ワンピースを着た凛ちゃんが皆から逃げる話

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凛-アイキャッチ15
ワンピースを着た凛ちゃんが皆から逃げる話

 もっと可愛くなりたい。

 女の子だったら誰もが一度は悩むこの難問に、μ'sでもわりと元気で女の子らしくない凛でも週一くらいでは考える。他の子に比べるとちょっと少ないかもしれないけど。

 痩せればいいのかな? 

 おっぱいをもっともっと大きくしたらいいのかな? 

 背を伸ばせばいいのかな? 

 考えても答えの出ない凛の苦手な数学の問題に似たこの難問に、最近ようやく一つ答えを見出した気がするんだ。今日はその事をお話しようと思っているの。あれは先週の土曜日……いや、金曜日から話してあげるね。

pixiv: ワンピースを着た凛ちゃんが皆から逃げる話 by 二三

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「にこちゃんがこの、イーストハートはオススメって言っていたよ」

「この娘達が? 絶対にこちゃんの方が可愛いのに?」

「可愛さだけじゃなくて歌唱力とかダンスとかもキレッキレらしいの」

「歌もダンスもにこちゃんの方が五十倍上よ。それにこのグループの端に写っている娘……どことなく凛に似てるわねぇ。こんなのダメよ」

「えぇ……」

 放課後の部室、窓から差し込む夕陽の中での真姫ちゃんとかよちんの雑談を聞きながらまだ来ていない皆を待つ。凛達三人の一番乗りはいつもの事で、他の皆をじっと待つ事にも慣れてきていた。

 にこちゃん達三年生は教室が遠いから遅いし、穂乃果ちゃん達は生徒会室で少し作業してからの練習。前より練習を始める時間が遅くなってるけど、この三人でお喋りするのは嫌いじゃないから何時間でも待てる気がする。皆が何時間も来なかったらそれはそれで困るけど。

 皆を待ってる間に、にこちゃんの好きなアイドルを教えなさいよって頼み込んでおいてわがままを言う真姫ちゃん。かよちんもオロオロしているからここは助けてあげないと。

「真姫ちゃんは本当ににこちゃん好きだよね。付き合ってるのかにゃー?」

「付き合ってなんかないわよ!」

「そっか、まだだよね」

「そうそう今から段階を踏んで……ってちょっと!」

「ここまでお約束だと逆につまんないよ真姫ちゃん」

「面白くしようとしてないのよ……なんだか凛と話すと疲れるわ」

 全身で凛と会話して少し乱れた髪を直し、再びかよちんが持ってきてくれたアイドルの雑誌に目を通す真姫ちゃんはとても綺麗で本物のお姫様みたい。やっぱりお金持ちだから昔から綺麗になる事たくさんしてきたのかな。

 真姫ちゃんのお父さんはお医者さんって聞いた事あるし、サプリとか体型を綺麗に保つ方法とかたくさん知っているのかも。凛のお父さんもお医者さんだったら真姫ちゃんみたいに綺麗になっていた……かな?

 でもかよちんもすっごく可愛いしお医者さんってのは関係ないのかもしれないね。顔は可愛いしおっぱいも大きくて、真姫ちゃんが言うにはほーよーりょく? ってのもすごいらしい。よくわかんないけどかよちんにはすごい力があるんだ。

 そんな可愛い二人といる凛はといえば……可愛いとは言えない。いつもボーイッシュだとか元気だねって言われて、別に嬉しくないわけじゃないけどちょっぴり寂しいのも本音。だけどそれも明日で終わり! 

 テーブルの上に無造作に置いてある凛のスマホに手を伸ばし、手慣れた手つきでとあるアプリを開く。今日だけでも十回以上同じ事しているからそろそろ目を瞑ってもできるかもなんて考えながら開いたとある洋服屋のアプリのキャンペーンの欄を軽く押すと、ずっと憧れてきた凛の思い描く可愛いが全て詰まったものが表示される。

「ふひゃぁ可愛い……」

「凛ちゃん何か言った?」

「な、何も言ってないよ」

「そっか」

 思わず言葉が漏れてしまった口を片手で覆い思わずニヤけそうになるのを隠す。そしてもう一度スマホを覗くと、ずっと欲しかった真っ白のワンピースが画面に浮かんだ。胸元や裾にフリル、腰の辺りには大きなリボン付きのまるでマンガのヒロインが着るようなワンピース。

 昔の凛なら自分から可愛い洋服を探すなんて絶対にしなかった。それにちょっぴり可愛いに対してトラウマがあるからスカートやワンピース、基本的に女の子らしいものに対して諦めていたの。だけどかよちんや皆が凛の背中を押してくれたから最近は可愛い話にも混じるようになったんだ。

 特にことりちゃんとにこちゃんの話はすっごいタメになる。今はどんなものが流行りなのかとか、凛にはミニスカートやワンピースが似合うってアドバイスをくれたり。そのアドバイスを元に洋服をいろいろ探していてたどり着いたのがこの真っ白い、純白のワンピースだった。

 見付けるまで大変だったなぁと振り返り終わって、再びアプリのページを下の方に動かしていくといろんな情報が出てくる。ふんわり、るんるんとかよくわからない表現だらけの説明、コットンとポリエステルの割合、サイズ表示、そして一番下に見た途端に真顔になっちゃうほどのお高い値段。

 ここでいつもなら、いろんな可愛い情報載せておいて最後の最後に庶民の凛には手の届かない値段でがっかりさせるなら最初に書いてよ! と一人怒るけど今回ばかりはニコニコしたまま値段を見ていられる。

 先週見付けた、目が飛び出そうになった情報を確認する為に一度アプリのホーム画面に戻って下の方へ指をクイクイッと動かす。この動作は毎日二十回以上やっているから目を瞑っても……あ、押し間違えた。無駄な動作のせいで少し時間をロスしちゃったけど穂乃果ちゃんが前に人生は無駄だらけ、だから勉強せずにマンガを読みふけるのも人生なんだよって言っていたから大丈夫。その後に海未ちゃんに無言でビンタされていたけど。

 操作をやり直して情報を見付けた。何度も見ているから事実なのはわかるけど、逆に見過ぎて怪しんでしまう。

『一日限りの大セール』

 広告に埋もれた中に偶然見付けたセールのお知らせ。

 セールなんてお母さんしか興味ないし、こういう時のセールって前の季節で売れ残った物の処分だから関係ないとアプリごと閉じようとした。だけどただなんとなく、本当に何気なく広告の詳細が載っている次の画面で……やっぱり少しがっかりしたんだ。

『最大半額値引き!』

 最大? 全部じゃなくて? あぁ、わかった。これはお店でも売れ行きの悪い商品を最大値下げして他のは二、三割値引きなんでしょ……と、疑っていたけど今はもうお店に拍手したい気分。だってずっと憧れていたあの白いワンピースが半額の対象だったの。すごくない? これからがワンピース一番着やすい時期なのに半額だなんてきっとお店の人達がボランティア精神に目覚めたとした考えられないよ。目覚めたならタダで欲しかったけど。

 そして衝撃のセール発見から一ヶ月……週五杯食べるほど大好きだったラーメンを週一に減らして続きが気になる少女マンガを我慢したり、かよちんがご飯屋さんに行こうって誘ってくれるのを唇を噛み締めながらごめんねって断り続けて貯めに貯めた貯金は、昨日ギリギリでワンピースの半分買える状態に。

 とてつも長かった貯金の道のり。凛が我慢するだなんて拷問に近かったしもう二度とやりたくない。でも頑張ったおかげでワンピースを着れるのなら後悔なんてしないよ。たとえ似合わなくても……これを持っているだけで可愛いを手に入れられるのなら凛は欲しいんだもん。だって皆より凛は、

「凛ちゃんってば。聞いてる?」

「にゃ? 全然聞いてなかった」

「スマホをジーッと見ちゃって。また新しいラーメンでも見付けたわけ?」

「ふっふっふ、凛がいつもラーメンの事考えていると思ったら大間違いだよ。せいぜい週七くらいでラーメンの事考えているだけだよ」

「それを日本語で毎日って言うのよ」

「まぁまぁ二人とも。それで凛ちゃん、明日なんだけどね」

 かよちんの明日という単語に胸が少しチクリと痛む。こういう時かよちんが次に何を言うかは長年の付き合いでわかるようになってしまった。

「皆で遊びに行こうって話が出ているの。凛ちゃんも行くよね?」

「久しぶりのμ's全員であちこち回るんだから来るわよね?」

 二人のキラキラとした笑顔、そして期待の眼差し。これがもし明後日なら即答で行く行く! って答えていたのに。明日は、明日だけはマズい。例の白いワンピースはアプリから在庫を見てみると残り一着。しかも半額とくればきっと他の人も欲しがるに違いないから朝早く出ないといけないのに。

「えっと……」

 喉から手が出るほど欲しくて一ヶ月頑張ってきたけど二人の誘いで簡単に決心が揺らいでしまい、他にも良い物があるから皆で遊ぶっていう滅多にないチャンスの方が良いって凛の中の誰かが呟いた。それでも一度可愛いを知ってしまったらもっと知りたいから。

 断ろうとしてごめん、そう申し訳なさそうに口を開こうとした時、とあるアイディアが頭にポンって浮かんだ。そうだ皆と一緒に買い物に行けばいいんじゃないかなって。それならワンピースを買った後に似合うアクセサリーを選んでもらったりして、もっともっと可愛くなれる気がするし皆ともたくさん遊べる。

 すごく良い案で提案すれば今からでも実現するかもしれない。早くいつもみたいに、凛に考えがあるにゃ! って叫ぼう。急に立ち上がってびっくりした真姫ちゃんとかよちんにどうしたの? って話を聞き出してもらおう。早く……早く早く早く早く早く早く。

「……ごめんね」

……言えなかった。

 どうしてかわからない。話そうとしたら急に冷や汗が出てきておでこや背中が冷たくなっていくのを感じて……二人に話すのが怖くなってしまったの。大親友でいつも一緒、何でも話せるしどこにでも行ける。でもだからなのかもしれない。ワンピースを一緒に買いに行って否定されるのがとても怖くなっちゃった。

「り、凛行けないの?」

「そんな……」

 きっと二人はそんな事言わないのはわかってる。でも凛が可愛いを求めるなんて初めてでわからないってのが大きくて踏み出せなかった。

「明日はちょっと用事があって……」

「用事ってμ'sより大事なわけ?」

「真姫ちゃんそんな事言っちゃダメっ。仕方ないよ」

「ごめん二人とも。今度遊びに行く時は絶対絶対ぜっったい行くから!」

「……約束よ。破ったらラーメン奢りなんだから」

「うん。とびきり美味しいラーメン屋さん連れて行ってあげるにゃ! それじゃあ、先に屋上で準備してるね!」

「ちょ、ちょっと凛!」

 無理やり笑顔を作って不安を悟られないように部室を後にした。凛もよくわかんないけどこれでいいんだよ。二人には皆と楽しく遊んでもらって凛だけでお買い物。たまにはいろいろ気にせず遊びたいし大丈夫。

 そう自分に言い聞かせてこれ以上難しい事を考えないで済むように放課後の静かな廊下を自慢の脚で駆け巡る。明日さえ終わればまた皆と遊べる。最近は貯金の為に誘われても断る事が多かったから今度の休みはいっぱい遊ぶんだ。その事だけを考えて走る。明日、ワンピースをただ買いに行くだけの休日が戦場に変わるなんて気付くはずもなく……


 どんよりとした天気の下でぼんやりとした頭を支えながらのんびりと朝の秋葉原を歩くと相変わらず人混みで賑わっている。お休みなのに朝早く起きて何するんだろう……仕事の人もいるんだろうけど皆朝強いねー。

 大通りを渡る信号の前で立ち止まり、小さめのリュックを持ち直し深呼吸してショッピングモールまで十五分ちょっとだから頑張ろうと気合いを入れた。ワンピースを買って朝ご飯をフードコートで食べて適当に遊んで帰る。よし、頭の中で何回もシミュレーションしたから大丈夫。もし時間があれば皆に連絡して遊びに……いや、リュックにワンピースが入ってるのがバレたらにこちゃんや希ちゃん経由で皆に伝わって大変な事になるかも。一旦お家に帰ってから連絡をしたほうがいいのかな。うーん。

 俯いてどうするか迷っていると周りの人達が一斉に歩き出す。少し驚いて前を見てみるとただ信号が青に変わっただけだった。ここの信号って結構長いんだけどいろいろ考えていると時間が経つの早いね。まぁ買ってもないのにいろいろ考えても……何だっけ、タヌキが皮数えるやつ、そういうことわざだようん。

 せっかく楽しみにしてきたワンピースを買いに行くのに悩んだまま行ったらワンピースさんに失礼。全部終わってからラーメン食べながらでも考えればいいよね。よし! ショッピングモールまで走って行こうっと! 

 皆への申し訳なさと遊びたかった後悔を全部忘れようとして少し混んでいる秋葉原の街を駆ける。今日の凛は、この前かよちんに選んでもらったシャツとショートパンツだから走るにはうってつけの格好。しかも悩むのを後回しにして楽しく行こうって決めた後から一度も信号にかからずにショッピングモールまで走り切る事ができたし幸先は完璧。

 息を切らす事なくショッピングモールの大きな入り口に到着。ここでいつもなら何にも考えずに中に入って突っ走っちゃうけど、最近は海未ちゃんや絵里ちゃんと遊びに行く事も増えたおかげで落ち着くのも覚えたんだ。まずは周りを見渡して……あった。モールの柱に飾られてある店内マップへ一直線。これさえ覚えれば迷う事なんてまずないもん。

「洋服屋さんは……三階の一番奥か」

 秋葉原でも中々大きいこのショッピングモールは凛の中ではいつか攻略しないといけない大きな壁になっていた。中学生の頃から何度も買い物に来たり遊びに来ているけど、未だに迷ってかよちんと真姫ちゃんによく迷惑をかけている、もはや迷宮のような場所。駐車場、婦人服、紳士服、食品売り場、ゲームセンターに映画館や小さな劇場まであってここなら一生暮らせるような気がする。

 指で洋服屋さんまでのルートを何度もなぞってようやく覚えて、すぐそばの自動ドアへと一歩目を……踏み出そうとした瞬間、ふと誰かの視線を感じて振り向いてしまう。だけど当然のように後ろには歩行人しかいないわけで不思議な感覚になってしまった。

 誰かに見られていた気がしたけど変だなぁ。ワンピースを買うから無意識に緊張してるのかな。それか、μ'sの皆に見られたらどうしようっていう不安? 今日は皆も遊びに行くって言っていたけどどこに向かうんだろう。かよちんに聞いておけばよかった。

 しばらく振り返ったまま大通りと、行き交う知らない人達を眺めながらぼーっとしていてやっと我に戻る。こんな事してる場合じゃない。何もなかったかのように自動ドアへ進むと、音もなくドアが開いて冷たい風が通り抜けていき汗をかいた凛の体を冷やしてくれていい感じー。もうちょっとだけここにいたいけど、入り口に立ってても邪魔だよね。

 正面玄関をくぐり広大な店内を見渡すとオープンして間もないはずなのに、さっきの信号待ちの混み具合とはいかないけど立っているだけで歩いている人にぶつかりそうなほど混み合っている。やっぱり土曜日だから皆ここで遊びたいよねぇ。わかるわかる、でもワンピースは渡さないもんね。

 誰に対してなのかわからない対抗心を燃やしたまま移動を開始……といってもショッピングモールの端の方まで進んでエレベーターに乗ったらすぐなんだけどね。だけど半額セールなんて世の中のお母さん達はきっと狙ってくるに違いない。急がないと。

 他にもライバルがいる事を意識してしまって自然と走りそうになるのを必死に抑えながら歩く。ここは真ん中が吹き抜けで一階は劇場や食品エリア、二階、三階は専門店がたくさん。

 吹き抜けだからここからでも上の階の様子が少し見えて、洋服屋さんに近付いたら並んでいる人達が見えるかもしれない。不安が募って心が焦り何だかとっても不自然な歩き方になってしまう。凛が小学生なら全速力でダッシュしてるのに周りの目が気になるからできない。これが大人になるって事なんだねきっと。

 洋服屋さんはとっくに開店していて今頃セール品の取り合いになってるかも。もう少し早く歩きたいけどこれ以上速くすると競歩みたいになっちゃう。あと少し早起きしてこればよかったと後悔しながらエレベーターまでもう少しの所で二つ目の悲劇が凛を襲ってきたの。

「うわっととっ」

 急に足が引っかかって転びそうになるも、通路の壁沿いを歩いていたのが幸いして壁にもたれかかって転ばずに済む。体勢を整えてとっさに足元を見てみると靴紐がほどけてダラリと床に伸びていた。こんな所で時間食っている場合じゃないのに……! 焦りから変な汗まで出てきて頭も真っ白になりそうになるけど、靴紐が解けたくらいでパニックになっていられない。

 解かれた靴紐を手繰り寄せてささっと靴紐を結んだけどなんだか形が変で傾いている。そういえば前に靴紐が解けた時にも上手くできなくて、隣にいたかよちんに綺麗にやってもらったんだっけ。あの時綺麗に結ぶ方法を教えて貰えばよかったとまた後悔。

 あーもう、ワンピース買うだけなんだから適当でいいや! 誰も足元なんて見ないよね、なんてにこちゃんに言ったら怒られそうだけど本当に急いでいるんだから仕方ない。若干……どころか結構汚く靴紐を結んでやっと歩き出す。よく見るとここら辺はあんまり人がいないし遅れた分、駆け足ぐらいならいいよね。

 自分に納得させて数メートル先のエレベーターへと駆け込もうとした時、

「ちょっとりむごぉ!」

 いきなり背中から奇声が。

「え、え?」

 日本語かどうかもわからない変な声に振り向くと、後ろを歩いていた人達も皆振り返って音の正体を探っている。ここからだとお店の様子と吹き抜けの向こう側の様子しか見えない。倒れている人はいないしおかしくなって踊っている人もいない。女の人の声だったけどなんだったんだろう。

 首を傾げていると一緒に立ち止まっていた人達が続々とまた歩き始める。何も起こってないみたいだし、上の方で誰かが転んじゃって変な声が出ちゃったんだね。気にせずエレベーターへ駆け寄り上へのボタンをポチり。

 それにしても、ちょっとりむごぉ! なんてどう転んだらそんなヘンテコな声が出ちゃうんだろう。なんだかにこちゃんの声でさっきのが再生されてすごくしっくりきてしまう。明日練習の時ににこちゃんに会ったら話してあげよっと。

 謎の奇声事件のおかげで変に緊張していた体がずいぶん楽になり、自然と笑いまで溢れちゃう。ここに来る時に楽しまないとって自分で決めたのにもう忘れちゃってた。こんなんじゃダメダメ。ワンピース買った後に着けてどこ行こうか考えみよう。

 やっぱり最初はかよちんと真姫ちゃんに見せてあげたいなぁ。別にどこに行くってわけでもないけどお披露目したいというか何というか。その後に恥ずかしいけど皆にも見せて……ほんの少し、ちょっとだけでもいいから可愛いって言ってもらえたら飛び跳ねちゃうほど嬉しくなると思う。だってμ'sの皆ってすんごく可愛い人達の集まりなんだもん。

 その中で必死に頑張っているなんて、たまに自信がなくなっちゃうけど運動神経なら誰にも負けないからやっていける。皆は可愛いよって言ってくれるけどそうは思わないから、ワンピースでも着たら少しだけでも自信湧いてくるといいなぁ。

 しばらく悩んだ後にチンッと到着音がしてエレベーターの扉が開くと……中には誰もいない。あちこちの階で人を降ろしていたから遅かったのかな、なんて考えながら乗り込み、洋服屋さんのある階を思い出してボタンを押して上を向きながら着くのを待つ。ここのエレベーターはガラス張りでショッピングモールの景色が見られるようにはなっているけど、特に綺麗なわけじゃない。でも絵里ちゃんと真姫ちゃんは高い所からの景色が結構好きみたいで、こういうガラス張りのエレベーターに乗った時なんか興味ないふりして目を輝かせながら見ているのを凛は知ってるんだ。二人ともクールぶってるけどお子ちゃまなんだよねー。

 一人でニヤニヤしているとメロディがなって頭上から三階です、というアナウンス音とともに扉が開きた。なんだかんだ長かった気がする。

「お店の方は……おぉ」

 見渡してみるとちらほらとしか人がいないから自慢の脚でお店の前までひとっ飛びしてみると、オープンしているみたいだけど奇跡的にお客さんが誰もいない。いや油断しちゃいけないね、もしかしたら全部買われてしまって帰った後なのかも。

 正直こういう所に一人で入るのは初めて。とてつもない勇気がいるけどそんな事考えている場合じゃないと決心していざ入店。周りにはミニスカートや流行りのシャツ、なんならとびきり派手な下着まで。今の女の子ってあんなの履くの? 凛まだ猫さんパンツなんだけど……そういえばこの前海未ちゃんが着替えている時に似たようなの履いていたけど海未ちゃんは大人の階段を登ったのかな。

 お店の雰囲気に怯えながら洋服が置かれている棚を一つ一つ確認しながら進むと、アプリのセール広告で見た他の洋服がまだ残っていてワンピースもきっと残っていると期待しちゃう。奥へと進みようやくお目当のワンピース……がない。え、あれ? もしかして見逃したのかなと入り口に戻りながら一つ一つ確認してみるけど例のワンピースがどこにもない。つまり、

「そんなぁ……」

 誰かに買われちゃった。

 膝から崩れ落ちそうになるけどお店の中だし店員さんの目も気になるから棚にもたれかかってなんとか持ちこたえる。なんで? 他のセール品は大量に余ってるのにどうしてあのワンピースだけ売れちゃったの? 

 もうダメだ……やっぱり可愛いものを買う資格なんてなかったんだ。やっと皆と同じくらい可愛くなれるって思っていたのに未熟な凛にはまだ早いって事だったんだね。もう諦めるしか……諦める前に最後に店員さん聞いてみよう。

「あ、あのっ」

「はい」

「今日のセールの広告に載っていた白いワンピースなんですけど……」

「あぁ、一番奥の方に……あれ、出されてない? すいません、ちょっと倉庫見てきますね」

「お、お願いしますっ!」

 奥の方へと消えて行った店員さんを見送りやっと希望が見えてきた。ダメ元で聞いてみたけど、この流れはもしかしていけるんじゃないかなと落ち込んでいたテンションが持ち直し鼓動まで早くなっていく。お願い店員さん、ワンピースをどうか見付けて! 

 そわそわしながら店員さんをただ待っていると意外にもすぐ帰って来て手には……あぁっ! ワンピース! 

「出すの忘れてまして……」

「だ、大丈夫です! それ下さい!」

「ありがとうございますー」

 その後の事はあんまり覚えていないけどふと気付いたらお店の前でビニール袋と財布を片手に放心状態で突っ立っていた。視線を手首の方に落として袋の中身を覗いてみるとワンピースが顔を覗かせていてどうやら買っちゃったみたい。うん、白買っちゃった……買っちゃった。

「ついに買っちゃった!」

 飛び跳ねて全身で嬉しさを爆発させて恥ずかしくなるけどそれどころじゃない! 一度は買えないって諦めたものが買えたんだよ!? つまり可愛くなっていいって事! あまりの達成感に拳を高く突き上げてガッツポーズもしたくなっちゃうけど抑えないと。誰か見てるかもしれないし……ん? 

 なんとなく凛がエレベーターで来た方とは逆の方、三階奥のフードコートを見た時何かがコソコソっと隠れたような気がした。結構早い時間だけとちょこちょこ椅子に腰掛けているカップルや家族連れが見えてお手軽朝ご飯を食べているのが視界に入る。

 コソコソっと見えたのは歩いてる人をそう見えただけだよね。凛もここで食べようと思っていたし目的は済んだわけだから座ろうかな。

 適当に空いている席を見つけてウォーターサーバーから紙コップに水を入れて席へ。リュックと買ったばかりのオシャレな袋を大事にテーブルの上に置いてホッと一息。朝から動きっぱなしだったからようやく休めるけど気が抜けた途端、急にお腹が減ってなんだか疲労感まで出てきちゃった。さっさと何食べるか決めて頼もう。

 ゆっくりと見渡すとファストフード、牛丼屋さん、定食屋さん、ラーメン屋さんとたくさんお店があるけど朝から重たいメニューばっかり。よく三食ラーメンでも飽きないって言っちゃうけど実際は四日目で胃もたれ起こしてお母さんに散々怒られてやめちゃったんだ。好きでもさすがに限界あるよねー。そうだ、牛丼屋さんで朝だけのお得な限定メニューやってたしそれ頼んでこようっと。

 紙コップに入った水をグイッと飲み干そうとした時、勢いよく傾けた手からツルッと紙コップが滑り落ちて、そのまま落下していった。

「あっ」

 そして何やら冷たい感触が。

「……どうしよう」

 上を向き水を飲み干す体制のままそう呟き、恐る恐る下を見てみるとシャツは濡れていないけどショートパンツが全面的に被害を受けてびしょ濡れに。これ誰かに見られたら完全に漏らしたように見えるような……は、早く着替えよう。 

 慌ててリュックとワンピースが入った袋を鷲掴みにしてフードコートを後にし、周りを見渡すと正面に婦人服の専門店。試着室借りるだけなら大丈夫だと濡れたショートパンツそのままに猛ダッシュ。通り過ぎていった何人かが振り返ったけどそんな事気にしちゃいられない。

 駆け込んでカーテンを閉めてひとまず安心。でもこのビショビショのショートパンツすぐには乾きそうにないし……あ、ちょうどワンピース買ったばっかりだしこれ着ればいいじゃん! 

 リュックを個室の壁にあるフックに引っ掛けて、ビニール袋の中身を取り出して早速着替える。ワンピースの初着替えがこんな形だなんて悲しくなるけどしょうがないよね。まぁ早く着てみたかったしナイスタイミング。いつまでも長居しているわけにもいかないし着替えて朝定食を食べに行こうっと。シャツを脱いでワンピース……に付いてるタグどうしよう。引っ張っても千切れないしこうなったら。

「あむっ……えいっと」

 ちょっと強引だけど誰も見ていないから噛みきってなんとかタグを外せた。こんな所をにこちゃんや海未ちゃんに見られたらすんごい怒られるけどそれどころじゃない。鏡に背を向けて着慣れないワンピースをどうにかこうにか頭からはめて背中のファスナーを上げてみれば多分可愛い凛ちゃんのかんせーい。

 似合っているかどうか鏡を見るのも怖いけどもう着ちゃったんだし、と覚悟を決めて振り返る。

「……え?」

 鏡に映る自分はあまりにも輝いてて自画自賛になっちゃうけど……すごく可愛い。白いワンピースからすらっと伸びる手足とワンピースが意外にも似合っている。焦ったあまり試着しないでただサイズだけ見て買ったけどすごい……まるで凛じゃないみたい。

 あんなにボーイッシュって言われ続けたのにこうなるとは思ってもみなかった。皆がいつも可愛いって言ってくれていたけど本当だったんだと今更気付くしちょっと自分の事褒めすぎかな? と恥ずかしくなっちゃうけどそれと同時に嬉しさも爆発しそう。

 これなら皆と一緒に買い物に来ても恥ずかしくなかったのにかよちんと真姫ちゃんの誘い断っちゃったのを悔やんじゃう。来週こそはこれを着て行こう。さてと、そろそろ試着室から出ないと。濡れているショートパンツをワンピースが入っていたビニール袋に詰め込んでリュックを背負い準備完了。それじゃあ牛丼屋さんに、

「おったー?」

「いないわね。ここら辺で見失ったはずだけど……」

「にこっちがのんきにテーブルなんか拭いてるからやろ?」

「だって凛が後始末しないで逃げ出したんだから仕方ないじゃない。希、もう少し探してみましょ」

 はいはいと片方が返事をしてまた静かになる。今の声聞いた事あるしにこっちと希っていう事は、

「にこちゃんと希ちゃんだ……!」

 誰にも内緒で来たはずなのなどうして二人がここに!? それに凛を探していたみたいだし……きっとあの二人もこのワンピースが欲しいんだ。

 驚愕の真実を導き出してしまい、名探偵の素質をもつ事に驚くのと同時に仲間だと思っていた二人がいつの間にか敵になっていた事に悲しくなり、全身の力が抜けてその場に座り込んでしまった。

 一緒にイタズラしてくれたにこちゃんと優しくてお姉ちゃんみたいな希ちゃんが、力づくでワンピースを奪いに来たなんて考えたくない。だけどそれ以外に二人が凛を探している理由も見付からない。きっとあの、家事が大得意な二人もセールの情報を掴んだんだ。でもお目当の物を買いに行くとない。探していると偶然にも凛がオシャレなビニール袋を持っていて悟った二人は凛を説得してワンピースを手に入れる気なんだ。そして二人はもっと可愛くなる。でも、

「り、凛も可愛くなりたいもんっ」

 あの二人がこのワンピースを欲しがる理由もすごくわかる。だってこんなにも可愛くてキラキラしていたらすでに可愛いにこちゃんも、そういうのは似合わないって日頃宣言している希ちゃんも欲しがるはずだよ。それでもこれは凛が最初に手に入れたんだ。頑張ってお金貯めて頑張って走って頑張って買ったんだもん! たとえ二人が敵になってもこれだけは渡さないよ!

 あ、なんか今、穂乃果ちゃんの家で読んだ少年マンガみたいな展開だね。このまま超能力とか使えるようには……ならないか。ともかくここから出る方法考えなきゃ。

 恐ろしいコンビに立ち向かうべく、少し震えている両足を奮い立たせて立ち上がり自分を落ち着かせる。大丈夫、まだ二人にはここにいるって気付かれてないし何とかなる。

 深呼吸も済んだしいつも真姫ちゃんに言われている、アタフタしたら周りを見なさいを実践しよう。濡れたショートパンツ入りの袋を一旦置き、鏡を背にして立ってみると正面にはカーテン、右下には靴べらとフェイスカバー。左の方を向くとハンガーが二個と……サンダル? これ貰っていいのかなっていやいや、貰うよりまずはこの道具だけで何とかする為に外の状況見てみなきゃ。

 カーテンの端をそっと摘んで少しだけ開けてみるも視界の中には二人は見当たらない。もう他の所を探しに、

「いないわねぇ」

「そやねー」

 カーテンの隙間からおさげのおっぱいオバケと凹凸のないちっこい体を見てビクッと体が跳ねるも音を出さずに後退。こんな所でウロウロしてないでどこか行ってよぉと願ってもう一度カーテンを開けるも、こちらに背を向けて正面に立っている二人が見えた。あそこから動かない気だね。そっと逃げ出すわけにもいかなくなったしこの道具達で頑張ってみよう。

「ハンガーで何かできないかなぁ」

 ハンガーを一個手に取り触ってみると硬く、金属のフックの所以外は木でできているみたい。これを持って外に出て二人に投げ、気絶した後にダッシュして立ち去れば完璧。そうと決まれば早速ってさすがに傷付けるのはダメか。なら遠くに投げて二人が反応した時に隙を見て逃げ出す……これも賢い二人に通用しそうにないしハンガーを使うのは諦めよう。

 お次はこの謎のサンダル。ここって裸足で買い物に来る人の為にタダでサンダルあげているのかな。そんなわけないか。でもどうして? と気になりふと足元を見ると小さな字で何か書いてある。えっと……

『試着後、一旦外に出る際は履きやすいサンダルをご使用ください』

 そういえばかなり前にことりちゃんに豆知識として聞いた事がある。試着した後に試着室を出て遠くから鏡を使って全身を確認する人もいるから、履きやすいサンダルを置いてあるんだよって。。じゃあ貰っちゃダメだね、そもそもサンダルいらないけど。これも投げたり曲げたりしちゃダメ……同じ理由で靴べらも役には立たないから残るはこのフェイスカバーだけ。

 これを何枚も重ねて頭に被せて走り抜けようかとも考えたけど一応女の子なんだからそんな恥ずかしい事できない。やるくらいなら二人に捕まった方が……まだ諦めちゃダメ。他にも何か役に立ちそうなものがないかよく見てみると鏡にリュックを背負った凛が……リュック? 

「そういえば背負ってたっけ」

 この状況に相当慌ててると改めて自覚してしまう。でもこのピンチを切り抜けるいい方法がないんだから仕方ないよね、そう半分諦めながらリュックを降ろして中を確認し始める。

 ポーチ、スマホ、財布、ポケットティッシュ、ハンカチと次々と昨夜準備した物が出てくるけど最後の最後にすっかり忘れていた、でもこの状況を何とかできるアイテムが出てきたんだ。

「サングラスとマスク……あ、にこちゃんに貰ったんだっけ」

 前に突然にこちゃんに、凛もそろそろ有名アイドルなんだからこれくらいの変装はしなさいってマスクとサングラスをケースごと貰ったんだ。あの時は面倒だからやらないって断ってリュックの底に突っ込んだままだったけど使うなら今しかない! 

 底で眠っていたサングラスとマスクを装着して身なりを整えたけど完全に怪しい人のできあがりだね! けれどこのまま何事もなく、赤の他人のフリをしてにこちゃと希ちゃんの前を通り過ぎれば勝ち。見つかったら即終わり。簡単なゲームだと思い込めば緊張せずにできるはず。

「……よし」

 小さく息を吐いて最小限の力でカーテンをスライドさせて外へと出ると、予想通りにこちゃんと希ちゃんがキョロキョロと凛の姿を探していた。ここは動揺せずこのワンピースに似合う仕草をしなきゃ。真姫ちゃんみたいに振る舞えばきっと上手くいく。試着室から一歩外に出た後は優雅にかつエレガントにモデルのように歩く。そうすればきっと二人も声なんてかけてこな、

「すいませーん」

 希ちゃんが声かけてきちゃったよ。

「ひゃっ、ひゃい!」

 声が裏返って完全に怪しくなっちゃった。どどどどうしよう、これ完全にバレてるよ! にこちゃんすんごいジーッと見つめちゃってるよぉ! ダレカタスケテー! 

「履物、間違えてませんか?」

「へ?」

 凛ちゃんやろ? と聞いてくるかと身構えていたけど代わりにおかしな質問が。希ちゃんに履物と言われて足元を見ると……まさかのサンダルを履いて出てきてしまっていたみたい。

「わわっ、ご、ごめんなさい! ありがとうございます!」

 にこちゃんの厳しい視線とサンダルで出てきてしまったという恥ずかしさから逃げるべく、くるっとUターンとしてスニーカーとサンダルを交換してまた声をかけられないように全力のモデル歩きで横を通り過ぎる。途中で二人のポカーンとした顔が見えたけど多分バレてないし作戦は大成功!……だよね? よし、このままの勢いで入り口まで行こう! 

「……何あれ?」

「さぁ。でも可愛かったやん」

「えぇ、なんか初めてオシャレした妹みたいなオーラ纏ってわね」

 何だか後ろで話していたけど振り返らずモデル歩き……ああもう歩きにくいから普通に行こう。


 ちらちらっと後ろの安全を確認してマスクとサングラスを外す。こんな息苦しい中でモデル歩きするなんて正気じゃないね。真姫ちゃんを見習った凛がおバカさんだよまったく。

 希ちゃんとにこちゃんからなんとか離れたもののエレベーターとは真逆の方に来てしまって下に降りる手段がエスカレーターか階段、少し歩いた先にあるもう一つのエレベーターに乗るという三択だけ。階段とエレベーターは遠いからすぐそばのエスカレーターでそのまま一階まで降りてそのまま帰ればいいや。

 朝から水だけで過ごしてきた重い体を引きずりエスカレーターに乗り込んでゆっくりと下へ。だんだんと三階が見えなくなり二階の景色が広がってくる。ここら辺はゲームセンターがあるからいつ来ても賑わってるんだよね。

 ここのゲームセンターは新しい物がたくさんあるから好きなんだ。かよちんと遊びに来たら必ず寄るし、真姫ちゃんとゲームで勝負したら数少ない勝ちを得られるからお気に入りの場所。そんなわりと安心できる場所だからなのか、それとも久しぶりに近寄ったからか二人に追われているっていう危機感が薄れて一階には降りずにちょっとだけ覗いてみる事にしちゃった。まぁゲームセンターは人も多いし気付かれないよね。

 いざ入店するとクレーンゲームや音楽ゲーム特有の、耳をつんざくようなゲーム音と大勢の家族連れやカップルの話し声や笑い声。それになんだか空気も汚れている気がする。

「マスク付けなきゃ」

 久しぶりに来たから慣れているはずの空気に耐えられずリュックからマスクを取り出して装着。昨日は歌唱練習たくさんやったしここで喉痛ませて皆怒られるのはどうにかして避けないと。一応慣れているからこの空気の汚さが当たり前ってわかるけど、真姫ちゃんを初めて連れて来た時にはびっくりしてたなぁ。あの時のポカーンとした顔忘れられないね。

 思い出し笑いをしながら進んで行くと騒がしいアーケードゲームから少し離れたおかげで若干静かになった。ここら辺はたしかクレーンゲームのコーナー。

 にこちゃんと穂乃果ちゃんに連れられて他のゲームセンターも行くけど二人はクレーンゲームを中々やり込んでいるみたいでクッションやお菓子をポンポン取っていく。だから凛にも取れるかもって挑戦してみるんだけど五百円越えたあたりでいつも諦めちゃうんだ。にこちゃん曰く、一万円ぶっ込んだ後から上達するって謎の迷言を残していたけど、一万円使うくらいなら凛はラーメンに注ぎ込んで替え玉しまくるけどなぁ。

 そう考えると凛には向いてないのかもと諦めてふと追われている事も思い出しゲームセンターを後にする為に通路を戻ろうとした時、奥に置かれているクレーンゲームの景品に目がいってしまう。あのぬいぐるみどこかで見たような、何だっけ。もう少しよく見てみよう。

 のんびりと近付き正面から見る事で、このリアルに作られている巨大で真っ赤なエビのぬいぐるみの事をやっと思い出す。そうだ、にこちゃんと穂乃果ちゃんが巨大過ぎでいくらかかっても取れないって話してたやつだ。

 でもこんな、正直気持ち悪いぬいぐるみのどこがいいんだろう。

 エビだよ? 手足がモシャモシャしていて触覚がピコピコ動いているエビだよ? 別に嫌いじゃないし美味しいから食べ物としては好きだけどこんなぬいぐるみになったからって可愛くなるのかな。最近の女子高生の好みはよくわかんないね。いやー難しい。けど周りをよく見てみるとお菓子や有名なキャラクターのぬいぐるみの中に、ちょこちょこと仏像やギョウザのクッションといった変わり種がある。たまにかよちんとことりちゃんが言うキモかわいいとかいう部類のものなのかもしれないね。

 クレーンゲームのコーナーを一周して取れやすそうな物もないからそろそろ出ようとしてサングラスをかけ直し、エビのぬいぐるみの台を離れようとした時、再び災難が背後から声をかけてきた。

「そのクレーンゲームやりますか?」

「ただ見ていただけでにゃっ!?」

「にゃ?」

「ちょっと穂乃果、急に走っちゃダメじゃないの」

 これからプレイする人の邪魔をしてしまったと思ってすぐ立ち去ろうと、声をかけて来た人に向かい合い返事をしたまではよかった。それが穂乃果ちゃんだと気付かずに無意識に口癖であるにゃを使っちゃったのは最悪だった上に絵里ちゃんまでいる。

 二人ともオシャレな格好していて穂乃果ちゃんはシャツの上からカーディガンを着けて下は明るい色のショートパンツ。

 絵里ちゃんは上下暗い色で揃えているけど美人だから際立ってまるで大人みたい。こう見るとなんだか二人って姉妹みたいに見えるね……ってそんな呑気に考えている場合じゃない。

「な、何でもないです」

 さっきは変装して通り過ぎるだけだったからよかったけどこれは非常にマズい。穂乃果ちゃんも絵里ちゃんも変に察しのいい所があるからすぐバレるかもしれない。ここから入り口までは一本道。このまま走り抜ければ、

「ちょっと待って!」

 絵里ちゃんに右腕を鷲掴みにされてしまった。そりゃ当然だよ、マスクとサングラスの変装なんてすぐに見破られるだろうし凛の声でにゃ、なんて言ってしまったら自分から星空凛ですよって宣言しているようなもの。これで終わりだ、ここで凛の可愛い生活は幕を閉じるんだ。

「あなたがプレイしようとしていたんじゃないのかしら?」

「え?」

「え、絵里ちゃん?」

「順番は守らないとダメじゃないの穂乃果。さぁどうぞ、私達は後ろで待っているから」

 ニコニコとしたありがた迷惑な絵里ちゃんとは逆に、急に何言ってるの? と苦笑いの凛と穂乃果ちゃん。ここはちゃんと断ってすぐにでも逃げよう。

「エビ、気持ち悪いのでいらないです」

「気持ち悪い!?」

「穂乃果、大きな声出しちゃダメよ。穂乃果は可愛いと思っているかもしれないけど、この娘も私も気持ち悪いって思ってるのは仕方ない事なの」

「絵里ちゃんまで気持ち悪いって思ってたんだね」

「だってエビだもの」

「エビだからかぁ」

 二人のやり取りを横目で見ながらそっと抜け出そうとしたけどすぐに絵里ちゃんに気付かれて再び捕獲されてしまう。何でそこまでしてクレーンゲームをプレイさせるのさ。

「私達に遠慮なんかしないで、ね? どうぞどうぞ」

「あはは……」

 キラキラ光る絵里ちゃんスマイルに拒否する言葉なんてかけられない。もう何言っても無駄だろうし適当に一回やって逃げよう、よし。

「じゃあ一回だけ……すいません」

「私がやるはずだったのに……」

「我慢しないとダメよ」

 穂乃果ちゃん、相当この気持ち悪……キモかわいいエビを欲しいみたい。凛がラーメン柄のTシャツを買おうとした時と同じ気分なんだろうね。かよちんに全力で止められちゃったけど。全然関係ない事を考えつつ百円を入れて開始。

 さっきからぬいぐるみばかりに目がいってしまっていたけどよく見ると、二本の平行に並べられたつっぱり棒の上にぬいぐるみが置かれてある。わざと何もない所にクレーンを降ろしても疑われるだけだろうから、そこそこ惜しい所を狙わないといけない。そうだ、ぬいぐるみにクレーンをそのまま降ろしちゃえばいいんだ。こんなに大きいぬいぐるみなんだからクレーンの力じゃビクともしないはず。閃いた考えをすぐに試す為にボタンを押して狙いのぬいぐるみの真上でクレーンを止める。どうせ取れないんだからとこの時点でクレーンゲームの台から離れようと……したけど絵里ちゃんにまたも捕まってしまった。

「最後まで見ていかないの?」

「あれはもうダメっぽいから」

「そう……まだ何とかなるんじゃない穂乃果?」

「長年クレーンゲームしてきた私でもちょっと厳しいと思うよ。アレは橋渡しって言ってね、少しづつずらして、」

 穂乃果ちゃんが急に攻略法を話すんもんだから気になってもう一度エビの方へ振り返ると、ゆっくりとクレーンが落ちてエビのぬいぐるみに突き刺さり……そのまま下までぶっ刺し、ボドッという音とともに景品口に落ちた。

 そして流れる、時が止まったようななんとも言えない時間。あまりの気まずさに誰も動けない状態で最初に口を開いたのは絵里ちゃん。

「ハラショー! 一発で取るなんてすごい! まさか押して取るなんて思わなかった、上手なのね!」

「そ、それほどでも」

「あんな大きいエビを取るなんてすごいわ。あ、今袋持ってくるわね」

 引きつった笑顔でこの地獄のような場から逃げるようにぬいぐるみを入れるビニール袋を取りに行った絵里ちゃんだけど、すぐそこにたくさん畳積まれているビニール袋をスルーして奥の方へ行ったのはちゃんと見ていたからね? だけど逃げられちゃしょうがないから凛一人でどうにかしないと。まずは穂乃果ちゃんを観察して……

「……え?」

 凛の斜め後ろに立っている穂乃果ちゃんを見て思わず声が漏れてしまった。なんで穂乃果ちゃん泣きそうになってるの……? しかも拳をぎゅっと握りしめてプルプル震えている。そこまでして欲しかった物を凛が軽い気持ちで取っちゃってんだね。

「あ、あのぉ」

 恐る恐る穂乃果ちゃんに声をかけると無言でこちらを見てくれた。だから凛もしっかり目を合わせてニコッと笑い、エビのぬいぐるみを取り出して、

「これ、よかったら」

「えっ、いやいや、さすがに……ねぇ」

 普段見る、海未ちゃんに何かバレて慌てる穂乃果ちゃんと全く一緒で笑っちゃいそうになるけど、今の凛は初対面の知らない人を演じてるんだからなんとか我慢して話を続ける。

「り、わ、私もプレイする気はなかったけどあの金髪の娘が無理やりさせちゃったから」

「絵里ちゃんめ。だけどいきなり貰ってのはできないかなぁ」

「それならそれと交換して欲しいの」

 穂乃果ちゃんが右手に持ったラーメンの形をした小さなぬいぐるみを指差す。最近は食べ物のぬいぐるみもあるなんて知らなかったけど、今取ったばかりエビのぬいぐるみを交換なら穂乃果ちゃんもきっと頷いてくれるはず。

「こ、こんな小さい物といいの?」

「うん。友達が前にね、小さい物の方が取りにくいって言ってたんだ。だからそれと交換しようよ!」

「じゃあ……うん。ありがとうっ」

「二人ともお待たせー!」

 無事にエビとラーメンを交換し終えた所に逃げた絵里ちゃんが戻ってくるのが見えた。袋を取りに行っただけなのに何で笑って……よく見たらマズい、後ろににこちゃんと希ちゃんまでいるじゃん! 

「そろそろ帰るね!」

「待って、せめて名前だけでも、」

 引き止める穂乃果ちゃんを背に、絵里ちゃん達とすれ違わないようにクレーンゲームの台をジグザグに走ってようやく脱出。あのまま動いてなかったら勘のいいにこちゃん達に絶対気付かれていたね。追ってこられてもいいようにもう少し距離を置かなきゃ。

 十五分ほど前に降りてきたエスカレーターを使おうと思って顔を向けると、大量の人が乗り降りしていてすぐには乗れない状況。下に降りるのを待っている間ににこちゃん達に見付かったら本末転倒だし……あ、今四字熟語を自然と使っちゃった! なんか頭良くなった気がする! 普段の生活であんな難しい言葉が出るなんて、かよちんの言う通りやっぱり凛はやればできる子なんだね。

「ちょっとー! 待ちなさーい!」

 うんうんと自分の頭の良さに酔いしれていたのにゲームセンターの中からにこちゃんの叫び声。こうなったらエスカレーター乗らずに他の場所から降りよう。

「にこっち、いた?」

「逃げられたみたいね……それしてもあんた達こんな所で何してたのよ!」

「クレーンゲームだよねー」

「えぇそうね」

「はぁ……あとでえりちはお説教、穂乃果ちゃんは海未ちゃんに報告やからね」

「えぇ!?」

 騒いでる声が聞こえるけど足を止めずに穂乃果ちゃんから貰ったラーメンの形をした小さなぬいぐるみを走りながらリュックにしまい、自然と口元が緩くなったままの顔で通路を走る。

 あとは下へ降りて正面玄関から出るだけ。ここからエレベーターと階段は一番奥、エスカレーターも凛が走っている方向だと二百メートル先ぐらいにしかない。でも希ちゃんとにこちゃんの鋭いコンビ、穂乃果ちゃんと絵里ちゃんのわりと天然だけど勘が鋭いコンビから無事逃げ切ったんだしなんとかなるよね。


「なんとかなるかなぁ」

 さっきまで休日のショッピングモールを能天気に走っていた自分を呪うようにぼそっと呟いて歩き続ける。四人から逃れる為に全力疾走していて周りの視線に気付いたけど、土曜日のショッピングモール内を走る高校生ってかなり恥ずかしいような。しかもこんなに綺麗なワンピース着て走っちゃったよと、見なくてもわかるくらい顔が赤くなりトボトボ歩き始めて早十分。幸い絵里ちゃん達が追ってこないからここからはゆっくりと出口を目指そう。

 途中途中で雑貨屋さんや本屋さんを見かけて無意識に体が傾いて入っちゃいそうになるけど、心の中で我慢しないとダメ! と叫んで長い長い通路をまっすぐ歩く。似合いそうなスカートを見付けて入りそうになって自重してやめてまた歩く。スマホの専門店を見付けて入りそうになり……こんな事を何回も繰り返してジグザグに歩いていたせいでとうとう、クキュゥ……というお腹の虫さんからご飯コール。

 ギリギリに朝起きたせいで朝ご飯食べてないんだった。それに牛丼食べようとして水こぼして着替えて逃走劇が始まって本当にツイてない。

「ご褒美くらいあげてもいいかにゃぁ」

 このショッピングモールでのご褒美とはたった一つ。

 ラーメン。

 よく行くラーメン屋さんは、フードコートがある三階とは違って、今いる二階のずっと奥にあるもう一つの小さなフードコートでひっそりとやっているお店。三ヶ月前に偶然見付けて、フードコートのチェーン店だからそこそこの味なんだろうなぁとバカにして一口目。その時の衝撃は昨日の事のように思い出せるし、あまりの美味しさに高校やめてラーメンの修行を積もうかと思ったくらい。

 それほど衝撃的だった味と大将さんの暖かさは今では二週間に一回のご褒美。正直毎日でも食べたいけどあんなに美味しいラーメンはこのくらいの頻度がちょうど良い気がする。

「でも今日はたっくさん頑張ったからいっか。お昼ラーメン食べよっと」

 ギリギリ残ったお小遣いを使うのはもったい気がするけどまた貯めればいいか。早速ラーメン屋さんまで……また走ったら怪しまれる上に四人に見付かりかねないから歩こう。

 それにしてもまさかあの四人がここにいるなんてね。こうなるんだったらワンピース諦めてかよちんと真姫ちゃんに誘われたまま遊びに……あ。昨日、二人が誘ってきた時の言葉が一瞬にして蘇る。

 かよちんが言っていた皆で遊びに行こうって話が出ているの、という話。

 そして真姫ちゃんの久しぶりのμ's全員であちこち回るんだから来るわよね? というお誘い。ここでやっとどれほど危険な立場に置かれているか気付いてしまった。

「皆で遊びに行くってここのショッピングモールだったんだ……」

 気付いた瞬間クラっと目眩がして脱出する事なんて不可能なんじゃないかと頭が抱えてしまう。だって皆って事はあの四人だけじゃなくて残りは海未ちゃん、ことりちゃん、そしてかよちんと真姫ちゃんまでもいるって事。誰にも見られないで隠れたままここまで来れたのならまだ希望はあった。

 でもサングラスとマスクとワンピースという変人スタイルで二回も逃走しちゃった凛はもう完全に怪しい人認定を受けちゃっている。正面玄関まで誰にも会わずに行けるかなぁ……今更心配しても遅いしとにかくラーメン屋さんで元気もらってそれから考えよう! よし、もう道草なんかしないもんね。気になるお店があっても入ったりなんかしないもん! 

「あ、お客様ー、ちょっとお時間いただけますでしょうかー?」

「にゃ?」

「今ぁ、新作ネイルの体験会をしてましてぇ、よかったらどうですかぁ?」

 あまり興味のないネイルのお店を素通りしようとしたら、ゆっくり喋る店員さんに引き止められしまう。じっと見つめてくる視線から逸らすようにお店の方を見ると言葉通り、のぼり旗には無料の体験会! とか、奇跡の新作! とか。

 よく見るとお店の中にはお客さんと店員さんが入り混じってすごい事になってる。あの中に混ざってネイル体験ってのも嫌だなぁ。追われている身だしちゃんと断ろう。

「すいま、」

「お客様ならぁ、もっともっと可愛くなれると思いますよぉ」

「か、可愛く?」

 サングラスとマスクを付けているのに可愛いなんて気を引く為に適当な事言ってるにゃ、と通り過ぎようとするも足が止まってしまう。正直、ネイルやマニキュアって爪によくわかんないの塗ったり固めたりするから少し不安があったけど……興味がなかったわけじゃない。いつか機会があってあんな風にオシャレな事できたらなぁってずっと思ってた。

「……よ、よろしくお願いします」

「わかりましたぁ。マスクとサングラス付けたままでもいいので、奥の席でお待ち下さいねぇ」

 可愛くなるという誘惑に負けちゃってネイル体験へ。ま、まぁあんなに人で混み合っているんだから絵里ちゃん達がこの前を通ってもバレないよね。うん、大丈夫大丈夫。自分を甘やかしてネイルの専門店に入ると女の子の話し声とお店中に置かれたネイルが光ってて宝石箱みたい。ずっと憧れていた女の子のお店に女の子のワンピースを着て入る。何だかすごく遠回りしてやっと来れたって感じだけど中々悪くないね。あ、サングラスとマスク取らないとおかしいよね。

「お客様こちらでお待ちくださーい」

 促されるままズラッと横に一列に並んだイスに腰掛け荷物を足元に。両隣は誰も座ってなくて他のイスは全部埋まっちゃってる状態。店員さんが慌ただしくあっちに行ったりこっちに行ったりして大変そう。

 ふと顔を逸らすと二つ横にネイル体験をしている人がいて店員さんと何か話しながらネイルを塗ってもらっているみたい。凛もあの淡いピンクがいいけど選べるのかなと思いテーブルに視線を落とすと、こちらから色を選んで下さいと大きく書かれた紙の下に色とりどりのネイルの写真。こんなにたくさんあるなら選び放題だし指一本ごとに違う色とかやってみようかな。いやでもバランスが大変な事になるし……

 少しドキドキしながら写真を眺めつつ、店員さんを待つけど忙しいのか中々やってこない。ネイルやりたいけとこれ以上待たされるのも、

「ちょ、ちょっと押さないで下さい」

「いいからいいからっ」

 お店を出るかどうか迷っていると背後から聞き覚えのあるような声が聞こえて、その本人の顔が脳裏をよぎった。いやいやいや、こんなタイミングよく出会うわけがない。そりゃあ絵里ちゃん達と出会ったのは不運だったけど三度目の正直ってよく言うよね。

「ことりは強引過ぎますって」

「たまには海未ちゃんもこういう可愛いのを体験しなきゃメッだよ? あ、ここ空いてるから座ろっか」

「皆に怒られても知りませんよ?」

 まさかの両隣に座ってきたことりちゃんと海未ちゃんに気付かれないように、ものすごい速度で頭を下げてマスクとサングラスを付ける。なんで両隣になんか座るの! 他にも席が……あー、空いてないね、満席だねぇ。

 それにしても不幸過ぎない? 朝から皆にあって三度目はないって思っていたのに……そういえば二度ある事は三度あるってことわざがあったなぁ。でも挟み込むように座らなくても……待って、挟み込まれた方が都合がいいんじゃない? だって間に知らない人がいる状態であの人見知りチキンの海未ちゃんがことりちゃんに話しかけるわけがない。マスクとサングラス付けているんだし、このまま何もしないでただネイルを楽しんでいれば大丈夫。

 よかった、変にビクビクして冷や汗かいちゃったよ。ふぅ、と安心してため息をこぼしたその時、右肩をトントンッと叩かれる。ようやく店員さんが来てくれたんだね。

「あの、すいません」

 右隣にいた海未ちゃんに突然声をかけられて口を動かすも言葉が出ない。は、話しかけないはずじゃあ……!? 

「もしかして、その」

 モジモジと小声で何か呟いているけど緊張し過ぎて何言ってるのか全然聞こえない。気付いたけどことりちゃんに悟られないように配慮して……さすが海未ちゃん。皆から逃げきれずとうとう見付かった凛にも情けをかけてくれるなんて。これが海未ちゃんの優しさなんだね。わかったよ、今すぐ皆の所に行って謝るよ! 

「海未ちゃ、」

「イーストハートの方ですか?」

「は?」

 イーストハート? どこかで聞いた事あるような。

「海未ちゃんどうしたのぉ。知り合い?」

「いえいえ、サングラスをかけていますがどこかで見た事あると思っていたのですがなんとこの方はイーストハートの方なんですよ!」

「イーストハート……あぁ、この前にこちゃんが最近注目のアイドルグループだって言っていた三人組の?」

「そうなんです! いやぁ、こんな所でお会いできるなんて。握手お願いしてもいいですか!」

 海未ちゃんの綺麗な手がスッと差し出されて思わず反射的に握ってしまいそうになるけど、今の凛は二人とは初対面の人にならなきゃと自分を押さえ込んで少し考える。

 イーストハート、どこかで聞いた事があるような……思い出した、昨日かよちんと真姫ちゃんが見ていた雑誌に載っていた娘達だ! なんとなく話聞いててよかったぁ。

 ここは海未ちゃんが勘違いしている人に成りきって誤魔化した方がいいのかもしれない。どうも声だけだと気付かれないって絵里ちゃん達と話している時にわかったしなんとかいけるはず。差し出された海未ちゃんの手をゆっくりと握り返し落ち着いて答えた。

「ど、どうもー」

「私の仲間が、同じ東京組としてかなり注目してまして。ダンスのキレがすごいですね!」

「あはは……ありがとうございます」

「ん?」

「なんか今、あれれ?」

 知らないうちに何かしちゃった? もしかしてマスクとサングラスがズレてたりはしてないか。二人とも何も言わずにじっと凛の顔を見たまま固まって少し経った後、口を開いたのは海未ちゃん。

「いつもの語尾はないんですね」

 え、語尾? 

「いつもなら語尾にワンを付けるという特徴的なキャラですが……ひょっとして人違いでしたか?」

「そ、そんな事ないワン! イーストハートだワン!」

「あ、今のです今の! 生で聴けるなんてラッキーですよことり!」

「海未ちゃんはしゃぎ過ぎだよぉ」

「ことりはこのお方がどれほどすごいかわかってないのです。ダンスのキレは凛並み、キャラ作りはにこ並み、そしてイーストハートを引っ張るリーダーシップは穂乃果並み。ハイブリットアイドルなんですよ!」

「へぇー」

 握り拳をワナワナと震わせて熱く語る海未ちゃん。もっと他の事を語るならかっこいいんだけどなぁ。

「ことりはまだすごさがわからないようですね……ではわかりました。あの、失礼だとは思うのですが一つだけいいですか?」

「は、はいワン」

「ありがとうございます。ライブ映像も拝見したのですが例の自己紹介のポーズだけお願いしたくて……」

「ぽ、ポーズ?」

「はいっ!」

 期待の眼差しで見つめられるけどポーズなんて知るわけがない。アイドル雑誌もチラッと見ただけだけどどうにか思い出せれば……うーん。

「やっぱりダメですか?」

 そんな寂しそうな目で見ないでよ、だって知らないんだもん。いやでもこうなったら、全く知らないのなら作ればいい! 違うって言われても新作だって押し切ればいいんだよ! 

 にこちゃんがキャラ作りの為に、にっこにっこにーってやるのを見て寒いなぁっていつも思ってたけどまさか凛もやる日が来るとは。かなり恥ずかしいけど海未ちゃんの寂しそうな表情を笑顔にできるならどんな事だってやるよ! そう決意して真っ白な頭の中に全く知らないイーストハートがやりそうな決めポーズを思い描く。語尾にワンって付くんならこれしかないっ。

「わ、わんわん。いぬさんだよー」

「……」

「食べちゃうぞー。がおー、じゃなくてわんわんっ」

「……うわぁ」

「ことりなんて声を出すのですか。しかしちょっと怪しくなってきましたね。本当に本人ですか?」

「うっ……」

「海未ちゃん失礼だよぉ」

「いやいや、本人なら本人と言ってもらえればそれでいいのです。ただのそっくりさんならそれでもいい。ですが先ほどイーストハートを名乗った以上、何も知らないでただ名前を語っているのならファンとして許せません」

「海未ちゃん真面目だねぇ。なんかすいません」

 明らかに創作ポーズを間違え、海未ちゃんを怒らせて変な空気になってしまった上に笑顔どころか、寝るのを邪魔された時に放つオーラまで出しちゃってる。あんなに恥ずかしいポーズを頑張ってやったのに。

 これ以上付き合っていたらまたとんでもない無茶振りされるかもしれないしネイルなんて諦めて帰った方がいいのかもしれない。そうと決まればと躊躇しないで立ち上がろうとした腰を上げた時、

「ネイルしていかないんですかぁ?」

「ま、待たされるの疲れちゃったので……」

「そうですかぁ。またどこかで会えるといいですねぇ」

 引き止めてきたことりちゃんはニコニコしているけどいつも海未ちゃんと穂乃果ちゃんから、ことりちゃんが笑うと裏がありそうで怖いって聞かされているからちょっと身震い。今更だけどあの鋭いことりちゃんがマスクとサングラスだけで変装した凛に本当に気付いてないのかな。実は気付いていて皆に連絡した後に時間稼ぎする為にこうやってお喋りしてるんじゃ……

 こんな真っ白なワンピースを着ているのが凛だって皆にもバレてしまったら、絶対イジられる。希ちゃんに至ってはこのままかよちんと結婚やなぁとか言い出しそう。それはそれで良いけども。最悪の結末を想像してすぐにお店を出ようと二人に軽く会釈してもう一度立とうとしたら海未ちゃんがこう話しかけてきた。

「待って下さい、まだ本人確認が済んでいませんよ」

 業務的なワードが飛び出してきた。

「海未ちゃん、もう帰ろうとしているんだから、」

「ではこれで最後です。簡単な事なのでお願いします」

「……はい」

 多分ここで逃げちゃってもあの海未ちゃんなら追いかけてくるかもしれない。簡単な事だって言ってるんだし、どうにかイーストハートの人だと信じ込ませて早く立ち去ろう。

 楽観的に考えちゃってイスにどっしりを腰を降ろして海未ちゃんのいう本人確認を待つ。今更だけどなんで凛の声に気付いてくれないかなぁ。結構特徴ある声って思ってたのに……なんだけ切ない。

「この色紙にサインを書いて下さい」

「え?」

 凛が戸惑ったのを見てニヤリとしながら自分のカバンに手を突っ込んだ海未ちゃんが中から取り出したのは小さな色紙と油性ペン。

「海未ちゃん、いつもペンとミニ色紙持ち歩いてるの?」

「にこからアイドルとは自分から色紙を配るくらい献身的でなければならないと教えられたので」

「そこまでしなくてもぉ……」

 話しているのを尻目に受け取ったペンを握りしめて固まってしまう。強引に渡されちゃって書く流れになったけど……イーストハートのサインってどんなの? 

 というかサインってアレだよね。アイドルとか俳優さんがスラスラっと書くなんかオシャレなやつ。一応μ'sの皆も一緒懸命考えて穂乃果ちゃんはグルグルしているサイン。真姫ちゃんは何書いてるのか全然わかんない筆記体のサイン。そして海未ちゃんはそのまま名前を書くという斬新なサイン。

 そんな、書く人の特徴がすごく出てしまうサインを全く知らない人になりきって書くなんて……海未ちゃんがあまりにも疑うもんだからサイン書くって言っちゃったけどこればっかりは無理かもしれない。ここでもし違うサイン書いたら一発でバレちゃうしどうしよう……! 

「もしかしてインク切れてました?」

「い、いや……あはは」

 ペンを持つ手が小刻みに震え出して頭もだんだん真っ白になっていく中ただ苦笑いするしかない。そんな凛を見て海未ちゃんの表情も少しづつ険しくなっていく。簡単にやるなんて言わなきゃよかったとマスクとサングラスで隠れた真っ青な顔を浮かべているとことりちゃんがこんな一言を。

「……あ、書けない理由わかったかもしれないよぉ」

「ことりも気付きましたか。やはりこの方はただの似ている人、」

「きっとアイドルの時とプライベートを分けたいんだと思うよぉ」

「分け、たい?」

 ことりちゃんのフォローに首を傾げて聞き直す海未ちゃん。このままサインを書く話がうやむやになってくれないかな。

「にこちゃんがいつも言ってるでしょ? オンオフをできるアイドルは本物だって」

「たしかに……つまりこの方も今はオフを楽しんでいて特徴的な語尾や得意ポーズ、サイン諸々を封印して普通の高校生を楽しんでいたと?」

「うん。変装までしてネイル体験しに来たのに海未ちゃんが声かけて、いろいろお願いしちゃうから渋々お願いを聞いてくれているんだよ?」

「なのに私は疑っていたとは……あまりにも記事に載っていた事と違いすぎていたので、何も考えずに本人か確かめるなんて私は最低ですっ!」

 実際違う人なんだけどここはなりきって穏便に話をつけないと。

「じゃあ私はこれでっ」

「なんと寛大な……ありがとうございました!」

 座りながらの状態でおでことおへそがくっつくんじゃないかと思うくらい深々とお辞儀をする海未ちゃんと、意味ありげにニコニコしていることりちゃんに会釈して足元に置いてあったビニール袋を掴みようやく立ち上がる。振り向ってそのまま出口まで進もうとしたけど倍以上の混み具合を見て思わず足がすくんでしまった。どうにか空いている隙間を見て抜け出そうとした時に、背後からコソコソとこんな会話が聞こえてきた。

「優しい人でよかったねぇ」

「はい。アイドルの鏡です」

「そういえばあの人、イーストハートのなんて人なのぉ?」

「えっと……すいません、喉まで出かかっているのですが思い出せなくて。今スマホで調べてみます」

「うん」

「……おや」

「どうしたの?」

「ネットニュースによると海外でのライブの為に一昨日、日本を発ったと書いてあるのですが……」

「もしかして海未ちゃんの言う通りそっくりさん?」

「そうみたいです。少し話を……」

 海未ちゃんがこちら側に振り返る時にはもう凛は人混みの中に飛び込み、もみくちゃになりながら必死に出口に進んでいた。あちこちぶつかりながら強引に進んでいきようやく脱出した頃には十メートルも走ったわけでもないのに汗だく。ほとんどは冷や汗だと思うけどすんごい疲れた。なんでネイル体験するだけなのにこんな体力使っちゃったんだろう。というかネイル体験してない。

 後悔したまま再度、寄り道なんか絶対絶対絶対しないと誓ってラーメン屋さんへ。今はもう大将のへいお待ち! って掛け声と黄金のスープの事しか考えられない。その二つだけに集中すれば他の誘惑なんて視界に入るわけがない。このまま何も考えずにショッピングモールの奥へと進もう、そう決めて空腹と体力と精神力の限界を感じながらフラフラと歩き出した。


 ネイルショップから結構歩いた気がするのにラーメン屋さんの案内看板すら見当たらない現実に嫌になっちゃう。ただワンピース着たかっただけなのにどうしてこんな事になっちゃったんだろ。素直に皆に見せておけば褒められてたかもしれないのに凛のバカ。

 自分を攻めてもどうにもならないのはわかっているけどここまで疲れちゃうと、自然と後悔や嫌な事ばっかり浮かんで俯いて歩いてしまう。そのまま前も向かずに両肩が地面についちゃうくらい肩を落としてトボトボ歩いていると急にドンッという衝撃が頭から全身へ伝わる。

 あいてて、さすがに前見ないと壁にぶつかっちゃうか。恥ずかしいから誰にも見られてないか確認しようと顔を上げるとなんと目の前には女の人が尻餅をついている光景が広がっていた。

「あったた……」

「ご、ごめんなさい!」

「大丈夫、考え事していて……」

 尻餅をついた女の人がじっと凛の顔を見上げで固まった。何だろう、もしかして凛がワンピース着てて似合わないって思ってたり、

「どこかで会った事ない?」

「……っ!」

 そう言われて女の人をじっと見つめ返してようやく気付いた。前に一度だけ会ったとか、昔の先生なんかじゃ無い。そういえば三日前に会ったばっかりじゃん……かよちんのお母さん。

「その髪型にその可愛らしい動き……でもワンピースなんて着てるの見た事ないけどもしかして、」

「ごめんなさいっ!」

 かよちんのお母さんが立ち上がるのと同時に頭を下げて、残る力を振り絞って場を離れる。完全に凛だって気付く前に逃げないと。それに走り出してすぐわかったけど例のラーメン屋さんまでもうすぐ。

このまま走り切ろうとするけどお腹が減り過ぎて力も出ない。歩いているのか走っているのかわからない速度でゆっくりと奥へ。今誰かに見付かっても逃げる体力なんて残ってないから見付かりませんようにと祈ってまた歩く。そうしてようやくフードコートの入り口が見えてやっと食べられると光が見えた途端に別の問題が。

 普段は反対側のフードコートに人が集まるはずなのに今日ばかりはここも大盛況。こんなに賑わってるなんて見た事がなくテーブルもポツポツと空席が見えるぐらい。でも空いてるだけマシでこんな人混みの中なら、皆に気付かれずゆっくりラーメンも食べられる。ここまで頑張ってきた凛へ神様からのご褒美だね。

 安心して席を探すと運良くラーメン屋さんの目の前、二人用の席が空き、ささっと近付いて置いてある台拭きでテーブルを綺麗にして準備完了。ビニール袋を席に置いてラーメン屋さんへ行き、いつものラーメンを受け取って戻る頃には体力もほとんど残っていなかった。お水取ってきてないけどまぁいいか、先にラーメン食べよう。

 ずっと楽しみにしていたラーメンをいざ目の前にするとなぜか体が動かない。なんというか、やっとここまで来たんだなって達成感でお箸に手を伸ばそうとしても力が抜けている。完全に皆から逃げ切ったわけじゃないけどこのよくわからない逃走劇も終わるんだって思うと……大変だったけど楽しかったかな。

「頂きますっ」

 マスクを外して両手を合わせ、光が反射して輝くスープを一口喉に通して麺をすすると相変わらずもっちりとしたコシのある麺とスープが一つになる感覚。そこら辺にあるラーメン屋さんに比べるとはるかに美味しい。だけど何かが明らかに違っている。

 違和感を感じてもう一度スープと麺を食べてついでにチャーシューや煮卵もかじってみるけどやっぱり何か物足りない。もしかして大将さんが隠し味でも入れ忘れたのかな、なんて考えたけど周りのお客さん達の話し声が普段よりよく聞こえて気付いてしまった。

「……二人がいないからか」

 ここを見付けた時からこのラーメンを食べる時はいつも三人で食べていた。太るから嫌っていう真姫ちゃんを無理やり連れて来て、なんだかんだ言いながら完食する真姫ちゃんを見て笑ったりチャーハンだけ頼むかよちんと喧嘩しそうになったりと、いろんな思い出が浮かんできて今日も一緒に来ればよかったと反省。

 ワンピースを見られる事が怖くて一人で来ちゃったけどあの優しい二人ならきっと似合ってるって言ってくれたんだろうね。それなのに信用しないから大変な事になっちゃった。最初から二人を信じて楽しくお買い物できれば……そしてお昼ご飯にここでラーメンを食べながらおしゃべり、

「花陽、ここ空いてるわよ」

「ラッキーだね。座ろっか」

 そうそうこんな感じの二人の声……お箸で麺をすくったまま顔から下が氷漬けにされたような感覚になり、視線だけ動かすと隣の席にいたのはゆったりとした服装からでもわかるくらいのおっぱいの持ち主と高そうなファッションに身を包んんだ綺麗な人……かよちんと真姫ちゃんだ。

 な、なんで二人がここに。とにかくマスクつけ直さないと! 

「それじゃあ頂きます」

「頂きますっ」

 隣で凛が慌ててるのに見向きもせずにラーメンを口へと流し込んでいく。これはひょっとして気付いてない感じ? 一応変装しているから無理はないけど……でも仲良しの二人に気付かれないってのはちょっぴり寂しい。見付かっても面倒なのはわかるけどね。

「……ふぅ」

「真姫ちゃん? あんまりラーメン減ってないけどどこか痛いの?」

「そうじゃなくて物足りないのよね」

「あ、それわかるよ。ここで食べるといつもおしゃべりしながらだからもっと美味しく感じていたよね」

「えぇ……早く食べちゃいましょ」

「うん。これ食べてまた凛ちゃん探しに行こうか」

 お箸を手に取って一言も話さずに食べるのを再開した二人を見るとなんだかモヤモヤする。あの中に混じっていつもみたいに笑いながらラーメン食べたいよ。でもここで正体なんか明かしたら……そう悩んでいるうちにも二人の箸は進み味わう事なくとうとう完食してしまった。

「ごちそうさまでした」

「美味しかったねぇ」

 最後まで気付く事なく、談笑しながら食器を下げに行く二人を凛はただ眺める事しか……眺める……しか……

「あ、あのっ!」

 自分でもよくわからないけど、このままだと何か大事なものなくしちゃう気がしてつい呼び止めてしまった。後先考えずにやってしまったせいで真姫ちゃんが振り返ってくれたのに、上手く喋れずオロオロしたまま時間が経って真姫ちゃんの顔も険しくなる。一旦なかった事にして謝ろうと声をかけようとしたら先を越されてしまった。

「……ワンピースでラーメンなんか食べたら汚れるわよ」

「え?」

 指摘されて見てみると確かにこんなに真っ白なワンピースでラーメンなんか食べたらスープがはねて汚れてしまう。まだ目立った汚れは付いていないからセーフだね。

「せっかく似合ってるんだから大切になさい。花陽、行きましょ」

「ふふっ」

「何笑ってるのよ」

「真姫ちゃん、素直じゃないなぁって」

「……悪かったわね」

「ご、ごめんね。でも今度は三人でアクセサリーでも買いに行きたいね」

「……そうね」

 ムスッとした表情が消えて嬉しい事でもあったかのように微笑む真姫ちゃんと、さっきからチラチラと凛の方を見ながら両目をギュッと瞑ったり開けたりしているかよちん。もしかしてあれウィンクのつもりなのかな? じゃあやっぱり気付いてて……ならこれ以上隠す意味もないっか。

 皆に打ち明けるのがあんなに怖かったのに、真姫ちゃんとかよちんに似合うって言われただけでなんだか大丈夫って気がしてくる。似合わないって言われたらどうしよう、凛に合うはずがないなんて弱気になってたけど要はあれだね。

 可愛いくなるのが怖かったんだ。

 今までずっと女の子らしく振舞う事から逃げていて可愛い洋服や可愛い物や可愛い生き方にずっと憧れるだけだったのに、スクールアイドルになって可愛いがすぐそこまでやってきたもんだから、初めて見る女の子の世界がとても……難しく見えちゃった。たしかに女の子は生きるのは大変なんだと思う。凛が言えた事じゃないけどとにかくまずは……

「待って二人とも!」

 自分を隠していたサングラスとマスクをリュックに押し込んで、行ってしまう二人に向かって大きく叫ぶ。そのままこっちを向く前に走り寄ってかよちんと真姫ちゃんの両腕に凛の腕を絡ませ、いつものように……ううん、すこーしだけ可愛くなった凛はこう言ったんだ。

「かよちん、真姫ちゃん! 今から……可愛いアクセサリー買いに行かない?」

 可愛くなるには難しいし、誰かに何か言われて心が折れちゃうかもしれない。だけど今日、あちこち走り回って最後の最後にようやく気付いたからもう大丈夫。凛でもできそうなもっと可愛くなる方法、それはーーーー

「いきなり抱き付いて急に何言ってるのよ」

「怒ってるみたいだけど真姫ちゃん、顔は笑ってるよ?」

「花陽、余計な事言わないでっ」

「真姫ちゃん素直じゃないねぇ。じゃあ凛ちゃん行こっか」

「うんっ! いっくにゃー!」

ーーーー可愛くなるのを恐れない事なのかもしれない。


「お、花陽ちゃん来たね。例のブツは持ってきたん?」

「うん。ちゃんと皆の分も現像して持ってきたよ」

「ハラショー! それにしても凛が最近付き合い悪いからって尾行したらまさか可愛いワンピース買うなんて思ってもいなかったわ」

「私も同感です。それに昨日の凛の変装はすごかったですね。あれで気付かれないと思うとは、」

「海未ちゃん完全に騙されてなかった?イーストハートのそっくりさんだと勘違いしてたよねぇ」

「ことり、それは内緒のはずです!」

「そうだっけ? でも気付かないフリするのが逆に大変だったよねぇ。にこちゃんが皆に配ってたマスクとサングラスだからしょうがないけど」

「ねー。私もせめて帽子くらい欲しかったんだけどなー?」

「うるさいわよことりと穂乃果。真姫ちゃんと花陽は、あの後三人で買い物して帰ったんだから他に凛の可愛い姿撮ってないの?」

「まだ恥ずかしいから写真は撮らないでって頭下げてきたからないわよ」

「じゃあ花陽のお母さんが偶然撮影していてよかったわね。こんなハラショーな写真、部室に飾りたくなるわ」

「えりちそんな事したらバレるやん。そうだ花陽ちゃん、新しい凛ちゃん情報があるんやって?」

「そうなの! 今度のお休みに別のショッピングモールでスカート買うから付いてきて欲しいって言ってたんだ」

「スカートですか。では今度は皆で見守る作戦でも立てますかね」

「これが子を見守る親の気持ちなのかしら。いつか、こころやここあにもそんな時期がくるのかもね」

「しんみりしてないで作戦会議やるわよにこちゃん」

「わかってるわかってる。でも凛がスカート買いに行くだけでこんな大ごとになるなんて不思議な感じね」

「ことりはいいと思うよぉ?」

「私も私も! だって凛ちゃんすっごく可愛いもん!」

「可愛いから成長を見守る。当然の事ですよ。ずっととはいきませんが」

「できる範囲でね。花陽ちゃんはずっと見守りそうやけどそこら辺どう考えてるん?」

「うーん……凛ちゃんが自分の事をとびきり可愛いって気付いてくれるまでは……ね?」

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『ワンピースを着た凛ちゃんが皆から逃げる話』へのコメント

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