I4U,“YOU” FOR US!!

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曜-アイキャッチ12
「はぁ……今日でこの衣装着て恋アクを歌えるのも最後かもしれないのか〜……」

デュオトリオを全部終えて、一旦休憩時間に入ったけど、私、渡辺曜の心は全然休憩の態勢に入っていない。


未熟DREAMERが終わったら……恋アクが歌える――ドキドキとワクワクが止まらないんだもん!!

私にとってすっごく大事な、大好きなあの曲……
もう確認するまでもなく、カンペキに覚えてるけど、聴きたくなっちゃったから、プレイヤーから流す。

うん、私やっぱり恋アク好きだ。ライブの――しかもツアーファイナルっていう大事な時にこんなののん気かもだけど、恋アクを作ってた頃の事思い出すな……。

pixiv: I4U,“YOU” FOR US!! by アルフォート

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Aqoursが始まって、初めてのメンバー人気投票で、まさか自分が一位になっちゃうなんて考えてもなかったし――正直、今も信じられないけど――それで次の曲のセンターまで務めなくちゃいけなくなって、「ほんとに私なんかがセンターで良いのかな」ってずっとずーっと思ってた。

『“自称”底無しの体力!』 くらいしか取り柄が無いし、Aqoursの皆と比べてちっとも女の子らしくない私が、可愛い皆に囲まれて真ん中で歌って踊るなんて……やってみたいし、実際センターに選べれた事は本当に嬉しかったけど、やっぱりとんでもないって気持ちだったな。

そういう気持ちは、曲も振り付けも衣装も完成して、いよいよPVを撮ろうっていう日まで変わらなかったんだよね……勿論、凄く可愛い曲で、早く応援してくれる皆に届けたいなって気持ちも――半分くらいはあった、かな。
でも残り半分は、結局心配だった。

よく友達に言われる――大抵千歌ちゃんか果南ちゃん――『曜は頭空っぽそう』って言葉……いや、まぁ確かに否定出来ないところはあるけど、それでも私だっていっつも何も考えてない訳じゃない。

普通に悩む事だってあるんだよ?


とにかく、それなりに悩みはするの。例えば、休みがちな飛び込みはどうするのか、とか……今はもう、どっちも全力投球するしかないっ! って決めてるけどね。悩んでた時期もあったって事で。

後は、それこそセンターの事でも悩んでたし――友達との関係の事も、迷ったりしたな。


どうしよう、って思った時は「考えても仕方ないよっ! とにかく走れ〜!! 」っていう具合に、なるべくすぐにその考えを絶つ様にしてる――色々頭の中で考えるのが苦手だし……後、大体のモヤモヤは悩んでいても仕方が無いからね。うん。

だから、選ばれたからにはしょうがない、私なりにセンターをやってみよう! って、割り切ってたつもりだったんだけど……。

どうしてもダメだったんだ。あの日――PV撮影の日は。



――――


久しぶりの飛び込みの練習で、少し張り切りすぎたせいで、集合時間をすっかり忘れちゃってて――急いで自転車を飛ばして撮影場所の『みとシー』へ向かう。

センターの私が遅刻なんて、ほんとはまずいんだけど……なんて言おうかな〜、とか、上手く撮れるといいな〜、とか。着いてからの事を考えながら必死に漕いで、何とか集合時間十五分遅れで水族館に着いた。

疲れた……なんて言ってられない。そのままダッシュで皆の元へ行く。


……ここまでは、普通だった。いつも通りの私だった、のに。

皆の前に立っていつもの様に

「ヨーソロー♪ 恋アクセンターの渡辺曜、無事到着でありますっ! 」

なんて言おうとして――


声が、出ない事に気付いた。

こんなの初めてで、何だか凄く怖くなった私は、皆に気付かれる前にその場から逃げ出した。

何で、こんな……どうして?


――――


逃げた先は水族館の中。光るクラゲが――本当は照明で照らしているだけだけど――展示された小さくて、暗い部屋。
そこでぷかぷか浮かびながら光るクラゲを見ながら、一つのおとぎ話を思い出した。

人魚姫。

人魚の女の子が、人間の王子様に恋をして――まではいいんだけど、もっと王子様に近づきたいと思った人魚姫は、海の魔女に願ったの。『足を下さい』って。

でもそれは、声と引き換えだった。

足を手に入れて王子様に近づく事が出来たけど、声を失ってしまった人魚姫は、伝えたい事を何も伝える事が出来ずに、いつしかお互いの間に、誤解が積み重なって――ついには自分で海に身を投げて――泡になってしまった……。


みたいな感じだったかな。小さい頃読んで、凄く悲しいお話だなって子供ながらに思った思い出がある。


何となくヨーソロー、って心の中で呟いてみた。

私にとって、『ヨーソロー』は魔法の呪文。お父さんが、「楽しい時でも、辛い時でも、そうやって言ってみるとな、不思議と全速前進! 前向きになれるんだ」って小さい頃から言い聞かせてくれた、大事な大事な言葉だから。

でも、やっぱり声に出してみないとあんまり効き目は無くて。元気は出てこなかった。

そんな沈んだ気持ちとは反対に、真っ暗な部屋の中で明るく綺麗にクラゲが光ってる。

紫。
私は、鞠莉ちゃんみたいに明るく、幸せを振り撒く様な事は出来ない。

赤。
私は、ダイヤちゃんみたいに厳しくて――でも優しさのこもった大人びた振る舞いは出来ない。

ピンク。
私は、ルビィちゃんみたいに本気でスクールアイドルに打ち込んでいる――打ち込める自信がない。

桜色。
私は、梨子ちゃんみたいにピアノも弾けないし、あんなに丁寧な気遣いは出来ない。

オレンジ――みかん色。
私は、千歌ちゃんみたいに人の心を動かす言葉を持ってない。

黄色。
私は、花丸ちゃんみたいに物事としっかり向き合って考える事が出来ない。

青緑。
私は、果南ちゃんみたいにどんな人にも平等に、優しく接する事が出来ない。

白。
私は、善子ちゃんみたいに抜群の個性なんて持ってない。

水色。
私は、曜は――

何を持ってるんだろう?

誇れる様なものは何も無い。
それどころか、今声を失って……次は泡になって跡形も無く消えちゃうのかな。人魚姫の最期みたいに。何もかも、全てを失う。

人魚なのに人間に恋をしてしまったから。叶わない願いに、手をかけてしまったから……


あんまりにも馬鹿げた想像に、ふっと笑っちゃったけど、誰も居ない展示室で一緒に笑ってくれる人が居る訳も無くただ虚しいだけだった。

みかん色……千歌ちゃん、心配してるかな……。今日のPV撮影、凄く楽しみにしてたよね。

でも……水色。
今戻ってもきちんとセンターとしてやれる自信が全然無い。せめて声さえ出れば、まだ何とかなるのに――

本当にどうして出なくなっちゃったのかな。
泡になって消えるなんて事は流石にありえないけど、声が出ないのは本当に、本当で。

とりあえず、理由が知りたくて、言葉が出なくなった瞬間の事を思い出すと――


ノーアップで飛び込みをして味わう水の冷たさと痛さと同じくらい、鋭い不快な感覚が、胸に突然浮かび上がってきた。

あの時、曜は……楽しそうに水遊びをしている皆を見て、ほんの一瞬でも思ってしまったんだ。

千歌ちゃんの事、梨子ちゃんの事――皆の事を、曜を除け者にする、嫌な人達だって。

寒気がする。そんな、あまりにも身勝手で、抱いちゃ絶対いけない様な感情が、曜の中にあったなんて。信じられない。信じたくないけど……。

――あの時の事を思い出すと、やっぱり気持ちが沈んでしまう。

曜が居なくたって、千歌ちゃんは別に何ともなさそうだったんだよね。
梨子ちゃんは、曜に気を遣わなくてもいいから、千歌ちゃんと楽しそうにしてたよね。
他の皆だって、いつも通り、だったんだよね。

おかしかったのは曜だけで、皆は普通なのに。曜が居ないAqoursを見てしまって、今まで積もっていた、沢山の嫌な気持ちが漏れ出して、止まらない。


本当に怖かったのは、声が出なくなった事じゃない。自分が怖かった――ううん、それも違う。
ただただ、自分が嫌だったんだ。

Aqoursの中でも部活を二つ掛け持ちしてるのは、曜だけ。他の皆は真剣にAqoursに打ち込んでるのに、曜だけがどっちつかずのまま。飛び込みだって中途半端。練習の半分以上を休んじゃってる訳だし。

だから、飛び込みもスクールアイドルも、両方毎日百パーセントの力を出してやっていたかって、そう聞かれたらはっきりと答えられない。
そんな半端な曜から、Aqoursの居場所――もしかしたら水泳部、飛び込みの方での居場所も、いつ無くなってもおかしくないのかもって、何となく思ってた。

でも、どっちもやりたい。やらなきゃとも思ってたから、辞める事も出来ない。とことん中途半端な曜。足を手に入れたけど、声は失ってしまった、あの人魚姫と同じ。

何かを掴む時、何かを諦めなくちゃいけない事はいくらでもあるのに、どっちも諦められない曜は――最期には諦めきれた、人魚姫よりずっと弱くて情けない……。

自分にそういう所があるって、中途半端なんだから、愛想を尽かされても仕方ないって、いつもみたいに割り切れば、まだ前に進めたのに。いつも通りの曜に戻るはずだったのに。
今日だけは違った。


……どこまで勝手なんだろう。
皆に対して、どうしてあんな事を思えてしまうんだろう。
あの感情自体も怖いし、何より頑張ってる――きっと本当は、曜の事を忘れて、省いて、なんて事はこれっぽっちも考えてない皆に。優しいAqoursの皆に、嫌だなんて思っちゃった曜が、嫌で嫌でたまらない。 こんな事なら、いっそ本当に泡になって消えてしまいたいって、思う程に。

だって……だって、嫌って思ってるのに――

それでも皆に会いたいっていう気持ちも無くなってはないんだもん。私も、あの中に混ざりたい。もっとAqoursの皆と楽しく過ごしたい。次のセンターだって、自信は無いけど頑張ってみたい。

気持ちがぶくぶくと、曜の中の心の海に浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。

泡が弾ける度に、どんどん強くなる曜の色んな気持ち。
どれを、割らないで持っていればいいんだろう。もう分かんないや。

青緑……もし果南ちゃんに相談したら、なんて言ってくれるかな。怒られるかもしれない。どうせなら、怒ってくれた方がいいな。そうじゃないと、曜は……

青――じゃない、黒。


……黒? 前触れも無く突然、光が消えた。
自分の目がおかしい――訳じゃなさそう。本当にいきなり照明が落ちたみたい。


とりあえず……どうしよう。もうここには居られないよね。そもそも、皆から逃げてきて、どれくらいの時間が経ったんだろう? いい加減に戻らないと……でも、もしまた声が出なかったら……。

部屋の暗闇が、心の中にも入ってきて、どんどん後ろ向きな気持ちになっていく。
これじゃダメだ。こういう時こそ、「ヨーソロー」と呟く所だけど、声に出さないと意味が無い事を思い出して、どうしようもなくなった曜は、膝を抱えてその場に座り込んじゃった。力が抜けて、動けない。

怖いよ、皆に会うのが。
でも、嫌だよ。皆に会えないのが。

急に寂しくなって、抱えた膝に顔を埋める。
気持ちの泡は曜を飲み込んで、暗闇に攫ってしまいそうな程に、どんどん大きくなっていく。
苦しい。誰か、助けて……このままじゃ、本当に暗闇に溺れてしまいそう、だから。

いっぱいモヤモヤがあるけど、やっぱり曜は皆の事が……


ほんの少し、光を感じた。おそるおそる顔を上げて、光の元を確かめてみると――

紫、赤、ピンク、桜色、みかん色、黄色、青緑、白、そして青。
九色の光が展示室の出口を示す様に輝いていた。

どうしてさっきまでみたいにクラゲ全部じゃなくて、出口の所だけ? そもそもどうして電気が落ちたの? 気になる事はあるけど、何だか凄くほっとした。嵐の中の航海で、雨の壁の先に、ようやく島を見つけた――はちょっと大袈裟すぎるか……。
とにかく、不安の泡のぶくぶくが少しおさまって、落ち着いてきた気がする。

出口に向かって。光に向かって歩き始めて――また立ち止まってしまった。


本当に――本当にいいのかな。曜で……

センターの事、Aqoursの事、飛び込みの事、友達の事……

全ての事に、曜は必要なのかなって、寄せては返す波の様に繰り返されたこの気持ち。

何度も何度も迷って、割り切れなかった悩み達。

動き出さなきゃ始まらないって、分かってる――そんな当たり前の事、ここに逃げ込んだ時から分かってたはずなのに、どうしても、今日だけは全然体が動いてくれない。

光はあって、後は一歩踏み出すだけ。行くべき場所、やるべき事は全部はっきりしてるのに、どうしようもなく、怖い。

前にも後ろにも行けず、ただぼんやりと、光の灯った出口の前で立ち尽くし続ける事しか曜には出来な――


「あーもうっ、曜! いつまでそうしてるのよっ!! 」

「え――うわっ!? 」

突然暗闇から、今度は声が聞こえてきた――と思ったら、声の正体を確かめる前に何かを被せられた。目の前の出口の光も遮られて、また真っ暗。

……意味が分からない。いや本当に。とりあえず、声の主を捕まえようと、腕を声の方向に伸ばしたけど、宙をかすめるだけだった――っ!?
伸ばした手が握られて、ぐいっと引っ張られた!? 予想外の事に抵抗も出来ず、されるがままに手を引かれる。まるで誘拐されてるみたい……

誘拐……

誘拐っ!? 本当にそうだったらどうしよう!? 逃げないと、今すぐ逃げないと――

「あっ、頭がスイッチしちゃってたわ。ごめんなさい、曜」

「……ん? 」

聞き覚えのある口調。被せられた何か越しでも分かるその声の主は……

「……鞠莉ちゃ」

「ヘッド、ローリーング♪ 」

「うわっ!? ちょ、ちょっと何して……」

「ふぅっ、これで視界OKかしら? 」

鞠莉ちゃん? が頭に被さった何かを動かしたらしく、さっきまで何も見えなかったのが、丁度両目の辺りに開いてる穴から外が見える様になった。
どうやら、いつの間にか展示室の外に出てたみたい。

……ん? 目の辺りに穴? それに、心なしか頭が重たい。何なんだ。何なんだろう、これは。

「……あの〜、鞠莉ちゃん。わ、私は一体、どうなっちゃってるの? 」

「それは後。二人とも、持ち上げられる? オッケー、ワンツースリーで上げるわよ? 」

「え」

後ろから、多分鞠莉ちゃんらしき声が聞こえたけど、姿は見えないし、質問には答えてくれなかったからますますどういう事か分からない。

ただ鞠莉ちゃん以外にも誰か居るみたいだから、振り返って確かめようとしたら、ぐっと頭? 被り物を押さえ付けられて、確認出来なかった。

さっきまで悩んでた事よりよっぽど意味不明でどうしようもな

「はい、ワン、ツー、スリー! 」

いっ!? 体が宙に浮かんだ。違う。持ち上げられたんだ。腰の辺りに手の感触を感じる。

何これ、私運び出されちゃうの!? いよいよ本格的にまずいなと思った瞬間、穴から見える小さな視界の隅に、見覚えのある茶髪が目に入った。この子は……


「……花丸、ちゃん? 」

「……ずらっ」

一瞬、動きが止まったけど、そのまま何も無かったかの様に私を下ろして――今度は何だろう。足元が、何だかふわふわしてる?

「ふふっ、これってさ、遊園地のスタッフみたいじゃない? 花丸? 」

「か、果南ちゃんっ! 鞠莉ちゃんが言ってたずらっ! 『バレない様にスピーディーに』って!! 」

「あ、やば」

……ぼそぼそ声だけど、近くだったから確かに聞こえたよ。

「果南ちゃん、花丸ちゃん、それに鞠莉ちゃん? 」

「げっ」

「ああ……」

「ふ、二人ともっ! ここまで来たら、後はやりきるだけよ! ちゃんと“着せて”あげて♪ 」

「へっ? 着せるって何を――」

言い終わる前に分かった。今の今まで、何をされていたのか。


うちっちー。

うちっちーの着ぐるみを着させられて、いる。

左手、右手って順番にはまって、背中のチャックがジーッと閉まって、着替え完了!


「じゃないでしょ!? 待ってよ!? これ何!? 何で、これっ!? 」

今の私の、素直な気持ち。

何これ。
一人クラゲを見ながら、悩みに悩んでいたと思ったら、いきなり明かりが落ちて、部屋から追い出され、そのままうちっちーの着ぐるみを着させられた。

人魚姫もびっくりだよ、こんなの。声はともかく、人としての自由をこんな形で失う――声? 待った。さっき私、声出てた様な。

今日みとシーに来て、皆を見た時。一人の時。確かに出なかったはずなのに、いつの間にか戻ってる……?

「さて、曜? 私も、ほんとは言いたい事いっぱいあるし、きっと貴方は――マリー達なんかよりずっと、色んな気持ちを抱えているんだろうけれど……とりあえず、見て欲しいものがあるの。来てくれる? 」

鞠莉ちゃんの声が、また後ろから聞こえてくる。表情が見えないから、どんな気持ちで言ったのか分からないし、声の感じでも、怒ってるのか、はたまた悲しんでるのかさえ、結局見えてこなかった。

ただ分かるのは、やっぱり自分の声が戻ってる事。友達に会えて、見つけてもらって、少し安心したから、かな?


見て欲しいもの。何となく察しがつく――というか、ここにきて水族館の魚達を見せるなんて言われても困るし、じゃあ他に何があるって考えたら、もう一つしか考えられない。


多分、Aqoursの皆だと思う。
けど、それなら何で、わざわざ着ぐるみなんか着せたの? 大体、どうしてAqoursの皆を見て、なんて今更……?

鞠莉ちゃんは、理由も無く何かをしたり言ったりする訳じゃないっていう、ダイヤちゃんのいつかの言葉を思い出す。それを信じるとしたら、探しに来ただけじゃなくて、何か理由があって、あんな事をしたんだろうけど……

もしかして、クラゲの電気を落としたのも、出口だけパッと照らしたのも、鞠莉ちゃんの考えで――鞠莉ちゃんなら出来なくもないからね――何か意味が……流石に考えすぎか。


私の為に――ただ曜が居なくなって、それを連れ戻すだけの為に、そんな事をする必要が無い。とても考えられない……よね。


――――


ぐだぐだと空っぽな頭を動かしている内に、今日初めに来た“あの場所”に着いた。

ショーステージ前。
PVで何度も出てくる場所。Aqoursの皆もそこに集まってた。

丁度映画館の座席みたいになっているこのショーステージは、私が今居る通路からステージまで十メートルくらい離れてて、そのせいか、皆もこっちには気付いてないみたい。

それとも、気付いていて、無視しているのかも――やめよう。余計な事を考えるのは。

でも、少なくともここから見る限り、私が居ないことを気にしてる素振りはない、みたいだね……。


着ぐるみは思った以上に重たくて、歩くのにも一苦労。前を歩いて手を引いてくれた果南ちゃんと花丸ちゃんが居なかったら、ここまで一人で歩いてこられるか……ほんの百メートルも歩けるか怪しかったから、お礼を言おうとしたのに、二人はちらっとこっちを見て、何も言わずに皆の元へ行っちゃった。

そして、鞠莉ちゃん。
ずっと私の後ろに居たけど、ついに私の前に顔を見せて――怒った顔だった。

「……今から、『曜の居ないAqours』を見せるわ。しっかり、見ているのよ」

そう一言言って、私の元を去っていった。

……『曜の居ないAqours』っていう言葉がまた、ぶくぶくと泡を立てながら胸の中に、深く深く沈んでいく。

どうして、そんな事。
そんなの見せられたら、曜は……

正直、直視出来ないかもと思ったけど、それを通して大事な事を伝えようとしてるんだとしたら。ちゃんと見なきゃダメ、だよね。

皆からだいぶ離れているのと、着ぐるみを被っている事もあって、何を話しているかは全然分からないけど、しばらくして恋アクのサビのダンスフォーメーションの位置に付いた。そういえば、サビの撮影に大水槽を使うか、ショーステージを使うかって、実際にやってみてから決めるって言ってたっけ。

しばらくして曲のサビの部分が流れてくる。この一ヶ月間、一体何回聴いたか見当もつかないくらい、沢山歌って踊った恋アク。

覚えられるか心配していたルビィちゃんも、皆に負けじと頑張ってついて行ってる。
いつもぶつかっちゃうってケンカしてた千歌ちゃんとダイヤちゃんも、息ピッタリに立ち位置を入れ替えてる。

全員、それぞれあった課題をクリアして、カンペキに踊れてる……やっぱり凄いよ、皆。
練習でずっと一緒だったからこそ、頑張りが分かる。メンバーの一人一人が全力で練習して良いものを作り上げる為に、それぞれが手を抜いたり、誰か一人でも欠けちゃ、百パーセントの良いものは作れっこない――


そう、だった。

そうだったんだ。

今のAqoursは、九人だからこそ、Aqoursなんだって、始まった時からずっと皆で言ってたじゃん。

自分の事ばかり心配していて、一番大事な事を忘れてたなんて。
皆の事を考えてた様で、ちっとも考えられてなかったなんて。

つくづくバカだ。私。鞠莉ちゃんが怒ってたのも納得だよね。
そうだ。あえて着ぐるみなんて着せたのも、私に、Aqoursのメンバーとしてじゃなくて、別の角度からAqoursを見させて、忘れてた事を思い出させる為だったんだ。


……私、普段は何にも考えてなくて、話し合いとかでも、ほとんど人の意見に付いていくだけであんまり役に立たないし、ダンスは得意っちゃ得意だけど、大雑把だからよく間違えちゃうし、歌だってそんなに上手い訳じゃない。

その割に、一回何か考え込み始めると止まらなくて――底の無い暗い海にどこまでも沈んでくみたいに、深く深く悩んじゃう。
面倒臭くて、バカな曜。

だけど、こんな曜でも……Aqoursにとって、大事なメンバーなのかな……?

千歌ちゃんや梨子ちゃんにとって、大切な友達――


「あっ! うちっちーだ♪ 私達のダンス、見に来てくれたの〜!? 」

ダンスを終えた千歌ちゃんが、こっちを見るなり凄い勢いで走ってきた。

それを見た途端、えっ、っていう声が喉に突っかかって、止まっちゃった。これ、あの感覚に似てる……?

「あれ? いつもなら手をパタパタってしてくれるのに、どーしたの? 」

そうか、今私はうちっちーなのか。じゃあ喋っちゃいけないのは当たり前――じゃないよ。うーん……とりあえずどうしようかな。
逃げる? でも、この図体じゃ走れないっていう事は、さっき歩いてみてもう分かってるし。
黙って誤魔化す? でも、千歌ちゃん以外の子がこっちに来たら困っちゃうし――そもそも、着せてくれたあの三人は何してるの……?

「むむ〜……怪しい……」

悩んでる時に良く出てくる唸り声を出しながらじーっとこっちを見てきて……向こうは見えてないんだろうけど、目が合ってて……。
さっきまで色々考えてたその相手をこうして目の前にすると、何か恥ずかしい――しまった。このままじゃバレちゃう……!

どうしよう……こうなったら、イチかバチか逃げてみるしかない。一旦逃げて、着ぐるみを脱いでからここに戻ってくれば

「もしかして……中身曜ちゃんだったり? 」

「――」

思わず千歌ちゃんを避けて飛び出しちゃった。
そんな事したって、どっちにしろバレちゃうのは時間の問題だっただろうけど……。

でも、中身がバレる事よりもずっと深刻な問題が今、私に襲いかかってる。

そう。思い切って飛び込んだ先は――空。
それに下はプールの水なんかじゃなく、ただのコンクリートの床。そして多分このまま行けば、着地点は階段……。

という事は、このまま行けば私は階段から転がり落ちて

「う――わああああっ!? 」

ゴロゴロゴロ! って効果音がついてもいいくらい、盛大に転がっちゃった……その弾みで、着ぐるみの頭の部分だけ飛んでいって、うちっちーの生首が転がってる、なかなかグロテスクな絵面になっちゃってるし……。

けど、転んだ割に着ぐるみのもふもふのおかげなのか、どこもケガはしてないみたい。

ただ、体を何度も地面に打ち付けたからちょっとだけ痛い。

「あー……いたたた……どうなる事かと思っ」

「よーちゃんっ!!」

「え――」

「良かった、本当に……もう、自転車だけ置きっぱなしになってるし、連絡はつかないし、オマケに何か分かんないけど着ぐるみ着てるし、転んじゃうし……すっごく、すっごく心配してたんだよ、バカ……」

千歌ちゃんがぎゅって抱きしめてくれた。
けど、気持ちは少し複雑。
嬉しいのと、千歌ちゃんの泣きそうな顔を見て、私も悲しいのと――何より一番大きな困惑。どうしてだろう。

どうして、なんだろう。
千歌ちゃんを目の前にして、また声が出なくなっちゃった。

クラゲの展示室で、鞠莉ちゃん達にうちっちーの着付け? をしてもらった時は戻ったのに。
さっき八人の姿を見て、私も頑張らなきゃって思ったのに。

それに、今はもう一人じゃない。周りには、Aqoursが全員、居てくれてるのに――


何で、何で……声が出ないの……っ!

「曜ちゃん…………うん、分かった。形はどうあれ、ちゃんと戻って来てくれて良かったよ……その、何があったかとか、無理に聞かないからさ! 」

千歌ちゃん……やっぱり千歌ちゃんはいつでも優しいんだね。ありがとう。それと……ごめんね。心配かけちゃって。私はもう平気だから。早く、PVの続き、を――

声は頭の中で再生されるだけで、一言たりとも音になる事は無かった。

抱きしめてくる力が少しずつ抜けていく。

何か言わないと。何か、何か。
言わないと、何も伝わらないのに。言えない……言えないよ、千歌ちゃんには、言えない、よ……っ!

本当に今、曜が伝えたい気持ち……

曜は……
出ない。

曜はっ。
出ない。

曜はっ!!
出ない……出てくれない……よ。


千歌ちゃんの手はもう力を無くして、ぶらんと垂れ下がっている。こっちを見ている様で、上手くピントの合ってない目は、今にも涙が溢れそうな程に潤んでいるのに、笑顔で――でもそれは、歪に引き攣っていて……

曜が何も言わないから? そう。そうに決まってる。から、早く千歌ちゃんに言わないと。自分の思ってる事全部。

言えって、体中が叫んでるのに、その叫びは一向に音になってくれない。

もどかしさと無力さと、ここまで来ても変わらない自分のバカさに涙が出そうになる。

こんなはずじゃ無かったのに。
今日は楽しい一日になるはずだったのに……。


曜のせいで、曜の……せい、で……。

「う、あ……えっと、と、とりあえず、さ、続き撮ろ? あ、ほ、ほらっ、曜ちゃんのパート、まだ沢山残ってるから、早くしないと日が暮れちゃう――」


「いい加減にしろっ!! 」


あ――?


「え……か、果南ちゃ、ん……? 」

どうしようどうしようと考えて、ごちゃごちゃになっていた頭に思いっきり氷水をかけられた様な感覚。


果南ちゃんが、果南ちゃんが……怒った?

千歌ちゃんも曜と同じ様な反応――驚いて、空いた口が塞がってない。

滅多に怒る事は無いし、怒っても、どちらかと言うと言い聞かせる感じの怒り方をする、果南ちゃんが、まさか……こんな……。

「……二人がちゃんと顔を合わせれば、それでもう、何とかなるって、信じてた。前だったら、なってたのに……いつからそうなったの!? 二人はさ、ずっと一緒に居て、笑ったり、泣いたりしてきた、幼馴染みでしょ!? ねぇっ、いつから? いつから……っ! 私の知らない曜になったの? 千歌になったの? こんな……こんなの、私の自慢の幼馴染みじゃ、ない……っ!!」


ぽたぽた、果南ちゃんの目から雫が零れていく。
初めてかもしれない。果南ちゃんが泣いてるのを見たのは。

私達だけじゃなくて、他の皆も戸惑ってるみたいで。果南ちゃんが鼻をすする音以外、何も聞こえて来ない。

沈黙。

ほんの二、三秒のその沈黙が、物凄く重くて、痛い。
一秒毎――ううん、それよりずっと多い。コンマ〇・一秒毎に、果南ちゃんの言葉が蘇ってくる。

『二人はさ、ずっと一緒に居て、笑ったり泣いたりしてきた、幼馴染みでしょ!? 』

幼馴染み。
何でも言い合える様な心の通じ合った相手――だと曜は思ってる。

曜はどうだろう。

千歌ちゃんの心が――ちっとも分からない。今、何を思ってるのか。

果南ちゃんの心が――これっぽっちも分からない。どうして、こんなにも怒ってくれるのか。

こんなのって、全然ダメじゃん……幼馴染みなのに、何にも言えないし、何にも分からないなんて……。

「ひっ、ぐ、ふたり、とも、ほんと、にっ、ダメだって……ぐすっ、やっと、うぅ……いっしょに、ならべるように、なったんだから……もう、中学生のとき、みたいに……うぅっ、けほっ、んっ、なっちゃ、ダメだよ……っ!! あんなの、もう……私、辛くって……どうすればいいか、わかんない、っ、ぐすっ、ううぅ……」

果南ちゃんの所に、鞠莉ちゃん、ダイヤちゃん、それに花丸ちゃんが駆け寄るをそれを機に、他の皆も曜と千歌ちゃんの方に駆けて来た。

果南ちゃん……。
中学生の時の事。一時期――中二の夏休み明けから三年の二学期の終わりくらいだったかな。千歌ちゃんと上手く話せなかった時期があって。

原因は本当に些細な事。
夏休み明けに、夏休みに自分がした事と、これからしたい事を発表するって時に、千歌ちゃんは何も言わなかった。

それを何で? って聞いたら、何にも言わずに、ただニコニコしてるだけで。

怖かった。夏休み中、沢山千歌ちゃんと遊んだのに。果南ちゃんが受験だから、二人でずっと――フラフラになるまで遊んだ日もあったのに。何にも無いって……どういう事?

ニコニコ。怖い。怖かったから――私は、千歌ちゃんを避ける様になっちゃった。

それからは、もう最低限の会話くらいしかしなくなって、ついには、なるべく話さない様に、顔も見ない様にする程になってた、かな。

結局、果南ちゃんや、千歌ちゃんのお姉ちゃん達、担任の先生……色んな人に色んな話をされて何とか元通りの関係に戻ったけど、その時に私達のモヤモヤが完全に消えた訳じゃなくて。


Aqoursを始めてからも、たまに会話に詰まる事があった。でも、それを突き詰めると、また昔みたいになりそうだったから、どっちかが必ず話題を変えて誤魔化してた。

でも……いつまでもそんな誤魔化しが効くわけがなくて――だから、今こんな事になってる。

そうだ。あの時と同じ。曜の声が、千歌ちゃんの前だと出なくなるのも、千歌ちゃんの引き攣った笑顔も。全部、あの時のままだ。それに、果南ちゃんは気付いていたんだ。まだ私達の問題は解決していなかったって。


千歌ちゃん……必死に涙を堪えてる。
曜も同じだよ。

曜だって――私だって、あんなの、もう嫌だよ。

あんな……ずっと水に顔をつけているみたいな、息苦しい毎日は。
家に帰る度に、部屋に篭って泣いてた毎日は……。


「……二人とも、気持ちは凄く分かるわ。大事な友達は、傷付けたくないものね」

果南ちゃんの頭を優しく撫でながら、鞠莉ちゃんが私達に話しかける。
展示室の時のおちゃらけた声とも、私をここに連れてきた時の怒った表情とも違う。
優しい顔で――でも芯のある、真剣な声で。

「でもね。何も言わない事が……相手を一番傷付ける事もあるのよ? それは、優しさなんかじゃない。自分の弱さを相手に押し付けてるだけ。自分が弱いから、言えないだけなのに、『相手が傷付くから』なんて、言い訳に相手を使うのは――ただの臆病者よ」

そう。ただただ私達は臆病だった。
相手を傷付けるのが――自分が傷付くのが怖いだけの。

「……鞠莉さんがそれを言えますの? まぁ、いいですわ。大体、自分が弱い事にも――相手が弱い事にも気付かないで、自分のものさしだけで解釈する事程、間抜けなものはありませんわ。全く……」

ダイヤさんが、いつもの少し嫌味な口調で――でも、曇りのない笑顔で続ける。

「果南さんの言う『自慢の幼馴染み』はこの程度の事で壊れてしまう、脆い繋がりではないでしょう? 」

そう。ただただ私達は、自分のものさしだけでずっと相手を測っていた。
それじゃ、相手の本当の心の強さも、弱さも、分からないのに。

「マルは……鞠莉ちゃんやダイヤちゃんみたいに大人じゃないから、あんまり難しい事は言えないけれど……二人とも、もっと貪婪(どんらん)で良いと思う――あ、つい癖で……もっと欲深くても良いって意味ずら! 」

花丸ちゃんは、おろおろしながらも、はっきりとした言葉を投げかけてくれる。

「欲深いっていうのは、少し言い過ぎかもしれないけれど……でも、それくらいしても、神様から罰は当たらないと思う。二人とも、すっごく優しいから……! 」

そう。自分なんて、って思ってずっと一歩引いていた。
千歌ちゃんとの事も、スクールアイドルと飛び込みの事も……求めちゃダメだって、決めつけて――素直になれないまま、何も言えなくなっていったのに。


千歌ちゃんはいつの間にか、果南ちゃん以上に、ぼろぼろ涙を流しながら泣いちゃってる。鼻水まで、出てるし……でも、私も……

色々な後悔と、今までの誤解が沢山蘇ってきて、視界が滲んでいく。
溢れ出た想いの粒が、この場にはあまりにも不釣り合いな着ぐるみに染み込んで、溶けていく。

「よう、ちゃ……ん、ごめん、ぐすっ、うっ、ごめんね、っ、ずっと、ずっと……がまんさせてきちゃって……ようちゃん、にっ、つらいの、おしつけちゃって……ごめんっ……ひっぐ、ごめんね……」

「うぅう……ちか、ちゃん……私こそ、なんにもいえなくて、ぇ、ごめん、なさい……絶対、不安だった、のにぃ……きづけなくて……ほんとに、ごめ、ぐすっ、ごめんなさい……」

気持ちが、やっと通じ合った気がして。

今度は私も力を込めて、強く、強く、抱きしめあった。


――――


「……流石に長くない? 二人とも」

「「……あ」」

私達の一番そばに居た梨子ちゃんが、ここで突っ込んでなかったら、多分ずっとそうしてたかもしれない。

「ご、ごめんねっ、千歌ちゃん、その……嬉しくて、つい」

「良いって。私も嬉しかったんだから……」

「……そっか。良かった」

「くすっ、曜ちゃん。やっと素直になれそうだね」

いつもと変わらない、優しい優しい笑顔で、梨子ちゃんがゆっくり話し始める。

「初めての人気投票で、初めてのセンターなんて、私なら絶対無理だと思ってたし、不安じゃない訳無いのに、そんなの感じさせないくらい、毎日元気に、全力で頑張ってた事、本当に凄いなって思う。でも……それもそれで不安だった――って何かヘンかな? 」

「うんうん。どこで息抜きしてるのかな〜ってずっと思ってたよ……」

「いや、千歌ちゃんにも同じ事思ってたけれど……でも、そうだね。ずっと隙が無いって言うか、誰にも頼らないって、凄いけれど、怖いなって思ってたの。だからね、ありきたりかもしれないけれど、『曜ちゃんは一人じゃない』って事は忘れないで欲しいな。スクールアイドル――ううん、どんな人にとっても、それって大事な事だと私は思うから……」

そう。前梨子ちゃんも言ってた。都会から転校してきて、凄く不安で押し潰されそうだったけど、浦女の皆が仲良くしてくれて、Aqoursの皆が、毎日を楽しくしてくれて、本当に幸せだって。

「千歌ちゃんや果南ちゃんは勿論、曜ちゃんには沢山、想ってくれる人が居るんだから――当然私もだよ? 一人じゃないって、皆が教えてくれたから……今度は曜ちゃんにも、知って欲しい」

「……その通り……! 貴方はヨハネのリトルデーモン……それに、他にも多くのリトルデーモンが、この下界には居るんだから……どんな困難も敵ではないわ! 」

「善子ちゃん。曜ちゃんが居なくなったって知った時、すっごく心配してたよね」

「ヨ・ハ・ネ!! 後余計な事言うなっ!! 」

「ルビィも、曜ちゃんが最近何だか暗くて――しかも今日は来てくれなくて……もしかしたらルビィが代わりにセンターやらなくちゃいけないかもって、不安で不安で……けど、ちゃんと戻ってきてくれてよかった♪ 」

「……ルビィ、それは何か違うのでは? 」

「うぇ!? そ、そんな事ないと思う、けど……」

「確かに、あわよくば自分がセンター、みたいな感じだったわね……」

「よ、善子ちゃんまで〜……」

「でも、ルビィちゃんは、本当に曜ちゃんの事心配してたずら」

「花丸ちゃ〜ん……♪ 」

「皆、騙されてはダメよ。ルビィはヨハネと同じ、悪魔なんだから……!! 」

「ちょっとちょっと! せっかくいいムードだったのに、どうしてこうなっ――もーっ! 果南ー!! いつまで泣いてるのよっ!! 」

「うぅうう……だっ、でぇ……ぐすっ、また、あの時に、ずずっ、もどっぢゃゔかもって、おもっだらぁ……」

「はぁ……あの果南さんがこんなに取り乱してしまうなんて……どれだけ酷い状態だったのです? 貴方達」

「うぅ……その、二人とも同じ教室で毎日会うのに、全然話さなかったりは序の口で……」

「わざとバスの時間をずらしたりもしてたよね……」

「あー……それで二人ともいつものバスからずらして、そこでかち合うこともあったよね〜」

「いいがげんにじろーっ!! うぅ〜……」

「わぁっ!? ご、ごめん……でもっ、もうほんとに平気だよ。千歌、ちゃんと言うって決心したから」

皆の声を聞いて心の底から安心したのか、千歌ちゃんも私もすっかり涙が引いていて――それどころか千歌ちゃんはまた笑顔に戻って、周りの皆の様子を見回した後、私の事を見つめてる。
着ぐるみ越しよりずっと近いのに、今度は恥ずかしいと思わないのは、きっと千歌ちゃんのこの表情のおかげ。

Aqoursを始めてから、初めて目にする様になった、千歌ちゃんのこの顔。

どこまでも前へ突き抜けていく様な、強い眼差し。

一人きりじゃ抱えきれなくなった不安のもやもあっという間に晴らしてくれる、太陽みたいにキラキラ輝く――私の大好きな笑顔。

でも、これで良いのかな。千歌ちゃんを含めた皆が皆、私の事を想ってくれて、応援してくれて……
いや、ダメだよ。これじゃ。いつまでもただ千歌ちゃんに頼ってるだけじゃ。

だって私は――Aqoursのメンバーで、恋アクのセンターで――

千歌ちゃんの『一番の友達』なんだから。


もう大丈夫。大丈夫なんだ。

「あのね、曜ちゃ」

「待って、千歌ちゃん」

「……え? 」

「止めた訳じゃないよ。ただ……ただね。私から、話させて欲しい。千歌ちゃんに言いたくて、言えなかった事が本当に沢山あるから……」

「……いや、曜ちゃん。千歌が言いたかったのはそういう事じゃなくて」

「何? はっきり言ってくれないと分かんないよ? 」

「むっ、そういう言い方は――って、これで良いんだよね、私達は……じゃあ言わせてもらうけど……」

千歌ちゃんからの私への気持ち。
どんな事でも、大丈夫。私はもう、大丈夫だから――

「着ぐるみ、どこから盗ってきたの? 」



「…………は? 」

は?


「は、じゃないでしょ。ずっと気になってたんだから。だってうちっちーだよ? みとシーのマスコットキャラクターだよ? 何でそれを曜ちゃんが着ちゃってるの、おかしいでしょ」

「いや。いやいやいや。待って――というか、そもそもこれ、私が着たくて着た訳じゃないからね? 」

「いくら隠れ場所に困ってたからって、流石に着ぐるみはね〜……驚きを通り越して感心だよ、曜ちゃん」

「だから、違うって言ってるでしょ!? これは鞠莉ちゃんが――」

「そうやってすぐ人のせいにするの、良くないと思うよ! 大体、もし千歌が声掛けてなかったら、ずーっとぼーっとつっ立てるつもりだったんじゃないの? 」

「な、何でそんな!? って、そういえば私が入ってるって最初から知ってたの!? 」

「いや、知らなかったよ? 入ってたらいいな〜って、何となく、適当に言ってみた♪ 」

「えぇ……違ってたらどうしてたの? そういうさ、何も考えずに動いちゃうの悪い癖だよね、千歌ちゃんの! 」

「何だと〜!? 曜ちゃんだって結構向こう見ずな所あるでしょうが!? 」

「ふんっ、私はこう見えて色々と考えてたりするから〜! 」

「それで今日皆にめちゃくちゃ迷惑かけたのに、よく言えるよそういう事!! 」

「げ、そ、それは……あ、新しい個性ってやつだよ!! 」

「……」

「……」

「……ぷっ、何それ……」

「何だろね、分かんないや」


千歌ちゃんが放った爆弾という名のボールを使った会話のドッジボールは、どうやら私が勝ったみたいで。

「ぷぷ……あははははは♪ 」

お腹を抱えて笑い出したその姿に――

何だか私も面白くなっちゃったみたい♪

「くすっ♪ あはっ、はははははははは♪ 」


ついさっきまでの重たい空気が、果たしてここにあったのかって、疑いたくなる程に、何だか面白くって、たまらないよ♪


――――


「ははは♪ ほんと、新しい個性って……絶対そんないいものじゃなかったでしょ! ポジティブ過ぎだって、ぷっ、あははははは♪」

「そっちこそ、あの流れで何で着ぐるみの話――そっか、まだ私、下はうちっちーのまま――ふふっ、あははははははは♪ 」

「い、今更気付いたのですか……!? というか、せっかく戻りかけた真面目な雰囲気が、またぶち壊しになっていません? 主に千歌さんのせいで」

「うっ……ううっ……」

「は!? ま、まだ泣いてるの、果南さん!? 」

「そう……そうだよ、よう、ちかぁ……ぐすっ、二人は、けほっ、それでこそ、わたしの、自慢の幼馴染み、だよ……うぅ……」

「もう一度、ビシっと言っていただこうと思っていたのに……果南さんったら……」

「まぁ、ここ最近、果南もずーっとナーバスで、ハードモードだったし、それの反動でこうなっちゃっても仕方ないんじゃない? 正直かなり面白いから写真は撮るけど」

「そう、ですわね。そう考えると、あの二人に至っては、何年も溜まっていた想いが一気に解き放たれたのですから、ああなるのも無理はありませんわね……後でわたくしにも送って下さいね」

「あっ、そうそう、言い忘れる所だったわ! 千歌、そのマスコットはね、何と小原家特製、PVの為に作ってきたスペシャルモデルなのよ!! 」

「えっ!? そうなの!? 」

「あぁなるほど……通りですっごいもふもふに、耐久力だと思ったよ……」

「本当は普通に曜に着させるつもりだったけど、事の成り行きを見てたらああした方が面白――じゃなくって、一石ニチョー? サンチョー? とにかく、PVも撮りつつ、曜の件の解決の手伝いにもなって、お得だったから、ね? 」

「まぁ確かに……着ぐるみのおかげで何とかなった所はいくつかあった気がするかも……」

主に着地とか。凄いよ、あんなにゴロッゴロ転がって、傷一つ無いなんて。

「ぐずっ……ごれだがら、がねもぢ、は……ひっぐ」

「最早執念の様なものを感じますわね、その台詞……」

「そうだったんだ……ごめん曜ちゃん。早とちりしちゃって」

「いいって。私も……良く分かってなかったし」


…………ん? PV撮影?

すぐクラゲの所に逃げて、着ぐるみ着せられて、ショーステージの所に連れられて、今ここ……。

いつから、どこで、撮られてた……?

「流石鞠莉ちゃん、策士ずら……理事長の腕が光るずらぁ……」

「やるわね……流石は私が認めたリトルデーモン、マリー……」

「善子ちゃんはほとんど何もしてないけどね」

「うるさいわっ!! 」

「ふふっ♪ そんなに褒められると、マリー照れちゃうわ♪ じゃあ褒めてくれたお礼に……PVには入れられない、曜の姿を収めた秘蔵映像を」

「待って待って待って!? ほんと、どこから撮ってたの!? ねぇっ!? 」

「ンー……元からクラゲの所には隠しカメラを付けてたし、着ぐるみのくだりはずっとカメラは回しっぱなしだったから……ほぼ全部かしら? 」

「消してっ!! 特にクラゲの所!! 」

滅茶苦茶に悶えて、何回もため息ついて……あんなの見られるなんてたまったもんじゃないよ……!

「えーっ! 一回も確認せずに消しちゃうなんて勿体ないよ〜! 」

「でしょ♪ どちらにせよ、使えるシーンを探すのに、一回は全部見なくちゃいけないんだから、ね♪ 」

「そ、そんなぁ……」

「最初から逃げなきゃ良かったんだよ、よーちゃん♪ 」

「またそういう事言うっ!? そろそろ怒るよ……! 」

「もう怒ってんじゃん! 」

「怒ってない! 」

「怒ってる!! 」

「……」

「……」

「ダメだ、やっぱり面白い……! 」

今度は私の負け。私が笑い出すと、一気にその輪が広がって、皆笑い出した――未だに泣いてる人も居るけど……。

それぞれがそれぞれに、笑い合ってる中に、一人だけ、くすくす、静かに笑ってる子が一人。

「梨子ちゃん。ほんと、よく分かんないけど、面白いね」

「うん、本当に……良いよね、こういうのって」

今もずっと、輪の一歩外から皆の様子を見て笑ってた梨子ちゃん。

Aqoursの練習の時とか、皆で遊びに行った時とか、何度かそういう梨子ちゃんの様子は見てたし、『皆の歌って踊ってる姿をいつか絵にしてみたい』って言ってた事もあったから、皆を見てるのが好きな子なんだって、今はちゃんと分かって――そういうのもいいなって思える。

「けどさ、輪の中に入ったら、もっと楽しいと私は思うけどな〜」

「そうだよっ、私とよーちゃんみたく
もっとこう、わちゃわちゃする感じ? 」

「……くすっ♪ だから、今はすっごく楽しいよ? そんな、仲良しな二人と友達っていうだけで――こんなに楽しいグループに居られるだけで、嬉しいんだ。思わず笑顔になっちゃうくらい♪ 」


――やっぱり、梨子ちゃんは良い子だよ。
それでいて、いつも大事な事を気付かせてくれる。

初め会った頃は、都会から来たから、特別なんだって思ってたけど、全然そんな事無い。

全部、梨子ちゃんが持ってる優しさなんだよね。


「「……ありがとう、梨子ちゃん――あ」」

「えっ、今カンペキに重なってたよ。タイミング」

「あっ、あはは……千歌ちゃん、もしかして『梨子ちゃんは私にとって大事な人』みたいな事、考えてた? 」

「うそ!? 千歌も全く同じ事考えてたよ……梨子ちゃんは内浦に舞い降りた救いの天使だって……」

「ちょ、ちょっと、天使だなんて、大袈裟すぎだよっ! 」

「そうよっ!! 大体、リリーは天使じゃなくて堕天「やめるずら」

「でも、天使みたいなものかもしれませんわね。梨子さんが居なければ、こんなに沢山、いい楽曲は出来上がらなかったでしょうし」

「そうだよねっ! それにすっごく可愛いくて優しいし……お姉ちゃんよりお姉ちゃんになって欲しいかも……」

「ルビィ……? 」

「じょ、じょうだんですっ! いっつじょーく♪ 」

「ああ、妹がどんどん悪に染まっていく……」

「いやいや、あの、マリーも作曲出来るんですけどー!? 」

「……鞠莉一人に任せるとロクな曲が出来ないよ」

「何ですって!? って、何だ、泣き止んじゃったのね、残念……」

「も、もう絶対泣かないからっ! というか、あれはもう、自分でもどうしようもなかったというか……お願いだから忘れて……」

いつの間にか、梨子ちゃんだけじゃなく、皆がぎゅっと集まっていた。
わいわい。がやがや。九人しか居ないのに、その何倍も人が居るみたいに騒がしいけど――本当に。


「千歌ちゃん」

「何、曜ちゃん? 」

「何かもう、色々言おうと思ってたけど、やめた」

「えっ――いいの……? ずっと悩んでたはずじゃ」

「いいの。もう。その代わりにね、これだけ聞いて欲しい。」


伝えなきゃいけない、とか。
打ち明けて、どうにかしなきゃいけない、とか。

そんな難しいものじゃない。
もっと単純で、どんな事よりも大事な気持ち。


私にとっては――飛び込みを始めるきっかけでも、Aqoursを始めるきっかけでも、そして。

これからも飛び込みを続けていく、Aqoursを続けていく理由にもなる。


それは。

「大好き。内浦も。沼津も。浦女も。飛び込みも。スクールアイドルも。Aqoursも……千歌ちゃんも、全部、全部、大好き♡ 」


その言葉で、世界が弾けた様な気がした。
自分でも気付いていなかった、大事な気持ちを見つけられたから、かな。


嬉しくて。嬉しくて。


大好きはもう隠さないよって、心の中で呟いたんだ♪


――――


「ほんと、懐かしいなぁ……まさか果南ちゃんの泣き真似がしばらく流行るとは思わなかったし、そもそもセンターが決まってしばらくの時点で、私の様子がおかしくなってたなんて……分かってたなら早く言ってくれれば良かったのに」

「うんうん。おかげで幼馴染みの私は困らされましたよ、全く……」

「そうだね……千歌ちゃんには、あの時本当に迷惑ばっかりかけ――なっ、千歌ちゃ……また来たの!? 」

「いやぁ、スタンバイ五分前なのに、いつまでもフンフン、フンフン、のんきに鼻歌歌いながら、余裕こいてる人が見えたから、調子を伺いに来ただけだよ〜♪ 」

「え、それ私……? 」

「さぁ、誰だろうね? あっ、『千歌ちゃん大好き! は流石にまずかったかな……』とかも言ってた気が」

「もういいっ! 分かった、分かったからっ! 私が悪かったですっ!! 」

「ふふっ♪ 分かればよろしい♪ 」

「もー、勘弁してよ……毎回毎回、恋アクの前になると何も言わずに寄ってくるの……」

「そりゃ、心配だからね〜、何だかんだ言って、毎回センターに立つとガチガチだから。よーちゃん」

「ほう……それを言うなら千歌ちゃんだって、昨日のミラチケ前のMCでほっとんど喋ってなかったよね……? 」

「あ、あれは自分を高めるアレだよ! アレっ!! 」

「……でも緊張して、何回も水飲んで」


「いい加減にしろっ!!」

「「ひぃっ!?」」

「はぁ……もう、大概にしてよね。一応、ライブ中なんだからさ」

「「……ごめんなさい、果南ちゃん……」」

「……むちゃくちゃ効いてる……くくく……」

「というか果南さん、本格的にやりすぎでしょう……くすくす……」

「こら、そこ二人も、準備しないと。次は私達三年生がメインなんだから」

「果南、未熟DREAMERになると毎回エキサイトするわよね♪ 」

「それは……当たり前でしょ? 」

「……また泣きませんわよね? 」

「泣かんわっ!! 全く……ダイヤにまで何かヘンなキャラが伝染してる気がするよ……」

「ちょっと先輩達ー、スタンバイ三分前なんですけどー」

「うゅ……皆どうしてそんなにリラックス出来るの……? 」

「ルビィちゃん……オラも、未熟DREAMERになると何か緊張しちゃうずら……」

「あんたらはいつになったら慣れるのよっ!! 」


くすり。誰かが笑い始めて、それがどんどん広がって最後は全員で笑い声の合唱。
我ながら、ライブ中のスクールアイドルとは思えない、凄い光景だと思う。

けど、これがAqoursなんだよね。
だって、皆で笑ってるとすーっと、湧きかけてた不安がどこかに行っちゃうんだもん!

こうして笑い合う度に思うんだ。
この九人なら何があっても大丈夫って。

大好きな、皆と一緒なら。

どんな嵐でも超えていけそう! なんて、ね♪


――――


忘れちゃいけない、大好きな人達。

こんなに広い会場にも関わらず、キラキラ輝く海を作ってくれる、ファンの皆一人一人。

みーんなのおかげで、こんな大きな舞台に立ててるから――もう不釣り合いなんて思わないよ♪

大好きな青い海を見ながら、大好きな曲で歌って踊れるなんて――もう、私は幸せすぎるよね♡

その気持ちが止まらないまま、このツアー最後の『ヨーソロード』が開く。私のソロパートがやってくる。

緊張なんてもう、大好きの気持ちで彼方に吹っ飛んでて――今はただ、楽しくて、幸せで、大好きで。

何回言っても、歌っても足りない、大好きに気付かせてくれた大事な大事な歌を――ほんの少しだけ、寂しさを噛み締めながら、歌い出す。

さーっと皆が左右に分かれて、その瞬間、私だけの道が出来ていく。踏み出す前に、左、右としっかり確認すると――


全員、私の方をちらりと見ていてくれて――あーもう。ほんっと、大好きだよ。皆……っ!


一歩、二歩と歩く度に、胸が苦しくなる程、熱い想いが体を駆け抜けていく。
私はひたすら、全身全霊を込めて最後のサビを歌う。

そしてついに。

本当の本当に最後。


よし。今日も素直に、大胆に伝えよう!


私の――曜の、『本当の気持ち』!



「大好きよ、もう隠さない♪ 」




Fin .
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