秋の空

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鞠莉-アイキャッチ4


 理事長室はちょっと苦手。
 どっしりとした執務机も、ふかふかのチェアもお気に入り。生徒たちのいる空間とはしっかり区切られて、集中して仕事をする分には申し訳ない空間。
 だけど、それがたまに寂しくなる。

 だからたまに生徒会室で仕事するんだけど、息抜きにダイヤ弄りしてたら、邪魔しないでくださいって怒られちゃったのよねー。
 それで、入る時に"お邪魔します"って言いましたー、って言ったら締め出されちゃった。
 軽いマリーズジョークのつもりだったのに。本当、頭カッタイんだから。

「ンー」

 私は大きく伸びをする。窓の外からは楽しそうな生徒たちの声。
 やめやめ、こんなメランコリーな気分じゃ仕事にならないわ。
 かといって今ダイヤと鉢合わせしたらまた説教されそうだし、もう少しここでコーヒーブレイクしていきましょ。

pixiv: 秋の空 by あめのあいまに。

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「暇ねー」

「鞠莉ちゃん!」

 退屈な理事長室の空気をぶち壊すように、扉が大きく開け放たれた。
 飛んで火にいる夏の虫、もとい、渡りに舟ね。
 理事長室に入ってくる曜に向かって思わず私は叫んだ。

「グッドタイミング!」

「え?」

「アー、こっちの話デース。で、何の用?」

 さっ、なんでも言ってちょうだい。
 今のマリーなら理事長パワーで大抵の事なら解決してあげちゃう。

「実は、千歌ちゃんと喧嘩しちゃって……」

「ワオ、それはまたシリアスな問題ね」

 展望台で話した日以来、曜は私のところへよく相談に来る。
 それは、勉強のことだったりAqoursのことだったり、いろいろ。
 もともと曜は積極的にコミュニケーションしてくる子だったけど、大分打ち解けられたってことかな。

 今日みたいに千歌っちと喧嘩したって時も多い。
 でもまあ、お互い正直になれて良かったじゃない?
 むしろ今までほとんど喧嘩してこなかったっていうのが、私としてはサプライズなんだけど。
 マリーなんて、しょっちゅうダイヤや果南と喧嘩してるのに。

「それで、何が原因で喧嘩しちゃったの?」

「今度の衣装、私と千歌ちゃんどっちが似合うかって話になったんだけど、千歌ちゃんは私の方が似合うって言って聞かないの! 絶対千歌ちゃんの方が似合うのに」

 随分キュートな理由だけど……ま、喧嘩の内容は人それぞれよね。
 不器用な二人だから、まだ気持ちのぶつけ方に戸惑っているのかも。
 だったら私は理事長兼喧嘩の先輩として、温かい目で二人を見守ってあげましょ。



 カリカリと、シャーペンを走らせる音が響く。
 夕日に照らされる曜の横顔は真剣そのもの。
 いつも水泳やスクールアイドルに向けられている熱意が、今日はテスト勉強に注がれている。

「できた!」

 そんな声とともに渡されたプリントに私は目を通す。

「どれどれー……素晴らしい、パーフェクトよ」

「良かった―」

 そのままどしんと仰向けに倒れこむ曜。
 マリー特製問題集を解いてベリータイアードみたい。

「この短期間で満点を取るなんて、やっぱり曜って要領が良いのね」

「そんな……鞠莉ちゃんの教え方が上手だからだよ!」

 嬉しいこと言ってくれるじゃない。なんてプリティな後輩かしら。

「でも、テスト勉強なら千歌っちたちとやれば良かったんじゃない?」

「うん、実はそれもやるんだけど……千歌ちゃんに勉強を教えられるようになりたくてさ」

 ま。幼馴染に格好良いところを見せたいって感じ? 青春ねー。
 そういうことならいくらでもサポートしてあげるけどね。

「それと、他にも鞠莉ちゃんに相談したいことがあって」

「ホワーッツ?」

 今まで何度も曜の相談を受けてきたけど、その顔は今までのどの時よりも真剣だった。

「実は、千歌ちゃんに告白しようと思うんだ」

 心なしか声が震えていた。
 でも、その目からは強い意志が感じられて、それは相談というよりも意志表明のようだった。
 実際、誰かに話して決心をつけたかったんだと思う。

 いつか、こんな日が来るとは思っていた。
 いろんな曜を見てきたから、千歌っちへの感情がただの友情以上のものだって、なんとなくわかっちゃったのよね。
 だから、マリーからしてあげられることはただ一つだけ。

「そう。応援してるわ」

「ありがとう!」

 私の言葉を聞いて嬉しそうにする曜。
 喜ぶのは告白が成功してからでしょうに。
 本当、表情がコロコロ変わって、いつまで見ていても飽きない。

「上手くいくことを祈っているけど、もしも失敗しちゃったら、その時はいつでもマリーのところに来て。このナイスバディでギューっと抱きしめて慰めてあげるから」

「もう、鞠莉ちゃんったら」

 私のハグのジェスチャーに曜は苦笑する。
 不安でいっぱいだろうけど、少しはそれを和らげてあげることができたかな?
 後輩の、一世一代の大勝負ですもの。曜の気持ちが楽になるなら、いくらだってピエロになっちゃう。

 すっかり日も暮れた帰り際、見送る私にバイバイと元気良く手を振る曜。
 その姿を見て胸がざわついたのは、曜の不安が伝染っちゃったから? それとも――。



 しとしとと降る雨を眺めてちょっぴりアンニュイ。
 秋の長雨とは言うけれど、何も連休中ずっと降ることはないのにね。

「はあ」

 思わず溜め息を一つ。
 今日は風もあって船もお休み。だから訪ねてくる人は誰もいない、はずだったんだけど。
 窓の外にいるはずのない人影を見つけて、私は驚いた。

「曜、どうしてここに!?」

「泳いできちゃった」

「なっ」

 そんな馬鹿なことする人、果南以外にいるなんて。
 しかもこんな天気の悪い日に。
 遠目からでもその身体が震えてるのがわかる。

「とにかく入って! ホットコーヒーでも淹れてあげるから、シャワー浴びて着替えなさい」

 シャワーを浴びた曜が部屋に入ってくると、思わず平手打ちをしていた。
 薄暗い部屋に乾いた音が響く。
 落ち着いて理由を聞いてあげようと思っていたのに、手が勝手に出てしまった。

「どうしてこんなことしたの」

「千歌ちゃんに、告白したんだ」

 私の質問に対して曜はそう答えた。
 一見ちぐはぐにも思える返事だったけど……。
 だけど私はそれで全てを察した。

「そう……」

「鞠莉ちゃん、いつでも来てって言ってたからさ」

 あはは、と声を上げて曜は作り笑いをしようとしたけど、その顔は全然笑えてなかった。

「馬鹿っ!」

「どうして鞠莉ちゃんが泣いてるの?」

 私は約束通り、曜のことを力強く抱きしめた。
 できればこんな約束、果たす時がきてほしくなかったけど。

「こんな日に泳いでくるなんて、もしものことがあったらどうするのよ!」

「心配してくれるの?」

「当たり前でしょ!」

 曜は若干放心状態みたい。
 心が一時停止してるというか……それだけショックだったってことよね。
 本当に、大事にならなかったのが奇跡みたい。

「あなたが死んじゃったら皆悲しむんだから。千歌っちだって、梨子だって……もちろん私も」

「鞠莉ちゃん……」

「満足するまで、いつまででもこうしてあげるから」

 曜はしばらく黙っていたが、そのうち静かに、やがて大きな声で泣きじゃくった。
 私はただただ、そんな曜を抱きしめてあげることしかできない。
 なんて無力な先輩なんだろう。
 腕の中に曜の温かさを感じながら、そんなことを思った。



 天高く……なんて言葉もあるけど、本当にどこまでも澄み切った青い空。
 屋上から見上げていると、吸い込まれてしまいそう。

「鞠莉ちゃん、今日も組んでもらって良い?」

「オフコース!」

 Aqoursの練習では、私は曜とペアになることが多くなった。
 私たちは屋上のできるだけ端の方に陣取る。

 まだ気持ちの整理がついていないのか、千歌っちとは距離を置きたいみたい。
 でも、皆の前では表面上の違いはそれくらいで、後は今までと何も変わらなかった。
 私も特に何かアクションを起こすことはなかった。
 時間が解決することだと思ったし、やんちゃな妹ができたみたいでちょっぴり心地良かったから。

「鞠莉ちゃん、今日さ、鞠莉ちゃんちにお邪魔しても良いかな?」

「ええ、大歓迎、よ」

 背中合わせで柔軟をしながらそんな会話をする。
 プライベートでも、曜と一緒にいることが多くなった。
 それはやっぱり、千歌っち以外で曜の気持ちを知ってるのが私くらいだし。

「それじゃ、お泊りセット持ってくね!」

「それはまた突然ね」

「駄目?」

 上目づかいで少し寂しそうに呟くと、なんだか本当に妹みたいだった。
 こうなると、私はもう逆らえない。まあ、元からNGする気もないんだけど。

「全然。楽しみに待ってるわ」

「やったー」

「そこ、真面目に練習なさい!」

 はしゃぐ曜を見て、ダイヤが注意してくる。
 本当、空気読みなさいよ。そんなんだから硬度10って呼ばれちゃうの。
 呼んでるの、マリーくらいだけど。

「えへへ、怒られちゃったね」

 ペロリと舌を出して笑う曜が小声でそう呟く。
 その姿はとても可愛らしかった。
 前言撤回、ダイヤの固さもたまには役に立つじゃない。

 こうやっていろんな顔ができるようになったのは、少し気持ちに余裕が戻ってきたから?
 そうだとしたら、ベリーグッド言うことなしよね。

「それじゃ、ユニット別練習しよっか」

「またね、鞠莉ちゃん!」

「ええ」

 果南の号令で、曜は離れていく。それがなんだか名残惜しい。
 CYaRon!には千歌っちもいるし、今の曜だとちょっぴり不安。
 って、なんだかマリー妹バカみたいじゃない。これじゃダイヤのことを笑えないわね。



 中秋の名月ってわけでもないけれど、立派な満月が夜を照らしている。
 これで晴れていればパーフェクトだったんだけど。
 雲間に見え隠れする月を眺めていると、そのうち曜がやってきた。

「鞠莉ちゃーん」

「待ってたわ、曜」

 私を見るなり飛び込んでくる曜を受け止めてクルクルと回転する。
 そのままの勢いでソファへと倒れこむ。

「会いたかったよー、鞠莉ちゃん」

「私もよ」

 実はタックルされて少し苦しかったけど、そんな様子はおくびにもださない。
 後輩の前では、ちょーっとくらい格好つけたいものなの。
 ハイテンションの曜の頭を撫でて、そのまま胸へと抱きしめる。

「さあ、マリーの胸でお泣きなさい」

 曜が気負わないように、私は冗談めかして言う。

「鞠莉ちゃんは、なんでもお見通しだね」

 曜は私の胸に顔を埋めて、声を上げて泣いた。
 曜も皆の前では変わらないけど、本当はまだまだ不安定なまま。
 千歌っちと一緒にいると、気持ちのメーターが振り切れちゃうみたい。
 そろそろ平気かと思ったけど、もうちょっと時間が必要みたい。

 だから私の前では、こうして時々涙を見せる。
 それで曜が少しでも楽になるなら、私の胸くらいいつだって貸してあげる。

「ねえ、鞠莉ちゃん」

「なあに?」

 しばらくして泣き止んだ曜が顔をあげる。

「ごめんね、迷惑かけて」

「ドントウォーリー。迷惑なんて思ってないわ。曜は普段頑張ってるんだから、こういう時はマリーお姉ちゃんに甘えて良いの」

「あはは、なにそれ……でも、ありがとう」

 今一番辛いのは曜のはずなのに、こんな時でも気を遣って周りを気にして。
 本当に曜の優しさは本人にとって残酷なくらいね。
 真っ赤に目を腫らして笑う曜が痛々しくって、守ってあげたいと思った。

「さ、ご飯にしましょ。泣き疲れてハングリーでしょ?」

「鞠莉ちゃんにはデリカシーってものがないの?」

「デリカシー? マリー、ちょっと英語はドントアンダースタンドだからー」

「むちゃくちゃだよー」

 私がおどけてみせて、曜の顔に少し柔らかさが戻った気がする。
 本当、手のかかる妹。でも、全然嫌じゃないけどね。





 ご飯も食べて、おしゃべりもして、私たちは寝室へと入った。
 寝室というか、ホテルの余った部屋を使わせてもらってるんだけど。
 職権乱用? オーナー一族の横暴? 可愛い後輩のためだもの。それくらい平気でするの。

 少し広めのベッドは一人で寝るには少し寂しい。
 そのせいか、夜中に曜が私のベッドに潜り込んできた。
 それで目が覚めちゃったけど、私はあえて寝たふりを続けた。
 曜がこれからどうするのか見ものね、なんて。

「鞠莉ちゃん」

 呟いた曜が、私をギュッと抱きしめる。
 さながら人間抱き枕ってとこかしら。
 起きてるうちに甘え足りなかったのか、それとも嫌な夢でも見たのか。
 どちらにしても、これで曜の気持ちが落ち着くなら構わないけど。
 布団をかけたままで、ちょっぴりホットだけどね。

 少しして、曜が体を離した。
 視線を感じて、目を開けたくなる衝動に駆られるけどグッと我慢。
 曜は私に気兼ねなく甘えられる、私は甘える曜を堪能できる。これってWin-Winじゃない?
 だけど、そんな目論見も曜の次の行動で破られてしまった。

「……ちゅっ」

「……!」

「あ……」

 突然唇に柔らかい感触が伝わって、思わず目を開いてしまった。
 目と目が合って、曜が顔を離す。

「ごめん、起こしちゃった、ね……」

 そりゃ起きるでしょう。
 実は最初から起きてたんだけど。

「私……」

 雲が月を隠して、離れてしまった曜の顔は見えない。
 だけど、その声音から戸惑いの雰囲気が見て取れた。

「帰るね」

「待ちなさい」

 身を翻した曜の腕をすかさず掴んだ。

「こんな真っ暗な中、危ないわ。だいたい船だってとっくに動いてないし。まさかまた、泳いで渡るなんて言わないでしょ?」

「でも……」

「曜がどうしてこんなことをしたか知らないわ。でも私は嫌じゃなかったし、曜も気にしなくて良いの。ほら、寝ましょ」

「うん……」

 私は曜を抱きしめて、ゆっくりと寝かしつけた。
 曜は疲れていたのか、またすぐに眠ってしまった。
 もしかしたら寝ぼけていただけかもしれない。
 一方の私はドキドキして眠れないまま、気づけば空が白み始めていた。



 お互い、その夜のことは口に出さないでいた。
 そもそも曜が覚えているのか、私にとってはそこすら不確かだ。

「鞠莉ちゃーん」

「Oops...」

 思い切り勢いをつけて、曜が抱きついてくる。
 あまりの衝撃に思わず声が漏れる。

 あれ以来曜が私に甘えるのを躊躇わなくなった。
 ところかまわず人目も気にせず、それこそAqoursの練習中でも。
 私は心理学者じゃないから、それが開き直りなのか元気になっただけなのか、はたまた別の何かなのか、わからない。

「ねえねえ、今日も放課後遊ぼう?」

「ソーリー。今日は理事長の仕事を片付けなくちゃいけなくて」

「えー、一緒にいられないの?」

「……邪魔しないなら、見てる分には構わないわ」

 そうは言いつつ、どうせじっとしてはいられないのは目に見えている。
 これじゃ一頃のマリーとダイヤみたい。
 まあ私の場合、ダイヤが駄目って言っても生徒会室に行くんだけど。

 本当は、少なくとも全部が全部良くなってないというのは分かっていた。
 明らかに、私の傍から離れようとしなくなった。
 明らかに、千歌っちたちから逃げている。

 別に辛いことがあって距離を置くのは良いと思う。
 そういうクールダウンの期間って大事。
 でも、逃げたらいつまで経っても離れたまま。
 曜だって本当は千歌っちとまた仲良くしたいはず。

 分かっているけど、私は曜を振り払うことも背中を押すこともできなくなっていた。
 それはきっとあの日のキスが、魔法みたいに私の心をかき乱しているせい。
 マリーったら、思った以上に初心だったみたい。自分のことながらビックリ。

「鞠莉さん、あなたはいったいどうしたいんですか?」

 ある日、お節介な幼馴染に言われた。

「最近、曜さんと随分仲がよろしいようですが、曜さんがああなったのは千歌さん絡みですよね?」

「ダイヤでもわかっちゃう?」

「流石に分かりますわ。明らかに避けてますし」

 ふう、とため息をつくダイヤ。

「何があったか知りませんが、鞠莉さんは事情を知ってるならちゃんと曜さんを引っ張ってあげてください。助けがいるなら、私も果南さんも協力を惜しみません」

「……サンキュー、ダイヤ」

 本当、いっつも余計な苦労ばっかり背負い込もうとするんだから。
 どれだけお人好しなのよ、私の幼馴染たちは。

「何かあればヘルプを頼むわ。でも今は思いつかないから」

「そうですか……とにかく、中途半端なままでは誰も幸せになれません。鞠莉さん自身がどうしたくて、どうすべきか、そのあたりはしっかり考えた方が良いですわ」

 言われるまでもないことでしょうけど、と言ってダイヤは去っていった。
 どうしたくて、どうすべきか。私は……。



 それはいつものように、曜が私を遊びに誘った日。
 いつもなら曜の言うままにするんだけど、今日は違った。

「ねえ、曜?」

「なに、鞠莉ちゃん」

 私の言葉に、可愛らしく首をかしげる。

「私たち、しばらく遊ぶのはやめにしましょう」

「えっ」

 曜は驚きのあまり絶句して、それから恐る恐る尋ねる。

「しばらくって、どれくらい?」

「曜が、千歌っちとけじめをつけるまで」

 言ってしまった。もうここまで来たら後は進むしかない。
 本当にこれで良いのか分からないけど、他の方法も思いつかなかった。

「言ってる意味がわからないよ、鞠莉ちゃん」

「曜。フラれて辛いのは分かるし、少しの間距離を置くのは良いと思う。でも、いつまでも逃げてるだけじゃダメよ」

 戸惑う曜に対して私は次から次へと言葉を浴びせかける。

「もう千歌っちと絶交するなら話は別だけど、曜と千歌っちは恋人にはなれなくても、ずっとずっと親友でしょ。今までも、これからも」

「急にどうしたの、鞠莉ちゃん。どうしてそんなこと言うの」

 曜はまだ、私に縋ろうとする。
 子犬のように目を潤ませて、まるでそうするしか知らないみたいに。
 曜をこんなにしてしまったのはマリー、あなたなのよ。
 甘やかして、依存させて、すっかり一人では立てなくしてしまった。
 だから、嫌われても、悪役になっても、私がケリをつけなきゃいけない。

「言わせてもらうわ。もう私は飽き飽きなのよ。あなたに付き合わされて。千歌っちと付き合えない代償行為で逃げ込まれても迷惑よ」

「そ、そんなこと思ってないよ! 千歌ちゃんの代わりだなんて!」

 もちろん、私だってそんなこと思ってない。
 曜はただ、本当に慰めてもらいたかっただけ。
 辛いことがあってそう思うのは、何も悪くない。ただ、私は意図せずそれにつけこんでしまった。
 胸が苦しい、心が痛い。でも曜がまた一人で立てるように、とにかく私に寄りかかることをやめさせなきゃいけなかった。

「とにかく、私はもうあなたのお守りじゃないの。千歌っちとどうしたいのか、自分で考えて。逃げるのはやめて向き合いなさい」

「うぅ……」

 泣き崩れる曜を置いて、私はその場を去った。
 後から、もしかしたらそのまま動かないんじゃないかと不安になって見張りをつけたけど、ちゃんと家に帰ったみたい。
 ストーカー? 安心と曜の安全を買えるなら、私はストーカーくらい幾らでもなるの。



 それから、何がどうなったのか。
 特に探ったわけでもないから分からないけど、曜はまた千歌っちたちと一緒に笑っている。
 私はそれがとても嬉しかった。

「寂しいんじゃありませんか?」

「言ってる意味がワカリマセーン」

「ほんと、素直じゃないんですから」

 ダイヤの戯言は置いておいて、私が曜と一緒にいる時間も減っちゃった。
 でも、それは仕方ない。元に戻っただけだもの。
 やっぱりAqoursはこうじゃないとね。

「ほらほら、準備運動しちゃいましょ」

「そうですね」

 二年生たちの楽しげな声の響く屋上で、今日もAqoursの活動が始まった。





 理事長室はちょっと苦手。
 でも最近はちょっぴり好きかも。
 秋の日差しが差す静かな部屋でセンチメンタルな気分に浸るのも、なんだか悪くないかなって。

「暇ねー」

「鞠莉ちゃん!」

 いつまでも片付かない書類を広げたまま呆けていると、突然私の名を呼ぶ声とともに扉が大きく開け放たれた。
 ちょっと前にも見た光景だけど、なんだか懐かしさすら覚えるわね。

「なにかしら、曜」

「鞠莉ちゃん」

 もう一度、今度は静かに私の名前を呼ぶ。
 特段用事も思いつかない。積年の怨みでも晴らしに来たとか?
 随分勝手なこと言っちゃったし。

「私、千歌ちゃんと仲直りしたよ」

「おめでとう」

 ひとまず、急に刺されたりすることはなさそうで一安心。
 いや、本当にそんなことされるとはこれっぽっちも思ってないけど。

「それで、今日は鞠莉ちゃんに言いたいことがあって」

「……」

 そんな改まって、何を言うつもりなの。
 喉まで出かかった言葉が声にならずぎゅっと手を握る曜に、こちらまで緊張してしまう。

「私、鞠莉ちゃんとずっと一緒にいたい」

「へ?」

 思わず、変な声が漏れちゃった。

「最初は、面白い先輩だなってくらいに思ってた。生徒なのに理事長っていうのも、凄いとは思ったけど」

 ゆっくりと、曜は話し始める。

「私が悩んでるとき、鞠莉ちゃんは私の背中を押してくれたでしょ。それがとっても嬉しかった」

 それは多分、展望台での出来事。
 私もなんだか他人事に思えなくて、余計なお世話かもって思ったけど、ついつい口を出しちゃったのよね。

「自分でもよく分からない気持ちを、ううん。もしかしたら分からないふりをしてたかもしれない気持ちを、はっきり気づかせてくれて」

 曜は一つ一つ、思い出すように話し続ける。
 実際に思い出してるのかもしれない。私と会った日から、今までのことを。

「それから、困った時はいつも助けてくれて。告白も応援してくれて……駄目だったら慰めてくれて」

 あの日から、一月にも満たない日々だったけど、いろいろあったわね。

「私が弱いせいで、鞠莉ちゃんにも迷惑かけちゃったけど」

「迷惑だなんて……」

「やっぱり」

 私が否定すると、したり顔の曜。
 そこで気づく。私は迷惑だから曜を突き放した、という設定になっていたんだった。

「鞠莉ちゃんは優しいから、多分あれも私のことを思ってなんだろうなって。予想通りだったね」

「強かなんだから……」

「千歌ちゃんとまた話せるようになったのは、誰がなんと言っても鞠莉ちゃんのおかげ。とっても感謝してるんだ」

 皆の前では強がって影で泣いていた、あの時の曜からは考えられない。
 変に持ち上げられるのも恥ずかしいけど、本当に立ち直ったんだって分かって良かったわ。

「それで、鞠莉ちゃんと離れて気づいたの。それまでは、ただただ何も考えずに鞠莉ちゃんに甘えてたけど」

 そこで曜は言葉を区切って。

「明るくて自由気ままで、仲間思いで、優しくて、そんな鞠莉ちゃんがどうしようもなく好きなんだって」

 それは、告白だった。

「千歌ちゃんの代わりなんかじゃなく、鞠莉ちゃんが好きです」

 ひたすら真っ直ぐに、曜の気持ちをぶつけられた。
 予想もしてなかった出来事に、急に顔が熱くなってくる。

「曜は千歌っちが好きだったんじゃないの?」

「うん、好きだった。今でも大切だと思ってる。でも鞠莉ちゃんが好きなの!」

 私って惚れっぽいのかな、と夕日に照らされる曜の笑顔を見て、私も自分の気持ちに気付いた。
 あの日の胸のざわつき、胸のドキドキがなんだったのか。

 要領が良くていつも周りに気を配って、甘えるのが下手で溜め込んじゃって、逞しくって、傷つきやすくて、明るくって、繊細で。
 お姉ちゃんみたいにしっかりしてて、妹みたいに無邪気で、手先が器用で心は不器用で。
 いろんな顔を持っている、見ていてハラハラするような、そんな曜のことが好きなんだって。

「惚れっぽいのはお互い様みたいね」

「え? ……んんっ」

 引き寄せられるようにして、私は震える曜に優しくキスをした。

「ま、鞠莉ちゃん!?」

「今のが告白の返事」

 素っ気なく言ってみたけど、心臓は今にも破裂しそうなくらいドキドキしていた。
 好きを伝えるのって、こんなに苦しいことなのね。

「ま、鞠莉ちゃ~ん」

「もう、泣かないの。せっかく格好良く決まってたのに」

「だって、嬉しくって……」

「私もよ」

 私は微笑んで、抱きついてきた曜の頭を撫でる。
 秋の空に曜の泣き声と私の鼓動の音が吸い込まれていった。

おしまい
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