善子「本当の"私"」

シェアする

善子-アイキャッチ28
私には物心ついた頃から父親がいなかった。

別に若くして亡くなったとかそんなんじゃなくてただの離婚。それも父親が不倫したことが原因だったらしい。

私は教師をやってる母親と小さい頃からずっと二人暮らしだった。


pixiv: 善子「本当の"私"」 by ゆっきー

スポンサーリンク

小学校の入学式、みんなが新しい環境への不安とこれからの未来への期待に胸膨らませているなか、私はよく分からないところに1人で行かなければならない恐怖と、知ってる人が1人もいないという孤独感に苛まれていた。

小学校の運動会、みんなが家族や親戚とわいわいご飯を食べているなか、私は1人で持たされた弁当を食べていた。

小学校の授業参観、私の母親は一度も来ることなく、みんなから親なき子だの孤児だの言われた。

小学校の卒業式、みんなが母親や友達と泣いて喜び、悲しんでいるなか、私は静かに1人で帰った。

中学校も似たようなものだった。

今思えば、学校の行事なんて大体同じ日に行われるんだし、来れなかったのはしょうがなかったんだと思う。

でも当時は母親の職場事情なんて知る由もなく、私が普通だから私に興味がないんだって思っていた。

だから中学生の時、私はお母さんに誉めてもらいたくて、私を見てもらいたくて勉強を頑張った。お母さんからは私の娘なんだから当然よ、とだけ言われた。

学校でも同じようなことを言われた。あの津島先生の娘なんだからとかなんとか。

誰も私を津島善子として見てくれなかった。

何をしても津島先生の娘はしっかりものだ、と言われるだけ。誰も私のことなんて見ていない。私の母親でさえも。



じゃあ今ここにいる"私"は誰?



私はどうにかしてお母さんに見てもらいたかった。お母さんに興味をもってほしかった。

そんな時に目にしたのは、真っ黒な衣装を身に纏った堕天使だった。

テレビの向こうの堕天使はかっこよくて輝いていて、これならお母さんに私を見てもらえるかもしれない。そう思い、すぐに何度もアニメを見返しながら真っ黒な衣装を作った。

これなら私でも輝けると思って中学校に着て行った。

───数少ない友人も離れていった。

母親からはこっちを見ずに、恥をかかせないでと怒られた。



その日から私は部屋に引きこもった。

でもテストだけは受けないといけないからと、テストの日だけ保健室に通った。

部屋に引きこもって暇を持て余していた私は、勉強ばかりしていたから成績だけは良かった。

そのお陰か、母親から学校に行けと言われることはなかった。

毎日毎日勉強して、ネットサーフィンして、ゲームをして、惰性のみで過ごす日々。

ある日、何の気なしに動画配信をしてみようと思った。

家にはいつも1人だったから音を気にする必要もないし、丁度いい暇潰しぐらいの感覚だった。

押し入れに仕舞っていた黒い衣装を取り出し、カメラのセッティングをして、最後にマイクの確認をする。




結論から言うと、一瞬で配信の魅力の虜になった。

閲覧者は堕天使ヨハネを認めてくれて、堕天使ヨハネだけを見てくれた。

津島先生の娘としてじゃなくて、ただの堕天使ヨハネとして、可愛いと言ってくれた。面白いと言ってくれた。またやってほしいと言ってくれた。

ようやく私を、私だけを見てくれる場所を見つけたのだ。

それからは必死だった。

みんなが認めてくれた、見てくれた堕天使ヨハネらしくあるために、神話について調べ尽くした。魔術書なんかも片っ端から読み漁った。占いも手当たり次第に練習した。いわゆる厨二病語も思い付く限り書き留めて、会話に積極的に取り入れた。

私が堕天使ヨハネらしくあろうとすればするほど、リスナーは増え、コメントも増えた。

そして、



堕天使ヨハネという"私"が確立された。



何故か母親からごめんなさいと謝られた。

地上にいる間の仮初めの母親のはずなのに、胸が痛んだ。

私は堕天使ヨハネ。人間とかいう下等生物の言葉に心を動かされては駄目だ。私は堕天使ヨハネ。ここはいつか天界に帰るためのただの宿でしかないんだ。私は堕天使ヨハネ。

───津島善子なんて知らない。



外界との関わりをなるべく遮断し、配信を心待ちにするリトルデーモン達のために日夜研究を重ね、ついには大人気生主と言われるほどになった。

まあ成績下がって学校に行けとか言われるのは困るので一応勉強はしたけど。

でも、堕天使ヨハネとして有名になればなるほど胸が痛くなる。これは私が望んだことで、ようやく私が見つけた私の居場所なのに段々息が苦しくなる。



───誰か本当の"私"を見て。

───本当の"私"って何?

───違う。"私"は堕天使ヨハネだ。



その日は配信をしなかった。



その日から"私"が分からなくなった。



私はみんなに私だけを見てもらいたくて配信を始めて、堕天使になったはずなのに…あれ?本当にそうだっけ?

私は誰に見てもらいたくて、誰に認めてもらいたいんだっけ。

あれはただの仮初めの母親なんだ。堕天使ヨハネは全てのリトルデーモンを笑顔にするために配信をしているんだ。

でもどうして仮初めの母親の涙を見て申し訳ない気持ちになるのだろうか。

堕天使ヨハネは人間より高位な存在のはずなのに。人間のような下等生物に申し訳なさなんて抱いたら駄目なはずなのに。

私は堕天使ヨハネじゃないと駄目なんだ。みんなは堕天使ヨハネだから私を見てくれたのに、堕天使ヨハネじゃない自分なんてまた誰も見てくれなくなる。誰も興味をもってくれなくなる。

私が見てもらいたいのは不特定多数?クラスメイト?教師?──────母親?



もう"私"を保つのは限界だった。"私"は堕天使ヨハネなのだろうか?それとも津島善子なのだろうか?



どれだけ悩み苦しもうが、無情にも時は過ぎてしまう。

仮初めの?本当の?母親に泣く泣く説得され、高校には行くことにした。

───1日目で挫折した。

堕天使ヨハネとしてでしかコミュニケーションを取ってきてなかった私がいきなりマトモな自己紹介をしろと言われても無理な話で、完全なる事故紹介になった。

そんな1日で不登校になった私を、というか私を見て悲しんでる私の母親を救ったのは、幼稚園の時の幼馴染みと、その友達だった。

頼んでもないのにわざわざ来る2人に最初は煩わしさを感じていたが、少しずつまた学校に行こうという気にさせられた。

ある日、沼津駅の周辺を歩いているとビラを渡された。

スクールアイドル…?部活でアイドルやってるとかそんな感じなのかしら?

暇だった私は、取り敢えず見に行くことにした。



───衝撃的だった。まるで初めて堕天使と出会ったときのような輝きがそこにあるように見えた。

あれなら今度こそ私は輝けるのだろうか。



本当の"私"を見つけることが出来るのだろうか。



いや、無理に決まっている。私はアイドルなんてキラキラしたものの対極に位置する根暗な引きこもりなんだから。

だと言うのに、幼稚園が同じだったというだけで世話を焼いてくるお節介幼馴染みや、スクールアイドルの発起人から勧誘をされた。

1回だけならやってもいいかなと思えたから、堕天使ヨハネとして一緒にpvのようなものを作った。

津島善子は誰にも見てもらえなくても、堕天使ヨハネならみんなちゃんと見てくれると思ってたいたから。

でも、破廉恥ですわという一言で一蹴された。

───もう堕天使ヨハネすら誰からも見てもらえなくなった。



私は再び黒い衣装を押し入れに封印した。



何をすればみんなから見てもらえるのか、みんなに興味をもってもらえるのか、考えることすら億劫になり、完全に空っぽになってしまった。

残ったのはカルト系の知識と、厨二病語で喋ってしまう癖だけだった。

私は何がしたかったんだろう。

母親に興味をもってもらいたくて、でも普通な私だったら見てもらえないからって勉強を頑張ったり、堕天使になったり。

その結果がこの様だ。結局私は堕天使ヨハネなんていう特別な存在ではなかった。



"私"はただの津島善子。それ以上でもそれ以下でもない。誰にも興味をもってもらえずに引きこもっただけの弱い人間。



そんな存在なのに、それでもあの人たちは私のことをAqoursに誘った。

どうしてこんな私のことを誘うのか全く理解できなくて、怖くなって逃げ出した。

それでもあの人たちは私を追っかけてきた。逃げても逃げても逃げても逃げても追っかけてきた。

2年以上引きこもってた人間が運動してる人間に体力で勝てるわけもなく、やっぱり追いつかれてしまった。

そして彼女はこう言ったのだ



───津島善子も堕天使ヨハネも善子ちゃんなんだよ!どっちかが本物でどっちかが偽物とかじゃなくて、どっちも善子ちゃんなんだよ!



何かがスッと落ちてきた気がした。



そうか…。津島善子も堕天使ヨハネも、───津島先生の娘でさえも"私"なんだ。



別に私がひとつである必要は無い。何をしようが何を考えようが私は私。

そう思うと少し気が楽になった。

…こんな私でさえも輝けるのだろうか。今度はリトルデーモンだけじゃなくてお母さんも笑顔に出来るのだろうか。

今度こそお母さんに見てもらうために。普通な私から特別な私になるために。



"私"は差し出された輝きに手を伸ばした───。
スポンサーリンク

シェアする

フォローする

『善子「本当の"私"」』へのコメント

当サイトはコメントシステムとしてDisqusを使用しています。
コメントの投稿にはDisqusへのアカウント登録が必要です。詳しくはDisqusの登録、利用方法をご覧下さい。
表示の不具合、カテゴリーに関する事等はSS!ラブライブ!Disqusチャンネルにてご報告下さい。