花丸「輪廻転生」

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 人は所詮、一人である。
 如何なる場所に身を置こうとも、どのような人間が傍に居ようとも、究極的に一人である。

 このことは涅槃に至る上で最も重んじるべき教えです。
 煩悩を全て捨てるということは、俗世との繋がり全てを断つということなのですから。最も、道を極めるとなると必然的に繋がりは切れていくものですが。

 しかし、人の身ではどうあっても他人無くしては存在を証明することは出来ない。観測されなければ、それは無いものと同然です。

……あくまで人であるなら。

 故に、私は考えました。悟りを開き、入滅に至るには──まず人であることを捨てることが必要だと。

 かくして私は、今から77000555111411年前に仏への第一歩として──己を捨てました。


 『国木田花丸』であることを捨てました。


──それは本当ずら?


「……ええ、本当に」

pixiv: 花丸「輪廻転生」 by アルフォート

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────


「──以上が、私が涅槃の世界に至るまでの過程です。皆さんも輪廻の苦しみから解き放たれ、極楽浄土へと往く為に、今日も徳を積み上げましょう。経を読みましょう。有の裏の無を見出しましょう」

 いつもの時間にいつもの場所で、いつもの教えを説いたところで──いつも誰も居ない。当然だ。もう誰一人とて、人は生きていないのだから。

 それなのに、どこからか声が聞こえてきたのは……いや、そんなはずは無い。一縷たりとも、そんな可能性はこの世界において存在しないのだから。

 かつて私を祀り、信仰を捧げていた人間達は皆、互いに争い続け、ついには自らが生み出した炎で一人残らず死に絶えてしまった。その魂は背負ったカルマを背負いきれずに完全に消滅してしまったのか、輪廻転生を果たすことなく燃え尽きて、世界には私のみが──

 ある、という証明は出来ない。あまつさえ『無』である私を認識するモノが無いのに、果たして私は存在していることになるのだろうか。

 人が生きていた頃は華仏陀(フブダ)と呼ばれていたけれど、呼ぶモノが無ければ、そんなモノの意味は無くなる。
 元より、モノに意味など無いのだが。

 名前に意味が無いことと同じで、私には何も無い。当然、涅槃に至った為である。
 心の迷いが無い。揺れ動くことさえ無い、悟りの境地。私は確かにその世界に届いた。

 数多の苦行を乗り越え、数多の煩悩を捨て去り、数多の輪廻を繰り返したどり着いた先は──無。

 人も無い。

 モノも無い。

 思考も無い。

 心も無い。

 体も無い。

 生も無い。

 死も無い。

 そんな世界。人の作った言葉では形容出来ない──何故なら人ではここにたどり着けないから。

 その上で、人でない、仏である私があの世界を形容するとすれば──やはり『無』としか表現することが出来ない。
 仏とはいえ、所詮『無』なのだ。何か施しを与えることも出来なければ、そもそもそんな力さえ備わっていない。

 ただ一つ、私が出来ることは──『知る』ことのみ。目の前にあるモノから様々な情報を読み取る……例えば、建造物であれば立った年からその建物の構成物など……更にはそこを訪れた生物の様相等、実際に目に見えないモノまで、『情報』として頭に入ってくる。
 そして──そうして見えたモノも含め、生物全般が私の目の前に立った瞬間に──そのモノの全てが分かる。分かってしまう。

 こればかりは『無』という人の言葉で形容し難いモノとは違い、言葉通りの『全て』だ。
 名前、年齢は勿論、生まれた場所、時間、更にはその人が前世どんな人生を歩んでいたか、どれだけ徳を積んでいたか、また来世にはどのような運命を背負うことになるか……一瞥するだけで見えてくる──正確に言えば、頭の中にふっと浮かんでくるのだ。

 そう。勝手に浮かんでくるだけ。私はただ『元よりそこにあるモノ』から、知りうることを汲み取るだけ。
 故にこれは特別な力でもなんでもない。これは、何もかもを知ろうとした者の成れの果てなのだ。


────


 自嘲気味に笑っても、勿論応えるモノは存在せず、そもそも自分が笑っているのかさえ分からない。いや、笑っていないだろう。分かっている、分かってしまう、自分の表情も感情も、とうに消え去っているのだから。

 だが、今日は妙だ。迷いなど当然無いことは前提条件であり、仏である為の定義でもあるのだから、心の揺れが生じているという訳では無いけれど……

『それは、本当ずら? 』

「……っ」

 『あの声』が、鼓膜から脳髄をぐらぐらと揺さぶっている様な感覚に襲われるけれど、特段不快に感じることはない。情感が無いこともあるが、この程度の苦難、かつて経験した苦行に比べれば肌を撫でる風の様なモノ。

……それでも、あの様な声が聞こえてくることは──よもや『国木田花丸』の声が聞こえてくるなど、考えてもみなかったから──想定外を振り払うべく、壊れたお堂の座から立ち上がった。そこから吹き抜けから見える青い空を見る。
 想定内、いつもと変わらない空が広がっていることに、安堵──はしない。それが当たり前のことなのだから。


 そして、再びいつも通り、鉄砲水の様に頭の中に流れ込んでくる無数の情報の中から、この星──地球の運命にまつわるものだけを手繰り寄せ、読み取る。

──およそ94兆年後に、活動休止していた太陽が再び膨張し始め、引力を失い、613兆と1242億年後には地球は太陽系という大きな循環から切り離されて、いわゆる氷の惑星になるらしい。

 経の様に毎日何度も何度も見てきたその情報は、わざわざ汲み取るまでもなく、私の頭にこびりついているのだが──どうしても、こうして確かめる行為を止めることが出来ない。
 所詮一人でしかないのに──何か、想像もしない様なこと、私もまだ知らない──『奇跡』を待望してしまう私は……果たして本当に、涅槃に達しているのだろうか?

 『無』を理解した瞬間のことは覚えている。ああ、これが『無』なんだな、という漠然とした──それでいて間違いないという確信を伴った不可思議な、あの……

……私を私たらしめる証明が出来ないのと同じく、『無』が本当に『無』であるという根拠はどこにも無い──とはいえ、やはりその様な言いようの無いものこそ『無』なのだろうけれど……。


 久方振りの自分との禅問答。ここ数年は定刻になって教えを説いては、次の定刻まであてもなくその辺りを無心で──際限なく流れてくる情報の波を押さえつけながら歩き回り、またここに戻って来て教えを説く……そうして過ごしていたから、頭も衰えているものだと思っていたけれど、そうでもない様で。それどころか、考えれば考える程、深まっていく自身への疑問。
 考え、調べるまでもなく、全てのことが分かってしまう私でも、たどり着いた先の『無』と、それを認識した私自身のことは未だに分からないのだ。

──それとも、分からない様にしているだけか。
 煩悩を捨て、人を捨て、更にはその自分をも切り崩していく内に、見えていたものが見えなくなって──見ようとしなければ見えなくなっていたとしたら?


 違う。そんなことがある訳が無い。
 見ようとしなければ見えなくなるどころか、見ようとしなくても見えてしまうのだ。私は。
 分かりたくもないことであろうが、意思の有無に関わらず、分かってしまうのだ。私は。

『それは本当ずら? 』

 しかし、響いてくる。私の問答を根本から否定する様に、本当か、本当かと真偽を問うてくる。
 体の中に直接声が流れ込むこの感覚は、情報が入ってくるあの異物感とは似ている様で大きく異なる──そもそも異物ではないのだ。
 捨てたはずの私が……『国木田花丸』がなんで、今になって。

 そんなこと、駄目だ。あってはならない。

──一番始めに捨てたものが、捨てられていなかったとしたら……

 私は、今の私は……一体何なんだ?


『──初めからずっと、オラはオラずら』

「わたしが、わたし」

 違う。違う。
 何もかも、捨てた。何も残っていない──はずだった?

 歩き進んだのか、それとも、動揺から勝手に足が動いたのか、そうして足を動かした先には、小さな黄色い箱の様なものがあった。手のひらの大きさくらいのそれに、足をとられてそのまま転んでしまう──足にモノが当たるなど、最後に経験したのはいつだっただろうか。思い出せない程遠い感覚に陥る私は、傍から見ればきっと哀れだ。
 最も、見ているモノなど、誰も──

『──ずっと見てたよ。私の中で、ずっと……』

「……そんな」

 最早『無』など存在しない。あったはずの『無』はもうどこにも無く、今はただ……得体の知れない、何かが…………


…………

……………………


──足元の黄色いそれが、得体の知れなかったモノを思い出させてくれる。『知る』ことしか出来なかった私が、今思い出したモノ。


 108時間に及ぶ教えの一字一句が、唱え続けて体に染み付いた様に、忘れられないこの動き。
 あの日から──友達を捨てたあの夏の日から、幾年の、幾世紀の時が経った今でも覚えている。
 手に取ったそれを開く、と…………

『知ってた? “がらけー”って、電池がながーく持つんだよ? 』

「…………そっか、今日は、その日だったんだね……」

……それにしたって電池が持ちすぎなのは──待ち望んていた奇跡の成した運命か、それとも……ずっと私が気付かなかっただけに過ぎないのか。

 自分の近くにあったのに、見えていなかったそれと──見ようとしていなかった私。『国木田花丸』という大切な存在。


『そう。マルは、本当はずっと……』

……やっと分かった。自分のこと。


 77、000、5、55、1、11、4、11

 打ち込んだ文字を見て──私は笑えているのだろうか。

『──ちゃんと笑ってるよ、私』

「うん…………あの日から、私──オラは……」


 “みんなにあいたい”

 そう思った日──初めの日から決まっていたのだ。
 何を捨てたって、幾つ苦行を超えたって、いくら説法を受けたって、説いたって……
 『無』なんてどこにも無かったのだ。

 『国木田花丸』は、本物の仏になんてなれっこなかったのだ。


「──ああ……もう一度、みんなにあいたいなぁ」

 涅槃に至っていなければ、仏でもない。見ようとしていなかったモノを直視したことで、虚構でしかなかったこの世界も瓦解し始めている。マルの体もなんだかふわふわし始めて、意識も朦朧として……携帯電話も手から零れ落ちた。


 こんなマルにも、まだ来世があるなら……


──また一緒にスクールアイドルしたい、なんて……欲深いかな、仏様。



〈終〉
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