矢澤にこのアイドル一代記

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にこ-アイキャッチ56
 私の名前は矢澤にこ。
 社会現象になるほど一世を風靡した、大人気アイドル。
 それこそ、「大銀河宇宙No.1アイドル」と名乗っても恥ずかしくないくらいに。

pixiv: 矢澤にこのアイドル一代記 by tsugarulefthors

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 楽曲は次々ヒット。ライブ動員数は歴代女性アイドル1位。「にっこにっこにー」は流行語受賞。子供の将来の夢ランキング1位に「アイドル」が選ばれたのも、私の影響だとか。
 スキャンダルがまったくなかった点やアイドルひいては仕事に対する姿勢も、評判が良かった一因だろう。実際、好感度1位なんてランキングもあった。
 
 本来は事務所入りから現在に至るまでの活躍ぶりやアイドル事情を紹介したいが割愛し、6年目のみかいつまんで紹介する。

 20X6年。アイドル活動6年目。
 全日本アイドル選手権(アイドルタイトル戦の一つ。タイトル戦はアイドルのステータスである)、前年に続く2連覇達成。他にもタイトル戦に出場したが、惜しくも敗れた。
 しかしここは競争社会。社会現象を巻き起こすアイドルが敗れることも不思議ではない。憤慨したとか、そういう気持ちはない。
 一方、スクールアイドル時代からのライバル綺羅ツバサさんが引退した。彼女の引退は名残惜しいが、仕方ない。

 またこの年、もう一つ大きな話題があった。
 天才新人プロデューサーが現れたのだ。
 4月にプロデュース業を始めると、8月に新人アイドルをミリオンヒットさせ、10月に新人アイドル大賞(新人タイトル戦の一つ)でそのアイドルを優勝に導いた。
 8月のミリオンですら偉業であるし、ましてや1年目のプロデューサーがタイトルを優勝するのは史上初の快挙であった。

 そんな、アイドル業界に変化が起きようとする中で年が明けた。



 20X7年2月。所属事務所。

「3月の全日本アイドル選手権は、新人プロデューサーに依頼しようと思うが…」

「私は別にいいわよ」

「そうか。では早速対面しよう」

「ええ、お願いするわ」

 どうぞ、と関係者に言われて、そのプロデューサーは入室してきた。
 黒いスーツに身を包み、鮮やかなオレンジ色の髪の毛と青い瞳が美しい彼女は―

「高坂穂乃果です。よろしくお願いします」

 元μ’sリーダー、高坂穂乃果。
 その彼女が今、私の目の前にいる。新人プロデューサーとして。



 穂乃果と2人きりにしてほしい、と私が頼み、部屋には2人きり。

「何年ぶりかしら…こんな形で再会するとは、思わなかったわ」

「…」

「…一つ聞いてもいい?」

「…どうぞ」

「どうしてプロデューサーになったのよ?」

立場が立場だけに一応言っておこう。

「μ’sだったころと同じように話していいから」

 すると穂乃果が話し始めた。

「…私がスクールアイドルを始めたころのこと、覚えてる?」

「ええ、覚えているわ」

「私がにこちゃんを加入しようとしたら断られて」

「そうね。アイドルをなめていると思ったからμ’s加入を拒否した」

「でもそれだけ真剣にアイドルを目指していた、そうだよね?」

「ええ」

「それに花陽ちゃんもアイドルに憧れていたよね」

「そうだったわね。もう引退したけど」

 元μ’sメンバーの小泉花陽も一時期アイドル活動を行っていた。そこそこブレイクしたものの、今は引退して人気タレントになっている。

「だから思った。にこちゃんや花陽ちゃんみたいに、アイドルを目指している子を1人でも多くアイドルにしてあげたい、ステージに立たせてあげたいって」

「それでプロデューサーになろうと思ったわけね」

 さすがにこちゃん、との返答に私はため息をついた。

「あのね、ここは―」

「厳しい世界だってわかってるよ」

「いいえ、わかってない。厳しいってわかってるなら、あんたの去年の実績は何よ?」

「プロデューサー1年目でタイトル優勝なんて、ありえないわよ?」

 天才新人プロデューサーの正体―そう、高坂穂乃果だ。

「私もびっくりしたよ…たまたま、素人が雑に磨いても輝く宝石にあたっただけ」

「まあ、間違ってはいないわね。私から見てもあの子は素質があったし」

 すると穂乃果が、でも、と前置きし。

「アイドルに素質や才能があっても、私の腕が悪いならアイドルは輝かない。でも、私の腕次第でアイドルを一際輝かせることもできる。そう思ってる」

 彼女が顔をこちらに向ける。青い瞳は、まっすぐこちらを、前を向いていた。

「アイドルを目指している子を1人でも多くアイドルにしてあげたい、ね…」

 私は一度加入を拒否したが、ほどなく彼女たちは入部したいと乗り込んできた。
 μ’sに加入してほしいのではなく、私の下に入りたい、と。
 私は入部を認めμ’s活動に加入。ラブライブ!優勝を果たすことができた。
 そのμ’sを生み出したリーダーこそ、穂乃果だった。

 スクールアイドル活動に失敗した私を変えたのは、穂乃果だった。

「…よく考えてみれば、あんたがいなかったらラブライブ!優勝もできなかったし、ましてやこんなアイドルになれなかったのよね」

「そんな、大げさな」

「大げさでもなんでもない、事実よ。まあμ’sの成功もあるし、活躍を期待しているわ」

「と、昔話はこれくらいにして…」

 そろそろ本題に入ろう。

「ところで、どうして私のプロデュースをしようとしたのよ?他にいたでしょ?」

 タイトル戦で一プロデューサーが担当できるのは一アイドルだけ、という規則がある。
 人気アイドルを複数抱えている有名プロデューサーであっても、タイトル戦では1組しか担当できない。
 タイトル戦は選曲や演出等プロデューサーの腕を競う場でもあるから、と言われている。
 プロデューサーが一アイドルを担当したのはタイトル戦一度限り、なんてこともざらだ。

「依頼が来て師匠に相談したら、”いい機会だし、一流アイドルのタイトル戦を勉強してきなさい”って」

「こんなに早く大物アイドルを担当するなんて思っていなかったけど、μ’sつながりだからにこちゃんを担当するならいいかなって思って…どう?」

「私は構わない。穂乃果なら面識もあるし、仮にもタイトル実績がある」

「じゃあ3月の選手権、私をよろしく頼むわね?」

「はい!」

 笑顔で、しかし力強く答えた新人プロデューサーがいた。
 今思っても軽い面談で、コンビが組まれた。

「矢澤にこ、新人高坂Pとコンビ!」
 報道されると、賛否両論が巻き起こった。
「宇宙No.1アイドルと天才プロデューサーの最強コンビ」
「μ’sの奇跡、再来か」
「新人に、にこは任せられない」
「高坂がコネを使っただけ」
 いろいろ議論が起こった中で、全日本アイドル選手権当日となった。



「全日本アイドル選手権優勝は…矢澤にこさんです!」

 司会者が宣言すると同時に、スポットライトが私を照らし出した。
 蓋を開けてみれば、全日本アイドル選手権3連覇。殿堂入りだ。

「新人の高坂プロデューサーが担当でしたが、いかがでしたか?」

 優勝したら聞かれるだろうと思っていた質問に、こう答えた。

「彼女は彼女なりに精いっぱい頑張ってくれました。批判もありましたが、それでも私は高坂プロデューサーを信じていました。褒めてあげたいです」

 翌日の報道には。
「矢澤にこ、選手権3連覇で殿堂入り!」
「にこにーの勢いどこまで続く」
「天才プロデューサー、早くも2つ目のタイトル!」
「新人Pとは思えぬ才能」
 私だけでなく、穂乃果を称える記事もあった。
 一方で。
「にこ担当なら誰がついても優勝できそう」
「高坂はにこの人気にただ乗りしただけ」
 なんて声も多数だった。



 さて、優勝から数日後、穂乃果と事務所で面会したときだった。

「…にこちゃんのプロデュースは、やっぱり違った」

「そうでしょうね。私も、人気に応えたいプレッシャーがあるし」

「やっぱり、にこちゃんはすごいよ。μ’sのころからずっと気持ちが同じだもん」

「宇宙No.1アイドルが笑顔にさせられないなんて、恥ずかしいじゃない?努力よ努力」

「それに、あんたこそ私を優勝させることができて、自信になったでしょうね」

「…どうだろう。何かうまくいきすぎて不安になってきたよ」

「私なんかが、にこちゃんのプロデュースしてよかったのかな…」

「まったく」

 喝を入れた方がよさそうだった。

「あえて言うわよ。あんた一人の仕事で何億という大金が動くのよ?」

「それにアイドルの、人様の人生を、あんたが動かしているのよ?」

「なんであんたがプロデューサーになったか、言ったわよね?1人でも多くアイドルにしてあげたい、って」

「…うん」

「そりゃあ成功できない子も多いし、現実を見せることも必要よ」

「でもプロデューサーが弱気になってたら、諦めてたらどうするわけ?それこそ、アイドルが絶望してしまうと思わない?」

「まあ、”アイドルにさせること”と”タイトルを取ること”は違う。でもせっかくアイドルを目指すなら、望みは大きく持たないと」

「…」

「調子に乗るのと、自信を持つのはまったく別なのよ?穂乃果はもっと自信を持ちなさい。そんなんじゃ、プロデューサー失格よ」

「…そうだよね。やっぱりにこちゃんには敵わないよ」

「わかってくれればいいのよ」

 お互いに微笑み、穂乃果が部屋を後にした。
 私が直々に指導したのだ、穂乃果なら大丈夫だろう。



 それから3か月たち、6月。
 上半期決算タイトル戦オールスターアイドルグランプリには別のプロデューサーと出場した。
 結果は2位。人気のアイドルは大勢いるのだから負けるのも仕方ない。
 ただ、声の出が悪く感じた。そしてそれは感覚の違いではなかった。
 GP直後休養することとなった。体調不良。当然、夏の予定は白紙になった。
 そしてこの頃、考えることができた。

 アイドルを引退すべきなのだろうか?

 事務所と相談し8月、記者会見を行った。

「私矢澤にこは、タイトル戦出場を今年の全日本アイドルグランプリで最後とし、アイドルを引退します」

 引退。
 いつかくる道に、ついに来てしまった。
 厳しく激しい競争が行われている、アイドル業界。淘汰されるのも自然の掟。
 私自身、いつまでも人気絶頂アイドルのままでいられる、なんて思ったことはない。
 ところで―
 人気絶頂のまま引退するのがいいのか?
 ボロボロになってから引退がいいのか?
 私の場合は―

 11月、ようやく復帰しタイトル戦ジャパンアイドルカップに出場した。
 だが、精彩を欠いた。いつものパフォーマンスができなかった。
 結果は15組中10位。
 今までの矢澤にこならありえなかった。
「にこにーも、ついに限界か」
「もう矢澤にこは衰えた」
 という声が目立つようになった。
「あんなにこにーは見たくない、すぐに引退して」
「にこを引退させろ。GPに出したら事務所を襲撃する」
 脅迫文が事務所に届いたこともあった。
 それでも、私は予定通り全日本アイドルGPに出場することに決めた。

 私は、後者を選んでしまったようだ。



 ジャパンアイドルカップから3日後、あのプロデューサーが事務所を訪問した。

「高坂です。よろしくお願いします」

 また2人きりで面談を行った。

「3月以来ね。他にGP出場候補のアイドルがいるはずだけど?」

「依頼されたとき、迷ったんだ。私なんかが受けるべきなのか…」

「にこちゃんの引退戦は、もっと有名なプロデューサーが担当するって思ってたから」

「へえ…」

「だから師匠に、新人の私には荷が重いです、って答えたら怒られた」

「”一流アイドルの引退を担当するなんて、名誉なことじゃないか。千載一遇の機会だ、君が一流アイドルを引退させてきなさい”って」

「でも”ファンをがっかりさせる引退をさせたら破門だぞ”って言われて、怖くなって…」

「…前に言わなかった?自信を持ちなさい、って」

「あんたがμ’sリーダーだったころ、あんたは目標に向かって走っていった。障害も乗り越えていってみせた。でも今は?」

「…」

「あんたがタイトル戦で勝てたのは運がいいからではない。腕がいいから。断言するわ」

「そんな」

「穂乃果はいつか必ず立派なプロデューサーになれる。アイドルサイドもプロデューサーサイドも、そう思い始めているの」

「実際、何人も担当しているんでしょ?それだけ穂乃果にプロデュースしてほしいのよ」

「タイトル戦で大物を担当するとなれば、普段以上にプレッシャーがかかる」

「アイドルの引退となれば、有終の美を飾ってほしいと、ファンの期待も大きくなる」

「でもそのプレッシャーを乗り越えないといけない。ましてや天才プロデューサーなら」

「もしあんたが今より有名になれば、もっと大きなプレッシャーがかかるのよ?」

「第一私自身、プレッシャーを感じているわよ?ファンをがっかりさせたくないじゃない。タイトル戦で負けたこともいっぱいあるけど」

「宇宙No.1アイドル引退戦という大一番で成功させてこそ、高坂プロデューサーの株が上がるというものよ」

「まあ…ファンも私も納得できる引退なら、成功ね」

「…私にも任せていいか、正直少しだけ不安はある。でも、期待の方がはるかに大きい」

「μ’sの義理とかじゃない。穂乃果に、プロデュースしてほしい」

「それとも、やっぱり2年目の新人プロデューサーには重すぎるかしら?私には有力プロデューサーとも縁があるし?」

 意地悪をしてみたが、私を見るその目には、覚悟が現れていた。

「矢澤にこさん!GPは、高坂穂乃果に担当させてください!」

 立ち上がり、頭を深々と下げた。あえて丁寧な言い回しにしたのだろう。

「ええ、私からもお願いするわ。期待しているわよ」

彼女の依頼を快諾した。私も立ち上がり、笑顔で右手を差し出した。

「ありがとうございます!」

 宇宙No.1アイドルと天才新人プロデューサーが固い握手を交わした。
 私は高坂穂乃果プロデューサーとともにGP出場が決まった。

「矢澤にこ、引退戦で再び高坂Pとコンビ」
 翌日の報道である。
 今回はさすがにどこも否定的な記事ばかりだった。
「話題作りでどうにか上位入賞を狙う魂胆か」
「天才といえども前回を考えると苦戦しそう」
 ネット上はもっと辛辣だった。
「”悲報”矢澤にこ、半年で劣化…宇宙No.1アイドルの面影すらなくなった」
「むしろ被害者は高坂、有力アイドルを蹴られて矢澤と組まされるとか罰ゲーム」



 これでいいんだ、これからのアイドルにトップの座を譲ろう。
 そう言い聞かせていたが、やはりファンが離れていくのを実感していた。
 スクールアイドルを結成し仲間が抜けていった過去と今を、重ね合わせるようになっていった。
 また私は一人になるのだろうか?
 人が離れていくいきさつは、スクールアイドルのそれと今回とでは違う。それは頭の中ではわかっていた。
 でも、結局「人が私から離れる」ことには変わりなかった。
 それこそ、11月で引退してしまった方がよかったかもしれない。
 それなら、無様な私を見たくないというファンの心情にも応えられた。

 穂乃果に対しても、あのように接したことを後悔していた。
 私が穂乃果に期待していたのは事実だった。
 でも、思い返すと―
 落ち目のアイドルが偉そうに講釈を垂れただけなのではないだろうか?
 別のアイドルをプロデュースするよう進言した方がよかったのではないだろうか?
 プロデュース依頼を受けた穂乃果に、申し訳なく思うようにもなった。

 確かに、私は精神的に強いほうだろう。
 高校時代はアイドル研究部を1人で続けてきた。
 穂乃果がスクールアイドルをやめると言ったときも活動を続けた。
 プロの厳しい競争社会でも生き抜いてきた。
 でも、いくら強くても、限界というものは存在する。
 ここにきて、心が折れそうになった。

 私はいつ引退するべきだったのだろう?
 なぜ、私は先日無様な姿を晒せたのだろう?
 叩かれたのに、なぜあえてGPに出場するのだろう?

 思考回路は下向きになっていった。
 皮肉にも、体調面は回復していった。
 全盛期のころに、近づいていた。



 こうして迎えた12月23日。第35回全日本アイドルグランプリ。
 アイドル日本一決定戦。
 観客は1万人の満員御礼だった。
 スタンバイの指示が出された後、穂乃果が現れた。

「いよいよだね」

「ええ」

「私はできることを頑張った。今度はにこちゃんが頑張る番だよ」

「…そうね」

 ステージ裏ではライバルのパフォーマンスの音漏れが聴こえていた。盛り上がっていた。
 対して私はどれだけ、盛り上げることができるのだろうか。
 前回のようなパフォーマンスになってしまうのだろうか。
 白けてしまうのではないだろうか。
 不安でいっぱいだった。

 その心を、天才プロデューサーは見逃さなかった。

「…ねえ、にこちゃん」

 この時、穂乃果が言ったことは生涯忘れられないだろう。

「しっかりしてよ!にこちゃんは、自分を誰だと思ってるの!?」

「矢澤にこだよ!?大銀河宇宙No.1アイドルだよ!?」
 
 穂乃果が、私を叱った。

「アイドルの仕事は、みんなを笑顔にさせること。そう言ってたよね?」

「会場のみんなを、いや…見ているみんなを笑顔にさせてきてね!」

 穂乃果が、笑顔で見送ってくれた。穂乃果は、私に期待していた。

 そうだ。大銀河宇宙No.1アイドルは、アイドルは、矢澤にこは、笑顔にさせるために―

「…ええ、もちろんよ!」

 私が穂乃果に言った言葉が、そっくり戻ってきたような気がした。
 どこかでおかしくなった私を、ステージ直前に穂乃果が修正してくれた。
 たった十数秒の発言だが、それで十分だった。

 20時。
 イントロが流れる中、上手から入場した。
 穂乃果が私に託した曲。
 それは私が引退することを歌にしたような曲だった。

  Someday of my life, Someday of my love
  悲しくしないで笑おうよ
  私達のままでいれば あしたも笑顔
  Someday of my life, Someday of my love
  たくさんの気持ちが込み上げ
  私達へ希望くれる くれるよ広がれ…夢

 「別れを悲しまないで、笑って別れよう」というテーマ。
 アイドルたるもの「笑顔にさせること」が使命なのだ。私の引退でもみんな笑ってほしい。
 私も思うことはいろいろある。それこそ、たくさんの気持ちが込み上げてくる。でも引退は悪いことばかりだろうか?そうじゃないはずだ。
 その先に希望が、夢が、あるはずだ―

 曲が終わると、大歓声が起こった。

「”Someday of my life”お聞きいただきました。次の曲で私はタイトル戦で歌うのが最後です。そこでにこにーはみんなに、笑顔にする魔法をかけてからお別れしようと思います!”まほうつかいはじめました!”」

 矢澤にこの代名詞である曲、”まほうつかいはじめました!”。
 やや湿っぽい前曲とは打って変わる。

  Hi hi hi! にっこりしてみてよ
  Hi hi hi! にっこりって大事だもん
  悩むより 焦るより のんびりといきましょう
  にっこにこの毎日

 今まで、なぜ私は笑顔を忘れていたのだろう?

  にっこりの魔法 笑顔の魔法 みんなを幸せに
  にっこりの魔法 笑顔の魔法 なみださよなら
  にっこにっこにこにこーだよ ほら楽しくなれ

「にこっ!!」

 会場中がコールしてくれた。嬉しかった。会場が一体になっていた。

  笑顔の魔法 次の魔法 届け魔法 みんなを幸せに
  笑顔の魔法 次の魔法 届け魔法 みんなを幸せに

「ありがとうございました!」

 やりきった。ベストを尽くした。悔いはなかった。
 そう言い切ることができるパフォーマンスだった。
 大歓声が巻き起こる中、それに負けない声でお礼を述べた。



 すべてのアイドルがパフォーマンスを終え、ファン投票と集計も終了した。
 ステージ上には16組のアイドルと司会者。

「ではまず、16位から6位までの発表です!」

 ステージのスクリーンに順位とアイドルの名前が表示される。
 当然ここで発表されたくはない。しかし結果は結果だ。
 次々と名前が表示されていく。
 6位までの中に、私はいなかった。前回の大敗を考えると意外だった。

「6位まで発表が終わりました。残るは5組です。では、発表です!」
 
 5位。私ではなかった。
 4位。私ではなかった。
 3位。私ではなかった。
 
「2位は…」

 2位の名前が呼ばれた。私ではなかった。

 この瞬間、会場から歓声があがる。
 ということは―

「第35回全日本アイドルグランプリ優勝は…矢澤にこさんです!」

 その瞬間、会場からはどよめきと大歓声。

 そしてひとしきりの歓声の後、信じられない現象が起こった。

 …ニー!

 ニコニー!

 ニコニー! ニコニー!

 ニコニー! ニコニー! ニコニー!

 歓声が「ニコニー」コールになった瞬間だった。
 音量を考えると間違いなく、観客1万人のほとんど全員がコールしていた。
 タイトル戦には何組もの人気アイドルが出場するし、当然そのファンが大勢いる。
 特定のアイドルに観客の大多数がコールするなど、本来ありえないことだ。
 しかし現実に起こっていた。
 私のイメージカラーであるピンク以外の、他のアイドル応援用のペンライトをも振りながら、観客は「ニコニー」コールをしていた。

 他のアイドルが下がり私しかいないステージ上で、スポットライトを独占していた。
 優勝、そして思いがけない「ニコニー」コールの、二重の衝撃で涙を堪えていた。

「優勝できたのは皆さんのおかげです…ありがとうございました!」

 深く頭を下げると、コールが再び大歓声に変わった。
 誰もが、私を酷評した人までもが、私の優勝を喜んでいるようだった。

「それでは、引退戦となるGPを優勝で飾りました矢澤にこさんにインタビューです。見事に優勝されましたが、今のお気持ちは」

「私に投票してくださったファンに、”ありがとうございます”と言いたいです」

「前回は大敗してしまい、評価はよくなかったのですが」

「そうですね…確かに、その時はファンをがっかりさせてしまって申し訳なく思っていましたので、この優勝は嬉しいです」

「コンビを組んだのは高坂プロデューサーでしたが、いかがでしたか?」

「穂乃果は…私を2回もタイトル優勝に導いてくれた、素晴らしいプロデューサーです。今すぐにでも、お礼を言いたいです」

 すると。

「では、今ここでお礼を言ってもらいましょう!」

 上手から現れた、オレンジのドレスに身を包んだ彼女の登場に、拍手が起こった。

「こちらが、矢澤にこさんを優勝に導いた、高坂穂乃果プロデューサーです!」

 穂乃果が会場に向かって一礼した。
 
「少々高坂プロデューサーにもお話を伺います。今のお気持ちは」

「にこちゃんのプロデュースを引き受けたときは、プレッシャーもありました。でも、にこちゃんを優勝で引退させることができて嬉しいです」

「わずか2年目でGP制覇です」

「にこちゃんがファンの期待に応えた、おかげです。お礼を、言いたいのは…私の方です」

 穂乃果が泣き出してしまった。

「それでは、まず高坂プロデューサーから矢澤にこさんにお礼を言っていただきましょう」

 司会者が進行する。

「にこちゃんは、引退しても、永遠に大銀河宇宙No.1アイドルです。優勝、おめでとうございます。そして、私に、プロデュースを担当させてくれて…ありがとうございました!」

 泣きながら謝辞を述べた。私の涙腺も、もう緩んでいた。

「お待たせしました、矢澤にこさん。高坂プロデューサーに感謝の言葉をどうぞ」

「穂乃果は…間違いなく世界No.1プロデューサーです。でも、いつか、大銀河宇宙No.1プロデューサーに、なれます。私を、優勝させてくれて…ありがとうございました!」

 そう言い終わると、互いに抱きしめあって号泣した。

 ニコニー! ホノカ! ニコニー! ホノカ!

 今度は、ニコニーの他にホノカコールも起こった。
 私は穂乃果と正面を向き、左手で穂乃果の右手を取ると、天に掲げた。
 観客のコールに応えつつ、穂乃果のおかげで優勝できたことをアピールした。

 この日のことは「アイドル史上に残る伝説」と語り継がれるようになった。

「矢澤にこ、奇跡の復活でGP優勝!」
「にこにー、感動のラストタイトル!」
「1万人が歓喜のニコニーコール!」
「にこにー有終の美の立役者は高坂P!」
「弱冠2年目プロデューサー、GP優勝!」
「高坂サンタの素敵なクリスマスプレゼント!」
 下馬評を覆す、私の優勝を称賛する記事であふれていた。
 穂乃果の手腕も評判となり、プロデューサーとしての地位を盤石にした。
 
 翌年3月、私の引退ライブが行われた。もちろん、そのプロデューサーは穂乃果。
 言うまでもなく大成功に終わり、私は輝きを放ったままアイドルを引退した。



「年末になると、必ずにこちゃんのGPの話が出るね」

「もう5年も前のことなのに、ね」

「にこちゃんと私が一緒に暮らすようになったきっかけだよね」

「そうね…懐かしいわね」

「…にこちゃんに出会えてよかった」

「ちょっと、いきなり何を言い出すのよ」

「もしにこちゃんに出会えていなかったら、今の私はいなかったんだよ」

「あのね、それは私の台詞よ。穂乃果がいたからこそ、今の私がいるのよ」

「でも、にこちゃんがいなければμ’sはすぐに解散したよ?」

「穂乃果がいなければμ’sなんてできなかったわよ?」

「私がこんなプロデューサーになってなかったもん。にこちゃんに助けられてばかりで」

「私もあんなアイドルになっていなかったわ。穂乃果に何度救われたのかしらね」

「…お互いがいたから、だよね」

「…そう、穂乃果と私がいたから」

「あのGPも”奇跡”って言ってたけど」

「それだけが”奇跡”じゃないわよね」

「にこちゃんに」
「穂乃果に」
出会えたことが、奇跡なんだ―





あとがき
モデルは、競走馬オグリキャップと武豊騎手でした。
オグリキャップ引退レースの有馬記念とにこさんの引退を重ねてみた次第です。
無理やり競馬界とアイドル界をすり合わせています…。

ありがとうございました。(了)
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