善子「クリスマス…ケッ」

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善子-アイキャッチ13
肌を撫でる風は冷たさを通り越して痛みさえ感じさせる。
コートを羽織っているものの、タイツ1枚に包まれただけの足は徐々につま先へかけての感覚が薄れていた。
理不尽な寒さに大声で悪態をつきたいのも我慢し、ちらりと建ち並ぶ赤や緑の装飾に目を向ける。

善子「世間様はクリスマスクリスマスって、馬鹿の一つ覚えみたいに今年も…」

ダメだった。
我慢していた言葉は抑えきれずに体外へと漏れ出す。

善子「こちとらそんなの関係なく普通の平日よ」

年に1度の聖なる夜。
それを楽しみにしていた時期もあった。
今となれば、遠い昔のように感じてしまうけれど。

善子「恋人でもいれば違ったのかしらね」

ぼそりと呟いた言葉が自分の耳に入らないようにと、無意識に歩を早める。

善子「なんて、独り言が多くなってる時点でお察しというか…はぁ…」

ようやく辿り着いたマンションの扉に向かってため息をひとつ。
白い息となって吹きかかるそれを散らすように、ドアを開いた。

善子「ただいまー…」

梨子「おかえりなさい」

pixiv: 善子「クリスマス…ケッ」 by しずく饅頭

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善子「…間違えました」

そっと扉を閉じる。

善子「あれ…?おかしいわね…ここ、わたしのマンションよね?」

部屋番号、そして外の景色を再確認。
間違いない。
わたしの住んでいるマンションだ。
振り返ってもう一度、恐る恐る扉を開く。

梨子「よっちゃん、おかえり」

善子「…幻?」

梨子「残念ながら本物だよ」

ぽつりともらした言葉に返ってきた反応。
驚愕が口に出るまで1秒前。

善子「えええええええ!?」

梨子「こら!近所迷惑でしょ?」

善子「ごめんなさい…って、なんで梨子がいるの!?」

梨子「来ちゃった」ニコッ

微笑む彼女はわたしのよくしるその人で。
柔らかな笑みも、しとやかな立ち姿も、変わっていない。

善子「う…」

梨子「よっちゃん?」

善子「うわああああああん!」

梨子「わわっ!どうしたの!?」

善子「梨子…りこだぁ…!」

泣き叫び、ただただその胸にしがみつく。

梨子「よしよし」

善子「うぅ…うあぁぁぁ…」

頭に触れる優しい温かさに溢れる涙を抑える術はなく、今は感情のままに声を上げた。

───
──


梨子「落ち着いた?」

善子「うん…///」

場所を移し、リビング。
並んでソファに座り、梨子はずっと頭を抱き寄せてくれていた。

善子(は、恥ずかしーっ!抱きついて号泣しちゃったぁー!)

泣き止んだものの、今更になって激しい羞恥心に襲われる。

梨子「ほら、あんまり泣くからお化粧崩れちゃってる。落としてあげるからこっちおいで?」

善子「い、いいわよ。それくらい自分でできるわ」

やや散らかったテーブルの上から数枚のシートを取り出し、化粧を落とす。

梨子「それじゃあ、わたしは晩御飯の用意するね」

善子「あ、そういえばいい匂い…」

醤油の焦げる香ばしい、食欲をそそる香り。
仕事終わりに泣き叫んで体力を消費した体は、ずうずうしく空腹を主張し始める。

梨子「じゃーん!ローストチキンだよ!」

善子「す、すごい!まるでお店で売ってるやつみたい!」

梨子「…買ってきたの///」

目を輝かせるわたしに対し、申し訳なさそうに俯く梨子。
あわててフォローをいれる。

善子「あ、そ、そうよね!手作りはさすがに手間かかるものね!」

梨子「でも、こっちはちゃんと手作りだよ?」

善子「サラダに…これは?」

あわてて片付けたテーブルに並べられる料理たち。
シーザーサラダと、刻んだパセリを浮かべた白いスープ。

梨子「きのこのポタージュだよ。今日は洋風にまとめようかなって思ってパンを買ってきたの」

善子「わぁ…美味しそう」

梨子「あ、でも食べる前に着替えちゃってね?スーツのままだとまずいでしょ?」

善子「ええ、ちょっと待っててね」

隣の部屋で着替え始めたくらいで漸く、梨子が部屋にいることを意識しはじめた。

───
──


善子「それじゃあ…」

梨子「はい、よっちゃん」

善子「え、これ…」

渡されたグラスには泡立つ琥珀色の液体。
飲みたい気持ちに相反する自制心。
梨子はそれをすぐさま汲み取ってくれた。

梨子「大丈夫。よっちゃん明日も仕事でしょ?だからノンアルコールのシャンパンにしたよ」

善子「ありがと、梨子」

ほっとグラスを受け取り、小さなテーブルを挟んで見つめ合う。

梨子「それじゃあ、メリークリスマス」

善子「メリークリスマス」

2年ぶりの誰かと過ごすクリスマスに心を躍らせながら、グラスを合わせた。

善子「これ、すごく美味しい…」

梨子「本当?よかった。実はね、今日のために練習してたんだよ?」

善子「そうなの?ていうか、なんで梨子がうちにいるのか聞いてないんだけど!」

梨子「あ、そうだったっけ?」

のんびりとした空気に心地よさを感じ、いつまでも浸っていたい。
そんな気持ちを必死に払い除けた。

善子「今日本気でびっくりして心臓止まるかと思ったわよ」

梨子「えへへ、サプライズは成功…かな?」

善子「悔しいけど、大成功よ。…悔しいけど」

梨子「悔しいの?」

善子「久しぶりに梨子のしてやったり顔見せられたのがね」

梨子「ふふっ」

眉を潜めて不快な感情を露にするも、彼女はそれさえ含めて微笑みと流す。
いつまでも、敵わないわね。

善子「そ、それより、うちにいた理由よ!」

梨子「理由っていうなら、よっちゃんとクリスマスを過ごすため…かな」

上目使いで、微かに頬を染める。
あざとい…
じゃないわ。

善子「っ!」

善子「…ずるい」

梨子「ん?」

善子「なんでそんな自然体でいられるのよ」

ああ…
懐かしい。

善子「わたしたち…」

幸せなこの時間を



善子「2年前に別れたっていうのに…!」

なぜあなたは壊したの?

───
──


善子「もしもし」

梨子『よっちゃん…』

善子「聞いて!わたし東京の会社に就職が決まったの!」

静岡の短大を卒業し、無事就職先も決まった。
ピアニストとして活動している梨子の住む東京へ行くために、デートをする間も惜しんで頑張った甲斐があったというものだ。

梨子『嘘…本当に?』

善子「ええ!これでわたしも東京住みよ!」

梨子『ねえ、よっちゃん…』

善子「あ、クリスマスといえば!わたしたちそろそろ付き合って5年目じゃない?記念になにか──」

梨子『よっちゃん、聞いてほしいことがあるの』

善子「え?」

盛り上がるわたしの声とは裏腹に、やや低めのこわばった声。

梨子『わたしたちの今の関係を、終わりに…しない?』

善子「…は?」

浮かれて上がった熱が覚めていく。
そうか、これが血の気が引くっていう体験なのね。

梨子『ごめんなさい…っ』

善子「ま、待って!ど、どういうこと…?終わりって、別れる、って…こと?」

梨子『…』

謝罪に続く言葉はない。

善子「どうしてっ!わたし、何か…っ」

何かした?
その言葉を口にするより先に一つだけ、思い当たる節があった。

善子「わたし以外に…好きな人でもできたの…?」

梨子『…』

沈黙はもはや答えでしかない。
それでも、認めたくない。

善子「ねえ、なにか言ってよ…」

梨子『…ごめんなさい』

ブツッ

善子「嘘…いや…梨子っ」

あまりにもあっさりと訪れた別れ。
震える指先が数秒前まで彼女と繋がっていたはずの番号へと触れる。

『おかけになった電話番号は・・・』

脱力し床に落ちたスマホのスピーカーからは、無機質な機械音声だけが流れ続けた。

善子「そんな…どうして…?」

───
──


善子「あれ以降、一度も連絡がとれなくて…わたしがどんな思いでいままで過ごしてきたと思ってるの…?」

次の日、梨子が住んでいたはずのアパートには見ず知らずの人がいて。
まるでいままで梨子と過ごしてきた全てが幻と消えてしまったのだと、錯覚するほどに。
それほどに、突然だった。

梨子「ごめんね、よっちゃん」

善子「もうやめてよ」

梨子「…」

善子「もう、嫌よ…」

あのときの絶望が。
あのとき感じた虚無感が。
幸せな気持ちを黒く、どす黒く塗りつぶしていく。

善子「一度終わったはずの関係なのに…こうして梨子が目の前に現れるだけで、わたしは…」

裏切られるのは怖い。
それでもわたしは

善子「またこうやって、幸せを感じてる…!」

善子「前みたいに戻れるんじゃないかって、期待しちゃってる!」

善子「もうあんな思いをするのは…嫌なの…」

梨子「よっちゃん…本当にごめんなさい」

壊れ物を扱うような手付きで、梨子の手がわたしの肩を抱く。
拒絶したい。
期待させるなと払いのけたい。
でも、わたしはそれができない。

善子「聞きたくないわよ…今更」

梨子「それでも、言わせてほしい」

善子「…」

梨子「実はわたしね、結婚することになってたの」

善子「結婚!?誰と!?」

てっきり捨てられた理由でも述べられるのだと思っていたところに、予想していなかった単語が飛び出した。

梨子「音楽界でも結構名前の知れた人の娘さん。一度わたしの演奏会に来てくれたときに一目惚れされたらしくて、勝手に話を進められて…」

善子「そ、そんなのって!」

さっきまでの考えは間違ってはいなかったということだ。
捨てられた理由。
それに違いはない。
だけど

梨子「ごめんなさい。わたしのことを随分と世話してくれた人の紹介で、どうしても断れなくて。最初は一度だけ会って、それから断ろうって思ってたんだけど…」

今にも泣き出しそうな目。
やめて。
昔から、その目をしたあなたに勝てた記憶なんてない。

善子「…それなのに、どうして今ここにいるの?」

梨子「…実はね、離婚したんだ」

善子「り、離婚?嘘でしょ?」

こんな出来た嫁と?
とてもじゃないが信じられない。

梨子「本当だよ。相手の人がね、よっちゃんのことを知っちゃったの」

梨子「わたしが結婚のためによっちゃんと別れたことを知られて…すごく、怒られちゃった」

そういう梨子は目尻の滴を掬い取りながらはにかむ。
それで理解した。
なぜ、彼女がここへ来てくれたのか。

梨子「わたしを選んでくれたのは嬉しいけど、あなたの幸せはわたしといることじゃないはずだって…そう言われた」

善子「そう…その人、本気で梨子のこと、愛していたのね」

見ず知らずの人間。
わたしから一度梨子を奪った人間。
なのに、なぜだろう。
今わたしは少し親近感を感じている。

梨子「いい人だった…わたしには、もったいないくらいの」

善子「2年の間に、心変わりしなかったの…?」

梨子「好きになる努力はしたつもりだよ。でも…」

梨子「わたしには、よっちゃんしかいないの。他の人を好きになろうとして、改めてそれに気付かされた」

善子「わたしだって…そうよ」

一人東京に来て、慣れない環境で働いて、辛いことも、悲しいこともあった。
でも、梨子と別れたときの絶望に比べればって、自分を鼓舞して頑張ってきた。

善子「心の中には梨子しかいなかった。他の誰も入り込めないくらい、大きく、支配されちゃってた。二度と会えないかもしれないって思ってたのに…」

梨子「本当に、ごめんね。だから、わたしからのクリスマスプレゼント」

今まで抱いてくれていた肩を離し、改めて正面同士向かい合う。

善子「え…」

梨子「わたしの全部を、よっちゃんにあげる。一生傍にいるから、どうか…受け取ってくれますか…?」

両腕を前につき出す、高校時代に流行ったメンバー誰もが知っているそのポーズ。

善子「そん…なのっ」

善子「当たり前でしょう!」

飛びかかるように、倒れ混むほどの勢いをつけて。

わたしは梨子の体を抱き締めた。

───
──


梨子「よっちゃん、起きて!」

善子「ん…朝?」

梨子「ほらもう、寝ぼけてないでさっさと起きる。会社に遅刻しちゃうよ?」

善子「はっ!遅刻!」

新入社員の頃から気にし続けている単語に、とたんに意識は覚醒した。
その様子を見ておかしそうに笑う彼女に、失態を誤魔化す意味も込めて笑いかけた。

善子「おはよう、梨子」

梨子「おはよう、よっちゃん」

善子「はー…働きたくないわ」

梨子「寝起き早々なにいってるの?早く着替える!」

善子「はーい」

楽しい。
この時間が。
こうしてまた彼女と言葉を交わせる今が。

善子「あ、そうだ梨子」

梨子「なに?」

リビングへ戻ろうとした彼女の肩をやや強引に引き寄せ、そして

ふっ

と、ほんの一瞬。
まだ状況を飲み込みきっていない梨子に向かって、渾身のしてやったり顔でいい放つ。

善子「わたしからのプレゼント!」



おわり
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