曜「最終列車」

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曜-アイキャッチ20



 また一つ、けたたましい発車ベルを鳴らして電車が駅を出ていった。
 乗らなきゃいけないのに、まるで根っこでも生えたみたいに私の足は一歩も動かなかった。
 もう何時間こうしているだろう。必要最低限を詰め込んだ鞄を抱えてここに座り込んでから。
 動こうとするたびに、この場にはいない善子ちゃんの、聞こえるはずのない声や見えるはずのない影がそれを押し留める。

「はぁ」

 今日何度目かのため息をつく。いくじなしの私は当分動けそうにない。
 高飛び込みなんて度胸あるねとか、いろんなことができて凄いねなんて言われることもあるけど、笑っちゃう。
 本当の私はこうして躊躇ってばかりで、電車に乗ることすらできない臆病者なのに。
 目を瞑って自嘲していると、瞼の裏に自然と色々な思い出が映し出されていった。

pixiv: 曜「最終列車」 by あめのあいまに。

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3年・夏

 うだるような暑さの中、信号待ちをする人ごみの中に私たちはいた。
 交通量の少ない広々とした通りを前に、歩行者は狭い歩道に押し込められている。

「土曜日は歩行者天国じゃないんだね」
「ええ、日曜だけね」

 私は善子ちゃんと秋葉原に来ていた。今まで衣装を買いに来たいなと思ったことは何度かあったけど、距離が距離なので来る機会はあまりなかった。

「それにしても凄い人だね」
「そうね……」

 内浦でなく沼津だって、こんなに人が集まるのはお祭りの時くらいだろう。だからだろうか、善子ちゃんは人に酔って疲れているみたいだった。

「今日は堕天使グッズを買い漁るんだってはりきってたけど……善子ちゃん、大丈夫?」
「も、もちろんよ! あとヨハネ!」
「はいはいそうだね」
「ちょっと!」

 くだらないおしゃべりをしているうちに信号が青に変わり、私たちは押し出されるように横断歩道へと進んだ。離れないようにと咄嗟に伸ばした善子ちゃんの手が私の服の裾を掴む。
 私はその小さくて可愛らしい手を、痛くないよう優しく握り締めた。

「あ……」
「ほら、こうすればはぐれないでしょ」

 私がそう言うと、善子ちゃんはそっぽを向いた。

「し、仕方ないわね。曜さんには特別にこの堕天使ヨハネを繋ぎ止める鎖としての役目を」
「あ、照れてる照れてる」
「照れてない! ほら、さっさと行くわよ」

 顔を赤くしながら善子ちゃんは、手を強く握りしめたままぐんぐん私を引っ張っていった。
 Aqoursに入ってからはバスも一緒で交流することが多かった善子ちゃんだけど、今年に入ってからは今まで以上に色々な善子ちゃんの顔を見ている。
 こうやって手を繋げるくらい距離も近くなった。ううん、手を繋ぐ以上のことだって。
 それはきっと、本来ならとても良いことだ。でも今の関係は、私が一方的に善子ちゃんに寄りかかるだけの歪な関係。
 優しい善子ちゃんはそれを跳ね除けたりはしないけど、だからこそ私は余計に辛かった。
 そしてそれでも、善子ちゃんから離れることが出来なかった。



3年・春

 雨のように桜の花びらが散るころ、私の恋も散っていた。
 私はその日、ずっと秘めていようと思ったこの気持ちを、千歌ちゃんに伝えた。
 どうしてそうしようと思ったのかはわからない。でも、私と千歌ちゃんだけだった世界が、梨子ちゃんが来て、Aqoursができて、9人になって、そうやって変わっていくうちに、私も変わらなきゃって思ったからかもしれない。
 だから、後悔はしていなかったけど、思った以上に辛かった。ううん、思った通りだったかもしれないけど、分かっていても耐えられなかった。

 多分千歌ちゃんだって戸惑ったと思う。千歌ちゃんにとって私は、最も好きな人たちの中の一人であるという自負はあった。でもそれは、けして恋愛対象としてじゃない。
 だから私に告白されるだなんて、思ってもいなかったろう。
 それでも千歌ちゃんはずっと友達でいようと言ってくれた。私のことを気遣ってくれた。
 ただ、その優しさが今は辛かった。
 私はありがとうとだけ言って、千歌ちゃんの前から逃げ出した。

「う゛ぅ、えぐっ……」
「えっ、ちょっと曜さん、どうしたの」

 校舎裏でみっともなく泣いていると、善子ちゃんに見つかってしまった。

「よ、善子ちゃん……!? なんでもないよ」
「そんな号泣しててなんでもないわけないでしょ!」

 私は慌てて誤魔化そうとしたけど、桜の雨じゃ涙は隠しきれなかった。

「その、話にくかったら無理にとは言わないけど、私で良ければ相談に乗るわよ?」

 しどろもどろになりながらそう言う善子ちゃんの不器用な優しさが、とても心地良かった。
 私の周りには、どうしてこんなに他人を思いやれる子ばかりなんだろう。私はこんなに、自分のことだけで頭がいっぱいなのに。

「今日はヨハネよって言わないんだね」
「今はそんな場合じゃないでしょ。堕天使だって時と場所くらい選ぶわ」

 まるで堕天使とは思えないそのセリフに、なんだかおかしくなってくる。

「ふふっ」
「な、なによ」

 泣いていた私が突然笑い出したので、善子ちゃんが怪訝そうにする。

「いや。ただ、善子ちゃんは善い子だなあって」
「ずら丸みたいなこと言わないで! っていうか実は余裕じゃない!?」
「ごめんごめん。……でさ、良かったら聞いてくれるかな?」

 誰にも話さないつもりだったけど、こうして善子ちゃんと話しているうちに、聞いてもらいたくなった。善子ちゃんは優しいから、きっとここで話さなくてもずっと気にしちゃうんだろうと思うし。

「ええ。私なんかじゃ頼りないと思うけど」
「そんなことないよ」

 私は首を振って、それからありのままを話した。
 千歌ちゃんを好きになった日のこと、ずっと好きだったこと、告白してフラれたこと。
 話しているうちに止まっていた涙が溢れてきて、途中から嗚咽まじりで自分でも何を言っているかわからないくらいだった。

「がんばったわね」

 それでもなんとか私が全てを話し終えて口を閉じると、善子ちゃんは私を優しく抱きしめた。

「曜さん、あなたはえらいわ。告白するなんて、それも凄く身近な人に、それってとっても勇気がいることよ。結果は残念だったかもしれないけど、頑張った曜さんはその分誰かに甘えて良いし、泣いて良いのよ。その、私で良ければいつでも構わないから」

 最後の方は消え入りそうな声で、私の頭をなでながら善子ちゃんはそう言った。

「善子ちゃん……うぁあ゛あ゛あああぁぁぁん」

 私は善子ちゃんの胸に顔を埋めて、涙が枯れるまで泣き続けた。



3年・梅雨

 私は表面上、何もなかったかのように振舞った。千歌ちゃんや梨子ちゃんとも今まで通り喋ったし、3年生が引退して元Aqoursになってしまった9人での活動にも参加した。
 だけどその実、私の心には梅雨空のように暗く厚い雲が立ち込めていた。
 それは私から何もかもを奪い去ってしまった。高飛び込みも水泳も身が入らない、勉強も、新しいことを始める気力もなくなっていた。もしAqoursが今も続いていたとしても、私は辞めてしまっていたかもしれない。

「ねえ、善子ちゃん。今日家に行って良い?」
「ええ。構わないわよ」

 私はあれから善子ちゃんと一緒にいることが増えた。善子ちゃんの優しさに、あの日の言葉に甘えていた。善子ちゃんもそれを拒まなかった。でもそれは善子ちゃんの優しさにつけこんでいるだけ。
 善子ちゃんは私のせいで花丸ちゃんやルビィちゃんと一緒にいる時間が減ってしまった。私が千歌ちゃんや梨子ちゃんから離れるのは私の意思だけど、善子ちゃんはそうじゃない。私の自分勝手に巻き込まれてるだけだ。
 それが分かっていても、曜さんが良いなら良いのよ、と言ってくれる善子ちゃんに、私は寄りかかり続けていた。

 放課後、善子ちゃんの部屋に入ると、明かりもつけず私はすぐさま彼女に抱きついた。

「善子ちゃん、迷惑かけてごめんね」
「気にしてないわ」

 善子ちゃんも自然と抱き返す。日課、とまではいかないけど、二人きりになれば始終こうしていた。こうしている間だけ、私の心は雲が晴れた。千歌ちゃんのことを忘れられた。
 もはや私は善子ちゃんなしでは立っていられないほど、彼女に依存していた。
 だけど胸の苦しさだけは、こうしていても取れなかった。

「ねえ、そういえば今日家族の人は?」

 善子ちゃんに抱きついたまま私は尋ねる。すっかり顔なじみになってしまった善子ちゃんのお母さんも、今日は見かけていない。

「いないわ。遅くまで帰ってこないって」
「それって、二人っきりってこと?」

 私は善子ちゃんを見つめる。下から眺めると、長い睫毛がよく目立つ。

「まあ、そうなるわね」
「そっか」
「なに? 珍しいことじゃないでしょ」

 見上げた善子ちゃんの唇が、言葉を紡ぐたび滑らかに動く。

「そうだね」

 胸が、苦しかった。それはいつものことだったけど、いつもと違ってドキドキしていた。薄暗い部屋、艶やかに光る瞳に私は吸い寄せられる。

「ねえ、曜さん。なんか変よ。大丈、むぅっ……」

 キスしたいと思った。思った時には、もうしていた。

「っ……ぷはっ……はぁ、はぁ」

 それは無意識だった。全てが終わってから、私はなんてことをしたんだろうと後悔した。
 一瞬の沈黙の後、立ち上がって逃げようとした私の腕を善子ちゃんが掴んだ。

「行かないで」

 善子ちゃんの瞳は濡れていた。

「ご、ごめん。私何やって……本当ごめん」

 自分でもなんでそうしたのか分からない。でも、相談に乗ってくれて、頼って良いと言ってくれて、普段から迷惑をかけている後輩の唇を、私は奪ってしまった。

「謝らないで。私は曜さんが良いなら良いのよ」
「で、でも私……っんぅ……!?」

 言い訳を続けようとする私を引き倒して、今度は善子ちゃんの方からキスしてきた。

「しつこい。私が良いって言ってるんだから良いのよ。ねえ曜さん、私はどんな曜さんでも大丈夫よ。だから辛いなら我慢しないで」

 瞬くことを忘れた瞳に映る善子ちゃんは、恥ずかしそうに赤くなり、そしてとても悲しそうな顔をしながら、それでも私の目を真っ直ぐに見つめていた。
 ねえ、善子ちゃん。どうして善子ちゃんはそんなに優しいの。こんな私を受け入れてくれるの。もう私戻れないよ。最低だってわかりながら、善子ちゃんを傷つけながら、それでもずっと甘え続けちゃうよ。

「善子ちゃん……ごめんね」
「謝らないでって、言ったでしょ」

 高鳴り続ける鼓動に追い立てられるように、私は時間の許す限り善子ちゃんを求め続けた。



3年・秋

 一時期は落ち込んでいた私の成績も見事なV字回復を見せていた。テスト結果にホッとする家族の顔を見て、私はまた他人に余計な心配をかけていたことに気づかされた。
 中間テストも終わり落ち着いた頃、私は久々にAqoursの皆と集まっていた。
 集まっていたというか、私が集めたんだけど。そこには善子ちゃん以外の全員がいた。

「ねえ曜、本当なの?」
「うん」

 果南ちゃんの言葉に私は頷く。
 難しい話ではなかった。私が東京の大学を受けることを、善子ちゃんに秘密にしてほしいというお願い。

「まあ、曜さんが決めたというなら私たちから言うことはありませんが」

 ダイヤさんはとても何かを言いたそうな顔をしながら、それでも止めはしなかった。

「善子ちゃんが可哀想なんじゃ」
「そうかもしれない。でも、このままじゃ良くないって思ったんだ。私が弱いせいで、近くにいると善子ちゃんの人生まで駄目にしちゃう。多少強引でも違う道を歩いてほしいんだ」

 私は、善子ちゃんとの関係についても皆に話していた。私に辛いことがあって、それを慰めてくれて、そしてそのまま私が甘え続けていたことを。
 流石にその辛いことが千歌ちゃんにフラれたことだというのは伏せたけど。

「ンー、曜は自分勝手ね」

 鞠莉ちゃんの言葉が胸に刺さる。

「……うん、これは私のわがまま。でも私にはこれしか思い浮かばなかったから」
「曜ちゃんは何でも自分で決めちゃうんだね」

 相談してほしかった、と言いたげな梨子ちゃん。確かに私は一人で抱えて突っ走っちゃうことも多い。だからこそ善子ちゃんという頼る相手ができたとき、加減ができず際限なく自分の気持ちを善子ちゃんに吐き出してしまった。
 去年の夏、鞠莉ちゃんや皆に心配をかけて、千歌ちゃんと本音を伝え合って、それから皆に相談することは増えたけど、このことについては自分で決めなきゃいけないって思えた。
 それに、不安そうに震える手でお互いの手を握り締める千歌ちゃんと梨子ちゃんには、やっぱり相談できなかったよ。

「曜ちゃんは、それで良いの?」
「うん……」

 こういう時一番強く反対するはずの千歌ちゃんは、事情を察してか強くは言わなかった。千歌ちゃんが悪いわけじゃないのにとても辛そうな顔をしていて、私がそうさせてしまったと思うと心苦しかった。
 でもきっと大丈夫。千歌ちゃんには、梨子ちゃんがいるから。



Trrrrr...

 ベルの音で目が覚めた。気づかないうちに寝ていたみたいだ。目を開けると外は真っ暗になっていた。
 音の割れたスピーカーから都内へ出る最終列車の発車時刻であることを告げるアナウンスが流れる。
 もう迷っている暇はない。私は慌てて鞄を掴むと目の前の電車に飛び乗った。
 すぐに扉が閉まり、電車は沼津駅を出発した。私は車窓から離れていく街の灯を眺める。
 今まで何度だって見たはずの景色だけど、今回はいつもと違った。
 もう戻らない、もう戻れない。私にとっていろいろなことが想い出になるまで、帰りの切符は買えない。

 知らない街で暮らすことへの不安。皆と離れ離れになる寂しさ。そして残してきた善子ちゃんのこと。
 いろんなことが頭の中に浮かんでは消えた。善子ちゃんは泣くだろうか、怒るだろうか。私のことを嫌いになるかもしれない。
 でもこれで良いんだよね。お互い違う道を歩んで、いつか別々の幸せを手にして再会しよう。
 このまま私が善子ちゃんを縛り続けて、善子ちゃんが私に縛られ続けても、きっと良いことにはならないから。
 言葉とは裏腹に、目から涙が止まらなかった。胸が苦しかった。

 悲しいとき慰めてくれた声、辛いとき抱きしめてくれた腕、寂しいときにいつも側にいてくれた温もり、私が泣いたときに一緒に泣いてくれた優しさ。
 そんな善子ちゃんの全てに、もう触れられることができないんだと思うと、とてつもなく嫌だった。
 ガタンゴトンと音を立てて列車が善子ちゃんから離れる度、ドクンドクンと心臓が痛いほどに脈打つ。

 そうして今更私は気づいた。善子ちゃんを好きになっていたことに。
 好きな人にフラれたって散々甘えて、一方的に感情をぶつけて、そして勝手に遠ざかって、それで好きだなんて最低だ。
 もっと早く気付けていたら、違う道を進めたんだろうか。
 どうしてこうなっちゃったんだろう。やっぱり、私が弱かったせいかな。
 ぼやけた車窓からはもう街の光は消え、真っ暗な夜だけが覗いていた。



 駅を出ると0時を過ぎていた。

「こんな時間でも、意外と人がいるんだなぁ」

 沼津や内浦とは全然違う景色を、全然知らない人が通り過ぎていく。
 ここには誰もいない。何もない。一からやり直すなんてことが、本当にできるのかな。
 不安になって立ち尽くしていると、人影が一つこちらに寄ってきた。
 え、なに。初っ端から絡まれるの? 怖い、こういう時はどうしたら良いんだっけ。

「遅い!」
「ひぃ」

 足が竦んで逃げられない私を、その影が一喝した。

「え、なんで」

 それは、ここにいるはずのない、私の良く知ってる人だった。

「善子ちゃん!?」
「いつまで待たせる気よ!」
「え、なんで? どうしてここに?」

 事態が飲み込めない私に善子ちゃんが説明する。

「千歌さんが教えてくれたのよ。私のせいでごめんねって言ってたわよ。まあ、曜さんを悲しませた人だから言ってやらなかったけど、私は千歌さんには感謝してるくらいなんだけどね」
「それって……んむぅ……」

 どういう意味、という言葉は言わせてもらえなかった。

「……ぷはぁ……鈍いわね! 私は曜さ、曜! あなたのことが好きってことよ!」
「ええっ?」

 突然の告白に驚く私に、善子ちゃんが顔を赤くする。

「で、どうなのよ?」

 善子ちゃんは照れ隠しのように私に答えを迫る。
 深夜の東京、いるはずのない善子ちゃんがいて、私に告白をしている。
 何もかも夢みたいだった。

「私、嫌な女だよ。善子ちゃんに迷惑もかけちゃったし、これからもかけちゃうよ」
「そうかもね」
「千歌ちゃんのことがずっと好きだったんだ」
「知ってる」
「善子ちゃんの都合なんて考えずに甘えてばっかりだったのに、今更好きだなんて都合が良すぎるよね」
「私も好きよ」

 善子ちゃんは私を真っ直ぐ見つめていたけれど、その肩は震えていた。
 告白するなんて勇気がいることよ、と善子ちゃんのあの日の言葉が蘇る。告白した時の自分のことを思い返す。
 こんなところまで追いかけてきて、私なんかより善子ちゃんの方がよっぽど強いし勇気があるよ。
 私は、いつも善子ちゃんがそうしてくれるみたいに、善子ちゃんを優しくギュッと抱きしめた。
 また傷つけちゃうかもしれない。また迷惑をかけてしまうかもしれない。
 でも、好きだって気づけたから、好きだって言ってくれたから、私が好きな人が好きな私は、前よりもう少し頑張れる気がした。

「好きです、付き合ってください」

 昨日までとは違う、けれど別々でもない、二人一緒に並んで歩く新しい道の第一歩を、私たちはその言葉とともに踏み出した。







 駅を出ると善子ちゃんが思い出したように言った。

「あ、帰りの電車ないから今晩はよろしく」
「ええっ! 部屋開くの明日だし、ホテルはシングルしか予約してないよ?」

 まさか善子ちゃんがいるなんて思ってなかったからね。

「もう一人くらいなんとかならない?」
「いや、善子ちゃんお金ある?」

 私の通帳なんかは荷物と一緒にトラックの中だ。届くのは多分明日の午後。
 財布には最低限のお金しか入ってない。

「ICカードには入ってるけど、現金はないわ!」
「そっか……」
「仕方ないじゃない、こんな遅くなるなんて思わなかったんだから。不幸なことに深夜バスも埋まってたり欠便だったりで取れなかったし」

 うっ、それを言われると何も言えないよ。
 善子ちゃんが東京に向かってるその裏で、善子ちゃんのことを考えて沼津を出れなかっただなんて、なんだか笑えないね。

「わかった」

 私はホテルに泊まるのを諦めて、別の場所で夜を明かすことにした。
 ホテル代はもったいないけど、このまま夜の街に善子ちゃんを置いていくわけにもいかない。

「どこへ行くの?」
「ついてからのお楽しみだよ」

 見慣れない街を適当に歩いて、目当ての店を探す。それは程なくして見つかった。

「今夜はここで過ごそう!」

 派手なライトに照らされたお店の前で、私は立ち止まった。

「ここは……カラオケ?」
「今夜は寝かさないからね!」

 いろいろあったからか深夜だから、はたまたその両方か、私は変なテンションになっていた。

「なかなか大胆なこと言うわね」
「そ、そういう意味じゃないから」
「冗談よ」

 私たちはそこで朝まで歌い尽くした。朝になる頃には私はグロッキーだったけど、善子ちゃんはまだまだ元気そうだった。
 一つしか違わないはずなのに、私にはない若さを感じる。去年の私だったら絶対、朝まで熱唱する側だったのに。
 店を出て見送る私を、ここで良いわと善子ちゃんが駅前で留めた。
 駅舎へと消える前、善子ちゃんは振り替えて叫んだ。

「曜さん! 来年は絶対こっち来るから! 今から覚悟しておきなさい!」
「うん! 待ってる! それまで私も頑張るから!」

 私も手を振ってそれに応えると、善子ちゃんは満足そうな顔をして、今度こそ駅へ入っていった。
 立派な後輩に幻滅されないよう、私は改めて頑張ろうと決意する。
 昨日より色づいて見えるこの世界を、今度こそ後悔しないように真っ直ぐ進み続けよう。

「ヨーソロー!」

 天へ向けて久しぶりに出た私の口癖は、並び立つビルよりも高く飛んでいって、白み始めた空へ消えていった。


おしまい
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