ある日の午後に

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曜-アイキャッチ12


【曜:何度でも】

 用事を終えた私は部室へと向かっていた。
 千歌ちゃんは先に行っている。
 練習まではまだ時間があったけど……。
 千歌ちゃんに早く会いたい、そう思うと自然と歩みが速くなる。
 校舎を出ると、中庭に千歌ちゃんの姿が見えた。

「千歌ちゃ……」

 掛けようとした声を、私は途中で飲み込んでしまった。
 梨子ちゃんと楽しそうに話しているのが見えて、なんだか入り辛かったから。

pixiv: ある日の午後に by あめのあいまに。

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 私は千歌ちゃんのことが大好きだ。ライクじゃなくて、ラブの意味で。
 女同士だって幼馴染だって関係ない。誰がなんと言おうとも、これは私だけの本当の気持ち。
 でも私は千歌ちゃんを、あんな風に笑わせてあげることができるのかな……。

 梨子ちゃんは東京から来た転校生。
 ピアノが得意でスケッチが好きで、見た目も雰囲気も喋り方も身振り手振りも、何もかもが可愛くって女の子らしい。
 千歌ちゃん家の隣に越してきて、転校してすぐに千歌ちゃんと打ち解けて。
 なんだろう。全然勝ち目がない気がする。

 もちろん私も梨子ちゃんのことは友達として好きだけど。
 梨子ちゃんが千歌ちゃんと話す度、千歌ちゃんが梨子ちゃんのことを口にする度、私はとても辛い気持ちになる。
 私って嫌な子だよね。友達のこと、そんな風に思うなんて。
 でも梨子ちゃんも千歌ちゃんのことが私と同じ意味で好きなんだって、分かっちゃうから。
 恋がこんなに苦しいなんて、私はちっとも知らなかった。

 もしも人生をやり直せたら。
 時折そんなことを考える。
 千歌ちゃんとはただの幼馴染で、梨子ちゃんとも普通にお友達で、二人が付き合うのを自分のことのように喜べて。
 そんな楽しいだけの毎日を、送る可能性もあったのかな。

「曜ちゃーん、こっちおいでよー」

 私に気付いた千歌ちゃんが大きく手を振る。
 そのキラキラとした笑顔に、それだけで私の心は軽くなった。
 千歌ちゃんは凄いね、まるで魔法使いみたい。
 どんな悩みだって千歌ちゃんが笑いかけてくれれば、たちまち消えてなくなっちゃうんだから。

「うん!」

 私は頷いて、二人の元へと駆け寄った。

 ああ、そうだ。
 もし人生をやり直せても、その恋が辛いだけだと知っていても。
 きっと私は何度でも――また同じ人を好きになる。



【千歌:綺麗なままではいられない】

 中庭で梨子ちゃんと話しながら、私はその手を取った。

「梨子ちゃんって指細いよねー。やっぱりピアノやってたから?」

 もっともらしい理由をつけて、その実梨子ちゃんに触れていたいだけだった。

 千歌は三人姉妹の末っ子で、それなりに甘やかされて育てられたと思う。
 美渡姉とはしょっちゅう喧嘩もしたけれど、別に仲が悪いわけじゃないし。

 だから小さい頃の私はお姫様みたいに我が儘だった。
 そんな私にいつでも付いてきてくれた曜ちゃんは、まるで王子様みたいだった。
 あれもやりたい、これもやりたい。千歌がねだる度に曜ちゃんはそれを叶えてくれた。

 でも、歳を取るごとに私もだんだんお姫様じゃなくなった。
 曜ちゃんは千歌が言ったら本当に何でもやりそうだった……と言ったら自惚れかもしれないけど。
 危ないことをして一緒に怒られることもあって、申し訳なくなってきたし。
 それに私がしたいと思ってできないことを、全部曜ちゃんがやってくれるから。
 私は全然特別じゃないんだって、嫌でも気づかされた。

 もちろん、それでも曜ちゃんは千歌にとって一番の親友のまま。
 人には向き不向きがあるもんね。
 一緒に遊んで、一緒に笑って、曜ちゃんが頑張ってるときは応援するのが千歌の役目。
 そうして無邪気なままで過ごしてきた。

 ある日、梨子ちゃんと出会った。
 海辺に佇むその姿は、まるで灰色の世界でそこだけが色づいているように見えた。

「何してたの?」

 私から話しかけて、少し会話をしただけで、私の心はどんどん梨子ちゃんに惹きこまれていった。
 ああ、これが恋なんだって、気づいたのは少し後のこと。

 でもその気持ちに気付いた時、他にも気付いたことがある。
 それはもう一つの恋心。いつも傍にいてくれた幼馴染のこと。
 一緒に遊んで、一緒に笑って、でもやっぱり本当は一緒に頑張りたいんだって。
 曜ちゃんと同じ場所に立っていたい、同じ景色を見ていたい。
 梨子ちゃんへの気持ちと姿形は違えども、それは同じくらい大きな"好き"だった。

 結局曜ちゃんのことは自分から誘えなかったけど……今こうして二人と、ううん。
 二人だけじゃなくて皆とAqoursとして特別な時間を過ごして。
 それはきっと奇跡みたいなもので、これ以上ないくらい幸せなんだと思う。
 だけどもっと近づきたい。もっと触れ合いたい。梨子ちゃんとも、曜ちゃんとも。
 その恋に気づいた時から、千歌の心はドロドロと際限のない欲望が渦巻いていた。
 何もかも話してしまいたい衝動がいつでも千歌を襲っていた。

「曜ちゃーん、こっちおいでよー」

 でもね、言えないよ。
 逃げかもしれないけど、今がとっても大切だから。それを壊したくないから。
 だから私は何でもない顔をして、梨子ちゃんの手を離す。曜ちゃんに声をかける。
 耐え切れなくなるその日まで、すっかり変わってしまった本当の私を隠して。



【桜内梨子:恋なんてできない】

 初めてピアノを触った時、とてもワクワクしたのを覚えている。
 鍵盤が沈むたび、真っ黒で重厚な宝石箱から繊細な音が零れるのが、まるで魔法みたいで。
 あまり自分からをものを言わなかった私が、ピアノを習いたいと珍しくお願いしたのを、両親はとても喜んだ。

 才能というのも烏滸がましいけど、どうやら肌に合ってたみたいで、私はみるみるうちに上達した。
 学校で弾けばお嬢様みたいと皆が褒めてくれた。とても恥ずかしかったけど、内心喜んでいる私がいた。
 でも、楽しかったのは最初だけ。ううん。ピアノはずっと好きだったけど。
 上手いねと誰かに言われる度、断れなくてコンクールに出る度、それがプレッシャーになっていた。
 もっと正確に、もっと精密に。弾けば弾くほど心に余裕がなくなっていった。
 でも辞めたいとも言えなかった。だって自分から親に頼んだことだったから。

 気分転換に絵を描くようになった。
 ピアノと違ってなかなか上手くならずに、やりたいこととできることは違うんだなって実感したけど。
 だからこそ気楽に続けることができた。

 そしてある日、東京から遠く離れた――と言っても二つ隣の県だけど、そんな場所に引っ越すことになって。
 これを機にピアノも辞めちゃおうかな、なんてことも考えた。

 でも今でも私はピアノを弾き続けている。

「梨子ちゃんって指細いよねー。やっぱりピアノやってたから?」

 千歌ちゃんがそう言って私の手を取ると、私の心臓はドキドキが止まらなかった。
 千歌ちゃんは転校した先で出会った同級生。
 明るく元気でよく笑う、今まで会ったことがないような人だった。

 Aqoursというスクールアイドルに誘われて、私は初めて作曲をした。
 ありがとうって満面の笑みを浮かべる千歌ちゃんを見て、私は心がぽかぽかした。
 ピアノを始めたのも転校したのも、この時のためだったんじゃないかって思うくらい。
 私にとって千歌ちゃんは特別な存在になっていった。

「曜ちゃーん、こっちおいでよー」

「あ……」

 千歌ちゃんの手が私から離れて、意識が現実に引き戻される。
 曜ちゃんは千歌ちゃんの幼馴染。格好良くて愛嬌があって運動神経も抜群で、私よりずっと長い時間千歌ちゃんと一緒にいる。
 私といる時も千歌ちゃんは、よく曜ちゃんの話をする。
 昔曜ちゃんとここに来た、こないだ曜ちゃんがあんなことをした……楽しそうな千歌ちゃんを見るのも好きだったけど、もっと私に振り向いてほしいと、そう思った。

 素敵な曲を作ったら、綺麗な音を奏でたら、もっと千歌ちゃんは私を見てくれるかな。
 重荷に感じていたピアノを、今は武器にしようなんて、都合が良い話だけど。
 でも仕方ないよね。だってなりふり構ってたら、恋なんてできない、でしょ?

おしまい
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