその棺は、ハムナプトラを監視するアヌビス像の足元に葬られた。
彼の者が二度と復活することの無いよう、深く、深く――何十トンもの砂の下に。 - 22: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 20:11:30.50 ID:O5uQ9rt3.net
- ・
・
・
闇の奥底で、醜悪な同居人たちに全身を蝕まれる痛苦に発狂しながら、それでもウミホテップは確信していた。
いつの日か、自身を解放する者が現れたその時には――
気の遠くなるような年月は邪悪な力を蓄えさせ、不死の呪いは彼女の味方となる。
ウミホテップは歩く災厄となって人々に災いと疫病を振り撒き、この砂漠を――ひいては全世界を征服せしめるのだ。
たとえ肉体が滅びようとも添い遂げることを誓い合った、愛しのミナリンスキーと共に… - 24: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 20:13:40.67 ID:O5uQ9rt3.net
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そして、三千年の歳月が砂となって堆積し、ハムナプトラを埋没させた。 - 25: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 20:14:26.55 ID:O5uQ9rt3.net
- #1「リビアン硝子の墓園(摂氏52.5度)」
- 26: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 20:15:37.81 ID:O5uQ9rt3.net
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――西暦1924年 ハムナプトラ
絵里「総員配置に着きなさい! 敵はすぐ目と鼻の先よぉぉぉぉ!」
三千年。
悠久の時を経て荒廃し、残骸となり果てた死者の都の砂場を駆け回る部下たちの尻に怒号を浴びせつつ、
すっかり背の低くなったアヌビス像の胸元で、黄土色の下士官服の膨らんだ胸ポケットを弄りながら、
エリー・アヤセ伍長は舌打ちした。
希「どーしたんエリち? もしかしてウチのワシワシのし過ぎでB地区とれちゃった?」
絵里「……遺書を持ってきちゃったのよ」
希「へえ、生真面目なエリちにしては珍しいポカやね。そーいうところは抜け目ないはずなのに」
強い日差しの下で悪戯っぽくカラカラと乾いた喉を鳴らして笑って見せるのはトージョー二等兵。
雑多な人々が結集したこの愚連隊で、絵里を伍長と呼ばず不思議な愛称とキツい訛りの英語でからかう友は彼女ただ一人。
絵里「だって本当に見つかるとは思わなかったし。どうせすぐ引き返すと思ってたのよ」
絵里「ま、いいか。基地に置いてきたところで、どうせ読んでくれる人は誰もいないし…」 - 27: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 20:17:56.08 ID:O5uQ9rt3.net
- .
繰り返すが、三千年――人々は飽くことなくこの地で争いを繰り返してきた。
足元に、邪悪な存在が埋まっているとも知らずに。
今回ハムナプトラに侵入したのは、フランス外人部隊という規律ある軍隊の皮を被った無法者の集団で、
大隊長がふとした切っ掛けで入手した宝の地図に導かれ、彼の伝説の地に辿り着いた喜びも束の間、
地平線の向こうから大挙して押し寄せて来たトゥアレグ族の騎兵の姿を見て、レイダースは一人残らず腰を抜かした。
絵里「こっちは二百人。少なく見積もっても、あっちはその十倍はいるわ」
希「なあエリち。たった今ウチの信奉する神さんの一人から下った啓示があるんだけど、聞く?」
絵里「一応」
希「おほん。ではでは…二人して銃捨てて、あっちの大将さんの前で土下座するといいでしょう」
絵里「そしてそのまま馬に踏み潰されるでしょう。ハッピーエンドね」
絵里「それにあいつらみんな同じ顔してるから、どれが大将かなんて分からないわよ。無駄無駄」
希「あー差別発言。いーけないんだ、ぐーんそーに言ってやろ〜」
絵里「どうぞご勝手に」
希「あら真顔で返されちゃった」
希「だったらこっちも真面目に言うと、白人サマはそうやって蛮族を見下してかかるから、いっつも痛い目にあうんよ」
絵里「私はこう見えて四分の三は貴女と同じ東洋人なんだけど。これ前に何度も話してるじゃない」 - 28: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 20:19:27.20 ID:O5uQ9rt3.net
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絵里「それに、あなたの言う蛮族の持ってるライフルと刀の方が、我らが時代遅れのルベル小銃よりよほど高性能だわ」
絵里「…せめて機関銃が数挺あればねぇ」
希「ないの?」
絵里「ないわ。もれなくスネに傷持ちの使い捨て部隊には贅沢すぎるんですって」
希「くっは〜騙されたぁ!三年前のパリ、新兵募集所に駆け込んだあの日まで時を巻き戻したくなるよ。でもあん時は他に選択肢なかったしなぁ」
絵里「よく覚えてるわ。あなた、何故か金の仏像を背負って、息を切らして走り込んできたわよね」
絵里「で、こう叫んだの。“ここに来れば今までの罪がチャラになるて、カードに出てたんやけど!”って」
希「うわっ恥ずかし。んもーそんなこといつまで経っても覚えてるなんてエリちのいけずぅ」
希「ま、その日にウチとエリちは運命的な出会いを果たしたわけやし。いうなれば二人の記念日ってとこかな?」
希「愛し合う二人の全ての始まりの日。なーんて、きゃはっ♡」
絵里「愛じゃなく悪友との腐れ縁の始まり、でしょ。正しくは」 - 29: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 20:20:29.26 ID:O5uQ9rt3.net
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絵里「それで、お得意のカード占いは今回なんて言ってるのよ」
希「ほいほいちょっと待っててー……はい、出ましたー!」
希「えーっと…おお、こりゃ凄い」
希「喜べエリち、近いうちに大出世できるって。曹長、小隊長、いや大隊長にだってなれるかも!」
絵里「ふーん、そりゃ光栄ね。となると今の隊長たちは皆戦死するかどこかへ飛ばされるのかしら……あら?」
絵里「ねえちょっと待って。隊長たちが、本当にどこにも見当たらないんだけど」キョロキョロ
絵里「……」
絵里「まさか」
絵里「全員逃げ」
ポンポン
絵里「!…隊ちょ」クルッ
希「昇進おめでとうエリち」 - 30: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 20:22:44.58 ID:O5uQ9rt3.net
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希「やっぱウチの占いは的中率抜群やね。こんなに早く効果が出るなんて」ウンウン
絵里「ちょ、ふざけないで! 希、あなた本当は気付いてたんでしょ!?」ガシッ
希「ぐえ!? く、苦しいよ、エリちってば…」
絵里「そうやっていっつも自分の言葉じゃなくカードや神のお告げってことにするんだから! この卑怯者!」
希「ぃ、いやぁそんなことなぃよ? ホント」
絵里「へえ…? じゃあカードはあなたにどんな審判を下したの? 教えてくれない?」
希「それはぁ…ええっと……そう、自分の信じる上官について行けって!」
絵里「ホント?」
希「サー!地の果てまでも!サー!」
絵里「よろしい。あなたは逃げないでよね」スッ
希「ぅゲホゲホ…! 全く酷いなぁ、ウチがエリちを裏切るわけないやん」
絵里「その言葉、過去の自分に聞かせてあげたら? ご自慢のスピリチュアル・パワーとやらで」
希「この戦いが無事終わってからね。そしたら結婚しよ」
絵里「そうね……て最後のは何よ」
絵里「――よぅし、全員持ち場に着いたわね!? これからは私が指揮を執ります!」
絵里「構え……狙え!!」 - 31: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 20:25:09.26 ID:O5uQ9rt3.net
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┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨
トゥアレグ族「「「「「ウー・ララララララララララララ!!!!!」」」」」
今や騎兵たちは死の壁となって絵里たちの視界を埋め尽くし、その蹄が引き起こす地鳴りと鬨の雄叫びが粗末な砂の砦を揺さぶっていた。
希「天にましますウチらの父よ。というか誰でもいいから、どーか穢れなき二人を救いたまへ。天照の御心のままに。はらったま〜きょったま〜」
絵里「まだ撃っちゃ駄目よ! 狙い続けてっ!」
希「……駄目」
絵里「そうよ、まだ撃たないで。狙えーーーっ!!!」
希「ねえエリち、ウチは信じる上官についてくって言ったよね?」
絵里「まだよぉぉ!!! ……えぇ、それが?」
希「………ごっめーんで東條! ウチが信じてるのは逃げ出した隊長さんたちの判断なのっ!」
言うが早いか、その場でくるりと踵を返し、
希「というわけで大隊長ー!待ってくださぁぁぁい!」ポイッ
こちらが口を開く前に、ライフルを放り捨てた“親友”は、あっという間にハムナプトラの神殿の迷路へと駆けて行ってしまった。 - 32: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 20:27:25.92 ID:O5uQ9rt3.net
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絵里「…」ポカーン
絵里「ハラショー…逃げ足速いのね」
絵里「って、知ってたわよ! 何度目よこの展開! また私を一人にしてぇ! もうウンザリよぉ!!」
絵里「ああもう次会ったら絶っ対に殺してやるんだからっ! それまであなたも死ぬんじゃないわよ希ぃ!」
絵里(こうなったら、前に彼女が話してくれたあの戦術でいくしかない…!)
絵里「バトルオブナガシノスタイルよ! 奇数兵、射撃よぉーい!!」
絵里「もう少し引き付けて…! スリー…ツー…」
絵里「……てぇぇぇーー!!!」
BLAM! BLAM!BLAM!BLAM! BLAM!BLAM! BLAM!BLAM!BLAM!…… - 33: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 20:28:53.17 ID:O5uQ9rt3.net
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百挺より少し多い銃声が一斉に轟き、それに合わせて数十の蛮族が馬から転落した時には、臨時の大隊長は次の攻撃命令を発していた。
絵里「偶数兵、てぇ!!!」BLAM!
二度の斉射で積み上がった死体の障害物で、後続の騎兵たちが派手に躓き七転八倒する。そこにさらなる銃撃が雨あられと降り注ぐ。
絵里「さらに撃て!!」
BLAM!BLAM!BLAM!BLAM!BLAM!BLAM! BLAM!BLAM!BLAM! BLAM!BLAM!BLAM!BLAM!BLAM!
絵里「もっと撃て!どんどん撃て!馬賊共の足を止めるのよッ!!」BLAM!ガチャコン!BLAM!
ボルトアクションライフルは射撃と射撃の合間の隙こそあれど、それも数百年前の火縄に比べれば微々たるもの。
しかも二段撃ちの戦法によって、絵里たちはその僅かな隙すらも相手に与えることを拒否していた。
一切の反撃の間を許さぬ異教徒の攻撃に、大混乱に陥ったトゥアレグ族の前衛は片端から撃ち倒され、血煙が大地を満たす。
絵里(いける…! いけるわっ、このまま押し通せれば!) - 34: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 20:30:21.85 ID:O5uQ9rt3.net
- .
だが、そう考えていたのは向こうも同じ。
トゥアレグ族「「「「「「「「「ララララララララララララララララララララララララッ!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」
灰色の砂塵の内より、先の三倍にも及ぶ馬の鼻面が一斉に躍り出て来たのが見えた。
絵里(なんて奴らなの…! 損害に全く怯んでないッ)
こうなったら、どちらかが全滅するまで続けるしかない。
そう思って引き金に指を掛けた絵里が聞いたのは、空の薬室で虚しく撃針が前進するカチッという音だった。
絵里(しまっ…!) - 35: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 20:31:38.25 ID:O5uQ9rt3.net
- .
BLAM!
BLAM!
BLAM!
BLAM! BLAM!
BLAM! BLAM!
BLAM! BLAM!
自分たちのものとは違う、まばらで散発的な銃声が砂埃の向こう側から轟き、味方の隊列のあちこちから苦痛の悲鳴が上がる。
それに対して応射できた者は皆無。
絵里のとった戦術の長所と短所は、部隊の攻撃と弾切れのタイミングが同じであること。 - 36: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 20:33:10.54 ID:O5uQ9rt3.net
- .
絵里「くっ…!」ガチャガチャ
BLAM! BLAM!
BLAM! BLAM!
BLAM!
「ぎゃあ!」 「ごふうっ!」 「ぱいる!」
ボルトを操作し薬室を開放している間にも、周囲で不運な兵士たちが次々倒れ伏していく。
不規則で断続的な死の絶唱が、弾帯から弾を抜き取る指先を震えさせ、
絵里(間に合わない…!)
自分の隣でライフル内の弾倉に必死で弾を押し込んでいた部下が倒れた時、彼女は悟った。 - 37: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 20:34:34.49 ID:O5uQ9rt3.net
- .
絵里「各自で撃って!」
叫びながら薬室に一発だけ滑り込ませた銃弾を即発射し、またボルトを引いて装填動作。
言われなくても部下たちはとっくに各々勝手に射撃、または尻尾を巻いて逃げ出していた。
――その背中に、蛮族の投げた湾刀が回転しながら突き刺さる。
絵里(もうそんな至近距離まで!?)
絵里「後退ッ!! なるべく固まるのよ! 白兵戦は避けて! 互いに装填の隙をフォローしぁっつ!」
目まぐるしく変化する戦況を把握しながら矢継ぎ早に指示を飛ばし。
同時に手元を見ずに次の弾薬を押し込もうとした絵里の指先に、
薬室から勢いよく飛び出した熱々の空薬莢が触れて火傷、思わず次弾を取り落とす。
絵里「もうっ…! だから熱いのは苦手なの…!」
迫りくる熱狂的な死の群れを前にして、氷の伍長はほとんど融解寸前だった。 - 38: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 20:36:50.35 ID:O5uQ9rt3.net
- .
ウラララララララララッ
blam! blam! blam!
ギャーッ
希「」イソイソ
希「」ガリガリガリ
ポロッ
希「あはっ♡ とれた。ちっこいけど正真正銘のリビアングラス」
希「帰ったらパワーストーン風のペンダントに加工してもらおっと」
希「これで前世のカルマも浄化されるかな…はぁ」
――
―――――
――――――――― - 39: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 20:38:47.85 ID:O5uQ9rt3.net
- .
――1ヶ月後 エジプトの首都カイロ
【カイロ考古学博物館】
あんじゅ「あーダメ、信じられない。偉大なるアラーよ、どうか私を救いたまえ」
あんじゅ「どうしてちょっと目を離した隙に、資料庫の本棚が全部倒されてるワケ?」
雪穂「か、館長……その、これにはナイル川よりも深〜いワケがありまして」
あんじゅ「何が深〜いワケギよ。どーでもいいけど貴女のナイルは水深も青春も浅そうよね」
雪穂「はぁ?」
あんじゅ「ねえ、十の災厄って知ってるかしら」
雪穂「無論ですっ。出エジプト記に記された、ヘブライの人々を救うために神がエジプトにもたらしたとされる災いのことですよ」
雪穂「一つ、エジプト中の水が血に変わる。二つ、カエルの大発生。三つ、ぶよの大発生、四つ目も」
あんじゅ「はいそこまで。じゃあ今度は貴女の知らないことを教えてあげる」
あんじゅ「たった今十一個目の災厄が追加されたの。クラッシャー・ユキホっていう名のね」
雪穂「うっ」
あんじゅ「出来れば私の中のバイブルから貴女の存在を永久に抹消してやりたいわ。今すぐに!」 - 40: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 20:40:33.33 ID:O5uQ9rt3.net
- .
雪穂「それでも、私をクビにはしない…ですよね?」
あんじゅ「ふん」
雪穂「なぜなら私は古代エジプト語の読み書きが出来ます。聖刻文字(ヒエログリフ)や神官文字(ヒエラティック)の解読もどんと来い!」
雪穂「…それにこの滅茶苦茶になった蔵書の目録をキチンと整理できるのも、毎日ここで作業している司書の私以外にはいないですよ、うん」
雪穂「ということで、分かっていただけたでしょーか…? 私の重要性を」
あんじゅ「いいえ全く。完っ全にフルハウスの反対」
雪穂「あの、失礼ですが完っ全に意味明白の反対です。もっと学者らしく論理的な話し方でお願いできますか」
あんじゅ「おだまり! 貴女みたいな一見しっかりしてそうだけど実は抜けてて! 落ち着いてるようでそそっかしくて!」
雪穂「うぐっ」
あんじゅ「礼儀正しい風だけど毒吐きで!ひんそーひんにゅーちんちくりんな子を縁故採用し続けてるのも貴女のご両親、コーサカ夫妻がうちの最大の金ヅ…パトロンだったからよぉ」
あんじゅ「お二人は貴女と違って、慎ましく物静かな素晴らしい方々だったわぁ……今は天国におられるけど」トオイメ
あんじゅ「それを貴女と来たら! 少しはお二方に申し訳ないと思わないの?」
雪穂「返す言葉もございません…」 - 41: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 20:41:45.31 ID:O5uQ9rt3.net
- .
雪穂「」シュン
あんじゅ「…フン」
あんじゅ「金の切れ目が縁の切れ目って言うけど、五十年分くらい先払いされちゃってるからねー仕方ないわー」
あんじゅ「私との関係を修復したくば、まずはここを元通りにしておくこと。どんなに時間がかかってもいいから」
雪穂「…はぁい」
あんじゅ(やれやれだわ。しおらしい姿を見せられちゃうとね。私も甘い甘い)
雪穂「あ、それでこの前申請したベンブリッジへの推薦状のことなんですけど(あれが通ればこんな所とはオサラバだもんね)」
あんじゅ「当然却下よ」ニコッ - 42: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 20:42:56.14 ID:O5uQ9rt3.net
- ・
・
・
雪穂「さて」
雪穂「これホントにどうすりゃいいのさ。間違いなくひと月はかかる大仕事だよ」
雪穂「……聞こえてる? そろそろ出てきなよ、お姉ちゃん」
穂乃果「あれ? バレてたー?」ヒョコッ
穂乃果「折角隠れて脅かそうと思ってたのにーあっははは」
雪穂「酒臭っ…隠れるも何も、さっき私が乗ってた梯子を後ろから揺らしたのお姉ちゃんでしょ。お陰でこのザマなんだけど」
穂乃果「いやーすごかったねー本棚がドミノ倒しみたいにばたばたーってあはははっ」
雪穂「」ブチッ
雪穂「ふっざけんなぁああ!!!」 - 43: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 20:44:29.97 ID:O5uQ9rt3.net
- .
穂乃果「うごおおおっ雪穂ぉ…二日酔いに腕挫十字固めは…その、吐きそ」オエッ
雪穂「お姉ちゃんのせいでベンブリッジ考古学研究所への推薦状を書いてもらうチャンスがふいになっちゃった。どう落とし前つけてくれんの」ギチギチ
穂乃果「ぅぎぎ…それさぁ、前も駄目だったじゃん。穂乃果の責任じゃな」
雪穂「反省なし。死刑確定ね」ゴキッ
穂乃果「あぎゃあああ!!ギブギブ!! 私が悪うござんした!お願いやめてぇ中身出ちゃいそうだから!」
雪穂「はぁ、はぁ…全く」
穂乃果「いや、マジな話ね。腕折れたら困るんだよ。私今、世紀の大発掘の真っ最中なんだ。コーサカ家の跡取りとして、家名に泥を塗らないようにさぁ」
雪穂「嘘つけ山師と書いてペテン師のくせに。どーせまたロクでもないことにお金突っ込んでるんでしょ」
雪穂「いつまでもそんなこと続けてると、一度しかない人生棒に振るよー? いやもう振ってるか」
穂乃果「あはは、キツイなぁ。いつか大金持ちになる夢はさておき、こうして実りのない日々を続けてられるのも、可愛い妹がいてくれるお陰なんだけどなー」
穂乃果「お母さんたちは飛行機事故でぽっくり逝っちゃったし。今やユッキーだけが穂乃果の全てだよ…たはは」 - 44: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 20:46:01.16 ID:O5uQ9rt3.net
- .
雪穂「…ふん」
穂乃果「嬉しかった?」
雪穂「…ちょっとね」
雪穂「あっ」
穂乃果「」ジーッ
雪穂「な、なによ…」
穂乃果「……」
雪穂「……」
穂乃果「ふっ」
ほのゆき「ぷっ、あははっ」 - 45: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 20:47:08.05 ID:O5uQ9rt3.net
- .
穂乃果「ゆきほー」
雪穂「なにーおねーちゃん」
穂乃果「図書室の件は悪かったよ。謝る。ごめん」
雪穂「資料庫ね。当り前だよ。けどいいや」
雪穂「どうせ毎日資料整理しか仕事ないんだよね。結局やることは変わんない。はぁ」
穂乃果「ふっふっふ」
雪穂「なぜ笑う」
穂乃果「そんな乾いた日々を送るミイラ仲間の雪穂にとっておきのプレゼントがありまーす」
雪穂「けっ、どうせ干物女ですよー。館長曰く私のアクアリウムは干ばつ期のナイル川より干からびてるそうだから」
穂乃果「そこまで言ってたっけ…? ていうかいつまでこの体勢続けんのさ。ホラ、さっさとアームロックしてる私の掌を開いてみて」
雪穂「んー? 何これ、箱? まーた適当なお土産売り場でとってきたんじゃ」
雪穂「……」
雪穂「…お姉ちゃんこれ、どこで拾ってきたの」 - 46: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 20:49:59.02 ID:O5uQ9rt3.net
- KKEスペシャル
ドキュメンタリー【ハムナプトラへの招待〜ミイラ再生〜】
Next:#2「ハラ処ー刑務ショー」 ラブライブ!× ハムナプトラ -失われた砂漠の都- - 51: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 23:19:44.17 ID:O5uQ9rt3.net
- .
あんじゅ「テーベの発掘現場で見つけたですって?」
穂乃果「」コクコク
あんじゅ「古い物には違いないけど、こんな掌サイズの八角形の小箱。一体何の役に立つっていうの? 職人が気紛れで作ったガラクタじゃなくて?」
雪穂「と、思いますよね。ところがここにあるスイッチを押すと」カチッ
ガチャリ パカッ
あんじゅ「箱の上蓋が…展開した?」
穂乃果「花を咲かせる〜にっこり笑顔は〜♪」
あんじゅ「確かに形は花みたいだけどぉ」
雪穂「で、中にこの地図が入っていたんです!」
あんじゅ「地図ぅ…?」 - 52: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 23:20:55.07 ID:O5uQ9rt3.net
- .
雪穂「これは凡そ三千年前のものと思われます。ほら、根拠はここのカルトゥーシュ。これはマリィ1世が公に用いたもので間違いありません」
穂乃果「ちょい待ちタンマ。雪穂、マリィ1世って?」
雪穂「ああ、彼女はね…」
あんじゅ「ちょい待ちトンマ。あなた、仮にもコーサカ家の人間なのにそんなことも知らないの?」
穂乃果「昔から勉強は中途半端で」テヘヘ
雪穂「一言でいうと、チョー大金持ちの王様」
穂乃果「よっしゃ! バッチシ理解できたよっ」 - 53: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 23:21:58.14 ID:O5uQ9rt3.net
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雪穂「この中で私が特に注目したいのは、ここの神官文字の記述です」
あんじゅ「どれどれ、よく見えないわぁ。もっとロウソクに近付けて」
雪穂「これは“ハムナプトラ”です」
穂乃果「ハメ…なんだって」
雪穂「お姉ちゃんマジで言ってる?」
穂乃果「ウッソー流石に知ってるよ。チョー有名だもん」
穂乃果「死者の都ってやつでしょ。地下に歴代の王族の財宝をかき集めたでーっかい宝物庫があるんだってね」
穂乃果「聞くところによればスイッチ一つでお宝ごと砂の下に沈んじゃうんだとか。だから誰もその正確な位置を知らないって」
雪穂「そそっ正解正解えらいえらい」ナデナデ
穂乃果「ふふん。こう見えてお宝に関してはプロフェッショナルなの」
あんじゅ「バカバカしい」ハァ - 54: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 23:23:56.26 ID:O5uQ9rt3.net
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あんじゅ「つまり、あなたはこの地図が、そのハムナプトラへの道を示していると?」
あんじゅ「バッカねー。あれは旅行者を喜ばせるための現地人の作り話よ。本気にしちゃダメ」
雪穂「そりゃ私だって、ハムナプトラは生けるミイラに守られてるーとか呪いの土地だーとかの科学的根拠のない迷信は信じてません」
雪穂「でも、その存在だけは別です。これは独自に文献を調査した結果ですが、ハムナプトラの神殿は実在した可能性が非常に高いと私は考えています」
あんじゅ「やれやれね。どーしてアメリカ人ってのはこう、夢見がちな生き物なのかしら。動物園から獏を連れて来てあげましょうか?」ボッ
雪穂「ケッコーです。姉はともかく、私は現実主義の英国淑女ですから……ん?」
穂乃果「どしたの」
雪穂「なんか臭い」
穂乃果「誓っておならはしてないよ」
雪穂「違うよ、もっとこう…何かが焦げてるみたいな」
ほのゆき「」チラッ
あんじゅ「ん?」メラメラ
ほのゆき「火事だぁぁぁ!!!」 - 55: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 23:25:21.45 ID:O5uQ9rt3.net
- .
あんじゅ「わっ、わっ、わっ」ゴォォォ
穂乃果「地図がぁぁぁ! 穂乃果のハムナプトラが燃えてるううううう!!!」
雪穂「早く消して! おしっこでもなんでもいいからっ」
穂乃果「よっしゃ!」
・
・
・
シュウウウウウウウ…
穂乃果「……都の位置を示す部分が燃えちゃった」
雪穂「それにかなり黄ばんじゃったね…」
穂乃果「それは元からだよ」
あんじゅ「あら〜ごめんなさぁい。ついボーッとしちゃって」
雪穂「ちょっと館長!流石にこれは…」
あんじゅ「でも良かったじゃない」
穂乃果「はぁ? なんでさっ」 - 56: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 23:26:21.91 ID:O5uQ9rt3.net
- .
穂乃果「ついボーッとじゃないよゴォーッて燃えちゃったよ弁償して弁償! 穂乃果なんて小便までしたんだからさぁ!」
あんじゅ「昔から多くの馬鹿な男たちが、夢とロマンを追いかけて未亡人を量産してきたわ。これはその類のシロモノよ」
あんじゅ「下らないデマに踊らされて、結局誰もハムナプトラを発見できなかったどころか、そのまま砂漠に埋もれちゃった人も大勢」
あんじゅ「私たち学者の専門は宝探しじゃないの。そういうのはさっき言ったようなクズ共に任せておけばいい。人生を無駄にすることないわぁ」
穂乃果「私は学者サマじゃないんですけどぉ〜クズで悪うござんしたね〜」
あんんじゅ「そうね。だからお詫びと言っては何だけど、その小箱を買い取らせてもらおうかしら」
穂乃果「えっ、ホントに?」
雪穂「駄目、これは売り物じゃない」サッ
穂乃果「ちょっと雪穂ぉ! どうして? それは穂乃果の」
雪穂「行くよ、お姉ちゃん。あといい加減ズボン上げなよ」 - 57: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 23:27:47.73 ID:O5uQ9rt3.net
- .
雪穂「一つ分かったのは」
雪穂「あんじゅさんは口だけ達者な頭空っぽ権威主義学者の典型だったっていうこと。これを私たちの業界では老害(ミイラ)と呼びます」
雪穂「なによ、人のこと散々おっちょこちょいとか言ってくれちゃって。どっちがだっつーの」
雪穂「どうせ自分だってその見てくれで一芸採用されたに決まってるよ。まず間違いないね」
穂乃果「本当だよねっ。穂乃果も前々からそう思ってたよ!」プンスコ
穂乃果「ハーレムに住んでる妻妾でーすって言われても驚かないよ。きっと裏じゃ男を何人もくわえ込んで、たくさん春を売ってるんだ。何が縁故だこのエンコー女!」
雪穂「そこまで言ってない」
雪穂「とにかく、案内してくれる?」
穂乃果「ほえ? どこに」
雪穂「この箱を見つけた発掘現場に決まってるでしょ。何か新しい手がかりが見つかるかも」
穂乃果「あーそのことなんだけどさ」
穂乃果「実は発掘現場ってのは私の勘違いで……これはカイロのとある宿で知り合った外国人のお客から譲り受けたものなんだ」
雪穂「ちょっと!どーしてそれを早く言わないの!? その人!まだこの国にいるの!?」
穂乃果「あ、うん。多分しばらくはずーっとここに留まるんじゃないかな。もしかしたらそのまま骨をうずめる気かも」 - 58: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 23:29:26.04 ID:O5uQ9rt3.net
- .
亜里沙「ようこそカイロ刑務所へ! 私が所長のアリサです。汚い所ですがどうぞゆっくりしていってくださいね」
雪穂「おねーちゃん?」
穂乃果「嘘は言ってないよ。ここだって住めば都だよ」
亜里沙「ハラッセオ!おねーさんの言う通りです。失礼ですがお二人は姉妹なんですね。あんまり似てないですねー」
雪穂「こんなサギ師に似なくて良かったよ。身内まで騙すなんて」
穂乃果「雪穂は私のペテンの練習台だよ。ほら、家族ならお金かからないし」
雪穂「当てようか。譲り受けたってのも嘘だね。ホントはいつもみたいにスリ盗ったんでしょ」
穂乃果「人聞きの悪い! ちょっと拝借しただけだもん」
雪穂「所長さん、今すぐ姉を立件できます? 罪状は窃盗と詐欺、ついでにすかしっ屁の常習犯」
穂乃果「あーほら見て雪穂! 回し車の中で人が走ってるよ! ハツカネズミみたいで可愛くない?」
雪穂「お姉ちゃんも一緒に回ってみたら? 頼むからこれ以上生き恥晒す前にくたばってよ…」
穂乃果「ごめんだね。図太く末長く生きるよ私は」
亜里沙「ハラショハラショ!! お二人ともすっごく仲良しで羨ましい限りです! アリサもお姉ちゃんと妹が欲しかったなぁ」
亜里沙「あ、因みにここではスリと詐欺は重罪です。逮捕されますと、鼻を削ぐ罰が待ってますから注意してくださいね?」
穂乃果「よし、さっさと用事済ませて帰ろうか」 - 59: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 23:31:20.10 ID:O5uQ9rt3.net
- .
雪穂「それで、そのエリーチカって人はどうしてここに?」
亜里沙「さあ? アリサもついさっき初めて聞いてみたんですけど」
雪穂「ど?」
亜里沙「何を聞いてもただオウムみたいに“楽しい場所でイイコトしてきただけ”としか言わないんです」
雪穂「それって、本当に罪を犯したんですか? 罪状もはっきりしてないなんて、ちょっと問題だと思いますけど」
亜里沙「いーや、アリサには分かります。あれは間違いなくタラシのロクデナシですよ」
亜里沙「産んだ親の顔が見てみたいわ。あ、出てきたみたいです」
ガチャッ
「ちょっ、放しなさい! 汚い手で触らないでよ!」
看守(ヒデコ)「うるさい、お前の方が汚いわっ!」ドカッ - 60: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 23:33:19.90 ID:O5uQ9rt3.net
- .
穂乃果「さあ、お友達とのご対面だ」
亜里沙「あ、因みに面会時間は三十秒です」
雪穂「は? ちょっと、いくら何でも短すぎ! 折角こんな所まで来たっていうのに!」
亜里沙「ごめんなさい、でも規則なんです。囚人は何をするかわかりませんし」
亜里沙「外から脱獄の手引きをする輩もいます。どうかご協力よろしくお願いします」
穂乃果「これ(一ポンド札)で何とかならない?」ピラッ
亜里沙「ハラショ、では特別に十分差し上げます。鉄格子にはあまり近付かないように」
ヒデコ「おら、行ってこいゴキブリ野郎!」
ガシャン!
雪穂「」ビクッ
「フーッ、フーッ…」
絵里「アナタたち誰よ」 - 61: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 23:35:49.20 ID:O5uQ9rt3.net
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穂乃果「初めまして! 私たちは幸せを広める伝道師です。今日はあなたに福音を届けに来たの」
絵里「それなら間に合ってるわ」
絵里「……どこかで見た顔ね。本当に初めて?」
穂乃果「いや〜よく言われるよ、ほら私ってどこにでもいる顔立ちだから」
穂乃果「あ、私は穂乃果で、こっちがプリチーな妹の雪穂」
雪穂「どうも」
絵里「ふーん…」ジィィ
絵里「お姉さんの方はともかく、あなたはまだまだね。素材は悪くないけど。その髪、ヘルメット被ってるのかと思ったわ」
雪穂「なっ」
ヒデコ「おらっ!」バキッ
絵里「ぐっ…!」
亜里沙「ワンペナルティです。時間の延長は有料ですけど、こっちはサービスなのでガンガン利用してくださいね♪」 - 62: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 23:37:15.81 ID:O5uQ9rt3.net
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穂乃果(雪穂、この人が死んじゃう前に早く箱のこと聞いて)ヒソヒソ
雪穂「あのっ、実は私たち、あなたのパズルボックスを偶然拾いまして。そのことでお話を伺いに来たんです」
絵里「思い出したわ」
穂乃果「何を?」
絵里「さては、あなたたちハムナプトラのことを聞きに来たんでしょ」
雪穂「!」 穂乃果「わーわー!声がデカいよ」
絵里「ならもっとこっちに近付いて」
雪穂「どうしてあれがハムナプトラに関係あるものだと?」
絵里「ハムナプトラであれを見つけたからよ」
穂乃果「その話詳しく」ズイッ
絵里「もっと顔を近付けて。耳を貸して」
穂乃果「うんうん」
バキッ!
穂乃果「ごへぁ!!?」ズザザーッ
絵里「よくも私から箱を盗んだわね」 - 63: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 23:39:00.97 ID:O5uQ9rt3.net
- .
雪穂「あの、本当にハムナプトラに行ったんですか」
絵里「あなたお姉さんが殴られたのに気にしないのね」
雪穂「いい気味です」
亜里沙「アリサは気にしますよ。看守」クイッ
ドガッ!
絵里「ふぐ…っ、っ」
絵里「ペッ……所長、あなたロシアの血が混ざってるわね? でなきゃこんな酷いこと出来るはずないですもの。同胞にも容赦しないなんて…」
亜里沙「人類皆平等がアリサのモットーです。ただし黒んぼとあなたは除く」 - 64: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 23:39:48.31 ID:O5uQ9rt3.net
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雪穂「二人ともロシアの混血なんだ――よくよく見れば結構似てるかも? ひょっとしてあなた達生き別れの姉妹とか」
亜里沙「ご冗談をミス・ユキホ! あ、これがブリティッシュ・ジョークってやつですね、分かります」
雪穂「いや冗談じゃなく割と本気で」
亜里沙「…ちょっと向こうの様子を見てきますね。すぐ戻ります」
雪穂「? あの人なんで急に不機嫌になったのかなぁ」
穂乃果「イテテ…そりゃあんなお化けみたいに髪の毛ボサボサシラミで真っ白の何週間もお風呂入ってないようなカビ臭い人に似てるなんて言われたら穂乃果だって怒るよ」
穂乃果「もしかして伝説のハムナプトラってここのことじゃない? ほら、生ける屍が目の前に」
絵里「全部聞こえてるわよーあなたも同じようにしてあげましょうか?」 - 65: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 23:43:34.78 ID:O5uQ9rt3.net
- .
雪穂「ごめんなさい脱線しちゃって。とにかく、ハムナプトラに行ったっていう証拠があれば是非見せてほしいんですけど」
穂乃果「他に何か見つけたりしなかったの? 具体的には財宝とか秘宝とか」
絵里「砂よ。たくさんの砂」
雪穂「え?」
絵里「一ヶ月前、私の部隊は死者の都に辿り着いて、半日と経たないうちに私を除く全員がそこの仲間入りを果たした」
絵里「私が持ち帰れたのは、そこでの苦く乾いた思い出だけ」
雪穂「……一体何があったんですか」
絵里「あんまり愉快な話じゃないわ。でも、そうね…どうしてもというなら」
穂乃果「聞きたい聞きたい!」
雪穂「話してくれますか?」
絵里「……」
絵里「そう、あれは丁度今日みたく燦々と容赦ない陽の光が降り注ぐ日だった」 - 66: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 23:45:13.66 ID:O5uQ9rt3.net
- .
大勢の犠牲を払いながらもハムナプトラを見つけた私たちに砂漠の民、トゥアレグ族の騎兵隊が突如として襲い掛かってきたの。
やつらの目的は今でも分からない。戦利品目当てでないことは確かよ。
何か気付かないうちにやつらを怒らせることをしたのか、それとも……
十倍以上の戦力差に圧倒され、陣地を突破された私たちは、ハムナプトラの廃墟に退却しながら決死の抵抗を続けたわ。
もはや部隊の統率なんて無いも同然だった。皆が自分の身を守るのに必死だったから。
この私も―― - 67: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 23:47:29.44 ID:O5uQ9rt3.net
- ・
・
・
絵里「ふんっ」BLAM!
咥え煙草のように銃弾を唇に挟み、天然の遮蔽物から顔を出すと同時に発砲する。
素早く吐き出した次弾を薬室に押し込み閉鎖、射撃。
次なる遮蔽物を探しながら、弾帯から二発まとめて弾を抜き取り、同じように一発を薬室へ、一発を口元へ。
一見すると無意味なこの動作も、蛮族がライフルから刀剣に持ち替え、馬上から兵士たちを次々斬りつけているこの状況では、
生存率の上昇に大いに貢献していた。
既に大規模な白兵戦に移行した戦場では、コンマ単位の動作の判断が生死を左右する。
誰もが極力無駄な動きを避け、装填時間を短縮しようと躍起になって、その残り少ない命を燃やしていた。
――悲しい哉、そのほとんどは徒労で終わろうとしているが。
絵里たちは既に追い詰められる所まで追い詰められていた。 - 68: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 23:48:52.83 ID:O5uQ9rt3.net
- .
トゥアレグ族「ルー・ララララララッ!!!」
絵里「!」
発砲を終えたばかりの絵里に、曲刀を振り回しながら騎兵の一人が迫る。
絵里「馬上から見下してんじゃないわよっ!」ブンッ
無駄に長く重量のあるルベル小銃の欠点がここでは生きた。
リーチのある固い銃床で蛮族の顔面を思い切り打ち据え相手は落馬。
その間に装填を試みるもやはり間に合わず、立ち上がって向かってきたそいつを再びストックで殴りつけて顎をカチ割ってやる。
もうライフルの長射程も威力もたいして役には立たない。ならば……
絵里(こっちも近接戦闘用の武器に切り替えるまでっ)
小銃を投げ捨て、両足のホルスターから引き抜いた官給品の仏製リボルバー拳銃を二挺同時に構えると、
絵里「下士官の特権よ!」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
目に映るもの全てを滅茶苦茶に撃ちまくる。
もはや照準の要らない距離まで、蛮族たちは殺到してきていた。 - 69: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 23:50:10.87 ID:O5uQ9rt3.net
- .
絵里「…!」カチカチッ
六発と六発の回転弾倉はあっという間に空になり、絵里はそれも投げ捨て、
トゥアレグ族「クッ・スーーーーン!!!」
絵里「ちっ、次から次へと…」
奇声を上げながら突進してきた蛮族の戦士に、ベルトに挟まった二挺のロシア製リボルバーを抜いて応戦する。
絵里「人気者は辛いわねっ!」BANG!BANG!BANG!BANG!
近付いてきた敵は片端から皆殺し。
一人だけ連続射撃音を奏でる金髪の戦士は嫌でも注目を集め、
屈強なターバン男たちは愛馬の手綱を引き、その鼻面を揃って彼女の方へ向ける。 - 70: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 23:52:02.19 ID:O5uQ9rt3.net
- .
絵里「ああもうっキリがない!」BANG!BANG!…ガチッガチッ
トゥアレグ族「ミモッ! エー・ミーツン!!」
またしても弾切れ――我先に獲物を嬲ってやろうと迫り来る民族衣装の死神らに、
背に隠していた二挺のアメリカ製自動拳銃で対処しながらひたすらに後退。
トゥアレグ族「ソラマル・ハ・アヒルグッチー!?」
絵里(なんだかんだ結局アメリカ製が一番使い易いのよね)BANG!BANG!BANG!
亡き戦友たちの形見を振り回しながら、一人万国拳銃博覧会を続ける絵里は退路を求め、
今一度死体で埋め尽くされようとしているネクロポリスを駆ける、駆ける――― - 71: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 23:53:14.21 ID:O5uQ9rt3.net
- .
穂乃果「それで、それでどうなったのっ!?」
絵里「フフ、慌てないで。ここからがいいところなんだから」
雪穂「あのーちょっといいですか」
雪穂「私が知りたいのはハムナプトラについてのお話で、あなたの武勇譚じゃないんですけど」
雪穂「戦いのことだけ延々五分もくっちゃべって、この話さっきから意味あるんですか?」
絵里「なによう私カッコいいでしょ? かしこいカッコいいエリーチカ。それで十分じゃない」
雪穂「でも負けて帰ってきたんですよね」
絵里「……」
絵里「ええその通り。私はあの場所で何もかも失ったわ」
絵里「地位も、名誉も、仲間も、ついでに友情もね」
――
―――――
――――――――――― - 72: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 23:55:49.44 ID:O5uQ9rt3.net
- .
トゥアレグ族「「「ウー!!! チッチッチッチッチッチッチッチッ!!!!」」」
絵里「やっば…!」
いつの間にか、周囲で戦っていた仲間たちは皆大地に横たわり――しかしこちらを包囲する敵の数は少しも減っていなかった。
十名ほどの騎兵集団に目をつけられた絵里はたまらず背を向け、倒壊した石柱を乗り越えて隠れる場所を探しながら右往左往し
――と、数メートル先に見えたのは。
希「エリち…?」
絵里「希? あなたまだ逃げてなかったの!?」
希(いや〜石と遺品漁りに夢中になってーあはは、なんて口に出したら殺される…!)
希「てかエリち! 後ろ!後ろッ!!」
絵里「知ってるわよ!走って!逃げなさーい!」
希「言われなくてもぉぉぉ!!!」ダッ
絵里「そこに神殿への入口があるわ! 中に入るのよッ!!」 - 73: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 23:56:58.16 ID:O5uQ9rt3.net
- .
希「はっ…はっ…!ははっ助かったぁ…」
絵里「よーしいいわよ希! すぐ私もそっちに行くわ! 中に入ったら扉を」
希「ふぎぎぎぎっ…ふぐぐぐ」ギィィィ
絵里「ちょ…まだ閉めないでよ! もうちょっと待ってってば!」
希「ごめんエリち、それじゃ間に合わないぃぃぃ」ゴゴゴゴゴゴ
絵里「まだ閉めるなあ! 希ぃぃぃ!!」 - 74: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 23:57:58.76 ID:O5uQ9rt3.net
- .
希「………」
希「……っくぅ、分かったもうちょい待つから早よ! 扉押さえてるから…アレ?」ギギギギギギ
希「これどうやったら止まるんだろ……」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
希「………ゴメン、やっぱ無理みたい」テヘッ
絵里「ちょっとおおお!!!」
希「ごめん…本当にゴメンね…これ、ウチだと思って大切に使って」ポイッ
絵里「希いいいいいいいいいい」ビタンッ!
潰れたカエルのように、ゴールした絵里が扉にへばり付いたのと、
神殿への開口部の扉が閉じ切ったのはほぼ同時だった。
絵里「うっ」
足元には、希のものだった二十六年式回転拳銃が。
絵里「裏切り者おおおおおおおおお!!!!」 - 75: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 23:59:11.74 ID:O5uQ9rt3.net
- .
半ベソをかきながら、それでも拾い上げた拳銃をベルトにねじ込み、勝ち目のない逃走を再開する。
トゥアレグ族「「「「「ラー・アララララララララ!!!!!」」」」」
絵里「はっはっはっはっ…!!!」
トゥアレグ族「「「ウー・ラー!!!」」」
その行く手を遮るように姿を現した新たな騎兵の群れの前で方向転換し、最後の悪足掻きを。
弾帯を剥ぎ取り、下士官服の上着を脱ぎ捨て、プライドもへったくれもない、無様でも構わない、
ただ生き延びたい一心で、涎を垂らしながら絵里は喘ぎ走った。
絵里(足が…痺れて、感覚が、もう…っ!)
よたよたとみっともなく上体を揺らし両足を動かし続けながら、振り向きざまに何度か希の拳銃で反撃を試みるも、
疲労のせいか照準が狂っているのか、一発も当たることはなかった。 - 76: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/30(火) 23:59:54.85 ID:O5uQ9rt3.net
- .
絵里「ゼーッ…ハァーッ…もう、ムリ…」
気が付けば、最初に希と呑気な無駄話を交わしたアヌビス像の所まで戻ってきていた。
絵里(ここまでか…)
亡き戦友たちの遺品も、もう底を尽きた――いや、まだ一挺だけ残っているか。
そいつは死んでないけど。
絵里「…」スッ
半ば忘我の境地で、最後の一発を残しておいた希の拳銃を自分の頭の高さに持ち上げ――
絵里(やっぱやめた。自殺なんて性に合わない)
適当に、前に出てきた蛮族の一人に撃ち込んでやった。 - 77: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 00:02:29.76 ID:7eWoTF2t.net
- .
しかしその弾丸は騎馬の轡に当たって跳ね返され、ボトリと砂の上に落下する。
トゥアレグ族「!?…????」
撃たれた蛮族自身、自分や愛馬に傷一つ付いてないことに困惑している様子だった。
絵里「ぷっ…ふくくくっ」
何だか無性に可笑しく、むやみに哄笑したい気分になって、絵里は親友からの餞別を投げ捨て、
絵里(あーあ、何だったのかしらね。私の人生)
騎兵たちがライフルを構え操作する金属音。それらが数秒後に自分の命を終わらせる。
同胞を何十人も殺した女だ。むしろ一思いにあっさり殺してくれるだけ慈悲深いと言える。
絵里(おばあさま…)
最後に、遠い昔に亡くなった祖母のことを考え、ぎゅっと目をつむり――――
しばらくして自分は暗闇を恐れていたことを思い出し、反射的に目を開けると。 - 78: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 00:03:49.14 ID:7eWoTF2t.net
- .
絵里「あ、ら……?」
絵里(誰もいなくなってる…)
絵里「…どうして」
ビ ュ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ……
絵里「!?」 - 80: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 00:06:12.11 ID:7eWoTF2t.net
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絵里「わっ!なっ何!!?」
絵里(足元の砂が…! 何これ、生き物みたいに動き回って…!)
絵里「え…? あ……」
≪オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛!!!!!!!≫
絵里「きゃあああああああ!!!!」 - 81: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 00:08:10.08 ID:7eWoTF2t.net
- ・
・
・
穂乃果「でっかい砂の顔を見た!?」
絵里「ええ、あれは確かに顔だった。それも酷く歪んだ…まるで苦しみにもがいているような」
穂乃果「むむぅ。やっぱり噂のとーり、ハムナプトラは呪われた地だったってことかぁ」
雪穂「生まれた時から専業ペテン師のくせに、簡単に信じないでよ」
雪穂「私はそんな与太話じゃ誤魔化されないよ。もっと決定的な証拠を見せてもらうまでは」
絵里「話はこれで終わりよ。そこまで言うなら、後はもうあなた達が行って確かめてくるしかないわね」
雪穂「じゃあ、どうやってあそこに行けばいいか教えてくれませんか? 正確な…位置がわかるように」
絵里「地図があるでしょう」
雪穂「あーー地図は……えっと」
穂乃果「私たち姉妹揃って方向オンチなんだよ」
雪穂「そうそう、地図があっても自信がなくって」
絵里「本当に知りたい? そのためなら何でもする?」
雪穂「…!」コクコク - 82: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 00:09:44.43 ID:7eWoTF2t.net
- .
絵里「ここは聞き耳を立てているやつが多いわ。もっと顔を近付けて」
雪穂「まさか、私まで殴ったりしませんよね」
絵里「まさか、理由がないわ」
雪穂「…」ソーッ
絵里「もっとよ……あのね」
チュッ - 83: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 00:11:19.66 ID:7eWoTF2t.net
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雪穂「んん!?」
穂乃果「おぉ」ヒューッ
雪穂「なっ!なななないっいいいい今わっ私の唇に…!!???」
絵里「チュウしちゃった」
亜里沙「ああっ!何て羨ましい! 看守、ぶちのめして!」
穂乃果「あ、戻ってたんだ」 - 85: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 00:12:25.93 ID:7eWoTF2t.net
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ヒデコ「おら来いこの無差別キス魔め!もう捕まってるのいいことにやりたい放題しやがって、これで一体何人目だ? ええっ!?」
絵里「雪穂ちゃんだっけ? 私をここから出して! そして皆で冒険に出かけましょう!」
絵里「私はエリー・アヤセよ! 二人とも、会えて楽しかったわ!」
ガチャガチャ バタン! 「頼んだわよー!」 - 86: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 00:15:26.61 ID:7eWoTF2t.net
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穂乃果「はぇ〜嵐みたいな人だったねえ」
雪穂「う、うん…」ドキドキ
穂乃果「それで〜? 初チッスのお味は如何でしたか〜?」ニヤニヤ
穂乃果「レモン味した? それとも甘ったるいイチゴ味? 穂乃果にも教えてよ、ねえねえ??」
雪穂「……」
雪穂「あの人、唇の端に毛が生えてた。歯ぁ磨けてないみたいで口臭も凄かった。思い出したら泣けてきた、うがいしたい」
穂乃果「……ご、ご愁傷さまです」
亜里沙「あの女、今度ばかりはやり過ぎましたね。アリサの素敵なゲストにセクシャルハラショーとは」
雪穂「あの、やっぱり罰を受けるんですか」
亜里沙「はい、とびっきりのを」
穂乃果「それって…」
亜里沙「絞首刑ですっ」フンス
雪穂「ええーっ!?」
亜里沙「すぐに執行します。お望みでしたら特等席をご用意しますよ?」 - 87: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 00:17:46.70 ID:7eWoTF2t.net
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囚人ズ「「「「「 ワ ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア 」」」」」
亜里沙「どうです? いい眺めでしょ?」
亜里沙「この刑務所の構造は古代ローマのコロッセオ!を模してるんです。広場の真ん中で吊るし首になる時、牢屋の全員がショーを見物できるように」
雪穂(悪趣味…)
雪穂(……あ、絢瀬さん)
絵里「……」
絵里(雪穂ちゃん、エリーチカはあなたを信じてるわよ)
絵里「」ウィンク
雪穂「っ!」ドキッ
雪穂「ん…ん゛ん゛っ」セキバライ
雪穂「……百ポンド払いますから彼女を自由にしてくれませんか?」 - 88: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 00:19:05.92 ID:7eWoTF2t.net
- .
亜里沙「ハーラッショショショ!!! あの女の処刑を見るのにアリサも同じ額払いますよ」
雪穂「分かりました二百」
亜里沙「執行して―」
雪穂「三百!」
執行人(フミコ)「何か言い残すことは」
絵里「縄解いて」
フミコ「ですってー」
亜里沙「バーカ!冗談も休み休み言って! 誰がお前なんか助けるもんか!早く吊るしちゃえ!」
雪穂「五百出すから!」
亜里沙「やっぱりちょっとタンマー!」 - 89: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 00:20:54.84 ID:7eWoTF2t.net
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亜里沙「…他には?」
雪穂「は?」
亜里沙「さっきも言った通り、アリサは寂しがり屋なの」
亜里沙「もしユキホが、アリサのお姉ちゃんと妹になってくれるなら…」サワッ
雪穂「片方ならともかく、両方は響きが怪しいから無理」パシッ
亜里沙「執行!」
/ガコンッ\
絵里「がっ!!?………ぅぐるぁぁぁ!!」ジタバタ
雪穂「絢瀬さん!」
亜里沙「ハラショー……首の骨が折れなかったのは初めてです」
亜里沙「とことん運の悪い人。苦しみに苦しみに苦しみ抜いて死ぬんです」 - 90: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 00:22:56.46 ID:7eWoTF2t.net
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囚人ズ「「「「「 KKE! KKE! KKE! KKE! KKE! KKE! 」」」」」
亜里沙「絞首で苦しめエリーチカ!!!あそれそれっ!!」
絵里「ごっ、がっ……ぅぐううぅ」ブラーン
亜里沙「見てくださいあのパンパンに張った膨れっ面。連続キス魔の死因が窒息なんて皮肉ですねー」
雪穂(ヤバい、このままじゃ)
雪穂(くっ、これは言いたくなかったけど)
雪穂「……あの人にハムナプトラに連れていってもらう約束なんです」
亜里沙「そういえばそんなこと話してましたね。どうせナンパの口実でしょ?」
雪穂「本当よ! 宝の在りかを示した地図もあります! 彼女がそこに行って取ってきたの!」
亜里沙「ホントのホントに?」
雪穂「ホントに本当のホント! 今すぐロープを切ってくれれば、初回特典として分け前の1割をプレゼント!」 - 91: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 00:24:56.88 ID:7eWoTF2t.net
- .
亜里沙「少ない、5割」
雪穂「2割で」
亜里沙「4割5分」
雪穂「おまけして2割7分5厘!」
亜里沙「譲歩して3割9分7厘5毛!!」
絵里(ゆ…き……は、やっ…)ギチチチ
亜里沙「3割3分1厘1毛1糸、2忽、9…えーっと、微?」
雪穂「3割1分4厘1毛5糸9忽2微6繊5沙3塵5埃8渺9漠!!!!」
亜里沙「円周率かよ!? もう3割でいいよ!」ガビーン
亜里沙「……あっ、やっぱ今のな 雪穂「契約成立!」
亜里沙「ハルァショアアアーッ!!! こんなの認められ」
雪穂「契約の不履行、つまり詐欺を働いた場合は鼻削ぎでしたっけ?」
亜里沙「うぎぎぎぎ………おろしてっ!」 - 92: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 00:26:38.76 ID:7eWoTF2t.net
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フミコ「せーのっ」ブチンッ
ドサッ
絵里「ぅぐぇ! くぅ…はぁはぁ…ぅゴホゲホッ!!!」
ブーッ! ブーブーッ!! ブゥゥゥゥゥゥゥーーーーーー……
雪穂(絢瀬さん、約束は守りましたよ。今度はあなたの番です)
絵里「ケホッ……はぁ……はぁ」
絵里「…」クスッ - 93: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 00:31:31.69 ID:7eWoTF2t.net
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――3日後 ギザの港
穂乃果「手痛い出費だったなー」
雪穂「まあね。お父さんたちの残してくれた遺産も少ないし」
穂乃果「これでこの旅に全てを賭けるしかなくなったかぁ」
雪穂「勘違いしないでほしいんだけど。私はお姉ちゃんと違って、学術的な目的のために行くんだよ」
雪穂「まあそれはそれとして」
雪穂「なんであなたがここにいるんですか」
亜里沙「ズドラーストヴィチェ! いい朝ですね、絶好の船出日和です!」 - 94: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 00:32:33.70 ID:7eWoTF2t.net
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亜里沙「まさかアリサの出番があれだけと思いました? しっかり旅の最後までお供させてもらいますよ」
雪穂「ついてくる気なの!?」
亜里沙「アリサへのギャラが公正に支払われるかどうか監視しとかないと。イギリス人が紳士淑女なのは口先だけですからねー」
亜里沙「現地でボーナスも期待できますし♪ ではお先に船に乗り込んでまーす」
穂乃果「…ありゃ相当のゴーツク張りだね。ロクな死に方しないよ」
雪穂「お姉ちゃんが言えた義理?」
穂乃果「私は節度ある欲かきだもん」
雪穂「どーだか……ん?」
穂乃果「どしたの。また何か燃えてる?」
雪穂「いや、赤いのには違いないんだけど」
雪穂「ほら、あそこにいる真っ赤な日傘差して真っ赤な帽子被った赤毛のトマトみたいな顔の人」
雪穂「なんか見覚えある気がするんだよね」 - 95: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 00:34:16.26 ID:7eWoTF2t.net
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真姫「やれやれ、酷い目にあったわ。あー思い出しただけで腹が立つ。何なのよあの物乞いたち!」
真姫「こっちがお情けで十ドル放り込んでやったら、たちまちアリの群れみたく殺到してきて!!」
真姫「お陰で新品の帽子がヨレヨレよ。全く失礼しちゃうっ。土人でも最低限の礼儀くらい知らないのかしら」プンプン
にこ「やれやれ、これだから世間知らずのお嬢様は…」
凛「ああいう手合いは無視するに限るにゃ〜」
花陽「でもちょっと危なかったよね勢いが凄くて。アラモ砦を思い出しました」
真姫「あなた幾つよ」
にこ「ま、でもマッキー自身は怪我してないでしょ? にこたちがちゃーんとお仕事したお陰で」
凛「うんうんっ」
真姫「当然デッショー。払った分はしっかり働いてもらうわよ。私の可愛い下僕(ボディガード)さんたち」 - 96: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 00:36:31.47 ID:7eWoTF2t.net
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にこ「とーこーろーで! 花陽ーさっきのは何? 私と凛にばかり撃たせて、あんたは後ろに隠れてコソコソやってたみたいだけど」
花陽「あれは…! ちょっと45オートの調子が悪くて、その…」
にこ「フン、ほら見なさい! やっぱり自動拳銃なんてアテにならないわ!」
にこ「命を預けるならどんな時でも作動するリボルバー一択よっ! さらに言うならS&Wのを使いなさい」
にこ「使ってみれば分かるけど、S&Wの方がコルトより細かいトコで気が利いてる優れモノなのよね〜」
にこ「それなのにどいつもこいつもコルトコルトコルト!ブランドに騙されるニワカばっかりね。挙句の果てに自動拳銃なんていう物珍さだけの玩具にまで手を出すなんて」
花陽「そ、それは違うよ! たまたま私の整備が不十分だっただけで……リボルバーだってちゃんと清掃しないとジャムるのは一緒ですっ」
花陽「私も使ってるコルト1911ピストルはそれまでのリボルバーに変わって米軍に採用されてから十年経ちました。現場でも好評だそうです。これからは間違いなく自動拳銃の時代が来ます!」
花陽「それにS&Wも自動拳銃作ったんだよ。あんまりパッとしなかったけど…」
凛「凛は武器オタなかよちんも好きにゃ〜」
にこ「凛ー? あんたからも何か言いなさいよ、同じリボルバー使いとして」
凛「凛のピースメーカーもコルトだからS&W信者のにこちゃんとはライバル同士だね」
にこ「けっ、今時シングルアクションオンリーの骨董品使ってるやつの気が知れないわ。いつまでカウボーイ気取りのつもり?」
凛「凛はかよちんとピーメが好きなの。あとボーイじゃなくてガールだよ間違えないで」
真姫「はぁ、心底どーでもいい。撃てれば豆鉄砲でも何でもいいじゃない」
にこりんぱな「よくない!!! ピストルの弾は45口径でないと!!!」
真姫「う゛ぇ!?」ビクッ - 97: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 00:37:59.41 ID:7eWoTF2t.net
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穂乃果「うわぁ如何にもアメリカンヤンキーって感じの人たちだぁガラわるそーでも年中楽しそーでいいなー」
雪穂「ウマが合いそうだからって関わらない方がいいと思うよ、ああいう荒くれ共には」
穂乃果「私たちにもそういう友達が出来たじゃん」
雪穂「絢瀬さんか…確かに」
雪穂「館長の言ってたこともあながち間違ってないね。冒険者っていう人種はもれなく、不潔で粗野で礼儀と命知らずのゴロツキ」
雪穂「でも一番許せないのは不誠実なこと。待ち合わせ時間はとうに過ぎてるのに、あの人やっぱり逃げたんだ!」
「あの人って誰のこと?」
雪穂「あっ…」 - 98: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 00:39:23.21 ID:7eWoTF2t.net
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穂乃果「ひゅーっ、見違えたね」
絵里「お陰様でね。遅れてごめんなさい、道具の調達に時間がかかっちゃって」
穂乃果「あらためて、道案内ヨロシクっ。これは親愛の証の握手だよ」ギュッ
絵里「おおっと。そうやって油断させてまた盗まないでよ。今の私は財布すらないけど」
穂乃果「心配しなくても友達からは盗らないよ。ね、絵里ちゃん?」
絵里「ふふ、こちらこそよろしく穂乃果」
雪穂「…」ポーッ
絵里「さっきからこちらのご婦人はどうしてフリーズしたままなの?」
穂乃果「多分自分が助けた檻の中のドーブツと同一人物だって分からないんだね」
穂乃果「ねえ雪穂ーしっかりしてよ。こちらエリー・アヤセちゃんだよ、ねーってば!」ユサユサ
雪穂「はっ…!」 - 99: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 00:41:42.79 ID:7eWoTF2t.net
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雪穂「あっああの、エリー・アヤセさんですよね、初めまして…」
穂乃果「全く優秀な妹で鼻が高いよ。絵里ちゃんの変貌ぶりを一行で説明してくれた」
絵里「クスクス、あなた達面白いわね」
雪穂「……絢瀬さん、疑ったことは謝罪します。でもここで今一度、私の目を真っ直ぐ見て誓ってもらえますか」
雪穂「もうペテンは姉だけで十分です。本当にハムナプトラに連れて行ってくれるんですよね? もし嘘なら…」
絵里「ええ、誓うわ」ズイッ
雪穂「っ…///」プイッ
穂乃果(むむっ、ユッキーがペースを乱されるなんて珍しい。やるねこの人)
絵里「それより、あなたの方こそ覚悟は出来てる?」
絵里「ここから先は婦女子お断りの野蛮で危険に満ちた血と砂の世界」
絵里「たとえ目当てのものを見つけられても、大抵の場合それを持ち帰る前に無意味でくだらない死に様を晒す羽目になる」
絵里「とてもあなたのようなレディが好き好んで足を運ぼうとする場所じゃない。引き返すなら今のうちよ」
穂乃果「ねえ穂乃果は? ねえ?」
雪穂「……馬鹿にしないでください。私はもうそれくらいの分別はつく大人です。それでも抑えきれない知的探求心が私をあの場所へ誘うんです」
絵里「よろしい! 分かってるならいいの。それじゃ早速出発しましょ」
雪穂「あの…! そこまで言うならあなたは何故もう一度あの場所へ? それこそ逃げてもよかったのに」
絵里「何故、ですって?」
絵里「…負けっ放しは嫌いなの」 - 100: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 00:43:49.33 ID:7eWoTF2t.net
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凛「ねーねーかよちん、あの人たちさっき“ハムナプトラ”って言ってたような気がしたよ」
花陽「ホントに? 奇遇だね、一緒の船に花陽たちと同じ目的の人たちが乗ってるなんて」
真姫「聞き違いじゃないの? もし本当だとしてもそれを公言するような馬鹿はいないでしょ、近くに競争相手がいるかもしれないのに」
にこ「競争相手ねぇ…一時期ブームになったけど誰一人辿り着けなかったせいで、近頃は夢見る冒険者の間でもその存在を疑問視する声が大勢よ」
花陽「でも、私たちは違います。なにせ」
凛「凛たちには心強い協力者がいるもんねー」
にこ「で、肝心のそいつはどこよ?」
真姫「大分前に到着して先に船に乗ってるらしいわ。何でも顔を合わせたくない人がいるんですって」
凛「ねぇ、凛たちも早く乗ろ乗ろっ。どうして大冒険の前ってこんなにもワクワクが止まらないのかな!?」
にこ「バッカねぇそんなの当り前でしょ? そんでもってその果てに待ってるお宝はぜぇーんぶにこたちが掻っ攫うんだから!」
花陽「お、おー!」
にこりんぱな「いざ、ハムナプトラに向けてしゅっぱーつ(にゃー)!!!」
真姫「バカ! しーっ!しーっ!」 - 101: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 00:46:01.67 ID:7eWoTF2t.net
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「――まるでフック船長だな」
宵の青白い月明かりに照らし出されたナイルの岸辺。
その穏やかな水面にさざ波を立てて進む粗末な小舟に乗り込んでいるのは、黒装束を纏った集団。
同胞の一人が右手に装着した鉤爪を見て、集団の長が漏らした率直な感想に、
マアトの羽に見立てた髪留めでシニヨンを結った鉤爪女は、聖刻文字のタトゥーを刻んだ顔に疑問符を浮かべた。
鉤爪女「誰なのそいつ? 奇ッ怪だけど、素敵な響きね。ぞくぞくしちゃう」
うっとりとした顔付きで爪先を撫ぜる女は、義手代わりのそれを“イタく”気に入っていた。
彼女に言わせれば、神経なぞ通っていないはずの鉤爪が時々疼くことがあるらしい。 - 102: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 00:47:29.14 ID:7eWoTF2t.net
- .
「巷で話題の戯曲に登場する人物だそうだ。私も話でしか聞いたことはないが」
鉤爪女「まあ、長は外界に興味がおありのようね。掟を忘れた?」
「まさか。偶々耳にしただけのこと。それ以上の意味はない」
鉤爪女「注意することね。たとえ長といえども…」
「言われずとも分っているさ。我ら『ラズァイ』の使命は、あの者が復活せぬよう時の陰より監視を続けること」
「それを脅かす存在、招かれざる客は、強硬な手段でもって出迎えよう」
「「「「ハムナプトラへ近付く者には死を」」」」 - 103: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 00:48:37.58 ID:7eWoTF2t.net
- KKEスペシャル
ドキュメンタリー【ハムナプトラへの招待〜ミイラ再生〜】
Next:#3「幽覧船でどこまでも」 ラブライブ!× ハムナプトラ -失われた砂漠の都- - 107: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 20:40:10.34 ID:7eWoTF2t.net
-
――同時刻 ナイル川を航行中の客船『イビス号』の船上
穂乃果「それではいざ尋常に……勝負!」
凛「凛はQのスリーカード」
にこ「こっちはAのスリーよっ」
穂乃果「ハニー・フラッシュ!」
花陽「フルハウスですっ!!」
穂乃果「くあ〜〜やられたっ!!」バンバン
にこ「くぬぬぬぬぬっまた花陽の勝ちね、これで五連続…」
凛「かよちんの勢いがとまらないにゃ〜」
かよちん「えへへ…みんなごめんねぇ」ドッサリ - 108: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 20:41:06.54 ID:7eWoTF2t.net
-
真姫「…」チラッ
真姫(あんな小金のやり取りで一喜一憂して、何が楽しいのかしら)
穂乃果「真姫ちゃんも一緒にやろーよ!」
真姫「オコトワリシマス。私はこの本を読むのに忙しいの」
穂乃果「えーそう? さっきから何度もこっちのテーブルをチラチラ見てくるから混ざりたいのかと」
真姫「…そんなことしてないわよ」プイッ
にこ(ちっ、折角カモを増やせそうだったのに)
凛(ねー)
花陽「イw(´ヮ`ハ」メガネフキフキ - 109: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 20:42:55.24 ID:7eWoTF2t.net
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絵里「ハァイ、盛り上がってるみたいね」
穂乃果「ぅ絵里ちゃん! ここ座りなよ、丁度もう一人のサイフを募ってたんだ」
にこ「花陽、いつまでも眼鏡拭いてないでさっさとカード配りなさいよ」
花陽「チョットマッテテー。眼鏡が曇るといいカードが見えないんです」フキフキ
絵里(……この子、イカサマしてるわね。大人しそーな顔して)
絵里「言ったでしょ、財布は持ってないって。それに命は賭けても金は賭けない主義なの」
にこ「ふーん、聞いてた話と違うわね。折角どっちが先にハムナプトラに着くか、二百五十ドルの賭けをしようと思ったのに」(※現在の貨幣価値で約三千五百ドル)
絵里「あなた達ハムナプトラへ行くの?」
凛「あなた達も、でしょ?」
絵里「いつ誰がそんなこと言ったかしら」
にこ「こいつ→」 穂乃果「うん?」
絵里「ちょっとあなた…」ジトッ
穂乃果「〜♪」ヒューヒュー - 110: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 20:44:39.51 ID:7eWoTF2t.net
-
にこ「で、乗るの? 乗らないの?」
絵里「……いいわ、やりましょう。どうせなら賭け金を倍にしない?」(※因みに当時五百ドル=百ポンド)
にこ「オッケー、受けて立つにこ」
真姫「…あなた、エリーだっけ? 相当自信があるみたいね。よければ根拠を聞かせてもらえる?」
絵里「そっちこそ。どう見ても五百ドルなんて大金持ってなさそうなこのおチビさんが、何故こんな無謀をふっかけてきたの?」
にこ「うっさい! チビは余計よっ」
花陽「私たち、そこに行ったことのある人をガイドとして雇ったんです」
絵里「!…」
穂乃果「そりゃ奇遇だね、実は私もぉぎゅあ!!?」
絵里「穂乃果〜? 私は用事を思い出したからこれで失礼するわぁ」モギュウウウ
穂乃果「き、極まってる極まってる…! チョークスリーパーはマジでやばいって…」
絵里(あと、イカサマしてるわよ。三人とも)ヒソヒソ
穂乃果(四人だよ。穂乃果もやってるけどそれでも勝てないんだ〜って声がでな゛い゛ぃ゛ぃ゛)
絵里「健闘を祈るわ。それじゃ御休み」チュッ
ゴキンッ☆
穂乃果「ぅ゛こ゛お゛ぉ゛お゛お゛や゛す゛み゛〜」バタッ
花陽「やったぁ! フォーカードです!」
にこ「ロイスト」
凛「ファイブカードにゃ!」 - 111: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 20:48:26.50 ID:7eWoTF2t.net
-
――同船上 甲板
雪穂「…」
雪穂「…」ペラッ
ドサッ!
雪穂「!?」ビクッ
絵里「失礼。読書の邪魔したかしら」
雪穂「……ええ。出会った時からびっくりするほど失礼な人で驚きっぱなしです」 - 112: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 20:49:24.17 ID:7eWoTF2t.net
-
絵里「ひょっとしてまだ怒ってるの? あの時チュッとやったことに」
雪穂「チュッと、ですって? あんなの、私はキスと認めてないからっ」
絵里「当然よ。チュウとキスは別物だもの」
雪穂「っ…ああもぅこのズック袋はなんですか!邪魔臭い!」
絵里「今朝中古市で仕入れた発掘道具よ。あなた達に恵んでもらった旅費で」
バサッ
雪穂「……これは」 - 113: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 20:50:28.56 ID:7eWoTF2t.net
-
絵里「リボルバー拳銃二挺、散弾銃と象撃ち銃一挺ずつに各種弾薬。携帯シャベルにツルハシ、ハンティングナイフ、バタフライナイフ。それとダイナマイトが半ダース」
雪穂「絢瀬さん…あなた戦争にでも行くつもりなの?」
絵里「アメリカ人のグループにはもう会った? 彼女たちも似たようなものだったわよ」
雪穂「…まさか、あの人たちも」
絵里「だって♪」
雪穂「そういうことか…リーダー格の赤毛の人に見覚えがあったの」
雪穂「マキ・ニシキノ博士。ニューヨークのトマトナポリタンミュージアムに勤務している私の同業者」
雪穂「彼女の両親も考古学者だけど、発掘品を売りさばいて財を成した不届き千万な一族の末裔なの」
雪穂「そんな人たちと一緒の船に乗り合わせてしまうなんて、なんて巡り合わせが悪いんだろ私…」
絵里「あなたも運命論者なの? 私は別に運命も宿命もサンタクロースも信じてないけど……それでも一つだけ確信してるのは」
絵里「あそこには“何か”があるってこと。砂の下に、“何か”が…」 - 114: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 20:51:31.08 ID:7eWoTF2t.net
-
雪穂「そうですね、何か見つかるといいんだけど……これは何?」
絵里「それはスリケンっていう、日本の投げナイフよ」
雪穂「ふーん…変な形、持ち手がついてないなんて」
絵里「ほら、危ないから寄越しなさい。元あったとこにしまって。それで、あなたも目当てはお宝?」
雪穂「それはうちの残念なお姉ちゃんです。いっつもそれしか頭になくて……何度あのバカ姉の頭のネジを締め直してやりたいと思ったことか」
絵里「あの様子じゃ手遅れっぽいわね。とっくの昔にネジ山ごとバカになっちゃってるんじゃない?」
雪穂「ですね、はぁ…。私はこの通り、本が好きなんです……絢瀬さんは、何があると思ってるんですか」
絵里「邪悪なものよ」 - 115: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 20:55:06.43 ID:7eWoTF2t.net
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絵里「知ってるかしら。ハムナプトラっていうのは現地部族の言葉で『地獄への道』って意味なの」
雪穂「より正確には『冥界への道』ですよ」
絵里「それも本で読んだの? 言っておくけど、邪悪については本からだけじゃ学べないわよ」
雪穂「絢瀬さん。私は呪いの類は信じてないけど、ハムナプトラにはきっと考古学史上有名な一冊の本が埋まっていると思ってるんです」
雪穂「『アメン・ラーの書』。古王国時代の秘術やまじないについて記されていると言われてる書で、なんでも当時、死者の魂を冥界に送る儀式に用いられたとか」
雪穂「全部父からの受け売りなんですけど。小さい頃、姉と二人でこの話を聞かされて、それでこの国に興味を持つようになったんですっ」
雪穂「いつか絶対アメン・ラーの書を見つけようって、二人で意気込んで! 今でも、この書の所在について研究することが私のライフワークで、それで」
絵里「アメン・ラーの書は丸ごと純金で出来てるそうだけど」
絵里「その様子じゃあなたにはどーでもいいんでしょうね、そんなことは」
雪穂「ちゃんと歴史を知ってるんですね!」
絵里「財宝専門だけどね」 - 116: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 20:57:38.34 ID:7eWoTF2t.net
-
絵里「…フッ」
雪穂「何が可笑しいんです?」
絵里「いやね。こんなに利発そうな女の子には初めて会ったものだから、つい」
雪穂「ジェンダーについて議論する気はないです。 もうキッチンにこもる時代じゃないですよ、絢瀬さんだってそうでしょ?」
絵里「気を悪くしないで頂戴。そういう意味で言ったんじゃないのよ」
雪穂「じゃあどーいう意味?」ジトッ
絵里「そうねぇ…」
絵里「簡潔に言えば、本を読むときだけ眼鏡をかける女の子は素敵よねってこと。キュンときちゃうわ」
雪穂「!…」メガネハズシ
雪穂「っ、っ、おやすみなさいっ」ガタッ
絵里「はーい♡」 - 117: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 20:58:53.91 ID:7eWoTF2t.net
-
雪穂「…」モジモジ
絵里「どうしたの? そこに突っ立って寝る気?」
雪穂「……あ、あの」
絵里「なーに?」
雪穂「最後に一つ、聞きたいんですけど…」
絵里「うんうん」
雪穂「……あの時。ほら刑務所で会った時に、どうして、その……キ、キスを?」
絵里「……」
絵里「それはね」
雪穂「う、ぅん…」ドキドキ
絵里「ほら、死刑囚って最後の晩餐を頼めるじゃない」 - 118: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 21:04:55.28 ID:7eWoTF2t.net
-
雪穂「〜〜〜ッ!!!」カァァ
雪穂「最ッ低! なんて失礼な人っ!」
絵里「あ、ちょっと…」
雪穂「もう知らないもん!」
タッタッタッ…
絵里「あらら…ちょっとイジワルし過ぎたか」
絵里「でもついついそうさせちゃうあの子が悪いのよ――って私もちょっとマジになってるのかしら」
「きしし、相変わらずやねエリちは」
絵里「ん?」
「あ、ヤバ…」
絵里「……」
「………ン、ンメェェェェェェ〜〜」
絵里「…」スタスタスタ
ガシッ チャキッ
「う、うわっ! いきなりそんな物騒なモン突きつけといて〜! エリちとウチとの仲やん!?」 - 119: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 21:06:34.67 ID:7eWoTF2t.net
-
絵里「あらあらアルパカだと思ったら大親友の希じゃない。へー生きてたんだぁ」
希「そっちこそ!いや〜よかった!ずーっと探してたんよもう〜それはそれは心配したんだからっダーリン♡」
絵里「言い残すことはそれだけかしら」ガチャリ
希「わー!わー!待って、ウチにはエリちとの間に出来たベビちゃんが!」
絵里「女同士じゃビョーキにはなってもママにはなれないわよふざけないで」
希「いや、でもいずれはね?」
絵里「その前に殺してあげる」
希「やめてよ…憐れなウチを許したって。ハムナプトラからすかんぴんで帰ってきたのはこっちも同じやん」
希「部隊からは脱走兵扱いで、このままじゃ国にも帰れなくて……そんな時、丁度あそこへ行きたがってる真姫ちゃんたちにツアーガイドを頼まれてこれ幸いと」
絵里「それで今度は何を企んでるわけ? また彼女たちを砂漠のド真ん中で放置して自分だけ逃げ帰るつもり?」
希「そーしたいとこだけど……アメリカ人ってのはウチより狡っ辛くて」
希「前金はたったの一割。残りはハムナプトラで見つけた財宝で支払う約束だから、逃げられないの」
絵里「へえ、かしこい判断ね。次の選挙では彼女たちに投票しましょう」スッ
希(フーッ、やっと銃をしまってくれた…) - 120: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 21:08:55.88 ID:7eWoTF2t.net
-
希「ね? 分かったでしょ。のぞみんには止むに止まれぬ事情があってのことなのだ」
絵里「あの時私を見捨てたのもその“止むに止まれぬ”ってやつ?」ギュッ
希「アイタタタ…もうそのことは言わないで。ウチも必死だったんよ、あの灼熱の地獄で…」
希「そう、地獄。ウチはお金のために今一度そこへ戻らなきゃいけない。でもエリちは?」
希「エリちのことはよーく知っとるよ、お宝に目がくらむタイプじゃない。あの時だって最初から乗り気じゃなかったし。ねえ、どうしてなの?」
絵里「負けっ放しは性分じゃないのよ。それに…」
希「…もしかして、さっきの子のためか」
絵里「――ええ、そうよ。彼女に命を助けられたの」 - 121: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 21:10:23.42 ID:7eWoTF2t.net
-
希「確かに、可愛らしい子だったよね? 喩えるなら…そう、学校の先生みたい!」
絵里「それ、褒めてないでしょ」
希「どんな宝石だって最初からピカピカなワケじゃないんよ。原石を磨いてく楽しみってのもあるわけで」
希「それにしてもなぁ、まさかエリちがあんな――くくっ、いや失敬」
絵里「あによ」
希「ちょっとね。元カノとしては意外だったというか…あぁあの子名前なんて言うの?」
希「色々アドバイスしてやりたいなぁウブそうだったし。精々泣かされんように気を付けてって……ん? おおっ?」ヒョイッ
希「どしたん急にウチをお姫様抱っこなんかして。あ、もしかしていつかの続きを」
絵里「そうね、この前の続きをしましょう」
希「おっと気を付けてエリち、そっちの柵から落ちたら川に」
絵里「ダスビダーニャ、希」
希「へ? おやすみじゃなくてぅわあぁああああーーーー!!!???」ヒューーーン - 122: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 21:14:02.27 ID:7eWoTF2t.net
-
ザバアアアアァァァ!!
絵里「偶には水泳も悪くないでしょう? 砂漠と違って熱くないしね!」
「ごぼっ…! エリち知っとるー!? 東洋人ってのは…大半が泳げないのー!」バシャバシャ
絵里「…初めて聞いたわよそんなの。私も身体の半分だけが溺れないよう、精々用心するわ」
「エリちー!堪忍して〜!! どうかご慈悲をーーーごぼごごっ」
絵里「……」
「アカンよこれ本気でゴブッ溺れ…!!!」ブクブク
絵里「……ほらこの浮き輪を使いなさいっ」ブンッ - 123: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 21:20:15.73 ID:7eWoTF2t.net
-
「やたっ! やっぱエリちはウチの天使……って!!! なんでそんな遠くに投げるのーー!!??」
絵里「それだけ叫ぶ元気があれば大丈夫そうね! 溺れたくなきゃ死ぬ気で泳いで取りに行きなさーい!」
「ひーん!!! エリちの鬼―!!悪代官ー!!チェキストー!! 人に優しくせんと地獄に堕ちるんよー!!?」ジャボジャボ
絵里「どの口が…あなたはそのせいで川に落ちてんでしょーが」
絵里「やれやれ、甘ちゃんね…私も」
絵里(………てかあの子、普通にスイスイ泳いでいってない?)
絵里「あっ」
絵里(ひょっとして一芝居うたれた?――私が助けるかどうか試したの?) - 124: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 21:21:35.82 ID:7eWoTF2t.net
-
絵里「ちぇ、相変わらず食えないやつ……掌で転がされてるみたいでなんかすっきりしないわね」
絵里「…まあいっか。さてと、旧交を冷やかしたことだし、そろそろ部屋に戻ろうかし…ら?」
絵里(あれって……いつの間にか小舟が私たちの船に接舷してる)
絵里(浮き輪を投げるのに思い切り身を乗り出さなければ気付かなかった…! 舟はロープで繋がれたまま、乗員の姿はなし。ということは)
絵里(やっぱり。甲板に濡れた足跡が残ってる。こちらの船に上がってきたのはついさっきだわ)
絵里(足跡の数から推測するに最低でも六人。いえ、その倍はいると考えておきましょう)
絵里(足跡の行き先は……客室の方へ!)
絵里「くっ…!」ガチャガチャ - 125: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 21:22:36.11 ID:7eWoTF2t.net
-
――雪穂の船室
雪穂「ジョージ・ベンブリッジは、1860年――じゃなかった」
雪穂「ベンブリッジは…1865年に……」ブツブツ
雪穂「う〜っなんなの!?」バシッ
先程から本を片手に、自室を端から端までうろうろ行ったり来たりを繰り返す彼女は、
あの後から一ページも読み進められていないそれを思わず床に投げ捨てた。
雪穂「あんなキ、チュウのこと! いつまでも気にしてる場合じゃないでしょ雪穂っ」
声を張り上げつつ、ちらりと鏡の方を見やる。
白い薄手のキャミソール姿の自分。今、眼鏡はかけていない。
――道理で本の文字が見にくいと思ったら。
雪穂「もう、何やってんだろ私…」 - 126: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 21:23:16.56 ID:7eWoTF2t.net
-
雪穂「……」
雪穂(そりゃ自分のことを絶世の美女なんて思えるほど自惚れてないけどさ)
雪穂(でも、酷いブ女ってほどでもないよね…?)
雪穂(――もちっと髪伸ばしてみようかなぁ)
赤茶の毛先を弄りながら、しばし長髪になった自身の姿に想いを馳せ――
ふと、ついさっき愛書家としてはあってはならぬことをしてしまったのを思い出して。
雪穂「ゴメンね。痛かった?」
恭しく、父の愛読書だった考古学本を拾い上げ、再び鏡に視線を戻したその時。
「動くな」 - 127: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 21:25:15.16 ID:7eWoTF2t.net
-
雪穂「誰――むぐっ!?」
「大きな声を出さない。でないと殺す。まだ煉獄の炎で焼かれたくないでしょ?」
鏡に映る自分の喉元に、いつの間にか背後に出現していた黒装束の人物が右腕と一体化した鉤爪を突きつけていたのだ。
雪穂(な、何!? どうなってるの!!? この人は一体…)
謎の闖入者――声色から判断すると女性――は全身を漆黒のローブで包み、ぎらぎら光る目元だけを露出させたその姿は、
極東の諜報・暗殺者集団であるニンジャを想起させたが、彼女の下瞼に刻まれた聖刻文字を見て驚愕が雪穂を襲う。
――それは遥か古代に消え去ったと信じられてきた土着の特定宗派が使用していたとされる、失われた言葉だったから。 - 128: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 21:27:22.28 ID:7eWoTF2t.net
-
鉤爪女「邪教の者よ。忌むべき地への道標を渡しなさい。そうすれば命はとらないであげる」
雪穂(忌むべき地への道標……ハムナプトラへの地図のこと? この人たち、もしかして)
鉤爪女「早くなさい。 ヨハネは気が短いの。喉を掻っ切るわよ?」
雪穂「ヨハネ…って預言者の?」
鉤爪女「早く! 神への供物になりたいの!?」シャキン
雪穂「うわわわわかった。ほっほら、地図はそこのテーブルの上に」
あたふたと、火の灯った燭台の脇で台上に広げられた地図を指さす。
隣には、例の八角形パズルボックスをすっぽり収納した小物入れも置かれていたが。
鉤爪女「よろしい。けどそれだけじゃ足りないの」
鉤爪女「鍵よ。封じられた呪われし者を再び呼び覚ます混沌と終末への扉を開く鍵。あれはどこにある?」
雪穂「鉤? それならあなたの腕についてるじゃない――ていうかあなたの言葉イチイチ装飾過剰…」
鉤爪女「黙りなさい…! しらを切り通すなら今すぐその首切り落とす!」ギラッ
雪穂「ひぃっ」
――バタンッ!
「ユキちゃん!」 - 129: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 21:29:57.49 ID:7eWoTF2t.net
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雪穂「その呼び方、お姉ちゃ…じゃない!?」
勢いよく開いた扉の向こうから、透き通るような金髪に一滴の汗を光らせて姿を現したのは。
絵里「逢瀬の現場、てわけじゃなさそうね。よかった出歯亀にならないで」チャキッ
雪穂「こんな時に言ってる場合ですか! お願い何とかして…」
鉤爪女「くっ…! 動くなっ!!」サッ
絵里の手にした二挺拳銃の銃口の先には、咄嗟に雪穂を盾にした鉤爪女が。
雪穂「絵里さぁん…」
絵里(さて、どうする――!) ボォッ
一髪千鈞を引く睨み合いが続く中、不意に視界の隅で燭台の炎が揺らめく。
それは、新たな襲撃者の到来を告げる風―― - 130: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 21:31:32.48 ID:7eWoTF2t.net
-
バタムッ!
不意に開いた窓からにゅっと突き出た二挺のモーゼル拳銃。
――BANG!BANG!BANG!BANG!
雪穂「きゃっ!」
黒装束A「ギャアアアッ!!!」
それらが火を吹く前に、絵里は黒装束の射手を穴だらけにしていた。
ガシャァァァン! ゴォォォォォォッ
一切の遠慮と呵責のない銃撃が襲撃者以外の壁や窓にも弾痕を穿ち、
跳弾で砕け散った灯油ランプが落下して室内のソファに引火、炎上する。 - 131: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 21:33:07.77 ID:7eWoTF2t.net
-
鉤爪女「んなっ…」
あまりにあっさりと同胞が撃ち倒されたことに、敵は一瞬動揺した素振りを見せ、
雪穂(今だッ――!)
反射的にテーブル上の燭台を引っ掴むと、先端を無我夢中で背後の人物の顔目掛け押し付ける!
鉤爪女「ぅわちゃぁつ!!? あっ熱うううううううううう!!!!!」
絵里「今よ! こっち来て早く!」
雪穂「ひぃっひぃぃ」
絵里「私の後ろに隠れてッ!!」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
黒装束B「アイエェェエエエッ!!??」
再び窓枠の外から姿を現した二挺拳銃の黒装束に、弾倉に残った全弾を撃ち込みながら、
瞬く間に灼熱地獄と化し始めた船室からしめやかとは程遠い脱出! - 132: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 21:34:01.60 ID:7eWoTF2t.net
-
絵里「おととい来やがれってのよッ」BANG!BANG!BANG!…
雪穂「もうこんなに延焼しちゃってる…! この船は駄目だ、逃げましょう!」
絵里「火を見るより明らかね。さ、行きましょ」
雪穂「あー!駄目っ!戻らないと!!」
絵里「なに、突発的な自殺衝動でもあるの?」
雪穂「地図が…! 部屋にハムナプトラへの手がかりが」
絵里「安心なさい。この私が地図よ」
絵里「全部頭(ここ)に入ってるわ」トントン
雪穂「ああ…頼もしい。それならよかった…」 - 133: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 21:35:55.01 ID:7eWoTF2t.net
-
ゴオオオオオオオオオッ
鉤爪女「ぅぐううううううううっ目がぁ〜〜〜」
ガシャン! ドシャリ
燃え盛る部屋の中、顔の傷を庇いながらよろよろと闇雲に前進したはずみでテーブルをひっくり返し、
拍子に床に落ちた小物入れの中身がぶちまけられる――その中に、鉤爪女は目当てのものを見出した。
鉤爪女「!…鍵よっ鍵がある」
鉤爪女「ツイてるわぁ。今宵のヨハネにはアラーの御加護が」 「雪穂―!今の音はなっうおわぁぁぁまた火事ぃ!!!?」
ドカッ☆
鉤爪女「あ」 穂乃果「お?」 - 134: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 21:37:36.42 ID:7eWoTF2t.net
-
またもや突然開かれた入口の扉は屈んでいた鉤爪女の尻を直撃しその身体を突き飛ばす。
憐れ不運な女はそのまま煉獄のソファへと一直線、紅蓮の業火に頭からダイブ。
鉤爪女「あぎゃアアアアアア!!?? お゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」ジタバタ
穂乃果「うわわわわっごめんなさいってか何がどーなってんの!?……あ!」
穂乃果「私のパズルボックス…!」
混乱した状況に頭が追いつかぬまま、取るものも取り敢えず床に転がった八角形へと手を伸ばし――
ガキンッ
鉤爪女「これはヨハネたちのものよぉぉぉ」ゴオオオオオオオ
フックの先端が小箱を引きずり、炎上する自身の懐にそれをしまい込んだ鉤爪女は、
次いで目の前にいるこちら目掛けて爪先を振るう!
鉤爪女「禁域に踏み込む者には死をおおおおおお」SWISH!FWISH!
穂乃果「ひいいいいいいっ、この人燃えながら襲ってくるううううう」
たまらず部屋から飛び出した穂乃果の背中に「待てええええええ」と執念深そうな声が追いすがる。 - 135: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 21:42:54.66 ID:7eWoTF2t.net
-
船上は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
船長「さっさと逃ィげるんだヨォォォォーーッ!! この船は沈むでソーーローー!!」ドボォォン
鉤爪女の仲間たちはイビス号のあちこちに火を放ったようで、今や真昼より明るくなった甲板は、
先ほどまで各々の娯楽に興じていた船客たちがパニックに陥って右往左往する大喧騒の渦中。
またそれに混じって、畜舎の中に取り残された馬やラクダといった家畜たちの悲鳴も轟いている。
――その甲板に通じる左舷側通路に出るための曲がり角で、先刻から絵里と雪穂は釘付けにされていた。
BLAAAM!!! バリィィン ボォォ
雪穂「ひっ…!」
二人を狙った頭上からの射撃が、曲がり角の先の壁に掛けてあったランプを破壊し、新たな小火を発生させる。
絵里「大丈夫よ。あの角度からじゃギリギリ当たらないはず」
絵里(とはいえ、膠着状態なのは事実。この状況を打開するには…) - 136: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 21:44:57.39 ID:7eWoTF2t.net
-
絵里(向こうの船首からライフルを持った敵が一人、私たちを狙い撃ち。ここからじゃこちらの拳銃の弾は届かない。向こうの弾も当たらないけど)
絵里(急いで助けに行ったから、象撃ちライフルその他諸々入った道具袋は甲板のテーブルに置きっぱなし)
絵里(つまり相手を倒すには、リボルバーを使うにしろライフルを使うにしろどの道甲板に出る必要がある)
絵里(思い切って撃ちまくりながら飛び出すのも手だけど、甲板に他の敵が待ち構えてない保証もない。私だけなら何とかなるかもだけど)
雪穂「お姉ちゃん逃げれてるかな…」
絵里(この子もいることだし無茶は禁物よね)
BLAAAM!!!
再び、ライフルの着弾音。今度は少し左に逸れた。
雪穂「ねえ、ちょっと…」
絵里(何か他の手を…)
正面はライフル。左は壁。右は船室エリアに逆戻り。
そして背後には鳴き喚く家畜たちを満載した畜舎が。 - 137: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 21:46:53.56 ID:7eWoTF2t.net
-
≪ヒヒィィィィィン…≫ ≪ンヴオオオオオ!!≫
絵里「分かるわ。あなたたちも今すぐ逃げ出したいでしょうに……あ、そうよ!」
BLAAAMM!!!!
ほとんど耳元で、凶悪な咆哮が壁を抉り取って木屑を飛ばしたその音も、今の彼女には全く届いていなかった。
絵里「閃いたっ!」 雪穂「危ないっ!」グイッ
BLAAAAMMM!!! パラパラ…
絵里が冴えたアイディアを思いつくのと、その身体を咄嗟に雪穂が引っ張ったのはほぼ同時。
先まで自分の頭があった場所を削り取ったリンゴほどの大きさの弾痕を見て、絵里は呆けたように目を丸くする。
絵里「あ、ありがと…」
雪穂「確かに、ギリギリ当たりませんでしたね」
その皮肉にニヤリと返し、平時のリラックスした調子を取り戻すと、後ろの畜舎の開閉柵の錠に銃口を向け、
絵里「さあ、こっちの番よ!」BNAG! - 138: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 21:49:02.34 ID:7eWoTF2t.net
-
黒装束C「アイエエエエ!!? ナンデ!?」
眼下の通路に堰を切ったように飛び出してきた畜生の群れに、船橋に陣取った狙撃手は困惑した。
その嵐に巻き込まれた同胞たちが、蹄の下敷きになって悲鳴を上げたり海に突き落とされるのをしばし呆然と見守りながら、
やがてこれは混乱に乗じた陽動だと気付くと、慌ててもう一度曲がり角へ向けて狙いをつけ直すも、
絵里「そこから降りなさぁあい!!」BANG!BANG!BANG!
既に二人は解放された家畜らに紛れて甲板に到達しており、
雪穂は絵里の、絵里はヒトコブラクダの後ろに身を隠しながら、銃だけを突き出して反撃。
黒装束C「くっ、異教徒が舐めくさりおって…!」ガチャコン
黒装束C「大体なんだよその寸詰まりの格好!うちの国じゃそれだけで投石モンなんだよっ代わりにこいつを喰らえ!」BLAAM!!!
負けじと敵も撃ち返してくる。
強烈なライフルの発射音にラクダたちが驚き、即製の遮蔽物は散り散りに四散。
絵里「ッ!!!」BANG!BANG!BANG!BANG!
それでも絵里は怯まない。この距離なら、二挺持ちのこちらに幾らかの分があると信じて。
絵里の連射が相手を捉えるのが先か、六発ずつしかない回転弾倉の弾が尽きるのが先か、
勝負の行方は―― - 139: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 21:51:37.36 ID:7eWoTF2t.net
-
ドボオオオオォォォン
鉤爪女「ぷっはああ゛あ゛ーーーーき゛も゛ち゛い゛い゛い゛…」シュウウウウウ
鉤爪女「やっと消せたわっ……今日は厄日よぉ」
「ホア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ーーーッ!!!!」
鉤爪女「ん? このウィルヘルムめいた叫びは…」
顔を上れば今まさに、撃ち落とされた仲間の狙撃手が悲鳴を上げながら落水したところだった。
甲板上に目を凝らすと、同胞たちを相手に二挺拳銃を振り回して大暴れしている金髪女と、その背に隠れて
自分の片目を開かずに変えた憎き赤茶髪が至近距離の銃声に怯えオロオロしているのを発見する。
鉤爪女「あいつら…!」ギリッ
鉤爪女「見てなさい。このヨハネを怒らせたことを奈落の底まで後悔させてあげるんだから…!」 - 140: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 21:53:23.17 ID:7eWoTF2t.net
-
絵里「粗方片付いたわね。もうこれ以上のカオスは御免こうむりたいわ」
ショルダーホルスターに双銃を収めながらまずは一息。
だが敵の姿が見えなくなったとはいえ、甲板上は我先に川へ逃れようとする客と
言うことを聞かない暴れ馬とでごった返しており、火の勢いが増したこともあって事態はますます混迷の一途を辿っていた。
絵里「これ以上ここに留まるのは危険よ!」
そこで雪穂のキャミソールの裾にちらと視線を泳がせると、
絵里「泳げる?」
雪穂「馬鹿にしないでもらえますか。こう見えていざって時には」
絵里「今がその時よぉぉぉぉ!!!」 - 141: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 21:57:44.37 ID:7eWoTF2t.net
-
有無を言わさずプリンセスハグからの放り投げ。
「きゃああぁぁぁぁああぁぁ」ザバアアアァァァン!!!
悲鳴のドップラー効果を体感する間もなくその身体は船底の波間に派手に着水、飛沫をまき散らす。
「もぅ酷い! いきなり投げるなんてぇ!!」バシャバシャ
絵里「遠くの岸を目指して泳ぎなさい!」
絵里「……今にして考えると希は運が良かったのね」
先刻同じようにブン投げ、結果的にこの難を逃れた悪運の強い悪友の顔を思い出して自嘲気味に口元を歪めながら、
しっかり回収しておいた道具袋を肩にかけ、自分もこの混乱から脱出しようとした矢先――
鉤爪女「誰の運が良いですってえええ!!?」 - 142: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 21:58:58.76 ID:7eWoTF2t.net
-
欄干の向こうから突然這い上がってきた女の振り回す鉤爪を避けるため、咄嗟に絵里は身体を後ろに投げ出す。
鉤爪女「このッ…! たっぷりお礼はさせてもらうわ…よッ!!」SWISH!SWISH!
絵里「くっ…!」
猛然と唸りをつけて襲い掛かってくる銀の軌道をなんとか見切りながら、右左と回避行動を続ける絵里。
鉤爪女「ほらほらほらァ!! 避けるのにイッパイイッパイって感じねぇどーしちゃったわけ?」
鉤爪女「銃が使えないとなーんにも出来ないんでしょ!これだからアメリカ人は…ぅおッ!?」ドテッ
興奮しすぎて足元が疎かになったのか、甲板の木板の隙間につま先をとられて蹴躓いた隙を見逃さず、
絵里「私は…ッ!」ブンッ
死角となっている側面に回ると、わき腹に強烈な右フック一閃。
絵里「祖母がロシア人の」ガッ
鉤爪女「ぐぼっ!!?」
絵里「クォーターよ!!」ドゴオッ! - 143: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 22:01:48.48 ID:7eWoTF2t.net
-
脳を揺さぶるアッパーカットが相手を半回転させ、
そのがら空きの背中に全体重を乗せたミドルキックを叩きこむ。
「うげぇ!」と潰れたウシガエルのように呻きながら、
吹っ飛ばされた女の身体は勢い余って船内へ通じる扉を突き破り、
ガシャァァン! ゴ ォ オ オ オ オ オ オ オ オ !!!! ≪ほぎゃああア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ーッ!!!≫
離れていた絵里も思わず顔を庇うほどの熱風。
バックドラフトを起こして吹き出してきた火の玉の向こうから、ウィルヘルムめいた断末魔の叫びが。
絵里「ハラショー…」
絵里「なんて口開けてる場合じゃないわね。グズグズしてたら私もネグロイドの仲間入りよ」
亜里沙「エリーさん!エリーさぁん!」 - 144: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 22:03:23.73 ID:7eWoTF2t.net
-
絵里「所長!そういえばあなたもいたわね…」
亜里沙「いました!さっきまで心地よい夢の世界に!で、起きてみれば何なんですかこのデッドマン・ワンダーランドは!アリサインナイトメアですよ!」
絵里「心中お察しするわ。それはそうと、そのネクタイ似合ってるじゃない。もちょっとキツく絞めてやりたいけど」
亜里沙「まあ皮肉がお上手ですこと! こんな状況ですお互い過去の遺恨は水に流しましょー!」
亜里沙「はっ!ウォーターといえばカナヅチのアリサどうすればいいんですかぁ……お願いです、同じロシアンクォーターのよしみで助けてください!」
絵里「分かった、そこを動かずにいなさい。すぐに救援を呼んでくるから」
亜里沙「はいっよろしくお願いします…!」
絵里「大人しく待ってるのよ」
ヒョイッ
ザバアアアアァァァン - 145: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 22:06:42.84 ID:7eWoTF2t.net
-
亜里沙「よーし、アリサは信じて待ちます」
乗客A「逃げろ逃げろ! 船首まで火の手が来たぞ!」
≪ヒヒィィィン…!!≫
亜里沙「こう見えてアリサは忍耐強いんです」
タスケテェーーー ザブーン!
bang!bang! bang! ニッコニッコニー!
亜里沙「おばあちゃんが言ってました。こういう状況でこそ冷静になるべきだって」
乗客B「もうラクダは諦めろっ…何でアルパカがここに!?」
≪ンメェェェェェェ!≫
ワー! ワー! ワー!!
亜里沙「……」
亜里沙「って殺す気ですかああああ!!!待てえええええ!!!」ドボーン! - 146: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 22:08:29.96 ID:7eWoTF2t.net
-
――その頃、絵里たちとは反対側の船尾。
穂乃果「はぁ…はぁ…! いっ…!?」
火災とパニックから逃れようとここへ辿り着いた穂乃果が目にしたのは、
にこ「一番先に当てた人が五十ドルよっ!」BANG!BANG!BANG!BANG!
凛「にゃはっ! この勝負いっただきー!」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
花陽「ま、負けないよっ…!」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
真姫「う゛ぇぇ…」ビクビクッ
積み上がった荷物や木箱、十分ほど前までポーカーをしていたテーブルに椅子を遮蔽物とし、
その陰から突き出した六つの銃口をひっきりなしに明滅させ、嬉々として射的ゲームに興じる女ガンマンたちの姿。 - 147: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 22:10:41.75 ID:7eWoTF2t.net
-
穂乃果「うはーっ流石アメリカ人。ここだけ開拓時代みたい」
見れば軽く二十メートルは離れた船首近くの畜舎の影から、黒装束の一人が健気に撃ち返してきている。
絵里が躊躇したように、拳銃という極々至近距離を狙うことを想定した武器では、この程度の距離でも中々当たるものではない。
少なくとも落ち着いてじっくり狙うべきところだが、ヤンキー女たちはお構いなしに口笛を吹いたり故郷の唄を大合唱しながら、
両手の二挺拳銃でやたらめったら好き放題の滅茶苦茶に撃ちまくっていた。まるで撃つことそのものを楽しんでいるように。
にこりんぱな「愛してるばんざーい!!!」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
にこりんぱな「ここでよかーった!!!私ーたちの今がここにあるー!!!」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
真姫「う゛ぇ!う゛っう゛ぇ!!? う゛っ」
にこりんぱな「さあ!!!大好きだばんざーい!!!」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
にこりんぱな「まけないゆうえすえー!!! 私ーたちは今を楽しもうーー!!!」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
真姫「う゛っう゛ぇぇぇう゛っう゛ぇええう゛う゛う゛ぅぅええ…」ポロポロ
心底楽しそうな三人の後ろでは、赤毛の学者が発砲の度に仰天して珍妙な呻き声と共に身を震わせる合いの手を。
穂乃果(こっちはなんか可哀そー…) - 148: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 22:14:36.45 ID:7eWoTF2t.net
-
≪コ オ オ オ オ オ オ ォ ォ オ オ オ ォ オ オ ≫
穂乃果「!!?」
その牧歌的で能天気な空気に、突如として割り込んできた禍々しい気配に思わず後ろを振り返る。
そこでは地獄の扉が開いていた。
≪かああああああぎいいいいいいいい≫
それはもはや人の形を成していなかった。
灼熱の園へ叩き込まれ、なおも強烈な執念で歩を進め獄炎の渦中を彷徨ううち、
満身を焼き包むそれと一体化して現世に帰還した業火の化身。
≪ちずちずちちずみずみずずずずみけしずみず……≫
穂乃果「あああのっダイジョブ? すっごくファイヤーだよってカンジだけど…」
≪この程度の試練(アンラッキー)…地獄の釜底で転生したニューカマーヨハネにはどぉってことなくてよおおおお≫
穂乃果「うひいいいいいいいぃぃぃ」
その振り上げられた右腕はもはやどこまでが肘先なのか分からない松明の灯と化していたが、
数秒後には罪人を一直線に切り裂いて断罪しようとする意図だけはこの上なく明白で―― - 149: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 22:16:05.05 ID:7eWoTF2t.net
-
花陽「避けてくださいっ!!!」
途切れることを知らない銃火の轟音に負けない警告が響く。
「ささっ」と脇に退いた穂乃果の真横で花陽の放つ45口径の銃撃を浴び、
背中より吹き上がる炎の翼から赤橙の鱗粉を振り撒いて、鉤爪女はその場で独楽の如くくるくると回転。 - 150: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 22:16:35.82 ID:7eWoTF2t.net
-
凛「凛も加勢するよ!」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
口火を切った親友に続いてこちらも新たな標的目掛け愛銃の引き金を絞る。
遥か西部は開拓時代より編み出されたファニングショットの技巧で、
瞬く間に六発の弾丸が吸い込まれるように女の胴へ。その歩を大きく後退させ。 - 151: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 22:17:45.37 ID:7eWoTF2t.net
-
にこ「んでもって最後はやっぱりこの私よね〜ほぅら笑いなさいっにっこにっこにー!」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
仲間たちの前で大口を叩くだけあって彼女の腕前も生半可ではなく。
≪アク……バル……ッ≫
精密な弾道のつるべ撃ちという一見矛盾した芸当により、胸部に弾痕でスマイリーフェイスを穿たれ終わる頃には、
既に精も根も燃え尽きた女の身体はそのまま舷側の手すりから、
穂乃果「おっとその前にこれは返してもらうよ」サッ
パズルボックスを掠め取られた直後真っ逆さまに墜落し、使命に殉じたその魂はナイルの緩やかな流れに飲み込まれた。 - 152: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 22:18:47.66 ID:7eWoTF2t.net
-
凛「やったねかよちん鎮火せいこ〜イェイ☆」
真姫「ナニソレイミワカンナイぃぃぃ…」
花陽「お怪我はありませんかー?」
穂乃果「う、うんっありがとやったね!悪は滅びたっアメリカ万歳! いや〜いいもの見せてもらったよ。銃の国は伊達じゃないね」
にこ「自由の国よ。まああんまし変わんないけど」
にこ「あんたらに変わって世界を盗るのはこの私たちよ。精々今からもみ手の練習でもしとくことね」
穂乃果「たははっ面目ない。ホノカ・コーサカ、エゲレス代表として情けない姿を見せちゃいました」
穂乃果「でもね、英国淑女だってやる時にはやるんだよっほらこの通り」キラン
にこ「袖口焦がしてまでそのちっぽけな箱を取り返すのがそんなに大事だったわけ?」 - 153: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 22:20:20.46 ID:7eWoTF2t.net
-
お喋りはそこまでだった。
鉤爪女を煉獄の悪魔に変えた火炎流が今度は穂乃果たちをも飲み込もうと唸りを上げて
最後の安全地帯だった船尾にも溢れ出し、慌てて両者はそれぞれの祖国がある方角へ飛び込んだ。
ザボンッ ドボドボドボンッザバァァン
凛「よーし岸まで競争しよー? 最後の人バドワイザーひと箱奢りぃ〜♪」
真姫「よくそんな元気あるわね…」
- 154: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 22:24:17.97 ID:7eWoTF2t.net
-
ジャバッ ジャバジャバ…
雪穂「全部無くなっちゃった…私の発掘道具…私の服…私の本…なにもかも」
絵里「まだ命が残ってるわ。あと、いい加減離れなさいよ所長」
亜里沙「しょっしょっしょっしょ…どうして砂漠の夜と川と人はこんなにもアリサに冷たいんでしょーか」ブルブル
ザバァァァァ
穂乃果「ホノカ・コーサカ一等兵只今帰還しましたぁ!みんな、また会えて嬉しいよ」
雪穂「こっちの岸に上がったのは私たち四人だけか。他はみんな反対側に」
穂乃果「無視かーい。もっと再会の喜びを分かち合おうよ」
亜里沙「あっちの方が近かったですもんね当然よ。アリサたちをここまで泳がせたのは嫌がらせ?」
穂乃果「ねえ見てこれ。穂乃果命懸けでパズルボックス取ってきたんだよほら」
『おおおーーーーーーーい エリちいいいいいいいーーーーーーーーーー』 - 155: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 22:26:49.79 ID:7eWoTF2t.net
-
『おおおーーーーいっ そっちも無事上陸できたみたいねーーーーーー』
雪穂「誰?」
絵里「例の、素晴らしきわが友ってやつよ」
『でもねーーーーやっぱりウチって、生来霊的(ボーントゥスピリチュアル)なラッキーガールみたーーい』
『どうやら馬もラクダもぜぇーんぶこっちが一人占めしちゃったみたいなんよーーーーホントにごめんねーーーーー』
絵里「構わないわよーーーーーそっちは目的地と反対の方角だしーーーーーーお互い頑張りましょーーーーーー」
『………ありゃりゃ』
絵里「それとーーーここにおられるカイロ刑務所の所長さんがぁ、あなたの脱走について関心があるそうよおーーー」
『ひえええええええっそれは勘弁して〜〜〜 ほなまたねーーーーハムナプトラで会おーーーーーーー』
絵里「私としては二度と会わないことを祈ってるわぁーーーーーーーーーー」 - 156: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 22:29:40.50 ID:7eWoTF2t.net
-
絵里「さて、目下の目標は失くした道具と足の確保ね。それに」チラッ
雪穂「……あっあんまり見ないでくださいこのエロシア!」
絵里「凍え死なないように暖の確保も必要よ。酷く嫌われちゃったみたいだけど、あなた私と添い寝出来る?」
雪穂「…い、いざって時には」ブルッ
絵里「今がその時よぉぉぉぉ!!!」ガバッ
雪穂「きゃああああ!!! もぉそーやってすぐにおちゃらけるんだからああ」
ワーワー キャー
穂乃果「うーむ、心なしか妹が知らずのうちに大人の階段を垂直に昇らされようとしているような。喜ばしいようなちょっと寂しいような」
亜里沙「ペリメニ食べます?」モグモグ
穂乃果「うん…」
穂乃果「…ふやけてる」
亜里沙「ペリメニですから」
穂乃果「そっか、ペリメニだもんね」
ほのあり「……」モグモグモグ
- 157: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/08/31(水) 22:31:03.38 ID:7eWoTF2t.net
- KKEスペシャル
ドキュメンタリー【ハムナプトラへの招待〜ミイラ再生〜】
#3「幽覧船でどこまでも」 ラブライブ!× ハムナプトラ -失われた砂漠の都- - 160: 幕間 ※元ネタ:ハムナプトラ2のイジー(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 01:20:10.72 ID:CW8L3JNg.net
-
――イビス号に乗り込む直前の一幕
「ところで、その眼帯はなんだ? いつの間に目を無くしたんだ」
鉤爪女「……」
「お前まさか…」
鉤爪女「おっと、注意することね。たとえ長といえども、ここから先の深淵を覗こうとするなら覚悟が必要よ?」
鉤爪女「この下にある邪眼の魔力に魅入られしものはヨハネと契約、すなわち我が眷属としぁ痛っ!?」パチンッ
「おイタはここまでしておけ。これから戦闘になるかもしれんというのに、自ら視野を狭めるうつけがどこにいる。これは没収だ」
鉤爪女「ちょっと!返してよぉ私のアイパッチぃ〜」
まさかこの後本物の眼帯が必要になるとは夢にも思わないヨハネだった。
幕間 終 - 161: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 01:21:18.77 ID:CW8L3JNg.net
- ・
・
・
亜里沙「はー身体の節々が痛い。全然疲れが取れてませんよ。アリサ屋根のないところじゃ眠れないの」
絵里「その割にはぐっすりだったわよ」
穂乃果(結局昨晩の添い寝の組み合わせは私と雪穂。絵里ちゃんは寝つきの悪いアリサ所長に一晩中子守歌代わりの関節技を極かせ)
穂乃果(そうして朝、上陸地点から数キロほど歩いたところでオアシスを発見した私たちは、現在その交易場で必需品の値段交渉に臨んでいるところなわけですが)
穂乃果「どうしてノミの巣みたいなラクダ四頭がこんなに高いのさ! 黄金のうんちでも出してくれんの? こんなのインチキだボッタだサギだよサギ!」
絵里「もーいいから、お金払いなさい。私たちには彼らが必要よ」
穂乃果「んもーしょーがないなぁ……足元見てくれちゃって、ドケチ…ていうか財布持ってるのが私だけってどういうことなの…」ブツブツ
絵里「死に物狂いで財布を死守したのはあなただけだったみたいね」クスクス
亜里沙「ミス・ユキホがいればもっと値切ったでしょうけど」
絵里「タダでもらうって手もあったわよ。彼女を質に入れて」
穂乃果「はは、少しそそられる提案だ」 - 162: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 01:24:01.65 ID:CW8L3JNg.net
-
絵里「――ええ、そそられるわね。とっても」
穂乃果「ん?…おお、これは」
雪穂「あの…新しい衣装買ったんだけど、どうかな」シャラン
亜里沙「ハラショ……いい」
穂乃果「ばっちし!」
絵里「似合ってる…本当に」
雪穂「えへ…」 - 163: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 01:25:13.86 ID:CW8L3JNg.net
-
――
――――
――――――――
穂乃果「さばくあきたー!!!」
雪穂「…その言葉も聞き飽きた」
穂乃果「もう何時間も見渡す限り砂砂砂ばっかり! まだハタチそこそこぴちぴち花盛りのぴゅあらぶハートまで枯れて萎びちゃうよー!」
雪穂「それはお姉ちゃんの視野が狭いの。砂漠にだって、楽しみはたくさんあるんだから」
穂乃果「たとえば?」
亜里沙「食べることとか」ムグムグ
絵里「そういえばラクダのこぶは美味しいそうね」
穂乃果「なら今すぐ味見してみよっか。ほら雪穂あーん」
雪穂「もうっそういうことじゃなくてさ。見なさいこの雄大な眺め」
穂乃果「どこが。砂と石だらけでぺんぺん草の一本も生えてないのに」
雪穂「ちっちっ甘いよ甘いそんな想像力じゃ」
雪穂「砂丘の陰影に砂紋の芸術、その上に点々と刻まれた何かの生き物の足跡。蜃気楼の幻影に落日の空と地平のコントラスト」
雪穂「時間帯によって砂漠は刻々とその表情を変化させているの。一時だって目が離せないんだから」
穂乃果「ほぁー楽しそうで何よりだよ。百万ドルの眺めってやつ? 思い出はプライスレスってか」
雪穂「拝金主義者には理解できないかもね。どうして人々が昔から砂漠にロマンというか、一種の憧憬を感じていたかってことが」
穂乃果「私だってロマンは感じるよ? この広い砂の下に埋まってる一獲千金のチャンスのことを思うと」
雪穂「はぁ…またそれだ」
絵里(ふっ、つくづく似てないというか、正反対の姉妹ね) - 164: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 01:27:32.55 ID:CW8L3JNg.net
-
≪ン゛ウ゛エ゛エ゛エ゛…≫
穂乃果「それにラクダ! 私この子好きじゃなーい」
雪穂「そお? 私は可愛いと思うけど」ヨシヨシ
穂乃果「汚い臭いツバを吐く、さっきなんて噛まれかけたよ」
亜里沙「ぺっぺっ」
穂乃果「……」
亜里沙「アリサが吐いたのはナツメヤシの種です」
雪穂「お姉ちゃんはさっきから文句吐きだね。この貴重な体験をもっと楽しんだらいいのに」
穂乃果「昔の何も考えてなかった脳天気な私なら出来たかもしれないけど。大人になるって辛いことなんだよユッキー」
雪穂「今もノーテンキラキラな遊び人のクセによく言うよ」
穂乃果「……あー暑っ」ダラダラ
絵里「そのせいかもね。怒りっぽくなってるのは」
絵里「日が沈んだら一旦テントを張って休みましょう。そうして日付が変わったあたりにまた出発するの」
絵里「夜は涼しいというか寒いくらいだし、ラクダの上でも寝れないことはないわ。また明日この日差しの中を行くよりはいいでしょ?」
穂乃果「異議なーし」
絵里(多分このペースでいけば、明け方には目的地へ到達できそうね) - 166: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 01:29:30.81 ID:CW8L3JNg.net
-
―――――――――――――――
――――――
――
≪ヒヒィィィン!≫
にこ「だーかーらー、こいつらはともかく、しっかり調整したサラブレッド連れてくれば馬の方が速いわよ」
花陽「どうでしょう。普段はのろく見えるけど、ラクダも最高で六十キロ出せると聞いたことがあるよ。それに砂地って条件なら普段から場馴れしてるアドバンテージもあるし」
凛「凛もかよちんの意見にさんせー」
にこ「は〜っ二人ともカウガールとしてのプライドはないわけ? あんな下品でブッサイクなやつの肩を持つとか…それともなに、どっちが速いか賭けましょうか?」
凛「前はカウガールのこと馬鹿にしたくせに…」
にこりんぱな「やいのやいのやいの」
真姫「あの三人は年から年中小銭の取り合いばっかりしてるわね…」
希「仲良しでええやん」
真姫「あの賭けのことだけど。まあラクダでしょうね。力持ちだし飲まず食わずで何日もいられるし、砂漠じゃラクダに乗るのが最適解よ」
真姫「だから一頭しかいないラクダをあなたにあてがったの。責任もってしっかり案内してよねガイドさん」
希「そりゃどーも。そういう真姫ちゃんもちゃっかり一頭しかいないラバに乗っとるけど。それにも何か学術的な根拠が?」
真姫「……この子かわいいんだもん」ナデナデ - 167: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 01:32:38.39 ID:CW8L3JNg.net
-
プ〜ン ブブブブ
亜里沙「しっしっあっち行って! これはアリサのです、一口だってあげないんだから」
穂乃果「ハエもうざったいよねぇ。ずーと顔の周り飛び回って。羽音聞いてるだけでイライラする…」
亜里沙「本当ですよ……むぐむぐ、ナツメヤシの実おいし♪」
絵里「くすっ、アリサ所長はそれが気に入ったのね」
亜里沙「うん!アリサ甘いのだーい好き!――あっハラショ!あんなところにナツメヤシの森が!!アリサちょっと木の方に行ってきますね〜」
雪穂「待てい。それは蜃気楼ですらない幻覚だ」
亜里沙「シンキロー? 薪水給与令なら出てますけど。だからジャップ共にはアリサたちに食料と水を支給する義務があるんですっ!ロシア船打払令なんて認めませんよ」
絵里「彼女には何が見えてるというの」
穂乃果「暑いのが悪いよー暑いのが」
雪穂「確かにこの暑さは参るけど」
穂乃果「雪穂はいいよねーひとりだけ通気性のよさそーな涼しげな服でさ」
雪穂「お姉ちゃんもケチらず買えばよかったのに」
穂乃果「……あー」
穂乃果「なんかもうそうすれば良かった頭はたらかないもん、とろんとして」 - 168: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 01:36:00.43 ID:CW8L3JNg.net
-
パッカ パッカ
穂乃果「……」
雪穂「……」
絵里「……」
亜里沙「」モグモグ
穂乃果「たんちょーだね、さっきから」
雪穂「……」
絵里「……」
穂乃果「……」
亜里沙「」モグモグモグ
穂乃果「なんか喋ろうよ…」
≪ン゛ウ゛オ゛ォ゛ォ゛…≫
穂乃果「…いや、キミじゃなくてさ」 - 169: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 01:38:03.71 ID:CW8L3JNg.net
-
穂乃果「……」
絵里「……」
雪穂「…!」
絵里「」コクッ
穂乃果「ん?」
穂乃果「……あ」
穂乃果「日が沈んでく…」
- 170: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 01:39:26.37 ID:CW8L3JNg.net
-
亜里沙「ハラショ…」
穂乃果「……」
雪穂「……」
絵里「……」
――
――――――
――――――――――――――― - 171: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 01:40:08.65 ID:CW8L3JNg.net
-
真姫「――それでね、私たちが乗ってきた船の名前にもなってるイビスは鴇のことなの」
真姫「古代エジプトでは聖鳥とされ、特に頭部の黒いクロトキはトート神の化身と見做されて手厚く保護されたの」
真姫「死後もミイラにされて葬られるくらい大切にされてたのに、今のこの国じゃ数十年前に絶滅して姿を消しちゃったのよね」
希「ふむふむ、やっぱり学者さんといると勉強になるね」
希「思えばこの国にも一年ちょっといたけど、そーいう文化的なことはさっぱりやん」
真姫「あなたここに来る前は何をしてたの? その口ぶりだと世界中を回ってるみたいだけど」
希「まー色々あってね。各地を転々と逃げ…飛び回ったなぁ」
希「大都会シカゴで警察とギャングの両方に追っかけられたと思えば、どこか分からんジャングルの奥地で土人にお尻をかじられかけたり」
希「地図にのってない孤島に流れ着いたこともあったっけ。ハンガリーでは指名手配されるし、大戦中は逃げに逃げて果ては南極まで…」
真姫「ん? 希って南極探検隊に参加してたの?」
希「あ…今のはほんの軽いジョークよ。忘れて忘れて」
真姫「ふーん…? で、その成果がその首にぶら下げた大量の護符ってワケ? 欲張りさんね。あなたその中で本当に信じてる宗教はいくつあるのよ」
希「もちろん全部よ。ウチの故郷には八百万の神って考え方があるんだけど、真姫ちゃん知らない?」
真姫「さあね。どれ見せなさい――キリストの十字架に仏教のお守り、ヒンドゥーにイスラムときてユダヤまで。ホント節操ないわねこのバチ当たり」
希「まあこれでいいこともあるんよ。日常会話くらいなら、のぞみんはこれらの宗派の言語を不自由なく喋れる程度にマスターしているのだ」
希「これなら死んだ時どこへ飛ばされても、そこにいるあの世の鬼と交渉出来るでしょ?」
真姫「……日本人ってのは皆こうなの?」 - 172: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 01:41:24.45 ID:CW8L3JNg.net
- ・
・
・
パッカ パッカ パッカ
穂乃果「ぐごー…ずぴー…」
亜里沙「うぅん、うるさいれす……ぐー」
絵里「……」
コツン
絵里「?」
雪穂「すー…すー…」
絵里「ふふ…」ナデナデ
雪穂「…ふぁ」
雪穂「……はっ!体重増えた?」
絵里「そんなことないんじゃない? ほら、こんなに軽いのに」
雪穂「あっ…近!? やだ私、まさかずっとそっちに体重預けて…」
絵里「ラクダから落っこちるよりはマシでしょう」
雪穂「うぅ…すみません」
絵里「謝る必要なんてないわよ。全然悪い気分じゃなかったし」 - 173: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 01:43:30.45 ID:CW8L3JNg.net
-
穂乃果「ゆきほー…わふぁひがふいてるから…」モギュウ
亜里沙「さむい……アリサをひとりにしないで…」ギュウウ
絵里「くすっ…夢の中とはいえ、穂乃果とアリサ所長はすっかり仲良しって感じね」
雪穂「それ…」
絵里「ん?」
雪穂「所長のこと、名前で呼ぶことにしたんだ。あんなに毛嫌いしてたのに」
絵里「…まあね。何をされたか忘れたわけじゃないけど」
絵里「あなたの言うこの広漠な景色に感化されたのかしらね。ここじゃ人間の活動なんて、足元にどこまでも広がる砂の中のさらに細かい一粒のようなもの」
絵里「なーんてね。ちょっぴり詩的で謙虚な気分にさせられたのよ。まあ、砂に流してやらんでもないってね」
雪穂「絢瀬さんも分ってくれますか、この気持ち」
絵里「それ」
絵里「折角だから私のことも名前で呼んでほしいな。船で一回だけしてくれたみたいに」
雪穂「……覚えてたんですか。ならあの時なんで私のことをユキちゃんって…」
絵里「愛称はこの上ない親愛の証のつもりなんだけど。因みにこれは私を裏切って見捨てて置き去りにした大親友からの受け売り」
雪穂「ぷっ、何それ…大した親友もいたものですね」 - 174: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 01:44:58.53 ID:CW8L3JNg.net
-
雪穂「…船で私たちを襲った人たちのことだけど」
絵里「何か心当たりが?」
雪穂「どうでしょう。彼らのしていたタトゥーが古代の宗教に関わるものってことぐらいしか」
絵里「目的はハムナプトラの地図だったみたいだしね。これは厄介な相手よ」
雪穂「また襲ってくると思いますか…絢瀬さんは」
絵里「十中八九。今もどこかで私たちのことを見張ってるかも」
雪穂「まさか…」
絵里「そのまさかよユキちゃん」 - 175: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 01:46:21.11 ID:CW8L3JNg.net
-
「………」
稜線の遥か向こう側から、間もなく禁じられた土地へ足を踏み入れようとしている四頭の姿を見つめる一団があった。
「あの顔、見覚えがあるな」
薄明の青白い世界で、豆粒ほどに映る先頭の金髪に目を凝らし、ぽつりと呟く。
「前にもここに来たやつだ。生きていたとは」
「…しぶといな。厄介だ」
- 176: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 01:48:42.39 ID:CW8L3JNg.net
-
亜里沙「う゛ーっ酷い夢を見ました……森の中でグリズリーにベアハッグされて背骨をへし折られるなんて」
穂乃果「穂乃果も……大蛇に巻き付かれて丸呑みにされたよ…」ゲッソリ
絵里「クスクス…」
ドドドドドドドド…
雪穂「ねえあれ…」
雪穂「馬だ、こっちに向かってやってきます!」
- 177: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 01:49:55.56 ID:CW8L3JNg.net
-
雪穂「どうしよ…きっとタトゥーの人たちだ。二十頭はいる…」
絵里「慌てなさんな。一番先頭にいる人の顔をご覧なさい」
絵里「あれは希たちのグループよ。後ろにいるのは現地で雇ったアルバイトの作業員たちね」
穂乃果「お金持ちはいいなぁ」
亜里沙「アリサたちもこれからなりますよ」 - 178: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 01:51:36.61 ID:CW8L3JNg.net
-
希「おはよーさんさん、いい朝やねエリち」
絵里「そっちも相変わらずの調子で安心したわ」
一同、ハムナプトラ経験者の二人を筆頭に、地平線の彼方に臨むよう、
レースの開始地点の如くぞろぞろと轡を揃える。
真姫「これからどうするのよ」
希「まーまー真姫ちゃん、もうちょいお待ちを」
にこ「ねえあんたたち、賭けを忘れてないわよね」
雪穂「賭けぇ? 初耳なんですけど」
凛「先にハムナプトラに着いた方が五百ドルの約束だよ。即金でね」
雪穂(うはー五百どころか五ドル残ってるかどうかすら怪しいのに。しーらないっと)
花陽「あの、希ちゃんも参加してください。こちらが勝ったら百ドル出します」
希「……悪くない話やね」
穂乃果「よーしっやるったらやるぞー!」 - 179: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 01:54:07.65 ID:CW8L3JNg.net
-
絵里「覚悟はいい?」
雪穂「…何が?」
絵里「もうすぐ日の出よ。そしたら現れる」
亜里沙「現れるって…」
希「もう、そこにあるんよ。本当はね」
パァァァァァ
薄茜色の空の下、顔を出し始めた太陽がスカイラインを歪曲させ、歪みは波紋のように伝播していく。
地平ではなく水平線の向こうから昇る陽を見ている気分だった。
一行の眼前にはさざ波立つ風景の湖面が広がり、さながら空と大地に幻惑のカーテンがかけられている様。
穂乃果「綺麗…」 - 180: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 01:55:52.29 ID:CW8L3JNg.net
-
希「驚くのはまだ早いよ」
薄笑いから零れ落ちた一言に、大自然の奇術師はそのベールを脱ぎ捨て始めた。
真姫「嘘でしょ…」
それは蜃気楼でもなければ幻でもなく――
失われし砂漠の神殿が、そのシルエットを宙に投影していた。
じりじりと、勿体つけた奇術披露(プレステージ)の最終段階。
初めからそこに実存するタネが、あたかも突然現出したかの如く像を結ぶ。
にこ「何がどーなってるのよ…」
凛「あはっ☆」
花陽「ハムナプトラ…」
とうとう姿を現したのは、小高くそびえる黒い台形の陸標――死火山。
こちらに向けて口を開いたそのカルデラ内に、古代人は死者の都を築いたのだ。
- 181: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 01:57:35.06 ID:CW8L3JNg.net
-
絵里「……」
希「……」
どちらからともなく、視線を交錯させていた。
曖昧模糊となった物理法則の事象を前にし、後ろで口々に喚き立てている人々の喧騒も遥か遠く。
初めて見る彼女らが夢中になって目を奪われるのも致し方ない。
重要なのは目の前の超常的な光景ではなく、自分たちがこの瞬間ここにいるという感慨を噛みしめることなのに。
得意の悪戯っぽい笑みを湛えた表情に、恐らく鏡があれば自分も同じ顔で応えているのが分かっただろう。
先駆者の特権。二人だけが知っていた秘密の墓園(はかぞの)。
今、この感覚を共有している両者は間違いなく世界で只二人きりの一瞬を独占していて――
そんな二人だからこそ、誰より早くそのことに気付いたのだ。
- 182: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 01:59:44.05 ID:CW8L3JNg.net
-
絵里「やあっ!」ピシッ
希「ハイヨーッ!」ダッ
雪穂「!…チーチーチーッ!!!タクタクタク!!!(それそれそれ!!!)」
穂乃果「いけっいけー!!」
亜里沙「あっ待ってくださーい!!」
にこ「ちぃ、出遅れたっ! 私たちも行くわよ!?」
凛「かよちんいっくにゃー!」
花陽「うん…!」
真姫「にこちゃんたちに続きなさい!ハムナプトラはすぐそこよっ!!」
アラブ人労働者「「「「 ワアアアアアアアアアアアアア!!!!」」」」 - 183: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 02:01:46.30 ID:CW8L3JNg.net
-
ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド !!!!!!!
絵里「いやぁ! はぁ!」
希「はっ…!はっ…! あはっ」
絵里「フッ…」
花陽「はっはっ…やっぱりラクダ速いよ追いつけない」
にこ「くぬぬぬぬぬぬぬっもっと飛ばしなさーい!!」
凛「希ちゃーん任せたぁ!」
希「ガラにもなく期待されちゃってるよ、どうしよ」
絵里「応えてあげればいいんじゃない? 出来るものならね」
希「なあエリち、ウチにいい考えがあるんだけど」
希「このまま二人同着でゴールしちゃお。そして賭け金は山分け。ウチらは仲直り。どうよ?」
絵里「…魅力的な提案ね」 - 184: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 02:06:18.87 ID:CW8L3JNg.net
-
絵里「でも、ね?」
希「ん――?」
絵里「勝つのは私たちじゃないわ」
雪穂「チーチーチー…ぅわおっ!? 急に速く!??」ドドドッ
希「――あの子、追い上げてきて」
絵里「悪いわね希。ダスビダーニャ」グイッ
希「ぉわとあ!!? また落ちるやあああああぁぁぁぁん――――」ゴロゴロゴロ
絵里「これで貸し借りはチャラにしてあげるっ!」 - 185: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 02:09:08.04 ID:CW8L3JNg.net
-
希「…イチチ、フラれちゃったかぁ」ボロッ
希「エリちには敵わんね……あの子にも」
雪穂「やぁ! もうちょっとよ頑張って!」
絵里「上手い上手い、乗馬の才能も中々のものよ。ラクダだけど」
雪穂「そおかな? えへっお先―」
絵里「……」
絵里(何かしら――)
絵里(今一瞬、彼女のことが本気で可愛く見えたような)
絵里(少なくとも、これまで相手にしてきた一泊二日の女の子たちとは明らかに違う、こんなタイプは初めて)
雪穂「ぃやっほぅ〜!!!」
穂乃果「いけー雪穂ー!!そのまま一番乗りだぁ〜!!!」
絵里「!…速度を落としなさい!! 入ってすぐの所に砂丘がぁあ間に合わなかった…」
雪穂「わぷっ…けほっ、ぺっ…ぺっぺっ」
ザザッ
絵里「手を貸しましょうかお嬢様? ハムナプトラへようこそ」
絵里(――とにもかくにも、目が離せないのよねこの子は) - 186: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 02:09:41.86 ID:CW8L3JNg.net
- KKEスペシャル
ドキュメンタリー【ハムナプトラへの招待〜ミイラ再生〜】
Next:#4「Guilty Name, Guilty Night」 ラブライブ!× ハムナプトラ -失われた砂漠の都- - 191: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 21:24:37.57 ID:CW8L3JNg.net
- ・
・
・
穂乃果「むふっ、むふふふふ」
絵里「ゴキゲンね」
穂乃果「いやーさっすが私の妹! 賭けは大勝、今夜は祝杯だぁー!」
雪穂「五百ドルか…ここに着く前に欲しかったかも」
穂乃果「なーに浮かない顔してんのさ。もっと喜びたまえ五百だよ五百!ほら見なさい」
雪穂「ならそっちもあれを見なよ」
雪穂「アメリカ人グループの張ったテントの山!」
雪穂「二十人以上の現地労働者を収容できるキャパに、全員分の食事と発掘道具ついでに娯楽まで完備してる」
雪穂「あの人たちとの差は五百ドルぽっちで縮まるものじゃない。浮かれ気分にはなれないね」
穂乃果(うわっ…発掘のこととなるとカリカリしてるなぁ)
絵里「まあ、気にせずこっちはこっちのペースでやればいいんじゃないかしら」
穂乃果「そうそれ、私もそれ言おうとしてた」
雪穂「…そう、ですね」
雪穂「それに、向こうは端からこちらなんて眼中にないみたいだし」 - 192: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 21:25:35.14 ID:CW8L3JNg.net
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労働者ズ「「「「マキチャン、マキチャン、マキチャン、マキチャン――」」」」
真姫「遺跡にはなるべく傷をつけないようにして。そこ、きびきび動く!日当十ドル払ってるのよもっと蝶のようにキリキリ舞いなさい」
凛「そーにゃそーにゃ弛んでるにゃあ」
真姫「凛、高みの見物は雇い主の特権よ。今すぐあなたもあそこに混じって、その弛んだ根性を引き締めてきなさいな」
凛「えぇ〜っ!? なんで凛がそんなこと」
真姫「あなた達には彼らの百倍以上出してる上に、賭け金が払えないからって給料の前借までしてあげた。だのにその態度は何よ?」
凛「あはは…真姫ちゃん、過ぎたことだよ。凛、過去は振り返らない主義だから」
真姫「さっさと行って来いこの給料ドロボー!!」
凛「うわーん、自分だって墓ドロボーのくせに〜!」 - 193: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 21:27:27.01 ID:CW8L3JNg.net
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にこ「バッカねー凛のやつ沈黙は金って言葉知らないのかしら」
にこ「お上には逆らわず黙って口閉じてりゃ沈金(ちんぎん)貰えてハッピー世は事もなしよ」
真姫「にこちゃん? 言っておくけどあなたたちも立場は同じなのよ。下に降りたら?」
にこ「ぎくっ…いや遠慮するにこ。にこはぁ、えーっと……そう、ここで風を読んでるの。カウガールの嗜みにこ」
にこ「ああ思い出すにこぉ…遥かな故郷カンザスで、パパと一緒に風を切って馬を走らせた日々を」
凛「分かった! ここって凛が住んでたネバダに似てるんだっ!」
凛「ほら、砂漠以外に何もないけど、鉱山の土の中に埋まってる金とギャンブルで一獲千金出来るところとかそっくり!」
真姫「あなたは口じゃなくて手を動かす」
真姫(ニューヨークもあと一万年くらいしたらこんな感じになるのかしらね……全てが、砂の下に)
グゥゥゥゥゥゥゥゥ…
真姫「……」
花陽「ごっごめんなさい…!みんなが故郷の話をするから、私も思い出しちゃって」
花陽「はぁ、カリフォルニア米が恋しいです…」
真姫「……この人たちダメかも」 - 194: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 21:28:36.73 ID:CW8L3JNg.net
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にこ「そ、そんなことないわよ! ねえ花陽、あんたはさっきから何を見てるの?」
花陽「あ、ちょっとね。向こうのグループの様子が気になって」
にこ「穂乃果たちの?」
花陽「うん。さっきから凄く熱心に作業してるし、何か見つけたんじゃないかなぁと思って」
真姫「まさか。向こうのリーダーは名前も聞いたことがない小娘よ」
真姫「何の実績もない、学者ごっこをしているだけの人に何が出来るっていうのよ」
にこ(自己紹介ご苦労様にこ)
花陽(親の七光りって言われるのが嫌で、自力で伝説のハムナプトラを発掘して歴史に名を残してやるーって大見得切って飛び出してきたんだもんねぇ)
真姫「……何よ、言いたいことでも?」
にこ「いえ、なんでも」
花陽「ありません」 - 195: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 21:29:48.23 ID:CW8L3JNg.net
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雪穂「あそこに見えるのがアヌビス像です」
絵里「お久しぶりワンちゃん。元気してた?」
雪穂「ベンブリッジの学説によればあの像の足元にはアメン・ラーの書を隠した秘密の小部屋があるということなんだけど」
絵里「今や体の半分近くが砂の下なのよね」
雪穂「というわけで、まずは埋もれている神殿内部に侵入し、そこからアヌビスの足を目指します」
雪穂「そして神殿への入口は――ここです」
絵里「……私には地面に開いた只の穴にしか見えないけど」
雪穂「恐らく天然のものをそのまま利用したんでしょう。下は洞穴になっていて、私の考えが正しければそこが霊廟。あとは芋づる式に」
絵里「なるほど。しかしよくこんな隠し抜け穴みたいな入口を見つけられたわね」
雪穂「ああ、それなら簡単ですよ。分かりやすい目印があったから…」
穂乃果「雪穂―! 言われたもの見つけてきたよー」 - 196: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 21:30:57.48 ID:CW8L3JNg.net
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亜里沙「ふぅはぁ、意外とヘビーです…」ズルズル
雪穂「二人ともお疲れさまー。まだあると思うからまたよろしくね」
亜里沙「ハラショ!?」
絵里「その小汚い鉄板みたいなのは?」
雪穂「古代の鏡。紀元前のエジプトには既に金属を用いた鏡が作られていたんですよ」
雪穂「隠し穴の近くにもこれがあったので。あ、所長、その鏡はよく砂を落としてから太陽の方に向けて設置して」
絵里「分かった。反射させた光を洞穴内部に送り込もうって寸法ね。でも広い地下を照らすには些か光量不足じゃないかしら」
雪穂「両方とも正解。ですが、古代人の知恵は時として私たちの予想を遥かに凌ぐことがあるんです」
雪穂「ふふ、まあ楽しみにしててください♪」
絵里(生き生きしてる…好きなことに夢中になってるって顔。冷めているようで熱い子なんだ)
絵里(そのギャップが凄くチャーミングで……あの顔をこっちに向けさせたくなっちゃう) - 197: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 21:32:25.99 ID:CW8L3JNg.net
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絵里「あ、あのね。これ、良かったら使って」
雪穂「何ですかこの袋…?」
絵里「向こうのアメリカ人に頼んで貸してもらったの。こっちは汚いのじゃなくて……ちゃんと、ぴかぴかのがあるといいと思って」バサッ
雪穂(あ、発掘道具一式…)
絵里「えーっと、ほら」
絵里「必要じゃなかったらいいのよ、その……それじゃ私は穂乃果を手伝ってくるから」
亜里沙「むーっ」
絵里「…何見てるのよ」
亜里沙「別に、なんでもありませんっ」
絵里(何やってるのよ私は。見たいのはアリサ所長の顔じゃなくて彼女の喜ぶ顔だったのに)
絵里(歯切れの悪いまま会話を打ち切っちゃって、今更振り返るのも恥ずかしいし……ああんもうっいい歳してティーンエイジャーかっつーの)
雪穂「あのっ」
雪穂「ありがとうございます! とっても嬉しい…!」
絵里「!…」
絵里(訂正、今の声だけで十分だわ)
絵里(彼女がどんな顔しているか、目に浮かぶような…) - 198: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 21:34:37.94 ID:CW8L3JNg.net
- ―――――――――――――――――
―――――――――――
――――
パラパラ…
「そのまま降りて来て。暗いから足元に気を付けて」
「よっと。ホントだ真っ暗ー」
「そういえばさ、鏡探してる時に気付いたんだけど」
「遺跡の裏手の方に荷物を背負ったラクダの群れがいたんだけど、あれって穂乃果たちのじゃないよね。どこから来たんだろ」
「きっと私たちのだわ、一ヶ月前の。可哀想に……置き去りにされたまま、まだここを離れていないのね」
「アリサだったらこんな場所、一刻も早く離れたいです。この臭い、刑務所なんかよりずっと酷い…」
「三千年分の埃とカビの積み重ねだね。ほら、クモの巣おすそ分けー」ネバァ
「ちょ、やめてくださいよもうっ! 虫と蛇は大の苦手なんです」
「私は暗闇が苦手よ……思った通り、松明の明かりがないとお互いの顔も見えないじゃない」
「三人とも、さっきからどーでもいいことばっかり。私たちは三千年ぶりにここに足を踏み入れた人間なんだよ? もっとこう、感じるものはないの?」
「暗いチカ、正直怖いチカ。どーでもよくないチカ」
(チカ…?)
「変なところでヘタレなんですね……もういいよ、嫌でもカンドーさせてあげるんだから」
「これならどうだ。光あれ」グイッ - 199: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 21:37:34.94 ID:CW8L3JNg.net
-
絵里「眩し…」
亜里沙「わぁ凄い、一瞬で明るく…!」
穂乃果「どういう仕組みで……あ、ここにも鏡がたくさん」
雪穂「ふっふっふっ恐れ入ったか。これが古代エジプト人のトリックだよ」
雪穂「室内に計画的に配置された鏡がパスルートを作って、地上からの光を反射リレーしてるの。照明なしでもこの明るさ。太陽は偉大なのだ」フフン
絵里「もう私ずっとここにいていいかしら」
雪穂「それにしても驚いたよ。この部屋サーネイチェだ。多分、王族の」
穂乃果「雪穂―私たちにも分かるように」
雪穂「平たく言うと処置室。死後の世界に入っていくための準備の間」
亜里沙「それってつまり…」
穂乃果「ああ、ミイラ作るとこね。昔お父さんに習ったっけそういえば」
ガチャリ
穂乃果「絵里ちゃん…? どったのさ、いきなり銃取り出して」
絵里「い、いいじゃない別に。さあ、先を急ぎましょう」ブルブル
雪穂「……」
穂乃果(うーん、意外な弱点発見だなぁ) - 200: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 21:40:37.85 ID:CW8L3JNg.net
-
ズリズリ…
絵里「確かアヌビス像はこっちの方角だったはず」
穂乃果「けほっ、こんなの通路じゃないよ。這わないと通れないなんて」
雪穂「こんな所でおなら出さないでよね。松明に引火して洒落にならないことに……ん?」
カリカリ…
カリカリカリ…
絵里「何、この音…」
テケリ――リ テケリリテケリリテケリリテケリリ……
ザザザザザザ ザザザザザザ ザザザザザザザザザザザザ
- 201: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 21:42:18.59 ID:CW8L3JNg.net
-
雪穂「何かたくさんのものが蠢いているような――――虫?」
亜里沙「や、やだぁ!こんな身動きとれない場所で出てこられたら…」
絵里「さっきから鳥肌が止まらないんだけど…」ぞわわっ
穂乃果「止まらなくていいから前進してよ。私たちも先に進めないじゃん」
雪穂「今更虫の百匹や二百匹にビビってどうすんですか。さっきからエリーチ株の暴落が止まらないんですけど」
亜里沙「なんて逞しい姉妹なの…」
絵里「ほんとにね」
雪穂「二人が情けないだけだよ」
穂乃果「ほんとにね」 - 202: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 21:44:43.00 ID:CW8L3JNg.net
-
ズズズズ
パラパラパラ…
絵里「やっと出口よぉ」
絵里「あーなんという開放感。もう狭くて暗い所はこりごり」
穂乃果「ここも広いとは言い難いけどね。あのおっきな石が邪魔だなぁ」
雪穂「石じゃない、これはアヌビス像の足だよ!」
雪穂「地震か経年劣化で天井が崩落して一緒に落ちてきたんだ。なるほど、やけに背が低くなってると思ったらそういうことか」
雪穂「思ったより下に行かなくていいかも。というかこの近くに秘密の隠し部屋があるはず」
ジャリッ…
絵里「!」
亜里沙「また虫…」
オ゛オ゛… ウ ォ゛ォ゛ン
絵里「…いえ、虫はこんな風に鳴かないわ」
- 203: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 21:47:56.73 ID:CW8L3JNg.net
-
――シュタン
ガシャンナ
ニャル…
雪穂「木霊…? 何かの声が、反響してるの?」
亜里沙「これってまるで人の…」
穂乃果「ねえ皆、ハムナプトラの伝承って何だっけ」
雪穂「生きたミイラが守る呪われし土地……いや、まさかそんな」
絵里「ユキちゃん、松明持ってて。ここは二挺持ちでいくわ」ジャキン
絵里「あなた達も、銃は持ってる?」
亜里沙「もちろん。レディの必需品ですよ」チャキッ
穂乃果「私も、ポーカーする時の必需品ならある」チョコン
雪穂「……何それ、玩具?」
亜里沙「アリサ知ってます。デリンジャーですよね。ギャンブルで負けそうになった時、対戦相手をテーブルの下から狙い撃ちするための銃です」
穂乃果「まあ大体あってるかな。他にも色々使い道はあるんだけどね」
絵里「それじゃ虫も殺せないわ。次からはもっと大きいのを用意なさい」 - 204: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 21:49:22.26 ID:CW8L3JNg.net
-
オ゛オ゛……ァ゛オ゛オ゛オ゛ォ゛ア゛……
絵里(音が近付いて来てる…像の裏側に何かが)
絵里(みんな、用意はいい?)
穂乃果「っ…」
亜里沙「」コクコクッ
雪穂「」ドクンドクン
ハァ …ァ゛ァ゛ア゛
絵里(呼吸のリズムが変わった――こっちに気付かれた?) - 205: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 21:50:40.79 ID:CW8L3JNg.net
-
スン…
スンスン…
雪穂(やだ、もぅ何なのぉ)
絵里(――覚悟を決めましょう)
絵里(スリーカウントするから、皆で銃を撃ちながら飛び出すのよ、いい?)
穂乃果(ちょい待ちタンマ。それって1、2、3の3と同時に飛び出すの? それとも3の後で?)
絵里(1、2、3じゃないわ、スリートゥーワンゼロのゼロと同時よ)
亜里沙(本当ですか? 裏切らないですよね信用しますよ!?)
絵里(いえ、やっぱりゼロの後に何か掛け声合わせましょうか。そっちの方が勢い出そうだし)
雪穂(いらんわっ、漫才じゃあるまいし真面目にやってくださいよ)
絵里(私はいつだって大真面目よ。いくわよтридва …」
穂乃果「ロシア語じゃどこが境目が分からないよ…」
「あのー」
穂乃果「ぅおおわぁ!!??」ジャキッ
「ぴゃああああ!!?」ジャキン - 206: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 21:52:40.27 ID:CW8L3JNg.net
-
花陽「……」
穂乃果「……」
凛「……」
亜里沙「……」
真姫「……」
雪穂「……」
希「……」
絵里「……」
労働者ズ「マキチャン…」
にこ「なーんだあんた達だったの。びっくりさせないでよね、心臓が止まるかと思ったじゃない」チャキ…
絵里「こっちも、あやうくそっちの心臓止めちゃうとこだったわ」チャッ…
- 207: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 21:53:36.63 ID:CW8L3JNg.net
-
雪穂「ふーっ無駄に冷や汗かいちゃった…」
花陽「あ…!」
花陽「その緑の袋、失くしたと思った私の発掘道具入れ…!」
雪穂「へ?」
絵里「いえ、これは彼女のお父様からの借り物よ」
花陽「え? いやでも、そんなはずは…」オロオロ
凛「かよちんが困ってるにゃ、返してよ!」
絵里「どこかにこの子の名前でも書いてあるの?」
凛「ッ…!!」ジャキン
絵里「」ジャキッ
亜里沙「」チャッ
穂乃果「」チャキッ
にこ「」ジャキン
希「」チャキン - 208: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 21:54:36.15 ID:CW8L3JNg.net
-
花陽「わ、分かりました…! 私の見間違いです、また目が悪くなったみたい……だからみんな銃を下して」
絵里「ふぅ…」
雪穂「えっと、じゃあ問題も解決したみたいなんで、私たちは発掘に戻りますね。そちらも頑張ってください、よい一日を〜」
真姫「待ちなさい。何しれっと終わらせようとしてるの」
真姫「ここを最初に目をつけてたのは私たちよ。つまり、ここは私たちの発掘現場、お分かり?」
雪穂「早い者勝ちですよ。私たちのです」
真姫「それなら私たちの方が早かった」
絵里「」ジャキッ
亜里沙「」チャッ
穂乃果「」チャキッ
にこ「」ジャキン
凛「」ジャキッ
花陽「」チャッ
希「」チャキン
- 209: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 21:55:45.23 ID:CW8L3JNg.net
-
絵里「この像は私たちのものよ、おねーさん方」
にこ「あら、どこにもあんたの名前は見当たらないけど? おばさん」
絵里「あなたの血で書かせてもらうわ、おチビさん」ビキビキ
希「まーまーエリち、そうカッカしないで冷静にこの状況を見ようか」
希「そっちは四人。だけどウチらは後ろのバイト君も入れて十五人なんよ? いくらエリちかて勝ち目は薄い…」
絵里「あ?」ギロッ
希「て、さっきカードが言ってたの、うん。戦いはあんまりオススメせんよーって」
絵里「ならそのカードに言ってやりなさい」
絵里「撃ち合いになったら真っ先にあなたを捨て札にしてやるって」ガチャッ
希「いっ」タラ…
亜里沙「多勢に無勢は慣れてます。アリサはいつも一人でしたから」
穂乃果「うんうん、私も! 最後に頼れるのは自分だけ!」
にこ「どうやらそっちはやる気満々みたいねぇ」ガチャリ
花陽「っ…」ゴクッ
凛「しゃー…」
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…
- 210: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 21:58:27.33 ID:CW8L3JNg.net
-
雪穂「はぁ、やめてよね。バカらしい」
雪穂「こんな狭いとこで撃ち合ったらお互い無事に済まないの、小学生でもわかるよ」
雪穂「私たちは大人なんだから、子供っぽい争いはやめて譲り合いの精神を発揮しなきゃね」
雪穂「ということで、この場はあなたたちに差し上げます」
亜里沙「でもユキホ、ここにはお宝が…!」
雪穂「だって、他にも掘る場所はたくさんあるから。ね? 絢瀬さんも…」スッ
絵里「…分かった。雇い主にそう言われちゃ断れないわ」チャッ…
希「……どうやら、一件落着のようやね」
花陽「ほっ」
真姫「ヒヤヒヤさせてくれるわね、マッタクー」
凛「命拾いしたね」
穂乃果「そっちこそ」
にこ「ぬかすわね」
亜里沙「……」
雪穂「ほら行くよ、三人とも」 - 211: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 21:59:57.69 ID:CW8L3JNg.net
- ―――――――――――――――
――――――
――
ガツン!ガツン! ガリッ
パラパラ…
雪穂「で、象形文字によればここがさっきいた所の真下」
雪穂「あの時、部屋の床に裂け目を見つけて。そこに小石を蹴り込んだら地面にぶつかる音が聞こえて、それでここの存在に気付いたの」
絵里「あの一触即発の空気の中でよくそんな余裕あったわね…」ガツン!
穂乃果「雪穂はそーいうとこ図太いんだよ、私よりも」
雪穂「つまり、現在私たちの直上にアヌビスの足裏があるわけで」
絵里「天井の柔らかい所を掘り進めば、その秘密の部屋にぶち当たる道理ね。本当に足の下にあると仮定した場合だけど」
雪穂「絶対ありますって。あのヤンキーどもが見つける前に、下からかっさらわなきゃ」ガリガリガリ
絵里「したたかなやり口よね。イギリス人は恋愛と戦争に手段を選ばないって言われるわけだ」ガッ!
穂乃果「忘れがちだけど絵里ちゃんてどっちかっていうと日本人なんだよね。だったら私たち日英同盟じゃん!絶対お宝見つけるぞーえいえいおーっ!」
絵里「その同盟もう失効してるわよ。しかもそれって対ロシア用の…」
穂乃果「そだっけ? ……あれ、そういえばもう一人のロシアンクォーターの姿が見えないけど」
雪穂「所長…?」 - 213: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 22:05:46.54 ID:CW8L3JNg.net
-
亜里沙「はぁ、ふぅ…」
件のクォーターは今、松明を片手にクモの巣だらけの地下通路を一心不乱に這い進んでいた。
亜里沙「確かにっ、ミス・ユキホの言う通りっ、探す場所は他にいくらでもありますからっ、ねっ!」
苦手な虫に出くわすのではないかという恐怖と不快さは、別の感情によって一時的に塗り潰されていた。
亜里沙(エリーさんばっかりズルい! アリサだってユキホに名前で呼んでもらいたいのに)
亜里沙(あの二人、徐々にだけど着実にいい感じになってる気がする。アリサだけ置いてけぼりで…)
亜里沙(でもそんなことで諦めるアリサじゃありません。こうなったら自力でお宝を見つけて)
亜里沙(そして発掘道具なんて目じゃないプレゼントを渡してユキホを驚かせてやるんだから)
そんな想いを胸に秘め、あの後それとなく三人から離れ、こうして一人別のルートを開拓したわけだが…
その際、誰も自分がいなくなるのに気付かなかったことにも――見つからないようひっそりと移動したことの
当然の帰結にも拘わらず――亜里沙は無意識のうちに不満を覚えていた。
亜里沙「いいもん、どうせ一人は慣れてますから」
乙女心はどんな古代文字の解読より難解で、そのうえ天邪鬼ときていた。 - 214: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 22:08:36.59 ID:CW8L3JNg.net
-
不愉快な探索の代価は数分で姿を現した。
自身の松明以外の光源――前方より僅かに届く鈍い輝きに引き寄せられ、亜里沙が辿り着いたのは、
人工的にならされた壁の一面に古代の職人の手による精巧な装飾が施された一室だった。
「ほああ…」と自分の読みが正しかったことに感嘆する間もなく、彼女は壁に彫刻された古代人の身体のあちこちに
紫の光沢を煌めかせる宝玉が埋め込んであることに気付いた。
亜里沙「これって――ブルーダイヤだ!」
宝玉は文字通り、壁画に穿たれた窪みにぴったりと嵌め込まれていた。
試しに一つ、ナイフで抉って壁からくりぬいてみると、見た目よりもずっしりとした重みと透き通るようにすべすべとした感触が、
素人の自分にもこれが本物だという確信と達成感のようなものを与えてくれて、にんまりと口元が歪む。
亜里沙「ハラショ…ってこれ何回言ってるんだろ」
亜里沙「アリサがただのリアクション担当じゃないってことを証明してあげるんだから」 - 215: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 22:09:27.46 ID:CW8L3JNg.net
-
亜里沙「それは〜それは、遠い〜夢の、カケラ〜だけど愛しいカケラ〜♪」ガリガリ
一つ、また一つと、夢中になって宝玉を外しては腰に下げたポーチに放り込んでいく彼女は、
それが自分の苦手な虫に似た形状なのも特に気に留めてはいなかった。
亜里沙(ぷぷっ、壁画の人変なポーズ。これにどんな意味があるのか、後でダイヤを渡しがてらユキホに聞いてみよっと)
薄暗闇の中では、随分と薄汚れ判別し難くなった壁画の表していることも、
その周りに刻まれた象形文字の警告も、亜里沙は理解できなかった。
両腕を間抜けな形に振り上げ、まるで天を仰いでいるようにも見える壁画の人物はその実、
全身を宝玉の糞甲虫――古代のスカラベに貪られる責め苦を受けている姿だということに。 - 216: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 22:11:01.62 ID:CW8L3JNg.net
-
亜里沙「この辺にしておこうかな……最後にもう一個だけ」
ポトッ…
亜里沙「取れた……もひとつ、えへへ」
輝かしい宝石とそれがもたらす未来に目がくらんでいた彼女は気付かなかった。
ポーチに仕舞う際、砂だらけの床に一つだけ取り落とした宝玉虫の表面にパキンと亀裂が入り、それが小刻みに振動し始めたことに。
やがて、その固い表面を突き破って産声をあげた何者かが、今度は目の前の革靴を、
さらにその奥にあるものを突き破らんとし、前進を開始したことに、当の本人が気付いたのは――
亜里沙「これでアリサも…!」
- 217: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 22:12:36.57 ID:CW8L3JNg.net
-
凛「大金持ちだよっ!」
真姫「待ちなさい!」
嬉々としてアヌビス像の足元に発見した正方形の継ぎ目にバールのようなものを突っ込みかけた凛を、真姫が鋭く制した。
真姫「古代人てのは皆が凛みたいに単純だったわけじゃないの……ま、私はそういうところも含めてあなたを気に入ってるけど」
凛「照れるにゃ〜」クネクネ
真姫「と、とにかく、私が言いたいのは何か罠が仕掛けられてるかもってこと」
凛「でも、そこのピエロなんとかにはここにお宝があるって書いてあるんでしょ。だったらどっちにしろ誰かが開けなきゃ」
希「凛ちゃん、別にそれをやるのはウチらである必要はないんよ?」
凛「……あ、そっかぁ」
花陽「私も、ここは真姫ちゃんや希ちゃんの言う通りだと思います…」
にこ「そーいうわけでー、出番よアンタたち」
労働者ズ「「「マ・キチャン…」」」
- 218: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 22:14:03.31 ID:CW8L3JNg.net
-
雪穂「古代エジプト人にとって、死は新たな人生への旅路のはじまりだったんです」
再び、真姫たちの足元にいる絵里たちの作業場。
一向に埒が明かない開通工事に業を煮やした三人は手を休め、穂乃果は柄の長いハンマーをクラブ代わりに小石を飛ばす即石ゴルフに興じ。
その脇で、絵里は踏み台にしていた山犬姿のアヌビス座像に腰かけ、隣に座る雪穂の熱心な講釈に耳を傾けていた。
雪穂「オシリス神が復活して冥界の王になった神話になぞらえて、神の化身たるファラオやそれに匹敵する権力を持った大神官はミイラに」
雪穂「いつか魂が再び肉体に宿って復活する際に困らないよう、遺体を完璧な状態で保存しておく必要があったの」
雪穂「中王国に入ってからは流石に現実を見つめるようになったのか、復活するのは現世でなくあの世にある楽園でって解釈になったみたいだけど」
雪穂「どうやらこのハムナプトラが建設された古王国時代は、まだこの世に復活できると考えられていたようなんです」
穂乃果「現実ってのは死体より冷たいからね〜」
穂乃果「千年経っても誰も復活しないもんだから、ミイラはあの世で蘇るんだって死生観に変わっちゃったんだっけ――おっ、ナイスショット」カコンッ
雪穂「へぇ、お姉ちゃんにしてはよく覚えてるじゃん」
穂乃果「その時代のミイラ職人はそこに商機を見出して一般下々ピーポーのミイラ化も始めたんでしょ。しかもコース・オプション別料金でさ」
穂乃果「渡る世間は金だより〜ってね。結局、信じられる価値観はお金だけってその時気付いたんじゃないかなぁ。凄く共感できるから印象に残ってたんだ」
絵里「ふっふ、流石穂乃果ね」 - 219: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 22:18:37.62 ID:CW8L3JNg.net
-
絵里「それはそれとして、ミイラがなんで包帯グルグル状態なのかやっと合点がいったわ。そこまで丁重に死体を保存したかったからなのね」
雪穂「まあ、いわば梱包と箱詰めですよね、亜麻布に包んで棺という容器で保管すると。実際の保存作業のキモはその前段階なんですけど」
絵里「というと?」
雪穂「防腐処置ですよ。これぞ古代人の職人芸、一種の魔術と言えるでしょう。まず洗浄した遺体のわき腹を切り開いて内臓を」
絵里(あっ、これひょっとして聞かなかったほうが良かったパターン?) - 220: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 22:20:00.09 ID:CW8L3JNg.net
-
雪穂「そうやって取り出した四つの臓器をカノプス壺という容器にそれぞれ納めるんですあ心臓は別ですよこれは冥界でも使う重要な臓器なので体内に残しておくんですそれから」
穂乃果(いや確かに“キモ”の話だけどさー。絵里ちゃんドン引いてるじゃん。でもこーなった雪穂は止まらないからなー)
雪穂「そうだ脳の取り出し方はどうやると思います? 古代エジプトだと脳はさほど重要な器官とは思われていなかったようで」
穂乃果「雪穂ぉ…そんなこと教えなくていいから」
雪穂「熱々に熱した真っ赤な鋭い鉄棒を鼻からグイッと突っ込んで、そのまま脳を引っ掛け掻き回して、ズルズルって孔からほじくり出すの」
絵里「うげぇ…もし私がここで力尽きても頼むからミイラにはしないでね。死ぬほど痛そう」
穂乃果「私もー」 - 221: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 22:22:56.61 ID:CW8L3JNg.net
-
雪穂「二人ともお馬鹿なんだから。仮にミイラになるとしても死んだ後なんだよ? 痛みなんてあるわけないじゃん」
絵里「限度ってものがあるわよ。話を聞く限り、そんなことされたら死人だって目を覚ましそうじゃない」
穂乃果「そーそー、絵里ちゃんの言う通りっ! と」カツン!
穂乃果「おぉ…これまたナイスショ」
- 225: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 01:33:54.47 ID:Y218z4JO.net
-
パラパラパラ… ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
穂乃果「やっべ…」
雪穂「うっゴホごほっ!!」
絵里「ゲホッ…大丈夫?」
雪穂「は、はぃ…上から何か落ちてくるなんて」
絵里「まさに死者も目覚める大音響ってやつね、穂乃果」
穂乃果「」ダラダラ
穂乃果(マズい…歴史的な遺跡を悪ふざけで破壊したかどでまた雪穂にどやされちゃう)
穂乃果(よし、ここは精一杯二人を気遣ってる様子を見せて誤魔化そ)
穂乃果「二人とも、無事!? 怪我はない? 痛むところがあったら」
雪穂「お姉ちゃん」
穂乃果「は、はいっ」ビクッ
雪穂「ナイスショット」
穂乃果「ぅえ?」 - 226: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 01:35:10.82 ID:Y218z4JO.net
-
雪穂「今落ちてきたのは石棺だよ。信じ難いことだけど…」
絵里「棺? とするとこの中にミイラが…」
雪穂「ええ。絢瀬さんの言う通り、お姉ちゃんが封じられていた死者を呼び覚ましたんだ」
穂乃果「私って昔から変なところで運がいいからねー」
雪穂「その悪運が何を呼び寄せたんだろ…」
雪穂「アヌビス神の足元に葬られてたってことは、死してなお栄誉を与えられたよほどの重要人物だったか」
雪穂「もしくは、とんでもない極悪人だったか。死後も監視させる必要があるほどのね」
穂乃果「じゃあ早速確かめてみようか。内張りが黄金とかだといいんだけどなーツタンカーメンみたくさ」
雪穂「はてさて誰の棺なんでしょーか、答えはこの後すぐ」フーッ
筆と息とで堆積した土埃を払い、やがて棺の表面に顔を出した象形文字を、神妙な顔付きになって雪穂は睨んだ。
雪穂「『――この者、名を封じられしものなり』」 - 227: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 01:36:53.56 ID:Y218z4JO.net
-
穂乃果「よーするにジョン・ドウ様(身元不明の死体)ってこと?」
雪穂「いや、この書き方だとわざと名前を奪ったって感じかな」
雪穂「古代エジプトにおいて名前は魂と同じくらいその人を構成する重要な要素として扱われていたの」
雪穂「政敵の名前を削り取ったり、罪人に悪しき名を付けたりっていう死後の嫌がらせがあったんだけど。最初から記すことを禁じたっていうのは初めて見たかも」
雪穂「当時、名前を忘れ去られるってことは、その人がこの世に存在した証が無くなってしまうのと同義って考えだったから…」
絵里「なんだかとっても寂しいわね、それ」
穂乃果「これの中身はよほどの嫌われ者だったんだね。偽名とかで何とかならなかったのかな」
雪穂「多分、歴史上の痕跡そのものを根本から抹消しようとしたんじゃないかな。書物とかでも、この棺の人の存在は意図的に編纂されて消されてる可能性が高いね」
雪穂「見てよここの部分、ここまでテッテーしてると思わず貰い泣きしちゃいそう。この人は文字通り封じられたんだ」
絵里「なに、星形の…窪み?」
雪穂「棺のここだけブロンズで作られてる。これは恐らく回転式の錠だと思います。内からも外からも棺を開けられないように、鍵をかけたんだ」
穂乃果「ひぇ、だってさっきの話じゃないけど中身は死人でしょ?誰が開けるっていうのさ」
穂乃果「棺桶にわざわざこんな分厚い錠前付けるなんて、やっぱり中にはお宝が眠ってる可能性が…うへへ」
絵里「でも鍵が掛かっているとなると、この封印を解くのにひと月はかかるわよ」 - 228: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 01:37:51.25 ID:Y218z4JO.net
-
穂乃果「鍵かぁ…でもこの形どっかで見たことあるような」
雪穂「鍵……カギ……はっ」
ほのゆき「そうか、鉤だ!!」
絵里「カギが、どうしたの…?」
雪穂「船で襲ってきた鉤爪女! あいつが鍵を寄こせって――このことだったんだ」
雪穂「ほら、絢瀬さんのパズルボックス。ここを押すと丁度錠の窪みと同じ形に展開するの」カチッ
穂乃果「あー!それ穂乃果のなのに」
雪穂「ちょーっとお借りしますよ」ガチャリ…
雪穂「…ほらね、ぴったり」
絵里「わーおわーお、一ヶ月越しの伏線回収とはね。こーいうのも運命の歯車が噛み合ったってやつなのかしら?」
穂乃果「すごいすごい、早く開けてみようよ!」 - 229: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 01:39:50.87 ID:Y218z4JO.net
-
ガッ! ガツン! ガツン!!
真姫「ダー・リン、ベイベイベ! ダー・リン!!」
凛「早く、開けなさいよ!早く!!」
労働者ズ「「「マ・キ・チャン、マ・キ・チャン、マ・キ・チャン……」」」ガッガツンガリガリ
真姫「ド・ンウォーリ…ド・ンウォーリ…アユ、レディ・ゴーゴー」
凛「大丈夫よ心配しないで…古代の呪いなんてあるワケないじゃない…薔薇には棘なんて迷信なんだから」
にこ「勝手にアテレコすんなっつーの」パシッ
凛「にゃはっ、だってタイクツなんだもーん」
花陽「私も現地の言葉は分からないけど」
花陽「厳しくしたりなだめすかしたり……何となくだけど、アメとムチを使い分けてるんだろうなってことは雰囲気で伝わってくるね」
希「うん、大体それで合っとるよ」
- 230: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 01:42:31.94 ID:Y218z4JO.net
-
にこ「そういえばあんたは言葉が分かるんだっけ――で、どーしてそんな離れた所にいんの」
希「ほら、一応の用心として、ね?」
にこ「はんっ、ビビリね〜だっさーい。にこの故郷じゃあんたみたいなのはチキン野郎って呼ばれて蔑まれるのよ」
凛「そーにゃそーにゃ腰抜けだにゃ」
にこ「……なんであんたもさり気に腰が引けてんのよ」
凛「いやちょっくら後ろ向きに歩く練習を…」ソロソロ
花陽「同じく…」イソイソ
にこ「ちょ、待ちなさいよ!リーダーのにこを置いてくつもり!?」シャカシャカシャカ
花陽「いやあああ!!?」
凛「速っ!後ろ歩きで急接近してこないでよ!? 変な擬音出てるんだけど!!?」
真姫(騒がしいわね…)イライラ
- 231: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 01:44:53.14 ID:Y218z4JO.net
-
希「ねえねえ、そんなことやってる間にもうちょいで土台が開きそうよ?」
ガッ…!
労働者ズ「「「マキ・チャン…!!!」」」
真姫「ダー・リン!!」
凛「あと少し…!」
花陽「頑張れぇ…」ハラハラ
ガッ、ガツン!!
真姫「ダリ! ダー・リン!!」
にこ「…」ゴクリ
真姫「ダー・リングッ!!!」
ガコンッ…! - 232: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 01:46:30.60 ID:Y218z4JO.net
-
ぎ ゃ あ あ ぁ あ あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ ぁ あ あ あ あ
ひ ぃ い い い い ぃ ぃ い い い い い ィ ィ ィ …
- 233: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 01:48:54.61 ID:Y218z4JO.net
-
雪穂「!?」
穂乃果「今の悲鳴…」
絵里「聞いたことがある声ね…!」ガチャッ
雪穂「アリサ所長…?」
……あ゛あ゛あ゛あ゛あ あ あ あ ぁ ぁ ぁ ぁ
絵里「こっちよっ!」
雪穂「っ!」ダッ
穂乃果「おっと、鍵鍵っ!」サッ
- 234: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 01:52:58.31 ID:Y218z4JO.net
-
絵里(迂闊だった…! 休憩の後にでも探しに行けばいいと思って――)
絵里(よくよく考えなくてもここは聖なる神殿で私たちは招かれざる侵入者だっていうのに!)
絵里(何かの罠にかかったのかしら!? それとも…)
雪穂「見つかりました!?」
絵里「いえ、でも声は確かにこっちから」
ボオッ…
亜里沙「…」ユラ〜
雪穂「アリ……サ…?」
亜里沙「きし……きしし…」
穂乃果「何だか様子が変だよ…?」
亜里沙「…………ぅれしぃ」ボソッ
亜里沙「……やっと、名前で呼んでくれました」
亜里沙「ねッ!!!」ガツン!
- 235: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 01:55:49.35 ID:Y218z4JO.net
-
雪穂「ひゃっ!?」
亜里沙以外の誰もが固まっていた。
突然、彼女が通路の固い壁面に側頭部を力いっぱい打ちつけたのを見て。
亜里沙「出ていけ……アリサは悪い子……悪いの、頭の中から出ていけ……」ブツブツ
つつ、とこめかみを伝う赤の滴を拭おうともせず、代わりに両手で亜麻色の髪束を乱雑に掻き毟り始める。
亜里沙「………ぁぁぁぁぁああああああああっ!!!」ガリガリガリガリガリガリ!!!
その勢いは頭皮ごと引き千切ってしまいそうな鬼気迫るもので。
絵里「やめなさいっ!」
亜里沙「いあ!いあ!はすたあ!」ブンブンッ
ドガッ!
絵里「ぐえっ!? なっ……何を」
- 236: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 01:57:46.69 ID:Y218z4JO.net
-
亜里沙「…………きひっ!」
身体を正面に向けたまま、脹脛より下だけを捩じったかと思えば、
見えないハンマーに横からぶん殴られたかの如く、その身体は地下通路の壁に勢いよく叩き付けられる。
亜里沙「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛!!!!」
落下した汚い地面で痛みにのた打ち回った直後、瞬時にネックスプリングで飛蝗類を思わせる機敏さをみせて跳ね起きる。
一連の動作の異様さ――自らの意志でなく、透明な操り糸に引っ張られているかのような彼女の動きの不気味さに、
助けようと駆け寄った絵里と穂乃果の動きも止まる。
- 237: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 02:02:03.88 ID:Y218z4JO.net
-
亜里沙「ふーっ……ふーっ…!!」ダンダンダンダンッ
血まみれの髪を振り乱して、乱れた息を整えようとする上半身に反して、右足だけがその場で忙しない地団太を
四方八方支離滅裂なリズムで刻んでいる様は、奇怪なタップダンスを踊っている風にも見えた。
穂乃果「あ…悪魔にでもとり憑かれちゃったの…?」
亜里沙「つまんねー事言うなよ! アリサは入れないっていうの…? ねえ、なんでいつも仲間はずれにするの…」ダンダンダンダンダン
亜里沙「えっ? 目と肌の色が違うからって……? そんなのどーしようもないじゃん……アリサは悪くない…アリサは…」ダンダンダンダンダンダンダンダンダン
亜里沙「悪い子でした!お願いやめて!お婆さまやめてっ!アリサを……アリサの頭を中から打たないで!真面目に練習するからっ!二度と口答えもしません!」ダンダンダンダンダンダンッ!!!
絵里「彼女には何が見えてるというの…?」
- 238: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 02:03:57.15 ID:Y218z4JO.net
-
亜里沙「…きっちゃちゃ!! あぶぶぶっ!!!」ガクガクガク
絵里「いけないっ! 穂乃果、押さえるわよ!」
口角から泡を吹きだし、涙を流しながらも引き攣った笑みを浮かべるその表情の凄絶さに恐怖を覚えながらも、
それを押し殺して絵里は彼女を捕まえようと駆け寄った――このままでは舌を噛み切ってしまう。
亜里沙「ひゃっ………!」ダッ
絵里「あ……?」
何が起きたかを理解するのにはしばしの時間を要した。
絵里と穂乃果の眼前から亜里沙の姿が一瞬のうちに消失した――否。
- 239: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 02:05:52.52 ID:Y218z4JO.net
-
雪穂「二人とも、後ろッ!」
亜里沙「けせらせらせら!!!」ガッガッガクガク
すとんと音を立てて、困惑する二人の背後に彼女が着地する。
雪穂(い、今一瞬…)
少し離れた所から成り行きを見ていた雪穂の瞳はその一部始終を捉えていた。
有り得ない跳躍力をみせた亜里沙がそのまま天井に逆さにへばり付き、
今度はブリッジの姿勢をとって落下したのを。
- 240: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 02:07:29.82 ID:Y218z4JO.net
-
何かが、亜里沙の頭の中で、神経回路のスイッチを滅茶苦茶に弄り回して暴れていた。
亜里沙「おきょきょきょきょきょっ!!!!」バッバッバッバッ
言葉にならない奇声を反響させながら、狂ったバレエダンサーと化した彼女は全身を痙攣させ、
目にも止まらぬバク転宙倒を繰り返して通路を暴走し――
絵里「危な…」
ゴツン
と、決して派手ではなく、しかし重々しくも鈍い激突音。
先までの勢いが嘘のように、行き止まりの壁に跳ね返された亜里沙はあっさりと地面に倒れ伏して微動だにしなくなる。
- 241: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 02:09:37.41 ID:Y218z4JO.net
-
絵里「アリサ…!しっかり!」
亜里沙「アリサも……仲間に、入りたかったの…」
それが最後の言葉だった。
絵里「……」
耳から血を流し、それっきり喋らなくなった彼女の虚ろな両眼を、優しい手つきで閉じさせてやる。
それだけで、孤独の絶望と恐怖に歪んだ表情が、幾分か和らいだように見えた。
絵里「馬鹿ね……あなたはお馬鹿さんよ」
後方ではあまりの出来事に雪穂がぺたんと尻餅をついて項垂れ、流石の穂乃果も言葉を失って立ち尽くしている。
こうして絵里たちの初日の発掘は、一つを得て一つを失う形でその幕を下ろした――
- 242: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 02:11:52.12 ID:Y218z4JO.net
- ・
・
・
死者の都で迎える初めての夜。
風化という試練を辛うじて耐え抜き倒壊を免れている神殿やオベリスクの残骸が点々と残る広場の中心を我が物顔で占拠し、
盛大なキャンプファイヤーを催しているガールスカウトたちとは遠く離れた端の風下で、
コーサカ陣営は四つから三つに減ったテント場の近くに起こした慎ましやかな焚き火を囲んで身を寄せ合っていた。
雪穂「どうして突然おかしくなっちゃったんだろ…」
パチパチ爆ぜる火の粉の舞を見つめたまま、ぼそりと呟く。
穂乃果「食あたりかな…ナツメヤシとか変なものばかり食べてたし」
大真面目かつ真剣な口調と顔付きで姉。
絵里「或いは何かに食べられた、とかね」ガチャリ
分解整備していた象撃ちライフルの機関部に60口径の銃身をはめ込みながら、絵里。
絵里「遺体を埋葬したとき気付いたんだけど、彼女の右足に穴が空いていたの」 - 243: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 02:13:51.16 ID:Y218z4JO.net
-
穂乃果「穴って…毒蛇とかの咬み傷じゃなくて?」
絵里「私も最初はそうだと思ってたんだけど。でも穴だったの、直径二センチくらいの。かなり深い傷だったわ。一体何があったのやら」
雪穂「どっちにしろ酷い目にあったのには違いないよ。可哀想に…」
絵里「アメリカさんも今日は猛吹雪に見舞われたそうよ」
絵里「雇い人が三人、溶けたんですって。強酸のブリザードを浴びてね」
雪穂「とけた……って、えぇっ!?」
絵里「アヌビスの股下を無理やりこじ開けようとしたら、割れ目からブシュッと。骨も残らなかったそうよ。古代の覗き対策ね」
雪穂「初日なのに四人も…」
穂乃果「…やっぱり呪われてるのかなぁ」ボソッ
ビ ュ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ……
- 244: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 02:15:32.15 ID:Y218z4JO.net
-
雪穂「……」
穂乃果「……」
絵里「……」
雪穂「ちょっと二人とも! たまたまタイミングよく突風が吹いたからって黙りこくらないでよ」
絵里「……あなたはそーいうの、全然恐れてないんだったっけ?」ブルッ
雪穂「最初から信じてないもん。目に見えて触れて、科学的に立証できるものしか信じないって決めたの」
穂乃果「雪穂がこうなったのにはワケがあるんだ。もし機会があれば本人の口から聞いてみなよ」
雪穂「ちょっとお姉ちゃん、余計なこと言わないでいいから!」
絵里「事情はよく分からないけど、エリーチカは武器を信じてるわ。目に見えるものなら、これで何とかなるはず」
穂乃果「…さてと、所長は何を信じてたのか見てみよっか」ガサゴソ
- 245: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 02:17:32.58 ID:Y218z4JO.net
-
雪穂「…それアリサ所長のポーチでしょ」
穂乃果「うん、そーだけど?」
雪穂「」ワナワナワナ
穂乃果「あ、あれ…? 私また何か雪穂を怒らせるようなこと」
雪穂「十二分にしたよっ! どーしてそんな恥知らずなマネを…! よくもヘーキな顔してこんなこと出来るね? 死者の尊厳とか考えたことないの!?」
穂乃果「お、王様の墓に土足で踏み入ってる穂乃果たちが尊厳とかボートクとか言えた立場じゃないんじゃないかな…」
雪穂「それでも…!さっきまで生きていた人のをさ!信じらんないっ」
穂乃果「やっぱ怒るよね…」
雪穂「当り前でしょ?」
穂乃果「所長…アリサちゃん、短い間だったけど一緒に旅した仲間だもんね」
- 246: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 02:21:11.32 ID:Y218z4JO.net
-
雪穂「第一印象はお世辞にもいいとは言えなかったよ?」
雪穂「でもさ、一緒にいるうち結構お茶目なとこもあるんだなって思えてきて」
絵里「……」
雪穂「絢瀬さんを処刑しかけたりお金にがめつかったり、善人とは言い難い人だったけど」
雪穂「でも、あんな死に方をしなきゃいけないような悪い子でもなかったと思うの…」ジワッ
穂乃果「まあね。アリサちゃんでこれなら穂乃果なんて…」
絵里「でも、それが冒険の代償というやつよ」
絵里「大衆向けのダイム・ノベルやサイレント活劇みたく誰一人欠けずハッピーエンドとはいかないの。船に乗る前に言ったはずでしょう」
雪穂「…はい」グスッ - 247: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 02:22:14.95 ID:Y218z4JO.net
-
雪穂(まさか、こんなことで今一度覚悟を促されるなんて、思ってもみなかった…)
絵里(優しい子ね。他人のために涙を流せるのは簡単なようでやり方を忘れてる人が意外と多い)
絵里(私は…どうなのかしらね)
穂乃果「それにしても、人生ってのは皮肉の連続で出来てると思う時があるよ」
穂乃果「私たちと来なきゃアリサちゃんは安全な場所で分け前を手に入れられたけど、ただのヤなやつで終わってたわけだし」
穂乃果「けど一緒に冒険したからこそ、あの子の違う面も知ることが出来て」
穂乃果「もうちょいで帰ってからも友達になれそうだったんだけどな…」 - 248: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 02:23:03.12 ID:Y218z4JO.net
-
雪穂「きっと、この国やそれ以外の場所で、古代から復活や輪廻の思想が尊ばれた根本には、残された人たちの死者への想いがあったからだよね」
雪穂「生きてる時よりも、死んでからの方がその人のことを考える時間が長くなる……今の私たちみたいに」
絵里「……それが、その人にとって真に幸福なことかどうかは一考の余地があるんじゃないかしら。でも、忘れ去られてしまうよりはいいと思う」
絵里「昼間の話で言ってたわよね。名前を忘れ去られることは、その存在すら無かったことにされるって」
絵里「彼女は身寄りがいないような口振りだったし。私たち三人だけは、彼女のことを憶えていてあげましょう」
雪穂「うん…」
穂乃果「あとでアリサちゃんに乾杯しよっか。その前にこっちの中身を確信してからだけど」ゴソゴソ - 249: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 02:24:01.32 ID:Y218z4JO.net
-
雪穂「…で、結局そこに行きつくわけだ」
穂乃果「土の中の微生物にくれてやるよりは、穂乃果たちに貰われた方がアリサちゃんも喜ぶよきっと」
雪穂「口八丁なんだから…」
穂乃果「これやけに重いんだよね。中に岩の塊でも入ってるような」ガサッ…
絵里「気をつけなさいよ。何が潜んでるか分かったもんじゃないわ」
穂乃果「心配ないって、まさかこんな所にも古代の罠が仕掛けられてるなんてことは―――ぁ痛ッ!!?」
- 250: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 02:27:48.47 ID:Y218z4JO.net
-
雪穂「…大丈夫? でっかい声あげて」
穂乃果「いったー指切った…」
絵里「何が入ってたのよ?」
穂乃果「…酒瓶だ」
穂乃果「口の方が欠けてたんだね。よし、どれどれラベルを拝見」
穂乃果「……グレンリベットの12年」
穂乃果「へえ〜ロシア人ってのはウォッカしか飲まないイメージだったけど、案外いい趣味してるじゃん」
穂乃果「また一つ見直したよっ…んぐ」ゴクゴク
穂乃果「っあ゛〜〜サイコー」プハーッ
ィ ィ ン
絵里「―――!」
- 251: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 02:29:57.92 ID:Y218z4JO.net
-
絵里「ちょっとこれ持ってなさい」ズイッ
雪穂「へ…? わわ、重っ」ヨロッ
突如、弾かれた様に立ち上がった絵里に象撃ちライフルを押し付けられ、困惑の表情を見せる雪穂の鼻面に、
「二人ともここにいなさい」と念を押し、武器の入ったズック袋を引っ掴むと、アメリカ人の領土の方へ脱兎の如く駆け出していく。
雪穂「待って! どうしたんですか急に? ちゃんと説明してよ!」ダッ
穂乃果「あー雪穂ダメだよーきっとお花摘みに行ったんだって、絵里ちゃんに恥かかせる気?…ヒック」
穂乃果「……しょーがないなぁ私も行くよ。待って二人とも〜」
穂乃果もまた、ウィスキーの大瓶を抱えたまま言うことを聞かない妹の後を渋々追いかける。
その手から放られた亡き所長のポーチがどさりと音を立てて落下し、
開いた口から大量の砂が零れ出て地面のそれと混ざり合ったことに、誰も気付かなかった。
- 252: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 02:32:17.62 ID:Y218z4JO.net
-
それは百点満点の完璧な奇襲だったと言える。
広大なハムナプトラの敷地の外れで一人、いそいそとお花摘みに勤しんでいたにこは、
闇夜の静寂の中に突如として上がった複数の鬨の雄叫びと馬蹄の音が、矢庭に三十以上の明かりを伴って
自身目掛け急接近して来たことに大小便を漏らす勢いで飛び上がったが、生憎出すものは残っていなかった。
にこ「ぬわっぬわによぉぉぉアレ、いつの間に…!」
震天動地、砂の上を転げ回り、慌てて花摘みを終えたばかりの尻に帆をかけて逃走する。
半ばパニックに陥りながら、それでも両足を馬力全開で動かし、同時にズボンを上げようとするも上手くいかず、
不格好な姿勢では思うように速度が出ない。
と前方に、何故か日傘を差しながら走り難そうなお嬢様フォームでよたよた駆ける影が一つ。
にこ「真姫!?」
真姫「う゛ぇ? その声にこちゃん?」 - 253: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 02:33:58.74 ID:Y218z4JO.net
-
真姫「何やってるのよこんな所で!?」
にこ「それはこっちの台詞にこ! どうして皆の所にいないのっ!?」
真姫「そ、それは……ちょっと高嶺の御花(フラワー)摘みに行ってたから」ボソボソ
にこ「はぁ?お花摘みぃ?嘘おっしゃい、こんな不毛の土地に花も糞もないわよっ!大方用便の最中だったんじゃないの?下手な嘘ついてもバッレバレなんだから!」
真姫「バ…あなたねぇ! 私は正直に答えてるわよっこの学無し能無しデリカシーレス! そーいうにこちゃんの方こそっ」
にこ「はっ…ち、違うつーの! ほら、えっと、アレよ。今日は星がよく見えるから、にこは夜空を眺めてたの。カウガールの嗜みにこ」
真姫「下半身丸出しで? 嘘つけええ!!」
にこ「本当だってっ! カウガールはうんちなんてしないんだからあああ!!!」
底冷えする砂漠の寒空の下、延々生産性のないやり取りを続けている間にも、
後ろからは襲撃者たちが一斉に迫り来る濁流のような轟きが、逃げ惑う二人を今にも飲み込まんとしていた。
- 254: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 02:37:06.75 ID:Y218z4JO.net
-
真姫「そう言えばあなたちゃんとお尻は拭いてきたの?……やだ、ちょっと近付かないで!」
にこ「あによその顔は!にこのプリチーヒップを汚いものを見るような目でぇ! いいわ、明るくなったら嫌というほど見せつけて」
「「「「ア・ラララララララララララララ!!!!!!!!!!」」」」
にこ「!」
真姫「ダメ、このままじゃ追いつかれて…殺される――!!」
にこ「ッ―――!!!」
真姫の視界から、隣で揺れていたツインテールが俄かに消失した。
振り返れば、鉄砲水よろしく押し寄せる騎馬の軍勢を前に(暗くてよく見えなかったが)自慢のヒップをこちらに向け仁王立ちするにこの背中が。
その両手には鈍い輝きを放つ愛用のリボルバー拳銃がすでに抜き出されていた。
- 255: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 02:39:15.14 ID:Y218z4JO.net
-
真姫「にこちゃん!?」
にこ「立ち止まらないで! あんたはそのままキャンプに戻って花陽たちに守ってもらいなさい!私がここで時間を稼ぐから!」
真姫「そっ」
にこ「ウダウダ口動かす前に足動かす!あんた何のためににこたちを雇ったの? それに雇い主に死なれるとこっちも困るのよ、給料未払いなんて許さないんだからね!?」
真姫「っ…絶対戻って来るのよ!」ダッ
にこ「はんっ、言われなくてもすぐ戻るっつーのマジで死にたくないし。金と命を天秤にかけた上でのギリギリの判断よ」
にこ(て、誰に言い訳してるんだか。精々三十秒弱…二十五秒ってとこかしらね)
――そして、彼女の人生で最も長い二十五秒間が始まった。
- 256: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 02:39:54.49 ID:Y218z4JO.net
- KKEスペシャル
ドキュメンタリー【ハムナプトラへの招待〜ミイラ再生〜】
Next:#5「Guilty Knight, Soldier Game, and Guilty Kiss?」 ラブライブ!× ハムナプトラ -失われた砂漠の都- - 261: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 23:11:17.52 ID:Y218z4JO.net
-
にこ(この状況で出来ることなんて限られてる)
松明を掲げた二名を先頭に突撃してくる正体不明の襲撃者たちを目先に悠長に思考している暇などなく、
脳内を駆け巡るのはこれまでの経験則を元にした反射に近い。
にこ(敵の数――少なくとも三ダース以上。明かりを持っていない奴の姿も見えたから、ざっとその倍はいるかも)
にこ(目的はあくまでいくらかの時間稼ぎだから、最初の数人を返り討ちにして奇襲の出鼻を挫いてやれば上出来)
にこ(両手の45口径リボルバーの装弾数は六発ずつ)
にこ(予備の弾薬は特注のフルムーンクリップで一まとめにしてあるから再装填には二秒とかからないけど、相手がそんな猶予を与えてくれるはずもない)
にこ(十二発で二十五秒――)
加えて、典型的なアメリカ人らしく彼女は45口径弾のストッピングパワーを信奉していたが、かと言って妄信もしていなかった。
45口径は確かに強力だ――が、戦闘時に於ける人体が時に驚くべき頑強さを発揮するところを幾度も見てきた。
胸や顔に数発撃ちこまれようと、向かって来るときは向かって来るのが人という生き物。
頭が半壊しているやつに撃ち返されたことだってある。故に最低でも一人頭三、四発はぶち込んでやらないと安心できない、それが実戦でのセオリー。
そうなると圧倒的に弾数が足りない――百万発くらい入る弾倉を持ったリボルバーが欲しいニコ。
- 262: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 23:11:58.18 ID:Y218z4JO.net
-
ならば人でなく馬の方はどうか。
数百年前、鉄砲が登場したばかりの頃は、その発射音だけで馬は平静を失い騎馬隊はその威力を削がれたというが、
自らも小銃で武装した現代の騎兵にそんなことを期待するのはナンセンス極まりない。
では実際に何頭か痛い目に遭わせて(相手は綺麗な二列縦隊だ)後続に恐怖を与え、足を止めさせる――そんなに都合良くいくか?
にこ「くっ…!」
銃を構えた両腕を振り上げながら、それでも悪足掻きの思考は止めない。
こうなったら得意のハッタリ、出まかせの話術で翻弄して――にこには二百五十人の手下がいるニコ!――無理。
酒場や賭場でならともかく、ここは既に戦場。軽口は叩いても敵とコミュニケーションを取ろうとする輩などまずいない。
そもそも話を聞いてくれるようなら戦闘に発展してないし。
にこ(なら得意の死んだフリ――それじゃ時間稼ぎにならない! 地形を利用しようにもこんな開けた場所じゃ隠れることすら覚束ないし!)
なれば残されしは奥の奥の手、ヤザワ家に代々伝わりし秘伝の最終奥義を――それも今からでは遅すぎるか。
ここに至るまで凡そ二秒半、遂に拳銃の射程圏内に踏み込んで来た騎馬戦士の正体が、
船で自分たちを襲撃した黒装束、その同胞だと視認出来た時点で、彼女は腹を決めた。 - 263: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 23:12:56.50 ID:Y218z4JO.net
-
にこ(結論――普段通り、馬鹿みたいに撃つ!)
細かいことごちゃごちゃ考えるのは止めた。
実際、考えてもこれ以外に思い付かないのだから仕方がない。
まずは右の騎馬の前足に二発。
≪ブモオオオアアアア!!!!≫
バランサーを粉砕され、己の運動エネルギーを制御仕切れなくなったそいつは勢い余ってつんのめり、
ほとんど半回転しながら騎手ごと派手に地面に叩きつけられる。
左も同じように乗り手ではなくその足を狙い――こちらは一撃で崩れ落ちてくれた。 - 264: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 23:13:53.71 ID:Y218z4JO.net
-
にこ(そのまま仲良くクラッシュしなさい――!?)
後続がもがく二匹に躓いて大規模な玉突き事故を起こすことを狙ったものだが、すぐに想定が甘かったことを思い知らされる。
≪フンッ…!!≫ ≪イイイイン!≫
左の二番手は突如現出したハードルを軽々飛び越え、右の方も苦も無く脇に舵を切り、障害物を回避。
先方が撃破されることなど、最初から想定内だと言わんばかりの身のこなしで。 - 265: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 23:14:38.93 ID:Y218z4JO.net
-
にこ「ちっ…!」BANG!BANG!BANG!BANG!
間髪入れず左右の騎手に二発ずつ撃ち込んで鞍から叩き落とす。
後から起き上がって来るかもしれないが、今はとにかく一時的にでも数が減ってくれれば――
「アイエッ!」と短い悲鳴が上がる。勢いよく砂の上を転がる黒装束を、すぐ後ろにいた仲間の騎馬が踏み潰した。
- 266: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 23:15:02.99 ID:Y218z4JO.net
-
にこ(あ、これ無理かも――)
発砲を続けながらも、頭の片隅には諦観という名の死神が。
こちらの射撃の精細さを見せつけた後も、やつらの進撃は止まらない。
馬も騎手も、自らの死というものを微塵も恐れていないのだ。
十名ほど犠牲になるかもしれないが、それもやむなし――これが自分たちの先祖を苦しめた蛮族特有の思考なのか。 - 267: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 23:16:40.37 ID:Y218z4JO.net
-
――BLAM!
にこ「ぐッ!!!」
熱いものが腕を掠め、意思とは関係なく上体が揺らぐ。
そのまま両膝をついたにこの脇をすり抜けて、騎馬の一頭が野営地の方へ。
にこ「いかせないわよッ」
そちらを見ようともせず、捻った両腕をクロスさせ前後同時に照準した二挺を撃発。
後方から上がった呻き声と落馬の音が盲撃ちの成果を教えてくれるも、
無理な姿勢での射撃の代償として、負傷した腕に激痛が。 - 268: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 23:17:33.48 ID:Y218z4JO.net
-
にこ「くぅ…ッ!!」
思わず利き手の銃を取り落とす。
傷口を庇い胎児のようにうずくまった自分の周りを、砂埃を巻き上げ騎兵が次々駆け抜けていく。
苦痛を堪え半分砂に塗れた顔を上げれば、丁度目前に迫った騎馬戦士が地に這い蹲った手負いの獲物に止めを刺さんと蛮声を上げ。
その手に握られた曲刀の刃先が半月弧を描きながら振り下ろされる軌道がゆっくりと、実にスローモーに彼女の目に映り。
にこ(えっ、これってまさか)
それに相反して、これまでの人生劇場がパラパラ漫画をめくるかの如くダイジェスト形式で脳内上演を始めていた。
にこ(文字通りの、走馬刀ってやつ? ――なんちゃって言ってる場合じゃないのに!) - 269: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 23:18:42.87 ID:Y218z4JO.net
-
この黒暗でも妖しく煌めく片刃刀が自分を真っ二つにするまであと二尺半ほど。
不思議なことに、後悔する時間はたっぷりとあった。
にこ(ぬわんであんな大口叩いちゃったかな)
結果を見れば十秒もたなかった。
トロいお嬢様が無事仲間たちの下へ辿り着けたかどうかは神のみぞ知る。自分はこれから死ぬ。
にこ(よくよく考える前に手と口が出ちゃうの、まあ生まれながらの性分だから仕方ないわよね)
しかし――下半身を出しっ放しで打ち果てるのだけは無念ニコ。欲を言うならズボンを上げる時間が欲しかった。 - 270: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 23:19:39.39 ID:Y218z4JO.net
-
にこ(さっきは思わず汚い誤魔化しに使っちゃったけど、砂漠ってのは本当に夜空がキレイなのね…)
透き通るような天空のキャンパスに所狭しと浮かぶ無数の星々はあまりに光の密度が高すぎてこちらの目が眩む。
空は鏡面で、この砂の大地に眠っている宝物の在りかを反射しているのではないかとすら思える。
既にこの世のものとは思えぬ光景は距離感覚を狂わせ、手を伸ばせばすぐにもその発光体に届きそうな錯覚を引き起こした。
にこ(ん…?)
- 271: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 23:20:28.73 ID:Y218z4JO.net
-
にこ(錯覚、じゃない!?)
今際の際の幻覚でもない――にこの目と鼻のすぐ上を、銀色の流星群が緩やかに、
しかし迫り来る曲刀の刃先よりも先んじて死の間合いを切り裂きながら前進し、遂にはその使い手の胴にずぶずぶと沈み込んでいく。
「グワッ…!!???」
鮮やかな紅花を満身に開花させながら、にこの目線の高さまで転落してきた赤装束がその目だけで驚愕を訴えていた。
そいつが地面に触れるより一拍早く轟いてきた号砲が、全ての感覚を正常に引き戻す。 - 272: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 23:21:32.41 ID:Y218z4JO.net
-
DOOM!!! DOOM!!!
至近距離で大砲弾が炸裂したのかと思える爆音が、さらに二名の断末魔を掻き消した。
レバーアクションで排莢された空のショットシェルが朱を散らして宙を舞い、鮮烈な発火炎の向こうからもう一人の鉄砲玉、
こちらも考えなしに飛び出してきた金髪クォーターの姿が浮かび上がる。
絵里「立って!ズボンを履くぐらいの時間なら稼いであげる」DOOOM!!!
- 273: ※クォーター=25セント(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 23:22:50.23 ID:Y218z4JO.net
-
にこ「ちっ、変なのが来たわ…」
絵里「酷い言い草。折角クォーター仲間として助けてあげたのに」DOOM!!DOOM!!
にこ「………は?」
にこ「――てぇ!そういうことかっ! 言っとくけどにこの名前はそんな安っぽい由来じゃないわよ!? 訂正なさいッ!」
絵里「それだけ噛みつく元気があるなら十分ね。走るわよ、来て!」
にこ「ケツにキスしろエリーチカ! いい?この名前はねぇ、うちのパパとママが初デートで訪れた見世物小屋で」
絵里「その続きは私の尻を追っかけながらよ。れっつランナウェイ」 - 274: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 23:25:01.16 ID:Y218z4JO.net
- ・
・
・
真姫「凛、花陽! 起きてぇ! 敵襲よ敵襲ッ!! イチャイチャ終わり、パンツ上げ、お尻をまくって戦闘準備!!!」
花陽「ふわぁ…どうしたのぉこんな夜更けに」
真姫「まだ九時よおばあちゃん!」
花陽「んん…?」スチャッ
ようやくピントの合い始めた視界と頭が、慌てふためく雇い主の真後ろに恐ろしいものを見て取った。 - 275: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 23:26:44.24 ID:Y218z4JO.net
-
黒装束A「ア・ラララララ!!!」
黒装束B「キエエエエエ!!!」
黒装束C「ウー、ラー!!!」
真姫「ゼェハァ、ぅ゛え…!!!」
花陽「真姫ちゃんその人たちは…!!?」
真姫「少なくとも友達じゃないの、見てわからない!? お願いだから何とかしてぇ!」
「りょーかい!」
- 276: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 23:29:36.49 ID:Y218z4JO.net
-
――BBBANG!!!
小銃のものにしては慎ましく、しかし拳銃のものにしては姦しすぎる撃発音が死者の都に響き渡る。
花陽「この音、スリーバーストショット…」
真姫「う゛ぇ…?」 ドサッ… ドサドサッ!!
銃声一発。真姫の真後ろで黒装束の三人ともが糸の切れた操り人形の如く馬上から滑り落ちたことで、
隠れていたその後景、月の光を背に神殿の屋根に佇むガンスリンガーのシルエットが大写しとなる。
凛「女三人寄ればかまめし…だっけ?」シュウウウウ
花陽「ほわぁぁぁ…決め台詞以外全て完璧。美味しすぎだよ凛ちゃん…!」 - 277: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 23:31:34.19 ID:Y218z4JO.net
-
真姫「凛…? 今あなた一発で三人を……というか何でそんな高い所に?」
凛「星を数えてたんだ! 少しでも近くの方がやりやすいと思って!」
真姫「……あー、あなたが言うと説得力あるわ、それ」
真姫「というか、それならこいつらの接近にも気付けたんじゃなくて?」
凛「全然ー! とにかくカウントに夢中だったの! あ、今から敵の数カウントしよーか?」
真姫「カウント伯爵かおのれは……まあいいわ。とにかくそこから降りて、それからにこちゃんを」
――BLAM! BLAM!
黒装束D「アソコ、イタ!」
黒装束E「ウテッ!」
黒装束F「ッ!」BLAM!BLAM! - 278: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 23:33:19.48 ID:Y218z4JO.net
-
凛「わっ、とっと」
四足獣めいたバネ仕掛けの鋭い飛び退きを見せた凛の周囲で跳弾の火花が踊る。
新たに出現した三人の騎兵は横並びになって、まずは高所に陣取った狙撃手を片付けようと彼女に狙いを定めた。
凛「ひぃ、ふう、みい、丁度三人」
凛(よーしさらに磨きをかけた凛の得意技、見せてあげるっ)
しかし専らコルトS.A.A.ピースメーカーを用いた早撃ちを頼みとする凛は、逆に標的との距離を詰めに掛かる。
真姫「えっ…!?」 - 279: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 23:34:12.58 ID:Y218z4JO.net
-
凛「とりゃあーー!!」ガツッ
躊躇など微塵もない、屋根の縁に蝙蝠の如く逆さまにぶら下がったかと思えば、
間髪入れず足場を蹴って斜め前方に跳躍――その勢いを利用して宙で体勢を捻りつつ落下しながら、
腰だめに保持した愛銃は標的を正確に捕捉し続けていた。
――BBBANG!!!
BLAM!BLAM!BLAM!―――
- 280: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 23:34:51.42 ID:Y218z4JO.net
-
猫を思わせるしなやかさで、凛が鮮やかな着地を決めるのと同時に、
黒装束の射手たちも頭から無様に着地、一人残らずぴくりとも動かなくなる。
凛「二人とも〜ケガしてない?」
花陽「カンドーしましたっ!一度も撃ち漏らさずに六人を倒したのは花陽の知る限り初めてです…!」
真姫「驚いたわ凛、あなたひょっとして魔法使いの末裔か何か?」
凛「あ、えっと、あれはね」
花陽「今のは魔法でも奇術でもなくれっきとしたテェクニックなんです!」 - 281: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 23:36:02.39 ID:Y218z4JO.net
-
花陽「バーストショットといって、凛ちゃんの柔軟かつ素早い手捌きはコンマ数秒で撃鉄を都度二回コックし、初弾と合わせて瞬間的な三点射を可能にするんです」
花陽「あまりに速すぎて銃声が重なるから一発にしか聞こえないの。ここまでは練習を積めば出来ないこともないけど、反動を制御して狙い通りの場所に当てるとなるともう至難の業」
花陽「さっきの凛ちゃんは照準のブレを極限まで抑えて、瞬時に同じ弾道に三発の弾を送り出したんです。するとどうなるか」
真姫「……まさか、私の後ろにいた三人が同時に倒れたのって」
花陽「イグザクトリィ! 一直線に並んだ三人の心臓に弾丸列車のトンネルがまとめて開通したのです!」
花陽「これぞ早撃ちに向いた設計のピーメと凛ちゃんの天性の才覚が合わさってこそ可能な達人中の達人技!! 名付けてだんがん3兄弟!!!」
花陽「こんな凄い凛ちゃんは私の自慢で誇りの大親友なんです!! もう一生ついていきますからっ!!!」
凛「えへへ、かよちんには何度褒められても嬉しいな。でも勢い余って変な技名付けるられるのはちょっとフクザツにゃ」
真姫「フーン、スゴイノネー」
真姫「……もし弾が三人目も貫通してたら私に当たってたってことよね、それ」
凛「さっすが真姫ちゃん、頭良いから興味ないことでも呑み込み早いね」 - 282: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 23:37:57.44 ID:Y218z4JO.net
-
花陽「さ・ら・に! 凛ちゃんの真価はこれで終わりじゃありません」
花陽「ついさっきの横っ飛び撃ちを見ましたか? 私は凛ちゃんの背中に羽が見えました」
花陽「そう、縦ではなく横並びの三人をなぎ倒したミラクルショット!」
花陽「あれも基本はバーストの応用ですが、静止していない分難易度は数倍に跳ね上がって」
凛「凛はこっちのかよちんも大好きだけど、そろそろ平常運転に戻ってほしいかな」
┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨
真姫「この地鳴り…やつらが来るわ」
凛「ちょっとマズいかも…ここにいるのはほとんど丸腰の人たちなのに。向こうの数も多すぎるよ」
黒装束D「ウウッ…」 黒装束F「カハッ…!」
真姫「しかもさっき倒した奴まで起き上がろうとしてるじゃない! 大人しく死んでないさいよもーっ」
凛「うーん、やっぱりワンショットワンキルはムズかしいなあ。もっと精進しなきゃ」
真姫「花陽、あなたもさっさと武器の用意を…!」
花陽「うぅ、分ってます……あれ? あれぇ?」ガサゴソ
花陽「私のコルトが一挺ない…」 - 283: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 23:39:06.76 ID:Y218z4JO.net
-
――BANG!
黒装束G「アラァァイ!!?」
穂乃果「うおっ、痺れる〜」ジンジン
強烈な反動で思わず手の内からすっぽ抜けそうになったコルトの銃把を握り直す。
まるで今すぐ主人の下へ帰りたいとでも言わんばかりだ。
穂乃果(おっきいのを使えって絵里ちゃんの言いつけだし、今回は大目に見て花陽ちゃん…!)
彼女のこともキチンと考え拝借したのは一挺だけ、それに片手は既に先約で埋まっているし。
穂乃果「クセがないからついつい飲んじゃうなぁこれ……ん゛、今日もお酒がうまいっ」グビッ
穂乃果「……それにしてもなんだかエラいことになってるような」
酒瓶片手にほろ酔い気分で廃墟の影に身を潜める穂乃果には、
次第に凄惨な戦場へと変貌しつつある野営地の様子をつぶさに観察する余裕があった。
穂乃果「ヒック…こんな時に雪穂はどこ行っちゃったんだー?」 - 284: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 23:41:24.40 ID:Y218z4JO.net
-
黒装束H「裏切り者は片端から斬り捨てろ!テントは燃やせ!!」BLAM!BLAM!
黒装束I「キエエェェエッ!!!!」SLASH!
労働者「マキチャ…!」ブシュウウウ
真姫「ああ、カンジャたちが…!」
凛「かんじゃ? あの人たちは病気なの?」
花陽「この国の言葉で、人夫とか作業員って意味だよ」
凛「それよりかよちん、凛の予備を貸したげる」
凛「レインメーカーとライトニング、サンダラーにD.A.フロンティア、どれにする? やっぱり一番大きいやつ?」
花陽「全部のせで! 今は何挺あっても足りないよ…!」 - 285: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 23:42:38.26 ID:Y218z4JO.net
-
野営地のあちこちでパチパチとオレンジ色の閃光が瞬き、それに合わせて誰かの生命も火の粉となって弾け飛ぶ。
焼き討ちにされたテントから転がるように這い出し、憐れに逃げ惑うカンジャたちの背中を、
黒装束は馬上から容赦なく斬り付けライフルで狙い撃った。
罵声、銃声、悲鳴、刃が肉を裂き、何かが燃焼する音に、猛り狂うペイルホースが唄う死のコーラス。
サーカスとクリスマスとアポカリプスがいっぺんに来たような大混乱のるつぼの中には、
重い象撃ち銃を抱えてふらつきながら右往左往する雪穂の姿もあった。
雪穂(ヤバいよ…どこにも絢瀬さんの姿は見えないし、これじゃ戻るに戻れない。私、どうしたら)
黒装束J「ウ、ララララララララ!!!!」
途方に暮れる彼女の背中に、まるでデスサイズのような見た目のシックル・ソードを振りかざしながら
雄叫ぶ死の御使いが迫る――!
- 286: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 23:46:04.92 ID:Y218z4JO.net
-
絵里「さてと」チャキッ
弾の尽きたショットガンを背負い、イマイチ使い心地の悪いユーズド品のリボルバー二挺に持ち替える。
敵の本隊は既にキャンプへの襲撃を開始したようだ。
最後尾にいた四頭だけが、標的を絵里たちに変えて追撃の銃弾を撃ち込んでくる。
BLAM! BLAM! BLAM!
にこ「わわっ、ちょっとアレ何とかしなさいよ!」
絵里(向こうはライフル、このままじゃ分が悪いわね)
絵里(腕をケガしてるこの子は戦力としては期待できない。ここは自分一人で何とかしないと…)
絵里「仕切りの影へ!」
進行方向右手側にそびえる石壁の崩壊した裂け目を飛び越え二人はその内へ。
即席の遮蔽物を横目に、野営地を目指して脇目も降らずひた走る。 - 287: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 23:54:50.21 ID:Y218z4JO.net
-
にこ(後を追ってこない?)
追撃者たちは壁の裂け目から飛び込んでくることはなく――しかし蹄の音はやかましく轟いている。
にこ(壁の向こうで並走してるんだ。撃ってこないのはどうせ当たらないと思ってるから?)
にこ(あっ)
にこ「絵里! やつら一足先にゴール地点で待ち構える腹よ!!」
絵里「えっ、何?」BANG!BANG!BANG!BANG!
にこ「だーかーらー!先回りされるって!」
絵里「よく聞こえないッ!!」BANG!BANG!BANG!BANG! - 288: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 23:55:44.39 ID:Y218z4JO.net
-
ありったけの銃弾を十時方向の壁に叩き込んだ後、澄まし顔で絵里は答える。
絵里「ここの壁って見た目より脆くなってるの」
その言葉通り、銃撃の貫通地点は悉く崩れ去って新たな破れ目となり彼女たちを出迎えた。
予想以上に頼りなかった遮蔽物が途切れるとそこには、主を失い所在なさげに後ろ足で地面をかく四頭のアラブ馬が。
にこ(壁越しに全員撃ち落としたのか…馬に乗って移動してるやつらの位置を先読みして?)
にこ「…いい腕ね、アンタ」
絵里「武器(アームズ)の性能がいいだけよ。私自身はあなたと同じくらいかな」
にこ「なら十分よ、自慢していいわ。謙遜はあんたら日本人の悪癖よ」
絵里「そこまでハッキリ言い切られると反論する気も失せるわね」 - 289: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/02(金) 23:58:59.82 ID:Y218z4JO.net
-
凛「キリがないねっ」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
花陽「こっちは弾幕を切らしちゃ駄目です!」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
真姫「どうするのよ…これじゃにこちゃんを助けにいくどころか、ここから動くことすら」
DOOM!! DOOM!!
絵里「探し物はこちらでいいかしら?」
にこ「にごぉ…ショットガンの銃口に吊るすのはヤメロ」プラーン
凛「にこちゃん!」
花陽「大変、右腕から血が…!」
にこ「っ、カスリ傷よ…! 私も戦うわ」
絵里「三人とも聞いて。私にいい考えが」
――ZDOOOOOOOOOOOOOOOMMMMMMMMMMM!!!!!
- 290: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 00:00:34.57 ID:7R/HaOL8.net
-
この騒乱の中、誰かが発射した野砲の轟音が先の言葉を掻き消した。
真姫「な、なん――」
誰もが一瞬呆気にとられて、耳鳴りのする頭を振りながら爆音と衝撃波の出所に目を凝らす。
見る前からそれが象殺しの炸裂音だと分かっていたのは絵里だけだった。
黒装束J「ホア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ーーーーッ!!!」
雪穂「うわあああああああああああああ!!!??」
そのまま信仰する神の御許まで飛んでいけそうな勢いで、
黒装束の身体が藁くずのように宙を高く高く舞っていた。
腰だめにライフルを構えた姿勢のまま同じ勢いで後方に吹っ飛ばされ、
ごろごろ地面を転がる射手の姿が両者の受けた衝撃と反動の凄まじさを雄弁に物語っている。
破滅的な60口径ニトロエクスプラスの暴君は、樽ほどある騎馬の胴を真っ二つにしたばかりか、
その乗り手すらも余勢だけで絶命せしめ何処へ突き抜けていった。
後にはその食い残し、ヘモグロビンの赤を帯びた雨と臓物性降下物が
びちゃびちゃマナーの悪い音を散らかして聖地の砂を汚していく。 - 291: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 00:01:48.85 ID:7R/HaOL8.net
-
絵里「あの子ったら、お転婆にも程があるわよ…」
にこ「随分と嬉しそうね?」
絵里「んなわけないでしょ。これでまた面倒事が増えたのに」
絵里「私は一度向こうに行ってくる。あなた達はここで戦って。バラバラになると各個撃破されるわよ」
にこ「いや、それならアンタはどうなる――おいっ、無視して行くなぁ!」
花陽「どうするの…?」
にこ「……言われた通りにするのは癪だけど、でも他に手もないし」
にこ「とりあえず真姫を三人で囲んで、ここが私たちのアラモ砦よ!」
凛「それだと全滅にゃ」 - 292: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 00:03:47.86 ID:7R/HaOL8.net
-
希「うわぁ…人が空飛んでる」
希(こうしちゃおれんね。こっちにもいつ流れ弾が飛んでくるか分かったもんじゃないし)
希(前に逃げ込んだ神殿の隠し扉、確かこの辺だったはずなんだけど……記憶違い? あの時は昼間だったしなぁ)
絵里「ハイ希、あなたも探し物?」
希「やあエリち、何を隠そうキミを探してたのだ」
絵里「あらホント♪」
希「騎兵さんたちが突っ込んでくるのが見えたのを知らせようと思ったんだけど、中々見つからなくて」
絵里「世話をかけるわね。お互い色々あったけど、あなたはまだ私のこと友達と思ってくれてるの?」
希「モチのロンよ。生まれる前からの大親友でしょ? そういう運命なんよ、ウチらは」
絵里「ありがとう希……こんな時に何だけど、仲直りの握手してくれる?」
希「ん? いいけど…」ガシッ
絵里「よし。友情が復活したところで、一緒に私たちのお友達を助けに行きましょう」
希「あーやっぱそうなりますよねー」ズルズル - 293: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 00:08:05.63 ID:7R/HaOL8.net
-
希「ねえ、エリち」
絵里「何かしら」
希「これは前から薄々思ってたことなんだけど」
希「エリちはどんなに勝ち目が薄くてもギリギリまで身体を張って戦おうとするよね、今みたいに」
希「よく臆病とか卑怯って呼ばれるウチだけど、逆にエリちのは度を超してる気もするんよ」
希「これまで二人で戦場を色々回って、この人は他人を助けるために自分が死にそな目に遭うのも厭わない」
希「どうして無謀な賭けを勝ちにいけるんだろって、どんなスピリチュアルよりずっと不思議だったの」
希「今回もあの子たちの、仲間のためって言い張るのは簡単よ」
希「でも時々、エリちは戦いそのものが好きなんじゃないかって思える時もあって…」 - 294: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 00:13:08.28 ID:7R/HaOL8.net
-
絵里「……」
希「ゴメン、なんか一方的に勝手なことズケズケと。ウチらしくないね」
絵里「いえ、むしろハッとさせられたわ。自分じゃそんなこと、考えたこともなかったけど」
絵里「……多分、その両方ともなんでしょうね」
絵里「私は仲間と一緒に戦って、冒険して、困難を乗り越えて」
絵里「昔からそういうのが好きなのよ。誰かと繋がってるって実感できるから」
絵里「だから、その絆を守るために命を賭けてでも大好きなあの子たちを助けたくなるの。これでどう?」
希「…そっかぁ。うん、色々納得した」
希(私が、キミから逃げ出したくなる理由も…)
希「……冷たいね、エリちの手は」
絵里「そういう希は温かいわ」
希「…そうね」
- 295: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 00:17:13.63 ID:7R/HaOL8.net
-
希「それで、ウチは何をすればいいの?」
絵里「あら、今夜はやけにさっぱりしてるじゃない。変な物でも食べた?」
希「昼間のお天道様に頭をやられたのかもね。さあ早く気が変わらんうちに」
絵里「武器庫の管理をお願い」ドサッ
絵里「いい?また昔みたいに 一心同体の相棒になりましょう」
絵里「私が射手で、あなたが装填手。近くにいるから、撃ち終えた武器をこまめにリロードしておいて」
絵里「まずはこのリボルバーね、うちの隊でも使ってたやつだからやり方は知ってるでしょ」
希「これ装填がえらいメンドーなやつじゃん。なんでわざわざこんな旧式のを…」
絵里「これしか買えなかったの。言っとくけど、あなたのことは高く買ってるわよ。期待を裏切ったら承知しないんだから、二等兵?」
希「…イエッサ、努力するであります伍長殿ー」
絵里「頼りにしてるわよ? 今度こそあなたのことを信じさせて頂戴」
- 296: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 00:18:13.08 ID:7R/HaOL8.net
-
瓦礫が積み重なって出来た天然の防壁の影に希を残して、
装填済みの散弾銃を手にした絵里は手近なオベリスクの台座によじ登った。
石柱にへばり付いて身を隠しながら、広場に残してきたアメリカ人たちの様子を窺う。
絵里(思った通りの展開になってるみたい)
一箇所に固まって唯一といってもいい反撃を敢行してくる異教徒の三人組は襲撃者たちの注意を一身に集め、
徐々に優先的な攻撃の対象になりつつあった。 - 297: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 00:20:48.77 ID:7R/HaOL8.net
-
この戦いはひと月前のトゥアレグ族の襲来の再現だ。
しかも有難いことに大幅にスケールダウンしている。
――三人は云わば前回の自分で、実際に絵里と同程度の技量を持つアメリカ人たちは、
軽々に黒装束らの挟撃を寄せ付けないでいる。
花陽は自身のコルトと凛から借りた四挺の改良型ピースメーカーを次々持ち替えながら弾幕を展開し、
その足元では赤毛の学者がおぼつかない手つきで使い終わった銃の再装填を手伝っていた。 - 298: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 00:22:11.90 ID:7R/HaOL8.net
-
凛もまた速射の技能を存分に駆使して次から次へと空の鞍を量産していたが、
元来その身体能力と早撃ちを三次元的に融合させたアクロバティックな攻めを得意とする彼女は
足が地に着いた状態での防衛戦では今一つ真価を発揮しきれないようで、
その居心地の悪さが射撃のキレを若干鈍らせているのがここからでも見てとれた。
いわんや腕を負傷しているにこは言うまでもなく、本来の半分ほどの戦闘力しか出し切れないことに苦戦の表情。
いくら三人が優れた銃士とはいえ、形勢の天秤は僅かに不利な方へと傾きかけていて――
- 299: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 00:23:36.16 ID:7R/HaOL8.net
-
絵里(そこで私の出番よ)
今なら敵の注意は完全に向こうに集中している。
石柱の影から広場を荒らし回る騎兵に照準し、
絵里「悪い子には……お仕置きよッ!」DOOM!!
全く予想していなかった方向からの不意撃ちに、
少し離れた所からにこ達に狙いを付けていた黒装束が間抜けな断末魔と一緒に吹き飛ばされた。 - 300: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 00:24:27.44 ID:7R/HaOL8.net
-
絵里「次ッ…!」ガシャコン
今度は四人の背面から突貫する騎馬戦士の姿を見とめた。
丁度テントの影になっていて彼女らは気付いていない。
少しリードをとって発砲。
どこから撃たれたのかも分からないまま、ボロ雑巾となったそいつの上半身が愛馬の背に力なくもたれかかる。
元々鳥類を撃ち落とすために発達した散弾はその名称とは裏腹に、
数十メートルの距離でも思いのほか拡散せず正確に標的を撃ち抜く。
実質彼女はこの高台から広場のほぼ全域を有効射程圏内に収めていた。
絵里(あの時は一人だった――でも今は援護し合える仲間がいる。今度は負けないんだから) - 301: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 00:25:05.77 ID:7R/HaOL8.net
-
とはいえこの戦法は一方的ににこたちを囮役に使っているようなもの。
だが三人が自分の思惑通りその場に留まったのを見るに、彼女たちもまた無数の騎兵を相手に
戦えない真姫を連れ回しながらのヒット&アウェイは厳しいという結論に落ち着いたのだろう。
なればこそ、自分は全力で三人のサポートに徹するのみ。
彼女たちの撃ち漏らしや水面下の脅威を目ざとく捕捉し、実害が及ぶ前に確実に排除していく。
代償として、本来なら第一に優先すべき自分の雇い主たちの安否確認が後回しになっているが。
そもそも二人が飛び出してきたのも絵里の計算外だった――今はあの姉妹の悪運に賭けるしかない。
二人がいるのは戦場の外れも外れで、何より一刻も早く戦いを終結させることが安全への一番の早道なのだから。 - 302: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 00:26:09.06 ID:7R/HaOL8.net
-
≪ヒヒィィン!!!≫
黒装束K「うおおおおおおおお!!!!」
絵里「――!」
自分の存在に気付いた騎兵の突撃。
(思ったより早かったわね)と、舌打ちがてら台座を蹴って飛び降りる。
いずれこちらの位置がバレるのも無論想定の内。その前にあと二、三人は葬っておきたかったが。
しかも間の悪いことに丁度弾切れだ。
絵里「くっ――!」ガシュン
何時ぞやの時と同じく、瞬時に一発だけを薬室に滑り込ませると、そのまま発砲。
多少無理な姿勢だったが、照準は正確だった。 - 303: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 00:26:57.42 ID:7R/HaOL8.net
-
黒装束K「ちぃっ!」
≪イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛ン゛!!!≫
なんと敵は咄嗟に馬を嘶かせ、自身の身体を覆い隠す盾とした。
黒装束K「うおお!!?」
絵里が正面から見舞った散弾は全てその腹で受け止められ、
苦痛に喘いで転倒する愛馬から投げ出される代わりに一命を取り留める。 - 304: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 00:28:08.74 ID:7R/HaOL8.net
-
絵里(防がれた――ッ!)
すぐにもう一発装填しトドメを――
黒装束L「ラララララララッ!!!!」
絵里(いえ、こっちが先――!?)
黒装束M「キエエエエ!!!」
気付かぬうちに挟まれていた。
正面から新たな騎馬が、背後からは刀剣を振り回して走り込んでくる剣士が。
そして足元には―― - 305: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 00:28:58.51 ID:7R/HaOL8.net
-
絵里(こんな所まで吹き飛ばされていたの?)
虚ろな表情で天を仰ぐ黒装束の射殺体――大型肉食獣に食い散らかされたような銃創の悲惨さから見て、
象撃ち銃の犠牲となった不運なあいつで間違いない――の腰から白銀の鎌剣を引き抜くと、
いち早く接近してきた騎兵の斬撃をすれ違いざま、なんとか受け流してみせる。 - 306: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 00:29:54.65 ID:7R/HaOL8.net
-
絵里「ッ…く゛っ!」ガギィィン
たっぷりと勢いの乗った重い一撃にバランスを崩しかけながら、
逆手にこん棒よろしく銃身を握った散弾銃を遠心力任せに振り回して、
むざむざ近寄ってきた背面の敵の顔面をその銃床がカウンター気味に打ち据える。
黒装束M「アイテエエッ!!!」ブシュウウウ!
固いウォールナットの底部が鼻骨を砕いて顔面を陥没させ、まずは一人――! - 307: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 00:31:15.41 ID:7R/HaOL8.net
-
黒装束L「オオオォォ!!!」ドドドドド
絵里(また来た…!)
今度は馬鹿正直に正面から受け止めようなどとは考えなかった。
絵里「はああああああ!!!」
逆にこちらから距離を詰めて相手の想定を裏切り、そのまま足元へスライディング。
騎兵の剣先は空を斬り、絵里の鎌剣はその湾曲部に敵の足首を引っ掛け鞍から引きずり落とす。
黒装束L「グア…アッ!?」
一瞬で何が起きたのか理解できず目を白黒させる相手の喉笛に刃を突き立て串刺しにし、
その光が消え確実にこと切れたのを確かめると、絵里は最後に残った敵の方へ向き直った。
黒装束K「『見事也。只今の攻防、敵ながら天晴れだ』」
- 308: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 00:32:17.32 ID:7R/HaOL8.net
-
絵里(どうして攻撃してこなかったの。私を仕留めるチャンスはいくらでもあったはずなのに)
黒装束K「『剣技の心得もあるようだな。敢えて飛び道具を捨て近接戦を挑む心意気やよし。久々に気骨のあるやつだ』」
絵里「……」
黒装束K「『申し遅れた。自分はツルギ、ツルギ・カドタ。三千年の古来より続く秘密結社『ラズァイ』が一員』」
黒装束K「『だがそんなことはどうでもいい。一人の剣士としてこの場で貴様に立ち合いを申し込む』」
黒装束K「『いいか、誰も手を出すなよ! これは私の闘争だ、何人も邪魔立ては許さぬ』」
黒装束K「『さあ構えろ異国の戦士よ。いざ尋常に仕合おうぞ』」
絵里「…」ジリッ
黒装束K「『来ないのか? ならこちらからゆくぞっ!』」 - 309: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 00:33:44.79 ID:7R/HaOL8.net
-
黒装束K「イヤアアアアアア!!!」
希「エリち、パス!」ヒュッ
絵里「」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
黒装束K「ヘェアッ!??」
絵里「遅いじゃない」BANG!
あっけなく倒れ伏した黒装束の眉間にトドメの一撃を叩き込んでから、不満げに頬を膨らます。
絵里「こういう場合は私に投げるよりあなたが撃った方が早いでしょ」
希「ごめんごめん。ウチあんまりそーいうのは好きくないというか、一応平和主義者だし。ほらピース、ぶいっ」
絵里「まあそっちの方が正常なんだけど、あなたが言うとどうもね……いいわ、引き続き装填の方ヨロシク」
絵里「それにしてもこの敵は急に棒立ちになったかと思えば何を喚いていたのかしら。希、あなたなら言葉分かったんじゃないの」
希「あー、聞かない方がいいと思うよ。お互いの名誉のためにも、知らん方が幸せなこともあるやん」
絵里「そうなの…? 蛮族の考えることはよく分からないわね」
希(エリちは変なトコで抜けてるからなあ。相手の人かわいそ…) - 310: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 00:35:49.14 ID:7R/HaOL8.net
-
労働者「ハァハァ…」
黒装束N「キエエエエ!!!」
――BANG!BANG!
黒装束N「ギャアアア!!!」
労働者「マキチャン…?」
穂乃果「こっちこっちー」
殺意と軽蔑をむき出しにした騎兵に追い立てられ、命からがら逃げ惑うカンジャを援護し手招きする穂乃果。
彼女が身を隠す廃墟は今や武器を持たないカンジャたちの避難所の役目を果たしており、
穂乃果もいい感じに酔いが回っていたことも手伝って、走り込んでくる彼らをどうこうしようとはせず、
気つけと称して酒瓶を回して元気付けるなど何かと世話を焼いていた。 - 311: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 00:37:14.98 ID:7R/HaOL8.net
-
穂乃果「お疲れーキミも飲む?」
新たに駆け込んで来たカンジャに差し出した酒瓶を、横から伸びてきた誰かの手が引っ手繰った。
希「ウチにもちょうーだい!」
穂乃果「あなたは…希ちゃん、だっけ?」
希「そーそ、飲まんとやってられんよ。皆よく素面で戦えるなぁ」
穂乃果「さっきまで絵里ちゃんのサポートしてたみたいだけど。こんなことで油売ってていいの?」
希「大丈夫やと思うよ。もう大分頭数は減らしたし、今エリちはにこっちたちと合流したから」 - 312: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 00:39:01.48 ID:7R/HaOL8.net
-
彼女の言う通り、戦いの趨勢はほぼ決しつつあった。
あれほどいた騎兵たちが、今では乗り手を失いとぼとぼ彷徨う馬の数の方が多い有様で、
広場は屍山血河、カンジャと黒装束の死体が折り重なるように山積みになっている。
その中心で今も新たな屍をこさえている四人の銃士たちは未だ健在、
絵里の指揮で、襲撃者の残党を追い払う攻勢に転じている。
穂乃果「確かにね」
穂乃果「あの調子で絵里ちゃんたちが暴れてくれてるうちはここは安ぜ 希「ぶーーーーーーーっ!」ビシャアアアアアアア
- 313: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 00:40:44.66 ID:7R/HaOL8.net
-
のほほんと楽観的な展望を語る穂乃果の顔面に、飲みかけのウィスキーを思い切り吹きかけて仰天する希。
「うおあああああああああああ!!!!!」
言った傍からこちら目掛け、鬼のような覇気を振り撒きながら突進してくる騎馬が一頭。
慌てて酒瓶を穂乃果に突っ返し、ズック袋を抱えた希は一人廃墟から転がり落ちる様に抜け出すも、
「おおおおおおおおおっ!!!!!」
希「ええーっ!?なんでこっち来るのー?」
「あああああああああああ!!!!!」
希「いやーん、しつこいっ! 助けてエリちいいいいいいい」 - 314: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 00:42:17.36 ID:7R/HaOL8.net
-
≪ヒヒイ゛イ゛イ゛ン゛!!≫
希(アカン、追いつかれる…)
「おおおおおおお――――ッ!」バッ
出し抜けに、その騎兵は不可解な行動をとった。
上体を逸らし、自ら馬上よりその身を投げ出したのだ。
絵里(ちっ、躱された…!)シュウウウウ
驚異的な反射神経と勘の良さだ――初弾を外した絵里は素早く狙いをつけ直して二の矢三の矢を。 - 315: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 00:43:52.79 ID:7R/HaOL8.net
-
「ッ――――!」バッバッ
敵も受け身をとって着地するなり休む間もなく身を翻し横っ飛びに回避行動。
計数十発の散弾の嵐を難なく避けると、腰の新月刀(シャムシール)を
引き抜き構えるその姿には一分の隙も感じられない。
絵里「……いいわ。お望み通り“これ”で一騎打ちといこうじゃないの」シャキン
弾切れの散弾銃を放り捨てると、こちらもハンティングナイフを抜いて応じる構えを。
「おお――ッ!!」
一拍の間を置かず、黒の暴風が一直線にこちらへ――! - 316: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 00:45:14.59 ID:7R/HaOL8.net
-
「――ッ?!」ブォン
ガキィン!
斬り合いに乗ったと見せかけ、微塵の淀みなく正面に投擲されたスリケンは敵の意表を突いたものの、
それでも反応速度の鋭さは向こうが一枚上手だった。
目にも止まらぬ刃の一振りで彼方に弾き飛ばされるスリケン。だが狙いはその一瞬を稼ぐこと。
絵里(もらった――!)
BANG! ガキィィン!
本命はリボルバーでの不意撃ち――反射的に盾にされた刀が真っ二つにへし折れ、跳弾が肩を掠める。
落馬の際に外れかかっていたターバンの内より紫がかった長髪が溢れ出し、武器を失った敵の両眼が驚愕に見開かれる。 - 317: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 00:47:27.01 ID:7R/HaOL8.net
-
黒装束O「この外道が!」
間髪入れずトドメを刺そうとした矢先、両者の間に別の戦士が割って入る――まるで紫髪の女を庇うように。
絵里「邪魔ッ!」BANG!BANG!BANG!BANG! 黒装束O「ぐああアア!」
容赦なく穴だらけにしたそいつが倒れるより早く、死体の向こうから長髪を振り乱し
新たな曲刀を手にした女が躍り出て鋭い突きを。
絵里「くッ――」ガキィィン!
今度は絵里の手から得物が弾き飛ばされ、即座に襲い来る追撃の一閃を紙一重で躱しながら彼女は怒号する。
絵里「希! 武器を!」
希「ほいきたっ」
斬撃の緩急の隙を見て、絵里に投げ渡されたのは一本のダイナマイトだった。 - 318: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 00:49:08.96 ID:7R/HaOL8.net
-
「――!」
絵里「…」シュー…ジジジ…
轟々と燃え盛るキャンプファイヤーの脇に立ち、着火済みのダイナマイトを掲げる絵里の姿に、
たとえ言葉が通じずともその意図を察した紫髪の女は押し黙ったまま、やおらに後ずさった。
絵里「希、ズック袋を持ったままこっちに来なさい」
希「え…でも」
絵里「早く!」
希「はいはい、分かりましたよ…」
絵里「今から言うことを通訳して」
絵里「ねえ、紫の人。あなた達にどういう事情があるのか、私には分からない」
絵里「でも一つはっきりしてるのは、ここで矛を収めてくれないと全員死ぬってことよ」
女の整った、中性的ともいえる研ぎ澄まされた顔立ちが険しいものに変わる。
頬と額に刻まれた怪しげな聖刻文字のタトゥーさえなければ、
どこぞの舞台か映画で看板女優としても十分通用する容姿だった。 - 319: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 00:50:29.62 ID:7R/HaOL8.net
-
絵里「彼女の抱えてる袋の中身はこれ(ダイナマイト)と同じものが二ダースは入ってるの」
希「げっ…! エリちまさか」
絵里「もうどこにも逃げ場はないわ。あと少しで、ここにいる全員が死の破片を浴びることになる。さあ、どうする?」
もう誰も戦っている者はいなかった。
広場の全員の視線が彼女たちに集まり、各々冷や汗を浮かべた緊張の面持ちでその動向を見守っている。 - 320: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 00:54:02.03 ID:7R/HaOL8.net
-
「一筋縄ではいかない相手だと思っていたが…」
僅かに苦笑しながら、紫髪の女はぎこちない発音で錆びついた英語を喋った。
「まさか自分もろとも人質にとって皆殺しとはな」
「負けたよ、これ以上血を流したくない。ここは引き下がろう」
「…だがこれは警告だ。すぐにここを立ち去れ。でなければ君らは一人残らず死ぬ」
にこ「それ、脅してんの?」
意地っ張りのツインテが脇から余計な憎まれ口を挟む。
にこ「また返り討ちにしてあげるわよ」
じろりと、女はそちらを睨みつけた。
「お前たちに手を下すのが我々だけだと思ったら大間違いだ」
まるで物覚えの悪い子供をたしなめるような口調だった。 - 321: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 00:55:27.32 ID:7R/HaOL8.net
-
希「ね、ねえ…もうそれ消しちゃってよくない? 敵さんも退くって言ってることだし」
絵里「ん…? ああ、そうね」
あと一歩で燃え尽きるところだった導火線を根元から引き千切って破棄する。
代わりに新たなダイナマイトを取り出し火元に近付け、いつでも二本目を着火できるぞという意思表示も忘れない。
そんな絵里の方を見ようともせず、騎馬に跨った長髪の女は来た時の半分以下に減った同胞に撤退の指示を叫んでいた。
「一日だけ待とう」
敗走の将とは思えぬ尊大かつ威厳ある口振りで、女は短く言い放つ。
それ以上話すことはないとばかりに踵を返したその背中に、絵里はかねてよりの疑問を投げかけた。
絵里「あなたたちは何者なの?」
- 322: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 00:58:13.56 ID:7R/HaOL8.net
-
「……」
短い沈黙の後、女が口を開く。
「我々は古よりハムナプトラを監視してきたファラオの護衛団『ラズァイ』」
「私はその一族の末裔、エレナ。この集団を率いる長だ――君は?」
絵里「エリー・アヤセ。どこにでもいるただの冒険者(アウトロー)よ」
英玲奈「そうか…」
英玲奈「思えば侵入者と互いに名乗り合うなど初めてだ。意味がないからな。文通相手じゃあるまいし」
言葉尻は淡々と硬く生真面目な調子だが、どこか諧謔的な皮肉めいた語り口で言い捨てると、蹄の音だけを残して彼女は去っていく。 - 323: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 00:59:40.42 ID:7R/HaOL8.net
-
希「ふぃ〜助かったぁ…」
絵里「……」
決して、隣の希のように大げさに安堵することはなかったが、
その実内心では同じくらいにほっと胸を撫で下ろす自分がいた。
絵里(蛮族ってのはこっちの理屈が通じない偏屈なやつばかりと思ってたけど)
絵里(意外と話せそうな相手だったのが幸いしたわ)
絵里「さてと…」 - 324: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 01:01:30.38 ID:7R/HaOL8.net
-
雪穂(あ、流れ星…)
象撃ち銃を抱えた姿勢のまま、雪穂は今の今までずっと仰向けで倒れていた。
転倒時に頭を打ったためか、どこかぼんやりで曖昧となった意識で星を数えながら。
そんな姿は死体と違いなく映ったのか、広場の隅の方で微動だにしない彼女を気に留めるものは誰もいなかった。
一秒前までは。
雪穂(星が綺麗だなぁ)
ふと、突然その星空が自分に近付いてきて。
一秒の後には、すぐ目の前に自分を助け起こした絵里の顔があった。
絵里「大丈夫…?」
- 325: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 01:02:35.93 ID:7R/HaOL8.net
-
心配そうにこちらの瞳を覗き込んでくるその顔は、汗と泥と硝煙の香りの化粧で薄汚れていたが、
先程まで眺めていた夜空とは違ったある種の鮮烈な美を備えていて。
その対比もあってか、雪穂は目の奥がくらくらするような奇妙な感覚を味わった。
雪穂「ええ、大丈夫です……多分」
絵里「ホントに? 何だかふらついてるけど、どこか痛むところはない?」
べたべたと無遠慮に全身をまさぐってくる彼女の手つきは、しかし自分の身を案じての優しいもので。
強引に口づけする時のように親指で顎を持ち上げられたのも、顔や首に怪我がないか確認するためだった。
本当に、そのままキスされても――それはそれで悪くないんじゃないかと思うのは、朦朧とした気分が抜けきらないせいだろうか。
心地よい眠りに落ちる直前の微睡みにも似た、あの何とも言えないふわふわとした快感。
こういう時って余計な見栄やプライドとか何もかもどうでもよくなって、自分にすっごく正直になれるもんね。
じゃあこれが私の本音だったりするのかな――などと、頭の片隅で冷静に分析している学者の自分がいる。
- 326: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 01:03:50.95 ID:7R/HaOL8.net
-
真姫「間違いないわ!」
自信を帯びた強い口調でそう断言する同業者の声に、はっと我に返り。
雪穂「いや、まだそこまではっきりしてるわけじゃないんですよ。ほら、もしかしたら吊り橋効果ってやつかもしれないし…その」
真姫「?…あなたは何を言ってるの」
真姫「私が言ったのは、これでこの場所にマリィ1世の財宝が眠ってることが証明されたってことよ」
にこ「でなきゃ、こうしてにこたちを襲う理由がないもんね……痛ぅ」
花陽「大丈夫? 救急箱取ってくるね」
にこ「そんな大げさなもんじゃないわよ。壊れたわけじゃない、ちゃんと動くわ」
真姫「私は傘が壊れちゃった…お気に入りだったのに。帽子も飛んでいっちゃった…」
凛「大損害だよねー。こうなったら絶対お宝を見つけて埋め合わせをしてやるんだから」
空薬莢を排莢しながら、斜め上に顔を向けた凛がどこか他人事のように言う。
- 327: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 01:06:35.36 ID:7R/HaOL8.net
-
絵里「私は納得がいかないわ」
絵里「ここまでの損害を出して、彼らが財宝を守る価値は?」
にこ「どうしてよ。この上なく分かりやすい理由じゃない。にこだって同じことをやるわ」
絵里「彼らは砂の民よ。ここに暮らすものにとって、黄金よりも尊ぶべきは水。金をかじっても渇きは癒せないもの」
凛「そりゃそうだけど…でもここには井戸なんてないよ? オアシスはずーっと向こうの方にゃ」
絵里「そうね。だから納得できないのよ」
真姫「…もしかして」
絵里「ん? どうしたの」
真姫「いえ、何でも」
真姫(“アレ”が、ここに…?)
- 328: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 01:07:44.33 ID:7R/HaOL8.net
-
花陽「さあにこちゃん、怪我を見せて」
にこ「っ……悪いわね」
にこ「そしてあんたも…一応礼は言っとくわ」
絵里「私?」
にこ「まああんなやつらの百人や二百人、にこ一人でも何とか出来ましたけどー」
にこ「ほんのちょっぴりヤバかったのも事実だし……手を貸してくれてありがと」ボソボソ
絵里「ふふ、どーいたしまして」
にこ「ふん」プイッ
絵里「あら照れてるの? あなた案外可愛いのね」
にこ「ちょーしに乗んな。いちいち一言余計なのよあんたは」
にこ「それににこが可愛いのは当たりま 凛「あー寒い寒い、もっと薪をくべなきゃ」 - 329: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 01:08:44.37 ID:7R/HaOL8.net
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凛「それにしても絵里ちゃんって凄いね! 戦いながらてきぱき指示を出したりさ」
凛「上手く言えないけど、凛たちこんな賢そうな戦い方したのは初めてだったよ」
花陽「私たちって、いっつも基本的にはひたすら撃ちまくるだけだからね…」
にこ「それの何が悪いってのよ? 戦いは火力でしょ!?」
真姫「時と状況によるでしょ…こんな脳筋よりエリーを雇えばよかったかしら」
にこ「マッキーまで!」
凛「昼間は銃向けたりしてごめんなさい。凛たちライバルだけど、これからはもっと気持ちよく競争しよー?」
絵里「ええ、こちらとしても望むところよ」
花陽「あのー…それで提案なんですけど、発掘に関係ないところではなるべく協力し合いませんか?」
花陽「また襲撃があるかも分かりませんし、寝床は一箇所に固めて……お互いに見張りを立てるとか」
絵里「だって。どうするリーダー?」
雪穂「それは…拒む理由は無いんじゃないでしょうか」 - 330: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 01:09:48.93 ID:7R/HaOL8.net
-
絵里「大家の許可も下りたところで早速……いえ流石にもう今夜は襲ってこないだろうから、明日からそっちに引っ越すわ」
絵里「万一のために見張りは立てるけどね。あなた達の方も色々と大変でしょう」
真姫「そうね…カンジャたちの死体を埋めないと」
雪穂「手伝いしましょうか?」
真姫「いえ、気持ちだけもらっておくわ。これは私たちの仕事よ」
希「死体といえばさ」
にこ「なんだ希、あんたいたの」
希「子供の頃よく同じこと言われたわ。よっぽど影が薄かったんやろね」
絵里「それが逃げ足の速さに通じたわけね。いつの間にかいなくなってるんだから」
希「言いたい放題言ってくれてるけど、みんなもう一人誰かのこと忘れてない?」
絵里「?」
希「穂乃果ちゃん、向こうで大の字に伸びてるんだけど、あれ生きてるのかな」
- 331: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 01:12:39.53 ID:7R/HaOL8.net
-
穂乃果「」
雪穂「何てこった! お姉ちゃんが死んでるっ」
穂乃果「んが…おほしさまがきれいらぁ…」
絵里「どこか遠くに行ってるみたいね」
希に教えてもらった廃墟の側で、酒臭い寝息と寝言を垂れ流す穂乃果はどう見ても只の酔い潰れで、
足元に弾の尽きたコルトを投げ出しながらも、三分の一ほど中身の残った酒瓶だけはしっかりと胸元に抱いていた。
(変なところで似てる姉妹ね…)と思いながら、まだ熱の残るピストルを拾い上げる。 - 332: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 01:13:13.07 ID:7R/HaOL8.net
-
絵里「これ、後で花陽に返しておかなきゃ。彼女が探してたわよ」
自分も昼間彼女から発掘道具をガメた張本人なのだが、「ここに来てから持ち物がどんどん無くなるんです…う゛ぅ」と
さめざめと語る花陽の悲壮な表情には良心の呵責を禁じ得ないものがあった。
それだけ自分と彼女たちとの距離が縮まったということでもあるのだろうが――
絵里「雨降って地固まるか…」
今夜の襲撃も、悪いことばかりではない。ごく自然に肩を抱いていた雪穂の横顔を見ながら絵里は思った。
絵里「さ、向こうで飲み直しましょうか」
- 333: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 01:13:57.50 ID:7R/HaOL8.net
- ・
・
・
雪穂「じゃあ、いきますよ…」
絵里「…ええ、来て」
絵里「もっと上よ…そう、そこ」
雪穂「えいっ」
パシッ
絵里「おおっと、今のは中々よかったわ。じゃあ次は左ね」
雪穂「ええいっ!…うわっとっと」
- 334: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 01:15:49.18 ID:7R/HaOL8.net
-
絵里からボクシングの構えの手ほどきを受けていた雪穂は、打ち込みの際に勢い余って彼女の手の中に倒れ込んだ。
護身のためという建前ではあったが、お互い酒が入っていたこともあってほとんど戯れの延長、はっきり言えばじゃれ合いとそう変わらない。
雪穂「あははははははっ。こんなに楽しいのは久しぶりかも」
絵里「私もよ。あともうちょっと高めに構えた方がいいわね、こんな感じに」スッ
雪穂「はれ……エリーチカさん手首にタトゥー入れてるんだ。気付かなかった」
絵里「ああこれ…普段はリストバンド嵌めてるから。刺青してる女はキライ?」
雪穂「んー…普段だったらイキッてるみたいで良く思わないんだけど……今はなんか格好よく見える!」
雪穂「これ、面白い図形ですね。ピラミッドの真ん中にホルスの目……絡みついてるのはウラエウスかな?」
絵里「意味はよく分からないわ。色々あって、一時期カイロで孤児してたことがあってね。その時保護者代わりになってくれた人に入れられたのよ」
雪穂「孤児…苦労を重ねて来たんですね……ああ、KKEってそういう…」
絵里「いや違うわよ? さ、ツマンナイ話はおしまいにして、もう一杯飲みましょうか」
- 335: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 01:17:25.74 ID:7R/HaOL8.net
-
雪穂「駄目ですよぉ…私あんまり飲めないの。だからお姉ちゃんと違って、勧められてもきっぱりノーって言える女だもん」
言いながら脇のボトルスタンド――寝息を立てる穂乃果の腕から酒瓶を引っ手繰って一口飲むと、また戻す。
絵里「……確かに。あなたはお姉さんと違って、分かりにくい人ね」
雪穂「ああ、分かります。かしこいかわいいエリーチカさんが何を考えてるか分かりますよぉ。こう思ってるんでしょ?」
程よく出来上がった酔っ払いに特有の微妙に支離滅裂な調子で、身体を揺らしながらとりとめなく喋り続ける。
雪穂「私みたいな場違いな女が何でここにいるのーって? それはですね……私にもエジプトと冒険家の血が流れてるから」
絵里「へえ?」
雪穂「お父さんは物静かな考古学者で、お母さんは快活な探検家」
雪穂「二人ともイギリス人だけど、それぞれサムライとエジプト人の血がちょっとずつ混ざってて」
雪穂「そうそう、二人はあのツタンカーメンの発掘にも貢献したんですよ?」
雪穂「その後すぐ事故で死んじゃったから、散々呪いだーとか書き立てられたけど。そんなはずないじゃんバーカ」
絵里「成程ね…色々合点がいったわ」 - 336: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 01:18:48.23 ID:7R/HaOL8.net
-
絵里「そんなご両親から生まれたのがあなた達。ある意味必然よね」
雪穂「あはは! 馬鹿にしてるんですか? ギャンブル狂のサギ師と、資料整理しか仕事のないネクラ女ですよ」
絵里「いえ、そういうわけじゃ…」
雪穂「そりゃ確かにぃ! 私は探検家でも、冒険家でも、トレジャーハンターでも」
雪穂「ましてや女たらしのガンマンでもないです。エリーチカさん、あなたのようなご立派さんじゃないですけどぉ!」
絵里「いや知ってる? 世間では私みたいなやつをロクデナシって言うのよ」
雪穂「でもぉ、そんなの関係ない、いいんですぅ。私は、私の仕事に誇りを持ってますから!」
絵里「そうなんだ。で、あなたは何者なの?ユキホ・コーサカさん」
雪穂「私は…私は……司書!」
雪穂「そう、世界一の司書だ! 毎日ホコリまみれの! うわはははは」
絵里「ついでに酔っ払いのね、うふふ」 - 337: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 01:20:19.51 ID:7R/HaOL8.net
-
雪穂「あっははははは………はぁ」
雪穂「………ねえ。突然なんだけど、急にしたくなっちゃった」
絵里「…何を? トイレなら付き添うけど」
雪穂「分ってるくせに。キス、したくなっちゃったの。チュウじゃなくて、キス」
絵里「ホントに突然ね。まあこっちの準備は出来てるけど」
絵里「あなたは、後悔しないの?」
雪穂「もう決めたの。今からエリーチカさんにキスするから、逃げないでね」
絵里「それ、ちょっと変な感じ」
絵里「エリーって呼んで。一生に一度の、シリアスな場面だし」
雪穂「うん、わかった。エリー…エリー…絵里さん」
何度も名前を囁きながら、彼女はゆっくりと顔を近付け…
雪穂「んん〜」パタリ
唇と唇が触れ合うすんでのところで、崩れ落ちるように絵里の胸に顔を埋め、のんきな顔ですうすうと寝息を立て始める。
絵里「フ…」
名残惜しさを感じつつも、絵里は残された最後の三大欲求に従って、彼女を抱きすくめたまま眠りに落ちた。 - 338: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 01:20:58.94 ID:7R/HaOL8.net
- KKEスペシャル
ドキュメンタリー【ハムナプトラへの招待〜ミイラ再生〜】
Next:#6「サイヤクノトビラ」 ラブライブ!× ハムナプトラ -失われた砂漠の都- - 344: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 16:02:46.10 ID:7R/HaOL8.net
-
―――――――――――――――
――――――
――
「うああああああああああああ!!!!!」
目覚めは突然に、そして乱暴に訪れた。
「ぎゃああああああああああ!!!!!!」
その寝起き顔の凄まじさに、自分の周りで誰かが絶叫していた。
「ああああああああぁぁぁああ!!!???」
三千年ぶりの娑婆の空気。
しかしそれを満喫するには、足りないものが多すぎる。
肺も心臓も無い、空っぽの胸で“それ”は考えた。
真の覚醒までは、あと幾つ――?
- 345: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 16:04:55.75 ID:7R/HaOL8.net
-
時間は少し巻き戻って――
雪穂「ああ、どうしよ興奮する! 目の前で棺を開けるなんて!」
穂乃果「雪穂ーあんま大きい声出さないで…頭に響くから」
もう二日目の夕方に差し掛かろうという頃なのに、コーサカ陣営の収穫は
未だラッキーショットで撃ち落としたネームレス・ワンの棺だけ。
遅めの起床の後、二日酔いとそれに伴う記憶障害に苦しみながら、
重い重い石棺の蓋をどうにかこうにかこじ開け除けるのに数時間。
中から粗末な作りの木棺(これもブロンズ製の錠付きだった)が姿を現すと、
いよいよ雪穂のはしゃぎっぷりはクリスマスの朝の子供のそれと変わらなくなった。
雪穂「だってだって、お姉ちゃんも知ってるでしょ。私はこの瞬間に立ち会うのが小さい頃からの夢だったの!」
絵里「きっと変な子供だったんでしょうね」
穂乃果「そうなんだよ、分かる?」
蜘蛛の巣と埃しか装飾品のない棺を見て、姉の方は心なしか気落ちしているよう。
しかし妹はそんなことお構いなしといった様子で、素手でそれらを掃いながら熱心に木蓋の表面を撫でまわした。
雪穂「――ない」 - 346: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 16:10:01.17 ID:7R/HaOL8.net
-
雪穂「蓋に刻まれてるはずの、聖なる祈りの呪文が全部削り取られてる…」
絵里「また嫌がらせ? 古代エジプト人ってとことん陰湿だったのね」
雪穂「ここまでやるなんて……陰湿を通り越して、むしろ恐れを感じます。彼らはこの中身を畏怖していたんでしょうか」
雪穂「本来ここには、棺の死者を護って来世に導いてくれる象形文字があるはずなの」
雪穂「それすら奪われてるってことは、この人はこの世でもあの世でも有罪、ずうっと罪人の判決を下されたんだ」
絵里「泣けるわね」
穂乃果「懲役三十世紀かぁ。息の詰まりそうな話」
絵里「じゃあそろそろこの中身に新鮮な空気を吸わせてあげましょう。鍵を開けるわよ」ギギギ…ガチャ
プシュウウウ…!
穂乃果「うわくっさ!ミイラの吐息くっさ!ネガティブが溢れ出してるよ!」
絵里「何かが引っかかってるみたい。蓋がちょっとしか開かないわ」
雪穂「絵里さんは右、お姉ちゃんはそっちを持って。あとは力任せにこじ開けるしかないね」
穂乃果「どーか金の枕と銀のパジャマと胴のオムツが入ってますよーに…」
絵里「いくわよ、いっせーの」グググ
雪穂「…」ドキドキ
穂乃果「ふぐぐぅ」ギギィィ
ギギ…キィィィィィ―――
バカアアアアアアアアアア!!!!!!!
- 347: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 16:13:47.82 ID:7R/HaOL8.net
-
花陽「げほっげほっ」
にこ「ごほっ…ほらね、私の言った通りなんにもなかったでしょ?」
一方で、その真上――アメリカ人グループの発掘も、順調かといえばそうでもなく。
もはや片手で数えられるほどの人数を残すのみとなったカンジャらの説得に半日を費やし、
どうにか契約の続行を了承させたものの。
今にも逃げ出してしまいそうな彼らの手でアヌビスの足元から
恐る恐る取り出された正方形の櫃が床に降ろされると、まるでそれを避ける様に周囲の砂と埃が舞い上がった。
凛「罠は昨日ので最後だったみたいだね」
真姫「いえ、油断は禁物よ」
希「そうよ。十分用心せんと…」
花陽「希ちゃん…? 震えてるの?」
凛「ここ暖房ついてないからねー」
希「ウチには分かるんよ……嫌な予感がする。きっとその櫃は呪われてる」 - 348: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 16:17:32.17 ID:7R/HaOL8.net
-
にこ「へんっ、今時そんなメーシンにひっかかるやつがいるもんですか。レーカン商売は別の所でやってくれない?」
希「古代の呪文や祈りを馬鹿にしたらいかんよ…?」
希「こういう神聖な場所では、今なおそのスピリチュアルな効力が生きてることが多々あるの」
にこ「あーはいはい、分かったわ。真姫、その蓋に何て書いてあるのか訳してくれる?」
真姫「……『この櫃を開けしものには速やかに、死が翼を広げて襲い掛かるであろう』」
……クオオオオオオオオオ―――キキッ…
コゴゴッ…
労働者ズ「マキチャン!?」
真姫「今の音は――?」
―――ビュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!
- 349: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 16:18:56.13 ID:7R/HaOL8.net
-
労働者ズ「マキチャン! マキチャアアアアアン!!!!」ダッ
花陽「あ、ちょっと」
ダッダッダッダッダッ…
凛「行っちゃった…」
にこ「ふ、ふん…何よビビリ共。私たちだって風を読めるんだから、風が空気を読むことだってあるでしょうに」
真姫「……あなたっていっつもどこかズレてるわよね」
真姫「おかしいと思わないの? 地下で突風が吹くなんて」
にこ「…!」
希「やっぱり呪いよ……それは呪われてる……ここにいたらいけない」
- 350: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 16:20:25.64 ID:7R/HaOL8.net
-
真姫「続きを読むわね…『封印されし彼の者死者に非ず、不死者なり』」
花陽「アンデッド…?」
真姫「『もし目覚めることあれば、聖なる掟によりこの呪いを完結する』」
凛「じゃあ起こさないようにしなきゃ」
真姫「『不死者は櫃を開けたもの全てを取って喰らい、その内臓と体液を貪るだろう』」
にこ「!?」
真姫「『――さすれば彼の者再生を果たし、もはや不死者でもなくなる』」
真姫「『すなわち、災厄そのものとなって、この世に終わりのない悪疫をもたらすであろう――』」
グルルルルル……
――オオオオオオオオオオオオオオオ…!!!!
- 351: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 16:22:03.60 ID:7R/HaOL8.net
-
にこ「にっこにっこにー!!!!」
花陽「にこちゃん?」
にこ「バーカ! どこの誰が演出してんのか知らないけど、無駄よ無駄!! いい加減観念なさい!!!」
にこ「既に身ぐるみ全部ひん剥かれて、残ったパンツ一枚を死守するためにその表面に精一杯の脅し文句が書いてある。これはそういう状況よ」
花陽「にこちゃんの言う通り、私たちも手ぶらじゃ帰れません。これは何とかしてもらっていかないと」
凛「手ブラって…裸なのは向こうだよかよちん」
希「……駄目」
真姫「希?」
希「呪いよ……もう駄目、恐ろしくてここにいられない……呪いに気を付けて」
にこ「ちょっと、アンタ私の話聞いてた?」
希「警告したからね!? ウチもう知らんよーーーーーー!!!!」タッタッタッタッ…
- 352: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 16:23:13.83 ID:7R/HaOL8.net
-
にこ「ちっ、小心者…」
花陽「それで、本当にもう罠は無いんでしょうか」
真姫「この呪い自体が罠よ」
真姫「これはあなた達の銃の安全装置と同じ。ひとたび解除してしまえば、あとはもう撃発するのみ。その引き金はこの蓋を」
凛「だったら安心だね」ガッ!
最後まで言い終える前に、真姫の脇から凛がバールのようなものを櫃の継ぎ目に突っ込んで蓋をこじ開けてしまった。
彼女の銃にセーフティなどついていないのだ。
ブフォア!!!!
あっという間もなく櫃の内から大量の白い噴煙が吹き出し、四人の身体を包んだ――
- 353: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 16:24:59.78 ID:7R/HaOL8.net
-
雪穂「うああああああああああああ!!!!!」
穂乃果「ぎゃああああああああああ!!!!!!」
絵里「ああああああああぁぁぁああ!!!???」
雪穂「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
穂乃果「おわあああああああぁぁぁぁぁ……はぁはぁ」
絵里「叫ぶのにも疲れたわ…」
穂乃果「死体にびっくりして寿命が縮んでちゃ世話ないよね」
絵里「で、なに。これが……ミイラ、なの?」 - 354: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 16:26:28.96 ID:7R/HaOL8.net
-
“それ”は、棺の蓋が開くと同時に飛び出してきた。
弁当箱の裏蓋にくっついた海苔よろしく、“それ”の全身にへばり付いた黒く粘り気のある包帯の切れ端が
棺の上蓋にも張り付いて中身を引きずり出したのだ。
古のビックリ箱と真正面からご対面した雪穂は、生っぽく水気のあるその中身とあわやキスする寸前だった。
雪穂「何か色々と、とんでもなく間違ってるよこれ…」
雪穂「だって、三千年前のミイラなんだよ? それなのにこれ、これ…」
ほのえり「ジューシー?」
雪穂「うん、言いたいことは分かる。焼く前のハンバーグ肉みたいだ、べちゃべちゃに湿ってて…」
雪穂「まだ腐敗してる最中って感じ。とても信じられないことだけど」 - 355: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 16:27:53.54 ID:7R/HaOL8.net
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改めて、まじまじとその“名無死体”を観察してみる。
通常、天辺から爪先まで丸ごとカラカラに乾燥した干物標本であるはずのミイラの肉体は、
無数の枯れ枝を編んで形作った骨格に、湿り気のある肉の残滓がこびり付いているような有様になっていた。
詰まる所、全身スカスカの虫食いだらけなのだ。
これではミイラというより、肉の切れ端で出来たぼろきれを纏った骸骨である――
鼻をもぎ取ってしまいたくなるフレッシュな腐臭を放ち続けているというオマケつきの。
右頭頂部は大きく欠損していた。
生前、何かの事故に遭った遺体の線も捨てきれないが、奇妙なことに断面の骨は外側に向けて反っていた。
まるで内部から破裂でもしたように。
普通は安らかな眠りを連想させるようにミイラの瞼は閉じられているものだが、
この超黒歴史級の嫌われ者の両眼は見開かれ、その中は虚ろな空洞となっている。
その形相は凄まじく、こちらもまた限界まで全開になっているばかりか、
あり得ない方向へひん曲がってほとんど外れかけている下顎が、
雪穂には死してなお、この遺体が苦しみに叫喚し続けているように思えた。 - 356: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 16:32:50.54 ID:7R/HaOL8.net
-
絵里「ねえ、中身もいいけど蓋の内側も凄いことになってるわよ」
穂乃果「うわっ、金の内張りどころか至る所血の痕でいっぱいだ。それにこの亀裂みたいなのは…」
雪穂「…爪で引っかいたんだと思う」
雪穂「こんなにボロボロになるまで……この人は生き埋めにされたんだ」
絵里「……」
穂乃果「そーいえば絵里ちゃん、こういうのは平気なの?」
絵里「こちとら戦場帰りだからね。酷い死体はいくつも見てきたわ…流石にあんなのは初めてだけど」
絵里「私が怖いのは目に見えないものよ。霊魂とか死者の念とかそういう……ああやだもう、話したくない」ブルッ
穂乃果「まあ安心してよ。穂乃果もアマチュア考古学者の端くれだからミイラとは仲良しなんだけどさ、この子たちが動いたところなんて見たことないね」
穂乃果「この前も雪穂を脅かそうと思って博物館の棺に潜り込んだんだけど、気が付いたらミイラの隣で一緒に寝ちゃってて…」
雪穂「そんなのどうでもいいからここ見て、ほら。引っかき傷でメッセージが刻んである」
穂乃果「へえ〜これが。で、意味は? 辞世の句? それとも自分をこんな目に遭わせたやつの名前を書いたダイイングメッセージかな」
雪穂「聖刻文字じゃなくて神官文字で書いてある…なになに」
雪穂「『――死は、単なる始まりに過ぎない』」
- 357: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 16:34:00.49 ID:7R/HaOL8.net
-
――
――――
シュウウウウウウウウウウ……
花陽「ゲホッゲホゲホッ…!また、埃が…!」
凛「分かった…! この埃で凛たちを病気にして殺す気なんだよ……数十年後に」
にこ「呪いの正体なんてそんなものよね――で、何が出てきたのかしら」
真姫「これは…」
真姫「――本よ」
にこ「本んっ!?」
真姫「凄い、本当にあったんだ…!“黒の死者の書”!!」
凛「……それで、お宝は?」
真姫「あなた達にはこれの価値が分からないの? これこそが宝よ!」 - 358: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 16:36:04.53 ID:7R/HaOL8.net
-
花陽「と、言われましても…」
にこ「私たちが欲しいのはもっとこう、分かりやすいお宝よ。金とか宝石とか、とにかく光り物」
凛「ねえこの箱。底の方にまだ何か入ってるんじゃない?」
花陽「確かに。本の厚さと櫃の大きさが釣り合ってないよね。調べてみる価値はあるよ、何かで底蓋を外して…」
にこ「んな面倒なことしなくても、手っ取り早くこうすればいいのよ」ブンッ
真姫「あ、ちょっと…!」 - 359: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 16:36:53.71 ID:7R/HaOL8.net
-
ガツッガツン! パキン…!
昨晩の負傷で包帯を巻いた腕の代わりに、にこの足で乱暴に櫃の側面に穴が空けられ、そこから顔をのぞかせたのは。
凛「……わぁ」
にこ「ほぅら見なさい。思った通り」
人、山犬、狒狒、隼を模り、アラバスタ―製の本体に無数の宝玉を散りばめたカノプス壺一式。
宝の隠された秘密の小部屋とは、この台座に収められた櫃そのものを指していたようだ。 - 360: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 16:38:13.27 ID:7R/HaOL8.net
-
凛「丁度四つあるから、ここにいる凛たちで山分けできるね」
否、正確にはもう一つ。
櫃の真ん中に、獅子の頭と割れた底部だけが残った五つ目の壺の残骸があった。
宝玉が埋め込まれているはずの胴体部分とその中身は、櫃をひっくり返しても見つからなかった。
にこ「これ、希に持っていってあげようかしら」
小馬鹿にするように、獅子の頭を掌にのせて転がすにこ。
それを横目に見ながら、真姫は至って真剣にその正体を考察していた。
真姫(妙ね、普通内臓を納めるカノプス壺の数は四つと決まっている)
真姫(胃に小腸、肺と肝臓。壺が五つ入ってたなんて聞いたことがない…) - 361: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 16:39:03.40 ID:7R/HaOL8.net
-
真姫(もちろん、黒の死者の書と一緒に見つかったんだから、これが前例のない大発見だってことは承知してる)
真姫(わざわざ壊れた中身のない状態で入っていたのも気になるわ。これの意味するところは…)
真姫(封印された悪しき者の臓器……もし私が古代の神官なら、この壺に何を納めようとする?)
にこりんぱな「あそぼー初めましてのハッピチュン♪ あそぼー君と僕とがであう〜♪」
真姫(また肩組んで歌ってる。これだから田舎者って……嬉しいのは分かるけど、今はちょっと静かにしてもらえないかしら)
にこりんぱな「始まる―よおいで、リッスントゥマイハート〜♪」
真姫「…!」
真姫(ハート…まさかね) - 362: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 16:39:38.32 ID:7R/HaOL8.net
-
真姫(古代エジプトでの心臓はまさにハート。脳ではなくここでものを考え、感情を司り、魂すら宿るとされていた最重要器官)
真姫(あの世で転生できるかどうかを決めるオシリスの審判を受ける際に必要だから、取り出されずにミイラの体内に残されていた)
真姫(もし…もしもだけど、死ぬほど蘇らせたくない人がいたとして、手っ取り早い方法は…)
真姫(あらかじめ心臓を除去して、そのまま破棄してしまうこと。やだ私天才? いやそうなんだけど、これだと面白いように全部辻褄が合っちゃう)
真姫(壺の頭が獅子なのも――セクメト。ライオン頭の死と破壊を司る殺戮の女神)
真姫(不吉の象徴……本当に呪われし者の臓器なのね。希の言ってたことも、あながち間違いじゃ…)ドクンドクン - 363: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 16:41:28.97 ID:7R/HaOL8.net
-
花陽「真姫ちゃん…? 顔が真っ赤だけど、どうしたの?」
真姫「え…ええ、平気よ。ちょっと汗かいちゃって…」
凛「トマト食べる?」
真姫「そうね…トマトを食べると心拍が落ち着くし、血圧も下がる……気がするわ」
にこ「興奮するのも無理ないけど、こんな所で心臓発作でも起こして倒れてちゃ損よ。まだまだお宝はあるはずなんだから」
にこ「そんでもって、私たちは帰ったら大金持ちってわけよ!」
凛「ねー?」
真姫「……」
- 364: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 16:42:37.83 ID:7R/HaOL8.net
- ・
・
・
パチ…パチパチ ボォォォ
にこ「ってワケでぇ、にこたちは幸先のいいスタートを切ったわ」
にこ「あー早く明日にならないかしら。更なるお宝を掘り当てるのが待ち遠しい…」
花陽「♪」ゴシゴシ…キュッキュ
凛「かよちんずっとそれ磨いてるにゃ」
花陽「ふふっ、凛ちゃんは後でね」
穂乃果「いいなぁ…いいなあ」
にこ「欲しいわよね? でもダメー。流石にこれ盗ろうとして撃ち殺されても文句言わないでよ」
凛「そういえば穂乃果ちゃんたちもミイラを見つけたんでしょ。濡れ濡れだったんだって?」
にこ「乾かせばマキ代わりに売れるわ。良かったじゃない」
絵里(すっかり浮かれ気分ね…無理もないけど)
穂乃果「そういえば真姫ちゃんは?」
希「キャンプに戻ってからずっと自分のテントに籠ってるんよ。あの石で出来た本を開こうとして悪戦苦闘してるみたい」
花陽「黒の死者の書、でしたっけ。花陽も触らせてもらったけど、表紙が閉じたままうんともすんとも言わないんです」
花陽「蝶番があるから、開くように設計されてるとは思うんですけど…」 - 365: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 16:45:01.03 ID:7R/HaOL8.net
-
雪穂「私もちらっと見せてもらいましたけど……あれを開けるには鍵が必要だと思いますね」
にこ「鍵…? 何か知ってるの?」
雪穂「……あ、いえ。単なる憶測で、それ以上のことはないですよ」
雪穂「それと、私たちが棺の中で見つけたものはもう一つあるんです」ジャラッ
凛「何それ、石?」
雪穂「に、見えますよね。これ、スカラベの死骸。虫ですよ、石化した」
穂乃果「雪穂それ持ってきたんだ…」
花陽「その虫知ってます。ファーブルさんの本に載ってましたけど、でもそこで見たのとは大分形が…」
雪穂「超古代のスカラベですからね。私たちの知ってるのとは姿が違って当然かな」
雪穂「このスカラベは糞じゃなくて肉を食べるんです。これが沢山棺の中に入ってたということは…」
花陽「ひっ」
にこ「死体の肉を食べさせてたの? 酷いことするのね」
絵里「いえ、それがどうもまだ生きてたらしいの。棺に入れられた時点では」
花陽「ひゃあああ」
凛「えげつねえにゃ」
絵里「よっぽど人に好かれる人間じゃなかったみたいなのよ…誰かさんみたく」
穂乃果「でもスカラベには好かれる……くふっ、ぷぷぷ」
凛「ちょっ寒にゃ。誰かもっと木の枝とってきてー」
希「そんな人間にはなりたくないわぁ」 - 366: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 16:46:35.23 ID:7R/HaOL8.net
-
にこ「一体何をどうしたらそこまでの人気者(アイドル)になれるのかしらね。参考までに教えてくれない?」
絵里「王様の女に手を出したんじゃないの」
希「それはエリちの場合でしょ」
絵里「はは、こいつめ」ワキワキ
希「い、今ワシワシはあかんて…みんな見てるのに」
雪穂「」ムスッ
雪穂「…経緯は分からないけど、棺には“ホム・ダイ”の刑に処されたと刻まれてました。これがヒントになるかも」
穂乃果「なーんか私が死んじゃいそうな名前だね…」
雪穂「これは神々や神聖なものに対する許し難い冒涜を働くという最悪の罪を犯した者に対する極刑中の極刑で……ホントだ、お姉ちゃん当てはまるじゃん」
穂乃果「これからは展示品のミイラで遊ぶのやめます、はい」
雪穂「でもね、実際に行われたっていう記録は発見されてないんだ。今まではね」
絵里「そりゃこれだけ惨ければね…気軽にやるもんじゃないわ」
雪穂「理由はそれだけじゃないの。この刑は呪いを伴う禁断の儀式でもあったから……古代の人はそのリスクを恐れたんだ」
希「人を呪わば穴二つ。まあ順当な話やね」
雪穂「もしホム・ダイに処された者がそれを耐え抜いて再び目覚めるようなことがあれば、エジプトに十の災厄(わざわい)をもたらす怪物となって再生するんだって」 - 367: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 16:55:24.24 ID:7R/HaOL8.net
-
絵里「…」ブルッ
雪穂「なーんて、よくある呪いの脅し文句だけどね。死者が蘇えるなんてまず有り得ないっつーの」
花陽(ねえ、今の話って)ヒソヒソ
にこ(真姫の言ってたあれのことよね)ヒソヒソ
凛(この壺の中に入ってるのがそのミイラの肝ってこと?)ヒソヒソ
雪穂「あれ? 皆さんどうかしました?」
希「ん。こっちの話よ……おっ。そろそろええ感じに焼けてきたわ♡」パチパチ
雪穂「さっきからそれ、何を焙ってたんです?」
絵里「…ネズミよ。砂漠じゃ最高級のタンパク源だわね」
雪穂「ふーん……後でちょっとわけてもらってもいいですか? お腹ぺこぺこで」
穂乃果「雪穂…立派に成長して」ウルッ
花陽「えぇ…」
にこ「……凛、あんたも食べたら?」
凛「全力でのーせんきゅー!」
絵里「さて、いい感じにテンションダウナーとなってきたところで今夜は解散にしましょうか」
- 368: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 16:57:04.02 ID:7R/HaOL8.net
-
――それから数時間経って、誰もが死者のように寝静まった頃。
林立するテントの中でもひと際大きい、サーカス風の形状かつちょっとした小屋ほどの広さがある赤い寝床で、
一人かすかな寝息を立てている真姫に近付く影があった。
不用心にも(それとも自分の手から放したくなかったのか)右手に狒狒のカノプス壷。
そして左手には大判でずっしりと重量のある死者の書を抱えたまま、無防備な寝姿を晒している彼女から、
こっそりと素早く、実に鮮やかな手並みで“お宝”を取り上げたその影は、
足早に自分のテントの近くに熾した焚き火の所へ駆け戻ると、
服が汚れるのも構わず砂の上に胡坐をかいて、逸る気持ちに身を委ねながらその膝に戦利品を載せた。 - 369: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 16:58:46.05 ID:7R/HaOL8.net
-
絵里「そーいうのは泥棒っていうのよ」
雪穂「!」ビクッ
雪穂「…起きてたんですか」
絵里「見張りを立てるって言ったでしょ。私の番よ」
雪穂「ああ成程…でもこれはちょっと借りたってやつです。後でちゃんと返しますから」
絵里「イケナイこと教えちゃったみたいね」
雪穂の太ももの上では姉とライバルの学者から拝借した二品。
すなわちパズルボックスの鍵と死者の書が、
興奮を抑えきれない彼女の内心に感応して小刻みに揺れていた。
雪穂「表紙にある八角形の窪みには、絶対これが嵌るはず……ほら、ビンゴ」カチッ
絵里「それ、アヌビスの足元で見つけたのよね。でもどう見たって、お目当てのアメン・ラーの書には見えないわ」
雪穂「黒の死者の書とか言ってましたけど。聞いたことがないです……重要なものには違いないけど」 - 370: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 17:00:48.24 ID:7R/HaOL8.net
-
絵里「物騒な名前ねぇ…またオカルト関係? 怖い話はやめてよね」
雪穂「えーっと、まず普通死者の書っていうと、遺体と一緒に埋葬されてる葬祭文書のことを指すんですけど」
雪穂「絵と聖刻文字とで、死んだ後あの世へ行って、それから楽園に至るまでの道のりが描かれてる、まあ日本でいうお経みたいなお供え物のことです」
雪穂「書っていうけど実物はパピルス製の巻物なの。でもこれは黒曜石から削り出されてる…この時点で普通のものじゃないって分かるよね」
絵里「案外見られると恥ずかしいことが書いてある本だったりしてね。厳重に鍵をかけるくらいだし」
絵里「例えばそうね…ファラオのナンパした女の子リストとか」
雪穂「…もう、絵里さんって年中そんなことばかり考えてるの?」
絵里「冗談よ。拗ねないで」コチョコチョ
雪穂「わっぷ、鼻をくすぐらないで…くはははっ」
絵里「で、やっぱりそれ開けちゃうのよね。私は、出来ればよした方がいい気もするんだけど」
雪穂「だって、只の本ですよ? ちょっと読んでみるだけです…ちょっとだけ…」ギギギ…パチンッ
雪穂「よいしょっと…表紙が重いなんて不便な本だなぁ」パタン
ビ ュ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ……
- 371: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 17:02:05.44 ID:7R/HaOL8.net
-
雪穂「………」
絵里「……風が騒がしい夜ね」
雪穂(心なしか、表紙を開いた途端中から風圧を感じた気もするんだけど……疲れてるのかな)
絵里「あら、焚き火が消えちゃったわ」
雪穂「――ミツメテイタイノ・マイニチアナタヲ。ミツメテイタイノ・アサカラヨルマデ」
絵里「読み聞かせされても、古代エジプト語はさっぱりよ。何言ってんのか分かんない」
雪穂「今のは昼と夜について書かれた言葉です」
絵里「ふーん…」
雪穂「ムカシノ・ムカシノモノガタリ、デンセツノキュウーデンデ…」
- 372: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 17:06:34.92 ID:7R/HaOL8.net
-
――
――――
――――――――
『コイシタ・コイシタトノガータ』
『アアーッカエラナイー・サダメナノヨ』
『コヨイノ・コヨイノモノガタリ…』
『デンセツーガ、ヨミーガエル……』
≪――――ウ≫
≪ ヴ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ ォ゛ ォ゛ ォ゛ ォ゛!!!!!!!!!≫
- 373: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 17:08:30.98 ID:7R/HaOL8.net
-
えりゆき「――!!??」
雪穂「絵里さんも――今の叫び声聞こえました!?」
絵里(何、今の、まるで肉食獣…ライオンの咆哮――こんな砂漠にライオンが? 馬鹿な…)
「駄目ええええええええええええええええ!!!!!」
雪穂「真姫さん…?」
真姫「それを声に出して読んじゃ駄目なのよおおおおおお」
- 374: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 17:10:28.19 ID:7R/HaOL8.net
-
希「はっ――何、この悪寒は!?」ガバッ
希「何か、とてつもなく悪いことが起きてる感じがする…」
穂乃果「んごっ……ん゛ーーなんの騒ぎだよぉもう」
労働者ズ「マキチャン…?」
凛「……真姫ちゃんの声が聞こえたよ」ゴシゴシ
にこ「変な夢でも見て飛び起きたんでしょ……でっかい声出しちゃって、大げさなんだから」
花陽「あの……まだ何か聞こえない?」
――ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ
雪穂「地鳴り…? また黒装束の人たちが来たの?」
絵里「いえ、地面が振動してるわけじゃないわ。でもこの感覚…」
絵里「空気が揺さぶられている…」 - 375: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 17:12:34.33 ID:7R/HaOL8.net
-
ヴヴヴウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン
キチキチキチキチキチキチキチキチ……!!!!
にこ「な、何よぉ…飛行機でも飛んでるの?」
シリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリ
花陽「いや、この音…もっと生っぽいっていうか」
真姫「………死よ」
真姫「死が翼を広げてやって来たのよ…!」
- 376: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 17:14:58.00 ID:7R/HaOL8.net
-
真姫「あれを見なさい!!!」
絵里「……!」
シリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリ
ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリ
シリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシギギギシリシリ
シリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリ
シリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリ
シリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリ
シリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリ
シリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリキチチチチチチチチチチチシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリ
シリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリ
シリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリ
シリシリシリシリギギギギシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリ
シリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリ
真姫が指さした方角の空を、その言葉通りの凶兆を翅に乗せた暗黒の軍勢が覆い尽くしていた。
不毛の世界で唯一豊穣に満ち満ちた星空の宝石箱をも貪欲に喰らい尽くして広漠とした砂漠色に塗り替えるだけでは
まだ足りず、そのままの勢いで死者の都の分厚い正門を乗り越え、広場に大津波のように押し寄せる厄災の先達。
穂乃果「イ……イナゴの群れだあああああああ!!!!」
- 377: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 17:17:56.69 ID:7R/HaOL8.net
-
希「ひっ、ひえーーーーーーー」
絵里「みんな走って! 神殿の中に逃げるのよ、早く!!」
真っ先に逃げ出した希と、ほぼ同時に雪穂の手を引きながら強引にひた駆ける絵里、少し遅れて穂乃果が。
にこ凛花陽も我先に神殿の入口を目指し無我夢中、その後を雇い人たちが縋るように追従していく。
「マキチャアアアアアアアアア!!!!!!」
駆け出すのが遅かったカンジャが二人ほど、つぶての様に降り注ぐ虫害の渦に飲み込まれて、すぐに悲鳴もろとも翅音の中に消え失せた。
そんな周囲の惨禍などどこ吹く風といった様子で真姫は一人、皆とは逆方向によろよろと歩み出て、
広場に放置された開きっぱなしの死者の書の下へ辿り着くと、その表紙を静かに閉じた。
真姫「もう、手遅れよ…」
- 378: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 17:19:37.71 ID:7R/HaOL8.net
-
長閑やかだったつい先刻までを懐かしむように、
黒の禁書とカノプス壷を胸に抱きすくめて地蔵よろしく硬直した真姫の全身には、
忽ち無数の死を運んできたものどもが纏わりついて、彼女を新たな住処にしようと侵入経路を探し始めた。
一度解き放たれてしまった冒涜の群れは何をしても止められない――
ザッ…
真姫「……ぅ゛っおおェ!!ゲボッゲボッ!!!」
鼻孔の内を犯そうとする幾多の前肢の蠢く触感に思わず咳き込む彼女は、
すぐ背後に迫る新たな闖入者の黒い影に、寸前まで気付くことが出来なかった。
- 379: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 17:21:45.93 ID:7R/HaOL8.net
-
―――――――――――――――
――――――
――
絵里「どっから湧いて出たのよあのイナゴ軍団!!」
雪穂「違います…!正確にはイナゴじゃなくてバッタ!あれは砂漠に生息するその名もサバクトビバッタという種だよ!」
穂乃果「そんなのどっちでもいいよぉ! それより私たちこれからどこを目指せばいいの!?」
絵里「とりあえずひたすら下に降るのよ! 何とか虫をやり過ごさないと」
絵里「ここから先は地下道で暗くなってるわ。穂乃果、松明をつけて。でないと私進めない…」
穂乃果「へいへい。こんな時でも絵里ちゃんはマイペースで安心するよ」
絵里(見張り番だったから武器を全部持ってきちゃって重いったらないわ。両手も塞がってるし)
雪穂「イナゴじゃなくてバッタ……蝗害……?」ブツブツ
絵里「……ねえ。ひょっとしてこれが、寝る前に話してた十の災厄ってやつだったりするの?」
- 380: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 17:24:12.30 ID:7R/HaOL8.net
-
穂乃果「十の災いって聖書のあれでしょ? 日曜ガッコで習うやつ」
穂乃果「全部は覚えてないけど、イナゴだかバッタだかが飛んでくるやつは確かにあった気がするよ」
絵里「やっぱり、あのヤバそうな本を読んだことが関係してるのかしら…」
穂乃果「ん? 何の話?」
雪穂「そんなはずないです! たまたまこの時期バッタの大量繁殖シーズンだっただけですって!」
絵里「そ、そうよね……そうであることを祈ってるわ」
雪穂「現に、十の災いだってそのほとんどが科学的に説明できるんだから……きゃっ!?」
ドツン…!
グラグラグラグラ…
絵里「揺れてる…! 今度こそ地震?」
穂乃果「ね、ねえ…あそこ見て! なんか地面の砂がどんどん盛り上がっていってるんだけど…!?」
テケリ・リ!テケリ・リ!テケリ・リ!テケリ・リ!テケリ・リ!テケリ・リ!テケリ・リ!テケリ・リ!テケリ・リ!テケリ・リ!テケリ・リ!テケリ・リ!
絵里「お次は何だっていうの…?」
- 381: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 17:25:02.14 ID:7R/HaOL8.net
- KKEスペシャル
ドキュメンタリー【ハムナプトラへの招待〜ミイラ再生〜】
Next:#7「孤独なグル眼」 ラブライブ!× ハムナプトラ -失われた砂漠の都- - 383: おまけ(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 18:45:37.29 ID:7R/HaOL8.net
-
#5で花陽だけ活躍シーンがなかったので
凛(かよちんは、凄い子なの)
凛(普段から、かよちんは凛やにこちゃんに比べて自分一人だけが弱い、トリオの足を引っ張ってるって、申し訳なさそうに言う)
凛(でも凛はかよちんのイイトコロをいっぱい知ってるよ)
凛(日常のちょっとした可愛い仕草から、もちろん銃の扱いだって、そんじょそこらのガンマンじゃ相手にならないんだから)
凛(昨日の襲撃の時だって、凛たちに負けず劣らず大暴れしてたんだよ?) - 384: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 18:47:02.62 ID:7R/HaOL8.net
-
花陽(私は射撃が下手くそです。花陽の銃弾は全然当たりません)
花陽(私の裸眼は近視、遠視、乱視の三重苦)
花陽(でも眼鏡をかけていてもやっぱり当たらないので、単純に私の腕がへたっぴなんです)
花陽(だから少しでも当たる確率を上げるためにこうして二挺持ちしてるんだけど)
黒装束「ウララララララッ!!!!」
花陽「ひいいいいいいいいっ!!!!」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
黒装束「ララララララ――――ッ!!!!」
花陽「ソレデモヤッパリアタラナイヨォー!!」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
- 385: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 18:48:25.30 ID:7R/HaOL8.net
-
花陽(凛ちゃんやにこちゃんは他の相手に手いっぱい、あの敵は私がなんとかしないと――!)BANG!BANG!…ガチッ
花陽(弾切れ――補充を、隠れる、敵、避けなきゃ、どこに??)
にこや凛なら咄嗟の決断でもまずまずの解を出している局面だが彼女の場合はそうもいかない。
運動神経の鈍い花陽には考え、それを実行に移すに充分な時間が必要、そして今はその猶予がない。
頭を使わずに動くのは苦手な花陽が転がり込んだのは、あろうことか自分のテントの中――
黒装束「フン!」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
そんな所に逃げ込むとは愚かの極みなり、蜂の巣にしてやろう。
至近距離まで近付いてきた敵の二挺拳銃が火を吹き、テントは忽ち穴だらけになる。
一瞬の静寂。
- 386: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 18:50:03.70 ID:7R/HaOL8.net
-
――BANG!BANG!BANG!
黒装束「!?」
花陽「わあああああああっ!!!」BANG!BANG!BANG!BANG!
ぼろぼろの帆布の内より反撃が返ってきたことに敵は驚愕と同時に応射を。
黒装束「ヌオオオ!!!」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
花陽「やあああああああああ!!!!」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
黒装束「オオオォォォ――!!!」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
花陽「ぴゃあああああああああ!!!!」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
黒装束「カハッ――!」
やがて、その出鱈目な射撃の流れ弾が黒装束の眉間を捉えて血の花火を吹き上げる。
花陽「はぁ…!はぁ…!はぁ……ふーっ…」
上手かろうが下手だろうが数撃ちゃ当たる――今、この場でその法則が適用されたのは花陽だけ。
- 387: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 18:51:36.94 ID:7R/HaOL8.net
-
にこ「花陽の凄いところ? そうねぇ…」
にこ「真っ先に思い浮かぶのは声のデカさよ。いいえ、よく通る声って感じかしら。銃声に負けないくらいのね」
花陽「ぴやああああっ!!!ダレカタスケテー!!!」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
花陽「わーっ!わあああ!!! 凛ちゃん、にこちゃーん!!!」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
にこ「どんだけドンパチの音がうっさくてもあの子の悲鳴だけは聞こえてくるからねー」
にこ「あと何故か花陽には敵の弾が当たらないのよ。少なくとも一緒に組むようになってから、彼女が被弾したところを見たことないわ」
凛「逆ににこちゃんはよく貰うよね。この前なんかお尻にさー」
にこ「黙らっしゃい。で、わーわー泣き喚きながら銃ぶっ放してるうちに、相手の方が先に倒れるわけよ。敵からしたらたまったもんじゃないでしょうね」
- 388: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 18:53:02.77 ID:7R/HaOL8.net
-
花陽「ひあァーーーー!!! いやああアアーーー!!!」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
花陽「なんでぇー! こんなに撃ってるのにどうして当たらないのォ!!??」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
花陽「もォォォーーーー!! ギュうううううううううう」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
花陽「ううーーーッ!! 当たってええええええええええ」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
花陽「はっ…リロード忘れてた」
花陽「うぅっ、どうしていつもこう鈍臭いんだろ私…」カチャカチャ
凛(リロードはこまめにしないと、正念場で弾が無かったら命とりだもんね――て、かよちんは几帳面なオタクらしい意見を言う)
凛(でもたまに、かよちんがリロードを忘れてるんじゃなくて、かよちんの銃が自分の装弾数(キャパシティ)を忘れてるんじゃないかって思う時がある)
凛(かよちんの銃の弾倉はかよちんの胃袋と同じでシツリョー保存の法則?を無視してるのかな…)
凛(とにかく、こんなかよちんが弱いとか言うならその人の目は節穴だね。目の玉かっぽじってよく見てってよ、凛の一番の親友を!)
やれば出来る子!――次回、かよちんの活躍に括目せよ
- 390: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 23:57:56.59 ID:7R/HaOL8.net
-
にこ「うぎゃああああああああっぬわによこれえええええええええええ」
狭い地下通路にアメリカ人たちの悲鳴が木霊する。
自分らに馴染みの出入り口――絵里たちは例の隠し穴、にこたちは正面エントランス――から神殿内部に逃げ込んだ両組は、
当然ながら別々の逃走ルートを開拓しているわけで、そこにはそれぞれ違った種の災厄が待ち構えていた。
凛「やだやだやだやだやだ何これもおおおおおおおおおお」グチャグチャベチャッグチャ!
彼女たちの選択した進路上の床一面を、何かぬめぬめとした柔らかな塊が隙間なくびっしりと埋め尽くしていた。
その正体が数えるのも馬鹿らしくなるほどのカエルの大群だと気付いたのは通路を中ほどまで駆けた時。
何しろ夜空を覆い隠すバッタの嵐から必死に逃れるべく全力疾走の真っ最中。
足元に気を配る余裕などなく、靴底の感触に嫌悪感を覚え始める頃には既に引き返せない状況。
花陽「ぴゃあ!ぴゃっ!ぴゃあ!!ぴゃあああっ!!!」グチャグチャブチョブチョベチャリ!
飛び跳ねる様にしてカエルから逃れ、逃れた先でまた新たな生命を蹴飛ばし踏み付け、もう立ち止まることなど出来ない。
とにかくこの不快な絨毯が途切れる地点まで逃げ切るしかない――しかしどこまで行っても嫌がらせのように
カエルは通路いっぱいにみっちりと配置され、ゲロゲロ喧しく湿り気のある鳴き声を漏らしていた。
- 391: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 00:00:21.70 ID:eXdEIRMC.net
-
花陽「ぴゃあっ!! ぴやああああ…うわっ!!?」ズルッ
そんなこの世のぬめり気と粘り気を全てかき集めて凝縮したような足場に、
三人の殿を走っていた花陽が足を滑らせすっ転んだことに、
気が動転していた他の二名は気付くことなく駆けていってしまったのも無理からぬことで。
花陽「ひゃあああああぁぁ……メガネ……メガネはどこ?」
下敷きにしたカエルたちのおぞましい感触もさることながら、この状況で不明瞭になった視界に彼女は強いストレスを感じ、
気持ち悪いのも構わず必死にカエルの海を弄って、何処かへ飛んでいった眼鏡を探した。
花陽「凛ちゃん……にこちゃあん! 誰かいませんか!? 私のメガネ、近くに落ちてるはずなんです…!」
「マキチャアアアアアアアアン!!!!」
自分と同じくらいパニックに陥っているカンジャたちが、すぐ近くまで殺到してくる音が聞こえる。
花陽「お願い…! 誰か、誰か助けて…」
「マキチャン!マキチャン! マキ・チャーン!!」パキンッ
花陽「……!」
そして、その中の誰かがガラス製のレンズを踏み潰して走り去っていく音も――
- 392: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 00:08:06.62 ID:eXdEIRMC.net
-
TEKELI-LI!TEKELI-LI!TEKELI-LI!TEKELI-LI!TEKELI-LI!TEKELI-LI!TEKELI-LI!TEKELI-LI!
絵里「来る…!」
絵里たちの眼前で、隆起した地面から間欠泉の如き勢いで湧き出してきた黒い塊。
雪穂「蟲…古代のスカラベだ!」
それらはあっという間に大群をなし、三人の足元目掛けて洪水となって押し寄せた。
絵里「こんなのは聖書に載ってなかったわよ!?」
穂乃果「逃っげろおおおおおっ雪穂早く走って!」
絵里「くっ…!」DOOM!!ガシャコン DOOM!!
絵里の発射した散弾が蠢く人喰い蟲の先頭集団を吹き飛ばしたが、焼け石に水だった。
撃退を諦め、三人は死者の都の奥深く、未踏のエリアへと追い立てられるように駆け下りていく。
- 393: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 00:11:36.46 ID:eXdEIRMC.net
-
花陽「はぁ……はぁ……」
絶対的な孤独の中に、花陽は取り残されていた。
花陽(駄目なの……私は、眼鏡がないと…)
壁伝いに立ち上がるだけでも大変な労力だった。
極度に劣化した彼女の視力では、目と鼻の先すら霞がかった五里霧中の世界。
右も左もわからない、今の花陽は閉廊した古代のギャラリーに一人置き去りにされた幼子と変わらなく。
只でさえ覚束ない足元が、焦燥から来る恐怖に戦慄く。
こんな状態ではとても先に進むことなど――でもこんな場所からは一刻も早く抜け出したい。
花陽「……っ」
意を決して、彼女は勇気の一歩を踏み出した。
- 394: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 00:14:27.31 ID:eXdEIRMC.net
-
ぶちゅり、という破裂音。
花陽「うぅ……くっ……」
彷徨える亡者めいて片腕を突き出した花陽は、二度目の転倒を防ぐためにもすり足での歩行に切り替える。
もう一方の手を壁に添えると湿っていた。
泥汚れが滲んだような視界の中、カエルどもがゲコゲコ規則正しく喉を鳴らす不愉快な合唱だけが響いている。
感触といい、環境音といい、とても乾燥した地下通路にいるとは思えない。どこぞの沼地に放り出された気分だ。
花陽「――!」
だしぬけに、背後に何かの気配を感じ取って反射的に振り向く。
花陽「り、凛ちゃん…?」
キュ オ オ オ オ オ オ オ オ オ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ――………
通路の奥で、風の音とも人の呻き声ともつかぬ切なげな旋律が渦を巻いていた。
- 395: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 00:18:34.86 ID:eXdEIRMC.net
-
花陽「にこちゃんなの……? 返事をして!」
ハァ――!!
呼び掛けに答えるものはなく、代わりにまたしても背後の通路を、
今度は絶対に何かが横切ったのを確信した。
花陽「だ、誰…!?」チャキッ
――ガウッ!!
花陽「誰なのぉ…!」クルッ
バウッ!!!
猛獣が獲物を威嚇するような唸りが、前後から代わる代わる反響して彼女を弄ぶ。
花陽「ううぅ…!! ッ…くっ!!」
前後不覚に陥った花陽は涙目で銃を構えながら、その場で幾度も回れ右するのを繰り返した。
靴底の不快な感触がいつの間にか無くなっていることに気付く余裕もなく――
- 396: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 00:21:20.02 ID:eXdEIRMC.net
-
花陽「はぁ……!はぁ…!」
呼吸は荒く、視界は乏しく。
眼鏡さえあれば。
テントの中に置いてきたスペアの眼鏡があれば。
だが、すぐに彼女が視力の心配をする必要はなくなった。
グチャリ…
花陽「…!?」
銃を握った手の甲が、振り向いた先にいた何かに当たってその泥濘に沈み込んだ。
- 397: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 00:22:26.11 ID:eXdEIRMC.net
-
カエルたちが居なくなって乾きを取り戻した通路の中で、“それ”だけは未だ湿りぬめった存在だった。
花陽「あ………あああぁぁぁぁ……」
思い出したように鼻孔の奥へと飛び込んで来た饐えた臭いが、自分が一体何に手を突っ込んでいるのかを
彼女に自覚させるまでに、さほどの時間は掛からない。
花陽「ぴゃあ――――むぐっ!!!????」
悲鳴を上げようとする口を、おぞましい接吻が塞ぐ。
まるで肥溜めを啜っているような汚濁の食感に嘔吐しかける花陽の舌を、
ぎざぎざとした固いものが上下から挟み込んで――
- 398: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 00:23:54.38 ID:eXdEIRMC.net
- ・
・
・
雪穂「食べられるのは嫌ぁ!」
岩で出来た坂道を駆け上がりながら、泣き言を叫ぶ。
腹を空かした糞甲虫の群れはいよいよその勢いを増し、三人の靴の踵に触れる一歩手前。
絵里「高台に飛び移って!」
坂の途中、その両脇に降って湧いた安全地帯が。
左手に坂とは別の独立した足場が丁度二つ。右手には壁をくり抜いて作られた一段高い台座のような窪みが。
穂乃果「よっ、ほっ……!」
絵里と穂乃果が左、雪穂が右に一斉にジャンプ。
- 399: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 00:30:23.37 ID:eXdEIRMC.net
-
乱れた呼吸を整えながら、黒山の虫だかりが過ぎ去っていくのを呆然と見送る。 - 400: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 00:31:28.95 ID:eXdEIRMC.net
-
ややあって、最後の一匹が坂の向こうの通路へ消えるのを確認してほっと一息。
絵里「行ったみたいね……」
穂乃果「……雪穂?」
絵里「え…」
穂乃果「雪穂ぉ! どこ行っちゃったの!?」
この場から居なくなったのが蟲だけでないことに、残された二人が気付いたのは直ぐのことで。
- 401: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 00:33:15.06 ID:eXdEIRMC.net
-
絵里「この壁、継ぎ目がある……仕掛け扉だわ」
穂乃果「雪穂―! そこにいるの? 返事してよ!」
―――――――――――――――――――――
雪穂「あっ…あれ? 何これ…」
雪穂が体重を預けて寄り掛かった壁は内側に開き、彼女はその中へと転がり落ちた。
起き上がる頃には、壁は音もなく元通りに閉じ、静寂と暗闇が支配する空間に彼女を置き去りにする。
雪穂「お姉ちゃん! 絵里さん…」
ウウゥ――
ウウッ…
雪穂「!」ビクッ
- 402: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 00:35:07.47 ID:eXdEIRMC.net
-
雪穂(なっ何か、いる…!)ドックンドックン
アアアゥ…
ァ…ゥ……
雪穂(今度は何が出るっていうの…? もう嫌ぁ)
「ぐすっ………うううううぁぁぁ………」
蜘蛛の巣だらけのカタコンベの裂け目から差し込む一条の月明かり。
その下に、誰かが膝を抱えてうずくまっていた。
雪穂「……良かった。人がいたんだ」
- 403: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 00:38:25.16 ID:eXdEIRMC.net
-
一気に押し寄せる安堵の気持ち。
そのくすんだ金のショートボブの後ろ頭に近付いたところで、
雪穂は先程から聞こえていた幽鬼さながらの呻き声の正体が、
その人物がすすり泣く声だということを理解して。
雪穂「あの……大丈夫ですか? どこか怪我を…」
「め…が………ね……」
雪穂「花陽さん…? 眼鏡を無くしたんですか? 一緒に探しま」
雪穂「――!」
花陽「う゛ぅ゛……め……めふぁ…」ドロォ
振り返った彼女の両眼から、血涙の筋が垂れていた。
雪穂「ひっ…!」
眼窩の周りにも、血の花が咲き乱れている。
その中に、目の前で恐怖に歪む雪穂の表情を映し出す瞳は残されていなかった…
- 404: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 00:40:46.28 ID:eXdEIRMC.net
-
雪穂「あ……あああああぁぁ……あっ、あ…」
既にショックで声も出せなくなっている雪穂の脇から、
追い打ちをかける様に新たな恐怖が姿を現す。
≪…………グルルルルルルルルルルルルル≫
闇の中に、爛々と光る紫の双眸が浮かび上がった。
ほどなくその全身像も、漆黒のベールの内より顕わになる。
それは両眼を抉り出された花陽よりも、もっと恐ろしくおぞましい見た目で。
≪ハァァァァァァ―――――――クゥ……≫
腐臭をまき散らし、ほとんど骸骨に、
今にも崩れ落ちそうな腐肉が辛うじてこびり付いている状態。
その躰で生気を感じるのは、ぎょろぎょろと動かす度、
隙間から目脂代わりの蛆がはみ出す眼窩に収まった二対の瞳だけ。
否――閉じ方を忘れたように斜めに半開きになった顎の中で、
真っ赤な、ピンクを通り越して血塗れの紅い舌がうねっていた。
- 405: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 00:43:27.35 ID:eXdEIRMC.net
-
花陽「わ…わらひのめとひた……と、と、と、とっとられひゃったぁ……」
起き上がろうとするも叶わず、ぺたんと尻もちをついた花陽が、そのままの姿勢で後ずさっていく。
花陽「に、にへなきゃ……にげふぇ……」
雪穂「待って…! お願いだから置いてかないで……!」
≪フゥゥ………ア…ァ…アア……≫
今にも崩壊しそうな肉体を引きずるように動かし、ふらふらとこちらに迫るその姿は話に聞く亡者そのもので。
雪穂「ひぃ…! ひいぃぃ…」
恐怖に魅入られ、身体の動かし方を失念した雪穂は、辛うじて這いつくばってその場から逃れようとし。
一方の相手も、まるで盲目の老人めいた千鳥足で、あちこちに躰をぶつけながら、しばしみっともない追いかけっこを続けた。
雪穂「やめて……助けて…」
やがて、壁際まで追い詰められた雪穂は、祈るように懇願し――
その顔を品定めでもするようにまじまじと覗き込み“それ”は目を細めて呟いた。
≪ミナghrwリンスloipキー……?≫
- 406: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 00:45:34.88 ID:eXdEIRMC.net
-
ガッ――ガツン!
絵里「駄目だわ、びくともしない」
穂乃果「隠し戸なら、どこかにスイッチとかあるんじゃない?」
――うわあああああああああああああ!!!!!!
ほのえり「!!?」
ダッダッダッダッダッ…
凛「ヤバいヤバい!! 来たよ来たよあいつらが来るうっ!!!」
穂乃果「凛ちゃん…?」
にこ「馬鹿っ! あんたらも命が惜しかったら早く逃げなさーい!!」
労働者「マキチャーン!」
- 407: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 00:52:59.79 ID:eXdEIRMC.net
-
転がるように坂を駆け下りて来たにこと凛に、たった一人の雇い人。
何故花陽や他のカンジャの姿が見えないのか、絵里たちはすぐにその理由を察することとなった。
絵里「またスカラベ!」
穂乃果「もーっせっかくやり過ごしたのにぃ! 変なの連れてこないでよぉ!!」 - 408: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 00:53:16.15 ID:eXdEIRMC.net
-
労働者「マキチャ…!」ドテッ
一番後ろを走っていたカンジャが、坂の中ほどで蹴躓いた。
絵里「…!」
反射的に助けようと後ろを振り返った時にはもう、手遅れだった。
「マ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ーーーッ!!!!!!」
忽ち群がってきた蟲のカーペットの下から、金切り声に混じって金属同士が擦れ合うような異音が。
その後はもはや正視に耐えなかったので、踵を返して走り出す。
何百という微小なノコギリが人体を切断する音を聞かされながら、絵里たちは再び地下神殿の迷路へと。
- 409: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 00:55:15.44 ID:eXdEIRMC.net
-
≪『――アイタlbcカッタ&…ズットdsアナタnghダケk……』≫
雪穂(古代……エジプト語…)
≪『――サアrイキマwmショvqpウ。jワタ:#シノxx+イトシイ]ztヒト』≫
そう言って一層目を細めると、そのほとんど骨しか残っていない腕を恭しく差し出してくる。
しかし雪穂の手を取ったのは、脇から飛び込んで来た別の人物で。
絵里「あなた、ここにいたの!」
雪穂「うわっ!? え、絵里さん?」
- 410: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 00:56:41.67 ID:eXdEIRMC.net
-
絵里「かくれんぼはおしまいよ。またあのクソ蟲共が来るわ。さっさと逃げるわよ」
雪穂「いや、あの」
絵里「大丈夫、穂乃果たちもいるから」
雪穂「こ……怖くないんですか…?」
絵里「怖いわよ! こんな場所からは一秒でも早く抜け出したいわ。だから一緒に来て!」
雪穂「だか…違っ」
絵里「なに? はっきり言って」
雪補「前方、注意…」
絵里「は? 前がどうしたって」
≪ガ ア ア ア ア ァ ァ ァ ァ……≫
絵里「!!?」
- 411: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 00:58:58.58 ID:eXdEIRMC.net
-
穂乃果「雪穂ー!! よかった……うおわああああああ!? なっなななななななな」
にこ「何よこいつぅ!? お、お化けぇ!?」
凛「にゃああああああ!!? ミ、ミイラが立ってるよ!?」
誰もが目にしながら信じられないでいたことを、とうとう口に出してしまった。
≪ヴ オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!!!!≫
その瞬間、生けるミイラは自身の存在をアピールするよう限界まで開口した大口で咆哮!
絵里「きゃあああああああああああああああああああっ!!!!!!」
絵里の我慢と膀胱も限界だった。
そして、象撃ち銃が両者の絶叫を掻き消す強烈な撃発音で怒号――!
- 412: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 01:01:36.61 ID:eXdEIRMC.net
-
≪ウ ォ エ ア ア ア ア ア ァ ァ ァ !!?!??!!?≫
辛うじて崩壊を免れていたミイラの肉体が、この一撃で臨界点を突破した。
ぼろぼろの胴体は千切れ吹き飛び、回転しながら宙を舞う。
下半身はその衝撃だけで骨という骨が砕け散って崩れ落ち、包帯の切れ端が肉骨片の上にはらはらと被さった。
絵里「は…はっは!! そら見なさい! 銃でぶっ飛ぶ奴なんて怖くないわ!!」
絵里「さあ、行くわよ!」グイッ
雪穂「あ痛っ、そんなに強く引っ張らなくても」
穂乃果「ねえ今の見た? 雪穂、あれって私たちが見つけたミイラだよね!? なんで生きてるのーっ?」
にこ「知るわけないでしょ!? 誰か脈でも測りなさいよ!」
凛「オコトワリシマス!」
一目散に部屋から脱出する彼女たちは気付いていない――
半身だけになったミイラが、古代語で呪いの言葉を呟きながら起き上がろうとするのを…
- 413: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 01:04:27.70 ID:eXdEIRMC.net
-
絵里「…」チラッ
絵里「」ウシロバシリ
絵里「」ガチャコン
――ZDOOOOOOOOM!!!!
雪穂「絵里さん!? なにしてるの?」
絵里「死体撃ち」DOOM! ガチャコン DOOM! ガチャコン DOOM! ガチャコン…
雪穂「早く逃げるんじゃなかったんですか?」
絵里「いや、これちょっと動いた気がして……念入りに殺しておこうかと」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
雪穂「気のせいですって! もう死んでますよ!」
絵里「分かってる…これだけ木っ端微塵にすれば大丈夫よね…」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
絵里「よし…今度こそ行きましょう」ジジジ…ポイ
・
・
・
絵里に手を引かれて通路に出た途端、後ろから発破音の衝撃と煙が。
ダイナマイトの爆発で崩落した室内からは、それ以上何の音も聞こえてくることなかった。
- 414: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 01:09:50.91 ID:eXdEIRMC.net
-
――――――
――
ビュウウウウウウウウウ…
穂乃果「はぁ…はぁ、悪い夢でも見てるのかな……誰か穂乃果の頬っぺたつねってよ」
雪穂(バッタが消えてる…あれだけいたのに一匹残らず) 穂乃果「イダダダダダダ、雪穂もういいから!!」
凛「休んでる暇はないよ、かよちんを探さなきゃ!」
にこ「マッキーもね。どこではぐれたのかしら…」
「二人ともここにいるぞ」
絵里「!?」
ジャキッ! チャキチャキ チャキン ガチャリ
闇夜に溶け込んでいた者たちが、手にした武器をわざとらしく操作したことで初めてその存在を認識する。
英玲奈「ここを立ち去れといったはずだ」
- 415: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 01:11:08.58 ID:eXdEIRMC.net
-
こちらに向け銃を構える黒装束たちの表情は皆一様に険しく――中でもその長は最たるものだった。
英玲奈「取り返しのつかないことをしてくれたな。お前たちは我々が三千年もの間封じてきた邪悪なものを起こしてしまった」
絵里「安心して。もう私があの世まで吹っ飛ばしてやったわよ。弾(そうぎ)代はツケといてあげる」
英玲奈「馬鹿め。この世の武器ではやつを殺せん。やつと我々では住む世界が違っている」
英玲奈「一体誰が禁忌の呪文を唱えた? 赤毛の女は自分ではないと言う。誰だ?」
雪穂「……私です。ユキホ・コーサカです…」
英玲奈「コーサカ……コーサカ……コーサカ!」
英玲奈「知っているぞ。君の両親は、ツタンカーメンの呪いを解き放った愉快で愚かな馬鹿者共の一員だった」
穂乃果「ちょっ何それ、お母さんたちを悪く言わないでよっ」
英玲奈「そして今、その娘が今度は世界を滅ぼそうとしている。この呪いは地球全土を覆い尽くすまで止まらない」
英玲奈「全く、大した一族だよ君たちは。自覚なしに振り撒かれる悪意ほど性質の悪いものはない」
絵里「そこまでにしておきなさいよ。言い過ぎじゃなくて?」
英玲奈「フン、これを見てもそう言えるか?」
- 416: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 01:12:12.56 ID:eXdEIRMC.net
-
真姫「う゛ぇぇ…」
にこ「真姫!」
花陽「う゛ぅ…」ヨロヨロ
凛「かよちんしっかり! 何があったの!?」
英玲奈「二人とも幸運だった。赤毛の方はかすり傷一つ負ってないし」
凛「かよち――!?」
英玲奈「金髪も眼と舌を盗られるだけですんだ」
花陽「うぁ……ひんちゃ…はぁはぁ」
雪穂(花陽さん…)
にこ「瞼ごと千切り取られてる……こんなのって」
凛「やり過ぎだよ…っ! いくら何でもここまでしなくても…!」
- 417: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 01:13:57.88 ID:eXdEIRMC.net
-
英玲奈「勘違いも甚だしいな。私たちは彼女を助けたんだぞ。もっと酷いことをされる前に」
凛「そんな…そんなの…かよちん…」
英玲奈「やつは…人喰いの悪鬼はお前たち全員を狙っている。皆殺しにされる前にここから出ていけ、すぐにだ」
英玲奈「我々はやつを探す。そして何とか倒す方法を見つけねば…」
絵里「だから、私が殺したって言って」
英玲奈「思いあがるなよ。そう信じたいのだろう?」
英玲奈「いいか、あいつは死そのものだ。食べもせず、眠りもせず、絶対に止まりもしない。そしていつの間にか、君たちの後ろにいる…」
絵里「っ…」
英玲奈「ゆめゆめ忘れるな。アラーと共にあらんことを」
ザッザッザッザッザッ…
穂乃果「ど、どうする…?」
にこ「どーするもこーするもないわよっ、ここはヤバいわ。 全員揃ってるし、早く帰りましょう!」
絵里「……誰も言わないなら私が言うけど」
絵里「誰か希を見た人は…?」
- 418: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 01:16:28.66 ID:eXdEIRMC.net
- ・
・
・
コーサカ一家とアメリカ陣営がそれぞれ異なる逃走コースを選択したように、
希もまた、神殿の隠し扉から内部に避難し、彼女たちとは別種の災厄に見舞われていた。
日頃からラッキーガールを自負する彼女が引き当てたものとは――
≪グルルルルルゥゥウウウウウ……≫
希「あ……ああああぁぁぁ…」パクパク
災厄の根源――名前のない怪物との対面だった。
- 419: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 01:18:12.74 ID:eXdEIRMC.net
-
彼女には知る由もないことだったが、つい先ほど絵里の執拗な追撃で骨一本残らず粉々にされた怪物の肉体は、
花陽から奪った眼と舌を含め、棺の中で眠っていた時と寸分違わないまでに再生を果たしていた。
ただし、現状ではこれ以上の回復は望めない――完全復活には、もっと多くのパーツが必要だ。
そのためにも…
≪『……dチガurウ%』≫
希(しゃ、喋った…?)
≪『アナ$gタ……チガウk>\gタベテモmm*;タシニナラzzbナイ…』≫
≪『………デモ&(torイタダ/キマ@ス』≫
- 420: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 01:21:02.64 ID:eXdEIRMC.net
-
古代の言語は分からなかったが、むき出しにされた歯茎が攻撃的なものであることは分かる。
希(ひぇ、ひゃえいいい!! あかんアカンよこっち来るっ肉食動物が獲物見つけた時の目ぇして!)
自身の運命を悟った希は、それでも何とか生の可能性にしがみ付こうと、無我夢中で首の護符をまさぐり始めた。
圧倒的な恐怖と絶対的な死を前にして、藁にも縋ろうともがく彼女を誰が攻められようか――
希「しゅ、主よ。私をお救いください……羊飼いの群れを守るよーに…」
≪『……ナニ+fソレ"reハ』≫
希「だ…ダメか。吸血鬼じゃないもんね…」ポイッ
使えない十字架を放り捨て、二秒後にはイスラム教に改宗していた。
希「偉大ですっごい強くてモテモテのアラー様、どうかその御力で目の前の悪魔を焼き尽くしてっ。アッラーフ・アクバル!」
≪………………≫
希「あ、そ…これもダメ……オッケー、次は…」ジャラジャラ
- 421: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 01:23:47.46 ID:eXdEIRMC.net
-
希(日本人なんだから、本来の仏教徒に立ち返るのが一番なはず…!)
希「はらったま〜きよったま〜第六感で危機回避、今なら厄除けパワー100パーセントで商売繁盛、良縁爆発…? クラトゥ・バラダ・ニクト!」
言葉を話す相手なら、交渉できるかもしれない――自分でも何を喋っているか分からなくなるほどに希は必死で。
そんな彼女がいい加減鬱陶しくなってきたのか、突き出された護符を払いのけると、
怪物は腐り切った腕を希の顔に伸ばす――言葉にするのも恐ろしいことをするために。
≪『クハァァァァァ……アutxキラメナ{サイlz#ウンガワktwルイト…』≫
希(あああああ殺されるぅぅぅまだ死ぬのは嫌…!)
もはや一刻の猶予も残されていない中で、最後に選んだのはユダヤ教、ダビデの星。
希「あなたのしもべです! あなたのしもべですッ!」
≪……!≫
≪『ヘブラpイ=gfドレイ)ノコトバ………イイデr~faシuョウc』≫
- 422: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 01:27:14.27 ID:eXdEIRMC.net
-
≪ワガ3ナ15ハ ウミホ÷テップ。ワレ76ニ ツ588カエナ0サイ…イヤシ1キ6モノ≫
希(た、助かった…?)
≪ヨクハ15タラケバ ミカエ9リハ……スバ62ラシイ モ9ノ201デス3×ヨ≫
かつてのエジプト人の奴隷、ヘブライの言葉を喋りながら、不死者――ウミホテップは片手に黄金の装飾品を、
もう一方の手には、割れた獅子頭のカノプス壺を取り出して見せた。
≪コノ19メハ ジ86ャクシ。アル6クコト2モ ムズ8+カシイ。ハヤ2011ク カラ112ダ≠トリモ3ドサネバ≫
≪ダカラ20アナタ−ガ ワタシ14ノメトナル。アンナイ≒カノプスツボ42ノモトヘ…!≫
希「ひっ…! は、ははぁぁぁぁぁ、お仕えしますウミホテップ様…」
希にとって、この“話の通じる死体”との出会いは幸か不幸か。
いずれにせよ、彼女には最早運命を選択する余地など残されてはいなかった。
- 423: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 01:28:44.19 ID:eXdEIRMC.net
-
穂乃果「やっぱり希ちゃんどこにもいないよ」
にこ「どうせまた一人で逃げたのよ! 探すだけ時間の無駄だわ」
絵里「確かに…その可能性は高いけど」
花陽「うぅ…っ…く」
凛「大丈夫だよかよちん。凛がついてるから」
にこ「…花陽を早く医者に見せないと。体力も落ちてるし、出発は早い方がいいでしょ」
真姫「どうして…こんなことに…」ブツブツ
雪穂「……」
絵里「分かった…行きましょう」
絵里(……希)
- 424: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 01:30:40.14 ID:eXdEIRMC.net
-
ラクダと馬を駆り、すみやかにハムナプトラの舞台を去っていく一同。
やがてその廃墟が豆粒ほどにしか見えなくなる距離にまできた時、
夜の漠沙にこの世ならざるものの咆吼が轟いた。
まるで、ステージから降りた気になっている彼女たちに、
恐怖は始まったばかりだということを告げるように。
- 425: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 01:31:19.84 ID:eXdEIRMC.net
- KKEスペシャル
ドキュメンタリー【ハムナプトラへの招待〜ミイラ再生〜】
Next:#8「君らのLIFE=僕のLIVE」 ラブライブ!× ハムナプトラ -失われた砂漠の都- - 433: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 21:51:42.40 ID:eXdEIRMC.net
-
――数日後 カイロ
【英国軍駐屯地 ノーブランド砦 雪穂の部屋】
絵里「ここに留まるですって? あなた気は確かなの?」
雪穂「この建物はイギリス軍の統治下にありますし、大きな塁壁に兵隊さんもたくさんいます。ここで呪いを止める方法を考えるんです」
絵里「あら、呪いの類は信じてないんじゃなかった?」
雪穂「全部はね。でも古代のミイラが蘇って歩いてるのは事実です、自分の目で見たものは信じますよ」
絵里「信じなくていいから忘れなさい。ほらそこ退いて。あとそっちの服とって。あなたも荷造りなさい」ドサドサドサ
絵里「荷物をまとめて、とっととこの国にさよならを言いましょう……ん?」
≪ナーオ……ゴロゴロゴロ≫
絵里「まあ、可愛い猫ちゃん。ずっとトランクの中にいたの?」
雪穂「ナオボーっていうんです、私の飼い猫。さっきお姉ちゃんが家から連れてきてくれて」
雪穂「じゃなくて! さよならなんてとんでもない! ちゃんと責任取らなきゃ!」
絵里「責任って何よ? 私たち、まだそこまで深いことはしてないはずだけど」
雪穂「その話でもなくて! 私たちが目覚めさせた呪いのことだよっ」
- 434: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 21:52:47.10 ID:eXdEIRMC.net
-
絵里「私“たち”ときたか。あれは二人の共同作業じゃなくて、あなたのワンマンプレーでしょうが。私はやめた方がいいって言ったわよね?」
雪穂「あーそうです私のせいです!だから私が何とかしなきゃ」
絵里「どうやってよ。この世の武器じゃ殺せないんですって。希風に言えばスピリチュアルなやり方でも試す?」
雪穂「それだっ! スピリチュアルな武器を探しましょう。私たちで」
絵里「また私たちって……あのねえ、あのミイラが何考えてるか知らないけど、放っておけばいいのよ」
雪穂「駄目です、英玲奈って人の話を聞いたでしょ? 呪いは世界を滅ぼすって」
絵里「そんなことしたら自分だって住めなくなるじゃない。別に地球がなくなるわけじゃないのよ、勝手にやらせておきなさい」
雪穂「人類全体の問題なんだよ!?」
絵里「私たちの問題じゃないわ……あら、可愛い下着。これも詰めといて」
雪穂「これは私のブラ! 私は帰らないってば!」
- 435: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 21:54:40.25 ID:eXdEIRMC.net
-
絵里「ねえユキちゃん…あなたは私の命の恩人よ。あの時助けてもらったお礼に、ハムナプトラまで案内する契約を結んだわ」
雪穂「ふーん、つまり私たちの関係は契約だと。仕事が終わったらはいさよならってことか。今まで捨ててきた人たちみたいに」
絵里「最後まで聞きなさい…! あなたには死んでほしくないのよ。どうして分かってくれないの…」
雪穂「絵里さんこそ何で分かってくれないんですか! 一緒に戦ってほしいんです…絵里さんの助けが必要なの」
絵里「……」
絵里「整理しましょう。選択肢は二つに一つ。しっぽを巻いて逃げ出すか、ここに残って世界を救うか」
絵里「エリチカはおうちに帰るわ、一緒にどう?」
雪穂「…ばか」
雪穂「ばかばかばか! もう知らない!」
絵里「私はあなたのためを思って…」
雪穂「早くこの国を出ればいいじゃないですか! まずは私の部屋から出てって!」ポカポカポカ
絵里「あっ、くすぐった…ちょっと」
ガチャッ バタン!
絵里「…まいったわね」
- 436: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 21:56:14.53 ID:eXdEIRMC.net
-
穂乃果「痴話喧嘩は終わったー?」
絵里「穂乃果……別にそんなんじゃないわよ」
穂乃果「驚きだね。あそこまで子供っぽい雪穂は久しぶりだよ」
絵里「そうなの?」
穂乃果「うんうん。雪穂って普段はクールっていうか、私相手にはツンツンしてる感じでさー」
穂乃果「大人になって可愛げがなくなっちゃったと思ってたけど、今のを見る限りそーでもないみたい」
穂乃果「てかそれだけ絵里ちゃんに気を許してるってこと? お姉ちゃんちょっとフクザツ」
絵里「お義姉さん、仲直りのコツとかあります?」
穂乃果「ないこともないけど。うちの雪穂は手強いぞー」
穂乃果「長くなりそうだから、下のバー行こっか」
- 437: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 21:57:42.83 ID:eXdEIRMC.net
-
ガヤガヤガヤ ワイワイ
穂乃果「あ、ツバサさんだ。オーキャプテン、マイキャプテン!」ビシッ
ツバサ「あら、穂乃果さんに……エリーじゃない」
絵里「穂乃果、ツバサと知り合いなの?」
穂乃果「絵里ちゃんこそ」
ツバサ「酒場に来る人はみんな私のお友達よ」
絵里「…ああ、そういえばそうだったわね」
絵里「彼女、いつどこのバーに行っても必ずいるのよ。妖怪の類かと思って一時期本気で怖かったの…」
穂乃果「バーの守護霊ならぬ酒豪霊ってか、くふっ」
ツバサ「それもこれも戦争が終わっちゃったせいよ」
- 438: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 22:04:09.28 ID:eXdEIRMC.net
-
ツバサ「私はここに駐屯してる英国空軍最後の一人よ。他の仲間はみんな空で死んじゃった」
ツバサ「いい人たちだったわ……今は砂の下だけど」ジャバジャバ
ツバサ「ん? 冷たいわね」
穂乃果「ツバサさん、そこ噴水の中」
ツバサ「……酔っ払いが酒をこぼしたのね。拭いといてよ全く」ザバァ
ツバサ「で、どこまで話したっけ。そうそう、刺激が足りないのよ」
ツバサ「空を飛ぶことしか能がない私には、今の平和な時代は生き辛くってね」
ツバサ「戦争やってた頃は毎日が輝いてたわ。仲間たちと果敢に空を飛び回って、敵を撃ち落として…」
ツバサ「エリーなら分かってくれるでしょ? 安心より冒険! そう、私たちみたいな女には冒険が必要なのよ」
絵里「ん、まあね。でもあなたの場合は」
ツバサ「ああ、出来ることならみんなと一緒に炎に包まれて」
えりツバ「名誉の戦死を遂げたかった」
ほのツバ「こんな所で怠惰と酒だけの日々を送るよりは〜♪」ラララー
- 439: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 22:05:44.43 ID:eXdEIRMC.net
-
ツバサ「…驚いたわ。二人とも私と同じ気持ちだったのね」
穂乃果「何度も聞かされてるから覚えただけで、自分には英雄願望も燃え尽き症候群もないでありまーす」
ツバサ「素晴らしい!さあ、乾杯ましょ」
穂乃果「聞いてないし…」
絵里「まあ、悩みは人それぞれよね。はい、乾杯」トクトク
ツバサ「チアーズ♪」ヒョイ
穂乃果「あ、それ私の」
ツバサ「ぷはぁ〜…御馳走さま。じゃあねーお二人さん、そろそろ勤務に戻るわ。アッハッハ!」
穂乃果「仕事ないんじゃなかったの」
絵里「また別の酒場に繰り出すんでしょ」
ツバサ「やーねぇ、また誰か小便漏らしたのかしら。床が濡れてるわよ」ジャバジャバ
- 440: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 22:07:15.02 ID:eXdEIRMC.net
-
絵里「それで、あなたの妹のことなんだけど…」
穂乃果「あ、にこちゃんに凛ちゃんだ。おーい!こっちこっちー」
絵里「…はぁ」
穂乃果「おいーっす二人とも、まあ座りなよ。みんなで一杯やろ?」
にこ「聞いてよ。こっちの荷造りはとっくに済ませてチケットもとってあるのに、船は明日まで出ないんですって」
にこ「乗客の数が少ないとこの国の連中は仕事しないそうなのよ。ふざけてるわ」
穂乃果「じゃあ二人とも明日には帰っちゃうんだ。残念ー」
凛「……穂乃果ちゃんは気楽でいいよね。歩く死体にストーキングされてる人の気持ちは分からないでしょ」
絵里「花陽の…具合はどうなの?」
にこ「……」
凛「……眼と舌を抜かれちゃったんだよ。いいわけないじゃん」サッ
にこ「あ、ちょっと。どこ行くのよ」
凛「外で風にあたってくる」
- 441: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 22:08:43.45 ID:eXdEIRMC.net
-
絵里「…ゴメンなさい。気に障ったみたいね」
にこ「いえ、あんたの落ち度じゃないわ」
にこ「凛は花陽と付き合い長いから……くっ」
にこ「私だって思うところはあるわよっ。あんなのって……惨すぎるでしょ?」
にこ「出来るなら今すぐやったやつを私の手でぶっ殺してやりたいけど…」
穂乃果「ミイラだよミイラ! 死体なのに生きてるって。わけわかんないよね」
にこ「悪夢だわ。真姫も帰ってきてから部屋に籠りっきりだし」
にこ「……飲んで忘れましょう」
絵里「酔っぱらう前に聞いておくけど、花陽も今部屋で休んでる感じなの?」
にこ「あ、そうそう。さっきお医者様を呼んだのよ。今頃診断を受けてるはず」
にこ「何でも東洋から来た、独自の治療法を使う人なんですって」
- 442: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 22:16:28.25 ID:eXdEIRMC.net
- ・
・
・
「こんちわー♪」
「そのこふぇ……のひょみひゃん…?」
「うんウチだよ、東條希ー」
「どほひて…」
「ウチね、今新しい人に雇われてるの」
「ウミホテップ先生。花陽ちゃんが呼んだお医者さんだよ」
「……」
「あ、びっくりたしたよね? ウチもハムナプトラに置き去りにされた時はどーしよって思ったけど」
「でもたまたま先生に拾われて、そのまま仕えることになっちゃったの。人生何があるかわからんねー」
「じゃお邪魔するね。ささ、先生もどぞどぞ」
『…………』
- 443: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 22:20:09.75 ID:eXdEIRMC.net
-
「お、おはいでひて、うえひいでふ…せんせ」スッ
「おっと、握手はダーメ。東洋だと相手の身体に軽々しく触るのはNGなんよ。ごめんね」
「あっ……こ、こひらこそごめんなふぁい。わたひ、ひらなくて…」
「はの、おひゃをようひしたのふぇ、よはったら……あふっ!」ガシャン!
「あ、大丈夫、ウチが拭くよ。目が見えないと大変よね」
「ふいまへん…」 カサカサ…
(!? 今の感触は…)
「どっかから虫が入ってきたみたい。こら、しっし、あっちいけ」
『…………フゥ』
「……さて、そろそろ本題に入ろっか」
- 444: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 22:22:33.53 ID:eXdEIRMC.net
-
「ウミホテップ先生は花陽ちゃんに深ーく同情してるんよ」
「なにせ先生の目もあまり良くないの。だから気持ちはよく分かるって」
「は、ふぁ…」
「先生はあなたのもてなしにも大変感謝してるの」
「眼と……舌をありがとうって」
「!?」
「でもね…ヒジョーに申し訳ないんだけど、まだ足りないの」
「だから、残りを頂きに来たんよ」
- 445: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 22:25:33.47 ID:eXdEIRMC.net
-
「ひや…そんな…」
恐怖に駆られ、闇雲に振り回した手が何か硬いものに触れる。
もぞもぞと動き回るそれが、ひっくり返ったティーカップではなく例の人食い虫なのは今や明白だった。
「やめ…やめふぇ」
「ごめんな…でもこれは仕方ないことなんよ」
「花陽ちゃんたちが、ウチの忠告を聞かずにあの櫃を開けるから」
「ウミホテップ様をここに招いたのはウチじゃなくて花陽ちゃんの自業自得なの」
「やめふぇ! もうこへいひょう、わはひからとはないふぇえええ!!!」
恐慌状態に陥った花陽の目の前で、全身ローブを纏った人物がその顔に着けたマスクを外す。
その裏側に張り付いたスカラベたちが一斉に彼らの住処――ウミホテップの穴だらけの頭蓋の中に
戻っていく気味の悪い光景を彼女は見ずに済んだ。
不死者の眼窩の中で腐敗の影響を受け、紫から黄褐色に濁り変色した彼女の両眼は、
最期に自分自身の姿を見ていたのだから。
- 446: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 22:31:46.28 ID:eXdEIRMC.net
-
―――――――――――――――
――――――
――
穂乃果「えーそれでは……私たちの輝かしいミイラ、じゃなくて未来に乾杯!」チン
にこ「あんたそれワザとやってるでしょ…」
絵里「二人とも幸運を」グビッ
ほのにこえり「ぶーっ!!!!!!」
穂乃果「ぺっぺっぺっ、なにこのお酒…」
にこ「この味に匂い……まるで血じゃないっ。くおらぁバーテン! 誰がドラキュラ用の酒注文したってのよ!」
絵里「…いえ、私たちだけじゃないみたいよ」
客A「ぶっブーーーー!!! ですわっ!!! 何ですのこれ! 水割りじゃなくて血割りじゃないですか!」
客B「うぇぇぇぇぇぇぇみゅ、みゅず、水水水………ぴぎゃぁぁぁぁぁ!! これもぉ!!??」
ザワザワザワザワ…
にこ「噴水から……血が湧き出てる…?」
穂乃果「『――エジプト中の川と水は赤く染まる。』……まさか、十の災いの?」
絵里「輝かしい未来なんかじゃない……朽ち果てたミイラがやって来たのよ…」
- 447: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 22:34:36.12 ID:eXdEIRMC.net
-
ピシャァァン ゴロゴロゴロ…
凛(一雨きそうな音…)
凛「はぁ…かよちん」
凛「可哀そうなかよちん……国に帰ったら、凛が全力で面倒を見てあげるから」
凛「でもかよちんは優しいから、凛に悪いとか思って遠慮するんだろうなぁ…はぁ」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ――ピシャアアアン!
凛(グレーな空模様は、まさに今の凛そのものだよ)
凛(ん……? グレーというより…赤?)
凛「いてっ…!!」
凛(頭に固いのが当たって……何、これは)
- 448: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 22:36:35.58 ID:eXdEIRMC.net
-
雪穂「……雹? なんでこの時期に雹が降るの…?」
絵里「ユキちゃーん!」
雪穂「あ、絵里さ……ふんっ、まだいたんですか?」
絵里「細かい話は後よ!早く建物の中に!」グイッ
雪穂「え、うわわわっ」
雪穂「あ、あの…心配してくれるのは嬉しいけど、ちょっと大げさじゃ」 ドゴォォォォォォオオオオオ!!!!
言いかけた直後、すぐ目の前のヤシの木が斜め上より飛来した球状の塊の直撃を受け、中ほどからへし折れた。
- 449: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 22:37:26.56 ID:eXdEIRMC.net
-
雪穂「へっ…」
続けざま、天より次々と降り注ぐオレンジの球体が、中庭の植物や彫刻、
ついでに警備の軍人までもを見境なく炎上させ、あっという間に阿鼻叫喚の灼熱地獄に変える。
雪穂「な、なんじゃこりゃああああああっ」
さながら大戦時のドイツ軍によるロンドン空襲。
いやそれよりずっと酷いものだということを、二人はすぐに理解することとなる。
- 450: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 22:39:29.17 ID:eXdEIRMC.net
-
雪穂「ああ、嘘でしょ…」
二階のバルコニーまで避難した二人の目に飛び込んできたのは、
カーニバルのフィナーレを飾る打ち上げ花火の渦にも似た荒れ模様となったエジプトの空。
雹に混じって落下してくる砲弾クラスの火球が、ギザのピラミッドや、
マムルーク朝時代の遺産であるモスクにミナレットといった歴史的建造物に
容赦なく風穴を空け冒涜的に破壊していく――恐らくエジプト全土でこれと同じことが起きているのだ。
雪穂「やめてよ……古代の英知の結晶が」
絵里「だから熱いのは苦手なのよ…」ドツン!
「あたっ! もー気を付けてよ、こっちは急いで…」
階段を駆け下りてきた人物が絵里にぶつかり――何故かそのまま踵を返して戻ろうとするその首根っこを捕まえる。
絵里「希! あなたやっぱり生きてたのね」
- 451: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 22:41:53.37 ID:eXdEIRMC.net
-
希「や、やあエリち…前もこんなことあったね」
絵里「今度はどうやって生き延びたのよ。それに今なんで逃げようとしたの?」
グ オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!!!!
――ピャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!
えりゆき「!!?」
絵里「この悲鳴と唸りは…」
希「ひぃぃぃ、聞いてられない」ダッ
絵里「あ、待ちなさいよっ希!」
オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛………
絵里「……自分で確かめるしかないみたいね」チャキッ
- 452: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 22:44:32.85 ID:eXdEIRMC.net
-
絵里(声は、この部屋から…)キィィ
カサカサカサ…
雪穂「スカラベ!? 何でここに…」
絵里「まさか…!」バタンッ
何とも形容しがたい異臭が、飛び込んだ室内に充満していた。
思わず眉間にしわを寄せ鼻をつまんだ絵里の横で、雪穂の脳裏には何故か姉と野を駆け回った少女時代の記憶が去来する。
姉の虫籠にぎっちり詰め込まれたカブトだかクワガタだかゴキブリだかが、ひっくり返ってわしゃわしゃ脚を動かしもがく様はグロテスクだった。
この臭いは、あの時と同じ――
バキバキ…メキョ! サァァァボキゴキッ グニュウウウウウウウウウ…
『オッ、ォ、ォ、ォ―――ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛お゛お゛あ゛あ゛あ゛!!!』
絵里「なんてこと……ミイラがいるだけでもヤバいってのに」
雪穂「か、身体が回復してる…?」
- 453: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 22:46:13.27 ID:eXdEIRMC.net
-
暖炉の前に仁王立ちした不死者の骨格の上に、筋肉の赤い花が次々と開花していた。
貧相だった躰に巻き付いた包帯が波打ち盛り上がり、毛細血管の葉脈が網目状にじんわり伸び広がって
朽ちた全身に新鮮な養分を行き渡らせていくのが透けて見える。
腹腔では太く長い腸が陸揚げされた海洋生物よろしく激しくのたうって正常な位置に収まり、
その上に土気色の皮膚が形作られていく。
大きく欠損した頭頂部の内では、黒く粘ついた何かが所々に蜘蛛の巣のようにへばり付いて邪悪な生命の脈動を。
だが、未だむき出しのままの平らな胸郭の隙間からは、その中身が空っぽであるのが見通せた。
『ハァァぁァァぁぁァァ……チカらガミナぎっていマす。イマなラ……ダレにもマけルキがしまセん…!』
そう言って振り返った不死者の顔付きも――顔筋と神経の大半が露わとはいえ――幾分肉付きが良くなっている。
随分と滑舌がはっきりするようになった唇の奥で、欠損していた永久歯が数本まとめて飛び出し生えてくる様は、
蛇口から勢いよく吐き出される水流の束を思わせた。
絵里「マズくない? これ…」
- 454: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 22:48:27.77 ID:eXdEIRMC.net
-
『ふゥううウウゥぅ…!!』
再生した外鼻からの鼻息も荒く、不死者は回復した視力と肉体と自信とを伴って、真っ直ぐこちらへ突っ込んできた。
絵里「ッ……! ッ!!」 BANG!BANG!BANG!BANG!
バリィィン! ドンドンッ!! ガシャァァン!
幾許かの生気を取り戻した屍の躰を二挺拳銃の銃弾が貫通し、背後にある小物に当たって一緒に砕け飛ぶ。
しかし不死者の進撃は止まらない――!
- 455: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 22:50:45.19 ID:eXdEIRMC.net
-
穂乃果「こっちこっち! 二人とも急いで!」
凛「誰が撃ってるのー!?」
にこ「花陽の部屋よっ……ぎゃー!! またミイラ!?」
絵里「みんなも撃って!」BANG!BANG!BANG!BANG!
凛「…にゃあああああっ!!!」BBBANG!BBBANG!
いち早く腰だめに抜かれたピースメーカーが激昴する。
怪物のわき腹がごっそりと削り取られ……た傍からみるみる再生していく。
にこ「うっそぉ!?」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
絵里「Блин!」BANG!BANG!BANG!BANG!
発砲発砲発砲――再生再生再生。
『ムダでス』
吹き飛んだ直後には新たな肉と皮が生成される。
もはや拳銃弾程度では、やつの皮膚に傷をつけることすら――
- 456: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 22:53:13.60 ID:eXdEIRMC.net
-
『フン…』
五月蠅い小バエを払い除けるように、不死者は平手で絵里の顔面を打ちのめす。
絵里「ハラアアアァーーーーー!!??」ヒューン
にこ「ちょっ」
凛「こっちに来」
穂乃果「どわあああああああっ!!!」
それだけで彼女は回転しながら後方に弾き飛ばされ、
穂乃果たちを巻き込み仲良く転倒、銃が手から離れ床を滑っていく。
『ム…』
一方で、その掌を不思議そうに不死者は見つめた。
今しがた再生した皮膚が、絵里に触れた箇所だけ骨が露出するまでに腐り落ちたからだ。
ボトボトボト…ベチョッ!
雪穂「ひゃっ…」
『――!』
- 457: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 22:58:18.43 ID:eXdEIRMC.net
-
『あナタは…』
雪穂「うあああぁぁ来ないで…」
『ナルホど、こンドハみチガえマセんヨ。あなタがワタしヲよみガエラせタのデすね』
絵里「うぅっく……はっ、ユキちゃん逃げなさい!」
『ワたシはウミホテップ……カンシゃしまス、ウンめイにエラばレシみガワりノモのヨ』
雪穂「へ…?」
『ミナリンスキー…ワタしハアなタを…』スッ
絵里「やめてええええええええ!!!!」
不死者が雪穂の顔に触れようとするのを前に、為す術もなく叫ぶ絵里。
――そこに、意外な援軍が到着した。
- 458: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 23:01:37.36 ID:eXdEIRMC.net
-
≪ミャーオ…≫
『ッ…!?』ビクッ
雪穂(ナオボー? どうしてここに…)
≪フシャーッ!≫
飼い主の危機を察知し飛び込んできた白猫は、全身の毛を逆立て牙をむき出し、
『ヒいッ…!』
驚いたことに、銃火器では全くひるまなかった不死者がこの威嚇に心底おびえた表情を見せた。
――ゴオオオオオオオオオオオオオ!!!!
雪穂「う゛っ…!?」
開きっぱなしの窓から、自身の躰を瞬時に微粒子レベルにまで分解した不死者が
砂嵐(ハムシーン)となって飛び出していったのは、残された者たちに二重の驚きを与えた。
ぱたりと、ご丁寧に窓が閉まり、呆気にとられた室内は静寂に包まれる。
絵里「これは……いよいよ洒落にならなくなってきたわね」
- 459: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 23:03:16.13 ID:eXdEIRMC.net
-
凛「ぁあ…! かよちんが…!」
部屋の隅で上がった悲痛な呻きが、おおよその事態を察せてくれた。
穂乃果「…花陽ちゃん、なの?」
来客用テーブルの椅子に、かつて花陽だったものの残骸が寄り掛かっていた。
体液という体液を吸い尽くされ、枯れ木の如く萎んでいるそれは、
まるで誰かが花陽そっくりの着ぐるみを作って、無造作に脱ぎ捨てたように見える。
眼と舌だけでなく、内臓もいくつか持ち去られたのだ。
彼女の取り分だった肝臓入りのカノプス壺と一緒に。
日頃から体型を気にしていた彼女だが、骨格の形が分かるほどに搾り尽くされることなど望んでいただろうか。
- 460: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 23:03:51.61 ID:eXdEIRMC.net
-
凛「うぁぁぁかよちぃぃん……ひぐっ」
にこ「呪いよ……畜生、にこたちマジで呪われてるんだわ…」
絵里「……」
穂乃果「…で、呪いから逃れるためには?」
雪穂「……」
雪穂「あそこになら、何か手掛かりがあるかも」
- 461: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 23:05:16.71 ID:eXdEIRMC.net
-
【カイロ考古学博物館 展示室】
英玲奈「むっ」
ほのえりにこりん「あっ」
雪穂「あなた!」
ジャキン! チャキチャキチャキガシャン!
あんじゅ「あら〜皆さん揃いも揃っていらっしゃあい。丁度客人をもてなしていたところなのー」
あんじゅ「それでー…いざ呪いの蓋を開けちゃってから、焦って間抜けな雁首と銃口並べに此処に来たわけ?」
雪穂「その口ぶり、最初から全部知ってたんですか…!」
あんじゅ「クスクス、知らないなんて一言も言ってないわよぉ」
絵里「ならこれも知ってる? 私たち手を組むことにしたの。今なら特別にあなた達も仲間に入れてあげないこともなくってよ、どう?」
英玲奈「傲慢な白人ども……銃を突き付けながら言う台詞か?」
あんじゅ「まあまあ英玲奈。今に始まったことじゃないわ」
あんじゅ「とりあえず皆落ち着いて、座って美味しいケーキでもいかが? お紅茶もあるわよ」
あんじゅ「誰かさんのせいでちょーっと色が濃くなり過ぎちゃってるけど…うふふ」
- 462: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 23:08:54.80 ID:eXdEIRMC.net
-
雪穂「それで、事情を話してもらえませんか? 館長と英玲奈さんはどういう関係なんです」
あんじゅ「端的に言うとぉ、私もラズァイのメンバーなの」
穂乃果「そうなの? 見た感じあんまりそういう風じゃないけど……顔のタトゥーもないし」モグモグ
あんじゅ「ラズァイは三千年前からずっと続いてきた秘密結社で、構成員は選ばれし十二の部族から代々選出されてる」
あんじゅ「でもそれ以外に多数のシンパが財界や政界に考古学会、この国の至る所に浸透しているの」
あんじゅ「何としても呪われし者、ウミホテップの復活を阻止するためにね」
英玲奈「君たちのせいでその努力も水の泡だがな」
穂乃果「元はと言えばそっちがヘンテコで手の込んだ殺し方するから…」ムグムグ
英玲奈「君らが櫃の封印を解いたのが悪い」
絵里「私たちじゃなくて、アメリカ人たちよ」
凛「棺を開けたのはそっちにゃ…」ボソッ
- 463: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 23:10:02.31 ID:eXdEIRMC.net
-
雪穂「館長だったんですね。地図と鍵のことをチクって、私たちを船で襲わせたのは。関係ない人が沢山巻き込まれたんですよ」
あんじゅ「あら、矛先を私に逸らす? 私は最初に穏便なやり方で警告したわよぉ。それに…」
英玲奈「無辜の血がいくら流れようとも、やつの復活を防げるなら」
えれあん「いいの!!」
にこ「うわぁ野ばーん。この人たち怖いにこぉ」
穂乃果「ブフォアッ! この紅茶も血の味がするっ」ゲェェ
あんじゅ「……こんな感じで警告に耳を貸さない阿保が多いから、私たちが苦労するのよ」
- 464: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 23:11:44.63 ID:eXdEIRMC.net
-
穂乃果「げほげほっ……そーいえばあのミイラ、ウミホタテだっけ? 猫にビビってたんだけど、なんでか分かる?」
凛「凛みたいに猫アレルギーなのかな…」
あんじゅ「ウミホテップよぉ…猫は聖獣で、悪霊を打ち払う力があると言われてるわぁ」
絵里「そりゃいいわね。今度から銃弾の代わりに猫を投げつけてやりましょう」
英玲奈「だがそれもやつが悪霊であるうちだけだ。完全に再生すれば災厄そのものとなった彼女は無敵になる」
あんじゅ「どうやって身体を再生するか分かる?」
にこ「見たわよ…壺を持ってる私たちを殺すんでしょ」
凛「そして生気を吸い取っちゃうんだ! それでかよちんは枯れちんに…! 凛たちも…」
にこ「凛、落ち着きなさい」
絵里「というか待って、さっき“彼女”って言った?」
穂乃果「えっ、ウミイラって女の子なの!?」
- 465: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 23:13:16.08 ID:eXdEIRMC.net
-
あんじゅ「問題。そこに展示してある金髪の人形、誰のものでしょう」
雪穂「答えはマリィ1世です、第19王朝の2代目ファラオで」
あんじゅ「はいそこまで。じゃあここからは貴女の知らないこと」
あんじゅ「マリィ1世の墓は盗掘にあって、ミイラも未発見だから死因は今もって不明。公式にはね」
あんじゅ「でも私たちは真相を知っている。彼女は殺害されたのよ」
雪穂「その犯人がウミホテップなんですね……そしてホム・ダイの呪いをかけられた…」
あんじゅ「彼女はファラオの愛人、ミナリンスキーという女性を愛してしまったの。そして二人で共謀して王を殺した」
穂乃果「痴情のもつれってやつか。ドロドロしてるなぁ」
にこ「ん…? 三人とも女なの?……確かに、教科書には載せられないわね」
雪穂「ミナリンスキー……ミナリンスキー……どこかで聞き覚えが」
あんじゅ「…?」
雪穂「そうだ、さっき花陽さんの部屋で。ミイラが私のことをそう呼んだの。他にも身替りがどうとか…」
英玲奈「おい、あんじゅ」
あんじゅ「ええ…もしや」
- 466: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 23:15:20.22 ID:eXdEIRMC.net
-
雪穂「思い出した、ハムナプトラで初めてミイラが私を見た時も。確かにミナリンスキーって」
雪穂「それに、き、気のせいかな……さっき私に近付いた時、その…キ、口付け…しようとしてきたような…」カァァ
絵里「なんですって!?」ガタッ
絵里「どういうことよ? あれはあなたのことを襲おうとしてたんじゃなくて? ねえ?」
穂乃果「まあ、間違ってはないね」
英玲奈「どうやら三千年経っても彼女への愛は消えていないらしい。その間、拷問に等しい責苦を受けてなお」
あんじゅ「時を超えた愛、か……見た目は腐っても根は一途なのね」
穂乃果「それいいね。演劇か映画にすれば大ヒット間違いなし。今度売り込みに行っていい?」
英玲奈「その前に世界が滅ぶ。分かったのは、やつを動かしてるのはただただ愚直な愛ということだ。それだけに性質が悪い」
雪穂「ねえ、ロマンチックな話だとは思うけど、私はそのミナリンスキーって人とは無関係だよ?」
英玲奈「いや、そうも言ってられなくなった」
英玲奈「恐らく彼女は恋人をも蘇らせる気だろう。カノプス壺を集めているのがその証拠だ」
- 467: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 23:17:12.35 ID:eXdEIRMC.net
-
にこ「?…?…どういうことよ、これの中身ってあいつの内臓なんでしょ?」
英玲奈「少し頭を働かせて考えてみろ。ウミホテップは生き埋めにされたんだぞ」
雪穂「あっ…」
あんじゅ「まず間違いなく、それはウミホテップじゃなくミナリンスキーのカノプス壺よ」
英玲奈「同じ神殺しの罪人として、死者の書と共に臓器を封じられたのだ」
凛「紛らわしいなぁ…下着みたいに自分の名前書いといてよ」
にこ「…え?」 穂乃果「うんうん」
凛「それじゃあさ、この中身だけあいつに渡しちゃえば」
あんじゅ「無駄でしょうね。復活には生贄が必要よ。ウミホテップの場合は櫃を開けた貴女たち」
英玲奈「そしてミナリンスキーの場合は」
えれあん「…」チラッ
雪穂「……わ、私?」
穂乃果「雪穂ぉ…なんで変な人にばっかりモテるのさ」
あんじゅ「私たちにとっては却って好都合よ。彼女を倒すための時間稼ぎが出来るかも」
英玲奈「ああ、だが急いだ方が良さそうだ…」
- 468: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 23:19:07.12 ID:eXdEIRMC.net
-
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…
絵里「あ、明かりが…」ギュッ
雪穂「絵里さん…また?」
穂乃果「部屋の明かりじゃないよ…太陽が」
凛「隠れてく…」
雪穂「『――彼が天に向かって手を差し伸べると、エジプト全土を暗闇が覆った。』」
にこ「皆既日食、てやつなの?」
あんじゅ「そんなレベルじゃない。永遠の闇よ」
英玲奈「黒い太陽…やつの力が刻一刻と増している証拠だ」
絵里「……彼女を倒す理由がまた一つ増えちゃった」
- 469: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 23:20:17.60 ID:eXdEIRMC.net
-
英玲奈「ミナリンスキーが復活した後に待ってるのは文字通りの二人だけの世界だろう。そんなことになる前にやつを止めねば」
英玲奈「今やラズァイの実働部隊は壊滅状態だ。半数は君たちに、残った者もあの死食鬼(グール)にやられた」
英玲奈「我々はここに残って文献を調べる。そちらも何か当てはあるか? この際、味方と情報は少しでも多い方がいい」
雪穂「………真姫さんなら、何か知ってるかも」
絵里「ひとまず砦に戻りましょうか」
- 470: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 23:21:15.87 ID:eXdEIRMC.net
-
――再び、ノーブランド砦 雪穂の部屋
絵里「というわけで『第一回ウミホテップ完全復活対策会議-光を取り戻せ-』を始めたいと思います」
穂乃果「い、いえ〜?」ドンドンパフパフ
絵里「古代エジプトと萎びたミイラをこよなく愛するユキホ・コーサカさん。忌憚のないご意見をどうぞ」
雪穂「ぶっちゃけて言えばこれ以上彼女にエサをやらないことですね。仮定の話ですが、もし生贄の皆さんが速やかに自決でもした暁には…」
にこ「ぶっちゃけすぎだろ! あんたも狙われてるってこと忘れてないわよね!?」
- 471: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 23:22:31.15 ID:eXdEIRMC.net
-
絵里「一応確認しとくけど、櫃を開けたときその場にいたのは」
にこ「にこでしょ、凛に真姫、もちろん花陽も」
にこ「そんでもって希のやつは直前になって逃げ出したわ。あんの紫レズ…チキンでチビのチャイニーズめ」ギリリッ
絵里「……彼女は日本人よ。(それにあなたの方がチビでしょーが、ついでに言えば無自覚のバイセクっぽいし)」ナデナデ
にこ「今なんで頭撫でた!?」
絵里「別に、可愛いなーって思っただけで他意はないわ」
ガチャッ
凛「ダメ、真姫ちゃんの部屋もぬけの殻だったよ。壺も、例の本も無くなってた」
- 472: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 23:23:39.79 ID:eXdEIRMC.net
-
穂乃果「一人で逃げ出したの?」
雪穂「それとも、やっぱり何か手掛かりを知ってて自力でそれを…」
にこ「あのお嬢様、変なところで協調性がないんだからっ。早く連れ戻さないと…!」
絵里「よし、まずは彼女を探しましょう。誰か彼女の行きそうな場所に心当たりのある人ー」
にこ「真姫はこの町に事務所をもってるのよ。もしかするとそこに行ったのかも」
絵里「オッケー、じゃあ私が見てくる。穂乃果、車を出して。他の人はここで待機ね」
凛「はぁい… にこ「ちょーっと待ちなさいよぉ!」
にこ「私も行くわ!大体なんであんたが仕切ってんの!?」
穂乃果「悪いけど穂乃果じゃ足手まといなんじゃないかな。他の人がいいって絶対」
雪穂「私を除け者にしないで! そうやって自分一人で勝手に決めないでください、何様のつもりなの!?」
絵里「……」
ほのにこゆき「やいのやいのやいの」
絵里「……あーっもう」
- 473: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 23:25:01.02 ID:eXdEIRMC.net
-
雪穂「何でも思い通りにいくと思ったら大間違…ひゃっ!?」ヒョイッ
足元からすくい上げるように雪穂を担ぎ上げると、絵里は無言で寝室の方へと向かう。
雪穂「いやっ、降ろして! お姉ちゃーん、助けて!」ポカポカ
穂乃果「あー無理。多分私が百人いても今の絵里ちゃんには敵わなそう…」
雪穂「この意気地なしっ、誰かぁ!!」
ドサッ、とベッドの上に雪穂の身体を放り投げると、鼻が触れそうなほどギリギリまで顔を近づけ真顔で囁く。
絵里「あんまり我儘言うとまたチュウしちゃうわよ」
雪穂「っ……ぅ、っ///」
絵里「そこでいい子にしてなさい」
初心な乙女のひるんだ隙に、絵里は寝室の扉に外側から鍵をかけると、にこを手招きした。
- 474: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 23:26:56.51 ID:eXdEIRMC.net
-
絵里「いいこと。この鍵を預かって。あなた達二人はこの客間で見張りをお願い」
絵里「あの子が何を言っても絶対に扉を開けないこと。もし守らなかったら」
絵里「私があなたのことを食べちゃうわよ?」ズイッ
にこ「や、やれるもんならやってみなさいよ……にこは絶対に屈しないんだからぁ」
絵里「(二秒で陥落しそうな顔してからに…)あのね。ここに残れってのは、ちゃんと理由があって言ってるの」
- 475: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 23:27:35.38 ID:eXdEIRMC.net
-
絵里「まず一つ。死者の書を狙ってるウミホテップも真姫を探してるはずだから、この先でエンカウントする可能性は高い」
絵里「あなたはミイラのおやつなのよ? 獲物の方から出ていってどうするの」
絵里「それに……凛のこともあるわ」チラッ
凛「はぁー…猫になりたい」
絵里「彼女、さっきから大分まいってるみたいだし、一人でここに残しておくのは不安よ。親友のあなたがついていてあげて」
にこ「……」
にこ「…分かったわよ。真姫のこと、ちゃんと引っ張ってきてよね」
- 476: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 23:28:52.05 ID:eXdEIRMC.net
-
絵里「事務所の住所は?」
にこ「ハーン・ハリーリの市場地区(バザール)の何処かってことしか」
絵里「ありがと。後は自分で調べる」
絵里「さて穂乃果、行きましょう」
穂乃果「いや〜絵里ちゃん、さっき言った通り私は」
絵里「穂乃果」
穂乃果「はい」
穂乃果「ふーっ」ヤレヤレ
にこ「いやそんな目で見られても」
穂乃果「オーケー、腹をくくるよ。じゃあちょっくら世界を救ってくるね。二人とも妹をヨロシクー」
にこりん「いってらー…」
- 477: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/04(日) 23:29:49.69 ID:eXdEIRMC.net
- KKEスペシャル
ドキュメンタリー【ハムナプトラへの招待〜ミイラ再生〜】
Next:#9「MUSEUMで動死体?」 ラブライブ!× ハムナプトラ -失われた砂漠の都- - 488: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 22:43:36.67 ID:vR0VTKC1.net
- ・
・
・
真姫「はぁ、はぁ、はぁ……!」
太陽を失ったカイロのバザールは暗く、活気も失せていた。
光の射さない、細く曲がりくねった路地を一人駆けていると、
まるで世界に自分だけが取り残されてしまったような気持ちになる。
真姫(私のバカ…! こんなことなら……でも…)
頼み込んででもにこ達と一緒に来るべきだったのでは――
余計なプライドと、自身の発見が引き金となって呪いの扉が開かれ、
彼女らの一人に重傷を負わせてしまったことの負い目が邪魔して、
結局こうして独りぼっちだ。
- 489: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 22:44:31.45 ID:vR0VTKC1.net
-
両手には、自分が独力で成し遂げた発掘の成果である死者の書とカノプス壺が。
つい先刻、事務所に忍び込もうとする何者かの気配を感じた真姫は、
咄嗟にこの二点を引っ掴むと、転がるように逃げ出した。
だが、もっと大切なものがあったのではないか――?
事務所の机の上には、不死者を打ち倒す手掛かりになるかもしれないものが残されている。
自分が成すべきだったのはそちらを持ち帰って、にこや絵里たちに託すことじゃないのか?
今更両親や周囲を見返すための発掘品に何の意味があるだろう。
自分は天才なのに――どうしてこう、いつも選択を間違ってしまうのだろう。
真姫(お願い神様…! どうか…このまま)
もし、無事に戻れたらその時は――もっと人に頼っても、いいのかもしれない。
- 490: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 22:45:55.83 ID:vR0VTKC1.net
-
ほのえり「あっ」
希「げっ…」
バザールの通りに面した事務所二階の入口で、火事場泥棒よろしく大風呂敷を背負った希と絵里たちは鉢合わせした。
もはや何も言わず背を向け室内の窓に向かって駆け出した彼女の後頭部に、
絵里は部屋中に飾られている真姫を写した写真立ての一つを無造作に掴んで投げつける。
ゴツッ☆ 「あだっ!」
穂乃果「ナイッショ」
バサバサと音を立てて、転倒した希の風呂敷から彼女が持ち去ろうとしたものが溢れ出した。
いくつか金目のものも混じっていたが、大半は何かの書類や書物のようだった。
絵里「これはこれは希ぃ、この世の終末が来るからって大掃除でもしてたの?」
彼女によって荒らされ尽くした室内の散らかった床を大股で歩きながら言う。
- 491: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 22:47:31.71 ID:vR0VTKC1.net
-
ドツンッ!
希「がっ…」
絵里「どうやらまた宗旨替えしたみたいね」
本棚に身体を押し付けると、胸元のネクタイを引っ掴んで息がかかるほどに顔を近付けさせる。
絵里「お陰で新しいお友達も出来たみたいだし」
希「ウ…ウチの友達は今も昔もエリちだけ……これは本当よ」
絵里「ならどうしてあんなやつとつるんでるの…!」
希「し、仕方なかったの…! そうでもしなきゃあの時殺されてた…」
- 492: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 22:48:16.35 ID:vR0VTKC1.net
-
希「ミイラの右腕になる方が、その通り道にいるよかマシでしょ……災いへの免疫もらえるし、御守買ったみたいなもんやん」
絵里「ふざけないでっ」ガツ!
希「かはっ……エリちも、こっちに来て……今なら、間に合うから…」
希「エリちは、あいつのディナーの献立には載ってない。大人しく雪穂ちゃんを差し出せば」
絵里「そんなの認められるわけないでしょ!」グググッ
希「ぐっ、はぁ…! やっぱり、やっぱりあの子のことが大事なんだね…? エリち…キミって人は…」
- 493: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 22:49:23.93 ID:vR0VTKC1.net
-
絵里「フーッ、フーッ…」
希「…どうしたの? もっと痛めつければ? 獣みたいに呼吸荒くしちゃって…」
絵里「……」
希「ははっ、そんなに顔を近付けるとチュウしちゃうよ? なんちって」
絵里「………そうね、じゃあそうしましょうか」
希「へ……? うおっ、ぉぁぁぁああああああ!!!??」
シュインシュインシュインシュインシュイン……
希の爪先がたっぷり三十センチは地面から浮いていた。
平時では有り得ないような馬鹿力を発揮した絵里が彼女を持ち上げたのだ。
希の鼻先スレスレに、高速で回転する天井扇の羽が冷ややかな風を送り込む。
絵里「プロペラにキスしたくなかったら、知ってることを洗いざらい話しなさい!」
希「ほ、本を探してるの! 壺と一緒に出てきた黒の書を!」
- 494: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 22:51:57.15 ID:vR0VTKC1.net
-
真姫「……あ…れ……ここ、事務所の前…」
真姫「………なんで」
おかしい、何もかもが変だ。
さっきから同じ道を何度もぐるぐる回ってしまっている。
通り慣れているはずのバザールの街角は、
どこまでも薄暗く同じような路地が延々続く迷路となって
真姫を惑わしていた。
- 495: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 22:54:24.23 ID:vR0VTKC1.net
-
真姫(落ち着け……落ち着くのよ、私)ドックンドックン
真姫(気が動転してるんだわ……深呼吸して……動悸を鎮めて……)
ビ ュ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ
真姫「――!?」
生暖かな風に乗せられて、目の前に何やら黒い塊が飛来する。
真姫「………これ」
真姫「ハムナプトラで無くした私の帽子…」
『たしカニおカえシしマシた。つギはわタしノモのをかエしテモラいマすよ…』
真姫「!―――」
- 496: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 22:55:34.60 ID:vR0VTKC1.net
-
真姫「んん゛! むぐう゛う゛ぅぅ…!!」
腐臭のする唇が、彼女のファーストキスを奪った。
口内に、ニュロニュロと蠢く何かが侵入してくる。
元は花陽の舌だったそれは、別のものに形を変え、
真姫の喉奥の、さらにその向こうにあるものを求めて――
- 497: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 22:56:55.22 ID:vR0VTKC1.net
-
希「死んだ彼女を復活させるために、死者の書と生贄が必要なの! ウチはそれを探してこいって命令されて」
絵里「それくらいとっくにこっちも知ってんのよ。まだ何かあるんでしょ」
希「これで全部だって……あとは何も」
絵里「ならあなたがネコババしようとしたこの資料は? 隠すと身の為にならないわよっ」グイッ
シュインシュインシュインシュインシュイン!!!!
希「わーっ!! 本は二冊あるの!! 黒の書と、黄金の書!!」
穂乃果「黄金…アメン・ラーの書だね?」
希「そうそれっ! 何でか知らないけど、あの人は両方欲しがってるんよ。それで」
希「事務所の机に丁度ハムナプトラ関連の書物が山積みになってたから、手掛かりになるかもーと思って」
希「ホントにこれで全部! 全部話したから下して…」
- 498: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 22:59:52.82 ID:vR0VTKC1.net
-
直後、望み通りに彼女の身体はストンと床に落ちた。
しかし絵里の意志ではない。
「う゛え゛え゛え゛え゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛…」
表から聞こえた、黒板を引っ掻いたような超高音域の絶叫に驚き、反射的に手を放してしまったのだ。
――その隙を見逃す希ではない。
希「さいなら!」バリィィン
窓枠を突き破って、運の良い彼女が落下したのはたまたま開かれていた果物屋のテントの上。
絵里「希!」
窓から通りを見下ろす頃には、彼女の姿は既になく――代わりに
悲鳴を聞きつけ恐る恐る顔を出した群衆が、遠巻きに何かを見守っているのが見えた。
- 499: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:01:14.34 ID:vR0VTKC1.net
-
絵里「あれは…」
路地の真ん中で、仕立ての良さげな服を着た誰かが、萎びた手足を投げ出し倒れている。
血色の失せた骸骨のようなその抜け殻は、もはや人体の基礎を構成するパーツ群にまで還元されてしまっていて、
元が誰だったかを判別するのは困難に思えたが、その胸の上に載せられた赤い帽子だけは見違えようもない。
穂乃果「真姫ちゃん…?」
その呟きが届いたのか、遺体の脇に立つローブを纏った人物がこちらに振り返る。
右手に死者の書、左手にカノプス壺。
そしてその口から大海蛇の如く肥大化し飛び出した舌の上には、熟れたトマトのように真っ赤な臓器が。
絵里「心臓を手に入れたんだわ…」
- 500: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:02:14.88 ID:vR0VTKC1.net
-
ズルズルと、真紅の臓器を“掴んだ”舌が、不死者の口内に収まっていき、
それを飲み込まんと彼女は顎が外れるほど大口を開け――実際に外れてしまった。
『んぐッ…………ふゥ』
そのままほとんど無理やりに嚥下してしまうと、外れた下顎を玉袋のように揺らしながら
復活にまた一歩近付いたウミホテップは、邪魔者二人に鋭い視線を投げかける。
実際、病的なほど白い真皮がむき出しとなった肌と左の頬に空いた大穴を除けば、
彼女の顔は人間だった頃の面影を取り戻しつつあった。
絵里「へえ、中々凛々しいじゃない」
穂乃果「顎が外れてなきゃね」
- 501: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:04:19.15 ID:vR0VTKC1.net
-
『コォォォォォォォォ……はぁァぁぁッ』
顎を元に戻そうともせず、不死者は大きく息を吸い込んでから、
『カァァァァァァァァァァァ!!!!!』
可動域の限界を超えた大口から黒い何かを大量に吐き出した。
絵里「やばっ…!」
咄嗟に鎧戸を閉める。隣の穂乃果も同じことをしていた。
- 502: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:05:13.57 ID:vR0VTKC1.net
-
バズバズバズバズバズ!!! ドタンドタンドタン!!!!
その判断は正解だったらしい。
木の扉に何かが次々ぶつかる音がした。それも尋常でない数が。
黒いものの正体が何にせよ、良くないものであることは間違いない。
絵里「これで犠牲者は二人。二つのキーアイテムも奪われて、残りも二人」
穂乃果「その次は雪穂だ…すぐに砦に引き返さなきゃ」
絵里「急ぎましょう。希の置き土産を持ってくのを忘れずにね」
- 503: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:06:23.89 ID:vR0VTKC1.net
-
「キャアアアアアーーーーー!!!!」
「うわっなんだこいつ! 離れろ!あっちいけー!!」
バザールは悲鳴と混乱の大安売り会場と化していた。
歩く災厄が体内より吐き出したのはアブとブヨの黒い雨。
彼らは路地に集まった人々を手当たり次第に噛み刺し終えると、
次なる犠牲者を求めてエジプトの暗黒の空へ飛び立っていく。
そしてウミホテップもまた次の目的地へ向かうため、自身を砂に変えて舞い上がるのだった。
- 504: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:08:20.56 ID:vR0VTKC1.net
- ――――
――
にこ「…」トントントントン
凛「……」
にこ「…絵里たち遅いわね。何を手間取ってるのかしら」
凛「そうだね…」
にこ「……きっと道が混んでるのね。急に夜になっちゃったもんだから皆慌ててるのよ」
凛「そうだね…」
にこ「……」
にこ「凛、あんたってタマついてる?」
凛「そうだね…」
にこ「っ〜〜〜」フルフル
- 505: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:09:46.48 ID:vR0VTKC1.net
-
にこ「そだっ、退屈しのぎになんかゲームでもしましょうよ。カードは持ってきてないから」
にこ「しりとり! しりとりでもしましょっ、最初はしりとりのりー」
凛「りん」
にこ「んがぁあっ!」
にこ(ダメ、そろそろこっちの心も折れそ……でもこのまま二人っきりで気まずい時間を過ごすのも御免被りたいし)
にこ「……下に行ってお酒買ってくるわ。あんたも何か欲しい?」
凛「……」
にこ「今なら特別にこの私のおごりだけど?」
凛「……………バーボン、ストレートで」
にこ「ふふん、おっけーにこ」
- 506: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:10:50.90 ID:vR0VTKC1.net
-
凛「…あとロック、ダブル。もちろんバーボンね」
にこ「りょーかい」
凛「それとチェイサー用のバーボンも」
にこ「分かった分かった! 店にあるバーボン全部買い占めてくるわよっ」
にこ(全く…落ち込んでるかと思ったら変なところで図々しいし。ホント、猫みたいに読めないやつ)
にこ「……そうだ、何で思いつかなかったのかしら」
にこ「あの子の飼い猫! どこ行ったのか知らないけど、あれを厄除け代わりに手元に置いとけばいいじゃない!」
にこ「にこってあったまいいー! お酒買うついでに探して連れてくるわ! そこで待ってなさいよーっ」ガチャッ
<ニコプリ!ニコニコ!ニコプリ!イエーッ♪…
凛「……ドアは開けたら閉めてよね。寒いでしょ」バタン
- 507: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:13:21.83 ID:vR0VTKC1.net
-
凛「それに凛が猫アレルギーだってこと忘れてるよね。本気で連れてこられるとミイラに襲われる前にお陀仏だよ」
凛「はぁ、なんでこんな体質に生まれちゃったんだろ。ついてなさすぎ…」
凛(凛はちっちゃい頃から猫が好きで、仲間になりたくて仕草なんかを観察して真似っこしてたのに)
凛「心と身体がバラバラなのは辛いことだよ…」
凛「……」
凛「にゃ、にゃーん」
凛「凛は猫、猫は凛、凛は猫さんだよ、ふしゃーっ……っ」
凛「なーんて、昔はよくやってたっけ」
凛「…………はぁ、本当に猫になれればいいのに」
凛「猫には九つの命があるっていうよね。そしたらもう怪物を恐れることなんてないのに」
凛「………」
凛「なーお……ぬぁーお……ぬにぇぁ〜ぇお……」
――――
――
- 508: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:14:49.60 ID:vR0VTKC1.net
- ・
・
・
「いいか、よぅく見てろよ」
りん「うん…」
――B A N G !
りん(いつ聞いても、パパの早うちは一ぱつのじゅう声にしか聞こえない。そのかわり、音がものすごいけど)
りん(そしてひょうてきには、あなが六つあいてるんだ)
「よし、同じようにやってみろ」
りん(って言われても、出きるわけないんだけど)
- 509: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:18:52.92 ID:vR0VTKC1.net
-
BANG! BNAG! BANG! BANG! BANG! BANG!
「遅い遅い遅すぎだ。見ろ、欠伸にハエがとまったぞ。うちの爺様のフ○ックの方がまだ腰と気合いが入ってらぁ」
りん「…ふぁっくって何?」
「気に食わんやつを泣いたり笑ったり出来なくしてやることさ。お前もそうなりたいか?」
りん「…」フルフル
「…続けろ。酒をとってくる」
- 510: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:19:34.30 ID:vR0VTKC1.net
-
りん(りん知ってるよ。パパのきびしさはきたいのうら返しだって)
りん(パパはこのへんで……ううん、た分このくに一ばんのガンマン)
りん(パパのガン・ショーは、いつどこでもおきゃくさんでいっぱい。きっとりんにも同じことをさせたいんだろうな)
りん(でも、たぶんりんはどんなにがんばっても、パパみたいになれないってことも分かるの)
りん(ほん気になったパパはすごい。あんなのだれもまねっこ出きないよ)
- 511: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:20:43.21 ID:vR0VTKC1.net
-
りん(ピースメーカーで早うちしようと思ったら、フツーはりょう手をつかう。かた手でじゅうをもって、もうかた手をハンマーにそえて)
りん(でもほん気を出したパパのりょう手は二ちょうのピーメでふさがってる。もちろんこれでもうてるけど、早うちなんて出きっこない)
りん(パパいがいには。パパのズボンのポッケはいつもだん丸でパンパンにふくれてる。すぐたまがなくなるから)
りん(どうやってるの?ってなんべんも聞いた。パパは一こと、なれれば手はひつようないって)
- 512: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:21:40.86 ID:vR0VTKC1.net
-
『いいか。お前は人じゃない、銃のパーツの一部だ。腕を銃と一体化させろ』
『そのためのコツを特別に教えてやる。自分以外の何かになるにはそいつの、銃の気持ちになって考えるのが手っ取り早い』
りん『じゅうって何をかんがえてるの?』
『バーカ、銃は生き物じゃねぇんだ。何も考えてねぇに決まってんだろアホ』
りん(りんはバカでアホだから、パパの言ってることがよく分かんない)
りん(ただひたすらパパを見て、まねっこをつづけるしかなかった)
- 513: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:23:59.66 ID:vR0VTKC1.net
-
「おう、やってるな」
りん「パパ…」グウウウ
「そこの弾丸、全部撃ち終えたら夕飯な」
「今日はママ特製のターコイズチキンだぞ。色が変わらんうちに来いよ、ハハ」
りん(ターコイズ……じゃあ行かなくていいや)
りん(…………でもおなかすいた)
りん「あと何はつあるんだろこれ…」
りん(しずんでいく太ようを見ながら、とほうにくれるのがりんの日っかだった)
- 514: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:24:53.72 ID:vR0VTKC1.net
-
≪PURR…≫
りん「あ、ねこちゃん…」
≪PURR……MEOW,MEOW!≫
りん「……はぁ、どうしたらキミみたいになれるかな」
りん「すばしこくて、やわらかで、じゆうなキミに」
- 515: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:27:47.11 ID:vR0VTKC1.net
-
――BANG!BANG!BANG!
『お前が銃になれば、両手なんて必要ねぇんだよ』
りん(うでは、ひつようない…?)
BBBANG! BBBANG!
PURR…PURR…MEOOOOW…
『そいつの気持ちになって考えるんだ』
りん(……かんがえてみれば、ねこってはだかだよね)
りん(だからあんなにはやく動けるのかな…?)
- 516: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:28:56.36 ID:vR0VTKC1.net
-
『PURR……PURR……PURR…』
りん(………)
りん(そいつの気もちになってかんがえるには、こうやってかんがえてちゃダメ)
りん(……パパの言ってたいみが、やっとわかった気がする)
- 517: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:29:45.66 ID:vR0VTKC1.net
-
――そうだ、あの日 小っちゃい凛はどうした?
……思い出したよ
物理的に近付けないなら、精神的に近付けばいいんだ!
- 518: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:30:47.37 ID:vR0VTKC1.net
-
――
―――――
『MEOOOOW……MEOOOOW……MEOOOOOOW…!』
猫を初めて家畜化した古代エジプト人にとって、同時に彼らは信仰と崇拝の対象でもあった。
闇の中で光る猫の目は、夜になって眠りについた太陽を悪しきものから守るため、
ラー自身が地上を監視するために利用しているからだという。
すなわち、猫は悪霊を監視する聖獣であり、その目には魔除けの力が秘めれている…という理屈である。
- 519: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:32:34.54 ID:vR0VTKC1.net
-
『PURR…PURR……MEOW…?』
警備の数を平時の三倍に増強したノーブランド砦の一室で、ひたすらに喉を鳴らし続ける彼女もまた、
外の暗黒の内より接近する邪悪の気配を敏感に察知した。
『S P I I I I I I I I I I T!!!!!』
テーブルの上から窓際にジャンプし、背を丸めた威嚇のポーズをとりながらガラスを睨み付ける。
愛に生きるあの悪霊の天敵が恋と音楽を司る女神とされるバステト神の化身、すなわち猫というのも皮肉なものだ。
やつは自分に指一本触れることすら出来ずに尻尾を巻いて逃げ帰ることだろう。
彼女が本物の猫になれたのなら――
- 520: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:34:04.87 ID:vR0VTKC1.net
-
ガシャアアアアアアアアアアン!!!!
窓ガラスごとぶち破って、雪穂の部屋の客間に侵入してきたのは
生き物のように意志を持ったうねる砂の暴風。
それは無秩序な喧騒を好まないウミホテップの性格を反映し、音もなく室内で渦を巻いて吹き荒れた。
塵旋風の只中にいながら、テーブルやその上に畳まれて置かれた衣服に下着、
銃の収まったホルスターやカノプス壺は何の影響も受けることはなかった。
- 521: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:34:48.25 ID:vR0VTKC1.net
-
『MEOOOOOOO お゛お゛お゛お゛お゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛…』
猫になろうとした凛だけが、砂のミキサーに生命を搾り取られ、
元よりスレンダーだったシルエットがぺらぺらとなって壁に叩き付けられる。
全てが終わった時、そこに立っていたのは一層の人間らしさを回復させたウミホテップだった。
- 522: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:35:40.42 ID:vR0VTKC1.net
-
ウミホテップ『………』
その肌は生前のみずみずしさを完璧に取り戻し、九割九分復元された顔の端整な造形は
この時代でも街を歩けばすれ違った男女がこぞって振り返ることだろう。
カサカサカサ…
その頬に未だ空いたままの穴に、喉元の露出した筋肉の束をかき分けて
中から這い出してきたスカラベの一匹が入り込む――と、
- 523: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:36:52.43 ID:vR0VTKC1.net
-
ウミホテップ『』バリ!ボリベリ…
口直し代わりにそれを噛み砕いて再び体内に送り込みながら、不死者は床に転がる全裸体のミイラに一瞥を。
この女がそんな恰好で何をしていたのか今となっては知る由もないが、別に知る必要もない。
異なる時代、異なる民族の風習なぞ本当に知ったことではなく、
しかもこいつは財宝目当てに自ら呪いを解放して自分にその身を差し出した者だ。
三千年経っても人の浅ましさは変わらず、真に尊ばれるもの――愛は得難いものらしいことに、古代の大神官は嘆息し。
それでも一応の礼儀として食後の合掌を済ませると、自身が破壊してしまった窓に近寄り静かに鎧戸を閉めた。
- 524: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:38:04.15 ID:vR0VTKC1.net
-
ウミホテップ『さて、どうシたものでしょう…』
手に入れたばかりの心臓の高鳴りを感じる。
この部屋の閉ざされた扉の向こうに彼女がいるのだ。
愛しのミナリンスキーの身替りとなるべく選ばれた彼女が。
肉体は全く別のものだし、魂については言わずもがな。
ウミホテップ自身、何故想い人の替わりがあの女性なのか明確な解は持ち合わせていない。
もしかすると前世で自分たちと何らかの因縁があった魂の器なのかも――
いずれにせよ、初めて会った時から彼女にミナリンスキーと近しいものを感じているのは事実だ。
- 525: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:39:44.87 ID:vR0VTKC1.net
-
ウミホテップ『ミナリンスキー…』
ローブの裾を引き摺り、吸い寄せられるように寝室の入口へと。
鍵のかかったそれを先のように騒々しく蹴破ることは、礼節を重んじる彼女の本意ではない。
ウミホテップ『ふむ…』
一時逡巡した後、人差し指を鍵穴に差し込むように密着させる。
その先端が溶けて砂と変わり、さらさらと内側へ流れ込み始めた。
- 526: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:41:22.09 ID:vR0VTKC1.net
- ・
・
・
雪穂「あれ…」
ここはどこだろう。
意地悪な絵里さんが自分を閉じ込めた狭い寝室じゃない。
それよりもずっと広く、照明が強すぎるのか目を明けていられないほどに眩しい場所。
いや、違う。ここに照明なんてなかった。
天井に床、その上に配置された調度品の数々。その全てが金張りされていて、目も眩む贅沢な輝きを放っている。
自分が手にしている武器も。
――武器? 何故自分が武器を?
- 527: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:42:42.45 ID:vR0VTKC1.net
-
「やぁああっ!!」
雪穂「――!」
すぐ眼前には金のマスクと胸当てをした細身の女性が。
その両手の短剣を振るい、しなやか且つ流麗な刺突の連撃を繰り出してきた。
雪穂「わッ」
咄嗟に黄金の釵でこれを受け流そうとし――捌き切れず弾き飛ばされた。
勢いに負けて転倒した自分の首筋に、短剣の切っ先が冷ややかな感触と共に突き付けられる。
……この短剣は古代のエジプトで用いられていたものだ。
- 528: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:46:04.07 ID:vR0VTKC1.net
-
「ブラボー! おおブラボー!」
雪穂「……!?」
「二人ともお疲れさま。いや〜いいもの見せてもらったよ」
雪穂「………お姉ちゃん?」
「こらユッキー、公的な場ではホムラス大王と呼びなさい」
こちらに歩み寄ってきた、全身金ピカで姉にそっくりの女性は、自らを王だと言う。
自分は今、古代エジプトの王の間にいる――? でも…
雪穂「ホムラス大王って誰?」
- 529: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:47:35.73 ID:vR0VTKC1.net
-
ホムラス「ガビーン!? 自分の姉のこと忘れちゃったの? エジプト第19王朝に君臨する歴代一の富と権力を誇るこのホムラス2世を!」
ホムラス「この即位名はラー・ホルアクティから取られてるんだよー。私は文字通りエジプト全土を照らす太陽神なのだーわははっ!!!」
雪穂「いや聞いたことないし。それに古王朝時代随一の金持ちファラオって言ったらマリィ1世でしょーが」
ホムラス「ちょい待ちタンマ。ユッキー、マリィ1世って?」
雪穂「知らないの!?」
ホムラス「ぜーんぜん。1世とか付いてるけどそんなファラオ歴代にいないよ? ユッキー本当に大丈夫? 頭の打ちどころが悪かったとか…」
- 530: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:48:59.81 ID:vR0VTKC1.net
-
ザワザワザワ…
ホムラス「あ、皆ごめんねー? 妹にはあとでよーく言っておくから」
ホムラス「えーおほん! それでは気を取り直して」
ホムラス「この御前試合の勝者ミナリンスキーを、我が守護者に任命します!」
雪穂「えっ!? ミナリンスキー?」
パチパチパチパチパチ…
「…」ペコリ
先ほど自分を追い詰めた短剣の使い手が、マスクを取り去って見物人たちに一礼する。
- 531: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:50:10.58 ID:vR0VTKC1.net
-
この人が、ミナリンスキーなのか。
羊毛色の長い髪が美しい、女の自分でも一瞬見惚れてしまうような妖艶さを内に秘めた愛くるしい顔立ち。
なるほど、王やその側近の神官を虜にしてしまうのも納得の美貌と雰囲気の女性だが…
ホムラス「ついでに発表しちゃうけど、彼女は私の未来のお嫁さん候補なんだー。可愛いよね?でしょー?」
雪穂「ってお姉ちゃんもかーい!」
ホムラス「負けちゃったユッキーは……そうだなぁ、アヌビスの腕輪の守護者でもやっててー」
- 532: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:51:05.27 ID:vR0VTKC1.net
-
ミナリンスキー「ねえ」
雪穂「あ…は、はい? なんでしょうか…」
ミナリンスキー「今回は私が勝っちゃったけど、かなり際どい試合だったよ? 前にやった時とは別人みたいで、びっくりしちゃった」
雪穂「はぁ、そりゃどーも……えーっと、ミナリンスキーさんも流石のお手前で」
ミナリンスキー「えへっ。私には優秀な先生がついてるから」
- 533: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:52:32.97 ID:vR0VTKC1.net
-
余興が終わり、王の間からぞろぞろと人々が退出していく。
ファラオの親衛隊に侍女たち、その中にいくつか見覚えのある顔が混じっている気がする。
そして多数の尼僧を引き連れた大神官――
ホムラス「バイバイ、ウミチャ…じゃなかったウミホテップよ。今日もお勤めに励んでくれたまえ」
ウミホテップ「はっ」ペコリ
- 534: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:53:27.02 ID:vR0VTKC1.net
-
雪穂「あれが、ウミホテップ…」
しめ縄を思わせる形状に結われた特徴的な黒髪に、きりりとした黄褐色の瞳。
顔立ちの端整なのは言うまでもない。
ウミホテップ「…」チラッ
その彼女が部屋を去り際、一瞬ミナリンスキーの方へ目配せしたのを見逃さなかった。
- 535: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:56:34.69 ID:vR0VTKC1.net
-
―――――――――――――――
――――――
――
雪穂「はぁ、どーなってんだこのエジプトは」
夜。自分は今、生者の都テーベを一望できる王宮のバルコニーにいる。
どうやら姉が王というのも、自分がその妹だというのもここでは歴然とした事実であるようで。
雪穂「私の知る歴史と全然違う世界じゃん。ユッキー王女って誰よ勘弁してよねー」
雪穂「……そか、これ夢だ」
雪穂「私の頭が史実と支離滅裂とをごっちゃにして生み出した、架空のエジプト」
雪穂「ああ、だとしてもここまで間違いだらけなのは気持ち悪いや。早く覚めて……ん?」
雪穂「あれは…」
- 536: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:58:15.18 ID:vR0VTKC1.net
-
向かいのバルコニーで、覆い用のカーテンが風にそよぎ、中の様子が垣間見えた。
――ミナリンスキーがあの大神官、ウミホテップと熱い抱擁を交わしている!
雪穂「うわっ大胆。誰か見てるかも―とか思わないのかな…」
雪穂「……」
そう、このハチャメチャな夢の世界で、唯一自分の知識と合致するのはあの二人の存在だ。
そしてその関係も。
その場合、これから何が起きるのか。
ホムラス2世を名乗る自分の姉は、ミナリンスキーを未来の嫁だと言った。
もし、もしもこの世界での姉の役割が、史実のマリィ1世と同じだとしたら――
雪穂「いけない、お姉ちゃん…!」
- 537: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/05(月) 23:59:35.26 ID:vR0VTKC1.net
-
「コッティー♡」
その推測を裏付けるように、能天気な姉の声が向かいから聞こえた。
対照的に、密会の最中だった二人は慌てふためき、ウミホテップは物陰へと身を隠す。
「今夜もいっぱい御本読んだり、一緒に羊の数数えたりしよーね」
雪穂「やばい! 今入ってきたら…!」
- 538: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 00:03:05.94 ID:3grryIQB.net
-
「ん? どしたのコッティー? 様子が変だよ」
どこまでも呑気な姉の背後から、ほの暗い殺意を募らせたウミホテップが刀剣を手に忍び寄るのが見える。
雪穂「近衛兵! 誰かぁ! 誰か姉を助けてっ!!」
騒ぎを聞きつけた親衛隊が何か怒鳴っている声がするも、もう手遅れだった。
「ウミチャン、あなたなの? ホムラスの忠実な大神官…ホムラスの幼馴染で大親友のあなたが…!」
「…これも愛の為。御免!」
「い゛っ…ぎゃあああああああああああっ!!??」
雪穂「お姉ちゃあああああああああん!!!」
- 539: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 00:04:42.80 ID:3grryIQB.net
- ・
・
・
恐慌の末にバルコニーから転落したところで、悪夢の世界より帰還する。
ここではないどこか別の世界の苦々しい記憶から、同じくらい苦々しい現実へと。
ウミホテップ『ミナリンスキー…この子を使ッてあなたを必ず…』
すぐ目の前に、夢で見たのと同じウミホテップの顔があった。
ウミホテップ『これはその誓い印です…』
雪穂「ん゛ん゛――?」
- 540: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 00:05:40.46 ID:3grryIQB.net
-
今度こそ、雪穂の唇にウミホテップのそれが重なった。
苦味が口いっぱいに広がる。
それもそのはず。
生者に触れたことで、未だ悪霊である不死者の肉体は崩壊し、
口元やその周りの皮膚が腐り落ちて骨が露出し始めたのだ。
雪穂(いっ、いやあああああああーーー!!!)
- 541: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 00:07:30.54 ID:3grryIQB.net
-
バ タ ー ン !
ウミホテップ「――!?」
逢瀬のひと時を邪魔する扉の開閉音に、三千年前の苦い記憶を呼び覚まされたウミホテップは振り返る。
絵里「その子から離れなさいこのロリコン! 何千歳年離れてると思ってるの?」
穂乃果「そーだそーだっその腐った顔をうちの妹に近付けるな! せめて歯ぁ磨け―!」
雪穂「二人とも…!」
ウミホテップ『まタあなた達ですか…いい加減目障りでスよ』ジュルジュル
- 542: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 00:10:22.13 ID:3grryIQB.net
-
穂乃果「よしっ絵里ちゃん任せた、やっつけちゃって!」
絵里「いや簡単に言わないでよ。相手は銃弾が効かない化け物よ?」
穂乃果「え、なんか策があったんじゃないの? 自信満々に扉蹴破ったからてっきり…」
絵里「格好良く扉蹴破るやつが後先考えてるわけないでしょ。こういうのは出たとこ勝負なのよ」
ウミホテップ『何を二人でごちャごちゃと…』ボトボトビチャビチャ
穂乃果「ひええええっ? 何か色んなもの垂らしながらこっち来たよ絵里ちゃん!?」
絵里「くっ…こっちは冷や汗タラタラよ。何か手は」
「とーどーけ魔法〜♪ 笑顔の魔法、みんなを幸せに〜♪」ガチャッ - 543: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 00:11:26.27 ID:3grryIQB.net
-
にこ「にっこにっこにー! お待たせにこ―っ、お酒と猫持ってきたわ……よ…」
穂乃果「……」
絵里「……」
ウミホテップ『……』
にこ「…ぉ」
穂乃果「で、でかしたっ! にこちゃん、ナオボーをこっちに投げて!早く!」
- 544: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 00:14:58.94 ID:3grryIQB.net
-
にこ「ッ…!!」
≪ヌァーオ!!≫
ウミホテップ『ッ…その生き物をさがらせなさい!』
穂乃果「ほれほれほれ〜」つ≪フシャーッ!≫
ウミホテップ『っくゥ……やめろと言ッてるのですっ』
絵里(!? ――どういうこと? 前より効き目が…)
穂乃果「うりゃうりゃー猫パンチだぞ〜」つ≪シャッ、シャー!≫
ウミホテップ『ええいッ鬱陶しい! この距離なラば…』
絵里「いけない穂乃果っ、もっと猫を近付けて!」
穂乃果「や、これ以上近寄るのはちょっと」
絵里「貸して!!」つ≪ギニャッ!?≫ - 545: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 00:16:33.62 ID:3grryIQB.net
-
絵里「うあああああああああ!」つ≪ゴロロロロロロ…!≫
猫を腰だめにしっかりと構え、半ば捨て身の突進を――!
ウミホテップ『クっ…!』
流石に狼狽えた表情と共に、不死者はローブをマントのように翻し全身を庇う。
そして高速で旋回――
- 546: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 00:17:33.86 ID:3grryIQB.net
-
ビュオアアアアアアアアアアア!!!!
絵里「わぷっ…」
超局地的な竜巻のグラウンド・ゼロと化したウミホテップは、
その内に秘めたエネルギーを爆発的な勢いで砂と変え、弾けて四散した。
絵里「きゃあああーーー!!!」
竜巻は絵里と猫を巻き上げ天井まで吹き飛ばすと、そのまま寝室の窓から
冷え込み始めた夜の外気に入り混じって逃亡した――律儀に鎧戸を閉めていくのを忘れずに。
- 547: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 00:18:46.26 ID:3grryIQB.net
-
雪穂「ハァ、ふーっ…」
絵里「っくゼェはぁ……大丈夫だった…? 怪我はない?」
自らも床と天井を一往復するというダメージを受けながらも、
絵里は真っ先に雪穂の身を案じて優しい言葉をかけ、
穂乃果「いやーなんとか。何度見てもビビるよねぇ、もー心臓バクバク」
絵里「……」
にこ「大丈夫じゃないわよぉ…」
- 548: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 00:19:42.02 ID:3grryIQB.net
-
こちらは情けない声で呻きながら、
ガサガサに肌荒れして黄色くなった凛の傍らにへなへなと崩れ落ち、
にこ「ご凛終にごぉ…次は私の番よぉ」
本人が聞いたら凍死しそうな台詞を絞り出すと、自分がガタガタ震え出す。
雪穂「こっちもだ…」つ≪……ーォ…≫
部屋の隅で、飼い猫を抱きかかえる雪穂の瞳は涙に潤んでいた。
天井に叩き付けられた際の衝撃がこの小動物には致命傷となったのか、
彼女の手の中でぐったりとしたその瞳の光は、ほとんど消えかけていた。
- 549: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 00:22:20.22 ID:3grryIQB.net
-
穂乃果「なんてこった……最後の切り札が…」
絵里「いえ、さっきの彼女は前ほどその子を恐れていなかった」
絵里「完全復活が近付いてる証拠よ。多分もう、次会う時には猫はアテにできない…」
にこ「凛を食ってパワーアップしたってこと? …そうだ真姫は」
絵里「…」フルフル
にこ「っ…ぐ、っ…」
- 550: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 00:22:51.91 ID:3grryIQB.net
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絵里「…早急に猫に代わる新しい武器を見つける必要があるわ」
雪穂「私もそれは前々から考えてました……けど、現状では何のヒントも掴めてなくて」
絵里「穂乃果、あれを」
穂乃果「じゃじゃーん、これなんだと思う? って、穂乃果たちも分からないんだけどさ」ドサッ
絵里「真姫の事務所で見つけたの。希が、アメン・ラーの書の手掛かりだとか言ってたんだけど」
- 551: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 00:24:09.59 ID:3grryIQB.net
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雪穂「凄い…これ全部ハムナプトラに関する資料だ。ベンブリッジの研究論文に古代の碑文の写しやらなんやら」
雪穂「本当に凄いよ、マニアの私が全然見たことないものまである……流石真姫さん、ありとあらゆる関連文書を片っ端からかき集めてたんだ…」
絵里「ここからは推測になるんだけど、彼女は何か私たちの知らないことに気付いたんじゃないかしら」
絵里「危険を冒してまで事務所に戻ったのは、その資料があるからと考えると説明がつくわ。そうまでする理由がその中にあるってこと」
雪穂「私も同意見です。ただこの資料、量が膨大過ぎてどこから手を付けたらいいのやら…」
- 552: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 00:24:54.48 ID:3grryIQB.net
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穂乃果「私たちじゃ役に立てなさそうだよね」
雪穂「古代エジプト語で書かれた碑文の写しも多いし。この辺りにいる私以外の専門家は」
絵里「館長とラズァイの彼女ね」
雪穂「今すぐ博物館へ向かいましょう」
にこ「……この砦、いくら高い壁があっても糞の役にも立ちゃしないしね」
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- 8: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 00:52:31.61 ID:3grryIQB.net
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【カイロ考古学博物館 2F 回廊】
雪穂「恐らく鍵はアメン・ラーの書だと思うの」
穂乃果「ウミホプテも探してるらしいしね」
雪穂「惜しい、でもウミホテップね。いい加減覚えなよ」
雪穂「黒の書が死者を生き返らせるなら、反対に金の書はこの世ならざるものを冥府に送り返せる…ってのは都合よく考えすぎかな」
英玲奈「確かに伝承とも一致するが――肝心の書はどこに?」
雪穂「まあ、最初はもしかしたら二人がその場所を知ってるかもと期待してたんだけど」
あんじゅ「ごめんなさいねえ。何しろハムナプトラについて記述された書物は希少な上に、戦争やらのどさくさで失われたり散逸しちゃってるから」
英玲奈「我々は監視者に過ぎん。とにもかくにも聖域への侵入を防ぐことのみに傾注してきた。資料を見つければ保存するよりも焼くのが仕事だ」
雪穂「反省会は世界を救ってからにしましょう。まずは真姫さんみたいに行動しなきゃ」
ここから2スレ目です(管理人) - 9: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 00:53:21.96 ID:3grryIQB.net
-
雪穂「ベンブリッジの研究者たちは、アヌビス像の足元に金の書があると考えてたんだけど」
にこ「実際にあったのは黒の書よ。じゃあそいつらが間違ってたの?」
雪穂「真姫さんも同じことを考えたんでしょうね。だから今一度、ハムナプトラ関連の資料を頭から洗い直そうとしたんです」
あんじゅ「なるほどね。これだけの量をよくもまぁ集めたものよ。早速分析に取り掛かりましょう」
英玲奈「微力ながら協力させてもらおう」
絵里「じゃあ私たちは表に本日休館の札を下げにいきましょうか」
穂乃果「?」
絵里「ここを要塞化するってことよ」
- 13: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 00:55:26.17 ID:3grryIQB.net
-
――――
――
絵里「よし、正面入口は固め終わったわ。窓の方はどう?」
穂乃果「バッチシ! 博物館って窓が少ないから楽チンだね」
にこ「こんなんで大丈夫かしらね…」
絵里「とりあえず窓辺に立つのと単独行動は禁止ってことで」
雪穂「トマトのリコピンが身体にもたらす十七の作用……何これ、カンケーない論文まで混じってる?」
あんじゅ「論文はとばしなさい。どうせ間違いだらけでアテにならないわ。私たちで古代の碑文をイチから読み解きましょう」
英玲奈「ラーの杖飾り……魂の井戸……これも違う」ブツブツ
<ウーミホーテップ ウーミホーテップ
雪穂「もーお姉ちゃん、こんな時に悪ふざけはやめてよ。こっちは今集中してるの」
穂乃果「はっ? 何もしてないけど」
雪穂「嘘つけ、じゃあこの声は……声は…」
ウーミホーテップ……ウーミホーテップ……
- 14: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 00:57:43.51 ID:3grryIQB.net
-
絵里「みんな、窓の方に来て!」
穂乃果「早速禁止事項に抵触してますが」
にこ「うわっ、何よあいつら」
「「「「ウーミホーテップ! ウーミホーテップ! ウーミホーテップ!」」」」
浜辺に打ち寄せる穏やかな波のようにじわじわと、博物館の駐車場に大勢の人々が集結しつつあった。
年恰好や服装、人種すらもバラバラで、
共通しているのはその手に鎌や包丁といった思い思いの凶器を掲げていることと、
封じられた大神官の名を詠唱のように合唱していること。
そして全員が女性であることだ。
- 15: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 00:58:56.88 ID:3grryIQB.net
-
穂乃果「どーみても見物に来たって感じじゃないよねぇ」
にこ「やつらの顔、まるで徹夜明けの薬中ピエロね」
にこ「揃いも揃って涎垂らしちゃって夢遊病か何か? 近くの精神病院から集団脱走でもあったの?」
雪穂「あの人たちの肌を見て。腫れ物に爛れ――災厄だよ」
絵里「悪い虫にでも刺されたのかしら」
あんじゅ「みな、彼女の奴隷よ」
英玲奈「まさにズンビーだな」
穂乃果「ずんびー?」
英玲奈「ブードゥー教のまじない師に操られ、奴隷労働に使役される死体のことだ」
英玲奈「死者の軍勢…いよいよ始まるぞ、この世の終わりが」
雪穂「終わりになんてさせないよ……行こう、皆」
- 16: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 01:01:01.54 ID:3grryIQB.net
-
「「「「ウーミホーテップ! ウーミホーテップ! ウーミホーテップ!」」」」
ウミホテップ『…』フッ
希(なんだかなぁ)
頬骨までがむき出しとなった顎で満足げな薄笑いを浮かべながら、インスタント死霊軍団を率いる主とは対照的に
居心地の悪さと薄ら寒さを感じ、組んだ腕をもぞもぞさせて委縮しながら、
希は顔色の悪い群衆に混じってなるべく前に出ないようにしていた。
ウミホテップ『最後のピースはあノ中に。今こそ在りし日の欠片を取り戻し、我が悲願を成就させる時ですっ』
「「「「ワアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」」」」
冥界神の代理人たる大神官の号令を受け、生ける屍と化したかつてのカイロ市民たちは博物館の正面入口へ進撃を開始した。
希(………あー、なんかムズムズしてきちゃった)
- 17: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 01:02:56.62 ID:3grryIQB.net
-
ドンドンドン!!!! ガンガンガンガン!!!!
穂乃果「今日はもう閉館ですよー! お帰りくださーい」
あんじゅ「普段からあれくらい人が来てくれればいいのに…」
英玲奈「残念だがやつらのお目当ては展示品でなく彼女だ。ミイラにした彼女を展示でもするか?」
にこ「言ってる場合? 尻に火が付いて大炎上してんのよ!?」
絵里「急いで裏口から脱出を…!」
雪穂「待って! 床に広げた資料、全部持ってかなきゃ」
絵里「ああんもぅ、皆手伝って!」
一同「………」シャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカ
雪穂「あとで混乱したくないから、順番滅茶苦茶にしないでね」
穂乃果「あ、うん」
英玲奈「読み終わったやつはもういい、置いていけ」
あんじゅ「それでもまだこんなに…後でちゃんと全部燃やさなきゃ」
絵里「これで全部かしら?」
雪穂「はいっ行きましょ…どうぁああ!!?」すってーん!
- 18: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 01:04:21.87 ID:3grryIQB.net
-
バサバサバサバサ……!!!
雪穂「うあ、資料がぁ」
あんじゅ「よりにもよってこんな時にそそっかしい子設定発動させないでくれるぅ?」
英玲奈「早く拾い集めるんだ!」
穂乃果「時間かかりそうだね、穂乃果は一足先に車ふかしとくよっ」ダッ
にこ「アンタ、一人で逃げたら地獄で呪うわよ!?」
絵里「彼女は大丈夫よ、多分」
雪穂「ああっすみませんスミマセ……ん?」ペラッ
絵里「手を止めないで、読むのは後でも 雪穂「ちょっと静かにして!」
- 19: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 01:06:40.22 ID:3grryIQB.net
-
ドゴッバキン!! バ タ ー ン !
「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーー!!!!!」」」」
にこ「やつらが入ってきた…!」
絵里「ユキちゃん、行きましょう…!」グイッ
雪穂「この碑文の写し、アメン・ラーの書に関する記述が…」
雪穂(碑文自体が磨り減ってたりあちこち欠けてたりで酷い虫食い状態だ。ベンブリッジが間違えたのもそのせい?)
雪穂(いや、ここでも金の書はアヌビスの下って読める…………駄目だ、手詰まり)
雪穂(――――待ってよ、発想を逆転させてみて。そもそも碑文の記述そのものが間違ってる可能性があるんじゃない…?)
雪穂(金と黒の書の場所を逆に書いてたとしたら…! だって実際にアヌビス像の下にあったのは黒の書なんだから。現地に行った私たちには分かる!)
- 20: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 01:08:23.93 ID:3grryIQB.net
-
雪穂(とすると、この中で黒の書って単語が当てはまりそうな対になってる箇所は………ここだ!)
雪穂(これが本当は金の書の場所を指してるはず。でも次の行の下半分が欠けちゃってる…)
雪穂(落ち着け、判別出来る部分から推測して判読するのよ……出来る、私になら)
絵里「ちょっとぉ、どうしたっていうの? まるで根っこが生えたみたいに!」
あんじゅ「ダメよ、この子こうなったらテコでも動かないの」
絵里「誰かブルドーザー持ってきてぇ!」
雪穂「忍耐は美徳ですよ。もうちょっとだけ待って…あと少し」
にこ「ああクソッ、早くして…!」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
「ギャアゥフッ!」 「グルガァ!!」 「ウボオァエェ!?」
- 21: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 01:11:00.73 ID:3grryIQB.net
-
英玲奈「一気に階段を昇ってくるぞ、とても食い止められん!」
絵里「ユキちゃん、お願い…!」
雪穂「…………分かった!」
雪穂「アメン・ラーの書はハムナプトラのホルス神像の下だって! やった、ベンブリッジに勝ったぁ!」バンザーイ
あんじゅ「ホルス像ならアヌビス像のすぐ近く、西に五十メートル行ったところよぉ」
雪穂「ありがと真姫さん、やーい便ブリッジクソくらえー!」ピョンピョン
にこ「ちょっと待って、またあそこへ戻るの!? 敵さんの別荘みたいなトコでしょ?」
「「「「ウオアエエエエエエェェェグルアアアアアアァァァァアアアァ!!!!!」」」」
にこ「すぐ行きましょ、うんそうしましょ」
絵里「あとは穂乃果が文字通り遠い所へ行ってなきゃいいんだけど」
- 22: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 01:13:23.04 ID:3grryIQB.net
- ・
・
・
「「「「ウーミホーテップ! ウーミホーテップ! ウーミホーテップ!」」」」
ウミホテップ『……少し、お腹が空きまシたね』
- 23: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 01:14:41.92 ID:3grryIQB.net
-
「「ウーミホーテップ……ウーミホーテップ……」」
穂乃果「っ…」
――ホノカ・コーサカは即座に理解した
- 24: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 01:15:13.36 ID:3grryIQB.net
- KKEスペシャル
ドキュメンタリー【ハムナプトラへの招待〜ミイラ再生〜】
Next:#10「××××××××(タイトル非公開)」 ラブライブ!× ハムナプトラ -失われた砂漠の都- - 25: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 01:18:11.38 ID:3grryIQB.net
-
私は…ホノカ・コーサカは、死ぬ
殺されて、死ぬ
およそ一秒先
- 26: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 01:19:06.57 ID:3grryIQB.net
-
刺殺絞殺撲殺殴殺圧殺轢殺焼殺斬殺姦殺撃殺噛殺扼殺磔殺
手段、やり口は問わない、知らない、とにかく死ぬ
目の前にいるズンビーだかズンドコだかの集団の嬲者となって死ぬ
死の波がこちらに到達するまであと一秒――
- 27: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 01:20:48.05 ID:3grryIQB.net
-
――死ぬ!
自身の未来を知った穂乃果の身体からはありとあらゆる水分が滲み出し
その風貌は一瞬にして抗精神病薬服用者のごとく変わり果てた
その間脳裏では、過去の一切(何故か経験した覚えのない情景が多数含まれていた)が
高速で雑然と流れその直後弾け散り、現在と混ざり合った
生きたい―― - 28: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 01:27:33.78 ID:3grryIQB.net
-
死ぬ
裏口にも
馬鹿な
こんなに大勢! ――鉢合わせするんなんて
シール
殺されないって
高をくくてった
おへそが 痒い
パズルボックスを持ってる
私だって立派な標的――
キッチンのシール!
雪穂
愛してる お母さん
ゴメン
会いたい
プリン食べちゃって →まだ会いたくない
何か 何か一言 舌先三寸のペテン師でしょ?
起死回生の一手を!
助かるための
生きたい
- 29: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 01:29:41.44 ID:3grryIQB.net
-
生への執着と 不可避の死との境界で
かつてなくめまぐるしく働いた脳細胞が導き出したのは
通常であれば選択し得ないものだった
……
穂乃果「ウミ、ホテップ…?」
- 30: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 01:31:19.69 ID:3grryIQB.net
-
「「ワアアアアアアア!!!!!!」」
穂乃果「……ウーミホーテップ…ウーミホーテップ」
「「ウミホーテップ? 」」ピタッ
穂乃果「ウーミホーテップ…ウーミホーテップ…」アアァ…
「「ウミホーテップ……ウミホーテップ……」」ナンダナカマカ…
穂乃果「ウーミホーテップ…! ウーミホーテップ…!」ソウソウッ
「「ウミホーテップ……ウミホーテップ……」」ア、ドウモヨロシク
穂乃果「ウーミホーテップ…ウーミホーテップ…」コチラコソ
- 31: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 01:32:26.45 ID:3grryIQB.net
-
あんじゅ「裏口はこっちよ!」
英玲奈「待て、駄目だ。やつらが外に待ち構えている」
にこ「じゃあどっから出ればいいのよッ?!」
絵里「やつらがいない所を探して!」
雪穂「いない所って…そんな所あるの!?」
にこ「囲まれてる…この建物完全に包囲されてない!??」
絵里「マズいわね…後ろからも追手が来てるっていうのに」
ウーミホーテップ……ウーミホーテップ……
雪穂「……あッ!? あれ、お姉ちゃん???」
- 32: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 01:34:03.96 ID:3grryIQB.net
-
穂乃果「ウーミホーテップ! ウーミホーテップ!」チガウヨ、モットオナカカラコエダスノ
「「ウーミホーテップ…? ウーミホーテップ!」」コウデスカ?
穂乃果「ウーミホーテップ! ウーミホーテップ!!」ソウソウ、ダイブイイカンジ
「「ウーミホーテップ!ウーミホーテップ!」」アリガトウゴザイマス キョウカンドノ
穂乃果「ウーミホーテップ!!!ウーミホーテップ!!!」コレカラハ クチカラヨダレタラスマエトアトニ“サー”ヲツケテ
雪穂「な、何やってるのお姉ちゃん…」
にこ「気狂い共の先頭に立って率いてるわよ? まさかあいつまで…」
穂乃果「ウミホーテップ!! ウミホーテップ!!」チラッ
穂乃果(みんな! こっち、こっち)サササッ
絵里「!!!……穂乃果が裏口のやつらをうまい具合に誘導してくれてるわ。今のうちに…!」
あんじゅ「脱出よぉ!」
- 33: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 01:35:05.87 ID:3grryIQB.net
-
< ウミホーテップ! ウミホーテップ! ウミホーテップ!
希「ふーっ、すっきりー」
希「博物館だけあってまずまず清潔なトイレやね」キュッ
ジャァァァァァ!
希「おわっ、びっくりした! そっか水は全部血だった…」
希「不便だなぁ。ウミホテップ様、人間に戻ったら飲み水どうする気なんだろ」フキフキ
希「あ……ネクタイ曲がってる」クイクイ
希「…さてと」キィィ
「「「「ウミホーテップ! ウミホーテップ! ワアアアアアーーー!!!」」」」
希「ここにいても暑苦しいだけだし、外出てよ…」
- 34: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 01:36:32.05 ID:3grryIQB.net
-
キキキ…ブォォォン! ブロロロロロロロ…
穂乃果「みんなー乗り込んでっ、早く早くぅ」
絵里「穂乃果…あなたその白痴みたいな顔はどうしたの、顔中オネショしたみたいじゃない。ほら、これで涎と鼻水拭いて」
穂乃果「あ、これ? えへへ、一流のサギ師ってのはまず形から入るんだよ」チーン!
雪穂「いやいや演技に熱入り過ぎでしょ? あまつさえ他の人に発声指導までしちゃってさ!」
穂乃果「それがさー音大生だった頃や色々アレな時期に雲隠れしてたボロ修道院でシスター・アクトした時の記憶が甦ってつい」
雪穂「はっ? 何それ、ペテン用の詐称経歴?」
穂乃果「あ! そういえばさっき凄い体験したんだよ? 時間がね、もギュ〜〜〜ッと凝縮されてさー」
にこ「んなことどーでもいいから車出しなさいよぉ!」
希「あっ…」
- 35: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 01:38:11.48 ID:3grryIQB.net
-
絵里「希…!」
希(エリち…!)
丁度正面エントランスから出てきた希が、今にも発進寸前の絵里たち一行を発見して目を丸くする。
希「ウ…」
何かを叫ぼうとした希はすぐに逡巡した表情で首を振りその言葉を飲み込んだ。
……代わりの言葉を探すも咄嗟には出てこない。
一体何を話せばいいのか、自分は彼女に――
絵里「ッ――」
口火を切ったのは絵里の方だった。
絵里「覚えてなさいよ希! この借りは必ず返すわ!」
- 36: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 01:40:06.42 ID:3grryIQB.net
-
希「っ…!」
希「ふ、ふーんだっ。そんなちんちんぷーな台詞、聞き飽きて今更怖くないわー!」
『彼女たちを追イなさい!』
のぞえり「――!!」
駐車場を見下ろせる二階、八角形の大窓のところに彼女はいた。
たちまちウミホテップの命令に応える屍の軍勢の呻き声が館内から轟く。
- 37: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 01:41:14.59 ID:3grryIQB.net
-
英玲奈「くるぞ、出せ!」
穂乃果「合点承知っ」ブォォォン!
絵里「ハムナプトラで会いましょう、そこがあなたの墓園よッ」
希「べーっだ! エリちのアホー!」
「「「「ワアアアアアアアアァァァァァァーーーーーーーーー!!!!!」」」」
遠ざかっていく車に精一杯の悪態をつく希の声と姿も、
堰を切ったように入口から溢れ出してきた群衆に飲み込まれてすぐ消えた。
その片頬に一条の光る線が伝ったのを見たものは、誰もいない。
- 45: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 20:10:10.14 ID:3grryIQB.net
-
「「「「ウミホーテップ! ウミホーテップ! ウミホーテップ!」」」」
穂乃果「市街地もあいつらでいっぱいだよっ」
英玲奈「まるで亡者の道(デス・ロード)だな…」
絵里「そのままアクセル全開で突っ込んで!」
――ブォオオオオオオオオオ!
「「「「ウォワアアアアアアアアーーーーー!!!!!」」」」
雪穂「ウソッ、突っ込んできた!?」
あんじゅ「みんな掴まってぇ!」
- 46: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 20:11:52.87 ID:3grryIQB.net
-
ドカッ!ドツンドツンドゴドゴ!!! バキィ! グチャッ…
「アギャ!」 「オアアアーッ!!」 「ァガー!」
穂乃果「うわわわぁわわわあわわ私の車がぁぁぁぁ」
穂乃果の愛車で宝物、色々あって賭場で巻き上げたデューセンバーグのオープンカーは
時速数十キロ超のボウリング玉となって、バザールの狭い路地に配列された
百体近い亡者のピンに頭から突っ込んでいく。
古代エジプトには既にボウリングに似た遊戯があったというが、今宵のそれは些かルールが特殊過ぎた。
「ウミホーテーーーップ!!」
穂乃果「うぁボンネットにへばり付いてきたっ」
絵里「絶対にスピードを落とさないで!」
穂乃果「無理だよそんなのー!」
- 47: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 20:12:54.84 ID:3grryIQB.net
-
「ウミホテップ!」 「ウミホッ!!」 「ガアア!!」
一人、二人と恐れを知らぬ奴隷人形がフロントにへばり付き、
彼らの重みと車体の下敷きにした死体の妨害物が車を減速させ、
その機を逃さず更なる死の群れが纏わりついてくる。
あっという間に、デューセンバーグの車上は亡者の箱乗り地獄と化した。
雪穂「はっ放してぇ〜!」
「ギッギッギ!!」
雪穂「きゃあっ!」
英玲奈「ぬぉあア!」SLASH!
白銀の一閃が、お目当てのプリンセスを引き摺り下ろさんと掴んでいた亡者の腕を両断し、
自身を引っ張る力が無くなったことに安堵しほっと息を吐いた雪穂は、
その置き土産――切断された肘から先が自分の手首に巻き付いているのを見て悲鳴を上げる。
- 48: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 20:15:08.49 ID:3grryIQB.net
-
「ウミポーテンツ!」
絵里「主の名前くらい覚えたら?」バキィ!
「エドォッ!」
絵里「ぶっぶー! ほら、出直してきなさい…よっと!」
二度、三度とボンネットに頭を打ちつけ、ふらふらになったところを車から叩き落す。
美しい車体についた血痕とへこみを見て、持ち主が呻く。
英玲奈「フン…!」SLASH!SLASH!
あんじゅ「あなたたち、じゃーま♡」ボキィッ
「ギィエアァ!」
英玲奈の振るうシャムシールに切断された多数の指が宙を舞い、
あんじゅに指の関節を逆方向にへし折られた亡者が苦痛に顔を歪め落下していく。
死霊といえども正体は操られた一般市民、不死身でもなければ痛みも感じる。
全員女性なので腕力もそこそこ。
個々の強さもさほどでもない……厄介なのはその数だ。
- 49: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 20:17:26.06 ID:3grryIQB.net
-
「ガアーーーーッ!」
穂乃果「くおっ、ふぬぬぬ邪魔だって!」キキィ
突如側面から姿を現した亡者のせいでハンドルをとられ、
絵里「危ない!」
ズ――ドガガガガガガガガガガガ!!!!
デューセンバーグはその右側面で露店の軒先を蹴散らしながら走り続ける。
ざるに果物、何かの干物に民芸品といった様々な商品の破片が降り注ぐ中、
ドライバーの腕を掴んだ亡者はしぶとく健在で走行妨害を継続中。
穂乃果「し〜つ〜こ〜い〜なっこのぉ」
雪穂(お姉ちゃんが危ない…!)
雪穂「くらえっおねーちゃんとのケンカで編み出したとっておき、目つぶし!」ズビシ!
「アッ…ア゛ア゛ーーーーッ!!! ホアーーーーーー!!!」
絵里「スキあり!」
顔を抑えて怪鳥めいた叫びを上げる亡者を絵里が押し出し、
そいつは道端の香辛料入りの籠を派手にひっくり返して地面に叩き付けられた。
穂乃果「ゆっユッキー、それ絶対私には使わないでよっ!?」
引き攣った顔で運転を続ける姉を横目に、指先に付着したネバネバする液体を拭う。
それが何かは考えないことにした。
- 50: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 20:19:23.76 ID:3grryIQB.net
-
――BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
にこ「次から次へとわらわらわらわらこいつらゴキブリかっつーの!」
とうとう殴り疲れたその拳で二挺拳銃を抜いたにこを見て、絵里もそれに倣う。
絵里「とにかく数を減らしてッ!」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
脳漿が噴き出し、頭蓋を撃ち抜かれた亡者が次々力尽きて脱落する。
しかし弾倉はすぐ空となり、再装填の暇もなくまた徒手での泥臭い掴み合いへと。
絵里「数が多すぎる…!」
英玲奈「亡者の無間地獄、とでも言うのか!?」
一人落ちると新たな一人がしがみ付く。
砂糖に群がるアリの集団を想起させる貪欲さで全力疾走してくる亡者共が、
多量の錘を抱えてとろとろ走るデューセンバーグに追いすがる。
絵里「真っ直ぐ走り続けて! クラッシュしたら一巻の終わりよ!」
- 51: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 20:21:03.07 ID:3grryIQB.net
-
あんじゅ「注意して! 上よぉ!」
数メートル先に見えてきた十字路の手前、両角の露店の屋根に
前のめりの殺意を隠そうともしない亡者の群れがひしめいていた。
にこ「左右から一斉に飛び降りてくる気だわっ」
英玲奈「避けろ!」
穂乃果「どうやってぇ!?」
絵里「っ…!」グィ
直進してはダメだ――十字路の直前で横から強引にハンドルを右に切る。
キュィィィィ!! ドガアアアアアアア!!!
バラバラバラ…
急旋回したデューセンバーグの鼻先が右側の露店の半分を吹き飛ばして右折……もとい突破した。
タイミングを見計らって飛び降りようとした亡者の落下傘部隊は、
左は空振りして地面に続々ダイブし、右も懐に潜り込まれ足場を突き崩されて同じように転落した。
――ただしこちらはその多くが車上に。
- 52: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 20:22:18.61 ID:3grryIQB.net
-
「マ゛ー!!」
絵里「くっ…!」
絵里の手の内に飛び込んできたのはごくごく体重の軽い幼子の亡者だった。
まるで高い高いをするようにそいつを持ち上げると、そのまま脇の露店めがけ放り捨てる。
英玲奈「はぁッ!」SLASH!
「ア゛ァ゛ァ゛…!」
老婆の亡者が伸ばしてきた栄養失調気味の細腕を、血濡れの刃が容易く断ち切って拒絶の意志を表明する。
地獄よりの使者の年齢層は様々、だがそんなことは関係なし。
やつらは等しく死者なのだ。
外見が子供だから、老人だからといって躊躇はしない、いや出来ない。
むしろ女同士ということもあってか、絵里たちの亡者に対する攻勢には遠慮も容赦もない。
そんなことをしていては、すぐにこちらが奴らの仲間入りを果たすだけなのだから…
- 53: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 20:26:00.67 ID:3grryIQB.net
-
そのことをにこが後悔したのは、左右から背の高いターバン女に掴みかかられた時。
にこ(しまっ――)
呆れるほど非力なチビッ子亡者たちを前に、一瞬戸惑いを見せたのが運の尽き。
手を休めた途端、情けを知らぬ亡者らは主の命に突き動かされるまま小柄な標的に殺到した。
にこ「こ、このっ! 放しなさいよっ…放せぇええ!」
絵里「ふッ…このッ!!」バキィ!ドカッ!
「ギャアアアッ!!」
英玲奈「やっ、はぁ…!」SLASH!SLASH!
誰もが自分の身を守るのに手一杯で、後部席で羽交い締めにされたまま
亡者に群がられるにこの危機には気付いていない。
にこ「くぬぬぬっこいつぅ! 絵里ッ! 誰かァ!」
絵里「…!」
助けを求めたときには既に身体が半分宙に浮いていた。
にこ「あ、あっ…にごおおおおおおおおおおおおぉぉぉ」
股ぐらに腕を回され、全身を持ち上げられる形で
纏わりついた亡者ごと、にこはデューセンバーグから転落した。
- 54: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 20:29:58.06 ID:3grryIQB.net
-
にこ(油断したッ、クソ…! 相手が子供だからって……何たる不覚!)
固いアスファルトの地面をごろごろ転がりながら、
にこを打ちのめしていたのは、自身が犯した致命的なミステイク。
にこ(どうする…! どうやってこの場を切り抜ける…!?)
後悔もそこそこに、自分の意志ではどうにもならない回転中の寸暇で貪欲に次の一手を模索する。
この勢いが止まるまでに考えをまとめねば。敵は悠長に待ってくれない。いわんや魂を失ったあの操り人形共が相手では。
絵里たちが自らの危険も顧みず助けに戻ってきてくれるような都合の良すぎる救いは期待できない。当然だ、薄情とも思わない。
自分で彼女らの元に戻るしかない。こいつらの、亡者の壁を突破して。
- 55: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 20:31:40.60 ID:3grryIQB.net
-
絨毯商の店先に並んだカーペットの山にぶち当たってようやく勢いが止まる。
にこ「ぐっ…」
よろよろと身を起こそうと各部を動かすことでダメージの確認を。
全身あちこちがズキズキと疼くが、動かすのに重大な支障はなさそうで一安心。
後で鏡で見たら酷いアザがいくつもありそうだ――生きて帰れたらの話だが。
にこ「はぁ…はぁ…」
実際、転落からここまで何秒経過していたのかは分からない。
「「「「ウーミホーテップ! ウーミホーテップ! ウーミホーテップ!」」」」
ただ一つの事実は、にこが起き上がるまでの時間に、亡者の包囲網が完成していたということ。
- 56: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 20:32:31.36 ID:3grryIQB.net
-
にこ(上等――ッ!)バッ
彼女の体躯にはややオーバーサイズの黒コートを片手で脱ぎ去り、包帯が外れたばかりの右手首に引っ掛ける。
胸元の赤ネクタイが風を受けて翻り、さらにその下にあるものが露わになる。
胸、背中、脇の下、腰、足首。
小柄なにこの全身至る箇所に拳銃が括り付けられていた。
その数、実に十挺。
花陽の二挺と凛の二挺で四挺、加えて凛の予備四挺足すことのにこの二挺で計十挺。
これらを使い切る前に、何としても亡者の死海を泳ぎ切ってみせる――!
- 57: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 20:34:06.72 ID:3grryIQB.net
-
にこ「Ah――」
「ア゛ア゛…」 「ア゛ア゛ァ!」
――BANG!BANG!
にこ「ウィーアーバスターズ!!!」BANG!BANG!BANG!
両手から大口径弾を放つ強烈な圧力(ヘビープレッシャー)となって、
にこはうねる亡者の波を押し分け撥ね除け前進を開始した。
にこ「トラブルが山積み仕方なーい、嫌い嫌いよやんなっちゃう!」BANG!BANG!BANG!BANG!
にこ「負けないよ大した事じゃないよ〜そだ!そだ!慌てずにファインダウェ〜〜〜イ」BANG!BANG!BANG!カチカチッ…oh yeah!
「ガァウッ!!」
死人が仕掛けてくるのは進行方向からだけでない。
弾切れの銃をパージし、次の二挺を素早く抜くとそのまま死角の死病患者に死の治療を。
視認せずとも仕留められるのは分かっていた。
このピースメーカーが早撃ちで的を逃すはずがない。
にこ「一弾一殺!一進一挺ッ!」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
- 58: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 20:35:52.83 ID:3grryIQB.net
-
にこ「壁は BANG!BANG!BANG!壊せるものさ BANG!BANG!BANG!倒せるものさ」
デス・ロードの渦中で、四方から襲い来る屍人を全て撃ち倒し、じりじり歩を進めていく。
老いも若きも幼きも主婦も娼婦も少女も処女も誰彼構わず道を塞ぐものは見境なく皆殺した。
死は誰にも平等に訪れる。パパにも真姫にも凛にも花陽にも。
この自分とて例外ではない――今はまだその時でないというだけで。
にこ「BANG!BANG!BANG!壊せるものさ BANG!BANG!BANG!倒せるものさ」
だがこいつらは別だ、こいつらは既に終わっている。
肉体がまだ動いているだけで、魂はそこにない。
そんなインチキ、自分は認めない。
- 59: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 20:37:52.10 ID:3grryIQB.net
-
そしてこいつらの親玉、そのインチキを体現するような腐れスイーツ脳ミイラ。
薄々感じていたイライラの正体が今やっとわかった。
にこ「踊ろう!踊れェ!死霊の盆踊りィ〜♪」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
「ウギャアアアアッ!!!」
にこ「××を切りとるゥ――レーザービィ〜ム♪」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
憤怒を込めた45口径弾をしこたまブチ込まれた亡者が派手に内容物をブチまける。
人体は思いのほか頑丈だ――だがそれ以上に、人はあっけなく死ぬ。
本当にあっけなく、どんなにくだらない最期でも、それが最後でその先はない。
千切れた手足がひっつかないように、一度離れた魂も二度と戻ることはない。
だからこそ皆が必死に、真剣に今を生きている。
その道理を捻じ曲げようとするのは何だか気に食わない。ムカつく。死ねばいいのに。
死は誰にも平等であるべきだ。依怙贔屓は許されない。
にこ(そうじゃなきゃ――花陽も凛もあのお嬢様も、浮かばれないでしょ?)
三千年越しの純愛だろうが知ったこっちゃない。
自分らの色恋沙汰に他人を巻き込むな。
大勢を犠牲にしなければ叶えられない恋なぞ悲恋に終わってしまえばいい。
今、やつらの狙っている最後のカノプス壺は右手のコートの中に。
こいつをどこぞの博物館に売り払って、恋人の一部ごと永久に晒しものにしてやる。
- 60: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 20:39:08.43 ID:3grryIQB.net
-
にこ「許さーれないィ恋のほの……?!」カシュウウン!カチッ
両手のコルト1911ピストルの弾が尽き――にこはそれを投げ捨てることなく、
新たなマガジンを叩き込むとすぐさま射撃を再開する。
「グェアッ!」 「ギャアフ!」
にこ(なるほど便利ね。オートマも悪くないわ、花陽)
「グアルルル!!!」 「ウーミホーテップ!」
にこ「結ばれぬ運ー命に、引き裂かれーちまぇば好い〜♪」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
行く手を阻む亡者の威嚇に、亡き友人たちの遺品が怒鳴り返す。
真姫が残したのが金の書の手掛かりなら、凛と花陽が残したのはこれだ。
無念と怨嗟の銃弾が充填された十挺。
お前たちも死人の声を聞くがいい。仲間たちの、死せる魂の咆哮を。
死者対死者の対決、先に精魂尽き果てるのは――
- 61: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 20:42:52.11 ID:3grryIQB.net
-
にこ「……!!」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
僅かに、少しずつ。
亡者の人垣に亀裂が生じ始めていた。
にこ(見えたッ、勝機――!)
もう予備の銃はない、今ある銃と予備の弾が最後。だが問題なし。
新たな亡者が出現して道を塞ぐより速く発砲して装填して発砲すればいいのだ。
- 62: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 20:43:44.25 ID:3grryIQB.net
-
にこ「おおおおおッ!」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
針の穴の隙間が埋まる前に、
発砲して殺して切り開いて装填してまた発砲して蹴散らして発砲して殺害して発砲して装填して、
にこ「――?!?」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
いつの間にか、腕の付け根に草刈り鎌の刃先が突き刺さっていた。
が、十全に動くし痛みも感じないので無視。
すると次は臀部に鈍い刺痛が走った。
- 63: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 20:44:54.61 ID:3grryIQB.net
-
首だけそちらに向けると、石やダーツの矢を手にケラケラ笑うチビ共が。
にこ「こんのクソガキぃ…」
にこの背は、幼子の亡者による邪悪な的当てゲームの標的と化していた。
上等だ、そんなもので止められると思うなら止めてみろ。構わず前進だ前進!
ひゅん、と何かが頬を掠めて飛んでいく。
どうやら敵さんも離れた場所から攻撃する、という概念を覚えたようだった。
にこ「ちっ――」ガチッガチッ
弾切れ、再装填。
- 64: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 20:46:06.87 ID:3grryIQB.net
-
――ヒュッ
にこ「ほら来たァ!」
ここぞとばかりに攻撃が飛んでくることなんてとっくにお見通しニコ。
半身に捻って飛来した刃物を軽々躱すどころか、柄の部分を掴んでキャッチ。
そのまま上体を戻す勢いにまかせて持ち主に返却、真正面にいた亡者の胸板ど真ん中に突き立って突破口を切り開く。
にこ「まだまだァ!」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
裂け目が徐々に強引に押し広げられ、突き進むにこの後には山積みの遺骸と空薬莢。
磁石が砂鉄を寄せ付けずに砂場を進撃している。 砂鉄が、磁石に弾き飛ばされている。
にこ「…!」ニィッ
見えた、この黒暗ばかりの世界で光明が。
否、太陽なんかに頼らなくても、自分で作ってやったのだ。
そして、その先にこそ――
- 65: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 20:50:28.69 ID:3grryIQB.net
-
『なかなか面白い見世物でシたよ、道化師さん』
にこ「―――――――!!!」
旧約聖書で、十の災厄の後。
エジプトを脱出したモーセ一行はファラオの軍勢の追撃を振り切るため、紅海を二つに割って道を作ったとある。
紅の海。
左右に分かれた亡者の通り道の向こうから姿を現したのは、まさにその言葉に相応しい人物だった。
- 66: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 20:52:02.67 ID:3grryIQB.net
-
「「「「ウーミホーテップ……ウーミホーテップ……」」」」
にこ「あ………あっ、あ…あぁ」
ウミホテップ『…』ニコッ
最後の獲物を前に、不死者は穏やかな笑みを湛えていた。字面通りの、頬まで裂けた笑み。
にこ(そ、んな………弄ばれてた…!??……最初から、掌の上で!?!??)
- 67: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 20:52:54.89 ID:3grryIQB.net
-
ガチャンッ
一気に脱力した左手から拳銃が滑り落ちる。
利き手の方も辛うじて指に引っ掛かってぶら下がっている状態。
先程までの威勢など、刹那で時の彼方へ跳躍してしまった。
ここがゴール地点だったのだ。
亡者の群れをかき分けて、中から出てきたのは死そのもの。
デッド・エンド、行き止まりの終着点。
人はあっさり死ぬ。これから自分はあっさり殺される。
もはや光は潰えた。
そこには一縷の望みもない。
- 68: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 20:55:38.73 ID:3grryIQB.net
-
にこ(!……のぞ、み……)
生命を吸い取る怪物の後ろにぴったりと、恭しく傅き付き従う元仲間の姿が。
今のにこには、それがパンドラの箱の奥底の希望に見えた。
反射的に、本能的に、何かを期待して震える視線を送ってしまう自分がいる。
にこ(――!)
しかし彼女の顔は自分と同じく、恐怖と後悔に塗れた今にも泣き出しそうなもので。
- 69: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 20:56:59.76 ID:3grryIQB.net
-
にこ「は……ははっ……」ガクガクガクガク
どうしようもなく膝が笑い、跪いて許しを請うように内側に折れ曲がっていく。
今となってはもう、敵側に降った希を蔑むことなどできない。
自然と左手に、ジャッカル頭のカノプス壺が取り出され、
まるで捧げ物をするかのように差し出される。
引き攣った口角が慈悲を求め媚び諂うようなぎこちない半笑いを作る。
- 70: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 20:57:58.21 ID:3grryIQB.net
-
ヤザワ家に代々相伝されし最終手段、『笑顔が一番作戦』
話に聞けば、パパもグランパもそのまたパパも皆これで一命を取り留めたとか。
にこはこれに独自のアレンジを加え、万が一の時に備えその完成度を高めていた。
小悪魔的可愛さをアピールする仕草と振り付けで相手の庇護欲を刺激し、
すかさずそこでにっこりの魔法の呪文を唱えれば、
みんなが笑顔になって仲良くハッピーエンドにこ――
- 71: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 20:59:17.57 ID:3grryIQB.net
-
にこ(――バカか私は!? バカだ私は…!)
そんなことをしたところで生き残れるわけがない。
生き残れるわけでもないのにそんなみっともない真似が出来るか。
パパに教わった笑顔はこんな情けない笑顔じゃなかった。
- 72: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 21:01:02.24 ID:3grryIQB.net
-
にこ(じゃあ、どうする――?)
生き残りの道は閉ざされてしまっている。
なら大事なのは死に屈しないこと。死を笑い飛ばしてやること。
そのためには……
『――もし生贄の皆さんが速やかに自決でもした暁には…』
穂乃果の妹の言葉を思い出す。
なるほど悪くない、完全復活の邪魔をしてやれる。
蘇った恋人はさぞ面食らうことだろう。
愛し合う相手が顎から頬にかけて骨がむき出しなのだ。
キスするのも嫌になって、三千年の恋も冷めたらお笑い草だ。
けど自殺では逃げだ、死に屈したのと同じことだ。
- 73: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 21:02:44.90 ID:3grryIQB.net
-
ウミホテップ『…』スッ
頷き、手をかざしながら、不死者がゆっくりと近付いてくる。
もう一刻の猶予もない。
何とかしてあの余裕そうな笑みを消し去ってやるには――
にこ(あいつの…)
一番大切なものを壊してやる。
- 74: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 21:04:54.03 ID:3grryIQB.net
-
にこ「…!」バッ
ウミホテップ『――!』
何の前触れもなく、カノプス壺を不死者めがけて投擲する。
虚を突かれた相手が硬直した一瞬で、下を向いていた右手の銃口がすぅっと持ち上がって再び牙をむく。
今度こそ、心底からの笑みと共に、にこは標的目掛けありったけの銃弾を叩き込んだ。
- 75: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 21:06:38.37 ID:3grryIQB.net
-
――BANG!BANG!BANG!BANG! バリィィン!!
にこ(やっ――)
希「た……???」
シュウウウウウウウウウウウウウウ……
- 76: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 21:07:58.72 ID:3grryIQB.net
-
にこ「―――――!!!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
砂埃と共に、割れた壺の破片が宙に浮いていた。
ウミホテップ『………』
不死者の発生させた砂の壁が鳥籠に似た形を作り、壺の中身を包み込むように保護していた。
銃弾は壺を破壊したところで、その障壁に阻まれ役目を果たし損ねたのだ。
にこ「……ちっ」
あとコンマ二、三秒早く、右腕の怪我が完治さえしていれば。
- 77: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 21:10:05.33 ID:3grryIQB.net
-
ウミホテップ『……』
希「あ、あぁあ…」
魂あるものなら震え上がらずにはいられない凄まじいまでの殺気を帯びた怒気が、
不死者の周囲の空間を歪める勢いで放出されていた。
礼節に唾を吐きかける不躾者は彼女の最も忌避するもの。
目の前の無法者は、その一線を現在進行形で踏み越えていた。
にこ「あーあ、残念。もうちょっとだったのになぁ」
にこ「それが壊れれば、世界中のみんなが笑顔になれたのに」
にこ「……あんた以外のね」ニヤッ
- 78: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 21:11:22.60 ID:3grryIQB.net
-
≪ク゛オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!≫
激情は不死者を一匹の獣に変えた。
もはや他の者のように、ただ体液を吸い取ろうとはしなかった。
にこに飛び掛かってその身体を真っ二つに引き千切り、そこから足りない臓物を直接引きずり出し喰らう。
それだけでは到底収まらず、憤激に身を任せるまま両手足をもぎ取り、
止めに首を引っこ抜いたところで――その死に顔はノーベル平和賞もののふてぶてしい笑顔だった。
- 79: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 21:12:30.72 ID:3grryIQB.net
-
≪カ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!!!!!!!≫
それが彼女の憤怒を加速させ、千切られた部位がさらにずたずたに引き裂かれる。
腕を真ん中からぱっきりとへし折り、その断面から直接血液をがぶ飲みする不死者の足元に、
中指が突き立ったままの手首がごろんと転がり落ちた。
希「――どうか、どうか彼女の魂を救いたまえ…アーメン」ブツブツ
酸鼻極まる猟奇殺人の現場から、目を背けたくなる惨劇の光景から、
しかし希は一生分の勇気を総動員して逃げ出さずに踏み留まった。
自分には出来なかったことを成し遂げた彼女のために、救済の祈りを捧げたかったから…
- 80: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 21:15:47.12 ID:3grryIQB.net
-
――
―――――
キィィィィ…どばっしゃあああああああん!!!
穂乃果「おわああっ!!!」
度重なる亡者の物理的、精神的妨害行為でふらふらだったデューセンバーグとその持ち主がとうとう運転を誤った。
石造りの噴水に正面から激突し、勢いよく噴き出してきた血の水流が視界を塞いでいた亡者共を吹き飛ばして、彼らの血と混ざりあう。
穂乃果「うわぁエンコしちゃった!」カチッカチッ
絵里「みんな降りて! ユキちゃん、手を」
- 81: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 21:17:17.78 ID:3grryIQB.net
-
「「「「ウワアアアアアアアーーーーーーーー!!!!」」」」
英玲奈「貴様ら、それ以上近付くな!」
絵里「あっちいけ、しっし!」ブンブンッ
刀持ちの英玲奈と、亡者が取り落とした松明を拾った絵里がそれを振り回して牽制する。
博物館からずっと追いかけてきた死霊軍団は五人を遠巻きに取り囲んだまま、それ以上近付いてこようとはしなかった。
絵里たちもまた、それ以上先に進めなかった――噴水の後ろにはそそり立つ壁が。
雪穂「完全に追い詰められちゃったよ…何か手は?」
絵里「今考え中!」
- 82: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 21:18:59.14 ID:3grryIQB.net
-
「「「「ウミホーテップ……ウミホーテップ……ウミホーテップ……」」」」
あんじゅ「彼女よ…」
自分たちの神の名を唱えながら、亡者の群れが一斉に左右に割れて、後から来る朽世主(きゅうせいしゅ)に道を譲る。
それは壮観な、一種神々しい光景ですらあった。
ウミホテップ「…」ザッ
希「……」イソイソ
英玲奈「あれが、真の姿か」
あんじゅ「完全に復活したのね…」
絵里「っ…」ギリッ
- 83: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 21:20:50.04 ID:3grryIQB.net
-
ウミホテップ「…」チラッ
雪穂(こっち見てる…)
ウミホテップ「『時は来ました、運命に選ばれしものよ。さあ、この手をとって私と一緒に来てください。』」
穂乃果「…何て言ったの?」
希「姫よ、あなたを永遠に私のものとする時が来た。共に行こう――だって」
雪穂「…」ギュッ
絵里「三千年後にもう一度出直してきなさいよバーカっ」
ウミホテップ「『あなたが来るのなら、私は残りの者に手出しはしません。』」
希「大人しく来れば、友達は助けると約束するよ? 手下も下がらせるやん」
あんじゅ(テキトーな通訳…)
- 84: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 21:22:50.88 ID:3grryIQB.net
-
「「「「ウミホーテップ!!ウミホーテップ!! ウミホーテップ!!」」」」
脅しをかけるように、手にした凶器を振りかざしながら、亡者の包囲の輪がひとまわり狭まる。
穂乃果「やばいね…」
雪穂「どうしよ……何か名案は浮かんだ?」
絵里「ええ、あとちょっとよ」
絵里「やつの足元に鉄格子があるわ。多分地下の用水路か何かに繋がってるはず。何とかしてあの中に逃げ込みましょう」
絵里「問題はその時間をどうやって稼ぐかだけど」
穂乃果「それ、無理じゃない…?」
絵里「他に手があるっていうの?」
雪穂「……」
雪穂「…私が、時間を稼ぐよ」スッ
- 86: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 21:24:15.60 ID:3grryIQB.net
-
絵里「!…ダメ、待ってっ」
穂乃果「雪穂…!」
雪穂「……」
ウミホテップ「…」ニヤッ
絵里「行かせるものですか…!」チャキッ
雪穂「やめてっ」
英玲奈「そうだ、よせっ。彼女の言った意味を考えるんだ」
雪穂「これで、私をハムナプトラに連れて行って儀式を行うまでの時間が稼げるよ」
絵里「でも、でも…!」
- 87: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 21:27:00.60 ID:3grryIQB.net
-
雪穂「もし私が殺されちゃったら、絶対に蘇って真っ先に絵里さんを襲うからね?」
雪穂「そうならないために、ハムナプトラに必ず助けに来て。私、待ってるから」
絵里「ユキちゃん…」
ウミホテップ「……」
≪――ウミチャンは生きて! だって…あなたなら、私を蘇らせられるでしょ≫
≪――ハムナプトラで、また会おうね。私、いつまでも待ってるから≫
雪穂「さあ、行きま…」
ウミホテップ「…」クイッ
唐突に、不死をさらに超越した存在となった大神官は、雪穂の顎を持ち上げると左の頬に口付けをした。
切れ長の目だけがこちらを向いて挑発的な視線を投げ掛ける。
自らが悪霊でなくなったことの確認と、これまで散々自身を妨害してきた邪魔者に対する、ささやかな意趣返しを込めて。
- 88: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 21:28:22.70 ID:3grryIQB.net
-
絵里「このッ…!」ジャキッ
英玲奈「おいやめろ、ここで戦っても勝ち目はない!」
ウミホテップ「…」フッ
絵里「知るもんですか、あいつのスカした顔面に一発喰らわせないと気が済まないッ!」
英玲奈「耐えるんだ、退くことは恥でない。今日は生き延び、明日勝てばいい」
絵里「数分だって待てない…! 魔法さえなければあんなやつ、素手でだってひねり殺して寿司ネタかボルシチの具材にしてやれるわ。勝負しなさいよこのっ」
あらん限りの敵意をむき出しにした絵里の態度は一笑に付された。
彼女の言葉はある意味、既に亡き者に対して殺すと言っているような滑稽さがあった。
いわんや、相手は死人の神の代理人なのだ。
どうにもならない現実に対して駄々をこねる児戯に等しい気を、しかし絵里は一人吐き続ける。
絵里「殺す…! 必ず殺してやる…!」
雪穂(絵里さん…)
ウミホテップ「…」クスッ
- 89: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 21:29:35.91 ID:3grryIQB.net
-
穂乃果「そんな雪穂……あっ」
ウミホテップに連れていかれる妹を呆然と見送っていた穂乃果は、
さっきから誰かに胸元を弄られていることを今更になって認識した。
希「ごめんな穂乃果ちゃん、この鍵も貸してもらうね」サッ
穂乃果「………持ってけドロボー」
希「気休めになるか分からんけど……道中、雪穂ちゃんの面倒はウチがしっかり見るから」
希としては相手を安心させようという気遣いからの言葉だったが、穂乃果をむすっとさせただけに終わった。
希「さて、と…」チラッ
絵里「放しなさいよ英玲奈…! ユキちゃん…!」
- 90: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 21:32:45.01 ID:3grryIQB.net
-
今にも鎖を引き千切りそうな猛獣といった風な絵里に、希は足早に駆け寄る。
希「やあエリち、思ったより早い再会だったね」
絵里「ッ!!」
バキィィ!
何の躊躇いもなく、英玲奈の静止を振り払った右の拳が希の頬を強烈に打ちのめす。
だが彼女は怯むことなく前に飛び込むと――
絵里「―――!」
その口付けは鉄の味がした。
- 91: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 21:34:06.22 ID:3grryIQB.net
-
希「一発は一発、お返しせんとね」
絵里「の…ぞみ…」
唇の端の血を舐めながら、少し悪戯っぽく苦笑する希を前に、
熱くなっていた脳内が急激に冷却されていく感覚がする。
希「…バイバイ」
彼女なりのけじめだったのか、それだけを告げると希は亡者の群れの中に消えていく。
もうこちらを振り返るようなことはしなかった。
- 92: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 21:35:14.98 ID:3grryIQB.net
-
絵里「………」
雪穂が、希が、愛し愛した者たちがさらいとられていく。
それは自分の過去と未来の一部を奪い取られたに等しいことで――
三千年も前の、何の所縁もない見ず知らずの相手を憎むに、それ以上の理由も必要ない。
絵里「必ず殺しに行くわ……ウミホテップ、ハムナプトラで貴女を殺してあげる」
氷の如く冷ややかに固まった殺意を込めて、絵里は静かに呟いた。
- 93: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 21:37:53.00 ID:3grryIQB.net
-
ウミホテップ「『殺しなさい。』」
雪穂「――!」
希「……」
雪穂「そんな、放して! 話が違うよ!いやっ」ジタバタ
「「「「ウミホーテップ…!ウミホーテップ…! ウミホーテップ…!」」」」
穂乃果「この嘘つき! 騙したね…オシリスに訴えてやるぅ!」
あんじゅ「いえ、確かに彼女は“自分は”殺さないとしか言ってないわ」
穂乃果「サギ!ペテン野郎! 次会ったら生卵ぶつけてやるんだからっ。覚えてろー!」
英玲奈「この調子じゃその次があるか怪しいものだがな…っ」
絵里「ふぐぐっ…! よし、外れたっ」ガコンッ
地下へ通じる溝蓋を外して放り捨てる。自分でも信じられないくらいの力が出ていた。
絵里「さあ来て、一人ずつこの下へ! 穂乃果、あなたから」
あんじゅ「英玲奈、刀貸して」
英玲奈「なに?」
あんじゅ「ほら私、本業は学者だから。重い刀を振るうのは苦手だけど、文脈を読むのは得意よ」
- 94: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 21:39:20.02 ID:3grryIQB.net
-
あんじゅ「彼女はただ“殺せ”と言った。私たちが逃げればあいつらはどこまでも追いかけてくるでしょう」
あんじゅ「でも誰かがここに残れば…」
英玲奈「馬鹿な…!」
あんじゅ「どちらか残るなら私でしょ。あなたは行って、二人の力になってあげて」
絵里「英玲奈、あなたの番よ!」
あんじゅ「さ、早く」
英玲奈「……震えてるぞ、手」
あんじゅ「ヘーキよ。あの子があそこまでやってくれたんですもの。私も覚悟決めないとね」
英玲奈「…」コクッ
英玲奈(さらばだ、友よ…)
- 95: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 21:41:03.70 ID:3grryIQB.net
-
「「「「ウミホーテップ!ウミホーテップ! ウミホーテップ!」」」」
絵里「優木さん、あなたで最後よっ」
絵里「……優木さん?」クルッ
あんじゅ「えいっ」
絵里「きゃっ!?」
「ああーーーーーーーーっ」
ジャバアアアアアン!
あんじゅ「いいえ、あなたが最後よエリーチカさん」クスクス
- 96: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 21:42:57.45 ID:3grryIQB.net
-
「「「「ウミホーテップ!!ウミホーテップ!!ウミホーテップ!!」」」」
あんじゅ「んしょ…んしょ…この蓋も重いわね。本より重いものは苦手よぉ」ズリズリ…ガコンッ
あんじゅ「ふーっ……あ、言い忘れてた。あの子によろしくね、聞こえてないと思うけど」
あんじゅ「……締まらないわねぇ、何だか」
「「「「ウミホテップ!ウミホテップ!ウミホテップ!ウミホテップ!ウミホテップ!ウミホテップ!」」」」
あんじゅ「これぞ完っ全にフルハウスってやつよね…」
あんじゅ「…………あぁ、怖い」ジワッ
- 97: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 21:44:11.92 ID:3grryIQB.net
- ・
・
・
絵里「ぷっはぁ」ジャバァ!
穂乃果「絵里ちゃんっ」ジャバジャバ
絵里「穂乃果…? ここは…」
英玲奈「どうやら用水路ではなく雨水の貯水タンクらしい…当てが外れたな」
絵里「何ですって…!」
英玲奈(これであんじゅの読みも外れていたら、我々は…)
- 98: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 21:46:31.41 ID:3grryIQB.net
-
それほど広くない閉鎖空間の中で、
身動きの取れない三人は為す術べなく地上へと通じる溝蓋を見上げることしかできなかった。
その隙間から届くのは僅かな街灯の明かりと、断続的な斬撃に切り刻まれる亡者の呻き、そして――
壊れかけのラジオめいた狂える亡者軍団の詠唱は、すぐにあんじゅの悲鳴を肉体ごと押し潰してしまった。
地上は死者の領土と化し、冷たい用水の中で生存者たちは殺処分待ちの子犬のように震え、冷や汗を流して事の成り行きに耳を澄ませ…
やがて、人柱となった彼女の洞察を裏付けるように、完全な静寂が夜明けの太陽の代わりに訪れた。
- 99: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 21:47:11.92 ID:3grryIQB.net
- #10「にこあん☠女死道」END
- 100: 幕間(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 21:51:28.29 ID:3grryIQB.net
-
――在りし日のヤザワ家
にこ「――こうして、現代に帰還したアッシュは、Sマートの店員として定年まで働きました。めでたしめでたし」
ここあ「えっ、これで終わりなの?」
にこ「おしまいよ。さあ、もう寝なさいあんた達」
こころ「あの、お姉さま。その前にどうしても一つ、気になることが」
こころ「アッシュ…キャプテン・スーパーマーケットは、どうして元の暮らしに戻ったのでしょうか」
こころ「あれだけ大冒険をして、死霊の軍隊をやっつけて、恋人もいたのに」
こころ「そのまま中世に残れば、王様にだってなれましたよね? 何故なんですか?」
- 101: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 21:52:19.42 ID:3grryIQB.net
-
にこ「こころ、確かにあんたの言うことにも一理あるわ」
にこ「でも、チャレンジャー教授もロクストン卿もロンドンに帰ったでしょ?」
こたろう「ろすとわーるどー」
ここあ「あ、お姉ちゃん明日はそっちのお話読んでー」
にこ「つまり何が言いたいかっていうと」
にこ「冒険はうちに帰るまでが冒険なのよ!」
にこ「どんなに珍しいお宝を見つけても、それを持って帰れないんじゃ意味なしってワケ」
にこ「勿論、このアッシュみたいに手ぶら…つーか腕一本無くして帰るなんて論外だけどね」
にこ「この私、大銀河宇宙ナンバーワンアウトローのにこにーなら、もっとずっと上手くやるわ」
- 102: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 21:53:00.02 ID:3grryIQB.net
-
にこ「というか、もう何度もやってるんだけどねー。これまでの冒険で集めたお宝の数、実に252個!」
にこ「そんな偉大なにこにーのおこぼれに預かろうとする意地汚いやつが多くて困っちゃう。ほらにこって有名人だしー」
にこ「そいつらに盗られないように、お宝は秘密の場所に隠してあるの。ほとぼりが冷めるまでね」
こころ「流っ石お姉さま!超グルーヴィーです!」
ここあ「いつか私たちにも宝物見せてよねっ」
にこ「約束するわ。さっ、おやすみなさい。いい夢見るのよ」
こたろう「おおがねもちー」
にこ「……」
- 103: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 21:54:02.33 ID:3grryIQB.net
-
にこ(そう、帰ってこれなきゃ意味がないのよ………パパ)
にこ(冒険の本を読んでる時のこころ達の顔を見てると思い出すわ)
にこ(私も、パパの話を聞いてる時はずっとあんな顔してた気がする)
にこ(パパは、実際の冒険者は本の主人公たちとは違うって言ってたけど)
にこ(知的でクールでカッコ良くて、どんな危険もひらりと乗り越えて、目当ての秘宝を持ち帰る)
にこ(話を聞いたみんなが感心して、ハラハラして、最後には笑顔になる。そんな憧れの冒険者に、にこは絶対なってみせるんだから)
にこ(そんでもってフロリダに別荘建てて、マイアミのビーチで優雅な日々を送るのよ)
にこ(こころ、ここあ、こたろう、待ってなさいよ。にこはいつか必ずお宝をどっさり持ってここに帰ってくるから!)
幕間 終
- 104: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 21:55:13.01 ID:3grryIQB.net
-
十の災厄(ウミホテップ版)
一.飛蝗の軍勢
二.蛙の軍勢
三.糞甲虫の軍勢
四.エジプト中の水を血に変える
五.雹と火球を降らせる
六.太陽の簒奪
七.虻の軍勢
八.蚋の軍勢
九.腫れ物を生じさせ疫病を流行らせる
十.死者の軍勢(虻と蚋の媒介した疫病で男は死に、女は死霊に)
- 105: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/06(火) 21:55:54.22 ID:3grryIQB.net
- KKEスペシャル
ドキュメンタリー【ハムナプトラへの招待〜ミイラ再生〜】
Next:#11「もう一度ハムナプトラ!」 ラブライブ!× ハムナプトラ -失われた砂漠の都- - 110: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 22:33:54.50 ID:b9Ls8EPs.net
-
【英国空軍 ギザ基地】
今や基地というより、現地の子供と家畜が戯れる公園兼遊牧場と形容するのが相応しいその敷地内で
一箇所だけ小高く盛り上がった砂丘の上に、彼女はいた。
使用人(ミカ)「お紅茶をお持ちしました」
ツバサ「ん、ご苦労サマ」ズズッ
昨晩から――今も時計なしには朝と分からぬ空模様だが――この国が陥っている大混乱などどこ吹く風といった呑気な顔つきで
大英帝国空軍所属の大尉(キャプテン)は優雅に紅茶を啜り――使用人の顔に思いっきり吹き出した。
ツバサ「ぺっぺっ、何よこれ。昨日から酒が飲めなくなったから、代わりに紅茶を頼んだのに」
ツバサ「ちょっとあなた言葉通じてる? 私は紅茶を持ってきてって言ったの、血の味がする酒じゃなくて。お分かり?」
ミカ「??……?」フキフキ
ツバサ「お代わりよお代わり、今すぐ代わりの紅茶を持ってきなさい」
ミカ「…!」ポン
ツバサ「今度は間違えないでよ」
- 111: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 22:35:39.87 ID:b9Ls8EPs.net
-
ツバサ「――で、そのハム入りナポリタンにあなた達を連れてくことが、我らが大英帝国と一体何の関係があるわけ?」
絵里「いえ、全然まったくこれっぽっちも」
英玲奈(おい、そんな言い方では…)
ツバサ「……詳しく聞かせてもらいましょうか」
絵里「危険な任務よ。多分死ぬわ」
ツバサ「わお。そりゃいいわね、でも本当なの?」
穂乃果「オーキャプテン、マイキャプテン。死せる死人の会って感じで、もう何日も死体しか見てないのであります」
ツバサ「ふんふん、ますます素敵ね。具体的には?」
絵里「囚われの姫君を助け、悪を滅ぼし、世界を救う。どこのパルプ・フィクションよって感じだけど、これ脚色無しのノン・フィクションなの」
ツバサ「イエス、イエス! パーペキじゃない、こういうのを待ってたのよっ私」
ミカ「代わりのお紅茶をお持ちしました」
英玲奈「……」
ツバサ「ん、ありがと…」ゴクゴク
ツバサ「ふぅ…このキャプテン・ツバサ、喜んで協力させてもらうわ」
- 112: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 22:37:12.33 ID:b9Ls8EPs.net
-
絵里「いい返事が聞けて嬉しいわ大尉。早速準備してくれる?」
ツバサ「四十秒で支度するわ。というかもっと早く私も混ぜなさいよ。あなた達ばっかりズルいじゃない」
英玲奈「……血液の代わりにアルコールに脳髄を浸しているようなやつだ」
穂乃果「的確な比喩だね」
英玲奈「あんな女に任せて大丈夫か? 子供が放課後のフットボール・クラブに参加しに行くようなノリじゃないか」
穂乃果「あーいう人なんだよ。あと英玲奈さんって意外とこっちの文化に詳しいよね」
英玲奈「別にこの程度、常識の範疇だろう……ところで」キョロキョロ
英玲奈「肝心の飛行機が見当たらないが…何処だ?」
穂乃果「いや、目の前にあるけど…ほら、あの複葉機」
英玲奈「なにっ? あれがそうなのか……地面に接しているが、壊れてるんじゃないのか?」スタスタスタ
- 113: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 22:38:41.64 ID:b9Ls8EPs.net
-
穂乃果「確かに使い込まれてはいるね。ひょっとして、飛行機見るの初めて?」
英玲奈「間近ではな。空を飛んでいるのを見たことはある……てっきり飛行機は常に浮いているものだと思っていた」
英玲奈「これがここから宙に浮かぶのか――自動車は理解できるが、空を飛ぶというのはどういう仕組みなんだ?」ペタペタ
穂乃果「…」ジーッ
英玲奈「…」ピタッ
穂乃果「ははーん、さっきからミョーにそわそわしてると思ったらそういうことかー。結構お茶目なとこもあるんだねぇこのこの」ツンツン
英玲奈「…別にそわそわなどしていない」
穂乃果「そお? チビッ子が近所の空き地にフットボールしに行くような顔してたけど?」
英玲奈「っ…」
ツバサ「一つ問題があるわね。見ての通り、ここにある飛行機とパイロットはオンリーワン、そして定員は二名よ」
絵里「そこを何とかならないかしら。一度に四人運びたいの。あなたのことだから、何かアイディアがあるんじゃなくて?」
ツバサ「まあね。荒っぽい方法になるけど、多分死なないでしょ。それで、義勇兵はどなた?」
- 114: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 22:41:12.95 ID:b9Ls8EPs.net
-
――ぶるおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!
暗闇に閉ざされたままのリビア砂漠の朝空を、レシプロエンジンの勇ましくも軽快なサウンドに乗せて
回転するプロペラが切り裂き飛翔していく――若干名の悲鳴も併せて。
絵里「ハラショー、あれだけ苦労した砂漠横断もこれならひとっ飛びね」
絵里「速いし快適だし、最初からこうすればよかったかしら? ねえ穂乃果ー」チラッ
穂乃果「快適!!? これがァ!!??」
ブリストルF.2B戦闘機を駆るツバサと背中合わせで機銃座に就いている絵里に、
その右隣で下翼に“縛り付けられている”穂乃果が噛み付かんばかりの勢いで抗議する。
絵里「クスッ、大丈夫ー?」
穂乃果「大丈夫に見える?!? ジョーダンじゃないよっ何が可笑しいのさァ!!」
- 115: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 22:42:35.79 ID:b9Ls8EPs.net
-
英玲奈「くははははははははははははははははっ」
絵里「……大丈夫?」
同じように左側に固定されているラズァイの長は、全身全霊で翼にへばり付いた格好で
微動だにせず、口元だけを無邪気に歪めていた。
それが人生初のフライトに興奮しているのか、それとも恐怖からくるものなのか、
或いはその両方なのかは当人のみぞ知る。
ツバサ「アッハハハハハハ!!! やっぱ空をブッ飛ぶのはサイコーよねっ」
ツバサ「一緒にもっと楽しみましょうよ! アクロバットを見せてあげる、まずは基本のバレルロールから」
穂乃果「やめてええええええええ゛え゛え゛え゛ぇ゛っ」
- 116: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 22:49:00.20 ID:b9Ls8EPs.net
-
穂乃果「おろろろろろろろろろろろろろろろろろ」
絵里「ハラショー…ゲロの曲技飛行なんて初めて見た…」
英玲奈「ふはははははははははははははははは」
ツバサ「お客様ー! 右手にごちゅーもく下さいィ〜!」
絵里「……!」
- 117: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 22:50:27.13 ID:b9Ls8EPs.net
-
絵里「竜巻!?」
ツバサ「いえ、塵旋風(ダストデビル)よっ。あんなどデカいのは初めて見るわ!」
絵里「違いがよく分かんないけど、ヤバいの?」
ツバサ「巻き込まれたらね! まあこの私に限ってそんな心配ないけど! でもあの中飛んでみるのも面白そうねアハハ!!」
穂乃果「やだーっ! 絶対やだーっ!!!」
絵里「………」
絵里(あの中……人が飛んでたような……見間違い?)
絵里(嫌な予感がする……だって、あいつが移動するときはいつも…)
絵里「……ツバサ、あれにもう少し接近できる?」
- 118: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 22:52:46.92 ID:b9Ls8EPs.net
-
――ゴオウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!!
「うはああああああああああああああああああああっ」
「やああああああああああああああああああぁぁぁぁあああん」
一方、件の旋風の根元では――超魔術の御業による砂の乗り物から乗客たちが乱暴に投げ出されたところだった。
砂丘のクッションを着地点に定めるあたり、ドライバーの細かい配慮は感じられるものの、
全身と口内が砂まみれの不快な旅を終えた乗客二人は、口々に砂利混じりの悪態を吐く。
雪穂「ぺっぺっ、もう嫌っ。あの人のお陰で砂漠が嫌いになりそう」
希「早いとこ転職したいわ…」
- 119: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 22:55:06.58 ID:b9Ls8EPs.net
-
キュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……
ふらふらと起き上がろうとする二人の前で、規格外のダストデビルは次第に小さく小さく収束していき――
それは何度も見た光景の逆再生。
ウミホテップ「ふぅ…」
砂埃の中から、彼女が現れる。
砂が彼女の身体で、彼女は砂。
まるで砂という概念が彼女そのものに書き換わったかのようだ。
こと砂を操ることのみに関してなら、ウミホテップは既に神に等しい存在と言っても過言ではない。
一人間が神になるなんて、今更ながらとんでもないことだと、雪穂は心の中で独り言ちる。
- 120: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 22:56:32.45 ID:b9Ls8EPs.net
-
雪穂「来ちゃったよ…ハムナプトラ」
太陽が出ていないにも関わらず、死者の都は闇の中でもその存在をくっきりとアピールしていた。
まるで主人の帰りを喜んで尻尾を振る犬の様に。
だがウミホテップの注意を引き付けたのは、それとは別の存在で――
――ぶるおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんんん
雪穂「…!」
ウミホテップ「……生きていましたか」
希「エリち…」
雪穂(来てくれた…)
- 121: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 22:58:38.57 ID:b9Ls8EPs.net
-
――ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ
雪穂「!?」
ウミホテップ「本当は水を操る方が得意なのですが…」
砂丘の上で、オーケストラ指揮者のように両腕を高々と振り上げ、
地の底から響いてくるような吸気音じみた咆哮を上げる砂の大神官。
ウミホテップ「それに足元が揺れるのも苦手です……『黄海干罰』」
古代エジプト語で何か言った直後、眼下の大地が鳴動して表面に亀裂が走り、
その裂け目から瞬く間に砂の壁が立ち上がる。
先程のダストデビルとは比べ物にならない、怒髪天を衝くような高い高い砂の殺意。
雪穂「!…やめてっ」
ウミホテップ「なに、少し懲らしめるだけですよ」ニコッ
- 122: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 23:00:11.35 ID:b9Ls8EPs.net
-
┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨
ツバサ「なぁにアレ、砂のツナミ?」
絵里「はいはい、またこのパターンね…!」
今度は砂の軍勢ときたか。
サイドミラーに映る超常現象にパイロットが首を傾げるより早く、後部席の絵里はその正体に気付いていた。
栄華を極めた古代エジプト王朝出身の大神官サマは、何でもかんでも贅を尽した大物量の波で飲み込む歓待がお好きらしい。
穂乃果「ねえ〜!! 何が起きてるのーっ!!?」
絵里「ツバサ、もっと速度を上げて! アレに捕まったらお終いよ」
ツバサ「分ーてるって! 追いつけるもんなら追いついてみなさいっ」
ツバサ「さぁ、つかまってェーーーー!!!」ガコンッ
- 123: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 23:02:17.38 ID:b9Ls8EPs.net
-
穂乃果「あっ…ああああああああああ落ちてるうううううううううう〜〜〜っ!!!」
複葉機の機体は一瞬だけふわっと上向きになったかと思うと、次の瞬間には垂直に近い急降下を始めていた。
そり立つ砂の壁はどこまでも高く立ち昇って、絵里たちを上空に逃がしはしないだろう。
ならば高度を速度に変えて、低く、速く、前に逃げ切るしかない。
ゴ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ
絵里「――!」
砂塵対策用のゴーグル越しに絵里は見た。
視界を埋め尽くす砂の壁の真ん中に、巨大な顔が浮かび上がったのを。
ウミホテップ「…」ニヤッ
勝ち誇ったような尊大な笑みには見覚えが。
地上で砂のオーケストラを指揮するウミホテップその人の表情だ。
- 124: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 23:04:05.16 ID:b9Ls8EPs.net
-
絵里「ツバサ、これどうやったら撃てるの!?」
ツバサ「照準器を起こして、あとはトリガーを引くだけよ!」
絵里「よぅし…そっちが古代のオカルトならこっちは最先端の科学で勝負よ!」DoDoDoDoDoDoDoDo!!!
ツバサ「尾翼を撃たないように気を付けてー撃ってもそれはそれで面白そうだけどアッハッハ」
穂乃果「あ〜もぉいい加減にしてよっ! 砂に向かって撃って意味あんの!?」
絵里「知らないっ!けどやられっ放しはムカつくんだもん!」DoDoDoDoDoDoDoDoDoDo!!!!!
キュオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!!!!!!
絵里「!――やばっ」
指揮者の表情を反映して、砂の巨顔が大口を開けて吼える。
それが加速の合図だったのか、ろくろ首のように前面に伸びてきた顔は複葉機を口に含み、
そのまま砂の体内に飲み込んでしまい――
- 125: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 23:05:54.30 ID:b9Ls8EPs.net
-
雪穂「あぁ…!」
ウミホテップ「…」モグモグ
数百メートル先で展開されている一大スケールの鬼ごっこに勝利した鬼は、
口内に含んだ獲物を咀嚼するように顎を動かす。
その動作で、あの渦の中で絵里や姉たちがどんな目に遭っているかが容易に想像できた。
雪穂「やめて…! 懲らしめるどころか本当に死んじゃうよっ!」
希「最初からそのつもりでしょ…」
雪穂「そんな…」
雪穂(折角……助けに来てくれたのに、こんなあっけなく…)
雪穂(みんなが苦しんでるのに、私だけ何も出来ないで……ただ、見てることしかできないなんて…)
ウミホテップ「……………むっ」
- 126: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 23:07:52.31 ID:b9Ls8EPs.net
-
――ぶるおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!!!!
雪穂「…!」パァ
希「生きてる…」
砂嵐を振り払うようにローリングしながら、流星めいた超加速で内部から複葉機が飛び出す。
だがやはりただでは済まなかったのか、すぐに勢いを失った機体は左右にふらつきながら急激に失速を。
そのすぐ後ろには手負いの獲物を再び飲み込まんと、砂の魔の手が再び迫る。
ガタッ…ガタガタガタ!
ツバサ「こん畜生! もうちょい根性見せなさいよ!」ドガッ!
断続的な異音を発しながら今にも停止しそうなエンジン含め、誰も彼もが息切れして喘ぐ中、
一人意気盛んなパイロットはひび割れた計器パネルに拳を振り下ろし――
――バロロロロロロロロロ!!!!
ツバサ「イエッス! まだまだブッッッ飛ばすわよぉ!」
- 127: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 23:09:47.92 ID:b9Ls8EPs.net
-
穂乃果「ごほごほッ!!信じらんない!まだ生きてるよっ神さまぁ〜!!!」カミサマーッ
ツバサ「DIEジョーブよ、心配しなくてもすぐに死ねるわ――でも、今じゃない」
絵里「マジで何か策はあるの!? また真後ろに迫ってるわよっ!!?」
ツバサ「まぁかせなさいっあの山で勝負をかけてやる!」
彼女の言う山とは、ハムナプトラのカルデラ。
台形の陸標めがけて、機体は地を這うような高度で加速加速加速――
穂乃果「オーキャプテン!マイキャプテン!このまま突っ込む気ィ!!?いまを生きるんじゃなかったの!!??」
ツバサ「………見えたッ」
絵里「何が!?」
ツバサ「ヴァルハラ! みんながいる! 私も行く!」
躁病めいた表情で口の端から涎を垂れ流し、操縦桿を握り続ける。
目前に迫った死者の都はその両手を広げて自殺志願者たちを出迎えようとしていた。
穂乃果「そっちはダメえええええええええ!!!!!」
ツバサ「ッ……!!!」ガコンッ
- 128: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 23:15:07.01 ID:b9Ls8EPs.net
-
雪穂「……!!」
鉄の隼は、自分が夜明けの太陽だと思い違いでもしたように、ハムナプトラの入口手前で機首を上げ、
そのまま一直線に高く高く急上昇した。
ウミホテップ「―――――!」
一方、低空の獲物をいたぶる為に自らも低く鎌首をもたげていた砂の蛇はそうもいかなかった。
――ど ば しゃ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ ん
拡散が間に合わず、砂塵の壁はまとめてカルデラに激突し散り散りに四散、周囲に土煙を撒き散らす。
ツバサ「ハッハー!!! 見た!? これがホントの煙に巻くってやつよ!!」
絵里「ハラショー、おおハラショー!! 私この言葉滅多に使わないんだけどツバサ、あなたには使いっぱなしだわ!」
ウミホテップ「……ほぅ」
- 129: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 23:16:28.36 ID:b9Ls8EPs.net
-
英玲奈「飛行士! いい腕だ、ラズァイに入らないか。一緒に世界を守ろう」
絵里「英玲奈、さっきからだんまりだったから一人だけ天に召されたかと思ったわよ。ていうかあなた達秘密結社じゃなかったの?」
英玲奈「その通り。だから常に人手不足でね。人材は年中募集中だ」
ツバサ「なんだか知らないけど面白そうね、考えとくわアハハ!」
穂乃果「三人ともなんでそんなに元気なの…」ゲッソリ
――ズ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ …
絵里「この地鳴り…また仕掛けてくるつもり?」
ツバサ「もうあの砂嵐は見切ったわ。何度だって振り切ってみせるわよ」
穂乃果「……いや、今度は砂じゃないっぽいよ」
- 130: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 23:18:08.63 ID:b9Ls8EPs.net
-
ウミホテップ「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…」
先程より険しい顔付きで、両の拳を握ったり開いたりしながら、
ウミホテップはひび割れた大地のさらにその下にあるものを操ろうと、超常的な力を行使していた。
彼女が元々持っていた性質は、呪いを受け干からびたミイラとなったことで反転し、
結果的に砂を操る力を身につけるに至った。だが決して元来の能力を失ったわけではない。
むしろホム・ダイの副産物で、それは何十倍にも増幅されている――!
- 131: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 23:19:17.28 ID:b9Ls8EPs.net
-
ザバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!
希「いっ…!」
希(今度は水の壁!? てかまんま津波やん、何でもアリかこの人!)
希「でも、なんで砂漠でこんなに水が…?」
雪穂(地下の化石水…! 砂漠でも、古代の地層には何万年も前に降った雨水が蓄積されてる。その総量はナイルを何百年にも渡って潤せるくらいに)
雪穂(話に聞いた通りとんでもない水量だ…それを1ブロック分まとめて引っ張り出すなんて…!)
ウミホテップ「蒼の砂丘(ディープ・デューン)…とでも名付けましょうか」
希(ださっ…!)
- 132: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 23:22:07.67 ID:b9Ls8EPs.net
-
犠牲者の脳から読み取った覚えたての英単語を呟き、満足げな微笑を浮かべる地上の大神官。
それに対して上空の新たな犠牲者候補たちは、空の上で溺死するかもしれない驚愕に複数の言語で悪態を。
英玲奈「あれは…」
希「流石に…」
穂乃果「飲み込まれたら今度こそ押し潰されちゃう…!」
雪穂「お願いやめてっ!」
ウミホテップ「…」ニッ
クアッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッッッッ!!!!!
砂よりも表情豊かな水の顔壁は、殺気の中にも稚気を込めた高笑いで、複葉機の眼前に立ち塞がる。
絵里「ツバサ!全速で旋回して!」
ツバサ「あたりきしゃりき!」
- 133: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 23:24:24.90 ID:b9Ls8EPs.net
-
――ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん
穂乃果「ふぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐっ!!!!」
英玲奈「くっ…はああああああああああああ」
――ドバッシャアアアアアアアアアアアアアア!!!!!
絵里「二人とも耐えるのよっ……!?」
絵里「嘘でしょ…」
――ジャバアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!
雪穂「そんな…後ろからも津波が」
希「挟み撃ちやん…」
絵里「Обалдеть! 」
ツバサ「YES, WE CAN!!!」
絵里(もう一度転進を…いえ間に合わないっ!)
- 134: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 23:28:12.52 ID:b9Ls8EPs.net
-
雪穂(だめダメダメ駄目っ!!! 今度こそ助からない、死んじゃう! みんなが死んじゃう!!)
雪穂(何とかしないと、何とか止めなきゃ…! 私が、ここから? どうやって??)
雪穂「…」チラッ
ウミホテップ「ヒイタリ・ミチタリ、ココロノナミガ…」ブツブツ
雪穂(目を閉じて波を操るのに夢中になってる……何とかして集中を乱せれば…!)
希「い、いや〜凄いですねー砂に続いて今度は水の顔芸なんてお見それしましたよ、いやホント。流石ウミホテップ様、よっ北半球一!」
雪穂(希さん…?)
希「ネーミングセンスも最高やし、何でしたっけえーっと……たはは、ド忘れしちゃった…あのー」
ウミホテップ「ヨセテハ・カエシテ、カガヤクナミヲ…」ブツブツ
雪穂(駄目だこりゃ、聞く耳持ってない。どうしよ、あの人の気を逸らすには、言葉じゃなくて……言葉じゃなくて)
- 135: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 23:29:47.27 ID:b9Ls8EPs.net
-
ザ バ ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア
穂乃果「わあああああああっもうおしまいだぁ〜〜〜〜〜!!!!」
絵里「ッ……!!!」
雪穂「!……〜〜〜ッ」
雪穂(もうどうにでもなれ…!)ダッ
チュッ
- 136: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 23:32:22.72 ID:b9Ls8EPs.net
-
ウミホテップ「ん゛ん!?」
希「おぉ」ヒューッ
雪穂(キスしてるキスしてる私今自分からこの人にキ、じゃなくてチュウしちゃってる…!)
ウミホテップ「………!………っ!」
雪穂(ああ何やってんだろ私…!でも不意をつかなきゃって咄嗟に思いついたのがこれで……なんか成功してるっぽい!?)
ウミホテップ「〜〜〜!ッ〜〜〜///」
雪穂(ほらこの人、こんなに目を丸くして驚いて、顔真っ赤にして…あれ?アレ?)
ウミホテップ「////………ん」
雪穂(そんで目を瞑って、受け入れたァ!?……………あダメそろそろ息苦し…)
雪穂「………ぷはぁっ!」
雪穂「はぁ…はぁ…はぁ……」
ウミホテップ「はーっ……はーっ……はっ」
ウミホテップ「破廉恥ですっ!」SLAAAAAP!
雪穂「きゃあっ!」
希「えぇ…」
- 137: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 23:35:12.04 ID:b9Ls8EPs.net
-
雪穂「いったぁ…」ヒリヒリ
ウミホテップ「この身も心もミナリンスキーだけに捧げると誓ったもの。次に同じことをすれば容赦はしませんよ」
雪穂(こ、この人…! 前は自分からチュウしてきたクセにっ。そんでもって今は自分から舌入れてきたクセにっっ)
雪穂「でもこれで津波は消えてみんな助かったもんね。ザマミロッ」ボソッ
希「……アレで助かったって言えるんかなぁ」
雪穂「え?」
「ああああああああああああああああああああっ」
「わああああああああーーーーーーーーーー」
「くおああああああああああああああああああ」
「お客様〜〜着陸時の衝撃にお供えくださアッハハハハハハハハハ!!!」
四人を乗せた複葉機は津波の直撃こそ受けなかったものの、崩壊したそれの余波を一身に浴びていた。
前後から灰色の煙を噴き出し、全方位にガタガタと退薬症状じみた挙動をみせる満身創痍の機体は、
危ういバランスを保ちながら徐々に速度と高度を下げ、ウミホテップによって一万年ぶりに潤された
砂丘の向こうにその姿を消し――
K A B O O O O O M !!
雪穂「あ……」
- 138: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 23:36:53.29 ID:b9Ls8EPs.net
-
ウミホテップ「…」フッ
雪穂「〜〜〜ぅ…くっ」
希「………雪穂ちゃん、行こ」
雪穂「……」
希「エリちたちが生きてるにしろ死んでるにしろ、ここを早く離れるに越したことはないよ。分かる?」
雪穂「……っ」
- 139: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 23:38:30.63 ID:b9Ls8EPs.net
-
――
―――――
ザザーン
「ああ…」
「…う゛うっ」
穂乃果「………ねえ、誰か生きてる? んなわけないか…」
絵里「全員死んだわ、よっと…!」ガコンッ
英玲奈「最低で最高の気分だ……なんと形容したらいいのか、この気持ちは」ヨロヨロ
絵里「乳首から酒が出るほど酔っ払った時の感覚よ……世界が回ってまともに立てやしない」フラフラ
英玲奈「………そうか。またしても貴重な体験が出来た、よっ!」ガキンッ
- 140: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 23:39:44.95 ID:b9Ls8EPs.net
-
初飛行初墜落の興奮も冷めやらぬグロッキー状態のまま、
既に砂というより泥濘の泥山と化した砂丘に頭から突き刺さった機体の翼より抜け出すと、
英玲奈は据え付けの機関銃を強引に銃架から取り外して自分の武装にした。
その脇ではこちらも何とか後部席から這い出した絵里が、
今度は武器入りのズック袋を引っ張り出そうと悪戦苦闘の真っ最中。
もう一方の主翼では逆さ吊りになった穂乃果が悟り顔でその様子を見つめている。
穂乃果「ねーそれ終わったら穂乃果のことも助けてよー」
- 141: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 23:42:05.55 ID:b9Ls8EPs.net
-
英玲奈「はッ」SLASH!
ブチンッ ドチャッ!
穂乃果「ぁ痛っ……くない。この地面柔らかい」プニプニ
英玲奈「不幸中の幸いと言ったところか、やつが地下より水を引き上げたことでここら一帯の地形の性質が変化したようだ」
穂乃果「泥のクッションかぁ。一面、海辺の砂浜みたいになってるよ…」
絵里「でも長居は無用よ。こういう地面はいつバランスを崩して崩壊するか分かったもんじゃないわ」
絵里「さ、ツバサ、のんびりしてる暇はないわ。四十秒で支度して、行くわよ……ツバサ?」
ツバサ「…」
絵里「ツバ……サ…?」
絵里(脈を…!)サッ
穂乃果「ツバサさん…?」
絵里「……首の骨が折れてる」
- 142: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 23:43:42.86 ID:b9Ls8EPs.net
-
ツバサ「…」
絵里「何でそんな笑顔なのよ……お陰で気付かなかったじゃない」
絵里(操縦桿を握ったまま、最後まで放さなかったのね。あなたって人は…)
ズズッ…ズズズ
絵里「!」
穂乃果「なにこれっ!? 機体が、地面に飲み込まれて…」
英玲奈「流砂だ! 離れろ、引き込まれるぞ!」
- 143: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 23:46:29.98 ID:b9Ls8EPs.net
-
――ズズズズズズズブブブブブブブブブ
英玲奈「こっちの岩場へ! 早く! 」
絵里「っ…」
穂乃果「ツバサさん…」
――こうして“上手に”墜落できたのも彼女の腕前と粘りがあったからこそだろう。
墓標のない砂の棺に沈み込んでいくパイロットを無言で見送りながら、絵里は短い敬礼を。
時間にすれば一分かそこら、尾翼までが完全に泥の底に消えるまで、
三人はその場から動かずに大自然の葬送を見守った。
ズブッ…チャポン
英玲奈「……」
絵里「…行きましょう。ここからは歩きよ」
穂乃果「…」バイバイ
- 144: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 23:48:47.04 ID:b9Ls8EPs.net
-
――ハムナプトラ内部 儀式の間
ウミホテップ「ついに辿り着きました…さあ二人とも、逝きますよ」メイカイアタックデス
雪穂(何て嬉しそうな顔……この後世界がどうなるかなんて、これっぽっちも考えてないような)
雪穂(多分、本当に彼女のことしか頭にないんだ。彼女を蘇らせた結果世界が滅ぼうがどうしようが、そんなことはどうでもいいんだ)
雪穂(ただ、彼女さえいれば、あの人はそれで…)
希「雪穂ちゃん、立ち止まったらアカンよ。ウミホテップ様の機嫌を損ねたら何されるか…」
雪穂「…どうでもいいですよ。どのみち私は殺されるんだから」
希「投げやりになっちゃ駄目よ、自分の命は大切にしなきゃ」
雪穂「ふっ、希さんが言うと説得力が違いますね…」
希「……エリちたちのことなら心配ないよ」
希「きっと生きてるよって、カードが言ってるんや。今までもそうだった、なんだかんだ言ってエリちも相当強い悪運持ってるし…」
雪穂「……そこまで」
雪穂「そこまで絵里さんのことを信じているくせに、なんで裏切ったんですか?」
雪穂「希さん……私には、あなたという人がよく分からないです…」
- 145: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 23:50:01.29 ID:b9Ls8EPs.net
-
希「………ウチにとってエリちは、あの怪物と同じ…」
雪穂「え…?」
希「昔から、何処にも自分の居場所を見つけられなくて」
希「気が付いたら、自分から逃げ出すようになってた。そっちの方が楽だからね」
希「常に飄々と、人との出会いは一期一会……最終的に何か盗むか裏切るかしてウチがドロンするんだけど」
希「一箇所に根を張ることのない生活は傷付くこともなくて。ああ、自分にはこういうのが性に合ってる、ずっとこういう生き方続けるんだろうなって」
- 146: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 23:51:06.96 ID:b9Ls8EPs.net
-
希「そんなウチにとってエリちとの出会いは青天の霹靂」
希「ホントにびっくりしたよ。手は冷たいけど情には篤い、人との繋がりを何よりも大事にして守ろうとする。ウチと正反対の人間だった」
希「エリちはこんなウチでも大切にしようとしてくれた。生まれて初めて、自分の居場所が出来たような…ここにいてもいいのかなって、思えた」
希「けど、ね。側にいたいけど、それ以上に側にいるのが耐えられないんよ。優しく触れられる度、同時に身を焼かれ焦がされる気分だったの」
希「どんなことがあっても仲間同士助け合う――人間として当然の規範、だけど実際は本当に一握りの人しか実践できないようなその理想を、エリちは当たり前のように他人にも求め、期待する」
希「彼女にとっては生きるうえで命懸けで順守すべきルール。そして他の人も自分と同じだと思ってる。呼吸のように、誰しも実践することだとね」
希「でもウチにはどうしても理解出来ないし真似も出来ない。畏怖すらしてた。ほらね、やっぱり怪物も同然なんよ。ウチから見たエリちは」
- 147: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 23:52:33.10 ID:b9Ls8EPs.net
-
希「何度も逃げ出したよ。失望させたくなかったから……いや、いつか致命的な裏切りを働く前に、失望してほしかった」
希「その度追っかけてきたり、愛想尽かされなかったのにも驚いたけどね。お人好しが過ぎるんよ、バカエリち」
希「そんなエリちがウチには眩しくて眩しくて……自分とちょっと似てるなって思うとこもあって、それが余計にキツくて」
希「初めてだった。他人に本気で、心の底から軽蔑されるのが怖くなったんは」
希「いつの日か本心からウンザリされて、嫌われて、見捨てられて傷付くのが嫌で……だからいつもこっちから裏切っちゃうの」
希「そうすれば、結果的にお互い深く傷付かずに済む……はずだから」
雪穂「……」
- 148: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 23:53:41.98 ID:b9Ls8EPs.net
-
希「ふふっ、どうしてここまで話すんだって顔してるね。自分から聞いてきたクセに、そんな意外そうな顔せんでもいいじゃん」
希「……本音で話すってのも意外とスッキリするもんだね。そりゃ話してる最中は顔から火が出そうなほどハズかったけど」
希「相手がもうすぐ死んじゃう人なら構わないかなって。文字通り墓まで持ってって……そういえばここが墓だっけか」
雪穂「っ……やっぱりサイテーですよ、あなた」
希「そうそう。ウチは卑怯で臆病な裏切り者。同情なんて一片もしちゃいかんよ?」
雪穂「言われなくてもしてませんから。結局、悲劇のヒロイン気取りの自己中女が自分かわいさに他人を傷付けてるだけじゃないですか」
雪穂「相手の…絵里さんの気持ちは考えたことあるんですか? 自分の方から、絵里さんに歩み寄ろうとは思わないの?」
希「そうやねぇ……もうちっと早く出会えてたら、何か変わってたかも。でも、もう遅すぎるよ」
希「この歳になって、今更自分を、生き方を変えるのも難しいことでしょ? この性分は悪癖を通り越して、今やウチの信念みたいなもんにまでなってる」
希「エリちよりも遥かに長く、古い付き合いのこの悪友と、あまりにも一緒に過ごしすぎたよ…私は」
- 149: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 23:55:07.65 ID:b9Ls8EPs.net
-
雪穂「……ホントに救いようのない人」
希(…知っとるよ)
雪穂「だって、最後まで自己肯定の言い訳なんだもん。誰かの存在はきっかけに過ぎません。最終的に自分を救えるのは自分しかいないのに」
雪穂「あなたは現状を変えようとする努力もしないで、只逃げてるだけ。でも、そうやっていつまでも逃げ続けられると思ったら大間違いなんだから」
雪穂「仏教でいう業ってやつ、日本人の希さんなら当然知ってるでしょうけど。あなたみたいな人は、いつか必ず報いを受けることになるでしょう。必ず、絶対に」
希「うん、だろうね」
雪穂「…即答かい」
希(それでもウチは逃げ続けるの。断罪を逃れるために罪を重ねて、悪循環だと分かってても走り出した列車は止められない。その行き先が破滅だと分かっていても)
希(いつか途中下車出来る駅が見つかるかも…きっと見つかるはずだって、思わずにはいられないのが人間でしょ…?)
- 150: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 23:57:11.61 ID:b9Ls8EPs.net
-
――――――
――――
――
英玲奈「――もしも私が、“東から失われたものを探しに来た”と言ったら?」
それはハムナプトラへの突入を目前に控え、装備の整理と最終確認をしている時。
出し抜けに、何の脈絡もなくラズァイの長が呟いたフレーズに穂乃果がきょとんとする横で、
絵里は散弾銃に弾を込める手を一瞬休める。
絵里「その答えはこうよ。“私は西から来た旅人、あなたの探し物はこの私”」
英玲奈「その通りだ」パシッ
息を弾ませて絵里の利き手首を掴んだ彼女の顔には、本日二度目の笑みが広がっていた。
その時になって初めて、いつの間にかリストバンドがずれて、ピラミッドを象った例のタトゥーが露出していたことに気付かされる。
英玲奈「これは聖なる印だ」
絵里「はぁ?」
英玲奈「人類の守護者、神に仕える戦士の証。君もラズァイなんだよ、エリー・アヤセ」
- 151: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 23:58:36.95 ID:b9Ls8EPs.net
-
絵里「ちょっと……この期に及んで何とってつけたようなことを言い出すのよあなたは」
英玲奈「本当のことだ。あんじゅも同じものをしていた。君はこれをどこで?」
絵里「子供の頃カイロで、保護者代わりだった人に。さっきの合言葉もその人からの受け売りよ」
英玲奈「なるほどな、合点がいったよ。これは全て運命だったんだ…何千年も前から仕組まれていた」
絵里「……益々きな臭いこと言わないでくれる? 砂漠なのに鳥肌が立ちそうよ」
英玲奈「宿命と言い換えてもいい。君が今こうして生き残ってあいつと対決するのは、大いなる意志による必然ということだ」
絵里「へえ? それじゃ穂乃果やユキちゃんも、その運命だか宿命だかに選ばれし者ってことになるわよね」
穂乃果「マジすか」
英玲奈「或いはな。前世か、そうでなくともどこかで何らかの因縁があったのかもしれん。私たちにそれを知る術はないが…」
絵里「冗談で言ったのよ生真面目さん。本気で返されても困るんだけど」
- 152: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/07(水) 23:59:58.16 ID:b9Ls8EPs.net
-
英玲奈「…何故そう頑なに拒む? 宿命(かこ)を拒否する人間に、未来は開けんぞ」
絵里「じゃあ逆にお尋ねするけど、もし私があなたと同じラズァイだったとして、それがどうしたっていうのよ。一体何の得が? 目からビームでも出せるようになるの?」
英玲奈「君が忘れている心、失った魂を取り戻せるぞ。世界を守る為に戦った勇者として、天国にだって行ける」
絵里「……」
英玲奈「これまで無法者として生きてきた人生を清算できる。背負った業から、魂を解放するんだ。そうすれば君は自由だ、なんだって出来るだろう」
絵里「それなら結構。やっぱり私には必要ないわ、こんな印は」
英玲奈「どうして…」
絵里「今だって私は自由なつもりだし、自分の魂を見失ってもいない。私は私よ、今の自分に誇りを持ってる」
絵里「私はフットワークと命の軽さがウリの冒険者(アウトロー)。それ以上でも以下でもない。神の戦士? 世界を救う勇者? とんだお笑い草だわ」
英玲奈「…言葉に気を付けろ。我々のことも愚弄する気か?」
絵里「いいえ、あなた達宗教戦士の生き方は尊重すべき一つの信念よ…私たちと同じね」
絵里「ただ一つもの申させてもらうなら、物事をすぐ正義と悪に二分するのはあなた達の悪い癖だと思うの」
絵里「これから行われるのは善と悪の宿命の対決なんかじゃない……ただお互いがやりたいことをやった結果に過ぎないのよ」
- 153: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 00:02:05.01 ID:jLWdmo7g.net
-
絵里「その点に関してならあのウミホテップも大したものよ。全世界を敵に回してでも自分のやりたいこと、恋人との愛を貫こうとしてる」
絵里「私は彼女のことを悪だと糾弾するつもりはさらさらない、むしろ同じ女として凄いなって思うくらい」
絵里「ただ、あいつはユキちゃんを奪った。それが許せないから取り戻す、戦う理由はそれだけ」
絵里「彼女にも言い分はあるだろうし、勝手に墓を荒らして蘇らせたのはこっちだし」
絵里「視点を変えれば向こうが悲劇の登場人物にすら思えるけど、でもそんな事情なんて知ったこっちゃない」
絵里「正義の聖戦だとかの免罪符も必要ない。相手をぶん殴る理由は“気に食わないから”で十分」
絵里「これは純粋に各々の欲望、エゴのぶつかり合いよ。世界を救うだの滅ぼすだのはそのついで、単なる付随要素に過ぎないの。喩えるなら食玩についてくるラムネ菓子ね」
英玲奈「何を馬鹿な……世界の命運をかけた戦いに、そんな軽い気持ちで臨まれてたまるか…」
絵里「いいえ真剣よ。ただ、世界のことは二の次ってだけ。私たちはいつだって目の前のことに、自分のやりたいことに全力なつもり」
- 154: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 00:03:51.58 ID:jLWdmo7g.net
-
絵里「ツバサの最期を見たでしょ? 自分に真っ直ぐ、バカすぎるほど正直に生きて、笑顔で逝ったわ。人間の幸せってのがどこにあるのか垣間見た気分よ」
絵里「にこたちも同じ。志半ばで倒れたことは無念でしょうけど、私たち冒険者の中で、自分の生き方が間違っていたと後悔した人はいないはず」
絵里「あなた達もそうよね? 皆信念に殉じて死んでいった、その点で恨みっこはなし」
絵里「私たちに同胞を多く殺されたあなたがこうして素直に手を組んでるのが何よりの証拠じゃないの」
英玲奈「……」
絵里「大事なのは自分の本当にやりたいことに正直になること。穂乃果、あなたはどう思う?」
穂乃果「……ふぁ? えっと…そうだね……実は途中からあんまり聞いてなかったんだけど」ポリポリ
穂乃果「私の目的は今も昔もお宝かな。だから、絵里ちゃんの言うことには賛成」
穂乃果「私の“お宝”が盗られちゃった。だから取り返しにいく。ただそれだけだよ、うん」
- 155: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 00:04:32.83 ID:jLWdmo7g.net
-
絵里「あなたはどうなの、英玲奈」
英玲奈「私…?」
絵里「あなたはやたらと墓守の使命や義務を口にするけど、それはあなたの本当にやりたいことなの?」
絵里「飛行機に乗ったとき、あなた初めて笑ったわよね。心の底から楽しそうで、見てるこっちもついニヤけちゃうくらいの、とっびきりの笑顔を」
絵里「もしかして、ラズァイとしての宿命に魂を縛られてるのはあなたの方じゃなくて? 今のままで自分に素直に、自由に生きてるって胸を張って言える?」
英玲奈「私は……」
- 156: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 00:06:54.47 ID:jLWdmo7g.net
-
英玲奈「――ふっ」
英玲奈「愚問だな。私は今日までの自分の生き方を後悔したことも、束縛されていると感じたこともない」
英玲奈「墓守としての自分の人生に誇りを持っている。君と同じだ」
絵里「そう、ならいいのよ。それでいいの」ニコッ
絵里「それはあなたの立派な信念だから。昨日今日会ったばかりの相手の説教でコロッと変わっていいものじゃないわ」
絵里「ふーっ、これでスッキリハッキリしたでしょ」
絵里「あなたも私も彼女も、自分のやりたいことのために戦うの。この上なくシンプルで分かりやすくて、心置きなく戦えるってものよ」
絵里「さ、気持ちの整理もついたところで残り数百メートル、ちゃっちゃと歩いていきましょう」
穂乃果「おーっ!」 英玲奈「ああ…」
ザッザッザッザッザッザッ…
絵里「……ふふっ、それにしても私が神の戦士って」クスクス
絵里「ジョークのレパートリーがまた一つ増えたわ。無事帰れたら、バーにでも行ってみんなの前で披露してみましょう」
絵里「“ねえ聞いて、私さっき世界を救ってきたんだけど”って。きっと大ウケ間違いなしね」
穂乃果「あ、そのネタいいね。穂乃果も使わせてもらおーっと」
- 157: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 00:09:18.57 ID:jLWdmo7g.net
-
絵里「それはそうと、帰ったらこの勇者の印とやらは消した方がいいわよね。こんなやつに救われる世界なんて、それこそ救われないってもの…」
英玲奈「……」
絵里「そんなしょぼくれた顔しないで。別にあなた達のことを悪く言ってるわけじゃない、むしろ本職の方に失礼だと思ったからよ」
英玲奈「…別にしょくぼくれてなど」
絵里「それに、こんな印なんてなくても、もう私たちは仲間でしょ?」
英玲奈「――!」
穂乃果「そうだよ、これ終わったらさーどっかの店貸し切ってパーッと飲み明かそうよ。雪穂も入れて四人でね」
- 158: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 00:11:24.21 ID:jLWdmo7g.net
-
英玲奈「…折角の誘いだが、私は飲まないんだ」
穂乃果「なに、それくらいこっちが奢ってあげるよ」
英玲奈「いや、ノーマネーではなく……君は下らない言葉遊びが好きだな?」
英玲奈「飲めないんだ、宗教上の理由でな。そうでなくとも飲みたいとは思わないが」
絵里「そうね、どっちかっていうとあなたに必要なのは油かしら」
英玲奈「?」
絵里「今まで突っ込まなかったけど、あなたの英語随分と錆びついてて聞き取り辛い…というか全体的に発音が変よ。訛りも酷いし、まるで故障寸前の機械が上げる異音みたい」
英玲奈「…そんなにか?」
穂乃果「もっと単語と単語の間に注油が必要だね。潤滑にしなきゃ」
英玲奈「……練習するよ」
穂乃果(あ……傷付けちゃったかな。捨てられた子犬みたいな顔になっちゃった)
絵里「ごめんなさい、ちょっとからかい過ぎたわ。そこまで本気で落ち込まないで……ほら、親しい友達にやるような悪ノリで…半分くらい冗談だから」アセアセ
英玲奈「…周りに指摘してくれる人がいなくてね。異国の友人はいなかったんだ」
絵里「私たちがいるじゃない。その気なら協力するわよ。英会話教室に通うくらい、ラズァイの掟は許してくれないの?」
英玲奈「ふっ…何だそれは。今度他の族長たちに打診してみるか。どいつもこいつも私より下手糞揃いだからな」
穂乃果「あははっ、何だかこうしてると懐かしいなー。友達と下らないこと喋りながら歩いて……学校の帰り道を思い出すよ」
・
・
・
――ハムナプトラまで残り百メートル
- 159: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 00:11:57.72 ID:jLWdmo7g.net
- KKEスペシャル
ドキュメンタリー【ハムナプトラへの招待〜ミイラ再生〜】
Next:#12「るて死遺逢逝屍てる」 ラブライブ!× ハムナプトラ -失われた砂漠の都- - 160: 幕間(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 00:14:03.62 ID:jLWdmo7g.net
-
――ハムナプトラへ移動中のウミホテップ一行
ゴ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ――!!!!!
雪穂「もういやああああああ降ろしてええええええええええ」
希(無心……こういう時は無心になってひたすら耐えるんや)
希(………………………そういえば)
希(ウミっちは花陽ちゃんから眼と舌を、真姫ちゃんからは心臓、凛ちゃんからは猫への耐性を手に入れたんだっけ)
希(じゃあ、にこっちからは何を奪ったんだろ…)
- 161: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 00:19:13.57 ID:jLWdmo7g.net
-
……こうか――――つ―――――――いえ…
希(この声は――ウミっちの声が聞こえる。当然か、ウチらは今彼女の中にいるんだもんね)
希(さっきからブツブツ何を言ってるんだろ)
――黄海浮上。読みはデザート・ライジングにしますか……字面のインパクトが今一ですね。
――黄壁渇海、ふむこれなら強そうです。とすると今度は読みが……
――あ、今閃きましたが砂漠鮫というのもインパクトがありますね。どうにかしてこのワードを使えるような技を…
希(――!!)
希(ウチ、わかってもうたよ。ウミっちがにこっちから手に入れたのは――)
痛さも本気――受け継がれる女子道!
- 167: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 21:53:41.11 ID:jLWdmo7g.net
-
――ハムナプトラ内部 アヌビス像の崩落地点
絵里「さて…」
絵里「館長の話だと、アメン・ラーの書を納めたホルス像はここから西にたった五十メートル行ったところ、なんだけど」
穂乃果「たった五十メートル……直進できればなぁ」
英玲奈「墓荒らしを惑わす迷路としての役割もあるからなここは。見ての通り、通路は複雑に入り組んでいる」
穂乃果「絵里ちゃんダイナマイト持ってるでしょ。それで壁を爆破しちゃえば?」
絵里「うーん…出来れば武器は節約したいのよねぇ」
英玲奈「やめておけ。落盤でもされたら最悪生き埋めだぞ」
絵里「となると、やっぱりコンパスを見ながらひたすら西を目指して道なりに進むしかないってことね」
穂乃果「そりゃまたえらく遠回りな旅路になりそだね…」
英玲奈「ああ、だからさっさと出発しよう。ウミホテップの恋路の方は、あと三十分もすれば成就するだろうからな…」
- 168: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 21:55:17.41 ID:jLWdmo7g.net
-
先の最終チェックで改めて判明した事実だが、死を超越した厄災と砂の権化を打ち滅ぼさんと
このラストダンジョンに乗り込んだ三人の武装は非常に乏しい。
絵里のズック袋にはダイナマイトが残り五本と虎の子の象撃ち銃。
手持ちの各部にガタのきた使い古しのリボルバー二挺と、
今一作動の信頼性に欠けるレバーアクション式のショットガンの弾薬がそれぞれ僅かずつ。
中でも一番多い散弾すら二十発あるかという有様。
金も時間もなかったので最初の冒険の装備の残りをそのまま持ってくる他なかったのだ。
英玲奈は複葉機から取り外した重々しいルイス軽機関銃(矛盾しているようだがこれの重量は十キロ超あった)を肩に吊るしているが、
その労力に反してこちらも残弾は五十発そこそこ。あとは腰に差した、刃がほとんど鈍らになった新月刀が一本のみ。
穂乃果に至ってはほぼ丸腰に等しい。
結局、彼女たちの当てはアメン・ラーの書であり、それすらも確証のない一種の無謀な賭けだった。
- 169: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 21:56:24.29 ID:jLWdmo7g.net
-
絵里(情けない勇者一行もいたものよね…)
絵里「それで、英玲奈。ホルス像ってのは一体どんな形をしてるの」
穂乃果「あ、それなら私でも分かるよ。身体は人で頭がね、鷹なんだよ。よく見るとケッコー可愛い顔してるんだこれが。穂乃果のお気に入りの子」
英玲奈「正確には隼だがな」
穂乃果「あ…そうだっけ。と、とにかく鳥さんなの! そこは間違ってないでしょ?」
絵里「穂乃果…ユキちゃんに比べると大分あやふやとはいえ、あなたにも考古学の知識が申し訳程度にはあるみたいね。いざって時は任せていいかしら」
穂乃果「あんまりアテにされても困るけどね……で、任せるって何を?」
絵里「アメン・ラーの書の詠唱よ。十中八九、その時私と英玲奈は戦いに忙しいでしょうから」
- 170: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 21:57:57.92 ID:jLWdmo7g.net
-
ほぼ時を同じくして、ハムナプトラ最深部の儀式の間では、
ウミホテップが想い人の再生の為に忙しく、しかし着々とその準備を整えつつあった。
ウミホテップ「…」コトッ
復活の黒の祭壇の上に、壊れた獅子頭のものも含め、五つのカノプス壺が丁寧に並べられていく。
雪穂(まだだ…まだ時間はある。最後に一番大事なもの、ミナリンスキーのミイラがまだ見つかってない)
ウミホテップ「…パズルのピースは揃っています」
雪穂「…!」ドキッ
- 171: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 22:00:57.87 ID:jLWdmo7g.net
-
ウミホテップ「彼女の遺体が安置されている場所は既に把握しています。すぐにも儀式を始められる支度は万全なのです」
雪穂「っ…」
ウミホテップ「怖がる気持ちもわかります。人身御供となってもらうあなたには感謝しているからこそ、こうして全て包み隠さずに話しているわけですが」
ウミホテップ「安心なさい。あなたの眼球に舌、腎臓に脳、そして心臓(ハート)は、彼女の一部となって、彼女の中で永遠に生き続けるのです」
雪穂「ふ、ふんっ! 何か厳かに言ってるけどさ」
雪穂「それって私の気持ち(ハート)はどーでもよくて、結局身体だけが目当てってことじゃん! えっち!間女!ムッツリ生臭坊主!」
ウミホテップ「……何とでも言いなさい。王を裏切るという最上級の不義を犯した時私は決意したのです。たとえこの身を外道にやつそうとも、彼女を愛し抜くと」
ウミホテップ「これはお伽噺ではないのですよ。あなた達風に言うなら、白馬の騎士が囚われの姫を迎えに来てそのまま何処へ逃げ去るような、小奇麗な展開とはいかないのです」
ウミホテップ「決して許されぬ恋…それでもどうにか叶えようとしたなら」
ウミホテップ「その代償は二人ともを醜い姿に変え、三千年に渡る死と苦痛を伴って、世界の敵に仕立て上げた」
ウミホテップ「私は鼠と蛆の住処となった腐倫姫(プリンセス)を迎えに来た白骨の騎士。もはや何も恐れるものなどありません」
- 172: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 22:02:55.50 ID:jLWdmo7g.net
-
穂乃果「くお〜っ…つっかれたぁ〜腰が…」
英玲奈「おい、手を休めるな」ガラッ
五分ほど地下通路の迷路を無心で西目指して彷徨った後、
三人の前に現れたのは落石の山で塞がった行き止まり。
先に進むにはこれらを全て退ける必要があるようで、
既に十分以上、地味で単純な運搬作業が黙々と続けられていた。
絵里(幸い、一個一個は手で運べる重さと大きさだから、もうちょい時間をかければ開通できそうだけど…)
穂乃果「はぁ…はぁ…ごめん、二人みたいに体力ないから…ちょっとだけ休ませて、もう動けないぃ〜」ペタン
絵里「しょうがないわね…」
穂乃果「ふぃ〜ありがと………ぉ?」
疲労で凝り固まった首を巡らせ一息ついたことで周囲を観察する余裕が生まれる。
よくよく見れば通路の壁面に、何かの装飾が施されているのを発見する。
- 173: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 22:04:15.38 ID:jLWdmo7g.net
-
穂乃果「んん…?」
精緻を極めた彫刻で描かれているのは古代エジプト人の崇拝の対象である太陽。
それは三千年経った今でもその威光を示すかのように仄かに発光していた――いや、正確には
付着した砂に埋もれたそれの中に、僅かに鈍い輝きを放っているものがあった。
穂乃果「これって…」
円の内部にいくつも穿たれた窪みに、それは行儀よくぴったりと収まっていた。
紫の光沢を煌めかせる、糞甲虫型の宝玉が――
- 174: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 22:05:28.71 ID:jLWdmo7g.net
-
ガコンッ
英玲奈「あともう少しだ」
絵里「ええ」
岩石の隙間から一条の光が覗き、うだつの上がらない作業に辟易していた二人の心にも希望の光が差し込む。
キュポンッ
その後ろでは、紫の輝きにすっかり魅せられた穂乃果の掌で、
壁から取り外された宝玉が墓荒らしを惑わす妖しい光を放っており、
穂乃果「ねーねー二人とも見てよこれ、思わぬ拾い物しちゃった。穂乃果ってばラッキー…」
パキンッ
穂乃果「へ…」
- 175: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 22:06:31.87 ID:jLWdmo7g.net
-
穂乃果「う…うわああああああああああああ!!!!あ゛ーーーーーーーーーっ!!!」ブンブン
絵里「!」ビクッ
英玲奈「おいどうした……っ!?」
宝玉に裂け目が生じて穴が空き、何かが飛び出してきた途端、
穂乃果は本能的に腕を振ってそれを払い落とそうとするも。
次の瞬間にはその掌に大穴が――宝玉の中身は既に次なる住処に潜り込んでしまったのだ。
- 176: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 22:08:05.65 ID:jLWdmo7g.net
-
もぞもぞもぞもぞ…
穂乃果「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃはは!! 上腕二頭筋を内側からくすぐるのやめてぇぇぇ!!!」
絵里「穂乃果、それ大丈夫なの…?」
大丈夫なわけがなかった。
筋肉とは明らかに違うこぶの膨らみが、穂乃果の二の腕の内側を掘り進んで移動していた
――さらにその先にある自分の好物を目指して。
英玲奈「彼女を押さえろ!!」
絵里「一体なんなのよ!!?」
穂乃果「虫! 虫だよッ!! ほら、二日目に大量に湧いてきたやつが腕の中に!! 嫌ぁ!」ジタバタ
絵里(人喰いのスカラベ…!)
- 177: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 22:10:11.89 ID:jLWdmo7g.net
-
穂乃果「お願い何とかしてぇ!!! まだ死にたくないよォ!!!!」
絵里「彼女の上着を脱がせて!」
英玲奈「ああ!」ビリッ
勢い余ってシャツが裂けたことなど気にしている暇はなかった。
動くしこりは既に穂乃果のブラの肩紐あたりにまで到達しており、
なおも皮下の掘削工事を怒涛の勢いで強行中。
この時になって、絵里は薄々理解し始める。
こいつらは単体で生きた獲物を喰らう際、手っ取り早く仕留めるためにまずは上を――脳を目指すのだ。
もしかすると、亜里沙の死の直前の、あの異常極まる奇行の原因は……
穂乃果「ホントに何でもいいから早くっ!!! ヤバいってうあわあああああああ!!!!!」
なれば、手段を選んでいる場合ではない――これ以上大切な仲間を失うのは御免だ。
絵里「英玲奈しっかり押さえてて!あなたも動かないでよ…」シャキン!
穂乃果「ちょ、ナイフ…? ナイフってまさかそれで…やだっ、ナイフなしなし! ナイフやだああああああ」
絵里「静かにッ!死んだ後に四の五の言っても遅いのよ!?」スブッ!
- 178: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 22:12:58.44 ID:jLWdmo7g.net
-
穂乃果「い゛っ…!」
最初の冒険では出番のなかった作業用のバタフライナイフが初めて活躍の機会を与えられた。
絵里「ちょーっと痛いの我慢して…」ズチュ!グリグリ…
鎖骨辺りの皮膚ごと内部のスカラベを串刺しにすると、そのまま素早く切り開き抉ってテコの原理で乱暴な摘出オペを。
その際気泡が弾けるようなポン!という間抜けな音が自分の身体から発せられたことに、
穂乃果はどこかへ飛んでいきそうになる意識を繋ぎ止めるのに精一杯で。
ベチャッ…!
- 179: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 22:16:00.15 ID:jLWdmo7g.net
-
穂乃果「あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛……ぁは〜〜〜っ」ヘナヘナ
絵里「ふーっ……英玲奈、手当てしてあげて」
英玲奈「…大丈夫だ、命に差し障る傷じゃない」
穂乃果「ぐすっ…でも死ぬほど痛いんだけどぉ…」
絵里「本当に死ぬよかマシでしょ…っと、あいつまだ生きてるわ」 チキ…チキチキチキ
そもそも古代エジプトにおいてスカラベは太陽神ケプリと同一視され、再生や復活の象徴と見做されていたそうだが、
眼下の地面でひっくり返ったままもがくそいつはどう考えてもそれとは真逆の性質を持っているとしか思えない。
絵里「これに懲りたら不用意にそこらへんのものに触らないこと。たとえお宝でもね」
絵里「スカラベに好かれるって、マジで洒落にならないの分かったでしょ?」チャッ
穂乃果「待って絵里ちゃん、そいつ私がやっつける」
鼻息も荒く、懐から取り出した二連装のデリンジャーピストルで糞甲虫に狙いをつける穂乃果。
穂乃果「これだって虫ケラくらいは殺せるんだから」 カサカサカサ…
穂乃果「よくもやってくれたね、私の肉は美味しかった? 今度はこれを喰らえっ!」
- 180: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 22:18:09.13 ID:jLWdmo7g.net
-
―― パァァァァァァァァァン…
のぞゆき「!!」
ウミホテップ「……」
雪穂(今の音、間違いなく銃声……みんな!)
希「エリち達のしぶとさもミイラ並みやね…」
ウミホテップ「ほう、中々的を得たことを言いますね」
ウミホテップ「ならば、目には目を…」ガチャッ
その手元で、死者の書の重々しいページが開かれる。
さらに彼女は祭壇のカノプス壺を一つ手に取ると、容器の蓋を開け逆さまに。
掌に落ちてきた想い人の朽ちて萎びた器官を、ビスケットでも割るかのように端の方を千切り取って軽く口付けを。
希(うげっ…)
ウミホテップ「コッティー…あなたの一部、お借りします」
驚いたことに、そのまま躊躇なく拳を閉じて恋人の断片を握り潰してしまう。
指の隙間から、パラパラと臓物の欠片が零れ落ちる。
その一粒一粒は何故か、眩いばかりの煌きを放っていた。
- 181: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 22:20:14.83 ID:jLWdmo7g.net
-
ウミホテップ「トドケテ・セツナサニハ――」
雪穂(!…また、何かの呪文を)
禁書の一節の詠唱を続けながら、ウミホテップは室内の壁面に向き直る。
そこにはこの手の遺跡の例に漏れず、聖刻文字と壁画のセットが。
壁に描かれているのはこの場に相応しく、古代の僧らしき格好の二人が祈りを捧げ、
何らかの儀式を執り行っている様子。
ウミホテップ「砂の記憶(サンド・ハレイション)」フーッ
投げキスの仕草めいて顔の前で開かれた掌から、窄めた唇よりの風で送り出された内臓の欠片が、
はらはらと壁面に付着する。それは粉雪や氷晶が降り注ぐ様にも似ていた。
いや、風に乗って舞う干からびた臓器の粒は、実際にきらきらと光り輝いていたのだ。
ほの暗い地下の空気中に漂うチリやホコリたちも便乗してその光を反射、益々一面は白く煌びやかに。
辛気臭い空間に似つかわしくない幻想的な光景に、雪穂と希もしばし目を奪われる。
――その一部始終に感銘を受けたとでも言うのだろうか、
三人の前で、蜘蛛の巣だらけの壁がひとりでに震え出した。
- 182: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 22:22:10.82 ID:jLWdmo7g.net
-
……ォ ォ ォ オ オ オ オ オ オ
ズ ラ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ
この空間に、明らかに三人以外の誰かがいてその存在を主張しようと唸りを上げていた。
しかも――
希「ねえ、気のせいかな……この声、壁の向こうから聞こえない?」
- 183: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 22:24:27.51 ID:jLWdmo7g.net
-
バキン! バキバキメキ!
ボロボロ…
雪穂「なっ…」
『キィィィィ…!』 『オ゛オ゛! オ゛オ゛ォォ…』
希の疑問に答えるように壁画の表面にヒビが入り、そこに埋め込まれていた者たちが
カチコチに凝り固まった躰を震わせて歩み出してきたのだ。
雪穂「こ、こんな学説知らない…」
ウミホテップ「…」フッ
- 184: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 22:26:23.45 ID:jLWdmo7g.net
-
『キ、キ、キ、キ…』 『オォ゛ウ…』
まるで全身関節炎を発症しているかの如く、恐る恐る各部を動かして
近寄ってくる正真正銘の亡者二体は、復活直後の主を思わせる隙間だらけの躰。
しかしこちらは完璧に乾燥しきった理想的なミイラ体だ。
三千年前、自分たちを地獄の道連れにした大神官の前まで来ると、
僧の亡者は恨めしく手を伸ばす代わりに恭しくその首を垂れて臣下の礼をとった。
ウミホテップ「…」スッ
変わらぬ忠義に無言で謝意を示すウミホテップもまた頭を深々と。
その表情は内より溢れる歓喜を抑えきれずにほくそ笑んでいる。
忠実な部下の尼僧たちの復活に成功したのも、
その触媒とした彼女の臓器に宿った想いがぼやけて風化していないからこそ。
今でも、間違いなく互いの想いは通じ合っている――この世でもあの世でも、これに勝る喜びがあるだろうか。
ウミホテップ(愛の一瞬は永遠に……この愛は悲恋で終わらせない、終わるわけがありません)
- 185: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 22:27:51.22 ID:jLWdmo7g.net
-
ウミホテップ「お早うございます二人とも。随分と久しいですね。早速ですが、他の者たちを起こしてもらえますか」
ウミホテップ「そして侵入者の首をとってくるのです。アメン・ラーの書と一緒に…」
『キキ…グ』 『ア゛ア゛、ウ』
何十世紀にも渡る長い死の眠りから覚めた者に特有のコマ撮りめいたカクカクした身振りで、
恭順の意を示した二体は、通路に繋がる階段の方へと姿を消した。
- 186: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 22:29:15.40 ID:jLWdmo7g.net
-
ウミホテップ「さて、予定には何の変更もありません。これより復活の儀を始めるとしましょう」チラッ
雪穂「…!」
ウミホテップ「心配せずとも、痛い思いをさせる気は毛頭ありません。優しく、眠りに誘ってあげましょう」
雪穂「誰が大人しく従うもんかっ、次目が覚めたらあの世ってことでしょ?」
ウミホテップ「まあ、その通りです。どうせ逃げ場はありません。今のうちに、何か言い残すことがあれば聞きますが?」
雪穂「………」
雪穂「じゃあ、一つだけ。どうしても気になってたこと」
雪穂「あなた、ホムラス2世って知ってる?」
ウミホテップ「……聞いたことがありませんね。私の国のファラオでしょうか? 私はマリィ1世より後の王朝を知らないのです」
雪穂「あっそ、ならいいや。やっぱりあれは只の夢だったんだ、うん」
ウミホテップ「そうですか、よかったです」ニコッ
直後、目にも止まらぬ手刀が雪穂の首筋を捉え、彼女の意識を遠くへ運び去った。
- 187: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 22:32:26.75 ID:jLWdmo7g.net
-
ウミホテップ「ノゾミ。私はミナリンスキーを運んできます」
ウミホテップ「あなたはそこの彼女を祭壇に寝かせて繋いでおきなさい。それであなたの仕事は終わりです、ご苦労様でした」
希「は…ははぁぁぁ。ウミっち、じゃなかったウミホテップ様もお達者でー」
ウミホテップ「〜♪」
希(行っちゃった…もはやウキウキしとるのを隠そうともしてんし。頭ン中はハッピーニューイヤーって感じね。こっちのことなんてもう眼中にないみたい)
希(ま、当然か。顔馴染みの手下も蘇らせたし、もうバイト君の手を借りる必要もないわな)
希「……ウチもここらが潮時かなー」
希「これからどうしよ…」
希(いくらエリちとはいえ、不死身で魔法使いの怪物に勝てるとは思えない……でも万一ってこともあるかも?)
希「…うーん、やっぱりここはいつも通り」
希「取り敢えずズラかる準備だけして、どっちが勝っても困らんようにしとこ…」
- 188: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 22:34:54.93 ID:jLWdmo7g.net
- ・
・
・
ズリ…ズリズリ
絵里「この狭い通路…なんだかデジャビュねっ」
穂乃果「通路っていうか、単なる隙間じゃんかぁ。こんな所通らなきゃいけないなんて……ひっ、虫! 虫がいてッ!!?」ゴチン!
英玲奈「おい、ただでさえ狭苦しいんだ。松明持ったままこれ以上暴れるのは勘弁してほしい」
穂乃果「いっつー……はぁ、もう虫は勘弁だよ。すっかりトラウマ…」
絵里「腕の方はどんな調子? 包帯巻いて、出血は止まったんでしょ?」
穂乃果「いちおー神経は繋がってるみたいで動くけどさ。穂乃果傷物になっちゃった…これじゃお嫁に行けない」グスン
絵里「安心なさい。いざとなったらユキちゃんと二人まとめて面倒見てあげるから」
穂乃果「えっホント? やったーパトロンが出来た!ぅわーい!」
英玲奈「おい、だからこんな所で飛び跳ねようとするなよ…」
絵里「本当にゲンキンな子ね……ま、近頃じゃ逆にそこが愛らしく思えてきたけど」クスッ
穂乃果「私も〜ぅ絵里ちゃん大好き〜チューしよチュー」
絵里「それで、どうなの? この薄暗闇はいつまで続くの? そろそろ私パニック起こしそうなんだけど」
英玲奈「エリーチカお前もか。もうすぐだ、すぐそこにぼんやりと光が…」
- 189: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 22:38:43.39 ID:jLWdmo7g.net
-
スト…
英玲奈「むっ…ここは」
穂乃果「絵里ちゃん残念、ここも真っ暗だ……絵里ちゃん?」
絵里「ちょっと黙ってて…」スッ
穂乃果の言う通り、三人が裂け目より降り立ったその空間はほとんど闇に閉ざされていた。
だが、それを嫌うクォーターは目ざとく光源となり得そうなものを発見する。
僅かに、天より差し込む光とそれを受けて輝く楕円形の物体が、奥の方に。
絵里(多分、あれはユキちゃんが言ってた…)
リボルバーで慎重に狙いを定め、発砲。
カン、と小気味よい音が響いて、銃弾の命中した物体の台座の角度が変わる。
思った通り、それは太陽光を取り込んで照明代わりにするための反射鏡で、
向きを変えたそれは対角線上の鏡へ反射の連鎖バトンを渡し――後はあっという間だった。
- 190: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 22:40:54.53 ID:jLWdmo7g.net
-
穂乃果「ほぁ〜〜〜」
その全貌を露わにした空間を見渡し、素っ頓狂な声を上げたのは穂乃果一人。
他の二人は声を出すことすら忘れていた。
雪穂の言うところの、無数の鏡による“光の反射リレー”で、想像してたよりもずっと広大だったその空間はすぐに光に満ち溢れた。
そこで光を反射していたのは、何も鏡だけではなかったから。
彫像に調度品、刀剣や矛などの武器、宝石とそれを収める宝物箱、ついでに反射鏡の台座と縁に至るまで。
この貯蔵庫に満たされたありとあらゆる保管品、その凡そ全てが例外なく黄金の輝きを放っているのだ。
穂乃果「凄い…すんンンンごいよこれ! エジプト中の財宝をかき集めた宝物庫――噂は本当だったんだ!」
英玲奈「これは……私も知らなかった」
絵里「ハラショー、としか言えない自分の語彙力の無さが悔やまれる光景ね…」 - 191: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 22:45:53.53 ID:jLWdmo7g.net
-
部屋の中央、砂を固めて作った通り道を歩きながら、視線は自然と両端にある黄金の展示物に吸い寄せられる。
穂乃果「ねえ、これちょっとくらいならさ…」
絵里「ダーメ、さっきの今でしょーが。あなた、いい加減にしないと次は手首から先が無くなるわよ?」
穂乃果「う゛〜〜っでも…」
『キ゛ィ゛ィ゛!!』ボコッ
だが彼女が宝に手を伸ばすより、突如地面を突き破って飛び出してきた何者かの手先がその足首を掴む方が早かった。
穂乃果「ぅあっまた私!? まだ何もしてないじゃん、放してよばっちぃ…!」ブンブンッ
もはやお馴染となったその骨ばかりの指先に纏わりついているのは包帯のみで、肉は完全に朽ちて消え失せている。
それでも凄まじい力で穂乃果を地中に引き込もうとするその腕を、絵里が横から蹴り飛ばしてボロボロの手首より上が吹き飛んだ。
- 192: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 22:48:58.23 ID:jLWdmo7g.net
-
ボッコン…!
『オオオォォ』
『アアァ…!』
ボコッ!
『ウウウゥゥ…』
バキッ…
『イ゛ィ゛!』
黄金の山の下から、宝物をひっくり返して伸びてきたのは無数の腕。
目が潰れそうな輝きを放つ周囲の品々とは正反対な、鼻の潰れそうな独自の死臭を醸し出すどす黒い躰。
宝物庫のいたる所で、動いている点を除けば絵に描いたように模範的な風貌のミイラたちが覚醒して出土し、
ふらふらと緩慢な動作で起き上がろうとしていた。
- 193: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 22:49:45.51 ID:jLWdmo7g.net
-
絵里「で、こいつらは?」
穂乃果「英玲奈さん解説よろ」
英玲奈「…ウミホテップに仕える尼僧たちだ。君らの言葉で言うならプリーステスか」
絵里「なるほどね。シスター虐めてバチ当たらないかしら…」
英玲奈「構うものか、どうせやつらも腐り切ってる。地獄にお帰り頂くだけだ」ガチャン
絵里「そ、なら安心ね」ジャコン
蘇りし亡者軍団に向けて構えられた軽機関銃の銃口が黒光りし、
その隣で器用にスピンコックされた散弾銃の薬室に初弾が送り込まれる。
- 194: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 22:51:02.16 ID:jLWdmo7g.net
-
穂乃果「私も…!」
スリで鍛えたはしこくしなやかな手捌きで絵里のショルダーホルスターから
二挺拳銃を抜き取ると、見様見真似の横撃ちスタイルで取り敢えず構えてみる穂乃果。
絵里「……びっくりするほど似合ってないわね」
穂乃果「お陰様で。絵里ちゃんといて変なクセがうつっちゃったみたい」
『ウゥアアア…』 『ミィィ……ラアアアアィ…』 『エエエェェ、グゥウウウ…』
英玲奈「どうやらお客様はお待ちかねのようだぞ」
絵里「そのようね……あなた達、二十世紀へようこそ。歓迎するわ」
- 195: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 22:53:34.50 ID:jLWdmo7g.net
-
DoDoDoDoDoDoDoDo!!!!
DOOM!! ガチャコン DOOM!!
BANG!BANG!BANG!
四つの銃口が一斉に亡者らの復活を祝福した。
火薬と鉛弾による近代式の洗礼を一身に浴びて、忽ちのうちに先頭集団の上半身がまとめて綺麗さっぱり消し飛ぶ。
英玲奈「これが連発式か、気に入った!」DoDoDoDoDoDo!!!!
一発の銃弾が複数体のミイラを容易く貫通して背後にある宝物にまで傷をつける。
猛烈な銃火は脆い亡者たちの胴をあっという間に粉々に砕き、手足を食い千切って膝を破壊し再び地に這いつくばらせた。
- 196: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 22:55:55.74 ID:jLWdmo7g.net
-
穂乃果「何だこいつら弱っちいじゃん!」BANG!BANG!
英玲奈「問題はこちらの弾数が足りるかだが…」DoDoDoDoDoDoDo!!!!
絵里「大丈夫、これでラストよ!」DOOM!!
最後まで立っていた亡者の胴を無数の散弾が直撃し、
各部のパーツを脱落させながら粉砕された上半身が前にスライドして地面に滑り落ちる。
絵里「ほら、片付いた……ッ!?」
『ガァウッ!!!』
刹那、真正面に亡者の開かれた大口が。
ズタボロにしたはずのそいつが、半身の力だけで一瞬の間にトビウオめいて跳躍し絵里に襲い掛かる――!
- 197: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 22:58:50.59 ID:jLWdmo7g.net
-
――DoDoDoDoDo!!!
『ギャゥワッ!!?』
絵里「っく!?」
英玲奈「油断するな! トドメを!」
穂乃果「おっけーい!」
それだけで七回死んでもまだ釣りがくるようなライフル弾の嵐を宙で浴びせられ、
再度地面に叩き落された上半身に、穂乃果が駄目押しの一撃を叩き込むも。
穂乃果「げーっ!こいつまだ動いてる?」
英玲奈「ちっ…」
さらなる掃射で四散した胴体から千切れ飛んだ枯れ木のような腕がなおも砂の上を這いずり、
それも斜め上より降り注いだ散弾で木端微塵にされ、ひくひくと痙攣する朽ち果てた人差し指を
絵里の革ブーツの靴底が踏み潰して、ようやく死に損ないの断末魔の蠢きを止める。
絵里「なかなかホネのある子ね…!褒めてあげる!」グリグリ
よくよく周囲を見渡せば、三人がとっ散らかした亡者の断片はその全てがもぞもぞと地面を這い回っており、
貴重な弾薬を費やした銃撃はいたずらに敵の数を増加させただけに終わっていた。
- 198: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 23:01:52.65 ID:jLWdmo7g.net
-
『アア゛…アアァ!』
ザザザッ
ボッコン…! 『ウガアアアアッ』
『キエエェェ!』
ボコッ…
穂乃果「さらに団体様来たよッ!?」
絵里「あ、これ全然足りないわ…」
英玲奈「まともに応対するだけ無駄だ、奥へ逃げるぞ!」
そう言ってる間にも新たな亡者が砂と黄金をかき分けて続々と出現する。
そいつらの膝から下を適当に撃って足止めしながら、目指すはホルス像のある西へ。
- 199: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 23:02:47.71 ID:jLWdmo7g.net
-
穂乃果「このっ、くのッ!――あっ」BANG!BANG!…ガチガチッ
穂乃果「弾が切れちゃった……ええぃこれでも喰らえ!」ブンッ
ヤケクソ気味に続けざま、正面に投擲された1キロ超の鉄塊は回転しながら亡者の胸郭に突き刺さり、
さらにもう一挺が皮一枚で繋がっていた頸部を直撃。
悲しそうな呻き声を上げながら、その首が胴に今生の別れを告げる。
絵里「あ〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
絵里「何やってるのよこのトンチンカン! 銃を投げるなんて!」
穂乃果「えっ…だってどうせ弾無かったし」
絵里「まだズック袋の中にはあったの!」
穂乃果「うえぇ〜? 先に言ってよ!?」
英玲奈「だがいい球だったな」DoDoDoDoDo!!!
- 200: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 23:05:53.90 ID:jLWdmo7g.net
-
絵里「全く…投げるならこっちにしときなさいよ」バチッ…シュウウウウウウ
「ダイナマイト!? やめてよお宝があるのに!」
絵里「あなたのじゃないでしょ!? ほら、さっさと逃げる!」ポイッ
英玲奈「あのトンネルへ!」
穂乃果「走れ走れ〜!!」ダッ
シュウウウウウウウウ………
――BOOOOOOOOOOOOOOOOMMMMMMMM!!!!!
『ギャア!』 『エ゛ェ゛…!』 『ウゴォアッ!!』
パラパラ…
絵里「どう…?」
- 201: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 23:08:38.36 ID:jLWdmo7g.net
-
『アアアァァァ…』 『グオオオッ!』 『シャアアア』
英玲奈「一網打尽とはいかないようだな。この広い空間では…」
穂乃果「こっち来る! 何だかさっきより動きが早くなってない!?」
絵里「身体の動かし方を思い出したんでしょ。この中を進むわよ。ただし闇雲に逃げるんじゃなくて、ちゃんとホルスを探しながらね」
英玲奈「行くぞ!」DoDoDoDoDo!!!
『ピギィ!』 『ホギュウウウ…』 『アアウウァ…』
ドドドドドドドドドドッ――
ズドォン ズドォン ギャアアア…
シーン…
希「ぷはぁ! けほけほっ、死ぬかと思ったぁ」
- 202: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 23:09:51.11 ID:jLWdmo7g.net
-
希「もー、やめてって言ったのに。エリちってばいつも強引なんだから」
希「いくらウチでもお宝と一緒に埋もれて死ぬのはゴメンよ…」
希「でー…」
タカラモノズ「」ピカピカ キラーン
希「うっはぁ…」
希「…これ焼肉に換算すると何年分かな」ジュル
希(カードじゃなくてウチの直感が告げてる、ここが最初で最後の途中下車駅だって!)
- 203: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 23:11:19.73 ID:jLWdmo7g.net
-
絵里「」DOOM!ガチャコン DOOM!!
英玲奈「」DoDoDoDo!!!!
『ズギャア!』 『ウギャピーッ!!』 『アアアァ…』
絵里「こいつら、倒しても倒しても…!」DOOM!
英玲奈「忘れたか? ここは死者の都だ、蔵出しのデッドストックには困らんだろうさ」DoDoDoDo!!!
絵里「それでも限度ってのがあるでしょーが!」DOOM!! ガチャコン…
英玲奈「諦めろ。人の活動が続く限り死体と皮肉は積み上がるものだ……っと、こっちは店仕舞いか」カチカチッ
絵里「致命的な報告をどうも。何か良いニュースはないの!?」
穂乃果「あーっ!!」
頭を低く、背を丸くしなければ通れない狭苦しいトンネルからいの一番に脱出した先頭の穂乃果が、
飛び込んだ先の小部屋にあるものを見て間の抜けた叫びを。
えりえれ「今度はなに(なんだ)っ!?」
穂乃果「あったよ二人とも! ホルス見っけ!」
- 204: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 23:12:40.87 ID:jLWdmo7g.net
-
太陽の象徴であり、エジプトの神々を代表する最も偉大な隼神であるホルスも、
死と闇の支配するこの場所では随分と控えめな存在だった。
アヌビス像の数分の一ほどのサイズしかないそれは、大方の予想通り
古代の天変地異で足場を失って、全身丸ごとこの地下に滑落していたのだ。
穂乃果「ぅひょひょー! よろしくホルス頼むよホルスー!」
英玲奈「」DOOM!ガチャコン DOOM!!
浮かれ飛び跳ね室内の載火台に松明の明かりを灯していく穂乃果の後ろ、
ショットガンを託された英玲奈は、際限なく湧き続ける亡者の歓迎委員会を弾幕を張ることでトンネル内に釘付けに。
その隙にズック袋を漁る絵里が取り出すは、またしても困ったときの――
絵里「英玲奈、ちょっと頬っぺた借りるわよ」
英玲奈「…なに?」
絵里「動かないで。はい、チュっ」バジッ
英玲奈「痛ッ」
- 205: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 23:14:07.60 ID:jLWdmo7g.net
-
頬との摩擦熱で点火されたマッチは、そのまま二本目のダイナマイトの導火線に熱い口付けを。
英玲奈「なあ、分かってると思うがこの閉所では」
絵里「どのみちこのままじゃジリ貧よ。それに、親から教わなかった?」シュウウウウウ…
絵里「ドアは開けたら閉めるべし!」ヒュッ
コロコロコロ… 『ゥガ…?』 『ヴォォォ』 『アァウウウ…』
絵里「伏せて!」
英玲奈「っ…」
穂乃果「くわばらくわばら」ササッ
- 206: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 23:15:54.92 ID:jLWdmo7g.net
-
シュウウウウウウ 『ァウ…』キョロキョロ 『コォォォキィィ』 『ウェッ、ウェェ…』
ジジジ… 『ウュ』シャガミ 『エ゛イ゛ィ゛ィ゛ィ゛』 『フシュウウウウ』
絵里「キミは伏せなくていーの」
――BOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOMMMM!!!!!!!!
- 207: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 23:17:31.59 ID:jLWdmo7g.net
- ・
・
・
ォォォォォォォォ ォ ォ ン パラパラパラ…
雪穂「……ん」
雪穂「――!」ガチャガチャ
雪穂(腕が繋がれてる…足も! 背中が冷たい…ここってひょっとしなくても生贄の祭壇だよね?)
『ヴォエァァ…』 『ウアアゥア』 『ギ、ギ、ギッグ…』 『ァアアヴォオオ』
雪穂「!」
- 208: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 23:18:44.76 ID:jLWdmo7g.net
-
ほとんど身動きの取れない状態でも、四方から復活した亡者たちがゆっくりと接近してくるのが音で分かる。
やがて、彼らは祭壇の周囲で歩みを止めて跪き、舌や顎のない、果ては顔面が陥没している者まで皆一様に
不明瞭な呻きと共にがくがくと不気味な振り付けで躰を揺らし始める。
喩えるなら上半身だけで踊るベリーダンスのような――そこには優雅さの欠片もなかったが。
雪穂「くっ…!」ガチャガチャ
無駄だと分かっていても本能的な嫌悪感がその身をよじらせ……
顔を向けた先にあるものを見て、雪穂は一度目をむいて失神した。
- 209: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 23:20:40.26 ID:jLWdmo7g.net
-
――ド ォ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ ン
雪穂「…!」ビクッ
再び、上階で何かが爆発した衝撃が伝わって彼女の覚醒を促す。
それは、今度こそ目を背けたくなる目の前の現状と向き合うことを意味していた。
雪穂「うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!! あ゛あ゛ーーーーーー!!!」
雪穂の目線の高さで、一匹の鼠が、足元にある割れ目をこじ開けて中に入ろうと悪戦苦闘している。
自分の隣に同じように横たえられていたもの。
鼠が次の別荘候補地に選定したのは、灰色になるまで萎び切った一体のミイラ。
目立った装飾品はなし。ぼろきれの包帯だけが巻き付いたその風貌は、周囲で舌足らずな詠唱を続ける僧の亡者らと変わらない。
細身の骨格から判ずるに、性別は多分女性だろう――こんな時なのに、まだ頭の片隅に残っている学者の自分に驚くやら呆れるやら。
……これはきっと、件のミナリンスキーその人だ。
- 210: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 23:22:36.09 ID:jLWdmo7g.net
-
雪穂「うあああぁぁぁ…」
生前の彼女の健全かつ蠱惑的な美貌を。
生まれつき本人の意思とは関係なく振り撒かれるコケティッシュな魅力を、雪穂は知っていた。
以前を知っているからこそ、今を知るのが恐ろしい。
無情な月日の流れは、ミナリンスキーが天より与えられし美の資質を根こそぎ奪い去ってしまっていた。
所詮、人体を構成している要素は皆同じ。
一皮剥けばお前だってこうなのだと言われているような、それはそれは無惨なもので。
≪ヂゥッ!?≫
そんな想い人の残骸に、在りし日と変わらぬ慈しみの視線を注ぐウミホテップは、
彼女の口元より鼠を摘み上げると穏やかな表情のまま握り潰す。
もはや気絶してしまった方が楽な状況に、再度意識を投げ出しかけた雪穂の脳を、
間髪入れず伝わってきた三度目の発破の震動が揺さぶって逃がしはしない。
- 211: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 23:23:32.94 ID:jLWdmo7g.net
-
一方のウミホテップは僧らしく、周囲の雑事には我関せずといった調子で死者の書を開錠すると、
パズルボックスをローブの内に仕舞い込んだ。
ウミホテップ「…」スッ
綺麗な方の手で一度優しく彼女のかんばせを撫ぜると、きゅっと結ばれていた唇が開かれて禁忌の呪文の一説目を。
ウミホテップ「ジダイノ・アラシニハ、サカラヘヌサダメ――」
三千年の時を経て、復活の儀式が再開された。
- 212: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 23:25:00.79 ID:jLWdmo7g.net
-
ガツ…ガツ…
絵里「ふっ!」ガッ!
穂乃果「んぐぐ…」ガリガリガリ
英玲奈(…マズいな)チャコッチャコッチャコッ
ホルス像の台座の継ぎ目にバールのようなものを突っ込んで中身を引き出さんと奮闘する二人の傍らで、
ショットガンに再装填しながら新たな敵の出現に目を光らすのは英玲奈。
ここはT字路の交差点にある部屋。三人が来た道は追っ手の亡者ごと爆破して封鎖済み。
しかし部屋へ通じる地下トンネルへの出入口は残り二か所存在する。
その一つから聞き慣れた昆虫じみた呻き声とセットで、突き当りの曲がり角の先より伸びてくる亡者の影がはっきりと見えた。
穂乃果「あららのらー、こっちは今手が離せないっていうのに、何ともまぁ間の悪いこって」
英玲奈「構わん続けろ。私が食い止めてくる」ガチャコン
- 213: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 23:26:48.94 ID:jLWdmo7g.net
-
通路入口に仁王立ちした英玲奈の操るショットガンが、角から姿を現した亡者めがけて連続で火を吹く。
『ゥビャア!?』 『ゲォッ!!』
地下の埃っぽい空気を散弾の砲声が震わし硝煙の香りが上書きする。
加えて、蘇ったばかりで再びあの世へ叩き返される亡者の悲鳴が木霊し――
絵里「――ん?」ガッガツン
絵里「…気のせいかしら、向こうの通路からも声しなかった?」
絵里「穂乃果、ちょっと顔出して確認してよ」
穂乃果「えーっ、気が乗らないなぁ」ヒョイッ
穂乃果「……絵里ちゃんビンゴ、来てる来てる。数はそんなでもないけど」
絵里「どうしましょう。象撃ち銃があるけど、なるたけ弾と体力を温存しておきたいのよラスボス戦に」ガツ、ガツ!
穂乃果「そんなこと言って、ここで行き詰ったら意味ないじゃん。穂乃果は掘り続けてるから相手してきてよ」ガリ…ガリガリガリ
絵里「…じゃんけんで決めない?」ググッ
穂乃果「今両手塞がってるし」ギギギギ…
絵里「同じく」ギコギコギコ
- 214: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 23:29:19.00 ID:jLWdmo7g.net
-
絵里「……しょーがないわね。またマイト使っちゃいましょうか」バジッ
絵里「頼むから崩落しないでよ…」シュウウウウウウウ
切なる願いを込めて点火した爆発物を振りかぶる絵里。
しかし彼女は失念している。この部屋へのアクセスルートは三つだけでないということを。
『ウボアアッ!!』ボコッ!
絵里「ぅあっ!?」ズルッ
四つ目――地中より突然飛び出してきた亡者の不意打ちに足をすくわれ、
バランスを崩したその手元からダイナマイトがこぼれ落ちて地面をころころと。
絵里「やば…! 穂乃果、それ拾って早く投げてー!!」
穂乃果「ムリー! こっちも今取り込み中なのー!!」ジタバタ 『ウガアアァ!!』
- 215: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 23:32:47.30 ID:jLWdmo7g.net
-
絵里「こなくそっ、ほんっとに空気の読めない子たちね………あ、ちょっと…!」 『ガアァァァ!!』ガシッ
ブンッ
絵里「きゃああ!!」
相変わらず痩せっぽちの死体と思えぬ怪力を発揮したミイラ僧によって、部屋の隅まで投げ飛ばされる絵里。
穂乃果「ぎゃふっ!」
少し遅れて同じように投げられた穂乃果が近くに落ちてくる。
まるでホルス像から二人を遠ざけんとするように――
- 216: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 23:34:22.75 ID:jLWdmo7g.net
-
絵里(あいつら、金の書を!)
地面に穴を穿って出現した亡者が、像の継ぎ目から頭をのぞかせた櫃に腕を伸ばす。その意図はもはや明白だった。
絵里「させな…ふォッ!?っこらー!どこ触ってんのよ?今はマジでよしなさいってからに…」グググ 『アアアァァ…』
脇の通路から遅れて到着した亡者軍団の第三陣が駄目押しとばかりに二人に掴み掛かる。
その間にも、一同の前で勢いよく燃焼を続ける導火線はその寿命を残り半分に。
絵里「あなた達分かってるの…!? このままじゃお宝ごとみんな仲良くあの世へダスヴィダーニャ…」 『ゴアアァァァ!』
絵里「ダメだわ、この聞く耳なし芳一どもッ! 穂乃果、あなたのが近いわ!ダイナマイトに手が届く?」
穂乃果「ううっ〜やってるよ! くのっ、ミイラの手が邪魔〜〜〜ッ」
- 217: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 23:37:13.18 ID:jLWdmo7g.net
-
穂乃果「ふぬぬ…おおーっ、くぅ〜〜」グググ…
穂乃果「あと、ちょい……ファイトぉぉぉぉぉ」
穂乃果「ぉ…あ、はっ……やった!掴んだー!」
ごろんと仰向けになり、達成感のあまり嬉しそうに爆発寸前のダイナマイトを胸の前で抱きすくめて無邪気にはしゃぐ穂乃果。
まるで今にもマイクに見立てたそれで歌いだしそうな勢いである。
穂乃果「絵里ちゃん見て〜! 私やったよー!」ブンブン
絵里「見せなくていいから!! とっと投げる!!」
穂乃果「あ、そうだった。よぉし……うあっ!? またしてもいいとこで妨害してくるかこいつぅ!」 『ゲェ、グゥ…!』
絵里「穂乃果ああああ!」
穂乃果「ふおぉおお〜……くぅうううう〜〜〜………はッ!」ブンッ
絵里「!」
穂乃果「いっけええええええ〜!!!」
力強い掛け声に乗せて、爆発物は一直線に宙に舞い上がった。
絵里「……なッ」
なんで、真上に投げるの――?
絵里の開いた口は、ついにその言葉を発することは叶わなかった。
- 218: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 23:41:11.34 ID:jLWdmo7g.net
-
ガコンッ
カ
ツ
-
ン
天井に跳ね返されたそれは、当然の帰結として斜め下方に落下し――
BOOOOOOOOOOOOOM!!!!! 『ギョワアアァ!!』 『ピギャア!』
シュウウウウウウウウウ…
絵里「っ………!?」
生きてる――爆発の白煙がもうもうと、続々亡者部隊の増援を吐き出していた地面の穴から立ち上っている。
穂乃果のがむしゃらな投擲は、結果的に口を開けたままのその中に奇跡的なホールインワンを決めたのだ。
- 219: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 23:42:41.07 ID:jLWdmo7g.net
-
されど、危機は去ったわけではない。
絵里「どきなさあぁぁい」 『ガァァ…!』『ゲ、ゲ、ゲ!!』『メェアアアア』
穂乃果「こんのぉぉぉぉ」 『ギィィィ!』『アア…アァァ』 『オォ…!』
既に室内に這い出てきた十分な数の亡者が、絵里たちの前でスクラムを組んで前進を阻む一方で、
像の前ではその怪力にものを言わせた同胞が、あと少しで目当ての櫃を引き出しかけ――
ブシュッ
『ヒゥ…?』
――ブシャァァアアアアアアアアアアアア!!!
- 220: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 23:46:29.44 ID:jLWdmo7g.net
-
継ぎ目と櫃の隙間から、ある意味爆弾の破片より数段厄介なものがぶち撒けられ部屋中に飛び散った。
『ギャアアアア!』 『グゲェエエエ〜!!』 『ズ……ラ……』バタッ
真姫たちがアヌビス像の台座をこじ開けた時と同じ仕掛け――現地人労働者を骨まで溶かした強酸の罠。
いわんや、既に骨しか残っていないような亡者らにはてき面な効力を発揮している。
ホルス像の正面で満身にその洗礼を受けたものたちは一瞬にして液状化し、その余波を背に浴びた壁役の亡者ですら
じわじわと躰が溶けていく痛苦に悶えて文字通り崩れ落ち、絵里たちを押し留めていたディフェンスラインはたちどころに崩壊した。
もっとも、これだけ強力な酸の嵐。こちらも無傷とはいかなかったのだが。
絵里「あッ……あつ! 熱っ…あっつッッッ!!!」
穂乃果「ぅ絵里ちゃん!? どうしたのダイジョブ? もしかして今のかかった?」
絵里「〜〜〜ッ」
- 221: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 23:47:30.26 ID:jLWdmo7g.net
-
絵里「……中指の先がほんの少し溶けちゃった」グスッ
穂乃果「なぁんだそれくらいで大げさだよ、しっかりしてよねもーっ」
穂乃果「私なんて掌に穴空いてるんだよ穴! ここから首筋までコーサカトンネルが開通しちゃったんだよ!?」
絵里「大げさじゃないわよぉ……白く細く長い指が自慢だったのに」
絵里「中指が薬指より短いなんて格好つかないじゃない。これじゃお嫁にいけないわ…」シクシク
穂乃果「心配しなくても、そのくらいまた生えてくるって。手首から先が無くなるよかマシでしょ?」
絵里「うっ…言ってくれるわねこいつ」
- 222: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 23:48:56.69 ID:jLWdmo7g.net
-
実際の負傷は、その手首にも及んでいた。
極々微量の酸の飛沫は絵里の右手首のリストバンドをも侵食してその下の肌の表面を爛れさせていた。
絵里(タトゥーが消えてる…)
綺麗すぎて逆に気持ち悪いくらいさっぱりと、十数年来の付き合いだった三角の図柄が無くなっている。
……構うもんか。
英玲奈の話を聞かされて以来、それなりにお気に入りだったあの刺青に急に得体の知れぬ気色悪さを感じ始めていたのだ。
字面だけを見て「頓馬」や「尾籠」などといった漢字を彫り込んでしまった外人が、後でその意味を知った時の心持ちに近い。
却って好都合だ、消す手間が省けたと思えばいい。そんなことよりも、ずっと痛手だったのは――
絵里「武器が…!」
像の正面で亡者と一緒に強酸を浴びた武器入りのズック袋は、ほとんど跡形もなく消失していた。
当然その中身も一緒に。
温存していた象撃ち銃やなけなしの弾薬ごと、何もかもがドロドロに溶けて砂の上を流れている。
かろうじて残った端っこの布の中から、一本の導火線がはみ出している以外には。
- 223: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 23:51:22.43 ID:jLWdmo7g.net
-
穂乃果「んっしょ」ドサッ
酸の被害を免れた布切れを包帯代わりに手首に巻き付ける絵里の傍らで、
像から取り出された古ぼけた木製の櫃の蓋が開けられる。
一本のダイナマイトの他に、絵里たちに残された最後の武器が、三千年振りにその封印を解かれたのだ。
穂乃果「アメン・ラーの書だ…! すごいや、本当に純金で出来てる」
絵里「パッと見は死者の書の黄金バージョンって感じね」
絵里(表紙に錠が付いてるところも同じ。開けるにはあの鍵が必要なのも一緒か…)
絵里「英玲奈、お目当てのものは手に入れたわ! すぐにここを離れましょう」
絵里「……英玲奈?」
『アァ…ウウァ』 『ウミ……ホテ…』 『イ゛イ゛! イ゛ィィ…!』
穂乃果「嘘…」
通路入口に弁慶よろしく立ちはだかっていた英玲奈の姿は無く、
代わりに狭いトンネル内を押し合いへし合いしてこちらに手を伸ばす亡者の密集陣形が蠢いている。
彼女は、その中に――
- 224: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 23:53:21.01 ID:jLWdmo7g.net
-
「うおおおあああああっ!!!」バキッ! 『グェッ!?』
穂乃果「!」
絵里「英玲奈! そこにいるのね!? 今助けに」
「私に構うな! 君らは君らの道を行くんだ!」ドゴッ! 『ガァ!』 『アゥゥ…』
穂乃果「英玲奈さん!?」
「もう世界を救えなどとは言わん! あのいけ好かない背教者をぶっ飛ばしてくれ、神と私の代わりに!」
絵里「っ…英玲奈」
「何をぐずぐずしている!? 早くここを塞げ!! こいつらが追ってこれないように!」 『グァァァァ…』
絵里「……分かった」バジッ
- 225: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 23:55:27.84 ID:jLWdmo7g.net
-
英玲奈「ぬおおおおおお゛お゛お゛」ブンッ
『ヌウェアァァ…』 『ギィ゛ィ゛ィ゛』
とっくに弾の尽きた散弾銃のバットをフルスイングし、這い寄る亡者のあばらを粉砕する。
「英玲奈、投げるわよ!」シュウウウウウウウ
英玲奈「ああ、やれ!」
大勢の死に纏わりつかれたこの状況でも、心の内には何の恐れも執心も無い。墓守の誉れだ。
英玲奈(………いや、)
一つだけ。引っかかっていることなら、あるにはある。
英玲奈(バス、という乗り物。一度でいいからこの目で見たかった)
- 226: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 23:57:14.22 ID:jLWdmo7g.net
-
――欲を言えば実際に乗ってみたい。
飛行機にだって、出来ることならもう一度。今度はもっとのんびりと。
さらに聞くところによれば、この世には地下鉄なるものが存在するらしい。
地面の下を走る乗り物。一体どうなっているのだろうか。
諸外国は、この地下墓地よろしく専用のトンネルを国中に開通させているとでもいうのか?
英玲奈「……ふっ」
苦笑するしかない。
絵里の言う通りかもな。私にも、少しは未練というものがあるらしい。
願わくば、次の機会があらんことを…
- 227: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/08(木) 23:58:44.49 ID:jLWdmo7g.net
-
BOOOOOOOOOOOOOOOOOMMMM!!!!!
絵里「くっ…!」
パラパラパラ…
煙が晴れて、亡者の破片と瓦礫がトンネルを完全に閉塞したのが確認できる。
その中からはもう、何の音も聞こえてくることは――
穂乃果「英玲奈さん…」
絵里「…さあ、私たちは私たちの道を行くのよ」
黄金の書を抱えた穂乃果の腕を掴み、絵里は残された最後のトンネルへと無言で歩を進めた。
…………
……
…
- 228: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 00:01:56.48 ID:NtOUm8Ln.net
-
ズリ… ズルズルズル
希「っはぁ〜重っ! 流石にちょっと欲張りすぎたかな、アハハ」
≪ン゛ウ゛オ゛オ゛ォ…≫
希「そんでもってこっちも! お願いだから動いて〜のろまさんんん」グイグイ
やっとこさマリィ1世のお宝を満載したバッグを神殿の外に持ち出した希は、
ひと月前に自分たちの部隊が置き去りにした、やせ細ってこぶの無くなったラクダの群れから一頭を引きずり出すと、
苦労してその背に戦利品を載せることに成功した。
希「あはっ、やった…」ハァハァ
希(脱出準備かんりょー。土産も持った。さらば、綱渡りの冒険の日々…)
――本当に、そうかな?
希「……」
- 229: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 00:03:04.66 ID:NtOUm8Ln.net
-
希(これ全部でどれくらいの価値になるんだろ)
希(換金してみないことには分からないけど……十年、いや二十年くらいは遊んで暮らせるとは思う)
希(で、その後は?)
希(また同じことを繰り返す? ムリよムリよ。いい歳こいて生き方変えるのも、それを貫くのも出来なくなって八方塞がりなのが目に見えてる)
希(もう疲れちゃった。ハッタリ利かせるための柄にもない大物ぶった雰囲気醸し出したり、相手の裏をかいたり翻弄したり)
希(駆け引きとか、掴みどころのない性格を演じるのとか、そういうの諸々ぜぇーんぶ)
希(今更遅すぎるけど、今後一切誰のことも裏切ったり、そういうことはしたくないの――それが身勝手で自己中な私の望み)
希「だったら…やることは一つやね」
急ぎ彼女は群れのもとへ引き返すと、彼らが背負った背嚢の中身を片端からかき出して捨てつつ、
ラクダ同士をロープで連結する作業に没頭し始めた。
- 230: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 00:06:51.21 ID:NtOUm8Ln.net
-
ウミホテップ「タマシイハ・ユメデ――」
『『『『アアゥゥアァ…』』』』
ウミホテップ「ヒカレ、アウノヨ――」
大神官の詠唱と、ミイラ僧たちのぎこちないコーラスはクライマックスを迎えようとしていた。
先ほどから千切れんばかりに激しくその躰を震わし始めた亡者の身振りが、それを体現している。
雪穂「〜〜〜っ」
ゴポ、ゴポと何かの液体が泡立っている。音だけで、その粘り気ぬめりけ具合が手に取るように分かる。
ビチャ… ドチャ…
嫌だ、信じたくない。きっと聞き違いだ。
緩慢だが着実に、粘性をおびた何かがこっちに這い寄ってきているなんて――!
- 231: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 00:09:19.52 ID:NtOUm8Ln.net
-
ジュル…
ゥジュルジュル…
雪穂(嗚呼、夢じゃなかった…!)
やがて、とうとうその名状しがたいドブ色の塊が自らの肉体を這い上って来たとき、
雪穂は身体が震えるどころか指一本動かせないまま、
怖気と寒気になすがまま撫ぜられ凌辱される最低の体感を味わった。
雪穂(なに、この臭いっ、呼吸、が……っ)
苦しい、息が詰まる。
ウミホテップも、再び呼び戻した恋人のバーの形状に息を呑んでいた。
- 232: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 00:10:28.22 ID:NtOUm8Ln.net
-
魂自体が、腐臭を放っている。
とっくの昔に転生という形で清められるはずだった、その条理を捻じ曲げた結果として。
そこには以前復活を試みた際のように、軽やかに宙を舞うほどの鮮度が残されているわけもなく。
ヌチャ ヌチャリ――ズルズルズル…
たっぷりと時間をかけて生贄の肢体の膨らみを乗り越えて、
保存期限をとうに超過したミナリンスキーのバーは懐かしの我が家を見つけると、
歓喜と興奮にぐにゃりぐにゃりと打ち震えるその不定形物質は、亡骸の穴という穴から一斉に帰宅を開始した。
ピチョン、と一滴残らず全てが吸収されるのに、さほど時間は要しない。
- 233: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 00:13:18.95 ID:NtOUm8Ln.net
-
≪ァ゛―――ア゛ォォォオオオオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ェェェ≫
舌のない口で、肺のない胸腔に酸素を取り入れようと喘ぐおぞましい目覚めの旋律を、雪穂は初めて耳にした。
三千年振りに呼吸しようとすれば誰でもこうなるのかもしれないが。
果たして、これは人と呼べるものなのか――?
ウミホテップ「くすっ、お目覚めですね。愛しのコッティー」
だがウミホテップは、それを大した問題とはとらえていないようだった。
自分が蘇った時と何ら変わらない。人間性は、生贄を喰らうことで後から取り戻せる。
そのための、最後の仕上げをしよう。
ウミホテップ「あなたの臓腑と肉体を捧げることで――」
両手で黄金の短剣を振り上げながら、彼女は厳かな表情で目を閉じた。
ウミホテップ「彼女は蘇り、そして来世が訪れる。今度こそ、二人を祝福する世界が――!」
雪穂「ひぅ…」
――ユキちゃああん!
- 234: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 00:15:46.23 ID:NtOUm8Ln.net
-
ウミホテップ「!」
雪穂「絵里さ……じゃなくてお姉ちゃん!?」
穂乃果「良いニュースと悪いニュースがあるの!」
儀式の間を見下ろす吹き抜け回廊に、十戒の石板を振りかざすモーセを彷彿とさせる勝ち誇ったポーズをとる人影が。
彼女の掲げる長方形の物体は天空に君臨する太陽めいて光り輝き、薄暗かったこの空間を照らし出していた。
この状況であんな目立つことをするなんて、根っからのお調子者である姉らしいともいえる。
穂乃果「まずは良い方から! これ見て、ピッカピカの金の書! とうとう見つけたよ!」
- 235: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 00:16:44.83 ID:NtOUm8Ln.net
-
ウミホテップ「アメン・ラーの書……確かに良い知らせです。これで手間が省けました」
呟きながら、一旦は顔の高さまで振り上げた短剣を祭壇の端に置くと、
ウミホテップは回廊に通じる大階段の方へと滑るように向かっていく。
雪穂「お姉ちゃん、本に書いてある呪文を唱えて! さっさとしないと殺されてそれ盗られちゃうよ!?」
穂乃果「それがね、本が開けられないんだよ!このバッドニュースを打開してくれる私のパズルボックスはどこいっちゃったの!?」
雪穂「あの人のローブに入ってる!」
穂乃果「あの人ってどの人さ?」
雪穂「ウミホテップに決まってるでしょ! 今そっちに行ったよ!」
穂乃果「ぎゃー!!! 何それ、詰んでるじゃんかぁ〜!」
- 236: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 00:18:56.23 ID:NtOUm8Ln.net
-
ウミホテップ「その通り。もう、万一にもあなた方に勝ち目はありません」
すぐに尻尾を巻いて逃げ出した穂乃果の後を追うウミホテップの足取りはゆったりと、微塵の焦りもない。
歩くだけで十分。いや、浮足立ってすらいたかもしれない。
半ば悲願の成就を約束されたようなこの状況では、勝者の驕りに身を任せてしまうのも無理からぬ話で。
それが彼女の注意力を鈍らせていた。
「はぁ――!」 ガキンッ!
金属が断ち切られる硬質な異音に、勝利への石段を中ほどまで上り詰めていたウミホテップは、はっとして広間を振り返った。
絵里「お待たせユキちゃん。ここからは私たちのターンよ」
雪穂「絵里さん――!」パァァ
- 237: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 00:20:06.24 ID:NtOUm8Ln.net
-
ウミホテップ「ッ…」
あの忌々しいお邪魔虫の金髪が、さも囚われの姫を救いに参上した正義のナイトといった風情で、
黄金の柄と鍔を備えた黒鉄の刀剣を振り回しながら、部下の僧と生贄の拘束具を手当たり次第に両断している!
ウミホテップ「彼女を殺しなさい…」
底冷えする声で、自分でも無意識のうちに率直な感情に乗っ取った命令を下す。
しかしそれを実行に移すには、ミイラ僧たちはいささかカルシウム分が不足していた。
- 238: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 00:21:17.89 ID:NtOUm8Ln.net
-
絵里「いやァ!」SLASH!
大振りの一太刀で、絵里の正面にいた亡者が天辺から爪先まで脆くも唐竹割りに。
返す刀で背後を一閃。刃の軌道上にいた三体の首が右から綺麗にすっ飛ばされていく。
雪穂「そいつらを倒すには頭を狙って!」
絵里「了解!」
祭壇によじ登ってきた一体の頭部を串刺しにすると、引き抜きがてら勢いをつけて周囲を水平に薙ぎ払う。
浅い切り込みで中途半端に切断されてぶら下がった首をハイキックが蹴り飛ばし、
カウンターの肘鉄でひるんだ敵の顎を刃に劣らず硬質な柄頭が打ち砕いて脳天まで貫通する。
- 239: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 00:22:04.70 ID:NtOUm8Ln.net
-
穂乃果「絵里ちゃんつよっ」
穂乃果(でもこっちにまで助けに来る余裕はないよね…くそぅ、自力で何とかしなきゃだぞ)
穂乃果(……むむっ。よくよく見ればこの本、表紙にも文字が刻んである)
穂乃果「中身を開かなくてもこれで何とかなったり…しないかな?」
穂乃果「よぅし、私だってやれば出来るんだからっ」
- 240: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 00:24:04.89 ID:NtOUm8Ln.net
-
『ギャウェオゥ!』
絵里「ッ、痛いじゃない!!」
尖った指先でシャツごと切り裂いて肩に引っかき傷を作った亡者を股下から蹴り上げる。
それだけで数十センチは飛び上がった彼女(?)の反応を見るに、死人にも金的は有効らしい。
絵里「はあァ!!」SLASH!SLASH!
右、左と一閃ずつ。頭部ごとX字に切り裂かれた亡者がぐしゃりと崩れ落ちる様はさながら役目を終えた砂の城。
儀式の間の隅っこで蜘蛛の巣の海に埋没していた石像から拝借した祭祀用の長剣は、
鉄器時代の到来以前に隕鉄より加工されたそれ自体一種の秘宝といえる業物だった。
三千年以上もの間錆び知らずの刃は、その人知を超えた切れ味を些かも衰えさせてはない。
もっとも、刃を当てずとも力任せの鈍器的な扱いで十分ですらあったが。
絵里「ほっ、はっ!」
祭壇を中心にバレエの大胆なステップを踏むように縦横無尽に亡者の間を縫って跳ね回り、
邪魔な敵を蹴り飛ばして怯ませ、弱点に致命的な一撃を叩き込んでいく。
蝶舞蜂刺、絵里の強襲で亡者僧の輪が総崩れとなるまでにさほど時間はかからない。
- 241: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 00:27:52.06 ID:NtOUm8Ln.net
-
穂乃果「ダーッテ、アイ…なんとか」ブツブツ
穂乃果「ヨンデー・ミテ…かんとか」ブツブツ
穂乃果「くぅ〜っこんなことなら真面目に勉強しておけばよかったよ…」
- 242: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 00:29:41.25 ID:NtOUm8Ln.net
-
絵里「こっちよトンマさん」SLASH!
『ンガョペ!』
斬撃を受けた相手はもれなく砂糖菓子も同然にぼろぼろ砕け散って塵に還る。
あっという間に残り一体。
絵里「ダスビダーニャ」SLASH!
『ホギャ!?』
流れ作業と言わんばかりに、あっけなくそいつの頭部が寸断されるも。
- 243: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 00:30:57.32 ID:NtOUm8Ln.net
-
『――ホッ、ホッ、ホッ!!!』
絵里「それどうするつもりよ?」
こぼれ落ちた生首を抱えて慌てふためく胴を尻目に、あの世のバックスクリーンに
特大ホームランを叩き込む大リーガーの心境で、渾身のフルスイング。
BUMP☆ 『ウギャアアァ!!!』
舌打ちして階段を下りてきたウミホテップめがけ、顎が避けるほど絶叫しながら頭だけになった部下が飛んでくる。
ウミホテップ「くっ、何を遊んでいるのです…」
すげなく払い落として見れば、配下の尼僧たちは全滅。
祭壇には雪穂を助け起こしつつ、こちらに黒剣の切っ先を向け不敵に微笑む絵里。
そのギラギラした挑戦的な眼差しに、瞬時に全身の体液が煮え滾る感覚を覚えた怪僧は思わず下唇を噛み切った。
- 244: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 00:31:58.95 ID:NtOUm8Ln.net
-
絵里「大丈夫だった? 酷いことされてないわよね?」
雪穂「辛うじて未遂、かな…?」
絵里「良かった。穂乃果みたいに傷物になっちゃってたらどうしようかと」
雪穂「えっ、お姉ちゃんにもとうとう我が世の春が?」
・
・
・
穂乃果「思い出した、これはジュ=モンって読むんだった!これで全部分かったよ」
穂乃果「よーし、やるぞー。ウミホテップめ、覚悟しろ〜」
穂乃果「絵里ちゃん雪穂ー! 今から金の書の呪文を読み上げるからね」
- 245: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 00:32:46.58 ID:NtOUm8Ln.net
-
絵里「穂乃果…鍵を取り戻したの?」
雪穂「いやそんなはずは…ちょっと待って、お姉ちゃ」
穂乃果「ダーッテ、アイタイ・トキニ」
穂乃果「ヨンデー・ミテモ・トドカナイ」
穂乃果「ナラ、アーイニクル・ジュ=モン!」
- 246: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 00:34:06.23 ID:NtOUm8Ln.net
-
バ タ ー ン !
回廊からリズムに乗せて得意げに詠唱を終えた穂乃果の真下で、観音開きの大扉が勢いよく開帳された。
果たしてそれは期待していた冥界への入口などではなく、ただ隣の霊廟へ続いているだけの、何の変哲もない普通の扉。
だったが…
ザッザッザッザッ ガチャン ガチャン ガッチャン ガッチャン
その内より、集団行動を徹底的に訓練された者に特有の一律に揃えられた足並みで、
金属の擦れ合う音をマーチ代わりに行進してきた者たちがいた。
- 247: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 00:35:03.27 ID:NtOUm8Ln.net
-
ミイラ兵ズ『…………』ザザザザザッ
ウミホテップ「ラズァイ…」ギリッ
その正体をいち早く察したのは、かつて彼らに辛酸を舐めさせられた砂の大神官。
代々ファラオに仕えた親衛隊の中でも選りすぐりの精鋭は、死後も王族の聖域を護る任を与えられ、
兵士としての装備を纏ったままミイラ化され安置されていたのだ。
穂乃果が唱えた呪文は、彼らの眠りを呼び覚ます起動キーだった。
穂乃果「…やっちった」
- 248: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 00:36:56.05 ID:NtOUm8Ln.net
-
絵里「姉妹揃ってこれなの? 眠ってる相手に電話をかける時は、ちゃんと誰だか確認してからにしなさいよぉ」
雪穂「あわわわ…前のやつらより見るからに強そうだ」
鍛え上げられたミイラ兵たちは、亡者僧のように無駄に呻くことはしなかった。
寡黙な直立不動の姿勢から標的を認識すると、一斉に曲剣や槍に戦斧、
各々が生きた時代の得物を振り上げ隊列を組んだまま、じりじりと距離を詰めてくる。
絵里「…上等じゃない。さっきから私、段々楽しくなってきてるわ」
雪穂「本当にそんな余裕あるんですか!?」
絵里「多分一時的なものよ」
雪穂「お姉ちゃん聞こえてるー!? この状況を招いた責任は、お姉ちゃんが取ってよねー?」
- 249: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 00:38:30.70 ID:NtOUm8Ln.net
-
穂乃果「ほんっっっとに申し訳ない!でも戦えない穂乃果にはどーすることも出来ないよ!」
雪穂「表紙の呪文、まだ全部は読んでないでしょ?」
穂乃果「えっ……あ、裏表紙にもなんか刻んである…」
雪穂「やっぱり。それを合わせて読めば、あいつらに命令出来るはず…!」
絵里「……ちゃんとした根拠があって言ってるのよね?」
雪穂「黄金の書は神の御業。それを扱う資格を持つのは神かそれに近いものだけとされてた」
雪穂「現世での神、つまりファラオ。ファラオは彼らを従えていた。だから書を読む者は、彼らを従わせる権利を得るの」
穂乃果「つまりー?」
雪穂「だから、呪文を全部正確に唱えれば、お姉ちゃんは兵士たちのマスターになれるってこと!――多分だけど」
穂乃果「…よ、よっしゃ! やってみるよ。それまで二人とも持ち堪えて!」
絵里「なるはやでお願いするわ…」
- 250: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 00:39:58.17 ID:NtOUm8Ln.net
-
絵里「ユキちゃん、あなたは今のうちに逃げといて」
雪穂「!…あの人数相手に一人で戦う気?」
絵里「正直、あいつらを相手にあなたを守りながらチャンバラするのは厳しいわ」
絵里「大丈夫よ。目的は勝つことじゃなくて、穂乃果が呪文を解読するまでの時間稼ぎなわけだし」
絵里「もし出来るようなら、穂乃果に合流してあの子を手助けして」
雪穂「分かりました…! でも絶対に無茶はしないで、死んだら葬式で暴れますからね?」ダッ
絵里「……ふふっ、嬉しいこと言ってくれるじゃない」
小走りで駆けていく麗しの姫君の背中を見送ると、再びミイラ兵の隊列に向き直って対峙する。
絵里「さあ、どっからでもかかってらっしゃい。向かってきた順に叩っ切ってやるわ!」
- 251: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 00:40:56.26 ID:NtOUm8Ln.net
-
ミイラ兵ズ『ヴォウフ!!!!!』バッ
絵里の威勢に焚き付けられたように、前衛のミイラ兵が一斉に
泡立つ魂の黒シチューで満たされた溝を一足飛びに飛び越えて、標的との距離を詰めた。
絵里「……あ?」
絵里(あの溝の幅、ゆうに五メートルはあるわよね? それを一度のジャンプで…)
などと考えている間に、視界から敵の姿が消える。
絵里(っ、まさか…!)
- 252: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 00:42:04.44 ID:NtOUm8Ln.net
-
果たして振り向けば、人間の身体能力を遥かに上回る大跳躍で、
勢い余って自分の頭上を飛び越えて着地したミイラ兵たちがそこに。
ミイラ兵ズ『ヴォオオオオオオオオ!!!!!』
一糸乱れぬ動きで武器を構え、限界以上に開口した顎で威嚇し返してくる様はいつか見た光景だった。
絵里「あー…そう、あなた達もそうやってインチキするのね。だったら取るべき手は一つよ」
絵里(逃げましょ…!)
- 253: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 00:43:32.95 ID:NtOUm8Ln.net
-
五秒前の威勢はどこへ行ったのやら、これは敵わぬと脱兎の逃走を開始した絵里の背をミイラ兵が追いかける一方で、
林立する像や柱の陰に身を潜めながらひっそりと移動を続けていた雪穂にも、追撃者の魔の手が迫っていた。
雪穂(何とか隙を見て、階段に辿り着かないと…)
≪ギェエエア゛ア゛ア゛ッ!!!≫
雪穂「!」
反射的に、隣の像の陰から躍り出てきた凶刃の一閃を辛うじて避ける。
≪ハァァ゛ァ゛、ノゥゥ…ケ、ケ、ケッ≫
雪穂(ミナリンスキー…!)
- 254: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 00:45:11.26 ID:NtOUm8Ln.net
-
盲目の殺人者は黄金の短剣を持っている!
殺意がこもっていてもなお、その剣身の輝きは眩かった。
雪穂(確かこの人、夢だと短剣の扱いが上手かったような…)
≪ヂュン!≫
雪穂「ぅわ゛っ! 」
雪穂(危なっ、やっぱりぃぃ)
復活直後と思えぬ機敏な動作で凶刃を振るうこの哀れな再生者を突き動かすのは、あくまでもピュアな生存本能。
死後も肉体に残る忠誠心という名の強固な残留思念を禁書の呪文や触媒で増幅し、
魂なしのからくり人形同然に可動しているミイラ兵や亡者僧との違いはそこにある。
- 255: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 00:46:39.60 ID:NtOUm8Ln.net
-
最後の審判に必要な心臓なしに冥界へと旅立ち、転生を拒否され。
かと言って幻獣アメミットに喰われることもなく。
この世とあの世の狭間という狭い籠に取り残された彼女のバーは
永い幽閉の果てに淀み腐り、三千年の時を経て再び現世へと引き戻された今。
生前多くの人々を魅了し女神にも喩えらえたその優しさと激しさを兼ね備えた気性は、
人という動物として極めてネイキッド、ある意味で天真爛漫かつ純粋無垢な本質にまで還元されていた。
すなわち、自らが生きるため他を殺しその肉を喰らう――今のミナリンスキーは原始の掟に従う猛禽類そのもの。
- 256: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 00:47:51.04 ID:NtOUm8Ln.net
-
≪ア゛ァ゛オゥ……ギィィィ!≫
雪穂「お姉ちゃんお願い! 急いで呪文を…!」
ウミホテップ(させません)
ミイラ兵『ハァアアアッ!』
ウミホテップ「ちっ、邪魔です…!」
飛び掛かってくる兵士に向け手をかざすウミホテップ。
途端、その躰がぴたりと宙で静止する。さながらピン止めされた標本の昆虫のように。
ミイラ兵『ヴォアアアァァ!!?』ジタバタ
ウミホテップ「以前は随分と世話になりましたね。あなた方も後で一人残らず砂に還してあげましょう」
- 257: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 00:49:16.22 ID:NtOUm8Ln.net
-
何にもない宙に固定されてもがく兵士に向け、ウミホテップは半身になって弓を引き絞るような構えを。
その動作で、丸腰の彼女の両腕周りの空間が音を立てて歪み震え、
質量を持たない、されど確実にそこに存在する何かの力場が不可視の矢となって、
同じく不可視の射出機につがえられた。
ウミホテップ「ラブアロシュッ」WHIIIZZ!
ミイラ兵『ギエ…』
パァァァ ァ ァ ァ ァ ン …… !
愛とは目に見えぬ力。
もはや念動力と呼べるレベルにまで昇華されたウミホテップのそれを
満身に叩きつけられた兵士は、陶磁器が割れる様に粉々になって四散する。
- 258: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 00:51:23.07 ID:NtOUm8Ln.net
-
絵里「はっ、はっ、はっ…」
逃走を続ける絵里の眼前には、亡者の黒水が沸騰を続ける幅広の溝。
こんな得体の知れない物質に爪先でも触れようもうものなら、どうなるか分かったものでない。
しかし彼女はスピードを緩めず床を蹴って跳躍し、
絵里「よっ、ほっ、ふっ…!」
そこに浮かぶ人骨を足場替わりに、驚異的なバランス感覚と身軽さを両立させ無事突破。
一時的に追っ手との距離を稼ぐも、
ミイラ兵ズ『ヴォオオオオ!!!!』バババッ
またしてもひとっ跳びで魂の黒川ごと跳び越えて、追跡者たちはせっかく開いた間合いをリセットしてしまう。
しかも今度は目の前に行き止まりの壁。とうとう追い詰められた…!
絵里(いえ、まだよ!)
- 259: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 00:54:21.29 ID:NtOUm8Ln.net
-
一か八か。
絵里が目を付けたのは、壁伝いに伸びる荒縄と、それが固定された床の楔。
絵里(これに掴まって…!)
彼女が飛びついたそのロープは、天井の滑車を経由し反対側に拷問用の檻をぶら下げていた。
――SLASH!
剣を振るってロープを切断した瞬間、掴んだ腕ごと身体が宙に浮く。
キュルキュルと巻き上げられていくそれが自分の体重をあっという間に引き上げ――
『ヴゥオア!!』 『オオオッ!!』
恐ろしいことに追っ手の先頭二体が例の大ジャンプで、上昇途中のこちらに追いすがって斬りつけてくるも、
絵里(いい加減こっちも学習してるんだから!)CLANK!CLANK!
追撃の可能性を警戒していたお陰で何とか斬撃を打ち払うことに成功。
キュルルルルルルルル…!
ミイラ兵『ヴゥオ!?』
――SQUASH!
代わりに落下してきた数十キロの鉄檻が敵の一体を下敷きにしたのは行幸だった。
- 260: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 00:56:40.52 ID:NtOUm8Ln.net
-
絵里「ハァ、ハァ…! 手強い、やつらね…!」
際どいところで窮地を脱し、吹き抜け回廊の東側に下り立ったところで乱れた呼吸を整える。
≪ヂュン…! ヂュウヴゥン!!≫
雪穂「きゃああっ! 誰かこいつを何とかしてー!」
絵里(ユキちゃん…? 襲われてるの?)
絵里「待ってて…! すぐ行くから!」
休んでいる場合ではない。急ぎ階下へ通じる石段の方へ!
- 261: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 00:58:16.24 ID:NtOUm8Ln.net
-
絵里(遠回りだけどここはあえて反対の西階段に向かうわ)
絵里(やつらは最短ルートでこっちを追ってきてるはずだから、その逆を行けばいいのよ。エリチカ賢い!)
ミイラ兵ズ『ヴゥオアアアア!!!!』
絵里「ぎゃーー!! 何でそっちから来るのよー!!?」
西側の階段を駆け上ってきた兵士たちを前に、作戦は二秒でご破算となった。
絵里(腕っぷしもかしこさもあいつらの方が上なんて……認められないわぁ!)
- 262: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 00:59:59.78 ID:NtOUm8Ln.net
-
ウミホテップ(そうです。そのまま彼女の相手をしていなさい)
ウミホテップ(その間に、私はアメン・ラーの書を…!)
雪穂の読みは当たっている。
死者の書を手中に収め、今や冥界神オシリスも同然の力を得たウミホテップも、ファラオに仕えるミイラ兵は管轄外。
兵士たちはウミホテップも絵里も、等しく聖域への侵入者と認識し、排除対象として攻撃を仕掛けていた。
厄介な彼らを御するには、金の書の表紙の呪文を残らず正確に唱えるほかない。
――ゆえに、
- 263: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 01:00:54.25 ID:NtOUm8Ln.net
-
ウミホテップ(私が書を持っている彼女を見つければ)
穂乃果(私が呪文を解読できれば――)
ミイラ兵ズ『ヴォガアアアア!!!!!』
絵里(ええぃしつこい! 穂乃果、まだなの!?)
雪穂(お姉ちゃん早く…! 私殺されちゃうよ!)
≪アァッ……ア゛ア゛ェ゛ア゛!≫
- 264: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 01:02:27.02 ID:NtOUm8Ln.net
-
古来より、世界の命運を賭けた戦いというのは、常に人知れぬ僻地でひっそりと、
そのチップの重さに反して驚くほど小規模なスケールで(多くの場合当事者らにその自覚すらないまま)
繰り広げられるのが常だった。
全世界全人民を巻き込んで、大軍を率いた英雄が割拠し秘術の限りを尽くして鎬を削る……
などといった派手な筋書は、親が子を喜ばす寝物語か大衆向け娯楽の夢想の中にしか有り得ない。
そして今も。
血湧き肉躍る大冒険とは程遠い、蛆湧き腐肉飛び散るダイム・ノベルも顔負けの三文逃走劇。
この世の行く末は、見捨てられた古代神殿の地下を走り回る三組の鬼ごっこの結果に委ねられているのだ…
- 265: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 01:03:27.78 ID:NtOUm8Ln.net
- KKEスペシャル
ドキュメンタリー【ハムナプトラへの招待〜ミイラ再生〜】
Final:#13「そして最後のページには」 ラブライブ!× ハムナプトラ -失われた砂漠の都- - 271: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 22:26:53.25 ID:NtOUm8Ln.net
-
バババババババババッ
シャカシャカシャカシャカシャカ…
カサカサガサガサ…!
絵里「ウソでしょ…」
東階段を数段飛ばしに駆け下りる絵里は横目に信じられないものを見ていた。
ミイラ兵たちが、四つん這いで両隣の壁面を伝って移動している!
重力にすら逆らって、しかもこっちより速いなんて、インチキここに極まれりだ――
ミイラ兵ズ『ヴォアッ!!!!!!』
無駄な足掻きご苦労と言わんばかりに、ゴール地点では一足先に降り立った兵士らが武器の矛先を揃えてお待ちかねだ。
- 272: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 22:28:12.03 ID:NtOUm8Ln.net
-
絵里「もうイヤっ! あなた達なんて嫌いよぉ!」
その一体の横面に、半ば捨て鉢になって強烈な跳び蹴りをお見舞いしてやった。
『ゴゥアッ!!』
不意打ち気味の一撃に相手の首はへし折れ、仲間を巻き込んで派手に転倒。
数を減らせたのはいいが、自棄に基づく突貫なので当然後のことは考えていない。
ミイラ兵『シャアアア!!!』
絵里「やばっ…!」
被害を免れた兵士が次々斬り込んできて、忽ち不利な一対多数の近接戦へと持ち込まれる。
- 273: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 22:28:56.04 ID:NtOUm8Ln.net
-
ウミホテップ「隠れても無駄ですよ。こう見えて、鬼の役は得意なのです」
穂乃果(あいつが近くにきてるっ、見つかる前にこれを解読しないと…!)
穂乃果「オクー、ノテ……ハ、コ…レー」
穂乃果(よし…多分ここまでは合ってるハズなの、ここまでは)
穂乃果(問題は最後の一文字。さっきからこれ→(・8・)だけがどーしても読めなくて詰まってる)
穂乃果(パッと見は鳥の顔…っぽいよね。ホルス、なのかな? いやいやいや違うってば、ホルスは別の字があるの知ってるもん)
穂乃果(この形に見覚えはあるんだよね。ということは昔、雪穂と一緒にお父さんから習ってるはずなんだよ、思い出せ私!)
- 274: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 22:30:37.71 ID:NtOUm8Ln.net
-
穂乃果「うーん……んんんん」
穂乃果(確か…すっごいうろ覚えだけど、カ行で始まる読みだったような………きっとそうだ、うん)
穂乃果「かきくけこ、カキクケコ……マキちゃんかわいたかきくけこ」
穂乃果「かっ…かいわれ!きくらげ!クトゥルフ!ケジラミ!コンチクショー!」
穂乃果「……」ハァハァ
穂乃果(駄目だ、全然思い出せないや)
――CLANK! CLASH!CLANK!
絵里「穂乃果ぁ〜お願いー!もう受けきれないわっ」ギギギ
- 275: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 22:34:02.80 ID:NtOUm8Ln.net
-
穂乃果「絵里ちゃん…! よ、よしっやるっきゃない!」
穂乃果「ん゛ん゛っ」セキバライ
穂乃果「ではでは……オク=ノテ・ハ、コレー…」
穂乃果「コッ――げふんげふんげふん!!!」
穂乃果「………どお? ホラ、ちゃんと唱えたよっ最後の方少し咳き込んじゃったけど」
穂乃果「でもちゃんと言ったからねホントに……ホントだよ?」
穂乃果「 リ`・ヮ・) 」チラッ
――CLANK! SLASH!! CLASH!! SLASH!CLASH!CLASH!
『ヴォアアッ!!』 『シャアアア!!!』 『ゲアアア!!』
絵里「ひぃぃ無理よ〜!こんな一度に捌き切れないっ!!」CLANK!CLANK!CLASH!
- 276: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 22:36:10.98 ID:NtOUm8Ln.net
-
穂乃果「あ、あれー? よく聞こえなかったのかな…? じゃあ大きな声でもう一度」
穂乃果「オク=ノテ・ハ、コレー! カキクゲホゲホ!!ぅおぇ゛!!」
穂乃果「……どうだっ!」
clank!clank!clank!clank!clank! ヴォオオ!! イヤー! オウチカエリタイー!
穂乃果「 リ`・-・) 」
ザッ…
ウミホテップ「そこですか」
- 277: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 22:37:29.61 ID:NtOUm8Ln.net
-
穂乃果「うわああぁぁ…! 何もこんな最悪のタイミングで来なくてもぉぉ」
ウミホテップ「大人しくそれを差し出せば、優しく介錯して差し上げましょう」
ウミホテップ「無駄な抵抗をするようなら…」
穂乃果「ひゃうっ」チョロ…
『ヴォウフッ!!』
ウミホテップ「!」
ミイラ兵『ハァァァ!!』SWISH!
ウミホテップ「またあなた達ですか! とことん間の悪い…!」
ミイラ兵『ガアア!!! バゥアッ!!』SWISH!SWISH!
ウミホテップ「つくづく面倒な連中です、引っ込んでなさい!」
穂乃果「い、今のうちに…!」
- 278: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 22:38:53.14 ID:NtOUm8Ln.net
-
絵里「はァ!」
後ろから掴み掛かろうとしてきたミイラ兵を、その勢いのままに背負い投げる。
正面の溝に転落したそいつは、忽ち黒の粘液に躰を侵食され、すぐに飲み込まれて見えなくなった。
絵里(こいつらでもここに落ちれば一たまりもないのね)
絵里(だったら溝の近くで戦ってやる! おっと、こっちも落ちないように気を付けないと…)
- 279: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 22:39:37.95 ID:NtOUm8Ln.net
-
――CLAASH!
新手が大型の戦斧を振り回し襲い来る。隙も大きいがその一撃は重い。
刃を受け止めた衝撃が全身に伝播して痺れが走る。
絵里「っはぁ、はぁ…!」
関節が悲鳴を上げ、筋肉という筋肉が疲弊しきっているのが分かる。
絵里(こっちはずっと戦いっぱなしなのに、向こうは疲れ知らずときてるんだもの…!)
- 280: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 22:41:10.71 ID:NtOUm8Ln.net
-
ミイラ兵『ヴオオオ!!!』SWISH!
――空振り。もうその攻撃は見切った。
絵里「ほらァ!」CLASH! ミイラ兵『ギャッ…』
武器ごと両腕を斬り飛ばされ、さらに足首にも一撃を入れられた敵が膝をつく。
トドメとばかりに絵里は頭上高く振りかぶり、
ザクッ
絵里(あら? 今の感触は…)
剣先が嫌に重い。振りかぶった際に後ろの何かに突き刺さったようだ。
それでも力任せに振り下ろすと、切っ先に刺さっていた球体が正面の敵の脳天ごと打ち砕いて胸腔にめり込む。
それは別のミイラ兵の頭だった。
『ギャアアアア!!! アウアァァ!!!』
絵里「どっから声出してんのよ…」
背後からの奇襲に失敗して頭部を失った敵が、闇雲に武器を振り回して自分から溝に落ちていく。
- 281: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 22:43:12.87 ID:NtOUm8Ln.net
-
絵里(これで残り六体…!)
撃退した兵士の躰を溝に蹴り込んで確実に処理することで、残敵を数える。
実際、歴戦の精鋭たちを相手に、絵里はよく戦い凌いでいた。
されど、限界の時は近い。
ミイラ兵『ガアアア!!!』SWISH!FWISH!
絵里「かっ…!くっ…」CLANK!CLANK!
しんどい。徐々に斬撃を捌き切れなくなってきている。
今度の敵は二刀流。素早い連撃を何とか受ける度、絵里の姿勢は徐々に崩されていき――
CLAASH!!
絵里「うぁ…!」
とうとう転倒。隕鉄の黒剣も取り落とした。
ミイラ兵『ヴオ!!!』
- 282: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 22:44:05.93 ID:NtOUm8Ln.net
-
絵里「ッ――!」
尻もちをついたまま、咄嗟に絵里が掴んだのは、黒剣ではなく近くに立て掛けてあった松明。
不届きな盗掘者が時たまやるように、その先端を押し付けられたことで、薪も同然なミイラの乾燥体は瞬く間に第二のトーチと化す。
絵里(五――いえ四ッ!)
バックキックで燃え盛るそいつを蹴り飛ばし、奥から走り込んで来た兵士にぶち当てる。
二体は仲良く炎上し、混乱のファイヤーダンスをくるくる舞いながら、あの世へ繋がる溝に足を滑らせ落ちていく。
だが残りの兵士は怯むことなくひとまとまりの暴風となって、疲労困憊し肩で喘ぐ絵里めがけて殺到してきた。
- 283: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 22:45:48.51 ID:NtOUm8Ln.net
-
中央大階段の方へ追い詰められた絵里が石段を後退しながら、
同時に襲い来る斬撃に対処している頃。
階下ではその剣捌きだけに生前の名残を感じさせるミナリンスキーと、
彼女から辛くも逃れ続ける雪穂の命懸けの鬼ごっこが続いていた。
≪ヂュン…! ヂュンヂュン!!≫
雪穂「お姉ちゃーん!! まだぁ!?」
穂乃果「最後の文字が読めないんだよ!」
自身をつけ狙う怪僧に再び位置を捕捉されることを承知で、
いつの間にやら一階に下りてきていた穂乃果は妹に助けを求めた。
- 284: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 22:47:05.18 ID:NtOUm8Ln.net
-
雪穂「どんな形してる!?」
穂乃果「鳥の顔! なんていうか…真顔の鳥なの!」
雪穂「それって…うわぁ!」 ≪ギェエア゛ア゛!!≫
姉とのコミュニケーションに気を取られていた雪穂の細首を、とうとう追いついたミナリンスキーががっちり掴んで締め上げる。
雪穂「かっ、はっ…!(声が、出ない…)」パクパク
穂乃果「えっ? 何て言ってるか聞こえないよっ? もっとはっきり大きな声で!」
- 285: 名無しで叶える物語(もんじゃ)@\(^o^)/ 2016/09/09(金) 22:48:24.56 ID:NtOUm8Ln.net
-
絵里「ええぇい! やっ、はぁ!」
黒剣を振り回して、相手の武器を弾き飛ばして、がら空きになった胴に蹴りを放って。
大階段の中ほどで、満身創痍の絵里は死に物狂いになって、追いすがる敵を一体ずつ階下に突き落
元スレ: 雪穂「ハムナプトラへの招待2」絵里「黄金のハラショー」