梨子「苦手な後輩」

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梨子-アイキャッチ12
絵を描くのは好きだ。
スクールアイドルを始めてからは、ダンスの練習だったり作曲の為にピアノを触ったりって時間が増えたけど、気分転換に、わずかな時間を見つけて美術準備室へ行くようにしている。
静かに、自由に、一人で椅子に座って色んな絵具を真っ白なキャンバスへ塗っていくこの時間が好き。

…だけど、その時間に最近悩みができた…ガララっと今日も扉の音が急に聞こえる。



「堕天使ヨハネ、降臨!」



私の苦手な後輩が来るようになったことだ。


pixiv: 梨子「苦手な後輩」 by けつげ

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「ふぅん…いつ見ていも上手い物ね。このヨハネをモデルにしても構わないわよ?」

善子ちゃんは私の描いていた風景画を見て、始めは女子高生らしい可愛い声で、『このヨハネ~』からは低いトーンで喋った。

「ごめん、私、人物画はあんまり…」

そう返すと善子ちゃんは「ふぅん」と呟いて、着席をし、絵を見つめている。無言で続けてと言ってるかのようだ。
しばらく筆を持って描き続けていたが、Aqoursの練習もあるため中断することにした。その間善子ちゃんは私の絵を見てはたまに、ここは冥界だのゲヘナだの言っている。そんなのをイメージさせるような暗い色使ってないんだけどなぁ。

「そろそろ、練習行こっか」

「ええ」

短い会話をして、2人は部屋を出た。善子ちゃんには先にスクールアイドル部の部室へ行くように促して、手についていた絵の具を落とすために近くの手洗い場へ入った。

津島善子ちゃんはスクールアイドル部の後輩で、自称『堕天使ヨハネ』である。堕天使とは言っているものの、本名の通りいい子であるのはわかる…だけれども私には、あの中二病のノリにはついて行けなくて、たまにネタなのか本気なのかよくわからなくて見ていてちょっと疲れる。…要するに、絡みにくい子だ。
でもまぁ、練習へ行けば花丸ちゃんたちもいるし、私が苦手意識を持っていることもバレないかな。

絵の具が落ちたため、ハンカチで濡れた手を拭き、見えなくなった善子ちゃんを追いかける。その後はいつも通り練習を終えた。

苦手なものは誰にだってある。それは人だったり物だったり…。
例えばお昼休みの時

「あー!ココア買うつもりだったのに、間違ってコーヒー押しちゃったよー!」

ってことがあって千歌ちゃんから彼女が苦手なコーヒーをもらった。そのあと

「あれ?梨子ちゃんピーマン残してるよ」

「うん…ピーマン苦手なんだよね」

「ならコーヒーのお返しにチカが食べてあげるよ」

千歌ちゃんの持っていた箸が私のお弁当箱に入っていたピーマンを掴み、そのまま口の中に入っていく。
曜ちゃんは生魚が苦手だと言っていたし。それなら私にも苦手なものが…ピーマンが苦手でも………善子ちゃんが、苦手でも…仕方がない。

だけど、いつまでも苦手なままなのもいけないってことはわかってる。



この日も空いてる時間に美術準備室に行って風景画を描き始める。授業外に私物を置いたままにしているけれど、先生に許可をもらってはいるから問題は無い。
しばらく時計の針が進む音しか聞こえない静かな時間が続いていたが、扉が開く音が邪魔をした。善子ちゃんだ。

「はぁいリリー、ヨハネが来てやったわよ」

リリー…とは、私のことなのかな…それになぜか上から目線の物言い、よくわからない。
とりあえず「うん」と返事をして描き続ける。
今日も私の絵を見ては変なことを言うのかと思っていたけれど、今回はいつもと違って善子ちゃんが話題提供をしてきた。

「梨子さん、っていつも絵を描いてるけど音ノ木坂にいた時もそうだったの?」

思わず「えっ」と声が漏れたが質問に答える。

「うん。美術部に入ってて」

「へぇ」

しかしこの後の会話が上手いこと続かずに沈黙が訪れる。
少し気まずい気もするけど、話しかけてきたのは善子ちゃんだし、先輩である私が会話をリードしなきゃと思いはしない。あくまでも受け身の姿勢。

そうしていたら、また善子ちゃんの声がした。

「…あのさ」

「ん?」

「梨子さん、いつも美術室にこもって、家ではたぶん作曲をしてるのよね?」

「うん、そうだけど」

背後に座っていた善子ちゃんは、私がちょっと横を向くと見える位置まで近づいた。

「その。いつも部屋の中にいるのも悪くないかもしれないけど、たまには外に出ない?何ならヨハネおすすめの沼津にある堕天使グッズがあるお店、紹介するわ」

善子ちゃんなりの気遣いだったのか、それとも買い物に付き合う相手を探していただけなのかはわからないけれど、勝手に引きこもり扱いをされている気分になってあまりいい気分ではなかった。

「ごめん、私そういうのよくわからないから」と素っ気なく返事をしてしまった。

「…な、なら教えてあげる!例えばねこの杖なんかが」

話しながらバッグから先端が髑髏に角の生えた杖を取り出したその時だった。
杖が私の左手の甲に当たり、持っていたパレットの感触が消えた。

「いたっ…」

「ごめん……あ」

善子ちゃんは歯切れの悪い謝罪をし、何かに気づき驚いたように2歩くらい後ずさる。善子ちゃんの視線の方に私も目をやると、さっきまで持っていたパレットがべったりとキャンバスへ直撃していた跡が付いて、そのまま真下に落ちていた。
完全に邪魔をされた気分になってしまい、キレた…が、怒るなんてそうそう出さない感情だったため、どう表現すればわからなかった。善子ちゃんが何か言っているみたいだけど、たぶん謝っているのかもしれないけど頭にその情報が入ってこない。

「…ごめん」

自分でも理由がわからないがごめんと一言残して、部屋を飛び出した。この日、初めて部活をズル休みした。

次の日も善子ちゃんの顔を見る気になれずに、適当に嘘の理由で部活を休むことにした。

「えー?梨子ちゃん今日も練習休むのぉっ?」

「ごめんね。ちょっと作曲に集中したくて…」
作曲をする気は全くなかったのに。


「そっかぁ…。そーいえば、善子ちゃん昨日の練習ちょっと元気が無かったんだけど…梨子ちゃんは何か知らない?」

ドキッとした。もしかして千歌ちゃんは、実際には見ていないけど、昨日の善子ちゃんの件に私が関わっていると…?いや、千歌ちゃんはただ何となく聞いているだけ、のはず。
結局千歌ちゃんにも本当のことを言わずに「ごめんね…心当たりはないかな…」と答えて教室を出た。
ここで千歌ちゃんに悩みを打ち解ければよかったのかも、と後悔したのは帰宅した後だった。


家に帰ってからは、特になにをするわけでもなく、本棚に会った小説を取り、ベッドへ横になり、数ページパラパラとめくって、少し目を通したら本を閉じて枕の辺りに放置した。このあとスマフォのロックを解除して適当にSNSアプリを開いて画面を閉じる。そのあとすぐ、やることが見つからずにまた画面を開く。
なんだかものすごく無駄な時間を過ごしているみたいだ……実際そうなんだけど。
それからしばらくゴロゴロしていると、善子ちゃんの顔が頭に浮かぶ。いつまでもあの子に対する苦い気持ちを持ったままではダメだと思っていたのに、余計に苦味を増してしまった。
ああなってしまったきっかけは善子ちゃんなのかもしれないけど…いや、他人を責めるのは……とにかく、明日は、さすがに行かなきゃけないか。



今日はいつも通り練習に行くと決めていたけど不思議と緊張していた。小学校で欠席した日の翌日に登校したらドキドキしちゃうアレに似ている。
とりあえず緊張を紛らすためにいつもの場所へ向かう。そういば、あの時道具を放置していたけれど大丈夫だったのか、というのも気になっていた。

美術準備室へ入ると、一昨日の跡はなくなっていて、その代わりにあったのは誰が描いたのかわからないが風景画のようなものだった。あまり描き慣れていないのか色遣いにムラがあるし、塗り方も雑だ。
一体誰が…?と心の中で呟くと隣接している美術室の扉が開く。

「あ…」

開けたのは制服の上にエプロンを身に着けた善子ちゃんだった。その恰好と手についた黒や白を見て察した。

「この絵、善子ちゃんが?」

「…うん。その…真面目に描いたつもりなんだけど、やっぱり下手よね」

「いや…そんな…」

しばらくの沈黙が訪れる。話を切り出したのは善子ちゃん。

「ごめんなさい。せっかく描いていた絵をめちゃくちゃにしちゃって…私の考えなしの行動のせいで」

「……私こそ、急に帰っちゃって、ごめんなさい」

「そうさせても仕方がない事をしたから…ごめんなさい…」

善子ちゃんは何度も謝る。俯いて表情がよく見えないけれど、とても暗い顔をしていることは声でわかった。
もう謝る必要は無いから「大丈夫だよ」とか「もう気にしてないよ」とか言葉をかけるが、善子ちゃんは気が済まないようでまだ頭を下げている。
どうしたらわかってくれるんだろう…。戸惑いながらも質問をしてみる。

「…善子ちゃん。…善子ちゃんはどうして絵を描いてたの?」

「そ、それはっ。梨子さんがしていたことを私もやってみたら、少しは梨子さんのことなにかわかるかもって」

「どうしてそこまで私のことを…」

「だって、梨子さんと…もっと仲良くなりたかったんだもん」

自分のことを堕天使だと思い込んでいる時とは全く違う、かわいらしい声で言った。
予想していなかった発言に私は思わず吹き出してしまった。

「な、なによぉ!」

「だって…『もん』って…かわいい」

「もぉ、恥ずかしい」

善子ちゃんがやっと顔をあげてくれた。頬は赤くなっていて、冷ますためにパタパタと手団扇で扇ぐ。
さっきまで張りつめていた雰囲気が急に和やかになったみたいで、ほっとした。

「ごめんね」と一言謝った私は自然と善子ちゃんの手を握っていた。

「えっ、ああ、ごめん」
何やってんの、と内心自分にツッコミを入れて、繋いだ手を離した。

「いやぅ、別にいいけど…ぷっ」

「な、なに?」

「梨子さんだって、顔真っ赤じゃん」

「え…!?」
確かに自分の顔が熱くなっていたのは何となく感じてはいたけど…指摘されて一気に耳まで熱くなった。

「あっはははっ…真っかっかじゃん。はははっ!」

「うぅ~…」

私まで恥ずかしくなってきた……。でも、なぜかわかんないけど悪くないかも。

善子ちゃんの笑いが治まった後、少し話をした。2日前に、善子ちゃんはあの後、汚れた絵や道具を綺麗に片づけてくれて、毎日この部屋に来ていたらしい。
私と同じように、善子ちゃんも私と接しにくさを感じていたらしく、彼女なりに私と向き合おうとしてくれていたんだ。
この話をした時、すでに練習時間開始まであと5分と迫っていたため、私たちは急いで片づけて部室へダッシュした。



…私は馬鹿だ。苦手なことから目を逸らして、頭ではいけないことだと思っていても、心がそれを拒んでしまっていた。ちゃんと話してみたらわかり合えて…簡単なことかもしれないけれど、話をする大切な一歩を踏み出せずに逃げていた。
なにごとも、真剣に向き合ってみるのは、難しいけど大切なことだ。

次の昼休みに食べたお弁当の中にまたピーマンが入っていた。いつもなら残していたところだけど、思い切って食べた。
一緒に食べていた千歌ちゃんも曜ちゃんも目を丸くして「えーっ!?」と感嘆のような声を出していたのにちょっぴりびっくり。ピーマンを奥歯で噛むと少し苦味がした、だけど

「あれ…けっこうおいしいかも」
自分でもちょっとイガイな感想が漏れた。



よく晴れた日曜日、私が沼津駅へ到着した時には、少し前まで一緒にいるのが気まずかった後輩が待ってくれていた。

「おはようリリー。今日はヨハネおすすめのショップへ案内してあげる」

「うん。よろしくね」

「あなたに絶対似合う衣装もあるから、楽しみにしててね」

「え?それって、堕天使衣装…みたいな?」

「ふふ…とーぜんよ。一緒に着て写真撮りましょう?で、その後は一緒に画材道具を買うのよ」

「もう、しょうがないなぁ…。じゃあ、一つだけ条件があります」

「条件?」

「その衣装を着たよっちゃんの絵を、描かせて欲しいな」

よっちゃんは今まで見た中で一番の笑顔で頷いて、歩き出す。

並んで歩いていると、知らないうちに私の右手からよっちゃんの左手の温かさが伝わってきた。

今日はもう、離さないからね。

おしまい
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2018年5月26日
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