たとえ言葉にできずとも

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ダイヤ-アイキャッチ13


 私は私を見ていました。いえ、けして哲学的な話ではなく。
 私は幼い頃の、それこそまだ鞠莉さんとも出会う前の、私と果南さんを俯瞰していました。
 黒髪を不安そうに揺らしておどおどとした私と、今よりもっと少年のようだった果南さんを。
 もちろんこれは夢なのですが、もうとっくに忘れてしまった、幼い頃の記憶でしょうか。それとも。

「ねえ、ダイヤ」

「な、なに? 果南ちゃん」

 揺れる満月を映す海の前で、私たちは向かい合う。

「私、ダイヤのことが大好き! いつまでもずっと一緒にいようね」

「うん。私も。果南ちゃんのこと大好きだよ」

 いえ、これは泡沫の幻ですわね。
 子供の頃の私たちは、こんな夜中に二人きりで海になんか来れないはずです。
 それに――。

pixiv: たとえ言葉にできずとも by あめのあいまに。

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 目を開けるとそこは見知らぬ天井などではなく、見慣れた私の部屋でした。
 雨戸の隙間から漏れる光で、朝が来たと分かりました。
 だいたい鳴る前に起きてしまうため役目を果たすことの少ないアラームをOFFにして、私は体を起こします。

 夢というのは記憶の断片だとよく言われますが、それなら記憶にない夢はなぜ見るのでしょうか?
 昔の人は夢の一つ一つにもいろいろと意味を見出しました。
 夢に出てきた人は自分に会いに来てくれているんだなんて、なんとも都合の良い考え方が主流だった時代もありました。
 今でも夢占いとか正夢などは、信じる信じないは別にして、人々の話題にあがりますが。

「さて」

 いつまでも夢に思いを馳せてはいられないというのは、その忙しなさを嘆くべきか充実してると喜ぶべきか。
 まだ夢の中にいたルビィを起こして自身も支度をします。
 生徒会の仕事もあるのでルビィを待たずに外へ出ると、そこには果南さんがいました。

「珍しいですわね」

「なんだかダイヤの顔が見たくなっちゃって」

「そういうことばかり言ってるといつか刺されますわよ」

「?」

 学校でもダイビングスクールでも、こうやってさらっと思わせぶりなことを言っているんでしょう。
 私たちはもう慣れてしまいましたが、耐性のない方はクラッときてもおかしくありません。
 そして誕生日やバレンタインデーの人気ぶりを見るに、それは間違いないかと。
 本人に自覚なしなのが、一番怖いところですが。

「それでは行きますか」

「うん!」

 こう屈託のない笑顔をされると、すっかり毒気も抜かれてしまいますね。
 まあ果南さんなら修羅場になってもなんだかんだ上手いことまとめそうですし、痛い思いをしたらそれはそれで自業自得。その時反省すれば良いでしょう。

 朝日の下、果南さんが歩くたびに頭の尻尾もぴょんぴょんとリズムカルに揺れていました。
 その動きがなんだか気になって、ついついそれを目で追ってしまいます。

「ねえダイヤ」

「なんですか」

 そんなことをしていると不意を突くように果南さんが話しかけてきましたが、努めて冷静に聞き返します。
 ポニーテールに見惚れてましたなんて、回りまわってルビィの耳にでも入ることがあれば、姉としての威厳に傷がつきますから。

「今日、放課後遊びに行かない?」

「それはまた急ですわね」

 確かに今日はAqoursの活動もお休みですが。
 そんな改めて遊ばなくても、ほとんど毎日一緒にいますのに。

「ダイヤさ、最近生徒会やAqoursの活動で忙しいでしょ。習い事だって続けてるし、たまにはリフレッシュさせてあげたいなって」

 そう言えば最近、果南さんと二人きりということもあまりなかったですね。
 鞠莉さんが帰ってきたり、Aqoursに入ってスクールアイドルをしたりと、いろいろありましたから。
 ここは果南さんの気遣いを素直に受けるとしましょうか。
 それにしても。

「果南さんでもこういう時は照れるんですわね」

「どういう意味~?」

 少しだけ顔を赤くした果南さんに、いつもなら言わないようなからかいの言葉をかけて。
 放課後まではまだ遠いですが、もう既に私の心は弾んでいました。



 帰りのHRが終わるやいなや、果南さんが私を急かします。

「ほら、ダイヤ。早く早く」

 なんだか今日の果南さん、子供みたい。
 いつもの快活さとも違うその様子が、なんだか微笑ましいですね。

「鞠莉さんは本当に来ないのですか?」

「二人のデートを邪魔するほど野暮じゃないわ」

「そんなんじゃありませんよ」

 鞠莉さんを置いて遊びに行くというのが少し気がかりでしたが、この調子ならあまり気にしなくて良さそうですね。
 それに彼女も理事長としての仕事で忙しいでしょうし。
 三人で遊ぶのはまた別の機会にしましょう。

「ほーら、ダイヤ。時間なくなっちゃうよ」

「もう。今行きますわ。それでは鞠莉さん、また明日」

「チャオ~。楽しんでらっしゃーい」

 いちおう私のリフレッシュという名目だったはずですが、果南さんったら自分が遊ぶ気満々じゃないですか。
 私としても変に気を遣われるよりは、そちらの方が好ましいので良いのですが。

 ふりふりと手を振る鞠莉さんと別れて、私たちは秋の街へと向かいました。





 最初に訪れたのは水族館でした。
 果南さんがあまりにハイテンションだからスポーツとかダイビングとか言い出してもおかしくないと思ってたので、これは意外でした。
 平日夕方の水族館は人もまばらで、幼少の頃何度も来た場所ではありますが、その時とはまた違って見えます。

「ここなら落ち着けるかなって思って」

「ありがとうございます」

 時間というのは水族館の閉演時間のことだったんですね。
 ある程度ゆったり見るには、確かにあまり学校でのんびりしてる暇はありませんでした。
 ゆったりするために急ぐというのも、少し不思議な話ですが。
 でも、果南さんが私のことを考えてくれていることが伝わってきて、それがとても嬉しいですわ。

「実は私、結構ここ来るんだよね」

「あら、そうなんですか。水族館に来るくらいなら本物の海に行くものとばかり」

「確かに海の中は水族館とは全然違うよ。でも逆に言えばここにもここにしかない景色があるって思うんだ」

 ゆらゆらと揺れるクラゲの群れを見ながら、果南さんがそう呟きます。
 その瞳は少年のようにキラキラと輝いていました。



 水族館を出るともう大分良い時間でした。
 最近は日が暮れるのも早く、辺りもすっかり薄暗くなっていました。

「せっかくだしもう少し回ってこうよ」

「仕方ないですわね」

 私としてはもう十分リフレッシュさせていただきましたが、ここは果南さんに付き合うとしましょうか。
 お礼というわけではないですが、楽しませていただきましたし。
 それに久々の二人きりの時間、私ももう少しだけ続けたい気持ちもありました。

「ほら、あそこ行こ?」

「和菓子ですか。夕食の時間も近いですが」

「ちょっとだけなら大丈夫だって」

 普段ならこんな時間に間食などしませんが、私も甘いものには弱いですから、こういう日なら良いでしょうと自分に言い訳をします。
 お店に入ると私たちは味の違う鯛焼きを買いました。

「ダイヤ、そっちのも食べさせて」

「あ、こら」

 果南さんは返事も待たずに私が手に持った鯛焼きに齧りつきます。
 餌に寄ってくる魚みたい、なんて一瞬思ってしまいました。

「ほら、代わりに。あーん」

 今度は果南さんが私に鯛焼きを差し出してきます。
 こんな公道の真ん中で破廉恥な……いえ、人目は全くありませんが。
 しかし、これでは本当にデートみたいではありませんか。

「……美味しいですわ」

 とはいえ、結局私は差し出された鯛焼きを一口いただきました。
 私だけが食べられたのでは収まりがつきませんから。
 これは釣り合いをとるため、仕方のないことなのです。

「でしょ?」

 チョコ味なんて邪道と思ってましたが、これはこれで美味しいですね。
 でも、なんだかちょっと甘すぎますわ。
 それはチョコのせいだけではないのでしょうけど。





 気づけば空には月が浮かんでいて、夜になっていました。
 流石にもうお店も閉まっていますし、今日はこれで終わりでしょうか。

「ねえダイヤ」

 そんなことを思っていると、果南さんが口を開きました。

「最後に海を見に行かない?」



 二人並んで夜の海を眺めます。
 見慣れたはずの内浦も、満月に照らされてなんとも幻想的です。
 ただ肝心の果南さんは、海についてからというものずっと黙ったまま。

 ゆらゆらと揺れる水面を静かに見つめて。
 こういう時間も悪くないですわ。

「ねえ、ダイヤ」

 どれくらい経ったでしょうか。
 果南さんがゆっくりと話し始めます。

「私、とってもダイヤに感謝してるんだ。子供の頃からずっと仲良くしてくれて」

 それはいつもの果南さんからは想像もできない、とてもたどたどしい口調でした。

「ちゃんとできたか分からないけど、今日もそのお礼っていうのかな。いつも支えてくれるダイヤに、お返しがしたくってさ」

 ええ。貰い過ぎなくらいいただきましたわ。
 普段はさらっと困らせるようなことを言うのに、こういう時はなかなか言葉が出てこないみたい。

「迷惑かけちゃうことも多いけど、私ダイヤのこと、とても大切に想ってて。ずっと一緒にいたいって。なんだろう。上手く言えないんだけど」

 本当、不器用な人。
 普段は何気ない会話の中でさらっと人の心を攫ってしまうのに、いざ改まると途端に口下手になってしまうんだから。
 わたわたとする果南さんを、私は優しく抱きしめます。

「大丈夫。言葉にならなくても、こうすればちゃんと伝わりますわ」

「あ……」

 それは気持ちを伝えるのが苦手な果南さんの、気持ちを伝える方法。
 いつもは果南さんからですが、今日は私から。

「ありがとう、ダイヤ」

「感謝するのは私の方です」

 やっぱり夢のようにはいきませんね。
 だって私も果南さんも、それを口にするのが苦手だから。
 でも、だからこそ、こうして伝わる互いの温もりが、余計に愛おしく思えます。

「月、綺麗だね」

「ええ、本当に」

 秋の風に包まれながら、私はこれからのことを思い描きます。
 いつかきっと気持ちを言葉にできる日も来るでしょう。
 私からか、果南さんからか、それは分かりませんが。

 そして鞠莉さんが事あるごとにその時のことをからかうんです。
 私は照れ隠しに怒りながら、果南さんの手をぎゅっと握って。
 それはなんて素敵な日々。きっととても楽しいんでしょうね。

 でも今は、これだけで十分ですわ。

おしまい
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