善子「わたしの一番特別な日」

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善子-アイキャッチ33
善子「…」チラッ

何度目だろうか、時計の針を見るのは。

「津島さん、それが終わったらこれもお願いできるかな?」

善子「いえ、でも…」

「納期が厳しいの。どうしてもっていうなら他の人に回すけど…」

善子「わかりました…やります」

pixiv: 善子「わたしの一番特別な日」 by しずく饅頭

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内容としては単純な書類整理。
だけど、それもこれだけの量になってくるとかなりの苦痛だ。
必要別に整理した書類を元に後の行程の仕事が進む。
つまり、単純な作業だけどこれをやらないと全体の遅れへと繋がってしまうわけだ。

善子「せめて、9時くらいには帰れるかしら…」

デスクの隅に置いてある携帯のランプはメッセージが来ていることを知らせてくれる。
残業であることを連絡すると、いつものように頑張ってね、と返してくれる。
それだけで早く帰ろうという気力が湧いてくるんだから、わたしの恋人の力は偉大だ。

善子「何枚あるのよ…」

でも、それもさすがに継続時間が限られる。
3時間を超えて単純作業を繰り返すのは体力というより精神的に疲労する。

善子「帰ったらディナー…帰ったらディナー…」ブツブツ

まるで自己暗示をかけるように呟きながら作業する。
隣のデスクで同じ作業をしている同期からの視線など気にしない。
そもそも、むこうもわたしがそういう人間であるということは理解しているのだから。

善子「よし…これで終わ…」

時計の針が10時を指そうとした頃、ようやく作業が終わりを迎え

「津島さん、ごめんこれできる?」

なかった。

善子「は、はは…」

希望は、潰えた。

───
──


善子「…」

もはや意味などなくなったが、時計を見て現在時刻を確認する。

0時32分

日付は変わっていた。

───
──


善子「ただいま…」

声を潜め、あまり音をたてないように扉を施錠する。
住んでいるのはマンション。
部屋に入ればリビングの電気が消えていることなどすぐにわかった。

善子「…」

心にのしかかるのは、罪悪感か、それとも…

パチッ

善子「なっ…!」

梨子「…」スヤスヤ

電気をつけて飛び込んできたのは、ラップをかけた料理の前に突っ伏して眠る恋人の姿だった。

善子「ちょ、梨子、こんなところで寝てたら風邪引くわよ」ユサユサ

梨子「ん…よっちゃん…?」

善子「ただいま。ほら、寝るならベッドに…」

梨子「ううん、大丈夫。それより今帰ってきたばかりだよね?ごはん食べるよね」

そう言うと椅子から立ち上がり、おかずの乗った皿を手に取る。

善子「い、いいから。梨子はもう休んで?」

梨子「…うん。わかった。そうさせてもらうね」

善子「っ…!」

その笑顔があまりにも悲壮感に満ちていて、思わず梨子の手をとり、抱き寄せる。
募る罪悪感に押しつぶされそうで、支えが欲しかったのかもしれない。
自分がまいた種だというのに…
わたしは弱い。

梨子「よっちゃん…痛いよ?」

善子「ごめん…なさい…」

梨子「どうしてよっちゃんが謝るの?」

善子「だって、だって今日は…梨子の誕生日なのに…!」

梨子「あはは…大げさだよ。わたしの誕生日はまだ20時間以上続くんだよ?」

善子「違うの!自己満足でしかない…でも、一緒にその瞬間を過ごしたかった…一緒にいたかった!」

仕事中に溜まった鬱憤も、募った罪悪感と共に吐き出していく。
どうしてこんなに必死なのか、伝わらなくてもいい。
でもね、わたしにとって今日という日は…!

梨子「ねえよっちゃん。昨日が何の日だったのか、覚えてる?」

善子「…え?」

昨日…?
つまり、9月18日。
梨子の誕生日前日…
違う。
そうじゃない。

梨子「わたしとよっちゃんが同棲を始めてから、丁度1年だったんだよ」

善子「そう…ね」

忘れていた。
目の前にある恋人の誕生日に霞んで、見えなくなっていた。
そんな大事な記念日が。

梨子「去年、このマンションに荷物を運び込んできたときのこと覚えてる?」

善子「ええ…二人で少しずつの私物だけ持ち寄って、あとは二人で家具を選んで」

梨子「二人で届いた荷物を整理して、二人で重たいものを運ぼうとして転びかけて」クスクス

善子「時間もないからって二人でお昼にカップ麺食べたわね。電気ケトルを探す時間を考えたら、料理作るのとあまり変わらなかったりして」

梨子「うん。それから二人で買った棚を組み立てようとして」

善子「二人とも天板とかの付け方がよくわからなくて、二人であれこれ試してみて」

梨子「説明書が最後に箱から出てきたときは二人で大笑いしたよね」

善子「それで、二人の寝室だけどうにか片付いて」

梨子「二人で晩御飯はなににしようかって話しながらベッドに転がって」

善子「そして…二人で…」

梨子「あのときね、日付が変わった瞬間にわたしを抱きしめながら、よっちゃんこう言ってくれたよね」

梨子の口が紡ぐその言葉は、今でも一言一句違わず思い出せる。

「今日という日に生まれてきてくれて、わたしと出会ってくれて、本当にありがとう。わたし今一生分の幸福をかみ締めてるよ」

少し恥ずかしいけど、正真正銘わたしの本意。
昔からずっと不幸体質だと思っていたわたしの、人生最大の幸運。
それは、梨子と出会えたことなのよ。

梨子「実はあの言葉ね、わたしも同じ気持ちだったよ」

善子「同じって…?」

梨子「一生分の幸福をかみ締めてるって…わたしもそうだった」

梨子「大好きな人とひとつ屋根の下で暮らし始めたこと。自分の誕生日を、愛する人が一番近くで、誰よりも早く祝ってくれたこと。そんな人が、わたしを選んでくれたこと」

目を閉じて、ひとつ、ひとつ。
指折り数えながら語って聞かせてくれる。

梨子「どれもがわたしにとって人生で最高の幸福だった。だからね、わたし少しくらいの不幸なんて気にならなくなっちゃった」


梨子「だって、補って余りある幸福を毎日感じてるんだもん」

善子「梨子…!」

愛したその人の、柔らかで温かな微笑みが眩しくて。
溢れる感情に突き動かされるように抱き寄せた。

善子「ありがとう…大好き。この世の誰よりも…愛してる」

梨子「わたしも。心の底から、誰よりもあなたを愛してる」

どちらからでもなく、二人の距離は0となる。

───
──


梨子「そういえば、今年はまだよっちゃんの口から聞いてない」

善子「あ、それもそうね」

梨子「…ね、言って?」

善子「もちろんよ」


善子「今日という日に生まれてきてくれて、わたしと出会ってくれて…本当にありがとう。お誕生日おめでとう、梨子」




おわり
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