貴女の名前を

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真姫-アイキャッチ15
 ほのか、ホノカ、穂乃果……。
 ピアノを弾きながら、私の心を支配するその人の名前を、頭の中で何度呼んだことだろう。

(実際は、恥ずかしくてまともに名前も呼べないのだけれど……)

 自分のコミュニケーションの下手さとヘタレ加減が嫌になる。
 私から近づけば穂乃果は喜んで受け入れてくれるだろう。彼女はそういう人だ。嫌われていないとは思う(そもそも穂乃果が人を嫌うことは想像できない)。

 最初に会ったときに彼女は言った。

『歌上手だね! ピアノも上手だね! それにアイドルみたいに可愛い!』

 あの時、私の灰色だと思っていた高校生活は変わった。鮮やかに彩られた世界へと、貴女が連れ出してくれた。

pixiv: 貴女の名前を by わた

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 こっそり曲を作って渡しに行き(簡単にばれちゃったけど)、ライブだって見に行った。
 自分で言い出すのは恥ずかしかったけど、花陽に便乗して上手く部活に入ることはできた。でもそこまで。その後は同じ部の一員だけど、それ以上近づくこともできずに……。

 先輩を禁止されてからも、恥ずかしくて本人の前で名前を呼びにくくなり、むしろ話す機会が減った。
 その頃から妙ににこちゃんとセットみたいな扱いを受けるようになり、彼女の存在はますます遠ざかっていった。

 別ににこちゃんが嫌いなわけではない、むしろ大好きだ。
 でも私が傍にいたいのは、愛しているのは、穂乃果、穂乃果なのだ。

「穂乃果……」

 ポツリと口から洩れる、本人がいなければ簡単に呼べる、愛しの人の名前。

「穂乃果」

「穂乃果」

「穂乃果」

 今まで言いたくても言えなかった分を吐き出すように、曲に乗せてその名前を口にする。

「穂乃果」

「穂乃果」

「穂乃果」

 届かない、言い出せないこの気持ちを彼女に伝えたくて

「穂乃果」

「穂乃果」

「穂乃果」

 私の感情に同調するように、徐々に低くなり、乱れていく音。音楽室に不協和音が鳴り響く。もう曲も何もあったものではない。

「穂乃果ぁ……」

 音が止む、代わりに響くのは、私の嗚咽。
 彼女のことを思うと胸が苦しい、泣き出してしまう。

 愛しているのだ、likeではない、loveだ。私は恋をしているのだ、高坂穂乃果という同性の人間に、許されない、禁断の恋を。

 女性だから好きになったわけじゃない。自分が過去に同性愛者であったという自覚はない。
 私は高坂穂乃果に恋をして、その人がたまたま女性であっただけ。

 高坂穂乃果が好きなのだ、世の中のどんな人よりも、彼女を愛している。彼女さえいれば、他に何もいらないほどに。

「なんで、なんでなのよぉ」

 これほど好きなのに、好きになれたのに、この恋は叶わない。生まれつき持っている、性別が同じなだけなのに。

 涙が止まらない、大切なピアノの鍵盤が濡れていくのに、止めることができない。

『ガラ』

 そんな状況で、音楽室のドアが開く。こんな時間に音楽室に来る人を、私は1人しか知らない。

「あれ、真姫ちゃん?」

 大好きな人が、不思議そうにとっさに顔を伏せた私の方に寄ってくる。

「……こないで、あっちいって」

 そう言った私の声は霞んでいて、泣いているのがバレバレだった。

「真姫ちゃん、なんで泣いてるの? 何かあったの?」

 失敗したと思ったときには遅かった。穂乃果は心配そうに私の方に駆け寄ってくる。

「何でもない、何でもないわよ!」

 顔を伏せたまま叫ぶ私。こんな顔を穂乃果に見られたくなかった。

「何でもないようには見えないよ、真姫ちゃん」

 そんな私の気持ちも知らずに、顔を覗き込んでくる穂乃果。

「穂乃果で良ければ力になるよ。真姫ちゃんのためにできることがあれば何でもするよ」

 この人はそういう人だ。意地っ張りな表に出ている気持ちの裏を、読み取ってくれる。

「ほのかぁ」

 ああ、やっと本人の前で名前を呼べた。

 私は抱きついて穂乃果の胸に顔を埋める。制服が濡れてしまうのも気にせず、穂乃果は私を抱きしめ返してくれる。

 私は穂乃果の胸で泣き続けた。その間、穂乃果は何も言わずに抱きしめ続けてくれた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「ところで、何で真姫ちゃんは泣いてたの?」

 送ってくれると言った穂乃果と一緒の帰り道、今さらそんなことを尋ねられた。
 私は少し考えてから言った、「貴方のせいよ」と。

「えぇ! 穂乃果何かしちゃったの?」

「いいえ、何も。貴女は何もしてないし、何も悪くないわ」

 顔中に?マークを浮かべる彼女の顔を覗き込みながら、私はクスリと笑う。

「いいじゃないの、貴女が助けてくれたんだから」

「う~ん、いいのかなぁ」

「いいのよ、それで」

 きっとあなたは気づかないでしょう。
 だけどそれでいいの。こうして貴女といられることが、私の幸せだから。
 隣を歩く貴女に聞こえないように、私は小声で呟いた。

「大好きよ、穂乃果」
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