にこ「今日も私は旅をする」

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1: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 13:09:58.08 ID:muCs93dF.net
娼館地下

「ねえ、聞いた?」

 ボソボソと、かすれた声が聞こえる。

「この街に、悪人が来るって噂」

「聞いた。お客さんが笑ってたよ、あれも年貢の納め時だって」

 やはりかすれた声がそれに答える。

「ここにも来てくれないかなあ」

「無駄だよ、期待しちゃ。きっと王が殺しちゃうから」

「……王も支配人も殺して、ついでに私達も殺してくれないかなあ」

 かすれた声が、やんだ。暗い部屋の中、汚れた布にくるまり私は想像する。

 噂でしか聞いたことのない、恐ろしい大悪人の姿を。

元スレ: にこ「今日も私は旅をする」

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2: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 13:14:41.47 ID:muCs93dF.net
街道の和菓子屋

穂乃果「うわー、今日もいい天気!」

穂乃果「海未ちゃん、ほら見てよ。久し振りの晴れだよ」

海未「……まだ朝の四時ですよ? もう少し寝かせてください」

穂乃果「もう、一週間ぶりの晴れだっていうのに。洗濯物もいっぱい溜まってるんだよ?」

海未「後二時間もすればまた降り出しますよ。ふぁああ……」

穂乃果「……私は洗濯してくるよ、おやすみ」

海未「無駄だとは思いますけど、おやすみなさい」
3: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 13:18:20.80 ID:muCs93dF.net
穂乃果「海未ちゃん、すっかり自堕落になっちゃったな」

穂乃果「昔は……もっとしっかりした人だったのに」

穂乃果「やっぱり、真姫ちゃんのこと引きずってるのかな……」

穂乃果「あ……」

穂乃果「海未ちゃんの言った通りだ。降り出して来ちゃった」

穂乃果「今の王様になってから、いつもこうだ。雨降りばかり」
4: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 13:22:38.52 ID:muCs93dF.net
穂乃果「洗濯物、どうしようかな。部屋に干そうかな」

穂乃果「……ん?」

にこ「……」

穂乃果「だ、誰か倒れて……る? こんなところに?」

穂乃果「大丈夫ですか?」

にこ「……あの」

穂乃果「は、はい?」

にこ「食事を……ちょうだい。お金はあるから……」
5: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 13:32:30.94 ID:muCs93dF.net
にこ「」ガツガツ

海未「ふふ、よく食べるお嬢さんですね。よっぽどお腹が空いていたようで」

穂乃果「慌てないで、ゆっくり食べてね」

にこ「!」

穂乃果「ああ、だから慌てないでって言ったのに。ほら、水水!」

にこ「」ングッングッ

にこ「はぁー……ごめんなさい、久し振りにまともな食事したから」

海未「お嬢さん、旅人かい?」

にこ「ええ、そうよ」
7: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 13:37:22.78 ID:muCs93dF.net
海未「旅慣れていないようですから言いますが、次の街に着くまでの食料はちゃんと確保しておくべきですよ」

海未「先程のように行き倒れては、誰に襲われるか分かりませんからね」

にこ「……」

にこ「分かってるわよ、ちょっと食料代ケチっただけ……三日分ほど」

穂乃果「たはは……結構な量ケチったんだね」

にこ「ああ、そういえば自己紹介がまだだった」

にこ「私の名前は矢澤にこ、旅人よ。よろしくね」
8: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 13:42:40.96 ID:muCs93dF.net
穂乃果「私は高坂穂乃果、この和菓子屋を営んでるんだ」

海未「共同経営者の園田海未です」

にこ「穂乃果に海未ね。覚えたわ」

にこ(……私以外に客がいないわね。むこうの机なんて埃被ってる)

にこ(ん、あれは……)

にこ「あそこにある写真、あんた達の友達? 四人いるけど」

穂乃果「ああ……あれは。うん、友達の写真」

海未「……友達なんかじゃありませんよ」
9: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 13:47:39.70 ID:muCs93dF.net
穂乃果「海未ちゃん、そんなこと」

海未「二人を見捨てた私に、友達なんて言う資格はありませんよ」

海未「にこも、こんなところからは離れて……早く別の街に行くのをお勧めします」

穂乃果「……」

にこ「何か訳ありみたいね。よかったら話してくれない?」

穂乃果「この街道を、道沿いに真っ直ぐ行けば国があるのを知っていますか?」

にこ「アヤセ国でしょ? 国王が素晴らしく立派だって評判の」

バンッ

穂乃果「……それは昔の話です」
11: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 13:56:04.38 ID:muCs93dF.net
穂乃果「国王が病の床につき、代わりに王の一人娘が王の座についたの」

穂乃果「エリーチカ。賢い可愛い彼女は、国の皆に支援されて王になった」

穂乃果「それが暴虐の王とも知らずに、私達は呑気に祭り上げてしまった」

にこ「……続けて」

穂乃果「王が即位して最初に下したのは、極端な課税」

穂乃果「国中の金は全て王の元に集まり、民は貧困に喘いだ」
12: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 14:01:44.61 ID:muCs93dF.net
穂乃果「彼女に反対するものには、重すぎる罰が下ったの」

穂乃果「私のお父さんも、海未ちゃんのお父さんもその一人だった」

穂乃果「反対してすぐに姿が見えなくなって、二人とも全身を焼かれて……発見されたの」

にこ「……酷い」

穂乃果「男は死刑、じゃあ女は?」

穂乃果「娼婦として、物のように扱われることになっている」

穂乃果「写真の二人、南ことりちゃんと西木野真姫ちゃんも……多分、国の中にある娼館にいるんだと思う」
13: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 14:08:38.23 ID:muCs93dF.net
穂乃果「ある日街を歩いていたら、二人が衛兵に連れて行かれるのを見かけたんだ」

穂乃果「二人とも必死で暴れてたよ。逃げようとして、叫んで……」

穂乃果「そして私と海未ちゃんがいることに気付いて、助けを求めてきたんだ」

穂乃果「私達は……衛兵が怖くて……」

穂乃果「娼婦になるのが嫌で……」

ことり『穂乃果ちゃぁん! 待ってよ、助けてよぉ! 行きたくないよぉ!』

真姫『海未ィ! 友達だって、言ったのに……裏切り者ォ! 裏切り者……』

穂乃果「私達は逃げだして、今もこうして人の来ない和菓子屋を営んでる」
14: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 14:14:43.37 ID:muCs93dF.net
にこ「……なんであんた達、ここを離れようとしないの?」

にこ「和菓子屋なんてここじゃなくても出来るでしょ? 西のツバサ国や東のエレナ国」

にこ「アンジュ国はスイーツの交易も盛んでお勧めよ」

穂乃果「ううん、それは出来ないんだ」

にこ「何でよ」

穂乃果「いつかことりちゃんと真姫ちゃんが、ここに帰ってくるかもしれないから……」

にこ「……娼館から逃げられた子はいるの?」

穂乃果「今は、まだ誰も。けどいつかは」

にこ「いつかいつか、って現実逃避してんじゃないわよ。結局のところ自分を慰めてるだけの逃げじゃない」

にこ「友人見捨てたんなら開き直りなさいよ。帰りを待ってるなんて都合のいい状態でぬるま湯につかるのはやめることね」
16: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 14:18:04.14 ID:muCs93dF.net
穂乃果「はは……そうだよね……」

穂乃果「けど、離れたくないんだ……少しでも、ほんの少しでも可能性があるなら」

穂乃果「また二人に会える可能性があるなら……」

にこ「……あーあ」

にこ「ご飯美味しかったわ、ありがとう」

穂乃果「まだ雨が降ってるから、ゆっくりと」

にこ「そういうわけにもいかないのよ」

にこ「ちょっとばかし、急ぎの用事が出来たからね」
17: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 14:26:26.25 ID:muCs93dF.net
穂乃果「行っちゃった」

海未「おや、旅人さんはもう……?」

穂乃果「何か用事があるんだって」

海未「泊まっていってもらうつもりだったのですが……大丈夫ですかね」

穂乃果「大丈夫だよ、アヤセ国には多分行かないだろうし」

海未「それもですが、忘れたのですか? 少し前、アンコを卸しに来た業者が言ってたこと」

穂乃果「あ……そうか。そろそろこの辺に……」

海未「『悪人』が来るんですよ」
18: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 14:31:40.85 ID:muCs93dF.net
アヤセ国

門番「ウィー……ひっく!」

門番2「おいおい、そんなに酔っ払って。悪人が来たらどうするんだよ」

門番「大丈夫大丈夫、悪人なんざこの槍で追い払ってやらぁ」

門番「全くエリーチカ様々だぜ。こうして門を見張ってるだけで……」

門番「こうして酒にありつけるんだからなぁ!」

門番2「はん、足元がふらふらじゃないか。報告にも行けるかどうかだぜ」

門番「いいんだよ、悪人だってどうせ、エリーチカ様に怯えて来れやしねえ……」

にこ「ねえ」

門番「あん? なんだぁガキィ」
19: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 14:36:51.64 ID:muCs93dF.net
門番2「旅人か? 悪いが入国は出来ないぞ。今は誰も中に入れるな、と言われている」

にこ「へえ、そうなの」

門番「分かったら、痛い目さっさと消えな」

にこ「さっきあんた、こう言ってたわよね。悪人なんて槍で追い払ってやるって」

門番「おぉう、悪人なんざ所詮は噂よ。国一番の槍使いの俺が槍を振りゃ、涙流して逃げて行くに決まってらぁ」

にこ「ふうん、そうなんだ……でもね、あんた」

にこ「槍持ってないみたいだけど?」

門番「はあ……?」
20: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 14:40:02.72 ID:muCs93dF.net
門番「何言ってんだよ、俺はこうして」

門番2「お、お前……その手……」

門番「あぁ? ……はれ、俺の手が地面に……?」

門番「手、手がねぇ! 俺の手がねぇ!?」

門番2「貴様、何をしたァ!」

にこ「何って、『悪い事』よ」

にこ「『悪い事』をするのは当然でしょ? 悪人なら」
21: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 14:44:43.34 ID:muCs93dF.net
門番2「悪人? こんな子供が……?」

門番2「冗談か本気か知らんが、仲間を傷付けられて黙っているほど俺はお人好しではないぞ」

にこ「……あんた強そうね。そこで転がってる、のんだくれとは大違いよ」

門番2「構えろ、この国には足一本入れさせん」

にこ「構えろも何もないわよ。あんた強そうだと思ったけど」

門番2「……」

にこ「勘違いだったみたいね」

 ぬかるむ地面に、音もなく門番2の首が落ちた。
22: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 14:52:28.10 ID:muCs93dF.net
にこ「ここがアヤセ国……ふぅん、穂乃果の言った通りみたいね」

にこ「会う人会う人、皆死んだ魚みたいな目してるわ」

にこ「大きい顔してるのは衛兵だけね」

衛兵「む、そこのお前、見ない顔だな。身なりからすると、旅人か? 今は入国制限を行っている筈だが」

にこ「丁度いいわ、あんた、娼館ってどこにあるのか教えなさい」

衛兵「娼館? 女が娼館に何の用だ」 

にこ「娼館に行ってやることなんて一つしかないでしょ。いいから案内しなさい」

衛兵「……もしや、貴様」

にこ(……気付かれた?)

衛兵「同性愛者、というやつか……!?まなの」
24: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 14:59:09.76 ID:muCs93dF.net
にこ(同性愛者、聞いたことがある)

にこ(自らと同じ性別を愛する豪の者)

にこ(精神を阿修羅に変えたそれは、この世の理に通ずると言われている)

にこ(同性愛者になりしもの、世界の半分を掌握せん。との伝説も残っているほどだ)

にこ(そんな誰もが羨み、誰もが尊敬する存在に間違われたのだ)

にこ(これほど嬉しいことがあるものか)

にこ「ええ、同性愛者よ!」

 周囲から歓声が飛ぶ。いがみ合っていたはずの衛兵と国民が、肩を組んでビールをあおっている。
 偉人の来訪は、全ての諍いを消し去ったのだ──。
25: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 15:04:53.89 ID:muCs93dF.net
衛兵「此方が娼館でございます」

にこ「ええ、ありがとう」

衛兵「そんな、勿体なきお言葉……!」

 衛兵が感極まってかむせび泣く。娼館の窓が開き、ハゲた親爺がバイアグラを投げつけ非難の言葉を浴びせる。

衛兵「黙れっ! ここにおわす方をなんと心得るか!」

衛兵「かの生きた伝説、同性愛者様であらせられるぞ!」

 一斉に窓が開き、歓声が飛んだ。親爺が喜びのあまり窓から飛び降り地面の染みとなる。

衛兵「見てください、この喜びようを」

にこ「私もこれほど喜んで貰えるなんて……来たかいがあったわ」
27: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 15:11:00.19 ID:muCs93dF.net
 娼館の中は盆と正月がいっぺんに来たような騒ぎであった。

支配人「これはこれは、よくぞわが娼館にお越しいただきました……!」

支配人「女の子はよりどりみどり。お代は結構ですので、心ゆくまで楽しんでいってください……!」

にこ「そうねえ、じゃあそこの赤毛の子ととさかの子お願いするわ」

支配人「流石お目が高い……! おいっ、用意しろ」

店員「しかし、あの二人はもう予約がいっぱいでして」

支配人「たかが客と同性愛者様、どちらが大事かは明白……! そんなことも分からないのか……?」

店員「い、今すぐお部屋の用意を致します!」
29: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 15:23:58.37 ID:muCs93dF.net
ことり「ご指名ありがとうございます、ミナリンスキーです♪」

真姫「……」

ことり「ご、ごめんなさい。この子、ちょっと心が壊れかけていまして」

にこ「挨拶は後にしましょ。貴女達、南ことりと西木野真姫ね?」

ことり「へ!? なんで私達の本名を!?」

ことり「流石は同性愛者様……世界の理を解する唯一無二の存在」

ことり「名前程度はお見通しというわけですね」

にこ「ああ、同性愛者っていうのは嘘よ。立場が有利になりそうだったから乗っただけ」

ことり「嘘ォ!? 色紙とサインペンまで用意したのに……そんな……」
30: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 15:29:28.22 ID:muCs93dF.net
にこ「まあ落ち着いて敷島でも呑みなさい」

ことり「敷島たぁ豪勢ですね。私はもっぱら朝日です」

にこ「あんた達のことは、穂乃果に聞いたのよ」

ことり「穂乃果ちゃんから!? 穂乃果ちゃんは今、どこに……?」

にこ「国近くの街道で海未と和菓子屋をしてるわ」

真姫「海、未……?」
31: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 15:33:46.01 ID:muCs93dF.net
ことり「真姫ちゃん、良かったね。二人とも無事だって!」

真姫「海未……ごめんなさい」

真姫「ごめんなさい……ごめんなさい……」

にこ「……」フゥー

にこ「何を謝ってるのか知らないけど、見捨てたのは向こうでしょ」

にこ「むしろ恨んでいいくらいよ」

ことり「真姫ちゃんはその……海未ちゃんとアイドルをやってたの」

にこ「アイドル?」
32: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 15:39:57.66 ID:muCs93dF.net
ことり「海未ちゃんが作詞をして、真姫ちゃんが作曲」

ことり「そんな二人の、アヤセ国スーパーアリーナでのライブ直前に真姫ちゃんは捕まっちゃったんだ」

ことり「海未ちゃん、あそこで歌うのが夢だって言ってたから、きっとその夢が叶えられなくなったことを悔いているんだと思う」

真姫「私が……私が王を批判なんてしなければ……」

にこ「ふうん、夢ねえ。成る程……」

にこ「今の王が倒れたら、その夢は叶えられるってわけね?」

ことり「そういうことになるのかな。けど、その頃にはきっともう、私も真姫ちゃんも……」
33: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 15:45:05.06 ID:muCs93dF.net
にこ「分かったわ、ちょっと待ってなさい」

にこ「……ああ、エリーチカがいるっていう城はどこにあるの?」

ことり「ここを出て、少し見上げたら見えるよ。お城というよりは、塔だけれど」

にこ「ありがとう、少し行ってくるわね」

ゴガァン

ことり「壁が……吹き飛んだ!?」

ことり「貴女は一体……?」

にこ「面倒くさいからこう言えば伝わるでしょ」

 悪人、と。一言だけ呟くとにこは穴から飛び降り、雨の中へと消えていった。
 後には呆然としたことりと真姫、むせび泣く支配人だけが残された。
34: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 15:48:19.21 ID:muCs93dF.net
エリーチカ城

絵里「なんなのよ、この食事は」

希「焼き肉に決まってるやん」

絵里「それは分かってるわ。ただ、何で三日連続朝昼晩焼き肉なのかって聞きたいのよ」

希「絵里ちだって焼き肉好きって言ってたし、ウチも好きだから丁度良いかと思って」

絵里「そりゃ、一日目の昼辺りまでは好きだったわよ」

絵里「今はもう惰性よ、惰性で焼き肉食べる機械と化してるわ」
35: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 15:50:49.63 ID:muCs93dF.net
希「ええやん、たまには三日連続朝昼晩焼き肉でも」

絵里「そんなたまに、は未来永劫来なくていいわよ」

希「もう、絵里ちはわがままなんやから」

絵里「これがわがままに入るなら全人類わがままよ。いいから別の食事……」

希「後きゅうりしかないで」

絵里「きゅうり? きゅうりだけ? それこそどういうことなのよ」
37: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 15:53:36.27 ID:muCs93dF.net
希「絵里ちも知っての通り、この城には人がいっぱいいるわけや」

絵里「ええ」

希「当然まかないも大量に必要になる」

絵里「わかるわ」

希「まかない作りすぎて材料が無くなっても仕方のないことやん」

絵里「そこがもう分からないのよ。私、王よ? 国で一番偉いのよ?」

絵里「なんでまかないのために私がきゅうりかじる事になるのよ」
38: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 15:58:16.09 ID:muCs93dF.net
絵里「まず私の料理を作ってから、まかないでしょ」

希「焼き肉あるよ」

絵里「焼き肉以外でよ」

希「だからもう、きゅうりしかないって」

絵里「優先順位がどう考えてもおかしいのよ。明らかに私の食事、焼き肉にしてもグレード低いじゃない」

絵里「一国の王が食べる内容じゃないわよ」

希「確かに、家臣の皆さんには様々な国の趣向をこらしたまかないが振る舞われとる」

希「けど焼き肉食べれるだけ十分やろ? 食べれん人もいるんやから」
39: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 16:02:04.81 ID:muCs93dF.net
絵里「まかないレベルにしてほしいだけなのよ」

希「あのな、絵里ち。国は絵里ち一人の力じゃ動かんのよ」

希「実際に働いてくれる家臣がいないと、何の意味もない」

希「絵里ちが部屋でじゃがりこ食べながらゲームしてる間も、皆は働いてるんや」

希「そう考えたら、絵里ちの食事よりまかないが豪華なのも当然やと思わん?」

絵里「うーん、言われてみればそうかもしれないわね」

絵里「塩ある?」

希「あるで」

絵里「瑞々しい」ポリパリ
40: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 16:06:06.00 ID:muCs93dF.net
バァン

執事「お食事中失礼します!」

絵里「騒々しいわね、何かあったの?」ポリポリ

執事(きゅうりを食っている)

執事(ふと思い出したのは、蝉の声が響く夏の日)

執事(実家の婆ちゃんちで、畑になってたのを服で拭いてかじったっけか)

執事(いつもバレて怒られたけど……美味しかったなあ)

執事(きゅうりをかじる時は、いつも近所の子が一緒だった)
41: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 16:11:49.44 ID:muCs93dF.net
執事(冬と夏しか会えない友達)

執事(名前は覚えていないけど、まぁくんって呼んでたっけ)

執事(二人で川に行って、魚を釣ったり)

執事(山に登って木の実を拾ったり)

執事(家にテレビが来たときなんて、二人で夢中になって見たっけ)

執事(歳をくうにつれて、実家にも行かなくなって。もう何年会っていないんだろう)

執事(まぁくんは元気にしているのだろうか、またどこかで会いたいものだ)

執事「大変です、賊が攻めてきたのです!」

絵里「悪人……噂と思っていたけれど、本当に来たのね」
43: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 16:16:29.46 ID:muCs93dF.net
希「どうするんや、絵里ち」

絵里「どうするもこうするも……迎撃するしかないでしょ」

絵里「この国は馬鹿親父の残した借金のせいでカツカツなのよ。これ以上何も奪われてたまるか……!」

執事「エリーチカ様の手を煩わせるまでもありません」

執事「この私めが、悪人を撃退してごらんにいれましょう」

絵里「そう、なら……行きなさい」

執事「はっ!」

希「……倒せる思う?」

絵里「噂通りなら、執事じゃ無理ね。久々に彼女達に協力を仰いで……」

絵里「最悪、私が出るわ」
44: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 16:20:03.31 ID:muCs93dF.net
にこ(駆ける)

にこ(駆ける駆ける駆ける──)

にこ(ただ一直線に、塔の上へと。王へと、駆ける)

にこ(障害物は凪払えばいい。壁も、トラップも、人でさえも)

にこ(柄にもない。暴虐の王、高い塔、次々現れる兵士)

にこ(ワクワクする──)
45: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 16:26:35.88 ID:muCs93dF.net
広間

にこ(兵士がいない? いや、一人──老人か)

執事「これはこれは、お早いお付きで。私共の歓迎は如何でしたでしょうか?」

にこ「ご丁寧にどうも。全然足りなかったわ」

執事「そうでしょうとも。見ていましたよ、あの肉壁を豆腐のように切り裂く姿」

にこ「じゃああんたが……直接接待しなさい!」

ガキン

にこ(弾かれた……!?)

執事「おかしなことがありましてねえ。貴女、兵を斬る時も壁を斬る時も、武器を持っていなかったんですよ」
46: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 16:30:14.45 ID:muCs93dF.net
執事「何か不思議な技を使うのかと思いましたが……」

ガキン ガキン

にこ「くっ……」

にこ(完全に見切られている……!)

執事「この場所に来て、ようやく理解しました。貴女、見えない剣を持っていますね?」

にこ「さあ……ね!」

ガギィン

執事「ふむ、やはり相当に切れ味が鋭い。受け流すのを失敗すれば、私ごと叩ききられてしまいそうですね」
47: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 16:33:42.10 ID:muCs93dF.net
執事「しかし無駄……こうして!」

ゲシィッ

にこ「……っふ!」

執事「受け流してすぐに蹴りを入れれば、防御もままならない」

執事「私が斬られるか貴女の内臓が破裂するまで、これを続けるだけです」

にこ「……」

執事「……おや? 気絶しましたか」

執事「蹴り一発とは。名高い悪人も、所詮は見た目通りの女の子というわけですかね」
48: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 16:40:17.59 ID:muCs93dF.net
執事「首は貰いますよ、悪に──」

ザクッ

執事「──ん?」

執事「何、で……剣? そん、な……?」

にこ「見えない剣以外にも、剣くらいこの両手で持てるのよ」

執事「しな、かった……血の、に、おい……」

にこ「あんたみたいに戦い慣れしてる奴は、やっぱ気付くのよね。剣に染み付いた血の臭いに」

にこ「だから私はいつも、一本『新品の剣』を背中に隠し持っておくのよ」

にこ「騙し討ちするみたいで……」

にこ「悪かったわね」

執事「馬鹿め……私を倒しても、まだ……ぐふっ」

にこ「……テンプレートな負け惜しみね」
49: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/17(土) 16:45:50.81 ID:muCs93dF.net
にこ「エリーチカのいる部屋までは後少し」

にこ「もう数フロアもない筈……」

凛「ふふ、悪人!」

花陽「この先には行かせません!」

にこ「……休憩もさせてくれないってわけね」

にこ「いいわ、私はまだ死ぬわけにはいかないの」

にこ「私が悪人と呼ばれた、ヤザワ国の壊滅事件……その黒幕を見つけ出すまで!」

にこ「行くわっ!」

にこの勇気が明日を切り開く──。

64: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/18(日) 18:44:05.41 ID:0C07oLBE.net
 声が、聞こえる。

「にこ、私の可愛いにこ」

 声が、聞こえる。

「私も早くお姉ちゃんみたいになりたいな」

 声が、聞こえる。

「お花の首飾り……ありがとう!」

 声が、聞こえる。

「……」

 声が、声が、声が……聞こえる。

「もう、頑張らなくていいのよ」

「悪人なんて呼ばれて、傷付いて……そんなこと、もうしなくていいの」

「天国は幸せよ。ねえ、にこ」

「早く貴女もこっちにいらっしゃい」
65: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/18(日) 18:50:27.83 ID:0C07oLBE.net
 誰よりも好きだった母が、私に剣を向けている。

 誰よりも私に懐いてくれたこころが、私に剣を向けている。

 誰よりも優しく笑いかけてくれたここあが、私に剣を向けている。

「ママ、こころ、ここあ……もう、いいのかな」

「私も、そっちに行っていいのかな」

 死を眼前に据えた筈なのに、何故か私は幸せで。涙が出るくらい幸せで。

 全てを受け入れたくなって――。振るわれた剣を、私は避けることもなく。

「まだ、駄目だよ。姉ちゃん」

 一本の見えない剣が、斬撃を防いだ。
66: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/18(日) 18:55:03.09 ID:0C07oLBE.net
「まだ、黒幕を見つけていないだろ」

「まだ、復讐も果たせていないだろ」

「母さんは殺されたし、離れ離れになったこころとここあもまだ見つかってすらいない」

「なあ、探すんだろ。母さんがいなくなっても、家族四人でまた仲良く暮らすんだって誓っただろ」

「そんなことも忘れたのか、姉ちゃん!」

 見えない剣が光を帯び、人の形を作る。離れ離れになった家族の中で、今でも唯一私と共にいてくれる、優しき弟の姿を。

「……虎太郎!」
68: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/18(日) 19:01:15.90 ID:0C07oLBE.net
 寒々しい大理石の床に、一人の悪人が転がっている。幸せそうなその表情は、まるで眠っているかのようだ。

凛「ふふ……あの悪人も、流石に対抗出来ないようだね」

花陽「無理ないよ、私の幻覚に抗える人なんて一人としていないんだから」

凛「凛は幻覚を見せてるかよちんも好きにゃー」

凛「さぁて、そろそろとどめにゃ」

花陽「ごめんね凛ちゃん、私が臆病だからいつもとどめを刺してもらってて」

凛「全然問題ないよ。凛だって、かよちんがいなかったらただの素早い衛兵で終わってたんだから」
69: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/18(日) 19:09:04.58 ID:0C07oLBE.net
凛「名高い悪人を討伐せし二人の衛兵……ふふ、また凛とかよちんの伝説に新たな一ページが加わるよ」

凛「さよなら……悪人!」

 倒れ伏すにこに、凛が剣を振り下ろす。

 にこが死に、悪を倒した英雄として自分たちは祭り上げられる。きっと褒美もたんまりと出る筈だ。

 そんな確定した未来に、凛は現実に対して油断していた。

 目の前に存在するソレが何故都市伝説のような『噂』として根付いているのか、それを碌に考えてはいなかった。

凛「……」

花陽「凛、ちゃん……?」

花陽(え、何で……? 何で『悪人を斬り殺そうとした』凛ちゃんの背中に、血が滲んでるの……?)
70: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/18(日) 19:16:53.08 ID:0C07oLBE.net
 驚いていたのは花陽だけではない。凛自身も、何が起こったのか全く理解が出来なかった。

 目の前の悪人は、今も目を瞑り寝息にも似た浅い呼吸を繰り返している。現実に引き戻された様子は一切ない。

 にもかかわらず――。

凛(剣が弾かれて……お腹に、何か突き刺さった?)

凛(これは、剣? けど、何かが刺さっているようには全く見えない)

 凛の腹の中で、剣が蠢く。

凛(このまま、身体を真っ二つにするつもり……? そうは、させない)

 剣が僅かに肉から離れた隙を狙い、凛は床を蹴り後ろへと飛んだ。

 僅かな肉片と血液を撒き散らしながら、剣は目標を見失い空を切る。

花陽「凛ちゃん! 大丈夫!?」

凛「マズイにゃ。あいつ、何か隠してる」
71: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/18(日) 19:26:50.20 ID:0C07oLBE.net
花陽「何か……」

凛「見えない何かに斬られたのは、かよちんも見たよね」

凛「多分それは、悪人の意思とは別で動いてる。多分、剣を持った何か。あるいは」

凛「剣そのもの――」

花陽「そ、そんなの有り得ないよ! 見えない剣なんて非科学的だよ!」

凛「そんなこと言ったら、かよちんの幻覚も非科学的だよ」

花陽「だ、だって私は……」

凛「分かってるにゃ。だから多分、悪人もかよちんと同じ……」
72: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/18(日) 19:33:46.86 ID:0C07oLBE.net
 口元を押さえ、凛が咳き込む。銀色のガントレットに、赤黒い液体が散るのを花陽は見た。

花陽「凛ちゃん、血を吐いて!」

凛「致命傷は避けられたから、すぐに治療すれば大丈夫だよ」

凛(けれど……これ以上激しく動いたら、先に出血多量で死にそうだなあ)

凛(早めに殺さなきゃならない、けど近付けば見えない剣にやられる)

凛(二人がかりならなんとかなりそうだけど……)チラッ

花陽「ど、どうしよう……どうしよう……」

凛(かよちんは戦闘訓練はほとんど受けてないんだよね。幻覚一本でこの地位まで来たんだし)
73: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/18(日) 19:39:44.45 ID:0C07oLBE.net
凛(二人とも生き残る方法はない、かな)

凛(逃げれば死ぬまでの時間は延びそうだけど、敵前逃亡するような衛兵をエリーチカは許さない)

凛(よくてクビになり村人、悪けりゃ娼婦――最悪死刑も有り得る)

凛(私が特攻して犠牲になったところで、とどめを刺す前にかよちんも斬られちゃうだろうし)

凛(唯一ある道は……かよちんを囮にして、その隙に凛が本体を叩くこと)

凛(……仕方ない、よね)

凛「かよちん、凛に考えがあるんだけど……」
74: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/18(日) 19:43:48.30 ID:0C07oLBE.net
花陽「凛ちゃん?」

凛「まずかよちんは、希様を呼んできて。きっとエリーチカの部屋にいるから」

凛「二人じゃもう、勝つのは無理。だったら、援軍を呼んで一斉に叩くにゃ」

花陽「で、でも私が呼びにいったら……」

凛(そう、かよちんがここを離れたら……)

凛(術士不在で、幻覚が切れる。つまり、悪人が――目を覚ます)
75: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/18(日) 19:49:27.89 ID:0C07oLBE.net
花陽「私が術を掛け続けるから、凛ちゃんが呼んできてよ……!」

凛「ううん、急ぐ必要があるから手負いの凛よりかよちんの方がいいんだよ」

凛「この傷じゃ、碌に走れやしない。だから、お願い」

凛(素早さが自慢だった凛が、走れないだなんて冗句にもならないや)

花陽「でも、でも……」

凛「悪人を食い止められるくらいの修業はしてるよ。だからかよちんは、早く呼んできて。少しでも早く、お願い……」

花陽「……」

花陽「わ、分かった。すぐに戻ってくるから、待ってて!」
76: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/18(日) 19:54:27.71 ID:0C07oLBE.net
 花陽が去ったのを見届け、凛は壁を背にずるずると座り込む。

 座る、というより倒れた、という方が正しいだろう。力の入らない手から、細身の剣が滑り落ちた。

にこ「……ん」

凛「起きたか、悪人」

にこ「あんた、さっきの……もう一人は、どこ行ったのよ」

凛「援軍を呼びに行った――という名目で、逃がしたよ」

凛「死ぬところ、見られたくなかったから」

にこ「へえ、自分が死ぬってこと理解してんのね。よく分からないけど、怪我もしてるみたいだし」
77: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/18(日) 20:19:21.50 ID:0C07oLBE.net
凛(ちぃ……目が霞んできやがったにゃ)

凛(治療、なんてこの状況で出来るわけない。もう凛の人生は終わったようなもんにゃ)

凛「取引をしたい」

にこ「取引?」

凛「かよちん、希様、エリーチカの能力と対処法を教える」

にこ「ふうん……その対価は? あんたを見逃せ、ってとこ」

凛「違うにゃ」

凛「かよちんを、殺さないでほしい」
78: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/18(日) 20:25:13.93 ID:0C07oLBE.net
凛「――というのが対処法にゃ」

にこ「……へえ、ところであんたは命乞いする気ないわけ?」

凛「凛は放っておいても死ぬよ。もう手に力も入らないし」

凛「まあ、そうじゃなくても命乞いなんてする気はないけどね」

にこ「潔い女ね。そういうのは好きよ」

凛「はは、悪人に好かれるなんて――」

 反吐が出る。見えない剣に貫かれるその時まで、凛は不敵に笑っていた。

 少しの弱さも見せずに、気高き魂の輝きを放ったまま――凛は、動かなくなった。
79: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/18(日) 20:31:06.62 ID:0C07oLBE.net
にこ「……そうねえ」

にこ「こういうことされると、思惑とか滅茶苦茶にしたくなるのよね」

にこ「悪人としては、ね」

 凛から剣が引き抜かれる。傷は、無かった。

 いや、奇妙なことに先程負った筈の傷も、全て消えている。血を失い青白くなっていた肌に赤みが差し、苦しげに漏れていた息は安定してきている。

にこ「あーあ……これやると疲れるのよね」

にこ「ごめんね、虎太郎。あんまりやるな、って言われてるのに」

 にこの声に応えるように、剣がふるふると震えた。
88: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/22(木) 02:20:19.45 ID:ykQSm3kf.net
花陽「凛ちゃん……」

 走る花陽の後ろには、希と絵里の姿。焦りに満ちた花陽の表情とは対象に、二人の表情は奇怪な喜びに満ち溢れていた。

希「……意外やったな。凛ちゃんと花陽ちゃんが負けるなんて」

絵里「仕方ないわ」

絵里「あの噂が事実だとしたら、ね」

 悪人――今世紀始まって以来の、最悪の存在。その噂を少し取り上げるだけでも、その恐ろしさは如実に伝わる。

 村長の顔が気に入らないという理由で、一つの村を滅ぼした。

 子供や赤ん坊だけは許してくれと懇願する親の前で、顔色一つ変えず虐殺を続けた。 

 通った後にはむこう十年は草の一つも生えない焼野原が広がる。

 自分の生まれた国すらも滅ぼしたという噂は、どんな僻地に行っても伝わっている。

絵里「ある国では守護騎士団に一人で立ち向かい、全滅させたなんて有り得ない噂もあるくらいなんだから」

希「衛兵の壁を突破したのを見る限りは、そんな噂もあながち冗談とも思えないけどね」
89: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/22(木) 02:28:35.25 ID:ykQSm3kf.net
希「絵里ち、何だか嬉しそうやね」

絵里「自国が攻め入られているのよ、嬉しいわけないじゃない。希こそ、口元が笑ってる」

希「ウチは嬉しいよ。久々やからな、こんなの」

希「戦闘訓練も、実践が無ければ何の意味もない。この地位に上り詰めてから、殺し合いの場にウチが出ることも無かったからな」

希「……絵里ちだって、そうやろ?」

絵里「思い切り戦えるなんてのは、面白そうだけどね」

希「まあ、ウチが出れば終わる話や。絵里ちの出る幕は無いで」

絵里「はいはい、精々守ってもらうわ」
90: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/22(木) 02:38:45.41 ID:ykQSm3kf.net
花陽「もうすぐです、次のホールで悪人が凛ちゃんと戦って……!」

希「花陽ちゃん、どいて!」

 鋭い金属音と、舌打ち。押しのけられた花陽は、たった今まで自分が立っていた場所を見て小さく声を漏らす。

 希が刃を振るい、何かを受け止めている。その何かは視界には映らない、映る筈がない。

 見えざる剣、世界の理から外れた理解の埒外にある存在、凛の腹部に突き刺さっていたあの剣と、希は対峙していた。

にこ「へえ、不意を狙ったのにこの反応速度――あんた、中々やるわね」

 通路の先、暗闇の中からゆらりとゆらめく人影が現れる。希はソレを見て、にぃと笑った。

希「悪人、やな? 会いたかったよ」

にこ「そう。私は会いたくなんてなかったわ」
91: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/22(木) 03:43:20.07 ID:ykQSm3kf.net
花陽「なんで……凛ちゃんは!?」

にこ「あの猫? 向こうのホールに転がってるわよ」

にこ「憐れなもんよねえ、弱いくせに無理しちゃって……」

にこ「ふふ……思い出したら笑えて来ちゃった。最後までかよちんかよちんって騒いで……」

希「お喋りはそこまでや」

にこ「……ッ!」

希「こっちに集中しなよ、悪人。ウチは、片手間にやられるようなモブとは違うで?」

にこ「へえ、そうなの……」





にこ「じゃあ、何であんた、床に倒れてるわけ?」
92: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/22(木) 03:49:35.19 ID:ykQSm3kf.net
希「……!?」

 一瞬――希は自身の状況に理解が追いつかなかった。

 確かに先刻まで、希は見えない剣とつばぜりあっていた筈。なのに、気付けば剣は手を離れ、身体は倒れ伏している。

希「な……?」

 痛みが遅れて、脳を支配する。脚と腹部に微かな痛み、それ以上に利き手側の肩口は溶けた鉄を押し当てられたかのように痛い。

希(攻撃された……!? 今の一瞬で? そんな、人間の速度を超えている……)

にこ「あんまり動かない方がいいわよ。もう剣も持てないだろうし」

希「い、一体ウチに何をしたんや……!?」 
93: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/22(木) 03:56:09.77 ID:ykQSm3kf.net
絵里「何を言っているのよ、希……!」

絵里「貴女が急に動かなくなって、その隙に攻撃されたんじゃない!」

希「ウチが……!?」

にこ「まあ、あんたから見たら一瞬だったのかもしれないわね。私にとっては五秒ほどもあったけど」

希(殺し合いの最中に、五秒も記憶を失った。そんなことある筈がない)

希(表向きには、ウチはこの国で一番強い人間――衛兵隊長や)

希(戦闘中は余所見はおろか、一瞬たりとも気を抜いたことはない)

希(なのに、何故? 何故こんなことが……!?)

花陽「な、なんで……なんで囚われないの……?」

 混乱する希の耳に、泣きそうなか細い声が聞こえた。それだけで、希は全てを察す。

 花陽の作り出す幻覚、それが希へ直撃したのだと。
94: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/23(金) 23:26:53.19 ID:W50A1gm0.net
希「まさか……米を!?」

にこ「いい勘してるじゃない。ええ、身に着けているわ……」

にこ「米を!」

にこ(眉唾だったけど、どうやら本当だったみたいね)

にこ『はあ? 本当にそんなことでいいの?』

凛『勿論。稲作の神に加護を受けているかよちんの原動力は米にゃ』

凛『米の中に含まれる糖分を利用して相手を幻覚の中へと誘うのが、あの幻覚の本質』

凛『しかし対象者が米を持っていた場合、糖分は相手を同族とみなして攻撃せず、代わりに別の人間へ直撃する』

凛『それがかよちんの【媒米自身(バイマイマイン)】の破り方にゃ』ドヤァァァァァ

にこ『あ、うん……』

にこ(花陽は無効化、強敵と聞いていた希も倒せた――残るは悪王)

にこ(エリーチカただ一人!)
95: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/23(金) 23:32:58.67 ID:W50A1gm0.net
絵里「花陽、幻覚を止めなさい」

花陽「で、でも!」

絵里「私にも幻覚をぶつけるつもり? 対策された以上、もう貴女は用済みよ」

花陽「……そ、そんな」

希「絵里ち、そんな言い方!」

絵里「凛の下へ行きなさい。遺体を弔うのは、相棒の役目よ」

 絵里の言葉に、にこがすっと身体を避ける。花陽は一度何か言いたげに口を開けたが、すぐに何かを決意したように口を結ぶとにこの脇を抜けホールへと駆けていった。

希「絵里ち……」

絵里「希、貴女もよ。その身体じゃ、剣は持てないでしょう? 下がりなさい」
96: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/23(金) 23:40:29.26 ID:W50A1gm0.net
希「ウチは、まだやれるよ」

絵里「真っ青な顔で恰好付けたって、滑稽なだけよ」

絵里「ここは、私に任せなさい」

にこ「王様自ら出てくるわけ? 言っておくけど、命乞いなら受けないわよ」

にこ「あんたが死なないと、悲しむ人達が居るのよ」

絵里「命乞い、命乞いねえ」

絵里「国に攻め入られ、我が国の衛兵達、前代の頃から仕えてくれた執事、頼れる二人の家臣の片割れも殺された」

絵里「その上、幼い頃からの親友も傷付けられて……」






絵里「私、怒ってるのよ」

にこ「だから何……!?」

にこ(何なの、この強い殺気……! まるで獣の集団を相手にしているような……!?)
97: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/23(金) 23:49:23.80 ID:W50A1gm0.net
絵里「剣、借りるわよ」

 言い、絵里は希の落とした剣を手に取る。

 構えは素人のそれ。戯れに剣を持った村娘――それ以上のものではない。一度でも戦闘経験が有る者ならば簡単に侮ってしまうほどに、その姿は弱さを孕んでいる。

にこ(身体全体に『敗北』を突きつけられたような、そんな気分ね)

にこ(こんな弱そうな人間に負ける筈がない、分かっている。理解はしている)

にこ(なのに、本能が叫んでいる。自身の負けを、精神の底では享受してしまっている)

にこ(私は、怯えている――)

絵里「……かかってこないの? 悪人」
98: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/23(金) 23:59:04.63 ID:W50A1gm0.net
にこ(かかって……? いや、どこから攻撃しても迎撃される)

にこ(攻撃したら負ける――けど、攻撃しなくても)

絵里「来ないならこっちから……行くわよ!」ブンッ

にこ「ッ!」ガキィン

にこ(負ける……!)

にこ(太刀筋も雑なのに、巨大な岩をぶつけられたような気分。手がばらばらになりそう)

にこ「……強いわね、あんた。本当に、強い」

絵里「そう、ありがとう。知ってるわ」
99: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/24(土) 00:06:37.08 ID:QkSDfBo4.net
にこ(凛が言っていた、エリーチカの攻略法――)

凛『絵里ちゃんに勝つのは、はっきり言って無理だよ』

凛『絵里ちゃんは戦い方も素人だし、ぱっと見たらあんまり強くはなさそうなんだ』

凛『けど、対峙すれば分かる。相手が絶対的な勝者なんだって』

凛『この世は平等なんかじゃない。産まれた時から勝ち続けて、負けたことがない人間ってのがいるんだよ』

凛『絵里ちゃんはそれ。神の加護とか、同性愛者とかそんなレベルじゃない』

凛『勝利を司る存在、神そのものが肉体を持ったような――そんな人間なんだよ』

凛『対処法、攻略法。絵里ちゃんにそんなものは……』

絵里「はあっ!」ブンッ

にこ「くうっ!」ガギィ

にこ(……無い!)
100: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/24(土) 00:11:16.26 ID:QkSDfBo4.net
にこ(どうする? 落ち着け、落ち着け私!)

にこ(彼女の特性は『何があろうと、勝利する』)

にこ(そんな存在、居る筈がない。居てたまるもんか)

にこ(全ての努力を馬鹿にするような、そんな存在が許されるものか)

にこ(何より、自分が相手より強いということを理解しているその態度)

にこ(訓練など一度も受けていない癖に、努力の欠片も見せていない癖に他者よりも優位に振舞うようなその態度が――)

にこ(気に入らないわね!)
133: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/26(月) 02:00:55.78 ID:LIKAZZ5Z.net
にこ(気に入らないわね!)

にこ「あんたみたいな奴には負けない……!」

にこ「絶対に負けてやるもんか!」

 にこの武器は二つ、一つは言うまでもなく見えない剣『虎太郎』。虎太郎本人の魂が存在を象った、その剣。

 にこ本人の実力は無論高い。元来、剣の才があったにこは弛まぬ努力と幾度となく潜った死線により、世界でも指折りの実力者と言える。

 しかし、しかしだ。単純な話、如何なる強者とはいえその力には限界がある。

 例え世界一の実力者だとしても、雑魚を千人相手にしたならば勝てる筈も無く一方的に嬲り者にされる。それが現実だ。

 その中で、にこがこうして死ぬことも、後遺症を負うことすら無く軍隊や衛兵の大群に立ち向かっていけたのは、虎太郎があるからだ。
134: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/26(月) 02:14:38.12 ID:LIKAZZ5Z.net
 人間であれば、連戦に次ぐ連戦の最中では集中力も尽きる、体力も尽きる。しかし、肉体の無い剣には枯渇という言葉は存在しない。

 精神体であり意思を持つその刃は刃毀れの一つすら起こすことはなく、見えざるそれは相手も気付かぬうちに生命を奪う。

絵里「私を倒す? こっちの……見えない剣? はともかく、そのボロボロの剣で?」

 もう一つは、『その辺の鍛冶場のおっさんが量産したであろう、バーゲンで買った安い剣』。にこは新たな国へ行くと、毎回新しい剣を購入する。

 その理由は血の匂いのしない剣を一つ隠し持っていたいから、という単純なものである。しかし単純だからこそ、その効果は大きい。

 現に、執事戦での不意打ちは血の匂いのする年季の入った剣では到底成し得なかったことだ。

 が、これには酷い欠点がある。剣というものは、買えば金が掛かるのだ。国の滅んだにこに、金などない。

 にことて名刀が欲しい。エクスカリバーが欲しい、七星剣が欲しい、斬鉄剣が欲しい。

 が、そんなものを買うにはあまりにも金が足りない。金が無ければ、ボロの剣を買うしかないのだ。

にこ「ボロでも何でも剣は剣よ。名刀だろうと鈍だろうと――人は斬られたら死ぬんだから!」
135: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/26(月) 02:25:54.82 ID:LIKAZZ5Z.net
にこ「虎太郎とこの剣で、私の剣は二本。対するあんたは一本」

にこ「片方を止めれば、片方が止まらず。単純な話よ」

にこ「勝利を司る? 絶対勝利する? 切り裂かれて死んだら、勝利も何もないでしょ!」ブンッ

 瞬間、にこは奇妙な錯覚に囚われた。自分が浮遊しているような、夢の中を揺蕩っているような、そんな世界ににこは遊ぶ。

 花陽の幻覚、いや違う。にこは既に米を身に着けている。幻覚にかかることは、無い。

 浮遊感の原因は、剣を持つ手にあった。いつもならば、既に斬撃は終わり剣を引いている頃だというのに、まだ目標――絵里にすら到達していない。

 幼稚園児のチャンバラでも、もっと早い。そう言いたくなるほどににこの剣を振るスピードは遅くなっている。虎太郎もまた、同一。

 剣先は空中を浮遊し、絵里に触れることを嫌がるように虚空に絵を描いていた。
136: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/26(月) 04:01:38.75 ID:LIKAZZ5Z.net
絵里「遅いわね、遅すぎるわ」

絵里「片方を止めれば片方が当たるなんて、それは止めた場合の話でしょう?」

絵里「なら、避ければいいだけじゃない! 糞を垂らすしか能の無い牛でも分かる事よ!」

 言葉だけは勇ましく、もたもたとした動きで絵里はその場を飛び退く。同時ににこの剣速は増し、床の一部を抉り破損させる。

にこ(エリーチカに向けた時だけ、剣が遅くなる? そんなの……)

 絶対に勝利する存在に、剣を向ければどうなるか。一本ならば、無論受け止められる。では二本同時に繰り出される連撃はどうなるのだろうか。

 当たってしまえば、所詮は人間の身体なのだ。豆腐を裂くが如く、容易く細胞は分断される。

 ならば、当たらなくすればいい。相手の剣速を極端に落とし、誰でも避けられるようにすればいい。

 そう判断してしまった。

 世界が、そう判断してしまった。

 にこの斬撃は超自然的な力によって、否定されたのだ。

絵里「悪人、貴女が相当苦労して技術を得たのは動きを見ていれば分かるわ」

絵里「だけど残念だったわね。それ、全部全部……無意味なのよ」ニヤァ
137: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/26(月) 04:10:25.66 ID:LIKAZZ5Z.net
にこ「無意味……? 無意味ですって?」

 自分のしてきた事。幼い頃からやってきた、剣の稽古。全身の焦げた虎太郎の死体を見たあの瞬間。残骸となった国を出た時、決意した誓い。

 黒幕を探した。何年になる? 私は何年旅を続けた?

 黒幕を探した。大陸中の国という国を渡り歩いた。時には石を投げつけられたこともあった。

 黒幕を探した。悪者が居ると聞けば、疑い殲滅させてきた。命を掛けた戦いに、得られる情報は一つも無かった。

 それでも、にこは黒幕を探した。

 だって、殺したかったから。

 国を滅ぼし。愛する両親と弟を殺し。妹達を人買いに明け渡し。全てを壊した黒幕を。
 
 自分の手で、殺したかったから。

 その全てが無意味だと、無価値だと、否定されたような気分。脳髄が、黒い液体に染まっていく。

にこ「うああああああああああああああっ!」
138: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/26(月) 04:27:05.99 ID:LIKAZZ5Z.net
絵里(突進? 自暴自棄になったのかしら)

絵里(無謀ね。私に彼女の剣は通らない。返り討ちにしてあげるわ)

にこ「うあああっ! あああっ!」ブンッブンッ

にこ「当たって! 当たれよォ! 何で当たらないのよォ!」ブンッ

絵里「そんな遅くて弱い剣が、当たるわけないでしょう?」

 絵里の蹴りが、にこの腹部に吸い込まれる。

 軽い破裂音と、小気味良い折音に絵里はつまらなさそうに唇を尖らせた。

絵里「もう終わりか。楽しくなかったわ」

 蹴り飛ばされ床を二、三転した後、一際大きく痙攣するとにこは動かなくなった。

 口から零れる夥しい血液は、内臓の破裂を如実に物語っている。

 古今東西、いつだって物語は『悪人の死』で幕を閉じる。それが真実に悪であったかなんて、関係は無い。

絵里「希、肩を貸すわ。奥で治療をしましょう」

 希は一瞬にこの方へと視線をやったが、すぐに絵里の言葉に従う。恐ろしい噂の飛び交う悪人――そのあっけない死は、希の心に絵里に対するある種の畏怖を植え付けた。
139: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/26(月) 04:41:18.43 ID:LIKAZZ5Z.net
 希は何度か絵里と手合わせをしたことがある。だからこそ、にこの気持ちがよく分かる。

 才能と呼ぶのも烏滸がましいナニカで、努力を否定する絵里の存在に腹を立てたこともあった。

 希は生まれつき才能があったわけではない。むしろ、幼い頃は周りの誰よりも弱い存在だった。

 弱く、脆く、嘲笑の的になっていた希を助けてくれたのが絵里だった。

 そんな絵里に報いたいからこそ、希は誰よりも努力をし、身体を限界まで痛めつけ、自分を殺して衛兵隊長の座につくまでの能力を得た。

 努力の才能があった、なんて訳でもない。絵里が居なければきっと途中で挫けていた筈だ。

 しかしこうして絵里の傍に居るからこそ、絵里を憎んでしまう。

 絵里の為に努力をしたからこそ、努力を嘲笑うような絵里を嫌悪してしまう。

 目の前の悪人は、恐らくは希よりも強い。真正面からぶつかっていたとしても、きっと自分は負けていただろうと思う。

 そんな悪人を、赤子のように扱いせせら笑う絵里を、生まれて初めて、怖いと思った。
140: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/26(月) 04:48:51.16 ID:LIKAZZ5Z.net
にこ「……」

にこ(痛い、のかな。お腹の感覚が無いや)

にこ(死ぬのかな、こんなところで)

にこ(死ぬ……まだ黒幕の手掛かりすら見つけてないのに?)

にこ(こころやここあにも会えていないのに?)

にこ(嫌だ……そんなの嫌だ!)

にこ(身体が動かない。こんなことなら、あの猫娘に生命エネルギーを使うんじゃなかったわね)

 自身の生命エネルギーを、精神体である虎太郎を通し他者に送り込む。

 他人が死にかけた時ならともかく、自分が死にかけた時はそんなことが出来ても何の意味も無い。
141: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/26(月) 04:57:06.60 ID:LIKAZZ5Z.net
にこ「がはっ、げほっ!」

にこ(凄い血の量。お腹も少しずつ痛みを感じ始めてる)

にこ(打つ手、無しか)

にこ(ねえ、虎太郎。聞こえてるんでしょ?)

にこ(私はもう駄目みたい、苦しむ前に私を突き殺して)

にこ(あんたももう自由になっていいのよ。剣になってまで、私のエゴに付き合うこともないの)

にこ(ねえ、虎太郎。お願い、私を……)

 にこの傍には、一本の剣が宙に浮いている。普段はにこに身を任せているが、意思を持つ虎太郎はにこの腕を介せずとも自由に動くことが可能なのだ。

 虎太郎は静かに、ただ静かに自らの身体を振り上げた。
142: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/26(月) 05:06:11.46 ID:LIKAZZ5Z.net
 虎太郎という少年は、肉親以外からの愛を知らずに育った。

 同性愛者を崇拝するこの時代、近親相姦の同性愛者という真理に等しい存在を望む人々にとっては虎太郎の存在は邪魔者でしかない。

 両親は愛してくれた、愛する姉達も可愛がってくれた。だが、家臣達が時折見せる嫌悪の表情は、松脂のように脳裏に染みついて離れはしなかった。

 齢五歳にして、虎太郎は自分が望まれていないことに気付いていた。

 不幸なことに、虎太郎には知能があった。彼が女であれば、一族の誇り、才媛と持て囃されるほどに。
143: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/26(月) 05:16:13.16 ID:LIKAZZ5Z.net
 彼の未来のために、軍事学校の寮に入れよう。家臣は皆こぞってそう提案し、虎太郎を城から遠ざけたがった。

 大好きな家族と引き離される可能性がある。

 自分の存在が否定されていると気付いてすぐに、虎太郎は行動を開始した。

 間延びした口調と、常に垂らした鼻水。城下で見かけた知的障害者と、同年代でも阿呆と罵られる男を真似たのだ。

 知能が低いと見られれば、軽んじられる。

虎太郎「ばっくだんさー。おかーさんー」

 自分は同性愛を妨げる存在ではない。そう全身で表現する道化に成り下がっても、虎太郎は満足だった。

 家族と離れたくなかったから。皆と一緒に、いつまでも居たかったから。
144: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/26(月) 05:24:47.03 ID:LIKAZZ5Z.net
 あの日、ヤザワ国は黒い影によって滅ぼされた。

 両親は虎太郎を庇い、目の前で斬り殺された。

 顔すらも見えぬ黒い影は、両親を嘲笑いながら虎太郎も斬り伏し、城下へと火をつけた。

 身体を業火に炙られながら、虎太郎は姉達の身を案じた。にこは剣の稽古に行っている、姉二人は城下に行くと言っていた。

 誰も守れない。この幼く弱い身体では、姉の一人も守れやしない。虎太郎は絶望のまま、乾燥した喉が張り裂けんばかりに虎太郎は天へ祈りを叫んだ。

虎太郎「皆と一緒に居たい! 家族を、姉ちゃんを守りたい!」

 生きたまま身体を焼かれ、虎太郎は絶命し――気付いた時には、その身はにこの傍で剣となって浮いていた。
145: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/26(月) 05:29:13.90 ID:LIKAZZ5Z.net
にこ「……ん、うん……」

にこ「痛くない、ここは……天国、なの?」

 先刻まで感じていた腹部の違和感、痛み、全て立ち消えている。

 自分は死んだのか、そう思いながらにこはきょろきょろと辺りを見回す。

にこ「……アヤセ城じゃない。なんで、私死んだ筈じゃ……」

にこ「あれ……?」

 身の健康に気を取られていて気が付かなかった、最初の違和。本来であればすぐにでも気が付く、どうしようもない違和。

にこ「虎太郎、どこに行ったの……?」
146: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/26(月) 05:36:55.01 ID:LIKAZZ5Z.net
にこ「虎太郎!? ねえ、どこよっ! 返事してよ!」

 肉体を失ったとはいえ、唯一の肉親。長い旅の中、唯一共に居てくれた仲間にして相棒。

 にこの精神と虎太郎の精神は、一種リンクしている状態にある。繋がりといっても、お互い何処に存在しているかを把握する程度の物ではあるのだが。

 そのにこが、虎太郎を見失っている。本来ならば有り得ない、その状態の行きつく答えは一つ。

にこ「虎太郎が、この世にいない、ってこと……?」

にこ「まさか、嘘でしょ……そんなの……」

 思わず後ずさるにこの手に、何かがぶつかる。

 痩身の、白銀の剣。見えざる剣が、実体を持ってそこに転がっていた。
147: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/26(月) 05:45:27.82 ID:LIKAZZ5Z.net
にこ「あ、ああああああ」

 理解したくなくとも、脳が理解してしまう。

 姿を見たことが無くとも、ずっとこの剣と共に戦ってきたのだと、理解してしまう。

にこ「あああああああああああああ!」

 見えない剣が見えてしまった。ただそれだけのことで、にこは全てを理解してしまう。

 虎太郎の死という現実を、無理やりにでも受け入れさせられたのだ。

にこ「うわあああああああああああああああああ! あああああああああああああああ!」

 生命エネルギーは、実体を持つ人間であれば食事や睡眠で回復する。

 虎太郎は剣を象った精神体である。一人分の生命エネルギーを増やすことも無く減らすことも無く活動しているのだ。

 死ぬ寸前のにこに、虎太郎は自身の持つ全ての生命エネルギーを注ぎ込んだのだ。

 一緒にはいられなくなるけれども、姉を守ると決めたから。二度死ぬ恐怖よりも、大好きな姉が死ぬ方が虎太郎にとってはずっとずっと苦しかったから。

 精神は活動のためのエネルギーを失い、消滅する。後には、抜け殻となった剣のみが残った――。
150: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/27(火) 03:59:03.57 ID:KhCy/yu2.net
にこ「なんで……私なんかのために……」

にこ「ずっと一緒だったのに、これからは一人……?」

にこ(たった一人で、探さなければいけない)

にこ(頼れる肉親も死に、命懸けの戦いをたった一人でしなきゃいけない)

にこ(無理よ。そんなの、出来る筈ない)

 虎太郎に命を救われた場面は、掃いて捨てるほどにある。虎太郎がいなければ、ここまでの旅路の何処かでにこは命を落としていただろう。

にこ(私は――何で生きているんだろう)

にこ(私がいなければ、虎太郎はこんなところで死なずに済んだのに)

にこ(いや、そもそも物言わぬ剣などにならなくても済んだのに)
151: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/27(火) 04:04:21.05 ID:KhCy/yu2.net
にこ「……死にたい」

 内臓が破裂し、何れ来る死を覚悟した瞬間よりも、その思いは強いものだった。

 口に出して、また後悔する。これでは虎太郎が何の為に自分を生かしたのか分からない。

にこ(死にたい。けれど、死ねない)

 虎太郎に貰った命だから、にこは死を選べない。どれほど精神に傷を負ったとしても、生かされた負い目がその選択から目を逸らさせる。

にこ(死ねないなら……)

にこ「殺さなきゃ」

にこ「エリーチカを……殺さなきゃ……」

 白銀の剣を手に、にこは幽鬼のように立ち上がる。その瞳には、暗い輝きが宿っていた。
152: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/27(火) 04:09:34.64 ID:KhCy/yu2.net
アヤセ城王室

絵里「来るわね」

希「え、何が?」

絵里「悪人。死んだと思ったけど、生きてたみたい」

希「生きてた? どう見ても内臓破裂してたのに?」

希「流石に考えすぎやと思うで。あの状態で生きていたなら、それはもう人外や」

希(絵里ちと同じ、な)

絵里「希はここで寝てなさい。包帯も巻き終わったし、あまり動かない方がいいわ」

希「……行くんか?」

絵里「ええ。分からない? 彼女、こっちに向かってきているわ」
153: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/27(火) 04:16:07.30 ID:KhCy/yu2.net
希(分かるか、やって? さっぱりや)

希(ウチだって衛兵や。殺意を持つ人間が近くに居たら、すぐに察知するくらいの感覚はある)

希(そのレーダーに、何の反応もない。絵里ちは何か勘違いしてるんじゃ……)

希「……!」ゾクッ

絵里「ん、結構近くまで来てるわね。行ってくるわ」

希「ま、待って! 絵里ち、行ったらあかん!」

絵里「はいはい、身体起こさないの。すぐに戻ってくるわ」ダッ

希「あ、あああ……」

希(何や、今の気配……人間の物じゃないような、鋭い気配)

希(死神が首に鎌を掛けたような、確実な死を齎す悪寒)

希(絵里ち……駄目や、それに触れたら……)
154: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/27(火) 04:26:22.89 ID:KhCy/yu2.net
謁見室

にこ「……」ギィ

 扉を開けた先には、広い空間があった。石造りの床には、赤い絨毯が真っ直ぐに敷かれている。

 絨毯の先、玉座の前に絵里が立っている。絨毯に剣の先端を刺し、歴戦の騎士のように余裕を持った佇まいで、絵里は僅かな段差の上からにこを見下ろしている。

絵里「よく生きていたわね。手応えはあったんだけど」

にこ「……」

絵里「……返事も出来ない程に弱っているのね。いいわ、すぐに楽にしてあげる」

絵里「あら、その剣……まだ何処かに隠し持っていたの?」

絵里「それが最後の切り札ってわけ? けれど、さっき貴女も言っていたでしょう?」

絵里「名刀も鈍も同じだって」

 名刀であれ鈍であれ、全て攻撃は絵里には当たらない。木の棒であろうが、最強の矛であろうがその差に意味は無い。

 絵里にとっては最強の矛を破るのに、必ずしも最強の盾が必要というわけではないのだ。
155: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/27(火) 04:30:27.32 ID:KhCy/yu2.net
にこ「……さなきゃ」

 ゆらゆらと揺らめく陽炎のように、にこの姿は儚い。存在が薄らいでいるのだ、と絵里は眼前の少女を合点する。

絵里「今、何か言った?」

 絵里は壇上から、絨毯の上を確かな足取りでにこの元へと歩を進める。

 にこもゆっくりと、緩慢にも見える速度でふらふらと絵里へ近付いていく。

 お互いがお互いの間合いに入った瞬間、両者は同時に剣を振り上げた。
156: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/27(火) 04:35:19.63 ID:KhCy/yu2.net
絵里「……え?」

 眼前の出来事を絵里は理解できなかった。

絵里「何が……起こったの? 今、え?」

 無様に尻餅をつく絵里のすぐ目の前の床を、痩身の剣が抉っている。

 咄嗟に身を引かなければ、その刃は絵里の肉体をも切り裂いていた。当たる筈のなかった剣を前に、絵里は唾を飲む。

絵里「なんで、なんで……」

絵里「速度が落ちていないのよ!?」

 本来ならば起こる事の無い現象。即ち、にこの剣速がいつも通りのそのままに――絵里に対して振るわれたのだ。
157: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/27(火) 04:46:56.64 ID:KhCy/yu2.net
 絵里の能力は『勝利する』。ただそれだけの能力である。

 それだけであるが故にその能力は非常に強固な物となり、絵里の一般人と変わらぬ能力を異常に引き上げ、相対する達人を赤子に変えてきた。

 しかし、勝利とは何なのだろうか。

 例えば、駄々をこねた幼稚園児を高校生が殴り倒す。これを勝利と呼べるだろうか。

 例えば、一代で巨万の富を築き上げたが妻も友人もおらず、誰からも嫌われる人生だった。これを勝利と呼べるだろうか。

 例えば――全てを失った少女を殺した。これは勝利だ、ここまでは勝利だ。

 死んだ筈のその少女が何をしたところで、『既に勝利してしまっている』絵里の勝利は揺らぐことはない。

 故に、勝利は絵里に何の効力も齎さない。既に勝利してしまっている絵里は、これ以上勝利をすることが出来ない。

 死亡した筈の敗北者の復讐は、世界にとってもイレギュラーな事態でしかなかったのだ。
158: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/27(火) 04:52:29.19 ID:KhCy/yu2.net
絵里「くっ……らぁッ!」ブンッ

にこ「……」カァン

絵里(音が軽い……! 力が、全く入っていない!)

絵里(勝利したまま、私は負ける!? おかしいじゃない、意味が分からないわよそんなの!)

にこ「殺さなきゃ……」

 絵里を見るにこの目には、何の感情も籠ってはいなかった。ただ目の前にいるから、殺す。虫けらがいたので、殺す。

 空洞のような目は、絵里を絵里と捉えてはいない。

 死ねないから、殺す。絵里はもう、にこにとって現実逃避の道具でしかなかった。
159: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/27(火) 05:05:33.90 ID:KhCy/yu2.net
絵里「そんな……私が死んだら、この国はどうなるの!?」

絵里「パパの作った借金も返せず……オヤドリ国に侵攻されて、植民地になって消え失せる!」

絵里「うらぁ!」ブンッ

にこ「……」カァン

絵里「私は……この国を、守らなきゃいけないのよォ!」

にこ(……国を、守る)

にこ「……」ブオンッ

絵里「ッうう!」ガギィイィ

絵里(痛い……手が痺れて、剣が持てない……!)

にこ「殺さなきゃ、私は……」

絵里「ッ!」

 しゃがみ込む絵里に、にこは躊躇うことなく剣を振り下ろす。




「駄目だよ。例え間違っているとしても、絵里ちゃんは凛達の王なんだから」

 謁見室の扉から飛び込んできた一人の影が、にこの剣を自分の剣で受け止める。甲高く耳障りな金属音の中、静かに声が響いた。

凛「凛が相手だよ、悪人!」

 そう言って、アヤセ国衛兵星空凛は不遜に笑った。
160: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/27(火) 05:13:33.25 ID:KhCy/yu2.net
絵里「凛……!」

凛「話は後だよ、絵里ちゃん下がって!」

にこ「……あんた、何なの? 一度見逃してあげたのに、仲間を売った癖にまた立ちはだかって」

にこ「バカみたい」

凛「あの時は死を覚悟していたから、その条件で最良の判断しただけだよ」

凛「ただ、今凛は生きてる。そうなれば、絵里ちゃんも、希ちゃんもかよちんも、皆守りたくなるのは当然にゃ」

凛「人間の欲望は際限が無い。そんなこと、そっちが一番よく理解してるでしょ!?」

にこ「……あの花陽とか言うのと二人で逃げれば良かったじゃない。絵里は諸悪の根源よ、こいつらに従う必要なんてないじゃないの」

凛「悪いけど、家臣とか王様とかいう前に、絵里ちゃんは仲間なんだ」

凛「死んでもないのに、仲間を見捨てるわけにはいかないよ!」ブンッ

にこ「ッ!」ガンッ

絵里「凛……貴女……!」
161: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/27(火) 05:17:50.48 ID:KhCy/yu2.net
にこ(仲間、仲間、仲間、仲間)

にこ(イライラする。虎太郎を殺しておいて、私から虎太郎を奪っておいて仲間? だから見捨てない?)

にこ(反吐が出る、くだらない、死んでしまえ。そう思っている筈なのに……)

凛「はあっ!」

ガギィン!

にこ「ううっ……」

にこ(攻撃が出来ない。殺したいのに、心から恨んでいる筈なのに)

にこ(仲間という言葉に、同情してしまっている自分が居る)

にこ(目の前の凛ごと、絵里を切り伏せることが出来るのに、腕がまともに動いてくれない……!)
162: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/27(火) 05:41:59.90 ID:KhCy/yu2.net
花陽「凛ちゃん早い……あ、悪人!?」

凛「かよちんもそこで待ってて! すぐに、倒すから!」

にこ「あんたに勝ち目は無いことは分かってるんでしょ、私を倒すことなんて……」

絵里「そ、そうよ。花陽の幻覚が無かったら、貴女は素早いだけの……」

凛「関係ないよ、そんなこと。ここで誰も守れないんじゃ、意味が無いにゃ」

凛「どうやったかは知らないけど、傷もかよちんが治してくれたみたいだし、まだまだ凛は戦えるんだ!」

花陽「……えっ、ち、違うよ?」

凛「え?」

花陽「私が行った時には、凛ちゃんは既に傷一つ無かったよ!」

凛「……え!?」
163: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/27(火) 05:46:36.18 ID:KhCy/yu2.net
 凛は攻撃の手を緩めることなく、考える。

 自分は悪人と対峙した時、腹部に傷を受けた。その後、更に致命傷を負わされたことまでは覚えている。

 目覚めた時、その傷は全て無かった。原理は分からないが、花陽が何とかしてくれたのだと納得し一目散に凛はここまで駆けてきたのだ。

 しかし、花陽は違うという。じゃあ、誰が凛を助けてくれた? 傷を癒してくれた?

凛「まさか……」

 あの場に居た人間は、唯一人に限られる。

凛「凛を治したのは……」

 自分が剣を向けている、その相手。倒すべき存在。

にこ「……私よ」

 攻撃の手が、止まった。
164: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/27(火) 05:52:52.25 ID:KhCy/yu2.net
凛「何で、そんなことを……?」

凛「情けを掛けたの? 命を掛けて戦った相手に、情けを掛けたの!?」

 凛の目から、大粒の涙が溢れる。敵に情けを掛けられた、その事実がただただ不甲斐なく、それが親友と仕える王の前で明らかにされたことが恥ずかしかった。

にこ「情けなんかじゃないわ。……殺したくなかったのよ、何でか分からないけど」

凛「それを情けって言うんだよ……!」

花陽「凛ちゃん……」

絵里「金を奪いに来た悪人の癖に、人は助けるのね。偽善者め」

にこ「……? 金を、奪いに?」

絵里「オヤドリ国に返すための蓄え、それを奪いに来たんでしょう? 分かりきっているのよ、そんなことは」

にこ「私は金なんて興味無いわ。ただ、あんたを殺しに来ただけよ」
165: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/27(火) 06:03:36.55 ID:KhCy/yu2.net
絵里「私を殺しに? 私を殺したところで、得るものなんて何もないわよ」

にこ「私は一食の恩を返したいだけよ。あんたが死ねば、死刑も無くなり娼館も取り壊される」

にこ「私に食事をくれた子の友達、その子を解放してあげたい。ただそれだけの理由」

絵里「死刑……? 娼館……何を言っているの?」

 とぼけた絵里の言葉に、にこは歯噛みする。皆を苦しめて、慰み者にしておきながら、しらをきるその態度がにこには許せなかった。

にこ「とぼけないで。課税に反対した穂乃果達の両親を死刑に処し、反抗の意思を見せたことりや真姫を娼婦に貶めた……事実じゃない!」

絵里「そんなの嘘よ! 私は、何も聞いていないわ!」

凛「……絵里ちゃん、悪人の言ってることは事実だにゃ」

絵里「凛、貴女までそんなことを……!」

花陽「希ちゃんが独断でやっていたんです。絵里ちは怒るだろうから、秘密にしておけって……」

絵里「……信じられないわ、希が私に黙ってそんなことをしていたなんて……」

 絶望が絵里の心を包む。親友に裏切られたということもあるが、何よりも国民がそのような悪意に晒されていることも知らずにのうのうと生きてきた、その事実が絵里を蝕んだ。
166: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/27(火) 06:16:25.32 ID:KhCy/yu2.net
 戦う意味は、もう無くなってしまった。

 国の最高権力者が異常事態に気付いたのだ。死刑制度も、娼館も撤廃される。

にこ「……」

 それはつまり、虎太郎の仇を取る機会を無くしてしまったということに等しい。

 責任転嫁と現実逃避で、にこは自身の罪から逃れようとしていた。これから続く一人の旅路を、忘れようとしていた。

 しかしもう、そんなことは出来ない。無意味な殺戮は、にこの好むところではないのだから。

にこ「ああ、あんた……オヤドリ国に借金があるって言ってたわよね」

絵里「ええ。先代が大量の借金をしてしまって、もうじき支払なのよ。これが払えなかったら、この国はオヤドリ国のものに……」

にこ「知らないの? オヤドリ国、先週滅んだわよ」

 滅んだ、というよりはにこが滅ぼしたという方が正しい。オヤドリ国は他国に金を貸し、利率を跳ね上げることで僅かな借金を莫大なものにしそれを嵩に自国の領土を増やしていた国である。

 ヤザワ国にも大量の金を貸していたオヤドリ国を、ヤザワ国の友好国と思いにこは協力を仰ぎに行ったのだ。オヤドリ国王の唯一の不幸は、国の事実をにこに漏らしてしまったことだろう。

 こんな国があっては他国が不幸になるばかりだと、にこはオヤドリ国を完膚無きまでに滅ぼした。それも噂の一つに加わっている筈なのだが、この国にはまだその噂は蔓延っていないようである。
167: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/27(火) 06:20:53.34 ID:KhCy/yu2.net
絵里「それじゃあ……」

にこ「無理な税を課して、民から金を巻き上げる必要ももう無いってわけ」

にこ「私達のやってたことは、全て無意味だった……ってこと」

 どこかで歯車が狂っていれば、にこはこの国に攻め入ろうとは思わなかっただろう。

 絵里が希のしていることに気付いていれば、オヤドリ国の滅んだ噂が既に届いていれば。

 全ての歯車が合致してしまった結果が、絵里もにこも得をしない――どちらもが何かを失った形での、この結末である。
168: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/27(火) 06:24:55.81 ID:KhCy/yu2.net
にこ「……国を出るわ、ずっとここにいるわけにもいかないから」

絵里「私を殺さないの?」

にこ「言ったでしょ。全て無意味になったって」

にこ「娼館、潰しておきなさいよ。希にはキツく灸をすえときなさい」

絵里「……貴女、本当に悪人なの? 悪人というよりは、むしろ……」

にこ「その先は言わなくていいわ」

にこ「じゃあね、もっと良い国にしなさいよ。ああ、そうね。国の再出発の門出は――」

 ――アイドルのライブなんかで、祝えばいいんじゃないかしら。
169: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/27(火) 06:32:26.91 ID:KhCy/yu2.net
 その後の顛末は、皆の知るところである。

 彼女達の旅はこれからも続いていく。

 生命を呼び戻す宝石と、それを守る龍。

 機械が人を支配する、壊れてしまった王国。

 人の夢が集まる木に囚われた、眠りの街。

 黒い影との、全てを失った戦い。

 そして、彼女の新たな国――オトノキ国。

 それは今ではなくともきっといつか、語られる物語だ。


 完
101: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/24(土) 00:51:23.69 ID:QkSDfBo4.net
門の外

にこ「……」

にこ「はあ、私もまだまだね」

にこ「結局エリーチカもヤザワ国の事件については何も知らなかったし」

にこ「次はどこに向かおうかな」

にこ「西に渡るのもいいかもしれないわね」

にこ「……結局私、何がしたかったんだろう」
102: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/24(土) 00:55:34.48 ID:QkSDfBo4.net
にこ「アヤセ国……悪王の治める国」

にこ「民から見れば、エリーチカは悪なのかもしれない」

にこ「けれどエリーチカは自分が悪ではないことを理解していた」

にこ「結局のところ、悪人なんてそんなものなのかもしれないわね」

にこ「私も、彼女も」

にこ「……あ」

にこ「きっとこの国は、今より良くなるわね」

穂乃果「ことりちゃーん!」

ことり「穂乃果ちゃん……!」
104: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/24(土) 00:59:12.83 ID:QkSDfBo4.net
城内

絵里「……で、説明してもらいましょうか」

希「……」

絵里「反逆者の男は死刑、女は娼館送りなんて私は聞いてないんだけど?」

希「あ、いや……それはその……娼館は手っ取り早い金策に」

絵里「……」

希「……死刑は見せしめだけど、絵里ちは嫌がると思ったから」

絵里「……」

希「ごめんなさい……」

絵里「まあ、無茶な税を課した私も悪かったのよ。借金を返すのに精一杯で、国民のことが見えていなかったわ」
105: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/24(土) 01:03:56.32 ID:QkSDfBo4.net
絵里「税率は引き下げ、衛兵の数も減らすわ」

絵里「別の国がお金を払いたくなるような、そんな名産品なんかがあればいいのよ」

絵里「手始めに、そうね……悪人の言ってたアイドルなんて、どうかしら」

希「ええと思う。一度はウチも絵里ちも間違ったことをしてしまったけど、まだまだ挽回のチャンスはあるんや!」

絵里「いや、希は国外追放したいくらいなんだけど。独断で行動してたし」

希「えぇ……それはないわ……」

絵里「何で上から目線なのよ。とりあえず、しばらく牢で頭冷やしなさい!」

希「うう、絵里ち酷い」
106: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/24(土) 01:09:00.69 ID:QkSDfBo4.net
絵里「悪人、か――」

絵里「矢澤にこ、貴女には感謝してもしきれないわね」

絵里「彼女達とも仲良くやってくれるといいけど」




凛「にこちゃん、お腹空いたにゃ。この干しいも食べていい?」

花陽「勝手に荷物漁っちゃ駄目だよ」

凛「だって昨日から何も食べてないし、傷は治ってるとはいえ病み上がりなんだよ?」

花陽「それはそうだけど……」

にこ「だぁーっ! 五月蠅いわね! 大体何であんた達が着いてきてるのよ!」
107: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/24(土) 01:12:26.23 ID:QkSDfBo4.net
凛「凛達、衛兵クビになっちゃって」

花陽「その代わりに、にこちゃんに着いていけって命令されちゃったんだ」

にこ「私は旅仲間なんていらないんだけど」

凛「まあまあ、凛もかよちんもまあまあ役には立つ人間だから、置いといて損は無いと思うよ?」モチャモチャ

にこ「早速干しいも一個損したんだけど」

花陽「け、けどにこちゃんに着いていかないと国には居場所が……」

凛「絵里ちゃんの命に逆らっちゃうことになるからね」
108: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/24(土) 01:15:57.41 ID:QkSDfBo4.net
にこ「……」

にこ「ああ、もう。分かったわよ、ただし次の国まで!」

にこ「次の国に着いた時点で使えないと思ったら、置いていくから!」

凛「あ、こっちおにぎりあるにゃ」モチャモチャ

花陽「おにぎり! やったぁ!」モグモグ

にこ「ぜ、絶対次の国で置いて行ってやる……!」

 新たな仲間が増えた悪人。ヤザワ国を崩壊させた黒幕を見つけるその時まで彼女の旅は続く。


170: 名無しで叶える物語(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2015/01/27(火) 06:39:24.79 ID:KhCy/yu2.net
過程も終わったのでこれで完全に終わりです
長々と書いてしまいましたが、お付き合い頂きありがとうございました

※ 100と101の間が133からが描かれている為レス順を入れ替えています(管理人)

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『にこ「今日も私は旅をする」』へのコメント

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