【ラブライブ!】凛と花陽の神隠し

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りんぱな-アイキャッチ4
1: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/24(火) 01:06:12.14 ID:iVdJZ4Wf0
原作に独自の解釈やオリジナル要素を含めて書いていきます

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1464019571

元スレ: 【ラブライブ!】凛と花陽の神隠し

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2: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/24(火) 01:08:44.47 ID:iVdJZ4Wf0
花陽「うぇっ……ぐすん……」

花陽父「花陽、いつまで泣いているんだい?」

花陽「うぅ、だって……お友達と離れちゃうのが寂しいんだもん」

花陽父「きっとまた新しい友達がすぐにできるさ。ほら、あそこに見えるのが今度の学校だぞ」

父親の指す方角を見ると薄汚れた白い校舎の壁が冷たくそびえたっていたので、花陽は小さくあかんべーをした。

花陽「……前の方がいいもん」

花陽父「まあ、時期になれるさ。なんといっても花陽の大好きなお米の名産地だからな!」

花陽「……」

花陽母「あなた、この年の女の子に引っ越しは私たちが思う以上につらいことなのよ。しばらくはそっとしておいてあげましょう」

花陽父「それもそうか」

花陽は友達との最後のお別れの時に貰った花束をぎゅっと握りしめた。花束に添えられたカードには『かよちん、元気でね』とひとことだけ添えられている。
ピンク色のスイートピーは花陽の表情と同じくしょんぼりと萎れてしまっている。

花陽「あぁっ!? お母さん、お花萎れちゃった……」

花陽母「あらあら。ずっと大事に握りすぎたかな? おうちに着いたら水切りすれば大丈夫よ」

花束を貰った友人の顔を思い浮かべると花陽の目からは再び大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちた。

花陽「うぅ……ひっく……」

花陽父「ほら、またメソメソして。窓開けるからシャンとするんだぞ」

窓から入ってきた初夏の風は涙と花びらを吹き飛ばしていった。
3: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/24(火) 01:10:32.01 ID:iVdJZ4Wf0
父「あれぇ、道に迷ったかな?」

先ほどから車は舗装すらされていない森の中のでこぼこ道を進んでいる。

花陽「お、お父さん、戻った方がいいよ」

父「うーん……おかしいなぁ」

そういいながらも車を止める気配は全くなく、車はどんどん森の奥へと進んでいく。
不意に目の前に赤色の大きな鳥居が現れたが、父親はなんのためらいもなくそれをくぐり抜けてしまった。

花陽「お父さん!」

母「かよちゃん、しっかりと掴まっていなさい」

母親がそういうと、父親は急に何かに取り憑かれたようにアクセルを回し始め、ぐんぐんと加速していった。

花陽「ぴゃぁ!?」

窓の外の風景はびゅんびゅんと線となって後ろの方へと消えていった。
そんな中、かろうじて道のわきを見ると薄気味の悪いこけしのような石像が立っていた。そいつは気のせいか、花陽たちが通り過ぎた後もこちらの方を見ているようだった。

花陽「ねぇ、お父さん! この道なんかおかしいよ。早く戻ろう!」

父「大丈夫だって!」

母「お父さんが言うなら間違いないわ。かよちゃんは何の心配もしなくていいのよ」

花陽「えぇー!?」

そのまま強引に森の中を突き進んでいくと、木々が途切れて少し開けた場所に出た。

母「あなた! 前!」

目の前には大きな門のような建物がそびえ立っていたのだ。

花陽「ダレカタスケテー!!」

父「ちょっと待ってろー!!」キキィー

急ブレーキを掛けて建物のギリギリ手前で何とか停車することができた。
4: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/24(火) 01:12:42.36 ID:iVdJZ4Wf0
父「ふぅ……危なかった。それにしてもこの建物は一体なんだ?」ガチャ

花陽「えぇ!? 外に出るの!?」

母「何かの門みたいね」ガチャ

花陽「うぅ……まって〜!」ガチャ

父「これは立派な随神門だね」

花陽「ずいしんもん?」

父「そう、随神門。神社とかで悪いものが神様のおうちに入らないように見張りをつけているんだよ。ほら、あそこに龍と鳥が彫ってあるだろ? あれは青龍と朱雀って言ってな……」

母「はいはい。またパパのうんちくが始まったわ。かよちゃん、先に行こうか」

花陽「ま、待って! この先に進むの!?」

母「そうだけど? 奥に続いているみたいだし、何があるか気にならない?」

花陽「ならないよ! ねえ、もう帰ろうよ。引っ越しのトラックも着いちゃうよ……」

父「花陽は怖がりだな。それじゃあ、車の中で待っていなさい」

花陽「え?」

母「すぐに戻るからおとなしくしていてね?」

花陽「お母さんまで!」

父親と母親は娘を置いてけぼりにして門の先へと消えて行ってしまった。

花陽「うぅ……どうしよう」

門と言ってもその先はトンネルのようになっていて中は真っ暗だ。ごぉぉ……という不気味な音と共に風が吸い込まれていく様は、まるで大蛇が大口を開けて待ち構えているようだった。
何か嫌な予感が花陽の胸中をぐるぐると渦巻いていた。しかし、青龍の鬼のような形相を見ていると、今にも彫刻から飛び出してくるような錯覚に囚われてしまい、結局恐る恐るトンネルの中へと踏み込んでいった。
5: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/24(火) 01:15:40.00 ID:iVdJZ4Wf0
母「うわぁ、綺麗なところね」

父「これは驚いたなぁ。トンネルの先にまさか草原が広がっているなんて」

母「車の中のおにぎり持って来ればよかったわ」

花陽「確かにきれいだけれど……」

トンネルを抜けた先。真っ青な草原のところどころに森の中で見かけたのと同じこけしの石像がいくつも転がっているのが例えようもない不気味さを醸し出していた。

父「あんな門の向こう側だから神社みたいな場所を想像していたんだけどなぁ」

母「ねぇ、向こうの方にあるの町みたいじゃない?」

父「何かわかるかもしれない。行ってみよう」

花陽「えぇーまだ行くのー!? もう帰ろうよー!!」

父「新しく引っ越してきた土地のことを知るのは大事なことだろう? 探検探検」

母「案外地元では有名なスポットだったりして」

花陽「もう嫌だよ……」

しかし、両親が遠ざかるにつれて周囲を囲むこけし達が気になってしまって、渋々と後を追うしかなかった。
6: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/24(火) 01:16:33.89 ID:iVdJZ4Wf0
父「おや、小さな川があるね。気を付けてわたるんだよ。……ん?」

母「どうしたの?」

父「何かいい匂いしない?」

母「……あ、本当だわ。おいしそうな匂い。かよちゃんも早くおいで!」

花陽「むぅ……相変わらず食べ物に対する食いつきが早いなぁ。私とご飯どっちが大事なんだろう?」ブツブツ

花陽の両親はかなりのグルメであり、デートの時のメインはほとんど食事だったらしい。母親は料理の腕もお墨付きで、趣味で調理師免許を持っているほどだ。
結婚する前からお米のおいしいこの地域で暮らすことを夢見ていたらしく、父親の転職を機に思い切って引っ越しをしたというのが今回の経緯であった。

父「くんくん……うん、こっちの方だ」

花陽「お父さん、犬みたいだね」

母「知り合いのソムリエに褒められたことがあるんだって」

花陽「へ、へぇ〜」

父「くんくん……くんく……はっ!? 近いぞ」

母「さすがあなたね♪」

父「ふふん。花陽もそのうちできるようになるからな?」

花陽「別にいいや」

父「ひどいっ!?」

母「あっ、このお店みたいよ」
7: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/24(火) 01:17:20.99 ID:iVdJZ4Wf0
そこはレストランというより、居酒屋のみすぼらしいカウンターがズラリと並んだ屋台のような感じであった。他の客はおろか従業員さえもいないようだった。しかし、そのテーブルは古今東西の肉料理を集めてきたような盛大な盛り付けで埋め尽くされていた。

父「すみませーん! どなたかいませんかー!」

母「美味しそうなお料理ね。見たことがないようなものまでたくさんある……!」

父「お金は後でいいかな。とりあえず食べよっか」

花陽「な、なんでそうなるの!? お店の人に怒られちゃうよ?」

父「大丈夫大丈夫。現金もクレジットカードだってあるし」

母「こんなご馳走みたことないかも♪」

花陽「やめておこうよ……。このお店……ううん、この街だって私たち以外誰もいないし、なにか変だよ」

父「心配しすぎだって。それじゃあ、早速……」

「「いただきまーす!」」
8: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/24(火) 01:17:50.04 ID:iVdJZ4Wf0
父「うん、うまいぞ! 肉汁が次から次へとあふれ出してくる!」むしゃむしゃ

母「う〜ん! 皮がパリッパリでスパイシーな味付けが絶妙ね!」もぐもぐ

花陽「ちょっと……」

父「どうしたんだい? 花陽も食べなよ」

母「すっごく美味しいわよ? ほら、おいで?」

花陽「……いらない」

父「もったいない。まあ、年頃の女の子だもんな。おっ、そっちにいいのが……」

母「からし、置いとくね」

父「ありがとう」

花陽「おとうさーん! おかあさーん!」

がつがつむしゃむしゃ

ぱくぱくもぐもぐ

花陽「はぁ……」

両親はしばらくはカウンターに噛り付いて離れないだろう。花陽は一人、店を後にすると誰もいない街の中へと歩んでいった。
13: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/25(水) 00:14:12.66 ID:4yIt8T7A0
花陽「うわぁ……大きな建物」

寂れた街のちっぽけなメインストリートの一番奥にそれはあった。鮮やかな赤色を基調とした建物は中国建築を連想させた。
そして異様な存在感を放つ巨大な煙突からは濛々と黒煙が吐き出されていた。

花陽「ん? この音は……電車?」

よく聞き慣れた線路と車輪が擦れる音につれられて、建物の前に架けられた橋の下を見下ろすと、二両編成の小さな電車が遥か谷底を走っていくのが見えた。

花陽「電車が通っているってことはやっぱり人が住んでいるんだよね」

ほっと一息をついたその時、ふと人の気配を感じて振り向いた。その先には花陽と同じくらいの年のショートカットの少女が驚いたような表情で立っていた。

凛「こ、ここに居たらダメッ! 早く元来た道を戻って!」

その言葉と同時に足元がふわっと浮いたような感じがした。すると、今まで止まっていたような時間の流れが突然堰を切ったように押し寄せてきた。
さっきまで真上にあった太陽は既に沈みかけ、足元の影は細長く伸び、辺りは薄暗い夜の帳を下し始めた。

花陽「あわわわ、どうなっちゃったのぉ!?」

凛「夜が始まる……! とにかく急いで! 凛が何とか時間を稼いでみる!」

凛と名乗った少女は何か呪文のようなものを唱えると、ぼんやりとした青白い光を放ち始めた。

凛「さあ、行って!」

花陽「う、うん!」

わけもわからず花陽は一目散に駆け出した。何かよくないことが起こる。第六感が頭の中でわんわんと警鐘を鳴らしていた。

花陽「お父さん、お母さん!」
14: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/25(水) 00:42:14.95 ID:4yIt8T7A0
先ほどまで静まり返っていた街には明かりが灯り、活気に満ちていた。
しかし、そこを行き交う者たちの体は……皆、黒く透き通っていて、まるで影が立ち上がって動き出したようだった。

花陽「夢だ夢だ夢だ……」

出来るだけ周りを見ないようにしながら走り続け、ようやく先の飲食店まで戻ってきて見慣れた両親の後姿を見つけた。
こんな状況になっても食事を続けている両親に半ば呆れながらも花陽はその背中に懸命に声をぶつけた。

花陽「お父さん、お母さん、いつまで食べているの!? 周りの様子がなんだかおかしいよ……だから、もう帰ろう! ねっ?」

「がつがつがつがつ」

花陽「お、おとう……さん……?」

異変に気付いた。普段の父親の背中より一回り、いや二回りは大きい。隣の母親に目を移しても同じだった。

花陽「うそ……うそだよね……?」

大きく突き出した鼻。顔の横ではなく上に付いた大きく尖がった耳。髪の毛がなくなった代わりに顔全体にふさふさの白っぽい毛がびっしりと生えていた。
この顔は、知っている。花陽が小さい時に牧場へ行ったときに見たことがある。

これは……豚である。そう、あの豚が花陽の両親にそっくりの服を着て、さっきまで両親が座っていたテーブルに腰かけて、汚らしく食べ物を食い散らかしているのだ。

花陽「あ、あははは……。ねぇ、豚さん。私のお父さんとお母さんを知らない? さっきまでここに居たはずなんだけど……」

「ぶぎぃぃ?」

花陽「ひぃ!?」

どすんと巨大な体をこちらに捻り、一歩ずつ近づいてくる。

花陽「し、知らないよね! い、いいのいいの! ……ごめんなさーい!!」ピュー

ギギギィィィ!!

花陽「はぁ、はぁ……ま、まだきっと近くにいるよね? おとうさーん!! おかあさーん!!」

少女の声は静かに賑わう通りに虚しく響き渡るだけだった。
15: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/25(水) 01:21:30.42 ID:4yIt8T7A0
花陽「お父さんとお母さんはきっと先に戻っただけだよね? うん、きっとそうに違いない」

必死に自分を言い聞かせながら、なんとか街の出口まで戻ってきた。あとは草原を抜ければ、この悪夢からも解放されるに違いない。
そして、一歩草原に踏み出したのだったが――

ざぶんっ

花陽「ピャァ!? み、水? なんで?」

そこには昼間の美しい青々とした草原の代わりに真黒に淀んだ海原が広がっていた。
その海の遥か彼方にライトアップされた赤色の鳥居が神々しく構えている。
それが昼間に花陽たちがくぐってきたトンネルの出口だったことに気付くのには随分と時間がかかった。

花陽「そんな、こんなのって……」

花陽「嘘だ嘘だ嘘だ、絶対夢だ! 醒めろ醒めろ……」

花陽「そ、そうだ、こんなときはほっぺたを思いっきりつねればいいって、前にお母さんが教えてくれたんだ」ギュー

花陽「痛いよぉ……お母さんの嘘つき」ヒリヒリ

ワッセーワッセー!!

ワッショイワッショイ!!

花陽「ん、なんだろう? 何かが近づいてきてる」

わっしょいわっしょい!!

ドンドン!! ピーヒャラー♪

花陽「お、お神輿!?」

海の上を渡ってくるものや空を駆けてくるもの。数え切れないほどのお神輿が花陽のいる街の出口、もとい入り口の一点めがけて流星のようになだれ込んでくるのだ。
お神輿を担ぐ者たちは皆、ひょっとこや般若などのお面を被っていたが、その体つきを見るに明らかに人間ではないことがわかった。

花陽「う、うわぁぁぁああ!!?」

神輿の軍勢に飲み込まれそうになる寸前のところで花陽の手を誰かが掴み、薄暗い路地裏へと引っ張っていった。
16: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/25(水) 01:51:25.71 ID:4yIt8T7A0
花陽「はぁ、はぁ……助けてくれてありがとう」

凛「どういたしまして! 危ない所だったねー」

花陽「うん……」

凛「かよちん、大丈夫?」

花陽「えっ? なんで私の名前……それもあだ名を知っているの?」

凛「う〜ん? かよちんはかよちんでしょ?」

花陽「全然答えになってないような……」

凛「とにかく知ってるものは知っているんだよ。凛のことは凛って呼んでね」

花陽「うん、凛ちゃん」

凛「えへへ〜……はっ! かよちん、隠れて」

パカラッパカラッ

めぇ〜〜

パカラッパカラッ

凛「……行ったみたい」

花陽「い、今のは?」

凛「デュアパカだよ」

花陽「でゅ……でゅーむ?」

凛「デュアパカ」

花陽「デュアパカ?」

凛「そう、頭がふたつあるアルパカ。海未ちゃんっていうこの街を支配している魔女の手下だよ。『頭が二つあれば索敵能力二倍です!』ってどや顔で言ってた」

花陽「索敵って、もしかして私のことを?」

凛「うん、そうみたい。ここに居てもきっとそのうち見つかっちゃう。安全なところに逃げるよ」

花陽「ま、待って! お父さんとお母さんは? その……豚になんてなってないよね?」

凛「……大丈夫。今は無理だけれど、後で必ずなんとかしてあげる。さ、走るよ!」
19: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/26(木) 21:33:37.18 ID:bA4bofid0
花陽「うん! あっ……凛ちゃん、どうしよう。腰が抜けちゃって、走れない……」

メェェェェ

凛「まずい、またデュアパカがこっちに近づいてきているみたい」

花陽「ど、どうしよう」

凛「落ち着いて。凛が合図をしたら思い切り地面を蹴るんだよ」

花陽「うん、わかった」

凛『……大いなる翼を持つものよ。汝、此の者に自由を分け与えよ』

凛の手が花陽の背中に触れると、翼が生えたように体が軽くなった。

パカラッパカラッ

凛「今だよっ!」

花陽「えいっ!」グッ

どひゅん!

デュアパカ「メェェ?」キョロキョロ

間一髪。デュアパカが建物の陰から顔を覗かせた瞬間に、凛と花陽は空へと飛びあがった。
20: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/27(金) 00:15:38.72 ID:WRyvXhJL0
花陽「ひゃ、ひゃぁぁぁ!?」

凛「ナイスジャンプ! そのまま建物の上に着地するよ」

花陽「えええ!? ちょっとまってー!」

凛「大丈夫だよ。ほら、かよちん。手を伸ばして」

花陽「う、うん!」

ぎゅっ

凛「ほら、これで怖くない! さあ、着地する場所をよく見て。いくよ。さん、にー、いち!」スタッ

花陽「わっ! と、と、と」

凛「うん、初めてにしてはなかなかだよ!」

花陽「で、できた……」

凛「危機一髪だったね。地上は危ないからこのまま屋根の上を飛び移っていくよ。いける?」

花陽「がんばるね」

凛「じゃあ、まずはあっちの大きな看板のお店の屋根までいくよ。……せーのっ!」

地面に広がる街の光の海の上をぴょんぴょんと二つの小さな影が忍者のように駆け抜けていく。

凛「にゃっははー!! 夜の空中散歩だにゃー!」

花陽「よっ……ほっ!」

凛「かよちん、上手上手! 段々慣れてきた?」

花陽「う、うん。でも……よっと。凛ちゃんについていくのが精いっぱいかな」

凛「そっか。ゆっくりでいいからね。あの大きな建物を目指すよ」

花陽(あれは最初に凛ちゃんと会った時の……)

大きな不安を抱えながらも、今は目の前の少女にただ手を引かれることしかできなかった。
21: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/27(金) 21:27:22.27 ID:WRyvXhJL0
凛「いい? あの橋を渡っている間、絶対に息をしちゃだめだからね?」

凛と花陽が出会った橋。その上を通過していくのは、着物を着たお狐様、秋田のなまはげ、河童に天狗、巨大なひよこなどなど百鬼夜行さながらだった。
その時、橋の手前で一際豪華な装飾が施された神輿が静止した。その中からゆっくりと姿を現したのは、大きな耳たぶにふくよかな身体。脇には釣り竿と鯛を抱えていた。

花陽「あれって、恵比寿様!?」

凛「今日はビッグゲストがお出ましみたいだね」

と、恵比寿様の前に揉み手をしながら擦り寄っていく少女が一人。

にこ「あらぁ〜恵比寿様ぁ、お待ちしておりました♪ 腕によりをかけて作ったお食事をご用意しております。どうぞどうぞ、こちらへ〜」

恵比寿様「ほっほっほ、結構結構。この鯛も捌いてくれぬかね?」

にこ「まあ、大きなお魚ですね♪ 恵比寿様がお釣りになられたんですか?」

恵比寿様「もちろんじゃよ。今朝に軽〜くクイッっとな」クイッ

にこ「いや〜ん、素敵〜♪ にこも恵比寿様にクイッとされた〜い♪」

恵比寿様「ほっほっほ、はよ案内せい」

にこ「はい、ただいま〜」
22: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/27(金) 22:00:10.73 ID:WRyvXhJL0
凛「全くにこちゃんったらまた媚売って。欲深なんだから」

花陽「神様が訪れるこの建物って一体……」

凛「ん、そういえばまだ説明してなかったね。この建物は湯屋『オトノキ』。八百万の神様たちが疲れを癒しにやってくるんだよ」

花陽(やっぱりこの世界は私が元いた世界とは違う世界なんだ)

凛「とりあえず橋を渡るときは息を止めること! じゃないと魔法が解けてみんなに見つかっちゃうからね。まあよくって三十秒くらいだから心配しなくて大丈夫だよ」

花陽「それくらいならなんとかなる、かな?」

凛「よし、それじゃあ息を大きく吸って――」

花陽「すぅぅぅ」

凛「はい、止めて」

花陽「ぐっ」

橋を渡る間、花陽は周りを神様に囲まれて落ち着かなかった。神様以外に人間に近い恰好をした者も見かけられたが、その風貌はどこか蛙か蛞蝓のようで人間とはどこか様子が異なった。
橋の中頃まで進んだところで欄干にもたれ掛かっている少女とすれ違った。先ほどの「にこ」と呼ばれていた者と同じく、この世界では珍しいまともな人間の姿をしていた。
その少女はおっとりとした優しい眼差しで花陽たちが通り過ぎていくのをじっと見つめていた。

花陽(綺麗な娘だなぁ。あの子も人間なのかな?)
23: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/27(金) 22:02:02.62 ID:WRyvXhJL0
凛「あとちょっとだよ」ヒソヒソ

花陽「……」コクリ

なんとかバレずに済みそうだ。しかし……

にこ「あー! やっぱり凛じゃない!」

凛「にゃっ!?」

花陽「……っ!」

恵比寿様の案内を他の物に任せたのだろうか。にこはずんずんとこちらに向かってくると、花陽たちの前に立ちふさがった。

にこ「また、仕事さぼって外に出ていたんでしょう? 海未が緊急事態だなんのって大騒ぎで……」

花陽「……ぷはっ!」

にこ「なっ!? に、にんげ……」

花陽(ま、まずい! 見つかっちゃった!?)

パァァンッ!!

耳を劈くような破裂音と同時に辺りを強烈な閃光が包み込んだ。それは凛が咄嗟に繰り出した猫騙しだった。

凛「跳ぶよっ」

花陽「とぶ?」

思考よりも早く勢いよく腕が引かれ、花陽の体は宙に浮いた。そのまま地面を低く水平に飛行し、入り口の脇の小さな引き戸の中に忍び込む形になった。

にこ「にこぉ〜……お星さまがいっぱい見えるにこ〜……」ピヨピヨ
24: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/27(金) 22:05:49.20 ID:WRyvXhJL0
花陽「凛ちゃん、ごめん。私、息しちゃった……」

凛「かよちんは頑張ったよ。悪いのは全部にこちゃんにゃ」

花陽「でも、そのせいで大騒ぎになっているみたいだし」

庭の茂みからそっと湯屋を窺うと、障子の向こうを従業員がバタバタと忙しなく走り回っていた。

「人間が忍び込んだというのは本当なの!?」

「凛様! 凛様はどこですの!」

凛「かよちん、よく聞いてね。凛は今からみんなの前に出て行って注意を引き付けるよ。かよちんは騒ぎが静まったらこの奥にもう一つある引き戸から外に出るの。その先はずっと下の方まで続く階段になっているから、一番下まで降りて行って。そこにボイラー室の扉があるから中に入って希ちゃんって人に、ここで働かせて欲しいってお願いするんだ。断られても何度も粘るんだよ」

花陽「のぞみちゃん?」

凛「会えばわかるよ。この世界では仕事を持たない人は動物にされちゃうんだよ」

花陽「そんな……それじゃあやっぱりお父さんもお母さんも……」

凛「大丈夫。元に戻す方法はきっと見つかる。だから、今は自分のことだけを考えて」

花陽「凛ちゃん……ありがとう。何で凛ちゃんは見ず知らずの私にこんなに良くしてくれるの?」

凛「……困っている人を見過ごすわけにはいかないよ。それに……」

「だめです! もう屋内のどこを探しても見つかりません」

「それなら外を探しなさい! きっといつものように出歩いておられるのです」

凛「もう時間がないみたい。とにかく、凛はかよちんの味方だから。それだけは忘れないで」

花陽「ま、まって」

花陽の言葉に対してグッと握り拳を作ってエールを送ると、凛は背中を向けて湯屋の方へと去っていった。


凛「凛はここにいるよ! ただいま戻ったにゃ!」

「り、凛様! 湯屋に人が忍び込んだみたいですの」

凛「知ってるよ。ちょうどそのことで外に出ていたんだ」


花陽「凛ちゃん……」グスン

花陽「こんなところで泣いている場合じゃないよね……!」

涙を腕で拭い、頬を両手で軽くたたいて喝を入れると、静かに一歩を踏み出した。
27: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/30(月) 01:15:54.66 ID:JJadS8yV0
花陽「ひゃぁぁぁ……」

引き戸の向こう側は外壁に沿うように取って付けられたような木製の階段が見下ろす限り果てしなく下まで続いていた。
手すりすらついていないその階段の外側に一歩でも踏み間違えれば谷底に飲み込まれてしまうだろう。

花陽「こんな階段だなんて聞いていなかったよ……」

花陽の目からはまた今にも涙が零れてきそうだった。

花陽「ゆっくり、慎重に。怖くない、怖くない」

腰を低くしてじりじりと着実に階段を降りていく。

花陽「ふぅ、結構降りてきたかな?」

ひょいと上を見上げると、まだまだ建物一階分ほどしか下れていなかった。
既に体中は冷や汗でべったりだった。

花陽「う、うそ……たったこれだけ?」

階段は無限に続くように感じられた。

花陽「このままじゃまずいよね。何かいい方法はないかなぁ」

花陽「と、とりあえず、立ち上がって……」

ギギィ

板張りの床は少し態勢を変えただけでも軋んでしまうほど劣化が進んでいるようだ。

花陽「うぅ……こんな時は……そうです! 歌でも歌いながら進んでいこう!」


花陽「だって〜可能性感じたんだ〜、そうだ〜すす〜め〜♪」

花陽「後悔したくない、目の前に〜僕らの〜道がある〜♪」

花陽(うん、いい感じ! なんか調子でてきたかも!)

花陽「れっつごー!」タッ

床「ドゥーン」バキッ

花陽「あー……わわわわわ!?」

花陽(ゆ、床が抜けて……びっくりして思わず走り出しちゃったけど……)ダダダダダ

花陽(足が勝手に前に進んで止まらないよ〜っ!)ダダダダダ

花陽「ダレカタスケテー!!」ダダダダダ
28: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/30(月) 01:56:57.33 ID:JJadS8yV0
花陽「ぜぇぜぇ……結局一番下まで来ちゃった……。まぁ、早く辿りつけたし結果オーライだねっ。それで、ボイラー室の扉ってこれだよね? ……お邪魔しまーす」ギィ

花陽(うっ、暑い……。見たことのない機械がいっぱいあるし、ボイラー室ってこんななんだ)

太いパイプがいくつも複雑に絡み合い、タンクのようなものからは蒸気が絶え間なく噴き出している。
そして、部屋の中央にある巨大な炉は真っ赤な舌をチラチラと揺らしており、その前にはそれをじっとのぞき込む少女の姿があった。

花陽(あれが希ちゃん、だよね? ずっと炉の中を覗いてるだけで動かないみたいだけれど……何してるんだろう?)

しばらく様子を窺っていると、ひとりでにカラカラと回り続ける歯車、自動で切り替えられるいくつものレバーとボタン。それらはすべて宙に浮かんだ半透明の四本の手で操作されていることに気付いた。
そして、それらを動かしているのは他でもない希という少女である。

花陽(ま、また変な人だよぉ。どうしよう……声を掛けてあの手で掴まれたりしたら)

それでもこちらに一向に気付きそうもないボイラー室の主に声を掛ける以外道はなかった。

花陽「あ、あのぉ……」ボソッ

希「……」

花陽「あ、あのっ!」

希「んっ……? おお、これはこれは可愛いお客さんやんな」

希は花陽の方に振り向くと、レバーを握っていた魔法の手を止めて、それで花陽の頭を撫でてきた。

花陽「ひゃぁぁぁ!?」ビクッ

希「わっ! びっくりしたぁ……」

花陽(びっくりしたのはこっちだよ!)
29: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/30(月) 02:19:09.98 ID:JJadS8yV0
希「それでウチになんか用なん?」

花陽「あ、それは、えっと……。いきなりで図々しいかもしれないんですが、ここで働かせてくれませんか?」

希「え、ここで? ……ん、よく見ると君……なぁるほどね。ふんふん、それでかぁ」

花陽「??」

そこに四つの木の札が送られてきた。

希「げげっ。何も四つも同時に送ってこんでもええのになぁ。さぁて、おチビちゃん達〜仕事仕事〜!」

カンカンッとハンマーで炉の淵を叩くと、壁際にかまぼこ状にあいたいくつもの穴から小さな何かがうじゃうじゃと出てきた。
真っ黒のもっさりとした毛むくじゃら。そいつらに手足が生えて、自分たちの何倍も大きな石炭を運んでいるのだ。

花陽(な、なにこれ〜! ……ちょっと可愛いかも)

チビたちはすいすいと石炭を運んでいくと、炉の中に投げ込み再び元のかまぼこの穴へと戻っていき、また石炭を運んで――という作業を淡々とこなしていく。
花陽はそれを興味津々に見つめていた。
すると、その中で一際大きな石炭を運んでいた一匹がさすがに重みに耐えきれなくなったようで、持っていた石炭に押しつぶされてしまった。

花陽「大丈夫っ!?」

石炭の下で手足をばたつかせて必死でもがく仲間の横を我関せずと通り過ぎていく同僚たち。

花陽(な、なんとかしなくちゃ!)
30: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/30(月) 02:44:43.78 ID:JJadS8yV0
花陽「今どかしてあげるからね! よいしょ……って、あれぇ? ふーんぐぐぐぐ……」

花陽(すっごく重い!?)

花陽「ぐぐぐぐ……なん、とか、少しだけ……」グィ

潰されていたチビは目を回したように立ち上がるとふらふらと穴の中に帰って行ってしまった。

花陽「え? ちょっと、これ。どうすればいいの?」

チビ達は一瞬立ち止まって花陽の方を見たが、すぐに自分たちの仕事へと取りかかった。

希「おやぁ? 君、手伝ってくれるん? おおきに♪ 忙しいからちゃちゃっと頼むわ!」

花陽「え、え?」

希「仕事、したいんやろ?」

希は今度はこっちを振り返らなかったが、その背中からは無言の圧力を感じる。

花陽「は、はいっ!」

花陽は明らかに石炭の質量を超越したそれを腰を曲げながら懸命に炉の前まで運んでいった。
炉の口は閉じたり開いたりを繰り返し、そのたびに物凄い熱気を放出していた。
炉が口を開けるのはほんの一瞬だ。

――この世界では仕事を持たない人は動物にされてしまうんだよ。

凛の言っていた言葉が脳裏をよぎった。

花陽「えいっ!」

ゴトンッと鈍い音と共に炉の中に石炭が投げ込まれた。

花陽「やった……!」ハァハァ

花陽(ああ、仕事ってこんなに大変なんだ)

家の手伝いで洗濯や皿洗いをしたことはあった。しかし、そのどれよりもこのわずかな距離石炭を運ぶ作業の方がキツかった。
これは生まれて初めて花陽がした仕事であったのだ。
31: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/30(月) 03:04:52.60 ID:JJadS8yV0
花陽(何はともあれ、これで私にも仕事ができたんだね!)グッ

小さくガッツポーズを作る花陽。その様子をみたチビ達はお互いに顔を見合わせている。
不意にその中の一匹が持っている石炭を自分の頭の上から落とした。
じたばたともがき苦しむチビ。それを見た周りの仲間たちも同じように自分の頭の上に石炭を落とす。
そこら中でカタカタと石炭の下で助けを求める大勢のチビ達。

花陽「みんな!?」

希「なんやこれは……。おチビちゃん達! ちゃんと仕事しぃや!」

「「キィー! キィー!」」

希「なぁっ!? なんや、文句があるんやったら日本語喋れ、日本語! あほぉ! おたんこなすぅ!」

「「キィー!!!」」

希「はい、何言ってるかわかりませーん。ばーか、おちびー、まっくろくろー」

ガラッ

真姫「ご飯持ってきたわよー。……って、はぁ……また喧嘩してるの?」

希「あ、真姫ちゃん。ふぅ、おチビちゃん達ー! 喧嘩はあと。ご飯のお時間やでー!」

「「キィー!!」」
32: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/31(火) 01:42:07.55 ID:rWD/C+3u0
希「真姫ちゃん、いつもありがとなー」

真姫「まったくよ。この時間は食事係が忙しいから時間の空いている音楽係が従業員の分の食事を運ぶしかないってのはわかるけれど……なんで、このナンバーワン奏者のマッキーまで配膳しなくちゃならないのよ!」

希「ストレス溜まってるみたいやなー。何かあったん?」

真姫「別に! 今日来た客が食べて飲んで騒いで私の演奏なんて興味なしみたいなそんな感じが気に入らなかったとそんなんじゃないから!」

希「説明ありがとな」

真姫「はぁ……確かに音楽係は最近できたばかりだし、みんなお風呂や食事を目当てに来ているんだろうけれど、何もあんなあからさまにしなくったっていいじゃない」ブツブツ

真姫は金平糖をばらまきながら愚痴を言い、それを希は食事を摂りながらニコニコと嬉しそうに聞いていた。
床にばらまかれた金平糖はチビ達の大好物であり、押し合いへし合いの大乱闘が繰り広げられた。
その戦場から少し離れたところにポツンと一匹、ウロウロとその場を行ったり来たり繰り返しているチビ助がいた。

花陽(あの子、一匹だけご飯にありつけていない。きっと争い事が苦手なんだ)

花陽「ねぇ、真姫……ちゃん? 金平糖を一つ分けてくれないかな?」

真姫「……」ぽかーん

花陽「あれ? 真姫ちゃんで合ってるよね?」

真姫「な、な、な……」
33: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/31(火) 01:56:17.02 ID:rWD/C+3u0
真姫「なんでここに人間がいるのよっ!? う、上で散々噂になっていたのよ!」

希「あー……真姫ちゃん。実はその子はウチの友達のお母さんの妹の親戚の娘なんよ」

真姫「ほぼ他人じゃない!!」

花陽「あ、あのぉ、金平糖を……」

真姫「な、何よあなた。こんなもの食べたいの?」

花陽「えっと……だめかな?」

真姫「べ、別にいいけど!」

花陽「ありがとう♪」

花陽は真姫から金平糖を受け取ると、未だに片隅でうろたえているチビにそれを差し出した。

花陽「ほら、おチビちゃん。貰ってきてあげたよ!」

「き、きぃ〜?」

花陽「うん、あげるよ。どうぞ」

「きぃー♪」

花陽「ふふ、喜んでくれてよかった♪ みんな、このおチビちゃんとも仲良くするんだよ?」

「「キィーー!!」」
34: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/31(火) 02:26:50.11 ID:rWD/C+3u0
真姫「……希、そろそろちゃんと説明してくれないかしら」

希「説明なぁ……。実はウチもさっき突然来て、ここで働きたいって言われて困っていたんよ」

真姫「ふーん、ここでね」

花陽「えっ? ここで働かせてくれるんじゃないんですか?」

希「うーん、働かせてあげたい気持ちもあるんやけど、人手は足りとるしなぁ。おチビちゃん達、見かけによらず力持ちやし」

花陽「そ、そこをなんとかお願いします! さっきだってちゃんと最後までお仕事できましたし!」

希「……あんな? ここのおチビちゃん達も仕事をしているから今の姿でいられるわけで、君がその仕事をとってしまったらどうなるかわかる?」

花陽(……仕事を持たないものは動物に変えられちゃうんだよね)

希「大体お察しの通りやで。この子たちは仕事をするために魔法の力でただの炭から命を授かったんや。仕事を無くしたら元の炭に戻ってしまう」

真姫「ま、あなたがその子を犠牲にしてでも働きたいっていうならそれはそれでいいんじゃない?」

真姫は顎で先ほど花陽が金平糖を分けてあげたチビを指した。
チビは真姫の言葉の意味を理解していないようで、無邪気に金平糖をかじっていた。

花陽「それは……」

真姫「できないんでしょ」

花陽「じゃ、じゃあ、私はどうしたら……」
35: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/31(火) 02:27:44.78 ID:rWD/C+3u0
希「ねぇ、真姫ちゃん。その子を海未ちゃんのとこに連れて行ってくれん?」

真姫「はぁ!? できるわけないでしょ? 私がどうなるか堪ったもんじゃないわ!」

希「まあまあ、こいつでどうや?」

真姫「それは……ランチパックのトマトソース煮込みハンバーグ味!?」

希「せやせや。ほーら、このソースが生地からベッタベタに染み出してる感じ。ほっぺたが落ちてしまいそうやで〜?」

真姫「ぐぬぬ……しょ、ショウガナイワネ!」

希「ニシシ、交渉成立やね〜♪」

真姫「ふんっ、今回だけだからね。そっちの子、ついてきなさい」

花陽「は、はいっ! ありがとうございます!」

真姫「はぁ……私にお礼言ってどうすんのよ。希にお世話になったんでしょ?」

花陽「あ、はい! 希ちゃん、ありがとうございました!」

希「ふふ、きっと上手くいくよ。カードがウチにそう告げるんや!」

希の魔法の手にはいつの間にか『運命の輪』が握られていた。
37: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/03(金) 02:29:24.63 ID:wKgXt7Vt0
真姫「私は真姫。あなたの名前は?」

花陽「花陽です」

真姫「花陽ね。今から行くのはこの湯屋を仕切っている魔女のところよ。怒らせると……っていうかいつも怒っているけど、とにかくどんなに怖くても泣いたりしたらダメだからね?」

花陽「はい、気を付けます」

二人がエレベータに乗り込み、真姫がレバーを下げるとエレベーターは地上に向けて上昇を始めた。

真姫「エレベーターを降りたら私の後ろにぴったりと着いてくるのよ? あと、従業員とお客さんに見られないように注意して」

花陽(大丈夫かなぁ、上手くいくかなぁ……)

真姫「返事!」

花陽「は、はい!」

チーン

真姫「……」キョロキョロ

真姫「オーケー、行くわよ」

花陽「はいっ」
38: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/03(金) 02:39:02.90 ID:wKgXt7Vt0
「いらっしゃいませ〜! お早いおつきですねー!」

「お風呂は一階、お食事は三階となっております」

花陽(す、すごい人だよ……。見つからないように進めるかな?)

真姫「このエレベーターに乗るわよ」ヒソヒソ

花陽「はい」

上昇していくエレベーターからは一階の浴場が一望することが出来た。プールのように大きな風呂釜の中には神様が気持ちよさそうに浸かっており、従業員はその体を洗ったりお酒を運んだりと身の回りの世話をしていた。

花陽「従業員、女の人ばっかりだ」

真姫「それは、そういうお店だからね」

花陽「?」

真姫「着くよ」

チーン
39: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/03(金) 02:50:08.45 ID:wKgXt7Vt0
二階は調理場が主体となっているようだった。豪華な盛り付けがされたお皿と空になった食器が忙しなく回転していた。

「十二番様のお料理はまだなの!?」

「あとちょっとー! あ、これ仕上げお願い!」

「もう! 人手が足りないよー! こんなに忙しいのに料理長はどこ行ったの?」

「あー、なんか恵比寿様の担当にまわっているらしいよ」

真姫「みんな仕事で忙しそうね。チャンスよ」

ほとんど誰ともすれ違うことなく次のエレベーターに乗り込むことが出来た。

真姫「もう一回乗り換えるからね」

花陽「はい」

「あ、ちょっと待ってー!」

花陽「!」ビクッ

真姫「こっち来なさい」ボソッ

真姫は花陽を背中の後ろに押し込んだ。
40: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/03(金) 03:13:58.99 ID:wKgXt7Vt0
花陽「!」ビクッ

真姫「こっち来なさい」ボソッ

真姫は花陽を背中の後ろに押し込んだ。

ヒデコ「ふぅー間に合った。って、真姫ちゃんじゃん」

両手に大きなお皿を持った従業員が乗り込んできた。

花陽(うっ凄い匂い……一体なんのお料理?)

ヒデコ「今日の演奏は?」

真姫「はぁ……散々だったわ」

ヒデコ「まあ、音楽隊はこれからだよ。元気出して!」

真姫「ありがとう」

チーン

真姫「お先にどうぞ」

ヒデコ「お、あんがと。悪いね」

真姫「気を付けて運んでね」

ヒデコ「うん、そっちもね!」

まきぱな「!!」
41: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/03(金) 03:20:35.87 ID:wKgXt7Vt0

真姫「なっ、それってどういう……」

花陽(も、もしかしてバレた!?)

ヒデコ「? どういうって、新しい洋琴が届いたってバタバタしていたから、それを運ぶのを手伝うんじゃないの?」

真姫「あ……あー! そう、そうなのよ! 気を付けて運ばないとね、あはは」

ヒデコ「ふふ、なんだか今日は変な真姫ちゃんだね。そいじゃ」

真姫「え、ええ。またね」


真姫「……びっくりしたわ」

花陽「心臓が止まるかと思ったよ……」

真姫「料理の匂いのおかげかもね。さ、ゴールは目の前よ」
42: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/03(金) 03:32:26.12 ID:wKgXt7Vt0
三階の中央は吹き抜けになっていて一階までを見下ろすことが出来た。その周りの部屋は宴会場になっているようで太鼓や琴の演奏に交じって大きな笑い声が漏れてきていた。

真姫「よし、あとはこれで上まで行けば……」

「恵比寿様、お料理の方はいかがでしたかー? 次は上にご案内しますねー♪」

真姫「まずい。花陽、乗って」ヒソヒソ

花陽「う、うん」

にこ「あれぇ〜真姫ちゃん? 恵比寿様、ちょっとお待ちくださいね〜」

恵比寿様「うむ」

にこ「真姫ちゃん探してたんだよ? せっかくだから恵比寿様に最高の演奏を聴かせたかったのに」

真姫「あら、そうだったの? 悪かったわね」

にこ「もう過ぎたことだからいいにこよ〜。あとは上に引き継ぐだけだし」

真姫「ちょうど私も上に行くところだったから、代わりにご案内するわよ?」

にこ「えー、せっかくここまで来たし、最後まで私がご案内するにこよ〜」

真姫「べ、別にいいわよ! ……そうだ、にこちゃん調理場の人手が足りないってみんな騒いでいたわよ? 早く行った方がいいんじゃない?」

にこ「えっ、みんなが? う〜ん、どうしよっかなぁ」

花陽(お願い、来ないでぇ〜……)

にこ「う〜ん……ん? くんくん……。真姫ちゃん、なんか匂わない?」
43: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/03(金) 03:44:48.03 ID:wKgXt7Vt0
真姫「い、いきなり何よ。失礼ね!」

にこ「ううん、なんだかいい匂い」クンクン

真姫「……気のせいじゃない?」

にこ「くんくん。いや、気のせいじゃない。これは……人の匂いよ。真姫ちゃん、何か隠してるでしょ?」

花陽(まずい。バレてる)

にこ「さあ、白状するにこよ!」

真姫「……もしかして、これの匂いじゃない?」スッ

にこ「そ、それは……ランチパックのトマトソース煮込みハンバーグ味っ!? ちょ、ちょーだい!!」

真姫「ダメよ。私も頼まれごとしてるの」サッ

にこ「ちょーだい! お願い!」ピョンピョン

真姫「だーめっ」

にこ「せ、せめて欠片だけでも!」ピョンピョン

真姫「ふふ、ほらほら届かないの?」ニヤニヤ


恵比寿様「……まったく、客の案内もすっぽかして。なんと強欲な少女と傲慢な少女よ」

花陽「あ、あのぉ……このエレベーター上に行くみたいなんですけれど……よかったら乗りませんか?」

恵比寿様「……」

花陽「あ、いや! その……ご迷惑なら全然いいんですけれど……」

恵比寿様「うむ、乗せてもらおうぞ」
44: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/03(金) 03:51:34.71 ID:wKgXt7Vt0
恵比寿様と人間の少女。二人を乗せたエレベーターは静かにゆっくりと上を目指す。

花陽(恵比寿様、近くで見るとおっきいな。二メートル以上はあるよね)

横目でチラリと窺ってみると同じく横目でこちらを見下ろしてきた恵比寿様と目が合ってしまった。

花陽(うぅ、気まずい……。早く着いてぇ)

チーン

四階は薄暗い廊下がずっと奥まで続いていた。その脇には個室が並んでおり、障子の向こうからは怪しい光が漏れていた。

花陽(ここじゃ……ないよね?)

恵比寿様「……」

花陽(恵比寿様は降りないのかな?)

あたふたしている花陽を尻目に恵比寿様はレバーを引いて、エレベーターをさらに上へと進めた。
45: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/03(金) 04:29:30.55 ID:wKgXt7Vt0
天上。そう書かれた扉を見て花陽は目的の頂上に辿り着いたことを確信した。
おそるおそるエレベーターから降りてみると、目の前の立派な扉以外には何もなかった。

恵比寿様「頑張るのだぞ」

花陽「あ、ありがとうございます」ペコリ

恵比寿様はそう言い残すとエレベーターから降りずにそのまま引き返していった。

花陽(きっと恵比寿様にはすべてお見通しだったんだろうな)

改めて扉へと向き直ると、その存在感に圧倒されてしまった。扉の上には昼間の随神門と同じように竜の彫刻がなされていた。
しかし、それは随神門の猛々しい竜とは異なり、すらりと長く美しい青龍であった。

花陽「すぅー、はぁー……」

大きく深呼吸。

花陽「……よしっ」

そして、覚悟を決めて扉のノブに手をかけた。

「ノックもしないのですね」

花陽「……!!」
46: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/03(金) 04:30:48.56 ID:wKgXt7Vt0
花陽は固まってしまった。というのも、彫刻だと高を括っていた竜の彫刻。それが言葉を発したのであった。
一本筋が通った刃のような女性の声は美しい青龍に違和感なく馴染んでいた。

「礼に始まり礼に終わる。武道の基本です。……まぁ、いいでしょう」

重たい音と共に魔法が掛けられたように扉はひとりでに開いた。

『おいでなさい』

花陽「……」ゴクリ

その声は本来なら届くはずがない距離から発せられたに違いない。だが、脳内に直接語りかけられたような、地の底から響くような、ずっしりとした圧力が込められていた。

『おいでな……さい!』

花陽「ピャァ!?」

突然見えない手でぐぃっと胸倉を掴まれると、長い廊下を引きずられるようにして花陽の体は攫われていった。


花陽「ひゃぁぁ!?」ドサッ

部屋の奥の分厚い絨毯の上に花陽は投げ出された。

海未「ようこそ。……歓迎はしていませんが」

青髪の魔女は冷たくそう言い放った。
49: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 18:09:22.06 ID:r6+oUm4n0
花陽(この人が海未さん……?)

海未はきちっと整理されたデスクで書類の作成を行っていた。

花陽(すっごい美人さんだ。魔女って言うからお婆さんみたな人を想像していたけれど、見た目は私とほとんど変わらないみたい)

花陽はしばらく見惚れていたが、はっと我に返ると、当初の目的を果たすべくいそいそと立ち上がった。

花陽「あの……ここで働かせてください」

しかし、海未は花陽の声が聞こえていないのか、淡々と作業に耽るのみでこちらに目をくれる気配はなかった。

花陽(声が小さかったのかな? よーしもう一回)

花陽「あのっ! ここで働かせて……」

ズドンッ!

花陽「?? …………っ!!」

はじめ花陽は何が起こったか理解できなかった。突然背後の壁に何かが突き刺さるような音が聞こえたと思ったら、遅れて顔の横を鋭い風が通り抜けていった。
振り返るとそこには深く弓矢が突き刺さっていた。

海未「……何か言いましたか?」
50: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 18:16:13.94 ID:r6+oUm4n0
花陽「……あ……ぁあ……」

海未「ふふ、声も出ないようですね」

壁に刺さった矢は細かい水の粒に分解され、海未の掌の中に戻っていった。

海未「この湯屋はですね、八百万の神様方が疲れた心を癒しにくる神聖な場なんです。それなのにあなたのご両親は神様への供物を豚のように貪り食い、汚してしまった。……私はとても怒っているのです」

海未「そもそも人間というものは皆、欲望に塗れた下種な生き物です。この街に存在すること自体が重たい罪なのです。なので、あなたも子豚にでも変えてあげましょうかね」クスクス

花陽は海未の意地の悪い言葉を聞き、上手く交渉の勝機を見出すことが出来ずに途方に暮れてしまった。

――どんなに怖くても泣いたりしたらダメだからね?

真姫の言葉を信じて必死に耐えることしかできなかった。

海未「……ふむ。どうやらあなたに協力した者がいるみたいですね。そうでもなければここまでの道はなかなか困難だったはずです。その者はきっと優しい心の持ち主なのでしょう。褒美をやらねばなりませんね!」

海未「さあ、怖がらなくてもいいですよ。その者の名前を教えてください」ニッコリ

花陽(嘘だ。きっと名前を教えたら真姫ちゃんも希ちゃんも凛ちゃんもひどい目に遭うに決まってる。私が勇気を出さなくっちゃ!)

花陽「ここで働かせてください!」

海未「まだ言うのですかっ!!」

花陽「ここで働きたいんです!!」

海未「っ! ……身の程をわきまえなさいっ!!」
51: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 18:18:56.01 ID:r6+oUm4n0
海未はデスクの上に飛び乗ると、花陽の足元すれすれに矢を放ってきた。

花陽「あ、あぶな……」

花陽が後ずさると再び足元に。とうとう花陽が壁際まで追いつめられると、今度は首、脇腹、両手両足すれすれに矢を突き立て、磔にされたような恰好で動けなくされてしまった。

海未「なんですか? この体は?」ガシッ

いつの間にか目の前に詰め寄ってきた海未は花陽の服の中に手を突っ込むとお腹の贅肉を掴んだ。

海未「何ですか? この腕は?」ギュッ

今度は二の腕の肉を思い切り抓ってきた。

花陽「い、痛っ」

海未「こんな弛み切った体で働くなどよくもぬけぬけと……! 恥を知れっ!!」

龍の鬣のように逆立った頭髪と燃え上がった瞳からは殺気立った怒りが溢れんばかりだった。

海未「それとも、この店で一番きつくてつらーい仕事を死ぬまでやらせてあげましょうか!?」

花陽の頭の中には何故か湯屋の四階で見た光景が思い出されていた。あの襖の向こう側には一体何が――。
花陽の目じりにはうっすらと涙が浮かび上がってきて今にも零れ落ちそうになった。



「海未ちゃーん!!! お茶ーーー!!!」
54: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 20:39:39.47 ID:r6+oUm4n0
凄まじい駄々声が奥の部屋から飛んできて、その衝撃波だけでドアを吹き飛ばしてしまった。

海未「ほ、ほほほ穂乃果っ!?」アワアワ

穂乃果「はーーやーーくーー!!」

海未「はいっ! ただいまっ!」

海未は狼狽えた様子で急須と湯呑を用意すると奥の部屋へと消えていった。

穂乃果「おやつはー?」

海未「お饅頭でよければ」

穂乃果「えぇー!? 餡子飽きたー!」

海未「し、しかしまたパンばかり食べていると……」

穂乃果「えっ、パンもあるの?」

海未「いえ、ですからパンばかりでは……」

穂乃果「あるの?」

海未「……ありますが、しかし」

穂乃果「持ってきてーーー!!!」

再度衝撃波が起こると整理されていたデスクの書類をめちゃくちゃに吹き飛ばし、奥の部屋からは海未が転がるように這い出てきた。
ぼさぼさにかき乱れた髪としわくちゃになった服はさっきとはまるで別人だ。
55: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 20:50:21.82 ID:r6+oUm4n0
花陽(これは、もしかしてチャンス?)

花陽「あのぉ! ここで働かせてくださーい!」

海未「まだいたのですか!? 今はそれどころでは……」

穂乃果「まだーー?」

海未「は、はぃぃ!」

花陽「はーたーらーかーせーてーくーだーさーいー!!」

海未「わ、わかりました! わかったので静かにしててください!」

穂乃果「もーう、海未ちゃん遅いよ。自分で取りに来た……あれ、お客さん?」

海未「ほ、穂乃果!?」

奥の部屋から出てきたのはオレンジ色のサイドテールの少女であった。見た目はやはり海未や花陽と同年代ほどで、彼女の体のどこからあれほど大きな声が出せるのか不思議だった。

穂乃果「お、あったあった♪ ランチパック♪」モグモグ

海未「あぁ、またそんなに食べて……」

穂乃果「ぶぅー、別にいいでしょ。穂乃果、太んないし」mgmg

海未「見た目は、でしょう?」

穂乃果「……」もぐもぐ
56: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 21:01:36.06 ID:r6+oUm4n0
あっという間にランチパックの空袋が床にどんどん積み重なっていき、二十袋目に穂乃果が手を伸ばしたときであった。

海未「そこまでです」ガシッ

穂乃果「えっ、海未ちゃん……?」

海未「今まで甘やかしてきたこと実に3248回。いつもいつもいつもいつも……いつも! 私が怒鳴っては泣き叫んで喚いて、渋々その我が儘を認めてきましたが、今日という今日は堪忍袋の緒が切れました。……ダイエットです!」

穂乃果「だ、ダイエットだって!?」

海未「その通りです。言っておきますが、またいつものように喚いても無駄ですよ? ランチパック農家の従業員には全員休暇を言い渡したので今頃南の空の彼方でしょう」

穂乃果「えぇー!? ランチパックおじさん達が!? ひ、ひどい……鬼め……」

海未「鬼はあなたの方です、穂乃果。あなたの膨大な消費量に追いつかせるために過酷な労働環境で毎日休むことなくランチパックを作り続けたおじさん達のことを少しでも考えたことがありましたか?」

穂乃果「そ、それは……」

海未「とにかくです! あなたがダイエットに成功するまではランチパックおじさん達が帰ってくることはありませんからね。堪忍しなさい!」

穂乃果「そんな〜……でも、具体的にダイエットって?」

海未「湯屋で働いてもらいます」

穂乃果「湯屋で? それなら調理場で――」

海未「ダメです。つまみ食いをするつもりでしょう。風呂掃除などしっかり体を動かせる場所で働いてもらいます」

穂乃果「なんてこった……」
57: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 21:43:55.76 ID:r6+oUm4n0
海未「そこのあなた」

花陽「は、はい!」ビクッ

花陽(忘れられていると思ったよ)

海未「契約書です。穂乃果にチャンスを与えるようにあなたにもチャンスを与えましょう。ただし、一度でも泣いたり、帰りたいなんて言ったら……わかりますね?」

花陽「はい、ありがとうございます!」

穂乃果「海未ちゃん、この子も一緒に働くの?」

海未「そうです。あなたとは同期になるんですよ」

穂乃果「そっか、よろしくね! 私は穂乃果!」

花陽「私は花陽です。よろしくお願いします!」

海未「挨拶はいいので早く書きなさい。どうせ名前などすぐに意味無くなるのですから」

花陽「は、はい!」

花陽「えっと……名前と、アンケート?」

海未「健康診断みたいなものです。はいかいいえで回答してください」
58: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 21:45:28.03 ID:r6+oUm4n0
花陽(1.間食をよく摂る……いいえ。こう見えて三食しっかり食べて間食は摂らないんだよね)

花陽(2.ちょっとしたことでイライラすることが多い……いいえ。性格はかなり温和なほうかな)

花陽(3.他人の能力が自分より劣ると安心する……いいえ。健康診断って心理的なものも含んでいるんだね)

花陽(4.人の持っているものが無性に羨ましい……いいえ。割とあるもので何とかしようとするタイプなんだ)

花陽(5.最近なんだかやる気が出ない……いいえ。努力って大切です)

花陽(6.欲しいものがあったら手段は問わない……いいえ。なんだかちょっと質問が怖いような……)

花陽(7.週に三回以上自慰行為を……って、ないないないですぅ!///)

海未「ご、ごほん。書けたでしょうか?」

花陽「はい」

花陽(海未さんも察しちゃってるよ!)

花陽の手をすり抜けて契約書は海未の元へと飛んで行った。
59: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 21:50:23.68 ID:r6+oUm4n0
海未「小泉花陽、ですか。ハナヨ……ハナヨウ……カヨウ……」

花陽が書いた文字はインクとなり、海未の言葉通りにその形を変形させていく。

海未「ふむ、こんなところでしょうか」

花陽の名前はやがて新しい二文字となって浮かび上がった。

海未「今日からあなたの名前は『カヨ』です」

花陽「カヨ……?」

海未「はぁ……返事をしっかりなさい、カヨ!」

カヨ「は、はい!」

海未「よろしい。それでは、カヨ。あなた、何か得意なことってありますか?」

カヨ「得意なことですか?」

カヨ(ど、どうしよう……?)

1. 料理
2. 音楽
3. 風呂掃除

安価下
61: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 21:59:01.66 ID:oIjDNYts0
3かな

ちなみ1だとにこちゃんとか2なら真姫ちゃんとか?
64: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/09(木) 23:24:29.05 ID:pxUGm+Ya0
カヨ(得意なことかぁ……。そういえば私は家では風呂掃除が担当だったんだよね。ここは湯屋だし少しくらいは力になれるかも?)

カヨ「えっと、お風呂掃除なら家でよくやっていました」

海未「風呂掃除ですか。それなら丁度いいですね。穂乃果、今日からあなたはカヨと一緒に一階の風呂掃除を担当してください」

穂乃果「了解! 改めてよろしくね! はな……じゃなかった。カヨちゃん!」

花陽「うん、よろしくね、穂乃果ちゃん!」

「海未様、お呼びですか?」

カヨ(あ、凛ちゃんだ……!)

海未「凛。新入りですよ。世話をしてやりなさい」

凛「ふ〜ん、名前はなんていうの?」

カヨ「は……カヨです」

凛「カヨ? それじゃあ、カヨ。一緒にきて」

カヨ「え……はい」

穂乃果「ねぇ、海未ちゃん。穂乃果はー?」

海未「穂乃果は部屋で必要な荷物をまとめなさい。今日から下で生活をするのです」

穂乃果「えぇー!? それじゃあご飯は?」

海未「もちろん従業員用のものをみんなと一緒に食べるのです」

穂乃果「うへぇ……先が思いやられるよ」

海未「頑張ってください。その……たまには帰ってきてもいいので」

穂乃果「! うん、穂乃果頑張るねっ!」
65: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/09(木) 23:36:11.20 ID:pxUGm+Ya0
凛「今から一階に向かうよ。他のみんなに紹介するから」

カヨ「うん」

凛「返事は『はい』だよ」

カヨ「……はい」

つい一時間ほど前まで凛と花陽の間に流れていた和やかな空気はもはや微塵もなく、気まずい時間が過ぎていった。

カヨ「ねえ、凛ちゃん?」

凛「しぃー。無駄口は厳禁だよ。それから、凛のことは凛様って呼んで」

カヨ(凛ちゃん、どうしちゃったんだろう……)
66: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/09(木) 23:52:29.27 ID:pxUGm+Ya0
凛「はーい! みんなちゅうもーく! 今日から新しい仲間が増えまーす」

カヨ「初めまして、カヨです」

「えぇっ、人間!? そんな馬鹿な」

「ちょっとなんでよりによってうちのところに……。音楽隊のところにでもやっておけばいいのに」

凛「海未様からのご命令だよ。みんなお仕事教えてあげてね」

「誰が面倒みるの? 私は絶対いやだよ」

カヨ(……これから大丈夫かな)

穂乃果「おーい、お待たせー!」

「ほ、穂乃果様!? なぜこんなところに?」

「見て、穂乃果様よ。……久しぶりに見たわ」

凛「穂乃果様も今日からここで一緒に働くからね」

穂乃果「穂乃果だよ! よろしくお願いします!」

「そんな、あの穂乃果様が……! 一年中ランチパックを食べて部屋から出てこなかったのに」

穂乃果「あ、あはは……とにかく、今日からみんなは先輩だから穂乃果様じゃなくて穂乃果って呼んでほしいな」

凛「それじゃあ二人とも頑張ってね」

ほのぱな「はい!」
67: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/10(金) 00:06:00.50 ID:VmbIJHGR0
穂乃果「うわぁ、ここで寝るの……?」

十畳ほどの狭い和室には所狭しと布団が敷き詰められていた。

穂乃果「相変わらず労働環境ひどいなぁ。まあ海未ちゃん鬼だからねー。あ、実は穂乃果は前にもここで働いていたことがあったんだよ! ……三日間だけだけど」

カヨ「……」

穂乃果「確かここに……あったあった! ほら、着替えだよ。ちゃんと自分で洗ってね。あ、でも三日くらいなら洗わなくて全然オッケーだよー」ポイッ

カヨ「ねえ、穂乃果ちゃん」

穂乃果「んー? 何ー?」ゴソゴソ

カヨ「凛ちゃんって人、ここに二人いるの?」

穂乃果「凛ちゃん? 海未ちゃんの手下の? 二人もいるわけないじゃん」

カヨ「そうだよね……」

穂乃果「凛ちゃんはほとんど仕事もしないでぶらぶらしてるから海未ちゃんによく怒られてたなー。穂乃果とは毎日遊んでくれてたから好きだけど。なんか裏の仕事を任されているみたいで、たまに煙のようにいなくなちゃって……それで次の日にボロボロで帰ってくるんだよね」

カヨ「えっ?」

穂乃果「あ、ごめんごめん。今の内緒ね。忘れて!」

カヨ(凛ちゃん……)ガクッ

穂乃果「カヨちゃん? どうしたの!?」

カヨ「うぅ……」

カヨ(お父さん……お母さん……)

穂乃果「だ、大丈夫? お腹痛いの?」

緊張の糸が切れたと同時に今まで考える時間のなかった両親のことやこれからのことなど、数え切れない不安が濁流となって押し寄せてきた。
年端もいかない少女の小さな胸には耐えられたのも束の間、混沌の渦の中に意識は沈んでいった。
68: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/10(金) 00:22:32.90 ID:VmbIJHGR0
カヨは何もない薄暗い部屋で一人ぽつんと寝そべっていた。

カヨ(お腹空いたな……)

無性にお腹が空いて仕方がなかったが、部屋から出ることは出来なかった。
しばらくして部屋の扉が開け放たれると、明るい光とともに手が差し伸べられていた。

カヨ(う、海未ちゃん!?)

手を差し伸べているのは海未だった。しかし、その表情は穏やかな笑顔で恐れを全く感じさせなかった。
カヨは手を取った。

カヨ(つ、つい手を取っちゃったよ)

そのまま手を引かれ、無機質なコンクリートの通路をひたすらまっすぐと進んでいく。

カヨ「あ、あのぉ……どこへ行くんですか?」

海未「……」ニッコリ

カヨ「……?」

その途端、カヨの体は宙に投げ出され、そのまま数メートル下まで落下してしまった。

カヨ「うぅ、いててて……ここは……」

カヨが落ちたのは直径十メートル程の小さな円形のホールのような場所だった。地面はピカピカの真っ白の石造りで、すり鉢状という珍しい形だ。
四メートルほど上の壁に落ちて来たであろう横穴が開いているのが見えたが、既に海未の姿はなかった。

「おーい! カヨちゃーん!」

カヨ「この声は穂乃果ちゃん?」

穂乃果「そうそう、ここだよー!」

カヨ「上の方……? ……っ!?」

天上からは巨大な穂乃果が見下ろしていた。顔しか覗いていなかったが、その全体像はゆうに二十メートルは超えてそうだ。

カヨ「ほほほ穂乃果ちゃん!? そんなにおっきかったっけ!?」

穂乃果「うん! いっぱい食べたから! 普段のは仮の姿なんだ」

カヨ「そ、そうなんだ……。でも、なんで急に元の姿に?」

穂乃果「それはね……」
69: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/10(金) 00:27:27.17 ID:VmbIJHGR0
穂乃果はがしっとその大きな手でカヨを掴んだ。

穂乃果「カヨちゃんを食べるためだよ♪」

足元の白色のすり鉢状のホール。それは大きな大きなお皿だったのだ。

カヨ(ピャァァ!? 私いつの間にか豚さんになってる――!?)


――――――


カヨ「はぁ……はぁ……」

カヨは布団の敷き詰められた薄暗い部屋の片隅でガタガタと震えながら布団にくるまっていた。

カヨ(……嫌な夢みたな)

スゥ――

襖がそっと開けられて外の光が部屋の中に差し込んできた。
布団の合間を縫って誰かが静かに近づいてくる。

カヨ(誰か来る……!)

ぎゅっと目を閉じて一刻も早くそれが去ってくれるのを祈った。
頭の中には未だ夢の中での恐ろしい記憶がこびりついて取れなかった。
デジャブのような展開が振り払おうとしても嫌でもそれを予感させた。

「橋のところまでおいで。お父さんとお母さんに会わせてあげる」
70: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/10(金) 22:34:12.78 ID:VmbIJHGR0
カヨ(さっきの声、凛ちゃんだよね……?)

カヨは昨夜、湯屋へ忍び込んだ道順を逆に辿って、橋の前まで戻ってきた。

カヨ(あ、橋の真ん中に誰かいる。凛ちゃんかな?)

そう思って近づいてみると、すぐに別人であることがわかった。

カヨ(この人って昨日の夜もここにいたような……。見た感じ人間っぽいけれど)

謎の少女はカヨが近づくと、じっとこちらを見つめてきた。
その表情は笑っているようにも悲しんでいるようにもみえた。
何かを諦めたような、何かを待っているような、そんな感じもした。

カヨ「あの……」

いつの間にか無意識のうちにカヨはその少女に話しかけていた。

「あなた、私のことが見えるの?」

カヨ「え? あ……はい。もちろんです」

「へぇ〜……そっかぁ。嬉しいな♪」

無邪気に笑う少女はまるで地上に舞い降りた天使のようであった。
71: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/10(金) 22:47:46.13 ID:VmbIJHGR0
カヨ「あの、昨日の夜もここにいましたよね?」

「うん! 珍しく人間の子がいるな〜って見てたよ」

カヨ(見られていた!? 確か凛ちゃんの魔法で周りからは見えなくなっていたはずなのに)

カヨ「……あなたは何者ですか?」

「うふふ、なぁに? その質問」クスクス

カヨ「見た感じただのお客さんには見えないですし、人間……なんですか?」

「くすくす……変なの。わたしはことり。ただの普通のお客さんだよ」

カヨ「そうですよね……すいませんでした。また今夜ゆっくりしていってください」

ことり「うん、ありがとう♪」

カヨ「それでは失礼します」ペコリ

橋を街の方まで渡り切り、ふと再び橋の方を振り返ると、そこにことりの姿は無くなっていた。

カヨ(あれ? 何だか変わったお客さんだったな)

凛「かーよちん!」

カヨ「ひゃっ! あ……凛……ちゃん?」

凛「おはよ! さ、いこ?」ギュッ

カヨ「……うん!」
72: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/10(金) 23:01:14.79 ID:VmbIJHGR0
凛に手を引かれて綺麗な紫陽花並木を通り過ぎていく。普通の世界で見られるものとは種類が違うようで、ピンクや紫だけでなく、赤やオレンジ、黄色など暖色系も連なっていた。
そんな不思議な光景に気をとられて何度も躓いて転びそうになったが、その度に凛が立ち止まり支えてくれた。
小さいけれどたくましい背中に小走り気味に必死でついていくのはどこか懐かしさを感じさせられた。

凛「さあ、着いたよ」

そこは紛れもない豚小屋だった。わかっていた。わかっていたが……。カヨは恐る恐る柵へと近づいていった。
柵の向こうには丸々とした二頭の豚が寝転がっていた。

カヨ「お父さん……お母さん……?」

服を脱がされた二頭はもはや他の豚と区別はつかなかった。
カヨが凛の方に助けを求めるように視線を送ると、凛は黙ってうなずいた。

カヨ「お父さん、お母さん! 私……カヨだよ!」

少女の力強い訴えも虚しく両親のいびきが鳴りやむことはなかった。

カヨ「……っ! きっとここから出してあげるからね! それまであんまり太っちゃダメだよ! 食べられちゃうからね!」

涙を堪えきれそうになくなったので、それだけ叫ぶとカヨは豚小屋に背を向け走り出した。
73: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/10(金) 23:16:12.69 ID:VmbIJHGR0
凛「かよちん、元気出して。はい、これ」

それは紫陽花の花束だった。

カヨ「きれい……」

凛「かよちん、お花好きでしょ?」

カヨ「好きだけど……なんでそれを?」

凛「凛はかよちんのことなら何でも知ってるんだにゃー」

カヨ「何でも?」

凛「うん! 例えばお花が好きな理由は自分の名前にも入っているからだって」

カヨ「自分の名前……? カヨ……かよ……。ううん、凛ちゃん。それは違うよ。だってわたしの名前の中に花なんて文字ひとつも入ってないもん」

凛「にゃ? かよちんはおかしなこというにゃ。かよちんの名前は『花陽』でしょ?」

カヨ「はな……よ? ……私の名前? ……私の名前だ!」

凛「なーるほど。かよちんも忘れかけていたんだね。気を付けて。この世界で本当の名前を忘れると迷子になっちゃうんだよ」

花陽「私、カヨになりかけていた」

凛「そうみたいだね。……凛はね、迷子なんだ。どうしても本当の名前を全部思い出せない」

花陽「凛ちゃん……」

凛「でもね、この世界も楽しいから大丈夫! 穂乃果ちゃんやみんなもいるし! ……海未ちゃんはおっかないけど、それでも頑張ろうって決めたから!」

花陽「そっか、私も頑張らなきゃね!」
74: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/10(金) 23:26:54.63 ID:VmbIJHGR0
凛「うん! そうだ、かよちんのためにご飯作ってきたんだよ」

それはごつごつの不格好なおにぎりだった。

凛「凛はあんまり料理とか得意じゃないから……上手にはできなかったけど、かよちんが元気になりますよーに!って気持ちを込めて作ったから。その……食べてくれるかな?」モジモジ

花陽がひとつ手に取ると、おにぎりはボロッと半分に割れてしまった。

凛「あ……やっぱりもっと上手に作れるようになってから……」

花陽「はむっ!」パクッ

花陽は半分になった片方をあっという間に平らげると、残りのもう片方を。さらにもう一個と、次々におにぎりを頬張っていく。
その目からは大粒の涙がポロポロと零れていた。

花陽「もぐもぐ……うぇ〜ん!」ポロポロ

凛「か、かよちん? 不味いなら……そんなに無理して食べなくてもいいから!」

花陽「はむはむっ……ぐすっ……うわぁ……ん! おいしい……おいしいよぉ……!」

凛「かよちん……?」

花陽「あむっ……ひっく……なんでこんなにおいしいの……? ぐすん……泣いちゃいけないのに……涙がとまんないよぉ……うぇ〜ん……」

凛「大丈夫。今は凛と二人きりだから、好きなだけ泣いていいんだよ? 凛はいつでもかよちんの味方だから」

花陽「うぇーん……凛ちゃん……凛ちゃぁん!! 辛かったよぉ……怖かったよぉ……!! もう二度と帰れないんじゃないかって何度も思ったよぉ……! ありがとう……ありがとう……!」モグモグ

凛「あはは、よしよし。かよちんったら、泣くのか食べるのかどっちかにしなよ」

花陽「だっでぇ……」

凛「うんうん。いっぱい食べて! かよちんがおにぎり好きなのは知っていたから、実はおかわりもあるんだよ!」

花陽「凛ぢゃん……びぇぇん!!」
75: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/10(金) 23:40:18.84 ID:VmbIJHGR0
花陽「凛ちゃん、本当にありがとね!」

凛は橋の前まで花陽を送ってくれた。

凛「うん! お仕事頑張ってね!」

花陽「うん、凛ちゃんも! あ……あんまり無理しちゃダメだからね?」

凛「わかった!」

花陽(凛ちゃんのおかげで元気が出たよ! これから大変なことがいっぱいあるだろうけれど頑張ろうっと!)

橋から見上げる空はきれいに澄み渡っていて、晴れ晴れとした気分にしてくれた。

花陽「ん? ……わぁ!」

その染み渡った大空に美しい金色に輝く大きな鳥が羽ばたいていくのが見えた。

花陽「綺麗な鳥……何かいいことあるかも!」

新たな期待を胸に少女は走り始めた。


―――――――

―――――

―――


チュンチュン……

チュンチュン……
77: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/12(日) 20:55:03.56 ID:6hzhkqsk0
夕暮れ。昼間と対照的に空一面は灰色の雲に覆われていた。
ポツリ、またポツリと雨粒の落ちてくる間隔が短くなっていったかと思うと、本格的に雨が降り始めた。
そんな数十メートル先も霞んで見えないほどの霞の中をものともせずに突き進む一頭の青龍がいた。
そのわきに付き添うのは羽を生やした白馬――ではなく、頭を二つもつアルパカ、デュアパカであった。
二頭の奇妙なコンビは湯屋の頂上、窓が開け放たれた一室へと飛び込んでいった。

凛「おかえりなさいませ」

デュアパカは部屋に入るなり翼をもこもこの体毛の中へと畳み込んで、ブルブルと体についた水を振り飛ばした。

「私のいない間に何か変わったことはありませんでしたか?」

青龍は口を動かすことなく言葉を発した。これは聞き手の心に直接語りかける魔法の一種である。

凛「いいえ、特になにも」

「そうですか」

それだけ言うと竜は人間へと姿を変え、雨で冷えた体を温めるべくシャワールームへと入っていった。
しばらくすると心地の良いシャワーの音が聞こえてきた。

海未「そういえば、今日からですね。あの二人が働き始めるのは」

シャワールームの摩りガラスを一枚隔てた向こう側、美しい流線型のシルエットが凛に向かって語りかけてきた。

凛「はい」

海未「穂乃果はともかくとして、あの子……カヨはいつまで持ちますかね」

凛「……カヨならきっと大丈夫です」

海未「おや、あなたが人間に興味を示すなんて珍しい。しかし、一体何を根拠に?」

凛「カヨは海未様が思っている以上にずっと強い子……だと思います」

海未「ふふふ、それはあなたの願望ではありませんか! なぜ肩入れしているかはわかりませんが、果たしてそんなに上手くいくでしょうか?」

凛(かよちん……凛は信じてるよ)
79: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/14(火) 01:12:03.51 ID:1CLHZm8x0
花陽「むにゃむにゃ……えへへ、まだ食べられるよぉ……」zzz

希「おーい、起きて―」ツンツン

花陽「ふにゃ……やめて……お箸はほっぺたをつつく道具じゃありません……」

希「……ふっふっふ、どうやらお寝坊さんにはおしおきが必要みたいやな」ワシワシ

花陽「ひやぁぁぁ!? な、なになになに!?」ガバァ

希「おお、やっと起きた!」

花陽「はぁはぁ……希ちゃん? それにここって、ボイラー室?」

希「もーう自分で覚えとらんの? というかウチも起きたら君が床で寝とったからびっくらこいたわ。よっぽど疲れていたみたいやね」

花陽「そっか、あの後……」

花陽は凛と橋のところで別れた後、ボイラー室に辿り着くやいなやその安堵からか倒れるように眠ってしまっていた。

希「せっかく気持ちよさそうに寝ていたところ悪いんだけど、もうすぐお仕事の時間になるから起こしちゃった。今日からなんでしょ?」

花陽「はい! あ、その節は本当にお世話になりました」

希「いえいえ、上手くいったみたいで何よりやん。正直めっちゃ心配だったんやから」

花陽「えへへ、真姫ちゃんもたくさん手助けしてくれたんです。今度会ったらちゃんとお礼言わなきゃ」

希「ふふ、その真姫ちゃんから選別が届いとるよ」

花陽「選別?」

希「ほら、朝ごはん!……と言っても今は夕方やけど。真姫ちゃんがウチの朝ごはん持って来たときに君が寝ているのを見つけて、わざわざ取りに戻ってくれたんよ? 起きたときお腹空かせているんじゃないかって」

花陽「真姫ちゃん……! 本当に至れり尽くせりです! 実はお腹ペコペコだったんです。いただきます!」ガツガツ

希「ウチもたーべよっと! 誰かと一緒に食事なんて久しぶりで嬉しい♪」

花陽「ご飯ってみんなで食べると美味しいですよね♪」

希「うんうん! またいつでも来てな! 歓迎するよ!」

花陽「ありがとうございます!」
80: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/14(火) 01:18:37.49 ID:1CLHZm8x0
穂乃果「あ、カヨちゃん! どこ行ってたの? 心配してたんだよ」

花陽「ごめんね。でも、もう大丈夫!」

穂乃果「? ……そっか。とにかく今日からお仕事だからね。気合い入れていくよ!」

花陽「はい!」

穂乃果「よーし、まずはお客さんが来る前に床の間を雑巾がけだよ!」

花陽「うん! ってあれ? 私たちの担当はお風呂掃除じゃなかったの?」

穂乃果「お風呂掃除係って言ってもお仕事は一階全体のお掃除とお客さんのご案内でしょ。それから、お風呂に入っているお客さんにお酌したり体を洗ってあげたり、それからそれから……」

花陽(うわぁ、思った以上に大変そうだな……)

「こら、そこ! さぼってないでさっさと始める!」

穂乃果「あ、フミコだ! やっほー久しぶりー!」

フミコ「あ、穂乃果じゃん。悪いけど今日からは先輩としてビシビシいくから覚悟しといてよね!」

穂乃果「はい! よろしくお願いします、フミコ先輩!」

フミコ「よし、それじゃあさっさと雑巾取りに行く! そっちの人間の子も!」

花陽「は、はい!」
81: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/14(火) 01:30:15.54 ID:1CLHZm8x0
花陽「よいしょ、よいしょ……うわぁ!」ドテン

フミコ「ちょっと、カヨちゃん! しっかりしてよね」

花陽「す、すみません……」

穂乃果「へっへーん! カヨちゃん一周遅れだよ〜!」スイー

フミコ「そういう穂乃果も他の子から三周遅れだから威張らないの!」

穂乃果「はい……。やっぱり体が重たくて思うように動かないや……」

フミコ「言い訳はいいから急いで! 一番客が来ちゃうよ!」

ほのぱな「は、はい!」

穂乃果「カヨちゃん、行くよ!」スイー

花陽「うん! ……ってうわぁ!」ズルッ

フミコ「あちゃー……これはどうしたものか」

「お客様が大勢お見えです! 誰か手伝ってー!」

フミコ「よし、それじゃあカヨちゃん行ってきて!」

花陽「はい!」

穂乃果「穂乃果はー?」

フミコ「穂乃果はそのまま雑巾がけ!」

穂乃果「そんな! カヨちゃん代わって?」

フミコ「ダメだよ。これは先輩命令だから」

穂乃果「えぇー!? カヨちゃんめ……」

花陽(なんて理不尽な……)
82: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/14(火) 01:42:00.75 ID:1CLHZm8x0
花陽「あ、あのぉ……お待たせしました……」

河童「……」

花陽(か、河童だよ……めっちゃ河童だよ……)

河童「……」

花陽(何かジロジロ見られているし、何もしゃべらないしどうしよう……)

花陽「あ、あの……」モジモジ

河童「……」

花陽「そ、そのぉ……」アセアセ

河童「……」

花陽(ダレカタスケテー!!)

河童「……よい」

花陽「へ?」

河童「……実に良い」

花陽「え、えっとぉ……」

河童「君、新人かね?」

花陽「は、はい。カヨと申します」

河童「キュウリ、食うか?」

花陽「キュウリですか?」

河童「そうだ。なんなら咥えるだけでもよいのだぞ?」

花陽(どうしよう……断ったら怒られるのかな?)
83: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/14(火) 01:46:49.42 ID:1CLHZm8x0
河童「どうした? わしのキュウリが食えねぇってのか?」

花陽「た、食べま――」

「くぉらぁぁあ!! あんた!! また若い娘に手を出して! それもこんな人間の小娘に!」

河童「げっ、カパ子! どうしてここに……」

カパ子「あんたが毎晩毎晩こっそりどこへ行くのかつけてみたらこのザマだよ! このエロガッパめ!」バシッバシッ

河童「いたっいたい! すまん……すまんかったから膝を蹴るのをやめておくれっ」

カパ子「ふんっ! 帰ってたっぷり説教だよ。まったく……貴重なキュウリを勝手に持ち出して……」

河童「……また来るからね」ボソッ

カパ子「……」ギロッ

河童「うそうそ。お前が一番だよ、愛してる」

カパ子「……帰ったら今度は膝の皿じゃなくって頭の皿を割ってやるよ」グイー

河童「そ、それだけはやめておくれ! 死んじまうよ!」ズルズル



花陽(……神様の世界も大変なんだな)
86: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/16(木) 02:09:05.46 ID:Vd9nL8kW0
ズシン……

ズシン……

花陽(な、何の音?)

鬼1「四名で予約を取っていた者だが……」

花陽(あわわわわ……大きな鬼さんが四人も!?)

鬼2「がっはっは! ここへ来るのも久しぶりじゃのう!」

鬼3「最近は仕事の方が忙しゅうて敵わんわ」

鬼4「まあ今日は親分もいねぇことだしパァーッとやろうじゃないか!」

鬼1「譲ちゃん、案内しておくれ」

花陽「え、えっとぉ……いらっしゃいませ……こちらへどうぞ」ビクビク

花陽(大丈夫大丈夫……平常心です。何もしなければ怖いことなんてないはずです)

鬼2「お前、うまそうだな!」ズイッ

花陽「ピャァ!?」

鬼3「こら、お嬢ちゃんがビビってるじゃないか。まだ素面のくせに冗談が過ぎるぜ」

鬼2「がっはっは! こいつは失礼! ついテンションが上がっちまってな! 悪かったな、嬢ちゃん」

花陽「い、いえ、全然いいです……」ビクビク

鬼4「しっかし、よく見るとほんとに人間そっくりじゃねーか! それになんだかいい匂いがするような……」クンクン

花陽(ひぃぃぃ!? 人間だってバレたら食べられちゃうのぉ!?)

鬼3「お前までいい加減にしねぇか。こんなところに人間がいるわけがないだろ」

鬼4「それもそうだな」

鬼3「そうさ。それにもしも人間がいたとして、いつも俺が真っ先に喰っちまってるだろ」

鬼4「違ぇねぇやwww」

鬼2「出ました、食いしん坊発言www」

鬼234「「がっはっはっは!!!」」
87: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/16(木) 02:22:59.49 ID:Vd9nL8kW0
花陽「……」ガタガタガタ

鬼1「……大丈夫だよ、嬢ちゃん。あいつらにゃ内緒で酒を飲ましておいたから気づかれることはねぇ」ボソッ

花陽「……!?」ビクッ

鬼1「さ、案内を頼んだよ」ニコッ

花陽「は、はいっ!」

鬼1「お前ら、行くぞ」

鬼234「おう!」

花陽(よかった……優しい鬼さんもいるんだ。……ん? あれ? あの鬼1さんはもしかして私が人間ってことに気付いて……)チラッ

鬼1「……」ニコニコ

花陽(この笑顔の意味って!?)

花陽は蛇に睨まれた蛙のようにぎこちない動きで鬼たちを浴場へと案内するのだった。
88: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/16(木) 02:30:58.76 ID:Vd9nL8kW0
鬼4「譲ちゃん、もう少し強く擦ってくれねぇか? くすぐったくて堪んねぇや」

花陽「こ、こうですか?」ゴシゴシ

鬼4「うーん、もっとだ!」

花陽「こ、う、で、す、かー?」ガシガシ

鬼4「がっはっは! 嬢ちゃん力ねぇなぁ!」

花陽「す、すみません……」

鬼2「わしが洗ってやろうか?」

鬼4「止めてくれ、気色悪い! それじゃあ何のためにここに来たのかわかんねぇや!」

鬼2「でもそれは嬢ちゃんの洗い方でも一緒だろ?」

鬼4「むぅ、そうだのぉ」

花陽(うぅ、空気が重いよぉ……)

鬼1「おいおい、嬢ちゃん。そんなんじゃこいつらの酔いが醒めちまうぜ?」ボソッ

花陽「ひぇっ!?」

花陽(何とかしなくちゃ! でも、一体どうしたら……)

穂乃果「鬼さん達、こんばんは! 穂乃果です! ご一緒よろしいですか?」

花陽(穂乃果ちゃん!)

鬼3「お、助っ人か。丁度よかった。そいつの背中を流してやってくれないか?」

穂乃果「かしこまりました! 痒いところはありませんかー?」ゴシゴシ

鬼4「おっいいねぇ! その感じで続けてくれ!」

穂乃果「了解です♪ カヨちゃんは厨房でお酒貰ってきてくれる?」

花陽「はい、わかりました!」

花陽(ふぅ……穂乃果ちゃんのお陰で助かったよ)
89: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/17(金) 00:16:50.37 ID:IvgM3JCu0
花陽「厨房ってここだよね?」

「三番さんのお料理まだ!?」

「こっちは料理の味付けがいつもと違うってクレームがあったよ! もう一度作り直さなきゃ!」

「ここにあったお肉使ったの誰よー!」

花陽「あ、あのぉ……お客さんに出すお酒は……」

「うそっ、タロイモ切らしてるの〜?」

「あーもう! 今日も人手が足りないよー!」

花陽(こんな状況じゃとてもお酒の場所なんて聞いてられないよ……)

にこ「あんたらぁ! いったん落ち着きなさい!」

「あ、にこさん!」

にこ「ほら、三番さんのお料理は六番さんのを代わりに持っていって。大丈夫、六番さんには別の料理を先に持って行かせるから。こっちの料理は塩コショウが足りてないわよ! お肉解凍したの出しておいたから! タロイモは裏の倉庫にまだ在庫がいっぱいあったわよ! さあ、モタモタしてないでさっさと取り掛かってー!」

「「はいっ!!」」

花陽(凄い……あの慌ただしい厨房が一瞬でまとまっちゃった。あの人がリーダーなのかな? 確か昨日恵比寿様に媚を売っていた……)

「ちょっと、そこ邪魔だよ。どいて!」

花陽「ひゃ、すいません!」

「ん? あなた噂の人間の……一体厨房に何の用?」

花陽「あ、実はお風呂でお客さんに出すお酒を持ってくるように頼まれて」

「ふーん……今忙しいからあとにしてよね」

花陽「え? あの、でも早く持って行かないとお客さんが……」

「なになに〜? なんでこんなところに人間が来ているの? お客様にお出しする料理に変な匂いがついたらどうするのよ」

「そうよそうよ。あ、もしかして自分が料理になります! みたいな?」

「あはは、それウケる〜」

花陽「そ、そんな……」
90: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/17(金) 00:27:43.22 ID:IvgM3JCu0
にこ「あんたたち、随分余裕そうね」

「に、にこさん!?」

にこ「口動かす暇があったら手を動かしなさいっ!!」

「「はいぃぃ!!」」

花陽(うぅ……助かった。でも、めげそうだよぉ……)

にこ「で、あんたは?」

花陽「は、はいっ! えっとその……お風呂のお客さんにお出しするお酒を頼まれたんですけど……」

にこ「ふーん……」

花陽(また断られたらどうしよう)ドキドキ

にこ「はい、これ持っていきなさい」ドンッ

にこが差し出したのは大きなひょうたんだった。表面に筆で酒と書かれている。

花陽「え、いいんですか!?」

にこ「はぁ? 何言ってるのあんた。お客様のためでしょう。当然よ、当然。あの子らはまだ仕事とプライベートの区別もつかないような素人よ。あんたの方がよっぽどしっかりしてるわ」

花陽「あ、ありがとうございます!」

にこ「別に褒めてはいないわよ。あくまでお客様のためよ。いい、覚えておきなさい? ここではお客様の笑顔が最優先、よ」

花陽「凄い仕事に対するプロ意識……! 尊敬します! ぜひ、にこ先輩って呼ばせてください!」キラキラ

にこ「先輩!? ……まあ悪くないわね」ボソッ

花陽「私はカヨといいます! にこ先輩、もし私に手伝えることがあったら何でも言ってください!」

にこ「そう……カヨ、あなた今なんでもするって言ったわよね?」

花陽「は、はい……?」キョトン
91: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/17(金) 01:03:29.31 ID:IvgM3JCu0
〜湯屋・玄関外〜

花陽(なんでもとは言ったけど、まさか犬の餌やりと水やりを頼まれるなんて……。これぞ雑用って感じだなぁ)

花陽は水の入った巨大なひょうたんと豚肉の塊を半ば引きずるようにしてようやく玄関の外までたどり着いた。

花陽「さて、ワンちゃんはどこかな〜? えへへ、実は動物が昔から好きだからちょっぴり楽しみでもあったり♪」

ピークを少し過ぎたのか橋を渡ってくる客の数はまばらであった。しかし、辺りを見回しても犬の姿は見当たらない。

花陽「あれ〜? いないなぁ。外に出ればわかるって言われたんだけれどな」

キョロキョロとぐるっと一周回ってみて、ピタリと目に留まったのは橋の両脇でお互いを見つめ合う形で佇む石造りの狛犬たちの姿だった。

花陽「狛犬さん、こんばんは! ご飯の時間ですよ〜! ……なんてね♪」

花陽が冗談交じりに話しかけた二匹の狛犬。それらは姫君の魔法の言葉で千年の呪いから解き放たれたかのようにバキバキと音を立てて重い腰をあげたのだった。

花陽「ひ、ひぇぇぇ!? ここここ狛犬さん!?」

狛犬雄「ガウガウ!! ようやく餌の時間か! 待ちくたびれたぜ!」

狛犬雌「バウバウ! 早く餌をちょうだいな!」

二頭の狛犬はズシンと台の上から飛び降りると元気よく喋りだしたではないか。
その大音量で吠え散らす狛犬たちの大きな声には思わず耳を塞ぎたくなる程であった。

花陽「は、はい! あげます! あげますから、そんなに吠えないでぇ……」

狛犬雄「がつがつ! うんめぇ! これはにこにーが作ったやつだな? 今日は当たり日だぜ!」

狛犬雌「バクバク! 本当! 今日も一日座ってばかりで疲れた体に染み渡るわ!」

花陽(食べるのもうるさい!? ……なるほど、みんながこの当番を敬遠する訳がわかりました)

二頭の狛犬はあっという間に豚肉の塊を骨まできれいに平らげてしまった。
92: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/17(金) 01:12:02.75 ID:IvgM3JCu0
狛犬雄「ガウガウ! 喉が渇いちまった!」

狛犬雌「バウバウ! お嬢ちゃん、お水をいただけないかしら?」

花陽「は、はい! これです、これ! だから、お願い静かにしてぇ……」

狛犬雄「ゴクゴク! ぷはぁ! 今日は水まで美味く感じるぜ!」

狛犬雌「ゴクゴク! あら本当! さすがにこにーね!」

花陽(この子達は静かにするということができないのかな? ……普段が石だとやっぱりストレス溜まるとか)

狛犬雄「がうがう……それにしても今日は本当に疲れたなぁ……」

狛犬雌「ばうばう……あたいも何だか眠くてボーっとしてきたよ……」

花陽(あれ? 何だか急におとなしくなったみたい?)

花陽「えーと、それじゃあ狛犬さん達。私はもう行くので、引き続きお仕事頑張ってくださいね!」

狛犬雄「おーう……達者でなぁ」zzz

狛犬雌「うーん……もうげんかーい……」zzz

花陽(早く鬼さん達にお酒を持って行かなきゃ!)
93: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/18(土) 01:42:47.81 ID:Iedf13H90
花陽「お待たせしましたー!」

鬼2「お、やっと来たな」

穂乃果「よっ! 待ってました!」

鬼4「穂乃果ちゃん、肩も揉んでおくれよ〜」

穂乃果「合点承知の助です!」

鬼3「そっちが終わったら次はこっちを頼む」

花陽(穂乃果ちゃん凄い馴染んでるな〜)

鬼1「やけに時間がかかったな」

花陽「す、すみません……色々頼まれちゃってまして」

鬼1「ほう、そうかそうか」ニヤニヤ

花陽(うぅ……何なんだろう。ちょっぴり目を付けられているような)

鬼4「そうじゃ、お嬢ちゃん。酒の方を注いでくれぬか?」

鬼2「久しぶりの酒じゃけん楽しみじゃのう!」

鬼3「貴様らは昨晩も飲んでいただろうが」

鬼4「がっはっは! 昨日のことなぞ忘れちまったわい!」

花陽「はい、どうぞ」トポトポ

鬼2「おう、ありがてぇ! んじゃ早速……んぐっ……かぁっーー! こいつはうめぇや! 風呂に入りながら飲む酒は最高の贅沢じゃのう!」

鬼4「どれどれ……うむ! 格別じゃのう! わしゃもう死んじまってもいいわい!」

花陽(よかった……初めての接客で色々緊張したけれどなんとかなりそう)ホッ
94: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/18(土) 01:49:18.25 ID:Iedf13H90
鬼3「ふむ、なんともスッキリした味だな。飲みやすくてちょうどいい」

鬼1「……スッキリした味だと?」ピクッ

さっきまでニコニコと気さくに笑っていた鬼の表情に不意に影が差した。

鬼1「ここの酒は芳醇な甘みと強いコクが売りじゃなかったのか、なぁ嬢ちゃんよ?」

花陽「えっ、その……私は新人なので詳しくは……」

鬼1「穂乃果譲の方はどうだ?」

穂乃果「えっ、穂乃果? えーっと……熟成されたとか!」

花陽(そんなわけないよ!)

鬼1「……ちょいと一杯わしにも注いでくれんかの?」

何か嫌な予感がする。この酒を注いではいけない。花陽の頭の中には警鐘が鳴り響いていた。
しかし、身体の方は思考と分離しひとりでに動き出し、ひょうたんを掴み取ると震えるその手で熊のように大きな鬼を相手に酌をしていた。
95: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/18(土) 01:54:25.18 ID:Iedf13H90
鬼1「……」クイッ

花陽「……」ビクビク

鬼1「……嬢ちゃん、こいつはどういうことだい?」

凄まじい怒りを露わにした者の表情をよく鬼のような形相と例えるが、その鬼が本気で怒った顔を想像したことがあるだろうか。
その顔は小動物であれば睨み殺してしまえるのではないかと思える程、この世の物とは思えない悍ましいものだった。

花陽「あ、あ、あ……」

海未も恐ろしかった。しかし、海未の怒り方は相手を従わせる為の、いわば計算された怒りであった。
それに対してこの鬼の怒り方は……一言でいうなら暴力だ。なにもかもを滅茶苦茶にしてやらんと怒り狂う野生動物のそれだった。

花陽「す、す、すいましぇん! しゅ、種類を間違えたのならすぐにでも取りに……」

パリンッ!!

鬼1「種類を間違えただぁ……? 俺たちも舐められたものだな。酔っぱらった客にゃ、こんなもんでも騙せると思ったか?」

この鬼は一体何をそんなに怒っているのだろう。それともこれがクレーマーというやつなのだろうか? 花陽の頭は既に真っ白で考えが追いつかなかった。

穂乃果「か、かかかかか……カヨちゃん……これ……」

穂乃果が指さすひょうたんに書かれた文字。

『水(犬用だわん♪』

花陽「み、水……? しかも犬用って……あ」

先ほど狛犬たちに催促されて思わず差し出したひょうたん。そこに入っていたのが鬼たちに差し出すはずだった酒だったのだ。
96: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/18(土) 02:00:48.96 ID:Iedf13H90
鬼1「ほう……ただの水どころか犬用だとは……とことん俺たちをコケにしたいみたいだな。なぁ、お前ら」

鬼2「がっはっは! 犬用の水を飲まされるとは、まさに一杯食わされた……いや飲まされたか! がっはっは!!」

鬼3「ふぅ……どうやら少し酔っていたみたいだが、水を飲んだおかげで醒めたようだ」

鬼4「くんくん……やっぱりお前、人間臭いな」

鬼1「譲ちゃん、この落とし前、どうつけてくれる?」

花陽「ど、どうって……」

鬼2「わし的に酒の肴に一票!」

鬼3「珍しく気が合うな。俺も酒の肴に一票だ」

鬼4「なぁ、もう我慢でけねぇ……喰っていい?」

花陽(助けて……穂乃果ちゃん……!)

しかし、花陽の見た先に穂乃果の姿は既になかった。

花陽(そりゃそうだよね……このまま一緒に居たら穂乃果ちゃんまで食べられちゃうかもしれない。これは私の失敗。私の罪。罰はすべて私が償わなきゃ……)

覚悟を決めた花陽は堅く目を閉じた。大きな手が近づいてくるのが熱でわかる。これは死の手だ。掴まれたら最期、もう助からない。
花陽が思い浮かべたのは両親の姿だった。助けてあげるって約束したのに、まさか自分が先にこんなことになるとは思いもしなかった。

花陽(ごめんね、ちょっとだけ先にいくからね)

死の手はもう目の前まで迫ってきていた。




〜〜♪

〜〜〜♪

そのとき、空から降ってきたのは優しい音と歌声だった。


「愛してるばんざーい♪」
102: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/21(火) 22:28:46.40 ID:Oh7BHaO20
喧騒としていた湯屋全体はまるで時の流れが緩やかになったように静まり返った。
客はもちろん従業員の誰もが吹き抜けになった湯屋の三階から降り注ぐ音楽の雨に心を打たれていた。
後に残るのは甲高い洋琴のメロディーと少女の美しい歌声のハーモニー、それと微かに屋根を打つ雨音だけだった。

「昨日に手を振って ほら〜前向いて〜♪」

洋琴の尾を引く余韻の後に割れんばかりの拍手と歓声が少女に送られた。

「ブラボー!!」

「がっはっは!! 見事見事!!」

「こんな素晴らしい演奏は初めて聞いたぞい」

ヴェェ!?

花陽(凄い……凄い……! なんていうか凄いっていう言葉しか出てこないくらいに感動したよ!)

花陽も上の階に向けて賞賛の拍手を送っていた。

穂乃果「あ、あの!」

花陽(あれ、穂乃果ちゃん?)

穂乃果「あの……お客様!」

鬼1「む、俺らのことか」

穂乃果「はい。その、先ほどはうちの店の者が失礼なことをして……申し訳ございませんでした! これ、この湯屋で一番のお酒をお持ちしましたので、ぜひこちらでご勘弁を……」

花陽(ほ、穂乃果ちゃん……見捨てられたとばかり思っていたけれど私のために……)
103: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/21(火) 22:50:04.23 ID:Oh7BHaO20
鬼3「ふん、さてどうしたものか」

鬼4「わしは酒は飲みたいが人間も喰いたいぞ」

穂乃果「こ、このお酒は普段はとっても偉い神様にだけしか出さない高級なお酒なんです! 今を逃したら一生飲めないかもしれませんよ?」

鬼2「高級な酒……」ゴクリ

花陽「……」ゴクリ

花陽はしばしの沈黙に息をのんだ。この短い沈黙は少女の命運を握っていたのだ。

鬼1「……ふふ、穂乃果譲よ。さっきのは全部俺たちのジョークですぜ。はなから嬢ちゃんを喰うつもりなんてありませんよ」ニコリ

穂乃果「本当ですか!?」

鬼2「がっはっは! じゃけん酒の方は折角だからいただこうかの!」

穂乃果「! ありがとうございます!」ペコリ

花陽「あ、ありがとうございます!」ペコリ

鬼4「さ、そいじゃ早速注いでおくれ!」

穂乃果「かしこまりました!」

鬼1「おい、嬢ちゃん。こっちにも頼むよ」

花陽「!! は、はい……」

花陽(ひとまず助かってよかった……。でもジョークだなんて絶対嘘だよね……。油断した隙を突いてパクリ、なんてこともあるかも……)トポトポ

鬼1「あぁ……うまそうだなぁ……」

花陽「……っ!?」ビクリ

鬼1「はは、なぁに酒の話ですよ」ニコリ

花陽「は、ははは……」ゾクリ

鬼は花陽の目をしっかり見据えてそう言った。
105: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/21(火) 23:16:47.31 ID:Oh7BHaO20
花陽「はぁぁ……疲れたよぉ……」

しばらくの休憩時間をもらった花陽は客のいない三階のバルコニーにひとり腰かけてぐったりとうなだれていた。

花陽(まさかお仕事の初日からこんなに色々しでかすなんて……。穂乃果ちゃんやにこ先輩だけじゃなく最後には運にも助けられる始末だし、本当に私ってダメだなぁ……)

雨足は一向に弱まる気配はなく、それどころか篠突く雨となり空間を満たしていた。
遠くの方には街明かりが仄かに瞬いているのが見えた。その街は花陽の元いた世界のものとは違うとわかっていても恋しさを感じずにはいられなかった。

花陽(どうして私ばっかりこんな目に遭わないといけないんだろう。他の私と同い年の子は人気のバラエティ番組を家族で見ているのかな。それとももう温かい布団で眠っているのかも。本当だったら私だって今頃は……)

「ちょっと、辛気臭い顔やめてよね。こっちの気分まで暗くなるでしょ」

花陽「ピャァ!? ご、ごめんなさい……」

花陽(他にも人がいたんだ。暗くて全然気づかなかったよ)

「……ねぇ、私が誰だか忘れちゃったの?」

花陽「え、誰って……」

花陽が恐る恐る相手の顔を見上げると、くるくるの赤色の巻き髪に少し強気なツリ目がこちらを覗いていた。

花陽「あ! 真姫ちゃん!?」

真姫「そうよ。まったく、あれから全然音沙汰なかったから子豚にでもされちゃったのかと思ったわ」

花陽「あはは、ごめん。真姫ちゃんのお陰で本当に助かったよ。ありがとう」

真姫「どういたしまして。上手くいったみたいで私も嬉しいわ。あなた鈍臭そうだったから心配していたのよ」

花陽「鈍臭い……か。えへへ、その通りだね……」

花陽は今日の失敗の数々を思い出して苦い顔をしてみせた。
106: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/21(火) 23:39:16.40 ID:Oh7BHaO20
真姫「ちょ、ちょっと、鈍臭いは言い過ぎたわよ!」

花陽「ううん、本当のことだから。今日もたくさん失敗しちゃって」ハァ

真姫「……よかったら話してみなさいよ」

花陽「え?」

真姫「だから! この真姫ちゃんが愚痴を聞いてやるって言ってんの! ……嫌なことがあったら誰かに聞いてもらうと少し気分が楽になるのよ」

花陽は昨日、真姫が希にボイラー室で仕事の愚痴を言っていたのを思い出した。

花陽(そっか、あの真姫ちゃんが……)

そう思うとなんだか少しおかしくてついつい笑いが漏れてしまった。

真姫「ちょっとなんで笑うのよ! 人がせっかく親切で……」

花陽「うん、ありがとう。真姫ちゃん♪」ニッコリ

真姫「ヴェェ!? べ、別にいいけど!」

うす暗いバルコニーでもわかるほどに彼女の顔はトマトのように赤く染まっていた。

花陽「それじゃあ、聞いてもらおうかな」

真姫はぽつりぽつりと愚痴をこぼす花陽の話をやっぱり嬉しそうに聞いていた。
107: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/21(火) 23:59:29.94 ID:Oh7BHaO20
花陽「それで何で怒鳴られたのか最初はわからなかったんだけれど、よくみたらそのひょうたんに入っていたのは狛犬さん用のお水でね。そうそう、さっきのお世話の時に間違えてお酒の方を狛犬さんの方にあげちゃっていたみたいなの。あはは、昔から急かされると慌てちゃって頭が混乱しちゃうんだよね。見た目以上にそそっかしいってよく言われるの」

花陽は引っ込み思案な性格から悩みを一人で溜め込むタイプだったため、愚痴を言うという行為自体が初めての経験であった。
そのため普段は控えめな発言量が堰を切って洪水のように流れ出して止まらなかった。

花陽「それでね、大きな鬼さんに捕まれそうになってもうダメだって思った時に三階からきれいな歌が聞こえて来たんだ。私も鬼さんもその歌に夢中になっちゃって、あれは本当に素晴らしい演奏と歌だったな……あ、そういえば真姫ちゃんって音楽係だったよね? ということはやっぱりあれを近くで聞いていたとか?」

真姫「ああ、あの演奏聞いていたのね。あれは私が弾いたのよ」

花陽「え、えええええ!? 真姫ちゃんが!?」

真姫「きゅ、急に大きな声出さないでよ!」

花陽「だって! 私本当に感動しちゃって……しかもあの歌のお陰で命まで助けられて」
109: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/22(水) 00:15:15.08 ID:cZ5OHupG0
真姫「そうだったの。新しい洋琴を試しに鳴らしてみただけなのに今日はやけに評判よかったわね。今までは誰も見向きもしなかったくせに」

花陽「みんな真姫ちゃんの歌の上手さに気づいたんだよ」

真姫「ふふ、そうかもね。それじゃあ、その分見返してやらなきゃね!」

花陽「うん、私も応援しているよ!」

真姫「ありがとう」

花陽「お礼を言うのはこっちの方だよ。命を助けてもらった上に愚痴まで聞かせちゃって……」

真姫「困ったときはお互い様よ。だから今度は私の愚痴も聞いてよね?」

花陽「うん、もちろんだよ! 楽しみにしてるね!」

真姫「愚痴を聞くのを楽しみって……ふふ、変なの」

花陽「えへへ、確かに。じゃあそろそろお仕事に戻らなくっちゃ」

穂乃果「あ、カヨちゃんいたいた!」

花陽「あ、穂乃果ちゃん」

穂乃果「真姫ちゃんも! 久しぶりー穂乃果またここで働いているんだ!」

真姫「カヨから聞いたわ。ダイエットだって? 頑張ってね」

穂乃果「はぅっ!? カヨちゃん余計なことまで喋んないでよー!」

花陽「あはは、ごめんね? それよりも私を探していたみたいだけど何かあったの?」

穂乃果「ああ、そうそう! カヨちゃんがお世話した狛犬さんが酔っぱらっちゃって台の上に戻らないから何とかしろって」

花陽「ああ、そうだった! すぐに戻るね!」
110: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/22(水) 00:45:02.50 ID:cZ5OHupG0
〜湯屋・玄関前〜

湯屋の橋の前には二頭の狛犬が道を半分塞ぐように寝転がっていた。

狛犬雄「がうがう……仕事なんてくそくらえだ……」zzz

狛犬雌「ばうばう……橋の警備じゃなくて自宅の警備をしたい……」zzz

花陽「あらら……私が間違えてお酒を飲ませちゃったせいでごめんね? でも、お願いだから台の上に戻ってください……」グヌヌ

花陽がどんなに力いっぱい引っ張っても押してみても石でできた狛犬はびくともしなかった。

花陽「はぁ……はぁ……こんな道の真ん中で困ったな……。雨のお陰でお客さんがあまり来ないのが唯一の救いかな」

と、寝転がる狛犬の奥、橋の上に人影が立っていた。

「こ〜んば〜んは♪」

花陽「あ、あなたはことりさん!」

ことり「覚えててくれたんだ〜嬉しいな♪」

花陽「はい、もちろんです♪ 今日はお風呂に入りに来てくれたんですか?」

ことり「うん、そのつもりだったんだけど……」

ことりは目の前でいびきをかいている狛犬たちに怪訝な視線を寄せた。

花陽「あ、すいません……この子達、私が間違えてお酒を飲ませちゃったせいでなかなかここから動かなくって……。どうぞ、気にせず横から通ってください」

ことり「へぇ〜……」

しかしことりは花陽の呼びかけには応じず、橋の上を左右に行ったり来たりを繰り返している。
112: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/22(水) 01:01:06.83 ID:cZ5OHupG0
花陽「あのぉ……どうかされましたか?」

ことり「う〜ん……あのね、実はその……狛犬さんがちょっと苦手で……」

花陽「あ、そうだったんですね。確かにこの子たちは普段は大きな声で鳴いてちょっとうるさいけれど、急に噛付いたりはしないと思いますよ」

ことり「そっかぁ。今日はお酒を飲んじゃったんだっけ?」

花陽「はい、私が間違えちゃって……えへへ」

ことり「じゃあ、眠ってて起きたりしないかなぁ?」ニコッ

行ったり来たりを繰り返していたことりは立ち止まると、花陽の方に向き直りそう尋ねた。
相変わらずその表情は優しく柔らかい天使のような笑顔に包まれていた。
しかし、花陽が感じたのはどこか不穏な気配と違和感。この笑顔は……そう、まるで先ほどの鬼が見せたような……。

ことり「しないよねぇ?」ニコニコ

花陽「……」

違和感を感じたのは一瞬で、やはりことりの笑顔は一点の曇りもなくただにこにこと愛想を振りまいていた。

花陽(気のせい、だよね?)

ことり「あ、あのぉ……」アセアセ

花陽「あ、ごめんなさい。今はこの子たちはすっかり眠っているみたいなんで横を通って行っても起きることはないと思いますよ」

ことり「本当? わーい、それなら安心だね♪」タッ

ことりが橋から一歩踏み出しても、狛犬たちが目を覚ますことはなかった。

ことり「ふふ、よかったぁ。あ、ご案内してくれたお礼をしなくっちゃ」

花陽「お礼ですか?」

ことりが小さく呪文を唱えると、狛犬の体が白いオーラのようなもので包まれた。

ことり「さ、持ち上げてみて?」

花陽「え? でも……」

ことり「いいからいいから」

花陽が半信半疑で狛犬の下に手を入れると、狛犬の体は綿でできたように軽く持ち上がったではないか。

花陽「わぁ、凄い! これなら何とか運べそうです! 助かりました! ありがとうございます!」

ことり「うん! どういたしまして♪ それじゃあ、私はのんびりお風呂に入らせてもらうね?」

花陽「はい、どうぞ! ようこそいらっしゃいませ、湯屋『オトノキ』へ!」
115: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/25(土) 21:03:53.07 ID:hgOK8ZQF0
穂乃果「カヨちゃん、大丈夫だった?」

花陽「うん、優しいお客さんが手伝ってくれたんだ」

穂乃果「そっか、それはよかった!」

花陽「……」

穂乃果「? どうしたの?」

花陽「今日は誰かに助けてもらってばかりだなって……」

穂乃果「カヨちゃんは初めてのお仕事にしてはよくやってくれているよ。穂乃果なんて最初の日はずっとお庭の掃除でお客さんの前には出させてもらえなかったもん。海未ちゃんは確かに厳しいけれど、カヨちゃんならできるって、きっと期待してくれているんだよ」

花陽「で、でも、結局その期待には応えられていないし……」

穂乃果「だったら今から挽回すればいいんだよ! チャンスがある限り挑戦し続けなきゃ!」

花陽「うん……うん、そうだね! 少し失敗して落ち込んでいたけれど、頑張らなきゃね!」

穂乃果「うんうん、その意気だ!」

花陽「よーし、どんなお仕事でもどんと来いです!」
116: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/25(土) 21:09:25.41 ID:hgOK8ZQF0
フミコ「ほうほう、どんなお仕事でも?」

ほのぱな「!!」ビクッ

フミコ「それなら二人には大湯を担当してもらおうかな」

穂乃果「えぇー!? 大湯!?」

フミコ「だってどんなお仕事でもって今言ってたじゃん」

穂乃果「そ、それはカヨちゃんが言ってたことで……」アセアセ

花陽「穂乃果ちゃん!?」

フミコ「とにかく! 掃除の方からお願いね」

穂乃果「はーい……」

花陽「あの、大湯って何なんですか?」

穂乃果「大湯ってのはその名のとおりこの湯屋で一番大きな風呂釜のことだよ。大きいから掃除するのも大変だし、入るお客さんもおっきいから普通の仕事の十倍は疲れるんだよ……」

花陽「なるほど……穂乃果ちゃん!」

穂乃果「?」

花陽「ファイトだよ!」

穂乃果「!! そのセリフ、穂乃果が言うセリフなのに!」

花陽「え、そうなの?」

穂乃果「いや、なんかそんな気がしただけ」

花陽「? 変なの」
117: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/25(土) 21:19:54.63 ID:hgOK8ZQF0
穂乃果「さ、それじゃあ始めよっか」

花陽「……」

大湯の風呂釜は穂乃果の言っていたとおり普通の風呂釜のサイズのちょうど十倍くらい広かった。泥と垢による汚れが酷く、さらにはコケのようなものまでこびりついている始末である。底の方にわずかに溜まっている水は緑色に腐り果て悪臭を放っている。これでは風呂掃除というよりプール掃除と言った方が正しいだろう。

花陽(これをたった二人で……)

穂乃果「カヨちゃん」ニコニコ

穂乃果「ファイトだよ!」

花陽「お、おー……」
118: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/25(土) 21:30:18.20 ID:hgOK8ZQF0
花陽「よいしょ、よいしょ」ゴシゴシ

穂乃果「なかなか汚れが落ちないなぁ」ゴシゴシ

花陽「こんなになるまで放置してたってことは普段はあんまり使わないの?」

穂乃果「そうだねぇ、こんなに大きなお客さんはなかなか来ないからねー。最後の切り札って感じかな」

花陽「そうなんだ。でも、こんなに大きいお風呂だと……このペースじゃ今日中に終わるか怪しいね」

穂乃果「まあ、すぐに使うようなものでもないし今日と明日に分けてやってもいいんじゃないかな?」

花陽「それなら何とかなりそうだね」

フミコ「おーい、まだ終わらないのー? 結構混み始めたから他の風呂釜が埋まったらここも使うから早く終わらせてねー」

穂乃果「なんてこった……」

花陽「どう考えても普通のやり方じゃ終わらないよね……」

穂乃果「普通のやり方……それだっ!」

花陽「えっ」

穂乃果「薬湯を入れてかき混ぜちゃえばいいだよ! 穂乃果ってあったまいー!」

花陽「そ、そんなので大丈夫なの?」

穂乃果「平気だって! みんなやってるし。それじゃあカヨちゃん、番台に行って札を貰ってきて!」

花陽「番台ってなんですか?」

穂乃果「穂乃果もよくわかんないや」

アハハー
119: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/25(土) 21:37:33.05 ID:hgOK8ZQF0
花陽「あのぉ、薬湯の札を貰えませんか?」

「薬湯? ダメダメ。あれは高価な代物だから、今日入ってきたばっかりの新人なんかには渡せないの」

花陽「でも、お仕事でどうしても必要なんです」

「仕事で? ……ははーん、風呂釜の掃除で使うつもりでしょ? 誰の入れ知恵か知らないけれど、とにかく薬湯はあげられないわ。手で擦ればいいでしょ」

花陽「そんな……」

プルルルル

「あ、電話だ。とにかくそういうことだからね」

「もしもし、番台です。あ、海未様ですか? どうかなさったんですか?」

花陽が途方にくれていると、番台の背後にそっと影が近づいていくのが見えた。

花陽(ん、何だろう、あれ…………ことりさん!?)

ことりは唇にそっと人差し指を当てて、花陽の方に目配せをした。静かにしろということだろうか。
番台は電話に夢中になっているようでことりの存在には一向に気付く気配はないようだ。
そして、ことりは番台からひとつ薬湯の札をくすねると、花陽の方に放り投げてくれた。

「いえ、こちらの方は普段と特に変わった様子もなく……って、あぁっ!?」

花陽「ありがとうございます!」

ことり(ゝω・)v

「ちょっとそれは違くって……」
120: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/25(土) 21:48:01.06 ID:hgOK8ZQF0
海未「どうかしたのですか?」

海未は自室から番台に電話を繋いでいた。

「い、いえ、何も」

海未「……とにかく、さっき言ったとおりです。何か良くないものが近くに迫っている、そんな気がするんです。あなたも十分に気を付けてくださいね」

「はい、肝に銘じておきます」

海未「それでは」

海未は電話を切ると、窓の向こうに広がる街明かりの海を一望した。
すると、街の入り口辺りから段々と光が失われていくのが見えた。その波は湯屋の方に近づいてきている。

海未「雨のせいでしょうか。それとも……」

海未は妙な胸騒ぎを感じて、机の上の書きかけの書類を引き出しにしまうと席を立った。
121: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/25(土) 21:56:17.65 ID:hgOK8ZQF0
花陽「穂乃果ちゃん! 札をもらってきたよ!」

穂乃果「おぉー! ナイスだよ!」

花陽「はい、これ」

穂乃果「それじゃあ、これを壁のところにある機械に繋いでボイラー室に送るよ」

花陽「ボイラー室? それって希ちゃんのいる?」

穂乃果「そうそう! カヨちゃん、希ちゃん知ってるんだ?」

花陽「うん、何度もお世話になったんだ」

穂乃果「穂乃果もよく一緒に遊んでもらうんだ! 希ちゃんって手が全部で六本あるでしょ? だからトランプが四人でできるんだよ!」

花陽「えっと……それって楽しいの?」

穂乃果「? 楽しいよ! でも、希ちゃんの左側の手がすっごく強いんだよー。希ちゃん本体も強いし……あ、でも右側の手にはたまーに勝てるよ!」

花陽「あはは、そうなんだ。今度やるときは私も混ざりたいな」

穂乃果「歓迎するよ! そしたら、もう一人は弱い方の右側の手にしようね!」

花陽「右も左も関係ない気がするけど……」

穂乃果「そうかな? それじゃあ海未ちゃんでも呼ぼうか?」

花陽「それは勘弁です」

穂乃果「えー ああ見えて海未ちゃんトランプ凄く弱いんだよ? 穂乃果でも余裕で勝てる」

花陽「それはちょっと意外かも」

穂乃果「顔に出るんだよねー……あ、きたきた。ほら、このひもを引っ張るとお湯が出てくるんだよ」クイッ

ジャー

花陽「うわぁ……凄い色になってるね」

穂乃果「一回流しちゃえば大丈夫だよ。それじゃあ、お湯をためている間に夕飯とってくるね! お湯がいっぱいになったらもう一度ひもを引っ張れば止まるから頼んだよ!」

花陽「うん、わかったよ。いってらっしゃい」
122: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/25(土) 22:01:35.54 ID:hgOK8ZQF0
ズシッ……ズシッ……

巨大な真っ黒な霧の塊が夜の街を歩いている。霧の中には赤色に鋭く光る禍々しい目玉が二つ。
付近の店はそいつが近づくとたちまち灯りを消して店をたたんでしまった。

「うぃ〜ひっく」

酒に酔った小さな神様がそれの存在に気づかぬまま近くへと寄ってしまった。

「う〜ん……がっ!? ぐふぅ……!!」

みるみるうちに神様の顔は青ざめていき、苦しそうに地面に這いつくばってもがきだした。

「見ろっ! あいつは疫病神だ! 近付くと命を吸われちまうぞ! みんな逃げろっ!!」

街からは神様は皆逃げ出してしまい、残った疫病神は一人、寂しくなったメインストリートを湯屋に向かって進んでいった。
124: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 23:30:13.50 ID:l3gqbnx40
ジャ―――

花陽は風呂釜のお湯の濁りが少しずつ薄くなっていくのをボーっと眺めていた。

花陽「穂乃果ちゃん遅いなぁ。まだかな?」

大湯の入り口の方に目をやると、人影がこちらの様子をじっと見つめているようだった。

花陽「穂乃果ちゃん?」

「ふふふ、ほのかちゃん? ざんね〜ん、私でした〜♪」

花陽「あ、ことりさん! さっきはありがとうございました!」

ことり「えへへ〜どういたしまして!」

花陽「ふふ、ことりさんは本当にいい人ですね」

ことり「え〜? そうかな〜?」

花陽「はい! 正直ここって人間の私にとっては変わったお客さんばかりで戸惑うことが多くって。でも、ことりさんはなんていうか……人間っぽいし、友達みたいな感じなんです!」

ことり「お友達?」

花陽「あぁ! お客さん相手に失礼なこと言っちゃいましたね。すいませんでした!」

ことり「ううん、そんなことないよ! 私もお友達がいいな! ぜひお友達になってくれる?」

花陽「は、はい! 喜んで! 私はカヨって言います」

ことり「カヨちゃんかぁ。可愛い名前だね♪」

花陽「ことりさんも素敵な名前だと思いますよ♪」

ことり「……ねぇ、お友達なんだし『ことりさん』じゃなくって『ことりちゃん』って呼んでほしいな」

花陽「ことり……ちゃん……ですか?」

ことり「敬語も禁止!」

花陽「えぇー!? お店に怒られちゃわないかな?」

ことり「お客さんのお願いだよ?」

花陽「それなら、仕方ないかな」ニコッ

ことり「やったぁ、嬉しいな♪」

花陽「それじゃあ改めてよろしくね、ことりちゃん」

ことり「こちらこそ、カヨちゃん」
125: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 23:37:47.67 ID:l3gqbnx40
花陽「それじゃあ、早速お風呂の方にご案内……したいところだったんだけど……」

大湯には相変わらず薬湯が激しい勢いで注がれていた。今ここを離れるわけにはいかなそうだ。

花陽「あの……せっかく来てくれたんだけど、今はここを離れるわけにはいかなくって……ごめんね?」

ことり「ううん、お風呂はいいの。それよりも……ほら、これ!」

ことりの手には薬湯の札が山ほど積み上げられていた。

花陽「え、こんなにたくさん!? ど、どうしたの?」

ことり「カヨちゃんが欲しがっているみたいだったから、いっぱい取ってきてあげたんだよ! ほら、友情の証だよ」

花陽「私にくれるんですか?」

ことり「もちろん! ほら、好きなだけ取って?」

花陽(ことりちゃんが私のために取ってきてくれたんだ……だけど……)

にこにこと微笑む彼女の顔。それは純粋な親切心と友愛からくるものに違いなかった。しかし……

花陽「うーん……せっかくなんだけれどお札はひとつあれば十分なんだ。それよりそんなにいっぱい取ってきちゃったら番台さんがきっと困っているんじゃないかな?」

ことり「え……でも、あの番台さんはカヨちゃんに意地悪してたんだよ? また必要になったときもきっと薬湯の札はくれないと思うな。ほら、だから今のうちに取れるだけとっておきなよ」

花陽「そうかもしれないけれど……困っているのは番台さんだけじゃなくて、他の従業員さんやお客さんもだと思うし……うん、やっぱりすぐに返しに行くべきだよ」

気付くと花陽はことりのことを拒絶していた。

ことり「そんな、せっかくカヨちゃんのために取ってきたのに……」

花陽「ごめんなさい……」

ことり「……寂しいなぁ」ボソッ

花陽「え?」

ことりは地面に落ちた雪のようにすぅっと姿を消してしまった。
後には大量の札だけが残された。

花陽「き、消えちゃった……」

花陽(やっぱり一つくらい貰っても問題なかったんじゃないかな? ことりちゃん悲しんでるよね……)

そう思うと同時に何故かほっとする自分がいることに気付いたが頭をぶんぶんと振ってそれを振り払った。

花陽「とりあえず、この札を返しに行かないと。……怒られたら嫌だなぁ」

ザァ――――

巨釜からは大量の湯が洪水となって溢れだしていた。

花陽「いやぁぁ!? ダレカタスケテー!!」
126: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 23:43:34.36 ID:l3gqbnx40
海未「疫病神が出たんですって?」

フミコ「そのようです。それもとびきりでかいのが」

海未「おかしいですね。疫病神の気配ではなかったのですが……」

フミコ「犠牲者も何名か出ているようです」

海未「あのタイプのものは命を吸って生きながらえているのです。まあ、来てしまったものは仕方ないですね。すぐに皆の衆を上の階に避難させなさい」

フミコ「かしこまりました」

海未「従業員も全員ですよ。……それから、カヨを呼びなさい」

フミコ「え、カヨをですか? もしかして……」

海未「ええ、カヨに案内をさせます」

フミコ「人間と契約をされたと聞いたときは耳を疑いましたが……ふふ、海未様も人が悪いですね」

海未「おやおや、勘違いしないでくださいよ? 疫病神が命を吸うのはこの世界の住人だけ。カヨはまだここに来て間もない。誰よりも適任だと思いませんか?」

フミコ「な、なるほど……流石海未様。失礼しました」

海未「いえ、こういう時にでも役に立たなければ彼女は結局いつかは子豚になる運命ですよ。……それに」

フミコ「……っ!!」ゾクッ

海未「彼女がもしこの世界の住人と認識され命を吸われたとして、私の知る由ではありません」

フミコ「……やっぱり人が悪い」

海未の元で長年仕えるフミコでも彼女の本質はイマイチ図ることが出来なかった。非情で冷徹な仮面の裏に隠されたものは一体……。

海未「ほら、いつまでもぼやっとしてないで、早く準備をなさい!!」

フミコ「はいっ!」
128: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/29(水) 22:00:51.93 ID:+lx1soBZ0
海未「いいですか、カヨ。これからいらっしゃるお客様を大湯でお世話するのです。くれぐれも失礼のないように」

花陽「は、はい!」

フミコ「う、海未様、すでに橋のところまで来ました! すぐに避難を!」

海未「あなたは先に行きなさい。私はこの湯屋の当主として一言挨拶をしてきます」

フミコ「しかし、それでは海未様が……」

海未「私なら平気です。あなた方ほど柔ではありませんから」

フミコ「……失礼します。お気をつけて」

花陽「あ、あの……そんなに危ないお客様なんですか?」

海未「……疫病神、伝染病を広めるということで古くから恐れられてきた神様です。あまり長居されると他のお客様にも被害が出るかもしれません。あなたの仕事はできるだけ早急にお客様を満足させてお引き取りしていただくことです」

花陽「それってどうすれば……」

海未「しっ。……お見えになりました」
129: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/29(水) 22:02:06.68 ID:+lx1soBZ0
湯屋の暖簾の向こうから禍々しい黒霧が立ち込めてきた。それは酷い悪臭も伴っており、長い時間吸い続けていれば病気にかかるのも頷ける。

花陽「うっ!?」

海未「こ、こらっ! 鼻をつまむのはおよしなさい! お客様に……うっ、し、失礼ですよ!」

花陽「うぅ……ずみばせん……」

黒霧は一見気体のように見えるが、かなりの質量を持っているようで湯屋の床板を歩くたびに軋ませていた。

海未「よ、ようこそ、おいでくさい……いえ、くださいました」ニゴォ

花陽「ひ、ひらっしゃいませぇ……」ピクピク

疫病神「……」スッ

花陽「??」ピクピク

海未「お、お金ですよ! 受け取りなさい」ピクピク

疫病神「……」ぼちょぼちょぼちょ

花陽(ひぃぃぃぃぃぃ!? 変な粘液に包まれてる!?)

海未「さ、さぁ……それでは、早くお客、さまを……ご案内、なさい」

花陽「こ、こここここちらへ……ど、どうぞぉ……」
131: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/29(水) 22:15:37.59 ID:+lx1soBZ0
穂乃果「らんららんらら〜ん♪ えっへへ〜、ご飯大盛にしてもらっちゃった♪ さすがにこちゃんだね! カヨちゃんも喜ぶだろうなぁ」ルンルン


ズシン……ズシン……


穂乃果「? あれ、カヨちゃんだ。それにお客さん? うっ!? な、なにこの臭い……」

ご飯「じゃあの」ジュワァ…

穂乃果「のわぁ!? ご、ご飯が腐った!? そ、そんなぁ……」ガックシ

ご飯(黒)「……」マダイケルデ

穂乃果「……」ゴクリ

ご飯(黒)「……」コイヨ

穂乃果「い、いや流石にやめとこう。新しいの貰ってこよ……」

ご飯(黒)「……」ショボン
132: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/29(水) 23:10:42.33 ID:+lx1soBZ0
花陽「こ、こちらでございますぅ……」

疫病神「……」

やっとの思いで湯船まで案内したときにはすっかり鼻が曲がってしまったようで、額には丸い冷や汗が浮き出していた。
もはや嗅覚が機能を果たしていなかったため、かえって冷静になることができたのは不幸中の幸いだろうか。

ザブン

疫病神が風呂釜に入ると、ほとんどのお湯が泥水になって溢れだしてしまった。
お陰で花陽は泥んこプールで泳ぐ羽目になった。

花陽「もう……どうにでもなれです……」

疫病神「グォォ……」

花陽「えっ、なんでしょうか?」

疫病神「ゴォォ……」

花陽(もしかして、お湯が足りてないのかな?)

花陽「ちょっと待ってください」



海未「カヨは命を吸われている様子はありませんね。どうやらまだこの世界の住人として認められていないようですね」

フミコ「ひとまず安心といったところでしょうか」

海未「ここからどうするのか見物ですね」
133: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/29(水) 23:21:21.96 ID:+lx1soBZ0
花陽「えっと……確かこのへんに……あった!」

穂乃果に教えてもらったボイラー室に札を届ける機械。やり方は簡単だ。札さえあれば。

花陽「……ことりちゃん」

返しに行こうと思っていた薬湯の札の数々。ことりからの好意を一度無碍にしてしまったため、それらを使うのは少し憚られた。

花陽「……使わせてもらうね」

決意を固め、一つを適当につかみ取ると希の元へと札を送った。
すぐに薬湯の準備は整い、後はひもを引くだけとなった。



海未「おや、薬湯の札をあんなに大量に……」

フミコ「若返りの湯の札まで……! あんな代物普通出しませんよ! 番台は何をやっていたんだ?」

番台「わ、わたしはあんなもの渡してませんよ!」

海未「ほう、それでは札が勝手に空でも飛んでいきましたか?」

番台「はい」

海未「は?」

番台「冗談です、すみません。ラブアローシュートだけは勘弁を」
134: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/29(水) 23:24:22.96 ID:+lx1soBZ0
花陽「うーん……!」グググ

固まりかけのコンクリートのように重く纏わりつく泥の中で花陽は何とかひもに手を伸ばそうと踏ん張っていた。

花陽「あと……少し……」グググ

花陽「と、届いたっ!」

指の先がわずかにひもの先端を捉え、薬湯の滝が巨釜に降り注いだ。
その瞬間に、気が緩んだ花陽は足元を滑らせて、真っ逆さまに風呂釜の中に転落した。
136: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/01(金) 20:42:52.72 ID:HZKh4j5L0
ゴチンッ! という大きな音で頭を釜の底にぶつけると頭が真っ白になって、目の前にはチカチカと星が散った。
すると今度は辺りが真っ暗闇に包まれていって、先ほど散っていた星たちはますます数を増やしていって、やがては視界いっぱいを埋め尽くした。

花陽「うぅん……私は一体どうなっちゃったの?」

暗闇の中、上を見上げると満天の星空。まるで外にいるみたいだ。

花陽「きれい……」

しばらくすると暗闇に目が慣れてきて周辺の様子を窺い知ることができるようになった。
辺りは見渡す限りうっそうと木々が茂る森の中だった。

花陽「森の中……? ううん、違う。この場所を私は知っている」

幼い頃、夏になると両親と一緒によく来た。

花陽「この場所は……山のキャンプ場だ。こんなにきれいな星空、忘れるはずがないよ」

山の雄大な自然に包まれて、しばし夢心地。
身体がふわふわと宙に浮かんだように感じられ、今度は段々体がポカポカと温まってくると、そこは母親の胎内のようにも感じられた。

花陽(そういえば、この場所であの子と出会ったんだっけ)

………ちゃ…! ……きて!

花陽(懐かしいなぁ……)

かよ……しっかり……! 

花陽(ん? あの子? あの子って誰だっけ? 確か名前は……)

「カヨちゃん!」

花陽「うぅん……」

穂乃果「よかった、目を覚ました! 大丈夫だった?」

花陽「あれ……ここは……」
137: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/01(金) 20:52:57.44 ID:HZKh4j5L0
穂乃果「びっくりしたよ! カヨちゃんたらお湯のひもを引っ張ったと思ったらそのまま足を滑らして落ちちゃうんだもん」

花陽「あ、そういえば……。お、お客さんは?」

疫病神「ぐおぉぉぉぉ!!」

花陽「ひっ!? だ、大丈夫ですか?」

薬湯を浴びた疫病神の体の黒霧は煙になって少しずつ分解されている。

疫病神「イ……イタイイタイイタ!!」

花陽「す、すみません、すぐにお湯を止めるので……」

疫病神「アァァァァァ!!!」バキッ

花陽「きゃぁぁぁ!」

穂乃果「うわわっ!?」

疫病神は狂ったように腕を振り回し、壁や床に穴を開けた。

疫病神「イタイイタイイタイ!! カラダガヤケル!!!」ブンブン

穂乃果「は、早く逃げよう!」

花陽「うん……ほ、穂乃果ちゃん!! 後ろ!!」

穂乃果「へ?」

逃げる二人の背後から疫病神の強烈なパンチが飛んでくる。

花陽「ふ、伏せて!!」

穂乃果「!!」

花陽(ダメだ……間に合わない……!)



海未「失礼っ!」

空から舞い降りてきた海未の手にはロープが握られていた。
それを疫病神に向かって投げると、ロープの先端は幾重にも分かれていき、あっという間にその体躯を縛り上げてしまった。
138: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/01(金) 21:19:40.89 ID:HZKh4j5L0
穂乃果「た、助かった……」ヘタッ

疫病神「う……ぐぐ……」

海未「くっ……強い……! 長くは持たなそうですね。カヨ、穂乃果、そのままよく聞きなさい。この神様は疫病神なんかではありません。とてつもなく重い病に罹ってしまった神様、つまりは患者です。薬湯がよく効いているのがその証拠です。今すぐ一番強力な薬湯をお出しなさい。このまま治療を続行します!」

穂乃果「了解! すぐ取ってくる!」

花陽「わかりました!」

穂乃果が番台へと向かっていったのに対して、花陽は足元の泥の中を探った。
薬湯の札は先ほどの大暴れが原因であちこちに散乱し、すべて泥水の底に沈んでしまっていたのだ。

海未「カヨ、何をしているのですか!!」

花陽「あ、あの! 強力な薬湯の札ってどんなのですか!?」

海未「……赤色の札です!」

花陽「赤色……」

一つだけ目立つ色をしていたためよく覚えていた。そして、それが散乱し飛んで行った場所も。

花陽「確かこの辺に……」

泥水の中を闇雲に手探りで見つけるしかなかった。

「ごぉぉぉぉ!!バタバタ」

海未「か、カヨ! まだですか!?」

花陽「あ、ありました! これですか?」

海未「札にはなんと書かれていますか!?」

花陽「えっと……かい……かいしゅん?」

海未「それです! それを早く!」

「ぐぉぉぉぉ!!」グググ
139: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/01(金) 21:25:02.37 ID:HZKh4j5L0
黒霧の体を縛るロープは今にもはち切れそうだった。
再び壁際の札を送る機械まで泥の中を進んでいって、留め具の先に札を挟んだ。

花陽「お、送りました!」

「がぁぁぁ!!」ブチブチ

海未が出したロープが破られるのとほぼ同時に、薬湯の種類が切り替えられ、黒霧の化け物に黄金の湯が浴びせられた。

「あ……ぁぁぁ……」

凄まじい量の蒸気が発生し、その中に花陽も一緒に飲み込まれてしまった。

花陽「げほっげほっ……」

辺りは真っ白で巨釜だけがそのなかにぽっかりと佇んでいた。

「ぁぁぁ……花陽」

花陽「え……?」

巨釜の中から大きな老爺の顔が浮かび上がった。

「良きかな……」

花陽「……」ポカーン

花陽があっけにとられていると湯気の霧は元通りに晴れていった。

穂乃果「おーい! お札持ってきたよー! ……って何じゃこりゃー!?」

花陽「あ、穂乃果ちゃん。もう終わっちゃったよ」

穂乃果「えっ? なんで? だって薬湯の札は番台にしかないはずじゃ……」

花陽「ごめんね。実は泥の中に落としちゃってたんだ」

穂乃果「なぁんだ、そうだったんだ。何はともあれ無事でよかった!」

花陽「穂乃果ちゃんもありがとう♪」
140: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/01(金) 21:27:49.53 ID:HZKh4j5L0
海未「こら、まだお客様の前ですよ」

ゴゴゴゴゴゴ

海未「お客様のお帰りです! 大戸を開けなさい!」

巨釜の中心がブクブクと泡立つと、中から現れたのは体長二十メートルを超えるであろう巨人であった。

海未「だいだらぼっち……!?」

だいだらぼっち「あっはっはははははははは!!!!!」ズシンッ

だいだらぼっちは器用に柱を登っていくと、三階に開け放たれた大戸から外へと飛び出していった。
外に出るとその巨体は頭が雲にかかるのではないかと思われるほどにみるみる膨張していき、そして二歩、三歩と歩かぬうちに地平線の遥か彼方へと立ち去ってしまった。
142: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/03(日) 01:15:55.32 ID:W8rcYroL0
花陽「……あれ、これは……?」

花陽の手の中にはいつの間にか泥団子のようなものが握られていた。

穂乃果「カヨちゃん、なぁにそれ?」

花陽「うーん……わかんないや。いつの間にか手の中にあったんだ」

穂乃果「そっかぁ、不思議なこともあるもんだねー」

花陽「私はここに来てからずっと不思議なことだらけだけどね……」

穂乃果「あはは……ん? なんだか床がキラキラ光ってない?」

花陽「ほんとだ。何だろう?」

穂乃果「これ……金だよ!」

海未「金ですって!? ちょっとよく見せてください!」

海未「……これは、本物です。本物の金ですよ!」

「ほ、本物の金だって!」

「凄い、床に散らばっているの全部!?」

海未「カヨ、よくやりました! 大儲けです!」ギュッ

花陽「わわっ!?」

花陽(あ、あの海未さんに褒められた!? ……凄く嬉しいかも)
143: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/03(日) 01:21:22.40 ID:W8rcYroL0
海未「あのだいだらぼっちは名のある山の神様ですよ!」

穂乃果「おお、それは凄い! でも、そんな立派な神様でも病気になっちゃうんだね」

海未「それは……恐らく公害が原因でしょう」

花陽「公害?」

海未「愚かな人間共が、私利私欲のために自然を壊し、毒をまき散らしたのです。結果、山の神は怒り、同じ苦しみを味合わせるために感染症をまき散らす疫病神となったのです……!」ギリッ

花陽「う、海未さん?」

海未「人間が……人間がいなければ……!!」ギリギリ

海未の瞳は怒りで真っ赤に燃えていた。そこにはいつもの理性は感じられなかった。

花陽(ひっ!? こ、ころされ……)

穂乃果「う、海未ちゃん、落ち着いて!」

海未「ふぅーっ……ふぅーっ……」

穂乃果「原因は確かに人間にあるかもしれないけれど、花陽ちゃんは悪くないよ。それどころか疫病神になった神様を助けてくれたじゃん」

海未「そう……そうですね……。失礼しました。少し取り乱してしまいました」

花陽「あ、あの……すいません! 人間が何も考えずに神様に酷いことして……」

海未「ふぅ……もういいのですよ」

花陽「いえ、私もこれからは自然のことをもっとよく考えなきゃって思います」

海未「それは良い心がけですね。あなたにはこれからも期待しています」

花陽「あ、ありがとうございます!」

海未「ふふ、あなたはもうすっかり私たちの仲間ですね。……人間にしておくんじゃ少々勿体ないですね」

花陽「え、それってどういう……」

海未「人間の殻を破って、穢れなき真の姿へと脱却するのです。少し体をいじらせていただければ私たちのように魔法が使えるようになりますよ」

花陽「え、私が魔法を?」

海未「そうです。使ってみたくないですか?」

花陽(魔法……昔読んだ本の魔法使いに憧れていたな。もし本当に私が魔法を使えるようになったら、それでお父さんとお母さんも元に戻せるようになるのかな?)

海未「この世界にやってきた人間は皆魔法を求めました。あなたも望むならその力を授けますよ?」

花陽(魔法の力……確かに凄く魅力的だけど、そのためには人間ではなくこの湯屋の人たちと同じ体になるってこと……。それって元の世界に帰れなくなるってことじゃ……)

海未「さあ、どうします?」


花陽「……私は――」
144: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/03(日) 10:34:52.70 ID:W8rcYroL0
穂乃果「はい、カヨちゃん。ご飯貰ってきたよ」

花陽「ありがとう」

穂乃果「よいしょっと」

二人は寝室のある三階の縁側に腰を降ろして遠くの景色を眺めていた。
夜もすっかり深くなり、月明かりに照らされた濃紺の海面が時折波で揺れる以外に動くものは何もなかった。

花陽「周り全部海になっちゃったね」

穂乃果「雨が降ったからねー。元通りになるのに一週間はかかるよ」

花陽「へぇー一週間も? それは大変だ」

穂乃果「街に行くのは確かに大変だね。まあ、めったなことじゃ行かないけれどね」

花陽「あの街には何があるの?」

海の向こう側、ほんのりと灯る街明かりを指して聞いた。

穂乃果「あの街には自由があるんだよ」

花陽「自由?」

穂乃果「ここにいるみんなはいつかあの街に行きたいって思ってるんだよ」

花陽「ふーん……そうなんだ」

花陽は神様から貰った団子を見つめていた。何でできているのか皆目見当はつかないが表面はつやつやとしていて美味しそうに見えないこともない。
そこで、その端っこを少しだけ齧ってみることにした。

花陽「んぐぅぅ!?」

穂乃果「どうしたの?」

花陽「はぐっはぐっはぐっ」

花陽(うぇぇぇ……すっごく苦い……何とかご飯で相殺したけれど、これはとても食べ物とは思えないな)
145: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/03(日) 10:38:57.81 ID:W8rcYroL0
穂乃果「ねぇ、カヨちゃん」

花陽「なぁに?」

穂乃果「本当によかったの?」

花陽「……うん。魔法の力は私には必要ないよ」

穂乃果「勿体ないなぁ。海未ちゃんが魔法の力を与えることなんて滅多にないんだよ?」

花陽「……」

魔法に関しては未練がないわけではなかった。
しかし、それを受け入れるということはこの世界への順応。すなわち元の世界へ帰るのを諦めることを意味していた。
結局花陽は海未の申し出を断り、人間のまま元の世界への手がかりを探すことにしたのだった。

花陽「穂乃果ちゃんも魔法が使えるの?」

穂乃果「うん」

そう言って穂乃果は手の平の上に小さな火の玉を作って見せた。

花陽「それじゃあ穂乃果ちゃんも元は人間だったの?」

穂乃果「……ずっと昔の話だよ。にこちゃん、真姫ちゃん、それにあの海未ちゃんもそうだったんだって」

花陽「海未さんも?」

穂乃果「うん。穂乃果がここにくるよりさらに前ならしいんだけど。……海未ちゃんはね、この世界に迷い込んだ私を拾ってくれたんだ。今は少し変わっちゃったけど」

穂乃果「その後、にこちゃんが来て真姫ちゃんが来て……それから凛ちゃんが来たんだ」

花陽「凛ちゃん……」

穂乃果「それさえも大分前の話だけどね。……そして昨日カヨちゃんが来た」

花陽「みんなは、元の世界に帰りたいと思わないの?」

穂乃果「……帰れないんだよ」

花陽「え?」

穂乃果「私たちはこの世界で罪を背負ったの。それを償うまではずっと……」

花陽「……罪って?」

穂乃果「……」

いつも元気一杯な穂乃果は今までに見せたことがないほど悲しそうな顔をしていた。

穂乃果「今日はもう寝た方がいいよ。明日も早いんだし」

花陽「……うん、そうだね」

花陽(お父さんとお母さんは勝手にお店の食べ物を食べたことで罪を背負った? それじゃあ私の罪って……)
147: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/03(日) 23:49:04.04 ID:W8rcYroL0
にこ「……」キョロキョロ

深夜、にこは人気のなくなった湯屋の中を用心しながらある場所へと向かっていた。

にこ「このあたりね」

そこはだいだらぼっちによって大量の金が撒かれた大湯であった。
金はあの後海未がすべて回収してしまったが、その残りがないかと探しに来たのだ。

にこ「まったく海未様ったらいつもこういう美味しいところ独り占めしちゃって。あの中からほんの少しでも手に入れることが出来れば私も街に出て行ってそれから……」

カツン

にこ「! これは、金だわ! やっぱりまだ残っていたのね」

カツン

にこ「あ、また! って、今上から降ってきたような……」

ことり「こんばんは〜♪」

にこ「! だ、誰よあなた! こんな時間にこんな場所に……ただのお客さんではないわね」

ことり「えぇ〜ひどいなぁ。私は普通のお客さんだよ?」

にこ「そんな嘘には騙されないわよ。いい? すぐに出ていかないとみんなを起こしてとっ捕まえてやるわよ」

ことり「それは困るなぁ。それならこれでどうかな?」

ことりの手の平からはざくざくと金が湧き出てくるではないか。

にこ「わ、賄賂ってわけ?」ゴクリ

ことり「ふふ、あなたが望むだけ出してあげてもいいんだよ?」

にこ「わたしが望むだけ……」

ことり「ほら、あ・げ・る♪」

にこ「ちょ、ちょうだい!!」ガシッ

ことり「ふふ、欲張りさん。そんなあなたは……ことりのおやつにしちゃうぞ♪」ガシッ

にこ「えぇ?」

ことり「ちゅっ〜〜〜♪」

にこ「んんっ!?」

ことりの熱い口づけはにこの口からその魂を吸いだしていった。
しばらくもがいていたにこはやがて気を失って動かなくなってしまった。

ことり「ふふ、ごちそうさま♪」
148: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/03(日) 23:58:43.03 ID:W8rcYroL0
ヒデコ「誰かいるのー?」

見回りをしていたヒデコが物音を聞きつけて大湯へやってきた。

ことり「こっとこっとこ〜! 湯屋オトノキ〜……ナンバーワン!」

ヒデコ「わわっ!? にこさんかと思った……。えーと、お客様ですか?」

ことり「うん、そうだよ!」

ヒデコ「悪いんですけど、今日はもう閉めちゃったんで明日またお越しください」

ばらばらばらっ

ヒデコ「こ、これはっ!?」

ことりは大量の金をばらまいた。

ことり「お金ならいくらでも払うよ? 私はとってもお腹が空いたんだ。それにお風呂にも入りたいな。今すぐみんなを起こさないと……」

ことり「ことりのおやつにしちゃうぞ〜! がおー♪」
149: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/04(月) 00:08:54.63 ID:KUDRE1Nn0
花陽「おーい、お父さーん! お母さーん!」

花陽は嬉しそうに豚小屋へと続く花畑を駆けていた。
手にはだいだらぼっちから貰った団子を握っていた。

花陽「ほら、見て! 山の神様から貰ったお団子だよ! これを食べれば人間に戻れるかもしれないよ!」

両親と思しき豚に話しかけたのだったが、その声に反応したのは豚小屋中の豚たちであった。

花陽「え、え? お父さん? お母さん?」

花陽の元へと群れてくる豚たちの中から両親の姿を見分けることは不可能だった。
みんながみんな花陽の持っている団子を食べようと必死だった。

花陽「だ、ダレカタスケテー!!」
150: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/04(月) 00:26:47.95 ID:KUDRE1Nn0
花陽「はっ!?」

布団から飛び起きるとそこは湯屋の三階にある共同寝室であった。

花陽「はぁ……また嫌な夢だ。ここに来てから毎日だな……」

体中には嫌な汗をかいていて、それを湿らせた手拭いで拭いてやると洗い物のかごの中に放り込んでやった。

花陽「洗い物溜まってる……。これも新入りの私の仕事ってことだよね」

元の世界では洗濯などほとんどしたことはなかった。それも洗濯機に洗剤と共に放り込むだけの簡単な作業だ。
この湯屋にはそんな便利な機械は存在しないため、すべて手洗いである。
ぎこちない手つきで洗濯板と桶を使ってゴシゴシと懸命に着物や手拭いを洗った。
大した量ではなかったのだが、何しろ手作業であるため幾分か時間が経ってしまった。

花陽「ふぅ〜ようやく洗濯終わったよ〜……」

縁側の物干しざおに掛けた洗濯物たちは海と空の青さの中を風にはためき泳いでいた。

花陽(お母さんは毎日私たちのお洋服を洗濯してくれていたんだね。もちろんお洗濯だけじゃなくって部屋の掃除やお買い物、それからお料理まで……)

家事の大変さを噛み締めると同時に一仕事を終えたときの清々しい達成感を味わった。

花陽「よ〜し、今日も一日頑張るぞー!」

花陽「って、あれ? そういえばみんなは? まだお昼だし、いつもならみんなまだ寝ている時間だよね」
151: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/04(月) 00:39:21.37 ID:KUDRE1Nn0
花陽「あ! 穂乃果ちゃん!」

穂乃果「カヨちゃん! 今ちょうど起こしに行こうと思ってたんだ!」

花陽「こんなに早い時間からみんなどうしたの?」

穂乃果「ふふ、これ見て! じゃーん!」

花陽「これって金?」

穂乃果「そうだよ! この一粒だけでもどれだけ沢山のパンが買えることか……!」

花陽「この一粒にそんな価値が……。でも一体どうやって?」

穂乃果「すっごく気前のいいお客さんが来たんだよ! 今ならちょっとお料理持って行っただけでばらばらー!って金をばら撒いてくれるんだよ。海未ちゃんはまだ寝ているし、またとない大チャンスってやつだね!」

フミコ「穂乃果、ミカ、もう一回行こうよ!」

ミカ「あはは、もう何回目ー?」

穂乃果「よし、それじゃあカヨちゃん! このチャンスを無駄にしないようにね!」

花陽「金か……。そんなに大事なものなのかな?」
152: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/04(月) 01:04:56.13 ID:KUDRE1Nn0
特に金に興味のなかった花陽は一人寝室へと戻り、全員分の布団を干していた。

花陽「あ、ここからでもお父さんとお母さんのところ見えるんだ」

遠い崖の上に豚小屋とそこに続く花畑の道が見えた。昼間に外の景色を見たのは初めてだった。

花陽「お父さんとお母さん、太ってないといいなぁ……」

今朝見た夢の中では既にほかの豚と区別がつかなくなっていたことを思い出して、途端に不安が頭をよぎった。
昨夜の大雨によって生まれた海を眺めることはそんな不安な気持ちを紛らわすのにもってこいだった。
しばらくの間ぼんやりと波の数を数えていたら、金色の光の線が一本青い海を横切った。

花陽「! あれは……橋のところで見た鳥だ!」

金色に輝く大きな鳥は海の上を低く飛んでいたかと思うと、急上昇し、空高くで停止した。そこで翼を乱暴に振り回しもがいている。
立派な翼からは次々に羽が抜け落ちていった。

花陽「何かに追われている……?」

よくよく目を凝らしてみると、鳥の身体の表面には何かキラキラと光るものが纏わりついている。
それは大量の泡のようなものであった。それらは鳥がどんなに速く飛んでみてもしつこく追い回し、体の自由を奪っているようだ。

花陽「あれって、泡? 何かの魔法なのかな?」

翼に付着した泡は鳥の動きを鈍らせ、その隙に今度は泡は鳥の顔の周りに集まっていった。
すっかり顔を包み込んでしまうと、鳥は息ができなくなったようで苦しそうにし、そのまま海の中へと転落していった。

花陽「あれ……泡かと思ったけど、水の塊みたい。空中であの鳥を溺れさせたんだ……!」

海の中に落ちた鳥は、海底を物凄い速さで飛ぶように泳いでいた。
湯屋の目の前で海中から飛び出すと、花陽の目と鼻の先を上に向かって飛んで行った。

花陽「うわぁ!?」

尻もちをついた花陽の前にそれを追うように大きな水柱が立ち上がった。

花陽「さっきよりも大きくなっている!」

よく見ると水柱の先端は人の手の形をしており、その大きな手で鳥を水中へと引き摺り込もうとしているようだ。

花陽「た、助けなきゃ!」

鳥は今にも捕まりそうになっていた。

花陽「凛ちゃん! こっちだよ!! 凛ちゃーーん!!!」
153: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/04(月) 01:10:43.83 ID:KUDRE1Nn0
花陽は気付くとそう呼びかけていた。

花陽(え……凛、ちゃん?)

金色の鳥はその声に反応したようでピタッと動きを止めると花陽の方をしっかりと見据えた。
その隙に大きな水の手に全身を掴まれてしまった。

花陽「あぁ!? ど、どどどうしよう? 私のせいで……」

水の手に掴まれた鳥は暴れる様子も見せずにじっと花陽の方を見つめたままだ。

花陽(凛……ちゃん?)

すると、金色の身体は忽ち燃えたような赤色に染まっていった。
そして、凄まじい熱気と共に放射状に炎を噴出したではないか。
あたりの水分は全て一瞬のうちに蒸発して消えてしまった。

花陽「よ、よかった……」

ほっと一息つこうと思った、その時だった。
海面の一部がブクブクと泡立ち、盛り上がったかと思うと、再び大量の水の塊を形成し、真っ赤に燃える鳥『朱雀』へと襲い掛かった。

花陽「凛ちゃん! 気を付けて! 下から水が来てるよ!!」

今度は水に捕まるより早く朱雀は飛び立った。
一直線に花陽のいる縁側へと向かってくる。

花陽「何とかしなきゃ」

花陽は朱雀が部屋の中へと飛び込んでくるのと同時にガラスの引き戸を閉めた。
後を追ってきた水の塊たちはそれにぶつかると弾け飛んでただの水へと戻った。

朱雀「ぐるるるる……」

花陽「凛ちゃん、大丈夫? 酷いケガ……」

朱雀の身体はボロボロだった。羽は抜け落ち、翼は曲がり、片足を引きづっていた。
しかし、朱雀は残った力を振り絞って窓から飛び立っていった。
花陽はその後を目で追うと、平衡感覚を失ったようにふらふらと飛んでは壁にぶつかり、屋上へと向かっていく朱雀の姿を捉えた。

花陽「海未さんのところへ向かってる……。どうしよう、凛ちゃんが死んじゃう!」

花陽は居ても立っても居られなくなって部屋を飛び出した。


その後、誰もいなくなった部屋の中、先ほど弾け飛んだ水でできた小さな水たまり。
それが宙にふわりと浮かび球状の塊になると、そっと花陽の肩の上に飛び乗った。
155: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/10(日) 23:13:14.29 ID:lRATHQvU0
真姫「愛してるばんざ〜い♪」

真姫が演奏する洋琴のメロディーの中をスキップで駆ける少女がいた。

ことり「ふんふ〜ん♪」

「ことりさまー! こちらにお恵みをー!」

手から金を出すことができることりは湯屋一同で手厚くもてなされていた。
その歓迎の裏には邪な欲望が見え隠れしていたが……
それでも周りを囲む従業員たちは皆跪き、ことりは大きなお城のお姫様になったような気分で満足していた。

ことり「ふふふん、ことり様のお通りだい!」

フミコ「あ、来たよ!」

ミカ「ほんとだ! ことり様ー! どうかこちらにー!」

穂乃果「お願いしまするー!」

ことり(この湯屋には可愛い女の子がいっぱいだなぁ♪ 次はどの子にしようかなぁ?)

ダダダダ

花陽(早く最上階までいかなくちゃ!)

「ちょっとそこのあなた!」

花陽「はい! あ、番台さん」

番台「むっ、誰かと思えば新入りの……」

花陽「あの、私急いでるんで用件なら手短にお願いします」

番台「ふぅん、なんだか生意気ね。まあいいわ。今からここを大切なお客様が通るからすぐに退きなさい。エレベーターも使用禁止!」

花陽「えっ、でも私も上に行かなきゃいけなくて……」

番台「ぐずぐず文句言わないで! 上に行きたきゃ別の手段を探しなさい。とにかくとっととここから……ってうわぁ!?」ドンッ
156: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/10(日) 23:25:28.73 ID:lRATHQvU0
ことり「ふふん♪」

花陽「あ、ことりちゃん! あ……あのときは、その……ありがとう!」

ことり「うん♪ カヨちゃんの役に立てたなら嬉しいな

花陽「それから、その……酷いこと言ってごめんね?」

ことり「酷いこと? なんのことかな?」ニコニコ

花陽(私に気を使ってくれているのかな? それとも……)

ことり「あ、そうだ。ほら、これ!」

花陽の前に差し出された両手。そこには温泉が湧き出るように金が出現した。
その量は手から溢れだして床に散らばるほどである。周囲の従業員からは羨望の眼差しと感嘆が浴びせられた。

花陽「え、これ……」

ことり「ほら、カヨちゃんに全部あげるよ?」

花陽「……いらないです」

ことり「え?」

花陽「欲しくないです」

ことり「なんで? みんなはこれを見ただけで飛びついてきたんだよ?」

花陽「私が本当に欲しいものは……」

花陽の頭には笑顔で食卓を囲む家族の姿が浮かんでいた。

ことり「また……貰ってくれないんだね」

花陽「私の欲しいものはことりちゃんには出せないよ」

ことり「……」

花陽「私、急いでいるから……ごめんね!」ダッ

ことり「あっ」
157: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/10(日) 23:29:52.52 ID:lRATHQvU0
花陽が駆け出すのと同時にことりの手の隙間からは次々に金の粒が零れ落ちていった。

「「わぁぁぁああ!!!」」

金に群がる人の波が一斉にことりの足元に寄せたが、ことりは気にも留めず、ただ花陽が去っていった方向を寂しそうに見つめるだけだった。

穂乃果「いぇーい! お宝ゲットー!!」

ミカ「にしし、大量大量♪」

番台「こら! お前たち! お客様に失礼でしょ!」

フミコ「ちぇー。自分だけいい子ぶっちゃって」

番台「うるさい。ほら、散った散った!」

真姫「全く、どうなってんのよ。必死で頼まれたから演奏しにきてやったらこのあり様だし。もう帰っていい?」

番台「こら! お客様の前でしょ!」

真姫「ふんっ! 私の音楽を聴こうとしないやつなんてお客様だなんて思ってないわ」

番台「なんてことを……! こ、ことり様。大変失礼しました……。世間知らずの小娘どもでして」

ことり「……しいな」

番台「?」

ことり「さびしいな……」

真姫「?」イミワカンナイ

ことり「誰か私を慰めてくれないかな……」

番台「あの、ことり様?」

ことり「ん? 私を慰めてくれるの?」

番台「は、はぁ」

ことり「ふふっ、そっか……それじゃあ」



ことり「いただきます♪」チュー
158: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/10(日) 23:42:02.46 ID:lRATHQvU0
真姫「なっ!? ちょ、ちょっと! 人前でいきなり……///」

番台「むぐぅ!?」ジタバタ

ことり「ちゅー……ぷはぁ! ごちそうさま♪」

番台「」

真姫「まったく……番台さん。ほら、早く起きなさいよ」サスサス

番台「」

真姫「ちょ、ちょっと!」

真姫(なにこれ? 脈は辛うじてあるみたいだけど、深い眠りについたような……)

真姫「魂が抜けてる……?」

ことり「うふふ♪ あれぇ? あなたもすっごく可愛いね♪ ことりのおやつになってくれる?」

真姫「や……や……」

ことり「ふふ、いただきまーす♪」チュー

真姫「んん!?」

「ふふ……ふふふ……」

計三人もの魂を吸ったことりの姿はおぞましいものへと変化していった。

「に、逃げろー! 化け物だー!」

フミコ「な、なんなのあれ!」

穂乃果「た、大変だ! 海未ちゃんに知らせなきゃ!」



(・8・)「……」
160: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/13(水) 01:35:33.10 ID:NANnWvei0
花陽「あのはしごを登れば一気に頂上までいけそうだね。でも……」

屋内から最上階へ行くにはエレベーターを使う以外に方法はなかった。他に最上階まで行く手段があるとすれば、それは屋外に設置されたはしごを用いることだ。
壁面に取って付けられたようなはしごはめったなことでは使われないため、ひどく貧相な造りになっていた。
そして、そのはしごまでの道は古くなったパイプの一本道である。

花陽「下の階まで降りている時間もないし、ここを渡るしかない……!」

上服の裾を襷でしっかり結って、ズボンの裾をたくし上げ、大きく深呼吸をする。
まっすぐと自分の行く道を見据え、頭の中でイメージトレーニングをする。

花陽「大丈夫……できるよ」

ぐっと決意を固め、思い切ってスタートをきる。
花陽の体重がパイプに掛かると、老朽化した固定材が次々と弾け飛んでパイプはぐんぐんと壁面から引き剥がされていく。

花陽「わっわっわっ!?」

バランスを崩しそうになりながらも決して足を止めることなくパイプの一本橋を突っ走り、そして、なんとかはしごの淵に手をかけることに成功した。

花陽「はぁ……はぁ……よしっ!」
161: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/13(水) 01:46:16.46 ID:NANnWvei0
はしごは海未の部屋のある最上階の窓まで続いていた。
高い所が苦手な花陽は必死に上だけを見つめていた。彼女の目に映るのははしごの終わりではなくその先、大切な友人の姿だけだった。

花陽「あれ? この窓鍵がかかっている?」

押しても叩いてもびくともしない窓。

花陽「うーん……開かない。ちょっとお下品だけどお尻で思いっきり押してみようかな?」

そのとき、花陽の肩に乗っていた水球がふわりと浮き上がり、そっと窓の隙間から建物内部へと進入した。
そして内側からカギを押し上げ、開錠すると窓の淵へと隠れた。

花陽「せーの……よいしょ!! っと、うわぁぁぁあ!?」ドシーン

先ほどまで何をやってもぴくりともしなかった窓が突然いとも簡単に開いたので、花陽は勢い余ってお尻から窓の中へと転がり込んだ。

花陽「いてて……ここは……海未さんの部屋にも繋がっているよね?」

思い切り打ち付けたお尻の痛みも忘れて、すぐさま立ち上がると、凛の居場所を求めて駆け出した。
162: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/13(水) 02:00:51.33 ID:NANnWvei0
花陽「ん? この部屋、なんだか他の部屋と少し雰囲気が違う……」

少し広々とした部屋の中にはそこかしこに巨大な恐竜のぬいぐるみが置かれていた。
ゆうに花陽の身の丈を超えるそれらは薄暗い部屋も相まって本物のような迫力と存在感を醸し出し、まるで博物館へと足を踏み入れたようだった。

花陽(誰かの部屋なのかな? ん?)カサッ

足元にはお菓子やパンの包みがそこら中に散らばっていた。

花陽(食べ物の袋があるってことは、誰かがここで生活しているってことだよね。うーん……)

「―――!!」

花陽(!! 隣の部屋から声が聞こえる!)

海未「まったく! 私が少し目を離している間に好き勝手してっ!」

花陽(う、海未さんだ!)

海未「その化け物の正体はサキュバスです。とんでもないことをしてくれましたね、カヨは」

花陽(え、わ、私!?)

海未「ご両親の具合は? ……ええ、そうですか。いずれにせよあの子が元の世界に戻る方法なんて他にありませんよ。早くこの世界に慣れるようにどんどん仕事を与えなさい」

花陽(あわわ……お父さん、お母さん……。早くなんとかしなくちゃ!)

海未「とにかく、私もすぐに向かいますので、それまで何とか凌いでください。あ、それとカヨを見つけ次第引きずってでも連れてきなさい。それでは」


海未「……ふぅ。穂乃果」

花陽(? 穂乃果ちゃん?)

海未「穂乃果、寝ているのですか?」スタスタ

花陽(こっちへ来る!? ど、どうしよう?)

花陽は咄嗟に足元に転がっていた恐竜の着ぐるみを身に纏うと、他の恐竜達の群れの中へと混ざり込んだ。

海未「穂乃果?」ガチャリ

花陽(ここはもしかして……穂乃果ちゃんの部屋だったの!? 私の気配を穂乃果ちゃんだと勘違いしたとか? ……だとしたら、このままだと見つかっちゃう!)
164: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/17(日) 00:57:11.92 ID:LfGTR0kp0
海未「ふむ……なるほど」スタスタ

花陽(……)

海未「隠れていないで出てきなさい。私はこれでも忙しいのです」

花陽(ば、バレてる!?)

海未「……」

花陽(素直に出て行った方がいいのかな……)

海未「はぁ……まったく。少しだけ遊びに付き合ってあげましょう」

海未はズラリと並んだ恐竜のぬいぐるみをひとつひとつ品定めするように、一歩また一歩とこちらへと近づいてくる。

海未「ジトー……これではない……。ジトー……これでもないですね」

花陽(うぅ、絶体絶命だよ)

そして、ついに花陽の隣にならぶぬいぐるみまで海未はやって来てしまった。

海未「ジトー……」

花陽(あぁっ、神様仏さま恵比寿様……!)

海未「ふふっ、見つけましたよ!」

花陽(お、終わった……)

海未「穂乃果、みーつけたっ!」ギュッ

花陽(え、あ、あれぇ?)

海未を見ると、隣にある大きな三つ首の巨獣のぬいぐるみへと思い切り抱き着いていた。

「うぅーん……海未ちゃん……?」モゾモゾ

花陽(穂乃果ちゃん!? まさか隣の着ぐるみの中にいたなんて……)
165: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/17(日) 01:06:48.42 ID:LfGTR0kp0
海未「やっぱり穂乃果でしたね。というか、本当に寝ていたのですね。てっきりかくれんぼを仕掛けてきたと思い、のってしまったではありませんか」

「そんなんじゃないよー。穂乃果が下で大騒ぎが起きたって伝えに来たら、海未ちゃんはその後色々忙しそうにしてたから、なんだか退屈で眠くなっちゃって……」

海未「それはすいませんでした……。せっかく久しぶりに戻ってきたというのにあまり構ってあげられなくて。ですが、穂乃果のお陰で状況を把握できました。ありがとうございます」

「えへへ、穂乃果だってやるときはやるんだよ〜」

海未「ふふ、少しだけ大人になりましたね。可愛い子には旅をさせよと言いますし、下で働かせたのは英断だったかもしれませんね」

「穂乃果は海未ちゃんの子供じゃないよーだ! ……ていうか、穂乃果はお仕事結構頑張ったし、そろそろまたここに戻ってきてもいいかなぁ?」

海未「まだ三日も経っていないじゃないですか。せめて一か月様子を見て、その後のことはそれから決めます」

「えぇー!! 一か月も!?」

海未「当然です! ですが、まあ今日のところはここでゆっくりしていってください。私はまだ下の問題を片づけに行かなければなりませんので」

「そっか〜、お仕事頑張ってね!」

海未「ええ、ありがとうございます。あ、それと、特別にパンを用意しておいたので食べてくださいね」

「本当!? やったぁ! 海未ちゃんだーい好きっ!!」ギュー

海未「う、うわぁぁ!? ちょ、ちょっと!!」

ぬいぐるみだと思っていた巨獣の身体が海未へとのしかかり、顔をペロペロと舐め回している。

花陽(え? えぇぇぇぇ!? ど、どういうことなの!?)

海未「ほ、穂乃果! やめてください!」

穂乃果?「あ、ごめんごめん。つい!」

海未「その姿の時は立場をわきまえてください……」ゲッソリ

花陽(ずっと着ぐるみだと思っていた大きな怪獣。それは着ぐるみなんかじゃなくて穂乃果ちゃんの身体そのものだったなんて……)

穂乃果の身体は全長三メートルはある巨大な犬の姿になっていた。しかも、なんとその頭は三つもある。
それは花陽の大好きなファンタジー小説で読んだ、秘密の部屋の番犬ケルベロスのようだった。

海未「穂乃果、少しは痩せましたか?」

穂乃果「う〜ん、さっき測ったときは350キロまで落ちてたよ!」

海未「仕事を始める前から3キロしか減っていないじゃないですか! 一か月後までに二桁に持っていきなさい!」

穂乃果「そ、そんな! それじゃあ骨だけになっちゃうよ!」

花陽(あれが穂乃果ちゃんの本来の姿ってことなのかな? 衝撃的すぎて頭が混乱してきたよ……)

海未「とにかく! 私は仕事を片づけてくるので、話はそれからです」

穂乃果「……はーい」
167: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/18(月) 17:39:51.11 ID:lKivPFzI0
穂乃果「とりあえず、パンでも食べよっと」ゴソゴソ

花陽(穂乃果ちゃんだけだったら出て行っても大丈夫……かな?)

しかし、花陽の目の前にはかつての愛らしい仕事仲間の姿はなく、代わりにいるのは荒々しい風貌の冥界の門番である。
ギザギザの歯の並んだ大きな口は花陽を頭から丸かじりできそうだった。

花陽(どうしよう〜……)

穂乃果「おぉー、あったあった♪ 穂乃果の大好きな豚の丸焼き味だね!」

花陽(お布団みたいなパン生地に豚の丸焼きがそのまま挟まっている!?)

穂乃果「いっただきまーす♪ はむっ!」バリバリムシャムシャ

花陽(ぴゃぁぁぁ……声は穂乃果ちゃんのままなのに見た目がえげつないよぉ! お願いだから元の穂乃果ちゃんに戻ってぇ)

穂乃果「ごちそうさまー! 美味しかったぁ!」

花陽(……とりあえず見つからないように凛ちゃんを探さなきゃ)
168: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/18(月) 17:40:59.94 ID:lKivPFzI0
穂乃果(左)「くんくん……ねぇ、何か臭わない?」

花陽(ぎくっ! またこのパターン……)

穂乃果(右)「えぇー? そうかなぁ? 穂乃果よくわかんないや」エヘヘ

穂乃果(左)「絶対臭う! 穂乃果が言うんだから間違いない!」

穂乃果(右)「へぇー何の臭いなの?」

穂乃果(左)「ふんふん……なんか、美味しそうな臭い!」

穂乃果(右)「パンの臭いじゃない?」

穂乃果(左)「うーん、ちょっと違うような……。なんかね、新鮮な臭いなんだよ」

花陽(やっぱり見つかったらまずい! でも、早く凛ちゃんの元にも行かなきゃならないし……)

穂乃果(右)「穂乃果はどう思う?」

穂乃果「そんなことよりお腹いっぱいで眠くなってきちゃった」

穂乃果(左右)「「確かに!」」

穂乃果「三十分だけ寝よう」

穂乃果(左右)「「そうしよう!」」

穂乃果's「「おやすみ〜……ぐぅzzz」」

花陽(なんかよくわかんないけど寝ちゃった。流石穂乃果ちゃん! よーし、今のうちに……)ソローリ

穂乃果(右)「……!! 誰!?」ピクッ

花陽(ええ!? ほとんど足音たててないのに! 犬の聴覚ってやつかな?)

穂乃果(右)「……気のせいかな? 今確かに物音が聞こえた気がしたんだけどな」

穂乃果「ふぁ〜ぁ……まだ起きてたの? 早く寝ようよ……」

穂乃果(右)「そうだね!」

花陽(また、寝始めたけれど……どうしよう、このままじゃ一歩も動けないよ!)
169: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/18(月) 17:43:41.61 ID:lKivPFzI0
花陽(……いや、こんなところで立ち止まってる場合じゃないよね。扉までそんなに距離はないし、一気に走り抜けよう!)

扉まで一直線。ぬいぐるみとゴミを蹴散らし花陽は駆け出した。背後から獣の唸り声が聞こえた気がしたが、それでも気にせず一目散に扉を抜けると、そこはまさしく昨夜海未と契約を交わした部屋だった。
そして、暖炉の前にぽっかりと開いた大きな穴の手前に横たわっていたのは――

花陽「凛ちゃん!!」

フミコ「あっれー? カヨちゃん、なんでこんなところにいるのかなー?」

ミカ「あっ! この子知ってるよ! 穂乃果と一緒に働いていた!」

ヒデコ「えーなになに? みんな顔見知りなの? 私だけ初めましてじゃん」

花陽「フミコさん……今、一体何をしようとしてたんですか?」

フミコ「んー? ああ、今ね。使い物にならなかったこいつを始末しようとしていたところだったんだ」

フミコが指さしたのは手負いの朱雀だった。

花陽「どうしてそんなひどいことをするんですか! その鳥は凛ちゃん何ですよ!!」

フミコ「へぇ、そんなことまで知っているんだ。でも、この朱雀はもう助からないよ。さっさと楽にしてあげるのが共に仕事をしてきた仲間としてのせめてもの手向けなんだ」

花陽「凛ちゃんはまだきっと助かります。だから、私に任せてください」

ミカ「残念だけどそれは出来ないんだよねー。これは海未様のご命令だし、破ったら私たちの命の方が危ないよ」

ヒデコ「私たち三人は各階に見張り役として海未様から直々に任命されているんだ。いわば一番直属の部下なんだよ」

フミコ「ま、そういうことだから、いくら私の可愛い後輩ちゃんでも邪魔するなら容赦はしないよっと」

花陽(三対一……なんとか好機を作り出せないかな?)

ドスン……ドスン……

穂乃果「カヨちゃん! どうやら穂乃果の正体がバレちゃったみたいだね」

バサッバサッ

デュアパカ「メェェェェェ!!!」

花陽「ぜ、絶体絶命です!」



「はぁ、うるさいわねぇ……」
172: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/21(木) 01:16:23.13 ID:jUJ8EiC90
フミコ「だ、誰!?」

花陽「何だかすぐ耳元で声がしたような……」

花陽の肩に乗っていた水の球はぷかぷかと宙を舞い、全員の目の前に姿を現した。
それは地面にゆっくりと沈むとアクアマリンの色をした小さな泉を作り上げた。
そして、その泉の中からは透き通った白い肌にキラキラ光る金色の髪、怪しく輝く碧眼を兼ね備えた美少女が浮かび上がってきた。

「うーん、ちょっと透けるわね……」

少女の足元は陽炎のように靄がかかり、床が透けていた。

穂乃果「絵里ちゃん……?」

絵里「あら、その声は穂乃果ね。久しぶり。……随分大きくなったわね」

穂乃果「色々ありまして……」

絵里「でも、ちょっと太りすぎかしらね?」パチンッ

絵里が指を鳴らすと、ケロベロスの身体は手のひらサイズの子犬へと変身してしまった。

ほのか「ほ、ホノー!?」

絵里「ほら、あなたも」パチンッ

今度はデュアパカの身体がちっぽけな小鳥に姿を変えた。

デュアパカ「ぴー?」

絵里「さて……」クルリ

ヒフミ「……え? 私たちも?」

絵里「あなたたちには少し時間を稼いでもらおうかしら?」パチンッ

三人の身体は一つに繋がると、初めはケルベロスに、それから穂乃果の姿へと変わった。
174: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/21(木) 01:26:38.06 ID:jUJ8EiC90
花陽「あなたは一体……」

絵里「私はあの子……海未の姉よ」

花陽「海未さんの?」

絵里「ええ。似てないでしょ? ふふ、だって血は繋がっていないもの。ある魔法使いの姉弟子って感じかしら」

絵里「今日はあなたのお陰で妹が経営する湯屋を見ることができてなかなか楽しかったわよ。ありがとね♪」

花陽「……あなたはここへ何をしに来たんですか? あなたですよね、凛ちゃんに酷いことをしたの」

絵里「あら、酷いこと? それはこっちのセリフよ。散々忠告してやったのにそれにも関わらずこの子は……」ギリッ

絵里の瞳の奥には静かに怒りが渦巻いていた。

絵里「まあ、いいわ。それも今日で終わりだからね。……さあ、その朱雀をこちらに渡してちょうだい」

花陽「渡して……どうするんですか?」

絵里「罪を清算させるのよ。ちょっと強引な手を使ってね。……どの道その子はもう助からないわ」

花陽「お断りします!」

絵里「ふーん……友達思いなのね。でも、そういうの見てるのが一番イライラするのよねっ!」

そういって手を頭上にかざすと空気中の水分が凝縮されて巨大な矢を作り上げた。その大きさは矢というよりは槍と表現した方が正しいだろう。
以前海未が放ってきた矢よりも大きなエネルギーを秘めたそれは魔術の熟練度の高さを物語っていた。

花陽「凛ちゃんに手出しはさせませんっ!!」

絵里「二人仲良く帰りなさい……ダスビダーニャ」
175: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/21(木) 01:45:38.99 ID:jUJ8EiC90
穂乃果(ヒフミ)「待って――――!!!」

絵里「っ!! 穂乃果? ……いや、今はあの三人ね。一体何のつもり……」

ほのか「ほのー!?」

デュアパカ(チビ)「ぴー!!」

穂乃果「待て待て待てー!!」ダダダダ

三人組が姿を変えた穂乃果は子犬と小鳥の後を追いかけていた。

絵里「……はぁ。とんだ邪魔が入ったものだわ。……こらっ、あなたたち! 大人しくしていなさい!」

穂乃果「待ってよー!!」

ほのか「ほのー!!」

デュアパカ「ぴー!」

花陽「わわっ!?」

小さくなった穂乃果とデュアパカは花陽の肩へと飛び乗ってきた。
絵里が目を離したその瞬間、瀕死状態だったはずの朱雀は微かに目を開いていた。
そして最後の力を振り絞ってその羽毛を真っ赤に燃やすと絵里の足元の泉目掛けて火の粉を飛ばした。

絵里「あらぁ? ……油断した……わ」ジュワァ…

命を燃やし切った朱雀はぐったりとうなだれ、隣で口を開けていた真っ暗な穴へと吸い込まれていく。

花陽「待って、凛ちゃん! きゃあっ!!」

必死にその首元へしがみ付いた花陽は輝きを失った伝説の鳥と共に奈落の底へと落ちていった。
177: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/21(木) 02:06:59.54 ID:jUJ8EiC90
花陽「凛ちゃん! しっかり!」

落下していく最中、花陽は懸命に朱雀へと訴えかけた。
途中、肩に乗ったほのかとデュアパカは風圧で飛ばされそうになったため、そっと胸の中に抱いてやった。
穴は気が遠くなるほど長く感じられた。考える時間は山ほどあったが、最後に思い出したのは幼い頃暗闇のキャンプ場でみた満天の星空だった。

花陽(綺麗だったな……)

思い出の星空と共に足元にも星の絨毯が広がった。
しかし、それはよく見ると鋭く光る亡者たちの目だった。

花陽(私たちもあの中のひとつになるのかな……)

花陽はゆっくりと目を閉じた。
すると、段々と体がポカポカと温かくなってくる。

花陽(凛ちゃん……あったかい……)

花陽(こんなボロボロになって……もうゆっくり休んでいいんだよ)

体は一段と熱を帯びていく。
じんわりと胸が熱くなる。

花陽(やっぱり痛いのかな……?)

花陽(でも、凛ちゃんと一緒なら私はどんなことも怖くないよ)
178: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/21(木) 02:21:04.66 ID:jUJ8EiC90
体中が熱い。
服の表面は焼け、皮膚がジリジリと炙られるようだ。
気のせいか何かが焦げるような臭いもする。

花陽「……何かがおかしい」パチッ

目を開けると朱雀の体が炎に包まれていた。

花陽「ピャアッ!? あつっ、熱いよ!! どうなっちゃったのぉ!?」

花陽たちを背に乗せた朱雀は炎の矢となって、亡者たちが巣食う奈落の底を擦れ擦れで急旋回すると、壁面のパイプのような通路へと飛び込んでいった。

花陽「た、助かった? いや……熱い熱い熱い!? このままじゃゆでダコになっちゃうぅぅ……」

ほのか「ほの〜……」グデー

花陽「穂乃果ちゃんも限界みたい……あ、奥に光が見えてきた! あとちょっとだよ、頑張って!」

ズバーン!!

暗闇のトンネルの出口ではプロペラのようなものが回っていたが、そんなものお構いなしに思い切り突き破って花陽たちの体は光の中へと投げ出された。
179: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/24(日) 17:14:27.94 ID:lZudoDYK0
希「のわぁ!!? 何事や!?」

そこは希が働くボイラー室だった。花陽たちが出てきた穴は換気扇の通路だったようだ。
勢いよく飛び出してきた花陽のことを希は魔法の手でしっかりと受け止めてくれた。

希「こりゃたまげた……。まさか換気扇にカヨちゃんと火の鳥が詰まっとるなんて思わんかったわ……。道理でたまに嫌なにおいがすると……って、ちょ!」

花陽「凛ちゃん! 大丈夫!? 凛ちゃん!!」ダッ

朱雀「きゅぅぅ……」

花陽「希ちゃん、どうしよう……凛ちゃんが死んじゃうよぉ!」

希「落ち着いて! まだちゃんと息はある!」

朱雀「ぎゅるるぅ……!」

花陽「ぁぁ……凛ちゃん」

希「確かにこれは酷い傷やね……。外傷もだけど、体ん中で何かが暴れてるみたいや」

花陽「体の中?」

希「魔法の傷……いや、これは悪魔の呪いかもしれんなぁ。何か強力な薬でもあれば話は早いんやけど……」

花陽「薬……あ、これじゃダメかな?」ゴソゴソ

希「それは苦団子? 一体どこで……」

花陽「山の神様からもらったんだ」

希「それは不治の病からケガや呪いまで効く万能薬や。それなら効果があるかもしれん」
180: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/24(日) 17:35:44.83 ID:lZudoDYK0
花陽「凛ちゃん、口を開けて!」

朱雀「ぐるるる……」

花陽「お願い……」

希「半分に割るんや!」

花陽「うん! 何とか口の隙間から……よしっ! 飲んで!」

朱雀「ぐぇっ!?」バサバサバサ

花陽「が、我慢して!」

希「ああっ! 仕事場がどんどん滅茶苦茶に……」

朱雀「がはぁっ!!」ペッ

花陽「あっ! なんか吐き出したみたい!」

「きゅぅ!」ボテッ

花陽「な、何これ? ちっちゃな……悪魔?」

凛が吐き出した小悪魔。そいつはねじ曲がった二本の角にとがった耳と鼻、全身毛むくじゃらの体毛を生やした酷く醜い姿をしていた。
181: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/24(日) 17:40:53.52 ID:lZudoDYK0
「……」キョロキョロ

希「そいつや! そいつが凛ちゃんの体の中で悪さしとったんや!」

花陽「こ、こいつが……」

「……」テテテ

希「あ、逃げちゃう!」


パンッ!!


花陽「ふぅ……凛ちゃん、敵はとったよ」ニッコリ

「……」チーン

希(何の躊躇いもなく叩き潰したー!? 悪魔とはいえ見た感じ小動物なのに!)

花陽「希ちゃん、何か手を拭くものないかな?」

希「あ、はい。これ使い」

花陽「ありがと」フキフキ

希(カヨちゃん……恐ろしい子……!)
182: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/25(月) 02:51:33.11 ID:VZ8Shwn+0
花陽「そうだ! 凛ちゃんは?」

はじめ苦しそうに顔を歪めていた朱雀はやがて穏やかな表情を取り戻すと、人間の少女の姿へと戻った。

花陽「あぁ、やっぱり凛ちゃんだった……。大丈夫、凛ちゃん? まだ具合悪い?」

希「今はそっとしておいてあげな。悪魔との闘いでえらい消耗しとるみたい」

花陽「悪魔……あの悪魔って一体何なんですか? さっき凛ちゃんのことを攻撃してた海未さんのお姉さんと関係があるんですか?」

希「海未ちゃんのお姉さん……えりちのこと? そっか、えりちと会ったんやね」

花陽「絵里さんのこと知ってるんですね」

希「うん……。えりちはな、この世界に一番最初に迷い込んできた。ウチの一番古い友達なんよ」

花陽「一番最初って……海未さんよりも早くってことですか?」

希「そうだよ。えりちは海未ちゃんのお姉さん弟子って聞いたやろ? 二人は最初はすっごく仲が良かった。それこそ本当の姉妹のようだったんよ。でも――」

希は大きく息を溜めた。

希「しばらく経ってこの世界に穂乃果ちゃんが迷い込んできた。海未ちゃんは右も左もわからない穂乃果ちゃんに親切にこの世界のことを教えてあげた。もちろんえりちも出来る限りのことはしていた。けれど、海未ちゃんは次第に穂乃果ちゃんと過ごす時間の方が増えていった。穂乃果ちゃんもよく懐いていた」

希「えりちはな、誰よりも元の世界へ戻る方法を必死で探していた。人に親切にすることは大切だけれどあくまで自分のことの二の次だったんよ。それである日、海未ちゃんと喧嘩をした。志の違いってやつかな。えりちは一人この世界から出る方法を探し続ける道を選んだ。海未ちゃんは穂乃果ちゃんと一緒に小さな湯屋を始めた。この世界で暮らしていくことを決心したのかもしれんね」
183: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/25(月) 02:57:34.75 ID:VZ8Shwn+0
花陽「そんな……それじゃあ本当は海未さんも穂乃果さんも……」

希「それはどうやろうね。今となっては二人ともこの世界にすっかり馴染んでいるからなぁ。それに、こっちの世界で流れる時間は向こうの世界よりもずっと早いんよ。二人がこっちの世界で過ごした時間は向こうの世界で過ごした時間より何倍も長い。……これじゃあ、もはやどっちが本当の世界なんかわからんやん?」

花陽「でも、それでも穂乃果ちゃんはきっと……」

花陽は昨晩穂乃果と一緒に街の灯りを眺めながら話したことを思い出していた。そう、彼女は「罪を償うまでは帰れない」と確か言っていた。

花陽「穂乃果ちゃん達が背負ったって言う罪は、一体何なんですか?」

希「……罪、ねぇ」

希の表情が少し険しくなるのを見て、花陽はごくりと唾を飲んだ。
あの無邪気に笑う穂乃果ちゃんに限って犯罪を犯すことなど想像できなかった。
184: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/25(月) 03:09:23.70 ID:VZ8Shwn+0
希「うーん……ウチもようわからんけど、例えば穂乃果ちゃんなら、太りすぎの罪だったりして!」

花陽「へ?」

希はほっぺたをまん丸に膨らませて、お腹をポンポンと叩いて見せた。

希「それから海未ちゃんなら、怒りん坊の罪とか! いっつもガミガミ怒ってばかり」

今度は目じりをめいっぱい吊り上げて、頭の上に両手の人差し指で鬼の角を作って見せた。

花陽「もうっ、希ちゃんったらまたふざけて……あ、それなら希ちゃんはおふざけの罪だね!」

希「あらら、これは一本取られてしもたかなぁ」ニシシ

「「ふふ、あははは」」

二人ともつい可笑しくなってひとしきりお腹を抱えて笑いあった。
そろそろ腹筋が引き攣って明日の筋肉痛が気になり出した時、ふと希が切り出した。

希「そうそう。みんなの罪が何なのかはわからんけど、えりちはもしかしたら罪の償い方を見つけたのかもしれんよ」

花陽「えっ、本当ですか?」

希「ウチの勘やけどね。……確かめに行ってみる気はある?」

花陽「確かめに……もしかして、絵里さんのところへですか?」

希「そう。もしそれがわかれば穂乃果ちゃんだけじゃない。凛ちゃんもそうだし、他のみんなのためにもなると思うよ。それにさっきの悪魔の正体もわかるかもね」

花陽「……わたし、行きます。行きたいです!」

希「そういうと思ったで! ちょっと待っててな、確かここらに……」ゴソゴソ
185: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/25(月) 03:13:25.29 ID:VZ8Shwn+0
ガラッ

「カヨ! こんなところで何してるの! って、りりりり凛様!? ひどいお怪我ですが……一体何事なの!?」

花陽「あ、先輩! ちょっと色々ありまして……」

「色々って……。まあ、とにかく今すぐ四階へ来なさい。海未様がカヨを呼んで来いと大層お怒りなの。あなたの招き入れたお客さんが手に負えなくなってるって」

花陽「私が招いた? ……もしかして」

希「お、あったあった! ほら、カヨちゃん。これを持っていきな」

花陽「これって電車の回数券ですか?」

希「せや。これを使って六つ目の駅まで行くんや」

花陽「六つ目ですね。わかりました!」

希「ただし、最近は片道の行きっぱなしで帰りの電車はないからな? 行くならよくよく覚悟を決めていくんよ」

花陽「はい! 色々ありがとうございます!」

希「気ぃつけてな」

「カヨ、さあ早く」

花陽「わかりました」

花陽(私が招き入れたお客さん……きっとことりちゃんのことだ。私が何とかしてあげなくちゃ!)
188: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/27(水) 00:29:37.80 ID:AB9Npo8l0
〜湯屋・四階〜

花陽(この階にちゃんと足を踏み入れるのは初めてだよ。先輩から聞いた話だとお客さんの寝室や休憩室になっているらしいけど……)

薄暗い通路の両脇に連なる個室からは障子を通して怪しい光が漏れている。
わずかに開いた扉の隙間から部屋の中を覗いてみると中央に丁寧に並べられた敷布団があるのみだった。

花陽(何だか物寂しい部屋だね……下の階とは大違い)

「ほら、よそ見してないの。あなたのせいでもう三人魂抜かれちゃったんだから」

花陽「えぇ!? た、魂をですか?」

「そうだよ。なんでもサキュバスとかいう西洋の淫魔ならしくて……ほら、犠牲になったのはそこの部屋で寝かされている三人だよ」

花陽「そんな……真姫ちゃん! にこ先輩! それに番台さんまで……!」

「三人とも湯屋の要だからこのままだと営業に大きな痛手なのよ。少しは事の重大さがわかった?」

花陽「はい……。あの……みんなは元に戻るんですか?」

「さあね。それをあの化け物から聞くのもあなたの仕事よ。どうやら、あなた以外に全く耳を貸さないらしくって……さ、着いたよ」

ガシャンっ!!

海未「お、落ち着いてください! カヨはきっと来ますから!」

(`8´)「ピィー!! さっきからそればっか! ……それともウミチャ―が代わりにことりのおやつになる?」

海未「あ、あはは……ご冗談を。カヨはあなたへの手土産におにぎりでも握っているんでしょう」

「う、海未様、カヨを連れて参りました」

海未「遅いです!」バンッ

花陽「!!」ビクッ

海未「お客様、少々お待ちを……」ニコリ
189: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/27(水) 00:40:22.12 ID:AB9Npo8l0
海未「……カヨ」ギロリ

花陽「ひゃいっ!」

海未「今までどこで何をしていたのですか!?」

花陽「えっと、その色々ありまして……」

海未「まったく……昨日少し褒めてやったらこのザマですか? あなたには心底がっかりさせられ……む? 何ですか、その肩に乗っけた生き物は?」

ほのか「ほのー!」

デュアパカ「ピー!」

花陽「あ……この子たち……わかりませんか?」

海未「みすぼらしい鳥に太っちょの子犬……私は犬種には詳しくないのでわかりませんが、雑種ですか?」

ほのか「ほのぉ……」ガックシ

花陽「よしよし」ナデナデ

海未「それにしてもそんなだらしない体の子犬、よく拾って来れましたね。私なら絶対相手にしませんがね」

花陽「あ……」

ほのか「ほのっ!?」グサリ

海未「まあ、ペットにするのは構いませんが餌は自分の食事を分け与えるなりしなさい。働きもしない殻潰しはもううんざりです」ハァ

ほのか「きゅぅ……」グサグサ

花陽(ああ、穂乃果ちゃんの心に刃が……)

海未「……話は逸れましたが、今はあのサキュバスをどうにかすることが先決です! できるだけことを荒立てず平和的な交渉を済ませてきなさい」

花陽「はい!」
190: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/27(水) 00:52:09.81 ID:AB9Npo8l0
(・8・)「……」

花陽「……」

宴会場のような大広間はチーズケーキにマカロン、クレープ、プリン、パンケーキ、ベリータルト……古今東西の洋菓子で溢れかえって、深く息を吸えば脳の奥まで甘い香りが広がって蕩けてしまいそうだった。
そして、部屋の中央にはやはり大きな敷布団が設置されており、巨大な怪鳥がもっさりとその上に陣取っていた。

花陽「……ことりちゃん、だよね?」

(・8・)「そうチュン! どっからどう見てもことりチュンよ〜」

花陽「あはは……そうだよね。何だか少し大きくなったなぁって思って」

花陽(ただ大きくなるどころか見た目の面影すらないけどね)

(・8・)「え〜それは女の子に対して失礼チュン!」

花陽「ご、ごめんごめん。ことりちゃんは相変わらず可愛いよ!」

(^8^)「ほんとチュンか!? 嬉しいチュン! ……それなら、ことりといいことしないチュン?」
191: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/27(水) 01:12:14.28 ID:AB9Npo8l0
花陽「いいこと?」

(・8・)「気持ち良くてとっても幸せな気持ちになれるチュン。にこちゃんや真姫ちゃんもあまりの気持ち良さにちょっと気を失っちゃったみたいチュン!」

花陽(それって例の魂を抜かれたってやつだよね?)

(・8・)「すぐ終わるチュン! 痛いことも全然心配しないでいいし……

ことり「……だから、こっちにおいで?」

花陽(よかった、ことりちゃん元の姿に……ってなんで下着姿なのぉ!?)

ことり「ほらほらぁ〜一緒に楽しいことしよ?」ピラッ

花陽「ことりちゃん……そういうのはあんまり良くないかなぁ、なんて……」

ことり「どうして? ……あ、そっか! カヨちゃんはこっちの方がいいとか? ほら、チーズケーキにまかろんろん♪ 甘くて美味しくて幸せがいっぱい!」

花陽「違うよ、そういうことじゃないの……」

ことり「? どういうこと? ことり、よくわかんないなぁ……」

花陽「ことりちゃんが欲しいものは何?」

ことり「ことりが欲しい、もの……? ……そんなのわかってるでしょ。ことりが欲しいのはカヨちゃんだよ!」

花陽「本当に? 本当にことりちゃんが欲しいのは『私』なの?」

ことり「……」

花陽「何か他のものじゃないの? 求めても手に入らないような……実は私が欲しいものもそうなんだ。えへへ」

ことり「……めて」

花陽「ことりちゃんはどこから来たの? 誰か心配してくれている人がいるんじゃないの? そう、例えば家族とか……ともd」

ことり「やめてっ!!」バンッ

花陽「ことりちゃん……」

ことり「はぁ……はぁ……寂しいなぁ……。カヨちゃんが欲しい……カヨちゃんが欲しい……カヨちゃんを……



(・8・)「……喰べたい」ガシッ
192: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/27(水) 01:26:13.13 ID:AB9Npo8l0
花陽「くっ!」

再び怪鳥へと変貌したことりの目は獲物を狙う猛禽類のそれだった。
花陽の胸倉を鋭い鍵爪のついた前足で鷲掴みにして軽々と持ち上げてしまった。

ほのか「ほのっ!!」ガブッ

(・8・)「ちゅん? なんだこいつ……えいっ!」バシッ

デュアパカ「ピー!」バサバサ

危うく床に叩きつけられそうになった穂乃果をデュアパカが寸でのところで花陽の元へと連れ帰ってきた。

花陽「ことりちゃん、わたしの欲しいものはきっとことりちゃんには出すことはできないよ。でも、ことりちゃんが欲しいものをわたしが出せるなら何でもするよ? ……もし本当に望むならわたしを喰べても構わない」

花陽「でも――それなら最後に一つだけわたしのお願いを聞いてくれるかな?」

(・8・)「……?」

花陽「これ、山の神様から貰ったお団子なんだ。本当はお父さんとお母さんにあげようと思ったんだけど……ことりちゃんにあげるね?」
193: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/27(水) 01:34:22.10 ID:AB9Npo8l0
(・8・)「もぐもぐ……んぐっ!?」

花陽「こ、ことりちゃん?」

(>8<)「うぐっ……がぁ……」

花陽「ことりちゃん、大丈夫!?」

(゜8゜)「はぁ……はぁ……」

花陽「あのぉ……ごめんね? こうなるって知らなくって……」

( 8 )「信じてたのに……」

花陽「ことり、ちゃん……?」

(●8●)「小娘がぁ……」ギロッ

花陽「ひぃ!?」

(●8●)「許さんちゅん!!」ガバッ

花陽「に、逃げるよ!」ガラッ
194: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/27(水) 01:41:55.39 ID:AB9Npo8l0
「こらっ! カヨ、どこへいk」

ガシャーンッ!!

┌(┌●8●)┐「逃がさないよ……」

「ひぃ! で、でたー!」

「みんな逃げろー!」

┌(┌●8●)┐「どけっ、邪魔ちゅん!!」ポイポイ

「「あ〜れ〜」」

花陽(みんな、ごめんなさいっ!!)

ほのか「ほの〜!」

花陽「穂乃果ちゃん、しっかり掴まっててね!」

┌(┌●8●)┐「か〜よ〜ちゃ〜ん?」

花陽「来た! まずはエレベーターで下に降りないと」



┌(┌●8●)┐マツチュン!     (;'∀')ダレカタスケテー



┌(┌●8●)┐!?    /cVσ_VσV チョットマッテテー (゜o゜)!?
195: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/27(水) 01:45:34.98 ID:AB9Npo8l0
海未「……って何でですか!」

花陽「ピャァ!? 海未さん!?」

海未「はっ!? つい悪ノリを……」

花陽「海未さんって意外とおちゃめなんですね♪」

海未「なっ!/// い、いいから下がってなさい!!」

花陽「ありがとうございます!」ダッ

┌(┌●8●)┐「……ウミチャー?」

海未「いくら客人と言えど手加減は致しませんよ」

┌(┌●8●)┐「そこをどくチュン!!」

海未「あなたのハート、打ち抜くぞー! ラブアローシュート!!」バァン
196: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/27(水) 01:48:13.12 ID:AB9Npo8l0
┌(┌●8●)┐ウッ!   /cVσ_VσV ヤリマシタカ!?



┌(┌●8●)┐……   /cVσ_VσV ……



┌(┌❤8❤)┐ウミチャー!! /cVσ_VσV !!



ε== ┌(┌❤8❤)┐ /cVσ_VσV チョ、チョット



/cV×_V×V ムネンデス……  ┌(┌●8●)┐ クチホドニモナイチュン…
197: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/27(水) 01:54:37.73 ID:AB9Npo8l0
┌(┌●8●)┐「あれ? カヨちゃんはどこに……」

花陽「こっちだよー!」

┌(┌●8●)┐「ぴぃ! 下の階に……いつのまに!」

花陽「ほら! 早くしないと逃げちゃうよー?」

┌(┌●8●)┐「むぅ〜生意気ちゅん!!」

花陽「逃げろ!」ダッ

┌(┌●8●)┐「ちょこまかと……」

花陽(あの海未さんがやられちゃうなんて……一体どうすれば?)

┌(┌●8●)┐「隙ありちゅん!」ガッ

花陽「きゃっ!」

┌(┌●8●)┐「っ!!」ドシーン

花陽「あぶなかった……」

┌(┌●8●)┐「うぅ……いてて……ぐぅ……ごほっごほっ!」

花陽「! ことりちゃんの口から白いかたまりが吐き出された? ……どこかへ飛んでいくみたい」

(・8・)「ふぅ……ふぅ……」

花陽「体が少し縮んだ? もしかして、今吐き出されたのってみんなの魂なんじゃ?」

(・8・)「カヨちゃん……許さないよ……」

花陽「まだ、全員分は吐き出していないみたい。でも、随分動きが遅くなったし、このまま外まで連れ出そう!」
203: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/16(火) 18:34:50.46 ID:8sBlUbga0
凛「うぅーん……かよちーん…………はっ!?」

希「おお、凛ちゃん目覚ましたね。気分はどう?」

凛「ぅぅ……最悪な気分にゃ……。なんか体中は痛いし、全然何も覚えてないよ……。あ、でも、かよちんがずっと傍にいてくれていたような気がするな」

希「ふふ、凛ちゃんは花陽ちゃんのことになると勘が鋭いね」

凛「花陽ちゃん? ……あー! かよちんの名前だ! なんで希ちゃんが知ってるの!?」

希「ウチは何でも知っているんよ? ま、その話は置いといて、花陽ちゃんは凛ちゃんのことを助けてくれたんよ? 今度は凛ちゃんが花陽ちゃんを助ける番やん」

凛「凛がかよちんを……うん、わかった! あ、そういえばかよちんはどこに行ったの?」

希「あー、とりあえず凛ちゃんは海未ちゃんとこ行って花陽ちゃんが元の世界に戻れるように話してきたって? ウチはちょっと花陽ちゃんを送っていかんと」

凛「かよちんを送る? どっか行くの?」

希「うん、絵里ちんとこ」

凛「え、ええええええ絵里ちゃん!? あんな鬼のところへ……」ガタガタ

希「まあ、花陽ちゃんなら大丈夫やって! ほら、凛ちゃんはもう一人の鬼んとこ!」

凛「にゃー……気が重いよー」
205: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/18(木) 02:37:15.79 ID:B0INpAJT0
花陽「おーい、こっちだよー」

(・8・)「待って〜」

花陽(さっきまでと違ってよちよち歩きだしちょっと大きなひよこみたいで何だか可愛いなぁ)

(・8・)「待ってぇ……私の可愛い可愛いカヨちゃん。絶対に捕まえてチュンチュンしてやるんだから」

花陽(やっぱりちょっと怖い! ……早いところ外まで連れ出して電車で逃げちゃおう)

調理場を抜けて大きな倉庫を抜けて、裏口を出ると海はもうすぐ足元だ。
数十メートル向こう側の海中には電車のレールが敷かれている。

花陽「うーん……どうやって線路まで行こうかな」

希「おーい、カヨちゃん! こっちこっちー! このたらい船で送ってあげる」

花陽「あ、希ちゃん! ありがとう!」

希「あっちのはもうええの?」

(・8・)「ちゅん……」

花陽「おーい、ことりちゃーん! こっちだよー!」

希「いやいや、呼ばんでいいから」

花陽「でも、湯屋に置いておくわけにもいかないし……」

(・8・)「……」パタパタ

花陽「あ、飛んできた」

希「すっっっごい遅いな」

(・8・)「ふぅっ……ふぅっ……」パタパタ

花陽「が、頑張って!」

希「肩で息しとるし」

(・8・)「もうダメちゅん……」ザブーン

花陽「あぁ、海に落ちちゃった……」

希「あらら、まあ湯屋からは離れたしもう大丈夫なんやない? ほら、もうすぐ駅に着くで」

花陽「うん。色々ありがとう。六つ目の駅だったよね? 行ってくるね!」

希「いってらっしゃい。気を付けてな」
206: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/18(木) 02:50:21.72 ID:B0INpAJT0
花陽「元の世界へ戻る方法か……。見つかるといいね」

ほのか「ほの!」

花陽「あ、電車が来たみたい」

線路が完全に海中に沈んでいるため、列車はまるで海の上を滑るように進んでくる。
水を切り割いて小さな波を作りながら、やがて列車は花陽たちの目の前で停車した。

花陽「あのぉ、六つ先の駅まで行きたいんですが」

出迎えてくれたのは車掌服に身を包んだまっくろな影だった。
花陽が尋ねると人数を指で一人ずつ数え始めた。

いち、に、さん……よん。

花陽「え……?」

ほのか「ほの?」

デュアパカ「ぴー?」


ことり「……私も乗せて?」

花陽「ことりちゃん……」

ことり「おねがぁい……」

花陽「うん……うん、もちろんだよ! 車掌さん、四人でお願いします」

ことり「ありがとう」

花陽「でも、大人しくしててね?」

ことり「……はぁい」

少女たちを乗せた列車がガタンと揺れると徐々にスピードを増していった。
遥か水平線の彼方を目指して。
207: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/18(木) 03:08:28.38 ID:B0INpAJT0
花陽「ねぇ、ことりちゃん」

ことり「……」

花陽「その……ごめんなさい。ことりちゃんを怒らせちゃったの私のせいだよね? でも、理由がよくわからなくって……だから、ごめんね」

ことり「カヨちゃん……ううん、悪いのは全部わたしだよ。カヨちゃんが友達になってくれるって言ったとき、すっごく嬉しくて……だから私はそのカヨちゃんの優しさに甘えちゃって、そればかりかそれにつけ込んでカヨちゃんを私だけのものにしたいって思っちゃって……。それでもカヨちゃんは全然私のこと振り向いてくれないから、段々やけになってきちゃったんだ。こっちこそ本当にごめんね。湯屋のみんなにもいっぱい迷惑かけちゃったね」

花陽「そうだったんだね。わかってあげられなくてごめんね……。湯屋の皆には今度一緒に謝りに行こう。みんないい人達ばかりだからきっと大丈夫だよ。ね、穂乃果ちゃん?」

ほのか「ほの! ほのほの〜」スリスリ

ことり「きゃっ、えへへ、くすぐったいよぉ〜」

デュアパカ「ピィー!」

ことり「ちゅん、ちゅんちゅん!」

デュアパカ「ぴぴぴぃ?」

ことり「ちゅんちゅん♪」

花陽(通じてる!?)

ことり「ふふ、本当にみんな優しいね。こんな私を励ましてくれるなんて」

花陽「うん! みんなともすぐに友達になれると思うよ!」

ことり「とも……だち?」

花陽「そうだよ、友達だよ!」

ことり「……嬉しいな」ポロポロ

花陽「えぇ!? ちょ、ちょっとことりちゃん、泣かないで!」

ことり「あ、ご、ごめんね! 嬉しくてつい……。私、こっちの世界に来てから一人ぼっちで……それで気付いたら人の温もりを求めて良くないことしてきちゃった。でも、これからはきっと……!」

花陽「うん、きっと……」

日が傾き暗くなり始めた海の中を、淡い光を携えた列車がコトリコトリとその身を揺らし駆けてゆく。
初めのうちは窓の外の景観をはしゃいで見ていた穂乃果とデュアパカもやがては退屈から微睡み、二人仲良く花陽の腕の中で丸まっていた。
ことりは大人しく座ったまま瞼を閉じていたが、時折鼻歌を交えるところ眠っているようではないようだ。
そして、花陽は列車の行く末をじっと見据えたまま微塵も動かなかった。胸中には湯屋で出会った仲間たちへの思い、それだけだった。
208: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/18(木) 03:31:45.33 ID:B0INpAJT0
海未「はぁ、まったくまったく……まったくです!!」

にこ「まあまあ、海未様。そんないつも怒ってばかりではまた血圧が上がりますよ」

海未「誰がそうさせるのですか! これも全て私に黙ってサキュバスを匿ったあなたたち、それに何といっても最初に呼び込んだカヨのせいですよ!」

真姫「まあ、そうだけど……。でも、私たちの魂が元に戻ったのもあの子が頑張ってくれたおかげだし……」

海未「そもそもの原因は彼女です。山の神様のときはよくやったと思いましたが、その利益も全部今回の件で飛んでしまいました。これだけの金ではむしろマイナスですね」

にこ「利益ねぇ……」

海未「? 随分浮かない顔ですね。にこ、あなたは金には目がなかったはずでは?」

にこ「ねぇ、海未。あなたは今楽しい?」

海未「……どういうつもりですか? その口の利き方も聞き捨てなりませんね」

にこ「昔はずっとこんな感じだったでしょ。それに今は私たちしかいないんだから別にいいじゃない」

真姫「そうそう。また昔みたいに楽しくやればいいじゃない。今の湯屋はサービスの質は確かに向上したけれど、従業員のみんなはあまり楽しそうではないわ」

海未「……」

にこ「私はあの子……カヨに救われたこの命だけあればそれで十分だって気付いたの。他には何もいらない。今まで金にばかり固執して……ほんとばかみたい。何だか肩の荷を降ろしたような気分でせいせいしたわ」

真姫「私も。今まで自分の演奏に対する誇りだけが私のすべてだった。周りのことが何も見えていなかった。でも、最近音楽は技術だけがすべてじゃないんだなってそう思ったの。私はもう一度初心にかえって音楽と向き合ってみるわ」

海未「……勝手にしなさい。私は穂乃果と共にこの湯屋をもっと立派にしてみせます」

にこ「頑固ね。あなたらしいわ」

真姫「言っておくけど協力しないとは言ってないんだからね? 困ったことがあったらいつでも呼んでちょうだい。……私たち、友達なんだから」
210: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/18(木) 20:57:19.49 ID:B0INpAJT0
ガチャ

凛「海未ちゃん」

海未「凛? 無事だったのですね……。もしかしてあなたもですか?」

凛「なんのこと? ……それよりも、海未ちゃん気付いてないの?」

海未「気付いていない? どういうことでしょう」

凛「海未ちゃんの大事なもの、ちゃんと見えてる?」

海未「随分生意気な口を利くのですね。……どれ」

そう言って海未は砂金の山から一際大きな粒を取り、目の前でじっと見つめてみる。ことりが手の平からばら撒いたものの一部である。

海未(……別段おかしなところはありませんが)

穂乃果「……」バリバリムシャムシャ

海未「むぅ……穂乃果。久しぶりに帰ってきたかと思えばまた食べてばかりいて……」

穂乃果「……」モグモグ

海未「聴いているのですか!」ムニッ

穂乃果「い、いひゃいでふ!! ほっへはつかまなひでくだひゃい!」

海未「ん? 穂乃果……少しやせましたか?」ジトー

穂乃果「う、海未様……?」アセアセ

海未「海未、『様』ですって?」

穂乃果「あ……」
211: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/18(木) 21:34:39.73 ID:B0INpAJT0
海未「あなたは誰ですか?」ギロ

ボンッ!

ヒデコ「あいてて……」

フミコ「う、海未様……ごめんなさーい!」

ミカ「これには深い事情があって……」

海未「な、な、な……」

ジュワァ……

にこ「き、金が……ただの泥に……」

真姫「それもだけど……穂乃果は?」

海未「ほ、ほほほほほ……」

ヒフミ「……」アセアセ

海未「穂乃果ぁ――――!!!!」ダダダダダ

ヒフミ「うわぁ!!」ドカッ
212: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/18(木) 21:52:41.65 ID:B0INpAJT0
海未「穂乃果!! 穂乃果っ!? あぁっ、どこへ行ったのです!?」ポイポイポイ

海未「ほのかほのかほのかぁ!! 私の愛しの穂乃果!! お願いですから返事をしてください!!」ガサゴソ

凛「海未ちゃん」

海未「りぃ―――ん―――……!!!!」ゴゴゴゴゴ

凛「海未ちゃんの大事なもの、穂乃果ちゃんとお金、どっちなの?」

海未「生意気な……!!!」グワッ

端正な顔立ちから一変、無茶苦茶に眉を吊り上げ、目を真っ赤に血走らせ、歯をむき出し、長く伸びた髪の毛を凛の肢体に絡みつかせて縛り上げた。

海未「私の大事な穂乃果をどこにやったぁ!!!」ゴゴゴゴゴ

凛「絵里ちゃんのとこだよ」

海未「絵、里……?」プシュー

凛「そ」

海未「はぁ……はぁ……絵里のところ、ですか。そうですか……もしかして、穂乃果は遂に私に愛想を尽かして……」

凛「それは心配ないと思うにゃ。ただ……穂乃果ちゃんはこの世界からずっと帰りたがっていた。それでも今まで海未ちゃんに付き添い続けてきたのは、自分の気持ちよりも海未ちゃんのことが大切だったからだよ。元の世界へ帰るとこの世界での記憶は……海未ちゃんとの思い出は無くなっちゃうからね」

海未「……」
213: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/18(木) 22:21:17.91 ID:B0INpAJT0
凛「海未ちゃんはどうしたいの?」

海未「……穂乃果を連れ戻してください」

凛「わかったよ。でも、凛の交換条件を聞いてくれる?」

海未「何でしょう」

凛「かよちんとご両親を元の世界へ返してあげて欲しいの」

海未「簡単に言ってくれますね。そう上手くいかないことはあなたもわかっているのでは? ご両親の罪はまだ清算されていないのですよ?」

凛「……」コクッ

海未「なんと。あなたがその罪を引き受けると?」

凛「覚悟の上だよ。凛がこの世界に来たのはそのためなんじゃないかって、そう思うの」

海未「……立派になりましたね」

凛「海未ちゃんのおかげだよ」

海未「あなた自信の分の罪は恐らく既に清算されたはずです。いいでしょう、あなたの交換条件飲みました」

凛「ありがとにゃ」

海未「感謝されるのは筋違いです。これからあなたは過酷な運命を背負うことになるのですから」

凛「いいんだ、それで」ニコッ

海未(……凛)

黒紫の夜の帳の中に一羽の火の鳥が飛び出していった。
214: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/18(木) 22:40:55.15 ID:B0INpAJT0
花陽「ここの駅でいいんだよね……?」

辺りはすっかり暗くなっており、月明かり以外に頼りになるものはなかった。
駅からは一本道だったのが救いだが、それもやがて森の深い闇の中へと飲み込まれていった。

花陽「真っ暗だね……。穂乃果ちゃん、肩に乗る?」

穂乃果「ほの」プイッ

ことり「自分で歩くって。偉い偉い♪」

花陽「そ、それじゃあ、私たちだけでも手を繋ごっか?」

ことり「いいよ♪」ギュッ

花陽「あ……えへへ」ニギッ

ことり「カヨちゃん、怖いの?」

花陽「実は少し……」

ことり「大丈夫、安心して」

花陽「うん、何だかことりちゃんに手を握られると落ち着くかも」

ことり「私もカヨちゃんと手を繋いでいると安心できるかも」

ことぱな「はふぅ〜……」

ほのか「ほのほのほの!(イチャイチャ禁止!)」

花陽「穂乃果ちゃん嫉妬してるのかな?」

ことり「や〜ん、可愛いなぁ♪」ナデナデ

ほのか「ほの……」
215: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/18(木) 22:55:55.21 ID:B0INpAJT0
花陽「あ……灯りだ」

ことり「ほんとだ。何だか近づいてきてない?」

森の奥から近づいてきた灯りの正体は一本足で独りでにぴょんぴょんと飛び跳ねる不思議なカンテラだった。
それは花陽たちの目の前で立ち止まるとぺこりと礼儀正しくお辞儀をした。どうやら客人を迎えるために魔法で操られているみたいだ。

花陽「ついてこいってことだよね」

ことり「これも可愛いな〜」

花陽「あはは……」

奇妙な一行はカンテラを先頭に森の奥深くへと進んでいった。
しばらく行くと森の中にひっそりと佇むこじんまりとした一軒家へと辿り着いた。
妖怪カンテラは最後にググッと見事な跳躍を見せると、玄関前のランプ台へと帰着した。

花陽「……」ゴクリ

ことり「入らないの?」

花陽「一応以前殺されかけたので心の準備が……」

ガチャ

花陽「わわっ」

絵里「どうぞ」

花陽「え、えっと、お邪魔します」

絵里「いらっしゃい。遠くからよく来たわね」

ことり「お邪魔しま〜す」

絵里「あら、あなたが夢魔の女の子ね。ようこそ、歓迎するわ」

ことり「ありがとうございます♪」

花陽(なんだか前会った時と全然印象が違うな)
216: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/18(木) 23:09:13.39 ID:B0INpAJT0
絵里「……それで?」

花陽「あ、はい……! 今日は色々聞きたいことがあって来ました。まずは……穂乃果ちゃんたちを元の姿に戻してあげてくれませんか?」

ほのか「ほのほの」

デュアパカ「ぴー!」

絵里「え〜、どうしようかしら? 私は今のままでも可愛いと思うんだけどな〜」

ほのか「ほの……」

花陽「そ、そこを何とか、お願いします!」ペコリ

絵里「ふふ、冗談よ。ていうか、魔法はとっくにとけているはずよ? 戻りたかったら自分で戻りなさい」

ほのか「ほの! ほのほの〜」

花陽「え、まだそのままでいいの?」

ほのか「ほの!」

絵里「まあ、そっちの体の方が動きやすいでしょ? ダイエットのためにもその方がいいかもね」

ことり「デュアパカさんの方も今のままでいいみたい」

絵里「私の自信の魔法だからね! ま、それはともかく立ち話もなんだしあがりなさい。お茶を淹れるわ」
217: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/18(木) 23:25:05.05 ID:B0INpAJT0
絵里「実はあなたたちが何を聞きたいのかは大体察しがついているわ。この世界のことについて、そうでしょ?」

花陽「そうです。それから、元の世界へ戻る方法について。何か知っているんですよね?」

絵里「ええ、もちろん。ずっと長いことそれだけを調べてきたから」

花陽「じゃあ……」

絵里「手っ取り早いのは――」

絵里はバスケットから果物ナイフを取り出すと花陽の喉元すれすれに突き立てた。

絵里「この世界で死ぬこと。それが現実に帰る最短ルートよ」

花陽「……」ゴクリ

花陽(そっか、あのとき――)


花陽「凛ちゃんに手出しはさせませんっ!!」

絵里「二人仲良く帰りなさい……ダスビダーニャ」


花陽「帰りなさいって、そういうことだったんだ……」

絵里「そう、思い出したみたいね。でもね、最短ルートではあるけれど最善ルートではないの」

花陽「どういうことですか?」

絵里「それはこの世界の本質に起因することよ。単刀直入に言うとこの世界はね、チャンスの世界なの。元の世界でどうしても叶えたい願い事があるとき、人はみんな神様にお願いするでしょ? 神様はそんな私たちを見てチャンスを……いえ、この場合は試練と言った方が正しいかもしれないわね。そして、この世界で与えられた試練を乗り越えた者にだけ、その願いを叶える権利を与えられる。もちろん、試練は試練。乗り越えられなかった者には願いを叶える権利は与えられないわ。試練からの途中退場、それはつまり――」

花陽「死ぬこと……」

絵里「そう。元の世界へ帰りたいならどうぞご自由に。死なんて案外身近なものよ。そこにも、ここにだって、ほら、転がっている」

果物ナイフ、薪割りの斧、暖炉の炎――。
ゲームのリセットボタンはいつでも押せる。でも、スタートボタンは一度きり。
チャンスを掴むも手放すも私次第。だけど、そうまでして私の叶えたかった願い事って一体――
218: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/18(木) 23:42:12.78 ID:B0INpAJT0
花陽「あのとき私と凛ちゃんを……その、殺そうとしたのは……私たちを元の世界へ帰してくれようとしたからだったんですね」

絵里「元の世界へ帰してあげる? あっはっは!」

花陽「ち、違うんですか?」

絵里「私がそんなお人好しに見えるかしら?」

花陽「はい、とっても」

絵里「……お人好しはあなたの方ね」

花陽「そんな……」

絵里「私はね、あなたたちが願い事を叶えるのを邪魔したかっただけよ。ずっと昔から私はこの世界から抜け出せないのに、なんで新米のあなたたちばっかり……それが悔しくて悔しくて堪らなかっただけよ!」

花陽「絵里さん……」

絵里「私は醜い人間よ……。私はあの娘に……凛に嫉妬していただけだから。凛の仕事は湯屋周辺の聖域に邪気が侵入するのを防ぐことだったの。私の家があるこの地域はちょうどその境目にあるから、私もたまに彼女の仕事を手伝っていたわ。彼女はまだ未熟な魔法使いだったからしょっちゅうボロボロになっていて見てられなかったから」

長話に飽きた他の面子はことり主導の元、縫物を始めていた。
ことりはどこで覚えたのか器用に糸を編み込んでいく。その糸は穂乃果とデュアパカが懸命に滑車を回して紡いでいた。
219: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/18(木) 23:58:46.66 ID:B0INpAJT0
絵里「凛は一人ここで暮らす私を気にかけてくれていた。よく庭の藪に火をつけたり、散々からかってくれたものだわ」

花陽「そ、それは流石にやりすぎじゃ……」

絵里「彼女なりの気遣いなのよ。私もそれをわかっていて、箒をもって追いかけてやったりしたものよ。……でも、それさえも段々恨めしく思うようになってきた。彼女の無邪気な笑顔が……私の惨めさを浮き彫りにさせた。私だって本当はみんなで……」ギリッ

花陽「絵里さん……」

絵里「……私の中の嫉妬の炎はいよいよ燃え盛る火炎となって彼女に牙を向いたわ。目の前が真っ赤に染まって自制が利かなくなった。あなたも見たでしょ?」

花陽「……」

絵里「いいの、わかっている。悪いのは全部私だって。……これが私の罪なんだから」

花陽「罪……罪って一体何なんですか?」

絵里「人それぞれよ。ただ、強いて言うなら多くの人の罪は『七つの大罪』に端を発するわ」

花陽「七つの大罪って、怒りとか強欲とかっていうあれのこと?」

絵里「そうよ。正確には罪というよりも罪の要因となる人間の感情や欲望を現しているんだけれど、人間の本能をよく象徴したものだと思うわ。……そして、私はその中の嫉妬に憑りつかれているってわけ」

花陽「……! もしかして、湯屋のみんなも?」

絵里「そうね。この間みてきた限りでは、欲望の巣窟って感じだったわね。あそこにいたって元の世界へ帰られるいつになることやら」

花陽「そんな……」
220: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/19(金) 00:31:16.11 ID:tREoyuhu0
ほのか「ぜぇ……ぜぇ……」

ことり「ほらほら、穂乃果ちゃんファイトだよ♪」

ほのか「ほのー!!」カラカラカラ

ことり「おー、はやいはやい! その調子!」

花陽(穂乃果ちゃん……)

絵里「さしずめ、暴食っていったところかしらね。その隣のサキュバスの子は色欲。そしてあなたは……」ジー

花陽「私は……?」ドキドキ

絵里「……よくわかんないわ」

花陽「えぇー!?」

絵里「別に意地悪で言ってるわけじゃないのよ。私もあまり詳しくないの。でも、そうね……。暴食のオーラを感じるわ。それも二つも」

花陽「……うぅ、気を付けます」

絵里「まあ、自覚してどうにかなる問題じゃないわ。人間の本質の部分はそう変えられるものじゃないからね」

花陽「それじゃあ、どうすれば神様の試練を乗り越えて、元の世界へ戻れるんですか?」

絵里「罪の清算。すなわち、欲望からの脱却。それが神様の試練。……それを乗り越える方法なんて私が教えて欲しいくらいよ」

花陽「……そうですよね」

絵里「まあ、多くの人が仕事に真面目に熱心に取り組むことでここから脱出できると信じているわ。無心こそ悟りなりってね」
223: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/24(水) 00:10:17.16 ID:BRavgmoR0
絵里「さて、私の知っていることは大体話しちゃったけれど、他にも何か聞きたいことあるかしら?」

花陽「あとは……凛ちゃんのケガの直し方を教えてください。私が出てくる前は全身ボロボロで息をするのもツラそうでした……」

絵里「私が攻撃したのは体の表面だけだから、大したケガは負わせていないはずよ。ただ、体内の悪魔の暴走は私の力じゃどうにもできないわ」

花陽「体内の悪魔?」

絵里「そう。私たちの罪は時に悪魔として具現化して体のあちこちに悪さをするのよ。凛に憑りついたのはかなり強力な悪魔だったみたいね。ちょうど私から逃げている最中に体内で暴れ出したみたいで、とても苦しそうにしていたわ。私が凛を攻撃していたのも、あの様子じゃ長くは持たないと思ったから早いところ楽にしてあげようとしたってのは……言い訳よね」

絵里「カヨ、残念だけど……あなたが帰るころには凛はもう……」

花陽「あの……その悪魔って、もしかして毛むくじゃらの角の生えたちっちゃなやつですか?」

絵里「あら、ベルフェゴールを知っているの?」

花陽「はい、たぶん……。というか、その……潰しちゃいました」

絵里「は?」

花陽「潰しました。ベルフェゴール」

絵里「つぶ……した……?」

花陽「はい」

絵里「……」
224: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/24(水) 00:16:52.39 ID:BRavgmoR0
花陽「えっと、ごめんなさい……?」

絵里「ふふ……あっはっは! 潰したですって? あの悪魔を? 信じられない!」

花陽「ついカッとなって」

絵里「ふふっ、もう笑わさないでよ。そっか、そんな手があったのね……。でも、それならひとまず安心ね。凛は快調に向かっているはずだわ」

花陽「良かったぁ……」

絵里「あんなことしておいて私が言うのもなんだけど、凛が無事みたいでホッとしたわ。今度会った時によろしく言っておいてちょうだい。もう怒っていないからまた遊びにいらっしゃいって」

花陽「はい、伝えておきます!」

絵里「ありがとう。さあ、それじゃあ今日はもう遅いし泊まっていくといいわ。温かいボルシチをご馳走するわね♪」
225: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/24(水) 00:20:40.29 ID:BRavgmoR0
花陽「絵里ちゃん、ここはどうやってやればいいの?」

絵里「ああ、そこは裏から針を通すのよ」

花陽「えっと、こう?」

絵里「そうそう、あとは折り目に沿って縫っていって……うん、ハラショー! 上手だわ!」

花陽「えへへ、アクセサリー作り初めてやったけど面白いですね」

絵里「そうでしょう? 最近はみんな魔法でやっちゃうけどそれじゃ面白くないものね」

ほのか「ほのぉ!!」カラカラカラ

ことり「ちくちくちく……うん、できた! 見て見て! 穂乃果ちゃんの紡いだ糸で布を織ってみたよ!」

絵里「あら、綺麗な布ね! これなら可愛いアクセサリーが作れそうね!」

ことり「えへへ、やったぁ! 穂乃果ちゃんも頑張ったもんね?」

ほのか「ほの!」フンス

花陽(美味しいお料理をお腹いっぱいご馳走になった後は、みんなで絵里ちゃんのアクセサリー作りのお手伝い♪ みんなでひとつのテーブルを囲んでお話ししながらの作業は本物の家族のようで……。私はなんだか急にお父さんとお母さんが恋しくなってきて、胸の奥がぎゅっと痛くなりました。だって、私のお父さんとお母さんは今も冷たい豚小屋の床で、食べられるその日をじっと待つことしかできないから)
226: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/24(水) 00:27:24.64 ID:BRavgmoR0
ことり「カヨちゃん、どうかしたの? なんだかとっても寂しそう……」

絵里「お腹痛いの?」

花陽「……絵里ちゃん。私、やっぱり帰らないと」

絵里「帰る? そんなの無理よ。だって、こんな真っ暗なのよ? お化けでも出たら危ないでしょ?」

花陽「でも……」

一度考え出すと思いは小さな器から次々にあふれ出して、それは雫となって瞳からポロポロ零れ落ちた。

花陽「でも! こうしている間に……お父さんとお母さんが、食べられちゃうかもしれない……!」ポロポロ

絵里「カヨ……」

花陽「そんなの嫌だ! かわいそうだよ……! うぇーん!!」

ことり「カ、カヨちゃん、泣かないで〜!」

ほのか「ほのほの〜!」アセアセ

花陽「それに凛ちゃんだって傷ついたままだったし、さっき絵里ちゃんは大丈夫って言ったけれど、やっぱり心配だよぉ……」グスン

絵里「……大丈夫大丈夫」ナデナデ

花陽「ぐすん……」

絵里「海未はああ見えて結構優しいのよ? だから、あなたのご両親を絶対に食べたりしない。それに凛はいつだって誰よりも元気一杯だった。悪魔の呪いなんかじゃ死んだりしないわよ」

花陽「……本当?」

絵里「ええ、神様に誓うわ」

花陽「うん……それじゃあ、信じる……」

絵里「いい子ね」ヨシヨシ

花陽(絵里ちゃんの手はお母さんの手みたいに温かくて優しくて……撫でられると自然と心が落ち着きます)

絵里「今日は色々あったもんね。きっと疲れているのよ。……ベッドの用意をしてくるわ」

絵里は花陽の頭に乗せていた手をそっと放した。そして、壁に掛けて合ったランタンを手に奥の部屋へと向かおうとしたとき、突風が吹き荒び、窓枠をガタガタと軋ませた。
227: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/24(水) 00:38:01.95 ID:BRavgmoR0
絵里「あら、噂をすればね。お客さんよ、あなたが出てちょうだい」

花陽「……わかりました」

夜中の来訪者。それも異世界である。若干の警戒心から逃げ腰になりながら、おどおどとドアへと近づいていく。

花陽「あの、どちらさまですか?」

返事はない。

花陽「あのぉ……」

絵里「開けてあげなさい」

花陽「えっ……はい」

ドアの前で躊躇っていると背中から催促を言い渡された。

花陽(こんな時間に誰だろう?)

そんな疑念を抱きつつ客人という立場上、断ることも出来ず、恐る恐るドアを小さく開いてやった。

花陽「あのぉ……どちらさまで……わぁ!」

一瞬、目の前に昼間と錯覚するほど眩しい何かが飛び込んできた。
それは月光に照らされて金色に輝く朱雀……いや、凛の姿であった。
228: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/24(水) 00:39:09.21 ID:BRavgmoR0
花陽「凛ちゃん! 凛ちゃん凛ちゃん凛ちゃーん!!」ダキッ

「クゥー!」

花陽「絵里ちゃん! 凛ちゃん生きていたよ!」

絵里「凛、本当によかった……。あなたにしたこと、決して許されることじゃないと思ってるわ」

「クゥ」

絵里「そんな、あなたが謝ることなんてないわ。私が大人げなかったのよ。もう何も怒っていないわよ」

「クゥゥ!」

絵里「ふふ、またいつでもいらっしゃい。凛の大好きなラーメンを用意して待ってるわ」

花陽「仲直りできてよかったです……!」

絵里「あなたのおかげよ、カヨ」

花陽「そんな……私はなんにも」

絵里「ううん、あなたが凛を助けてくれたから。本当にありがとう」

花陽「絵里ちゃん……」ウルッ

絵里「こらこら、また泣きそうよ?」

花陽「絵里ちゃん!」ギュゥ

絵里「きゃっ! ……もう、仕方ないわね」ナデナデ

花陽「絵里ちゃん……私の本当の名前は花陽って言うんです。小泉花陽」

絵里「そう、花陽ね。いい名前だわ。自分の名前、大切にするのよ? それと……ほら、これを持っていきなさい」
229: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/24(水) 00:39:45.70 ID:BRavgmoR0
絵里が手渡したのは緑色の可愛らしいリボン。その表面にはキラキラの小さな星のようなビーズが散りばめられている。

花陽「これって、さっきみんなで作った……」

絵里「そう、お守りよ。この小さな星たちがあなたの道をきっと照らしてくれるわ」

花陽「ありがとう、大事にするね!」

ことり「私がつけてあげるね! ……うん、とっても似合ってる♪」

花陽「えへへ、嬉しいな♪」

絵里「ことり、あなたはこの家に住まない? あなたの裁縫の腕前はかなりのものだわ。よかったらこれからも私の手伝いをしてくれないかしら?」

ことり「え? 本当に……私なんかが居てもいいの?」

絵里「もちろんよ! むしろ私の方からお願いよ。ここで私と暮らしてくれないかしら?」

ことり「えへへ、喜んで! これで私にも……」

絵里「?」

ことり「ううん、なんでも!」

絵里「そう、これからよろしくね!」

ことり「うん、よろしくお願いします♪」

ことり(私にもやっと居場所が見つかった……♪)
230: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/24(水) 00:40:17.18 ID:BRavgmoR0
花陽「絵里ちゃん、ことりちゃん! 本当に色々ありがとう! 元気でねー!」

絵里「花陽! 体に気を付けるのよー! あと、穂乃果は食べすぎないように!」

ほのか「ほのっ!?」

ことり「カヨちゃん、ほのかちゃん! きっと、きっとまたどこかで会おうねー!」

しばしの別れか、はたまた永遠か。
それぞれの思いを断つように、夜空を真っ赤に染めながら、朱雀と仲間が飛び立った。
233: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/25(木) 23:16:03.83 ID:+vPsBq920
雲の上まで高く飛びあがり、空を見上げると今にも降り注ぎそうな満天の星空が広がっていた。
その明かりに照らされてできた花陽たちの影が雲に映し出されて、すぐ隣を気持ちよさそうに飛んでいる。
ふかふかの黄色い羽毛は高級ホテルのスィートルームのベッドにも勝るとも劣らない最高の肌触りだった。
花陽はそんな凛の背中に顔をうずめて優しく頭を撫でてやった。

花陽「凛ちゃんの背中、あったかい」

「くぅ!」

花陽「え、頭撫でられるの好きなの? ふふ、凛ちゃんは甘えんぼさんなんだね♪」

「くぅ〜」

この果てしなく広い世界に存在するのは自分たちだけのような、そんな静かで穏やかな時間が延々と流れていく。
ふいに、花陽の頭の中に幼い頃の記憶がパッと蘇ってきた。
234: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/25(木) 23:23:47.62 ID:+vPsBq920
〜〜〜〜〜

花陽「お父さん、お母さん、どこ……?」シクシク

山の奥のキャンプ場。夜中に少し離れたトイレまで母親に付き添ってもらった帰り道。
突然草むらから飛び出した野鳥に驚いて、思わず走り出した花陽はすっかり迷子になってしまった。

花陽「ふぇーん……真っ暗で何も見えないよ……」グスン

寝る前に父親から聞いた山の妖怪「だいだらぼっち」の話が頭から離れない。
今すぐにでもそこの茂みの影からぬっと大きな頭を出してきやしないかとビクビクと怯えていた。

花陽「うぅ……お父さんめ……。花陽が怖い話が苦手だって知ってて意地悪するんだから……」

悪い想像はどんどん連鎖して大きく膨れ上がって、やがて木の幹の窪みは人の顔に見え、葉っぱのざわめきは悪魔の声に聞こえてきた。
花陽は恐怖ですっかり足がすくんでしまって、その場にしゃがみ込んでしまった。

花陽「お父さん、お母さん……誰か……誰か助けてー!」


「おーい、こんなところでどうしたの?」
235: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/25(木) 23:32:02.29 ID:+vPsBq920
花陽「うぅ……人……? お願いです、花陽を助けてください……」

「もしかして、迷子? でもそれならもう大丈夫! ほら、立てる?」

花陽「あ……だ、ダメみたい……」

「そっか、それならゆっくり大きく深呼吸をするといいよ。ほら、吸ってー……吐いてー……」

花陽「すぅー……はぁー……」

「どう? 落ち着いた?」

花陽「うん、少し……」

「よかった。もう少しだけここで休憩しよっか」

花陽「うん……」

迷子の花陽の前に現れたのは同じくらいの年の女の子。花陽と対照的で活発でしっかりしていて当時は実際の年齢よりも随分大人びて見えた。

「そろそろ行こっか?」

花陽「……」フルフル

「どうしたの?」

花陽「怖いの……」

「怖い?」

花陽「うん……。真っ暗で何も見えないし……」

「ふっふっふ、そんなとき、とっておきの方法があるんだ!」

花陽「とっておきの方法?」
236: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/25(木) 23:41:56.64 ID:+vPsBq920
「うん! ほら、空を見てごらん!」

花陽「そら……?」

おそるおそる、夜空を仰ぐと――

花陽「うわぁ……すっごくきれい!!」

「ね? 夜の森は暗いけど、お空はとっても明るいんだよ!」

花陽「凄い……」ポカーン

普段住んでいる東京の空とは違って、宝石箱をひっくり返したようにキラキラ輝く星たちが空一面を埋め尽くしていた。
少し背伸びして手を伸ばせば、すくえてしまうのではないかと思うほど空を近くに感じられた。
そのあまりの存在感に今までの不安は一掃されてしまい、時間が経つのも忘れて夜空に見惚れていた。

「ねぇ、君の名前はなんていうの?」

やがて、隣の少女が口を開いた。

花陽「花陽は……小泉花陽っていうの」

「そっか、凛の名前はね―――」
237: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/25(木) 23:46:18.34 ID:+vPsBq920
〜〜〜〜〜

花陽「ねぇ、凛ちゃん。私は小さい頃、夜の山で迷子になったことがあるの。そのとき、不安で不安で仕方なくなったときにね、私と同じくらいの年の女の子が助けてくれたんだ。そのとき見たのがすっごくきれいな星空だったんだ。……ちょうど今日と同じような」

「くぅー」

花陽「それでね? 今、本当にたった今思い出したんだ。その子の名前。その子の顔を」

「くぅ?」

花陽「……その子はね。凛ちゃんだった。星空凛ちゃん。この空と同じ」

「……」


花陽「あなたの名前は……星空凛」

「……っ!!」

金色の翼が風に揺れると、次の瞬間、羽風吹となって夜闇に散っていった。
そして、その中から満面の笑顔の星空凛が姿を現した。
238: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/25(木) 23:47:55.49 ID:+vPsBq920
凛「かよちん! 小泉花陽ちゃん!」

花陽「凛ちゃん! 星空凛ちゃん!」

二人はお互いを思い切り抱きしめた。

凛「かよちん! 凛、どうしてずっと忘れていたんだろう? あんなに大切な思い出!」

花陽「私の方こそ! 凛ちゃんと初めて会った時のこと! ずっとずっと前から私たちは一番の親友だったこと!」

凛「あの後、キャンプから一週間経ってお隣に引っ越してきたのがかよちんだった時、運命だって思ったよ!」

花陽「あの日からいつだって私の隣には凛ちゃんがいてくれたよね! 会えないときも毎日一回は電話かメールをしてくれた!」

凛「そんな大親友のかよちんと凛がこの世界でも親友になれた! これは……奇跡だよ!」

花陽「うん、うん……! 凛ちゃん、私嬉しい……!」ポロポロ

凛「かよちん、もう……もう離さないからね……!」ギュッ

翼を失った凛は、代わりにその小さな手で力強く花陽の手を握りしめた。

凛「ほら、かよちん。凛と一緒にタイミングよくジャンプしてね? 前にも一回やったから大丈夫だよね?」

花陽「うん、任せて!」

凛「いくよ〜……せーのっ!」

星空の中を二人と二匹の影が駆けていく。
243: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/11(日) 14:22:52.11 ID:512ajlrW0
海未「む、戻ってきましたか」

日が昇り、すっかり明るくなった空を小さな影が湯屋に向かってきていた。
従業員一同は昼間にもかかわらず湯屋の前に集まり、二人の帰りを待っていた。

花陽「よいしょっと」

凛「よっと……海未ちゃん、ただいまにゃ!」

海未「遅いです。待ちくたびれましたよ。それで、例の件は……穂乃果はちゃんと連れ戻したのでしょうね?」

花陽「ほら、穂乃果ちゃん」

ほのか「ほの!」

海未「ん? まだ連れていたのですか。そんなみすぼらしい子犬に用は……」

子犬にされていた穂乃果はくるりと空中で一回転すると元の人間の姿に戻って、海未の目の前に着地した。

穂乃果「海未ちゃん、ただいま!」

海未「ほ、ほ、ほ、、、、穂乃果ぁ!!!」ギュー

穂乃果「もう、海未ちゃんったら穂乃果がいないと何もできないんだから」ヨシヨシ

海未「穂乃果には言われたくないです」

穂乃果「えー、これでも穂乃果だって成長してるんだよ?」

海未「ほう、成長ですか」ムニュ

穂乃果「ひゃぁっ……!?/// へ、変なところ触んないでよ!」

海未「穂乃果……少し痩せました?」

穂乃果「え、ほんと? 確かに絵里ちゃんのとこでたくさん走ったからなぁ」

海未「絵里のところで!? 虐められたりしませんでしたか?」

穂乃果「大丈夫だよ。優しくしてくれたし、とっても楽しかったよ! やっぱり海未ちゃんの言う通り、たまには運動もしないとね! それにお仕事だって。穂乃果ばっかりいつまでも甘えているわけにはいかないよね」

海未「穂乃果……」

穂乃果「ね、成長してるでしょ?」

海未「もう、台無しですよ」クス

穂乃果「えへへ」
244: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/11(日) 14:30:40.70 ID:512ajlrW0
海未「カヨ、凛。穂乃果を無事に連れ帰ってくださってありがとうございます。湯屋の当主としてではなく、穂乃果の友人として礼をいいます」

花陽「そんな、私はここに来てからみんなに迷惑かけてばっかりで……」

凛「穂乃果ちゃんのためだもん! それにしても、海未ちゃんでも素直にお礼とか言うんだね。ちょっと意外かも」

海未「……私は当主としてまだまだ未熟な存在です。この湯屋を始めたばかりの頃、たくさんの従業員をまとめるほどの威厳もカリスマ性も持ち合わせていませんでした。何とかしなくてはと思った当時の私は無理矢理威厳をだすために厳しい姿勢で従業員と接することにしたのです。……怒りという誤った手段を用いて。湯屋はそれなりに繁盛し一見すると順調のように見えました、がそれは表面上だけでした。従業員の顔からは笑みが薄れ、時間が経つにつれて何かが失われていくようでした。気付いてはいたのですが、やめることはできなかった。他の方法など見当もつかなかったですし、それに今さら態度を改めることなど不器用な私にはできませんでした……」

花陽「海未ちゃん! 従業員のみんなはいつだって海未ちゃんの味方です! ね、みんな?」

凛「凛は海未ちゃんがみんなのために頑張ってくれていること知ってるよ」

穂乃果「穂乃果だって! ずっと一番近くで見てきたんだもん!」

にこ「不器用なのは相変わらずだけどね。それを支えるのが私たちでしょ?」

真姫「音楽しかなかった私に居場所をくれた。その恩返しくらいさせてよね」

希「大変な仕事だったけれど頑張れたのは海未ちゃんのためだったから。みんなもきっと思いは一緒やん」

花陽「引っ込み思案だった私がこんなに前向きに変われたのは海未ちゃんやみんなのおかげです。だから、変わることを恐れてちゃダメなんです! 私たちはきっとどんな海未ちゃんにだってついていきます!」

海未「みんな……」

海未「ふふ、湯屋の当主たる私が立ち止まっていてはいけませんね……! 湯屋オトノキは今日から生まれ変わるのです! みなさん、力を貸してくれますか?」

「「おー!!」」

海未「カヨ……いえ、小泉花陽。あなたの罪は全て清算されました。最後の試練を与えましょう」

花陽「最後の試練……」

凛「えー! 穂乃果ちゃんを無事に連れ戻したらかよちんを元の世界に戻してくれるっていう約束だったじゃん!」

海未「それはそれ、これはこれです。この世界の掟は私でもどうにもすることができないのです。さあ、花陽。こちらへ」

花陽「……はい」ゴクリ
245: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/11(日) 14:46:15.94 ID:512ajlrW0
ピギィ!

ピギィ!

海未「さあ、ここに九頭の豚がいます。この中からあなたのご両親を見つけてみなさい。それができればあなたとご両親は自由です」

花陽「お父さん、お母さん……」

豚の顔をひとつひとつ見澄まして数日前に豚小屋で見た両親の顔と比較していく。
見覚えがあるような気もするし、そうでないような気もした。

もし選択を間違えたら――

おでこから一筋の汗が流れ出た。
この世界で幾度となく乗り越えた困難。どれもいかに運に恵まれていたかを実感させられた。
膝ががくがくと笑い出す。それは全身に伝染し、決断を下す指先までも小刻みに震えて止まらない。

その手をそっと温もりが包み込んだ。

凛「かよちん、落ち着いて」

花陽「凛ちゃん、どうしよう……私、全然わかんないよ」

凛「大丈夫、よーく見て。かよちんのお父さんとお母さんはどんな顔していた?」

花陽(お父さん……世界で一番頼りになるお父さん。丼ぶりいっぱいのご飯を笑顔で3杯も平らげるお父さん。花陽の大好きなお父さん)

花陽(お母さん……世界で一番優しいお母さん。花陽のお茶碗いっぱいに嬉しそうにご飯を盛りつけてくれるお母さん。花陽の大好きなお母さん)

花陽(そんなお父さんとお母さんは――)
246: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/11(日) 14:55:47.83 ID:512ajlrW0
花陽「海未ちゃん。この中に私のお父さんとお母さんは……いません」

海未「いない? それがあなたの答えなのですか?」

花陽「……はい」

ぼんっ!!

「「おおあたりーー!!」」

九頭の豚は九人の少女に姿を変えて決めポーズをした。

「正解ずら! よくわかったね?」

「奇跡だよ!」

「まさか私と同じ能力者……!?」

海未「お見事です。この勝負あなたの勝ちです。さ、行きなさい」

花陽「ありがとうございます! 短い間でしたがお世話になりました! みんなも本当に色々ありがとう!」

穂乃果「楽しかったよ! こっちこそありがとね!」

にこ「元気でやるのよ!」

真姫「頑張りなさいよ。その……私も頑張るんだから!」

希「ほな、またな!」

凛「さ、いこ?」

花陽「うん!」
247: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/11(日) 15:07:26.95 ID:512ajlrW0
凛「かよちんのお父さんとお母さんは先に行ってるよ」

花陽「うん! ……あ、海なくなってる」

凛「ゲートが開いたんだよ。それから帰っている途中、トンネルを抜けるまでは絶対に振り向いちゃダメだからね?」

花陽「わかったよ」

凛「……それじゃあ、凛はここまでしか行けないから」

花陽「凛ちゃん……。また会えるよね?」

凛「うん! 凛だって自分の名前を取り戻したんだもん。あとちょっと湯屋で働けばきっと元の世界に戻れるよ」

花陽「じゃあ、約束だね」

凛「うん、約束」

凛「ゆびきーりげんまん、嘘ついたらお米一週間お預けにゃ!」

花陽「えぇ、それは困るよぉ……。それなら凛ちゃんはラーメン一週間お預けね!」

凛「にゃっ!? これは何としてもかよちんと再会しないと……」

花陽「もう、凛ちゃん、私とラーメンどっちが大事なの?」

凛「かよちんこそ!」

花陽「ふふ」

凛「あはは」

それからしばらくの間、お互いを黙って見つめ合った。
今この瞬間だけは、元の世界でも不思議な世界でもない二人だけの世界が広がっていた。

花陽「もう行かなきゃ。……またね」

凛「うん、またね」

繋いだ小指がそっと離れた。

凛「……バイバイ」

小さくなっていく背中を凛は最後までずっと見守った。
248: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/11(日) 15:19:20.30 ID:512ajlrW0
花陽「この草原に来たの、随分昔に感じるな。ほんの三日くらい前なのに」

美しい緑の絨毯は風にたなびき波のように流れている。
ぼつぼつと突き出ているこけしの石像さえなければ満点なのになぁ。

「おーい! 花陽ー!」

花陽「お、お父さん、お母さん!!」

母「かよちゃーん、どこ行ってたの? 心配したんだから」

花陽「ふぇーん……お父さーん、お母さーん」

父「あはは、迷子になって泣くなんてまだまだ花陽も子供だな」

花陽「迷子になったのはそっちだもん……」

母「ふふ、そうね。そういうことにしておいてあげる」

花陽「本当なんだもん!」

父「ごめんごめん、ちょっとからかいすぎちゃったかな? とりあえず、引っ越しのトラックも着いちゃってるだろうし帰ろうか」

母「そうね」

元来た建物へと入っていこうとする両親。
その時、ふいに誰かに呼ばれたような気がした。

マッテヨ、イカナイデ

モウスコシダケココデアソバナイ?

一人じゃない。草原のあちらこちらから声が聞こえる。
誰の声だろう。
思わず立ち止まって、振り向こうとした。

父「花陽! どうしたんだ?」

母「かよちゃん! 早くしないと置いてっちゃうよー?」

花陽「……ううん、なんでもない」

幻聴はピタリと止んだ。きっと疲れが溜まっていたに違いない。
両親の間に割って入ると暗い建物へと足を踏み入れた。
249: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/11(日) 15:22:14.26 ID:512ajlrW0
相も変わらず薄暗い通路は無機質で、この世とあの世を繋ぐトンネルのようだった。
遠く見える出口は白い光に包まれ、外の様子はよくわからなかった。
響くのは三人の足音、風の音。
花陽は一歩一歩進みながら、この長くて奇妙な数日間を思い出していた。

お父さんとお母さんが豚になったこと。
凛ちゃんやみんなに助けられたこと。
湯屋で働くことになったこと。
ことりちゃんとの出会い。
そして、この世界での真実――。

そうだ、絵里の話によると、この世界の試練を乗り越えた者には願いを叶える権利が与えられるはずだ。
そもそも、現世で強い願望がある者しかこの世界に辿り着けないとも言っていた。
花陽がどうしても叶えたかった願い。それだけはどうしても思い出すことが出来ずにいた。

花陽「私の願い……」

いつのまにか隣にいたはずの両親は姿を消していた。
そして、出口の光は目の前まで迫っていた。

花陽「それは―――」
254: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/14(水) 22:26:45.41 ID:h1tkC8Jw0
夕暮れ時。黄昏時。逢魔が時。花陽は薄暗い街中に立っていた。

花陽「あれ……? ここ、どこ? さっきまで車に乗って引っ越し先の家に向かっていたはずじゃ……」

突然の事態に初めはドギマギしていたが、よくよく辺りを見回して、見知った風景が広がっていることを確認すると少しずつ冷静さを取り戻していった。
そこは花陽が生まれ育った町、東京の神田である。少し離れた前方には大きな鳥居が、くるりと振り向くとそこには真っ赤な随神門がそびえていた。

花陽「ここって……神田明神?」

青龍、白虎、朱雀、玄武。四神が彫られた門をくぐり抜けて、境内へと入る。
境内は誰もおらず閑散としていた。
二頭の対の狛犬の間を通り抜け、御神殿の前で手を合わせた。

花陽(神様、お世話になりました。本当にありがとうございました。……って、あれ? 何に対して?)
255: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/14(水) 22:35:24.32 ID:h1tkC8Jw0
花陽が首をかしげていると、背後からふわりと温かい風が吹いてきた。
はっとして振り返るが、誰もいない。しかし、確かに誰か――いや、何かが境内の方から花陽のいる御神殿に向けて押し寄せてきているのを感じる。
その時、ぼぅっと鳳凰殿の提灯に明かりが灯った。夜が来たのだ。
昼間と打って変わって人気のない夜の境内。だが、そこは人でない何かで昼間以上に賑わっているようだった。

花陽(なんだか不気味だな……。早いところ帰ろう。でも、なんでだろう。ちょっぴり懐かしいような……)

「お参りはもうええの?」

花陽「うわっ! びっくりした……巫女さんでしたか」

「おっと、ごめんごめん。随分念入りにお祈りしとったからつい声掛けちゃった」

花陽「はい。今日は神様にお礼を言いに来たんです。でも、何のお礼だったのか思い出せないんです」

「ほうほう、なるほどな。でも、神様にはきっと君の気持ちは伝わってると思うよ」

花陽「そうだといいんですが……。ところで、今日は境内の雰囲気がいつもと違いますね。誰もいないはずなのにざわついているというか」
256: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/14(水) 22:41:45.49 ID:h1tkC8Jw0
「おっ、ウチ以外にもこのスピリチュアルが感じられる人がいるとは。実はそうなんよ。ここ神田明神には毎日、日が暮れてくるといろんなところから神様が集まってくるんよ。ウチはアルバイトなんやけど、時々こうして足を運んではそのお手伝いをしているってわけ」

花陽「へーお手伝いって神様のですか?」

「ううん。たまーになんやけど、神様に紛れて人間の子が迷い込んでしまうんよ。ウチはその子たちがちゃんと元の世界へ帰れるように、そっと手助けしてあげてるんよ」

花陽「そうなんですか。それは大変なお仕事ですね」

「そうそう……って信じてくれるん?」

花陽「はい、なんとなくですけれど本当のことのような気がして」

「そっか、信じる者は救われる。信じなくても救われる。あなたに神のご加護があらんことを」

花陽「それって宗教違うような……」

「ええの。ここにいるのは八百万の神様だから、そんなん今さらやん。それより、お礼の方はもう済ませたみたいやけど、お願いの方は大丈夫?」

花陽「お願い?」

「そう、大事なお願い。よーく思い出してみて?」

花陽(大事なお願い……)
257: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/14(水) 22:48:59.52 ID:h1tkC8Jw0
〜〜〜〜〜


花陽「ねえねえ、お父さん! お米の名産地ってどんなところ?」

父「そうだねぇ、花陽の大好きなこしひかりが一年中美味しいところだよ」

花陽「い、一年中……! はぅぁ……なんて素敵なところ……。それでそれでお米の名産地にはいつ行けるんだっけ?」

父「ふふ、何度も言ってるじゃないか。忘れたのかい? 明日だよ」

花陽「明日!! 明日、花陽はお米の名産地に……! なんて幸せなんだろう……」キラキラ

父「……」

母「あなた……」

父「ああ……わかっているさ。なあ、花陽、大事な話があるんだ、聞いてくれるかい?」

花陽「うふふ、なぁに? お父さん?」ニコニコ

父「もし、もしもお米の名産地に住むってなったら嬉しいかい?」

花陽「お米の名産地に!? 住めるの!? 住みたい! 住みたい!」ピョンピョン

父「そ、そうか! そっかそっか、嬉しいか! あっはっは! な? 大丈夫って言っただろ?」

母「ええ、やっぱり私たちの娘だわ!」ホッ

花陽「あ、もちろん、凛ちゃんちも一緒だよね?」

父「え、凛……隣の星空さんか?」
258: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/14(水) 22:56:00.61 ID:h1tkC8Jw0
花陽「うん! 仲良しの星空凛ちゃん! この前、約束したんだよ。大きくなってもこれからもずっとずっと傍にいようって!」

母「あなた、やっぱりかよちゃんは……」

父「ああ、大丈夫だ、任せてくれ。……なぁ、花陽。よく聞いて欲しい。星空さんちは……凛ちゃんは一緒には来れない」

花陽「え……?」

父「お米の名産地には俺たち家族だけで引っ越すんだ。わかるかい? だから凛ちゃんとはもう……」

花陽「そんな……」

父「花陽……わかってくれ」

花陽「……」

母「かよちゃん、お願い。もう決まったことなのよ……だから、今から凛ちゃんのところにお別れのあいさつに行ってきなさい?」

花陽「……わかった」

母「ふふ、かよちゃんはいい子ね。今夜はご馳走にするからね!」

父「流石俺の娘だ! 素直で物分かりがいい!」

父「さ、それじゃあ、行ってきなさい。あ、ご両親にもよろしく言っておいてな?」

花陽「……」
259: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/14(水) 23:02:50.08 ID:h1tkC8Jw0
凛「かよちんが……お引越し……?」

花陽「うん……」

凛「そんな……う、嘘だよ! きっと何かの間違いだよ! だって……だってこんなに急になんておかしいよ!」

花陽「……」

凛「……本当なの?」

花陽「うん……」

凛「……かよちん、約束したよね? 大きくなってもこれからもずっとずっと一緒だよって! あれは嘘だったの!?」

花陽「ごめんね、凛ちゃん……」

凛「あ、謝らないでよ! 凛が聞きたいのはそんな言葉じゃない!!」

花陽「わかんないよ……」

凛「え?」

花陽「私だってわかんないよ!! 今日! 突然! あんなこと言われて! どうしていいか……凛ちゃんになんて言っていいのか全然わかんないよ!!」

凛「それは……」

花陽「凛ちゃんっていつもそうだよね? 自分勝手で私のこと好きに連れ回して……! 凛はかよちんのことなら何でも知ってるにゃ!とか言っちゃってさ。……でも、そんなの全然間違ってる。凛ちゃんには私の気持ち、全然わかってない!!」

凛「……かよちん」

花陽「はぁ……はぁ……」
260: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/14(水) 23:11:18.08 ID:h1tkC8Jw0
凛「……ぐすん」

花陽「あ……凛ちゃん……」

凛「……ばか」

花陽「凛ちゃん、ごめんね、つい言い過ぎ……」

凛「かよちんのばかーー!! だいっきらい!! もう知らないもんねっ!! お米の産地でも西木野さんちでも好きなところに行っちゃえばいいんだ!! うわぁーーん!!」ダダダダ

花陽「待って、凛ちゃん!」


凛ちゃんを追って家を出たけれど、凛ちゃんの姿はもうそこにはなかった。凛ちゃん、足速いから。
空が暗くなるまで町中を探し回ったけれど、どこにも見つからなくて……。
それで、最後にやってきたのが神田明神だった。
困ったときの神頼み。ではなくて凛ちゃんと私は滅多に喧嘩はしないんだけれど、それでもたまに喧嘩をしてしまった時は決まって境内の片隅に腰を降ろしてしょんぼりしていたんだ。

そんな最後の希望を抱いてやってきた神田明神だったけれど、その日そこに凛ちゃんはいなかった。
だから、花陽は全身全霊、まさに神にもすがる思いでお願いしたんです。


『凛ちゃんに会えますように』って。
261: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/14(水) 23:17:43.43 ID:h1tkC8Jw0
〜〜〜〜〜


花陽「そうだ、思い出した!」

結局、花陽の願いも虚しく凛に会うことは叶わなかった。
今朝、荷物を全て積み終えて、ぐるりともう一度玄関を見渡すと、隅の方にスイートピーの花束と一緒にメッセージカードが置かれていた。

『かよちん、元気でね』

その一言が別れの挨拶だった。
もう会うことが出来ないかもしれない幼馴染の顔を思い浮かべ花陽は泣いた。後悔した。絶望した。
そして、引っ越しの車は故郷を発った。

花陽「そう、確かに私は今朝この街を出たはずだった。それなのに、私はまだここにいる。それってつまり……」

「思い出したみたいやね。でも、まだちょっと混乱しているみたい。そんな君にヒントをあげよう。今日は、金曜日やで」

花陽「金曜日……? ……引っ越しの前日だ!」

「気付いたみたいやね。だったらやることは一つやん?」

花陽「凛ちゃんともう一度……」

時刻は夕方、凛と喧嘩をしたあと散々探し回っている頃合いだ。

花陽「私、行かなきゃ!」

「あ、ちょっと待って! うーん……これや!」

どこから取り出したのか、タロットカードを一枚花陽に手渡した。

「恋人のカード。自分の直観を信じて進め! カードがあなたにそう告げてるよ?」

花陽「ありがとうございます。……私、頑張ります!」
262: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/14(水) 23:22:59.85 ID:h1tkC8Jw0
花陽(自分の直観を信じて、か。なんでここなんだろう?)

花陽は自宅へと戻ってきていた。
せっかく神様が与えてくれた貴重な時間だ。無駄には出来ない。

花陽(きっと何か理由があるんだ)

恐る恐る一歩踏み入れる。

花陽「た、ただいまー」

父「お、おぉ……! 花陽、戻ったか!」

母「こんなに遅くまで、心配してたのよ? ご飯の用意が出来ているの。手を洗ってらっしゃい」

父「この家で食べる最後のご飯だからな。花陽の大好物ばかりだぞ!」

母「お母さん、頑張っちゃった♪」

父「楽しみだな〜、な、花陽?」

花陽「うん、楽しみ……」

ぎこちない笑顔で返事をした。

思えば私はいつもこうしてきた。出来るだけ親や周囲に迷惑を掛けないように、自分を押し殺して。
私がにこにこ笑っていれば、周りもにこにこ笑ってくれる。
争い事なんて断固反対。平和に何事もなく済めばそれでいい。それが幸せ。
ずっとそうして生きてきたし、これからもそうやって生きていく。

――――――

――――

――

本当にそれでいいの?

自分の意見を言わず、周りに流されて、本当にそれでいいの?
263: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/14(水) 23:27:08.22 ID:h1tkC8Jw0
花陽「……嫌だ」

父「ん? どうした、早く手を洗ってきなさい」

『自分の直観を信じて進め!』

花陽「引っ越しなんて絶対嫌だ!!」

父「な、なにを……」

花陽「だって、こんなのっておかしいよ! 突然明日引っ越すなんて言われたって納得できない!」

母「かよちゃん……わがまま言わないの。今さらそんなこと言ったって……」

花陽「今さら? 私に黙って引っ越しを決めちゃって、さっき初めて聞かされて……私の意見はどうして聞いてくれなかったの!? どうして何も教えてくれなかったの!? 私の気持ちも考えてよ!!」

両親は花陽のあまりの剣幕に押されて、開いた口がふさがらなかった。
それもそのはず。花陽が今まで意見らしい意見をここまで声を大にして発したことなど一度もなかった。

花陽「私だって家族なんだよ……?」

父「花陽……」

母「かよちゃん……」

花陽「お父さん、お母さん、一生のお願いです。引っ越しのこと、もう一度考え直してください」

父母「……」
264: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/14(水) 23:46:22.34 ID:h1tkC8Jw0
月夜が照らす男坂の階段を息をはずめて登っていく。
社務所の前を通って回り、随神門をくぐり抜けて、再び御神殿の前へ。
二礼二拍手一礼。最後の一礼を深々とした後、帰路に着いた。
相変わらず静かで賑やかな境内から門をくぐって出ようとすると、その隅に一人の少女が座っていた。


凛「かよちん」

花陽「……凛ちゃん」

凛「あ、あのね! かよちん、さっきはごめんね……。ばかとか酷いこと言っちゃったにゃ……」

花陽「ううん。謝るのは私の方だよ。ごめんね、凛ちゃん」

凛「かよちん、凛のこと嫌いになっちゃった……?」

花陽「ううん、大好きだよ。どんなことがあっても凛ちゃんのこと嫌いになんてならないよ」

凛「うわーん! 凛もかよちんが大好きだよー! だいきらいなんて嘘だよー! 大大大好きだよー!!」ギュー

花陽「うえーん! 私も凛ちゃんのこと大大大好きだよー!!」ギュー

抱き合った瞬間に花陽のポケットから『恋人』のカードがヒラリと落ちた。
カードの中の恋人たちも二人と同じように抱擁を交わしていた。
265: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/14(水) 23:49:59.37 ID:h1tkC8Jw0
凛「かよちん、凛ね。ずっとずっと長い夢を見ていた気がするんだ」

花陽「凛ちゃんも? 実は私も」

凛「えへへ、凛とかよちんはいつも一緒だね」

花陽「うん、だって約束したもんね。ずっと一緒にいようって」

凛「でもそれは……」

花陽「あのね、あの後お父さんとお母さんと話したんだ。引っ越しのこと。そしたらね、もう少しだけ考えてみようかって言ってくれたの」

凛「ほ、ほんと!?」

花陽「うん! 私がこんなにはっきり意見を言えるようになったってむしろ喜んでくれたよ」

凛「やったー! 凛のお願いが叶ったー!!」 

花陽「え、凛ちゃんのお願い?」

凛「うん! かよちんと喧嘩した後、凛はすぐに神田明神にきてお願いしたんだよ。『かよちんのお引越しを止めてください』って! そしたら、ほんとに叶っちゃった!」

花陽「そうだったんだ……。私もそれからしばらく経った夕方ごろにお願いしたんだ。『凛ちゃんに会えますように』って」

凛「そっかー。じゃあ、かよちんのお願いも叶ってよかったね!」

花陽「うん! でも、凛ちゃんのお願いと被っちゃったね。それなら私は何か別のお願いにしておけば良かったなぁ……なんてね」

凛「? 凛とのお願いは被ってないよ」

花陽「え、どういうこと?」

凛「だって、向こうの世界で凛と会えたのって、かよちんのお願いのおかげでしょ?」


さっと風が門の間を吹き抜けた。

『あっはっはっはっは!』

風に乗って、神様の笑い声が聞こえたような気がした。
266: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/14(水) 23:53:00.97 ID:h1tkC8Jw0
花陽「凛ちゃん、覚えているの?」

凛「覚えているって、何を?」

花陽「向こうの世界でのことだよ」

凛「向こうの世界? なぁにそれ? 凛、よくわかんないや」

花陽「えぇ?」

凛「じゃあ、かよちんは覚えてるの? 向こうの世界のこと」

花陽「うぅーん? そういえば向こうの世界って何のこと……?」

凛「でしょー? 凛もなんかよくわかんなくなっちゃった」

花陽「あれぇ、でも……おかしいなぁ」

凛「ふふ、かよちんへーんなの! ぽかーんとしちゃって、神隠しにでもあったみたい!」

花陽「神隠しだなんてそんな……」

花陽は何だか狐につままれたような複雑な気持ちになったが、それもすぐに忘れてしまった。
267: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/15(木) 00:03:29.78 ID:zIsVhLUW0
凛「さ、かよちん、もう帰るにゃ。お手手繋いで帰ろー!」

花陽「わわっ、引っ張らないでー!」

凛「早く―! あ、見て見て! 星空がきれいだよー!」

花陽「うわぁ……ほんとだ! 東京の街なのに……。ねぇ、凛ちゃん。また来年、一緒に見に行こうね?」

凛「うん、約束だよ?」

花陽「ゆーびきーりげんまん、嘘ついたら……お米一週間禁止、頑張ります!」

凛「おぉ! なら、凛は一週間ラーメン禁止しーます!」

花陽「ふぅ……自分で言ったからには何としても守らないとね……」

凛「もう、かよちんったらお米と凛どっちが大事なの?」

花陽「えー? そんなの決まってるよ。もちろん、凛ちゃんだよ♪」

凛「にゃー!/// て、照れるにゃー!」

花陽「あはは!」

凛「えへへ!」

風のない中、花陽の頭の上で微かにリボンが揺れた。
花は大地で優しく笑い、星はそれを明るく照らすだろう。


268: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/15(木) 00:07:56.93 ID:zIsVhLUW0
色々滅茶苦茶だったけど完結できてよかったです。
読んでくれた方はありがとうございました。
次はオリジナルのなにかを書きたいな

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【ラブライブ!】凛と花陽の神隠し
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