善子「ものや思ふと 人の問ふまで」

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善子-アイキャッチ33


曜「今日も練習疲れたねー」

善子「全然そんな風には見えないけど?」

曜「いやいや、こう見えても曜ちゃんだって女の子ですから。体を動かせば疲れますよ!」

善子「そ、そう」

善子(どう考えても元気いっぱいだけど……若干変なテンションだし)

善子(体力お化けみたいに言われてるの、意外と気にしてるのかしら)

曜「それにしても……うぅ、寒い」

善子「そりゃ冬だし。こないだなんて雪も降ったし」

曜「あの時は大変だったね……他の路線は動いてたけど、私達が乗るバスだけ遅れに遅れて」

善子(そう言えばそんなこともあったわね)

pixiv: 善子「ものや思ふと 人の問ふまで」 by あめのあいまに。

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善子「……なんか、ごめんなさいね」

曜「どうして善子ちゃんが謝るの?」

善子「ほら、私って不幸体質だから、曜さんも巻き込んじゃったかなって」

曜「んー……えいっ」ピタッ

善子「きゃっ……冷たっ!」

曜「でしょー? 今日手袋忘れちゃってさ。もう曜ちゃんのお手々は冷え冷えなのであります!」

善子「そんな手で私のほっぺたに触らないでよ。嫌がらせ?」

曜「あっはっは」

善子「笑い事じゃなくて!」

曜「……善子ちゃん。バスが遅れたのは雪のせいだし、雪が降ったのはお天道さまのさじ加減だよ」

曜「それを自分のせいだなんて、ちょっぴり自惚れすぎちゃあいないかい?」

善子「ま、まあそうかもね」

善子(急に真面目な顔になったと思ったら……なんなのよ、その口調)

善子(ふざけてるのか本気なのかわからないわね)

曜「だから善子ちゃんが気にすることなんてないんだよ」

曜「でも、もし少しでも申し訳ないという気持ちがあるというのなら」

善子「言うのなら?」

曜「この冷えに冷え切った私の手を温めておくれ」

善子「どうやって?」

曜「それは、こうして」スポッ

善子(あ、手袋が)

曜「こう!」ギュッ

善子「!?」

曜「やっぱり。善子ちゃんの手は温かいなあ」

善子「ちょ、曜さん。いきなり何するの」

曜「何って、見ての通り手を繋いでるんだよ」

曜「ふふふ。ふかふかの手袋に包まれた善子ちゃんの手、きっとポカポカなんだろうなあってずっと思ってたんだ」

曜「そう言えば、手が温かい人は心が冷たいって言うよね」

善子「ちょっと! 悪意、話の流れに悪意しか感じないから」

善子「というか、寒いならポケットにでも突っ込んでれば良いじゃない」

曜「いやいや、それは危ないよ。転んじゃったら大変だし」

善子「手を繋いでたって転ぶ時は転ぶわよ」

曜「ほら、その時は善子ちゃんが支えてくれるでしょ?」

曜「私も、善子ちゃんが転びそうになったら支えるからさ」ニコッ

善子「っ」

善子「好きにすれば」

曜「うん! それじゃあお言葉に甘えて」エヘヘ

善子(今度は子供みたいな顔しちゃって……忙しない人)

善子(こっちの気も知らないで、暢気なもんね)





善子「それじゃ、私はここだから」パッ

曜「あぁ。もっと善子ちゃんと手繋いでたかったのに」

善子「馬鹿なこと言わないの……いつでも繋げるでしょ」

曜「うん、そうだよね。じゃあ、また明日ねー」フリフリ

善子「ええ、また」

善子(はあ、なんだかとっても疲れたわ)

善子(それにしても、一頃と比べたら大分日も延びたわね)

善子(去っていく曜さんの影がなかなか消えない)

善子(……というか、止まってるように見えるんだけど?)

曜「そうだ、善子ちゃーん!」

善子「なによー」

曜「全速前進、よーしこー!」ビシッ

善子「やめなさい!」

善子(本当、バカなんだから)

善子(能天気で脳筋でノータリンで、運動はちょっと、いや相当得意だけど、わりとポンコツで)

善子(私の憧れるような、知的でクールでどこか秘密めいている、そんなタイプとは正反対だっていうのに)

善子(それなのに、どうして私は……)



善子(私は部屋に戻ると本棚から分厚い書籍を取り出す)

善子(活字離れが叫ばれる現代だけど、この部屋にはそれっぽい装丁がされた魔導書やら呪術書めいたものがたくさんある)

善子(まあ、今手に持ってるのは親戚から進学祝に送られた辞書なんだけど)

善子(おそらく日本で一、二を争う有名なそれを机に置くと、私は一つの単語を引く)

善子(――恋。男女が互いに相手をこいしたうこと。また、その感情。こい。)

善子(男女、か)

善子「じゃあこの気持ちは、なんなのかしらね」

善子(誰に言うでもなく、虚空に呟く)

善子(最近はずっとこうだ。一人でいると、ううん。授業中でも、他の人と話していても)

善子(気づけばふと、曜さんのことを考えている)





曜『善子ちゃん、一緒に泳ごうよ!』

善子『嫌よ。どうせ着いていけないし、それに私が海なんか入ったら鮫に襲われないとも限らないわ』

曜『善子ちゃんのペースに合わせるしさ、鮫が来たら私がやっつけるよ!』

曜『だから、ね?』

善子『……絶対、置いてかないでよね』

曜『もちろん』

善子『それなら……っしょ、と』ピキーン

善子『っぐわぅ……あ、っつつつ』

曜『ちょ、どうしたの!? 突然大きな声出して』

善子『あ、足攣った……』

曜『ええ……海に入る前から?』

善子『不幸だわ……』



曜『おお、良いよー、善子ちゃん。やっぱり私の見立ては間違ってなかったね』

善子『ねえ』

曜『うんうん。次はこっちの衣装いこっか?』

善子『ねえったら』

曜『どうしたの?』

善子『どうしたの、じゃないわよ。どうして私たちが集まったか分かる?』

曜『デュオ曲のコンセプトを考えるためでしょ?』

善子『じゃあ、今私たちがしているのは何?』

曜『息抜きであります!』

善子『何がよ! 曜さんの家に来てから撮影会しかやってないじゃない』

曜『なんだかんだ付き合ってくれる善子ちゃん、良い子だなあ』

善子『……帰る』

曜『わー、冗談冗談。それじゃさ、外行こうよ。部屋でじっとしてるより、良い案が浮かぶかも』

善子『まあ、良いけど』

曜『そうと決まれば、全速前進ヨーソロー!』ダダッ

善子『私まだ着替えてないんだけど!? ちょ、待ちなさいってばー!』



善子『クリスマス?』

曜『うん』

善子『別に予定は……いえ、人々が聖なる夜に浮かれる裏で、サタンの名の下に暗黒のミサが執り行われます』

善子『このヨハネもその集いに馳せ参じねばなりません』

曜『そっか……。よく分からないけど、用事があるんだね』シュン

善子『べ、別に用事ってほどじゃ。というか曜さんは? 家族と過ごしたりしないの?』

曜『今年はパ……お父さんも帰ってこれないし、お母さんも予定があって遅くなるって』

善子『ははーん。もしかして寂しいわけ?』

曜『なっ、寂しいわけじゃ……。いや、うん。そうかも』

善子『へ?』

曜『善子ちゃんの言うとおり、寂しかったんだ』

曜『でもごめんね。迷惑だったよね』

善子『~~! もうっ』

善子『わかったわ! 私が付き合ってあげるわよ。クリスマスでもウィルスミスでも何でも来いよ』

曜『でも善子ちゃん、用事があるんじゃ』

善子『ないわ! むしろ今出来た。曜さんと過ごすって用事がね!』

曜『……善子ちゃん!』ダキッ

善子『わぷっ。もう、曜さんったら。苦しいってば』





善子(思えばこの一年足らず、ずっと曜さんと一緒だった)

善子(家こそ近くだったけど、話したこともないような近くて遠い存在が)

善子(毎日顔を合わせるくらい、近くて近い存在になって)

善子(でもそれが逆に、互いの距離をずっと遠いと知らしめる)

善子(私にとっての曜さんと、曜さんにとっての私は、やっぱり全然違うと思うから)



ダイヤ「あら、善子さんだけですか」

善子「ええ。ルビィは日直、ずら丸は図書委員で遅れるって」

ダイヤ「そうですか。果南さんは今日お家の手伝いで休むそうです。鞠莉さんは理事長室に寄ってから来ると言ってました」

善子「二年生は?」

ダイヤ「さあ? 特に連絡もありませんから、じきに来ると思いますが」

善子「そう」

ダイヤ「……」

善子「……」

善子(気まずい……。なんか、この生徒会長とはいまいち何話したら良いか分からないのよね)

善子(別に嫌いなわけじゃないんだけど。向こうもあんまりお喋りってわけじゃないし)

善子(早く誰か来ないかしら、なんて考えるのは流石に失礼よね)

善子(何か話題を……)

ダイヤ「善子さん」

善子「な、なに!?」

ダイヤ「何をそんなに驚いているのです……」

善子「お、驚いてなんかないわよ」

善子(まさかダイヤの方から話しかけてくるなんて)

ダイヤ「まあ良いのですが。それより、最近何か悩みでもあるんですか?」

善子「へ?」

善子(思わず変な声出ちゃった。想定外の質問すぎて)

ダイヤ「別に何がというわけではないのですが、最近どうも心ここにあらずという様子でしたので」

ダイヤ「もし何か悩み事があるのなら、相談に乗って差し上げたいな、と思いまして」

ダイヤ「これでも私、浦の星の生徒会長ですから。悩める生徒の力になりたいのです」

ダイヤ「それに善子さんは、ルビィの親友で、Aqoursの大事な仲間でもありますから」

善子「ダイヤ……」

善子(心配、かけちゃったみたいね)

善子(Aqoursの活動以外ではそこまで会う機会もないけれど、しっかり見てるのね。流石というか)

善子「ごめんなさい。確かに上の空だったことはあるかもしれないわ。でも大丈夫よ」

善子「特に困ってることはないし、練習もしっかりやるわ」

ダイヤ「そうですか。なら良いのですが……。もし何かあれば気軽に頼ってくれて構いません」

善子「わかった。その時は素直によろしくね」

ダイヤ「ええ」

ガチャッ

曜「おはヨーソロー!」

ダイヤ「今は午後ですが」

曜「細かいことは気にしない。二人で何話してたの?」

ダイヤ「まあ、他愛もない世間話ですわ」

曜「うーん。二人が雑談してるところ、なかなか想像できない」

曜「ねえ、善子ちゃーん。本当は何してたのか、この曜ちゃん巡査に教えてほしいのであります!」ダキッ

善子「暑苦しいからやめて」

善子「別に、ダイヤの言うとおりよ」

曜「そっかー」ギュー

善子「ぐぬぬ、苦しいってば。何するのよ」

曜「あはは。善子ちゃん分を補給してるんだよ。ダイソンのように変わらない吸引力で!」

善子「勝手に吸い取るな!」

善子(こんな風に気軽に抱きつけるのも、なんとも思ってないから、なんでしょうね)ハァ

ダイヤ「?」



善子(今日は部活が休み。屋上で夕陽を眺めて黄昏れて見たけど)

善子(はあ、落ち着くわね。この昼と夜の境目って感じが、私にピッタリじゃない?)

善子(たまにはこうやって何もしない時間があっても、良いかもしれないわね)

鞠莉「あら、先客?」

善子「マリー……ここには良く来るの?」

鞠莉「マリーはいつも、仕事が行き詰まったらここでリフレッシュするのデース」

鞠莉「ヨハネちゃんも、そんな感じかな?」

善子「ええ、まあ。そんなところよ」

鞠莉「ふんふん。じゃあリフレッシュ仲間の善子にプレゼントしちゃう。はい」ポイッ

善子「っと」

善子(オレンジ色の缶。ジュースかしら)

善子「って、コーヒーじゃない。悪いけど私コーヒーは……」

鞠莉「まあまあ。これはベリースイートだからきっと平気よ。騙されたと思って飲んでみて?」

善子「そこまで言うなら……」ゴクッ

善子「あっま」

鞠莉「ぷっ、あはははは」

善子「笑えないくらい甘いんだけど。何なの、これ」

鞠莉「世の中にはこういうものもあるのよ。勉強になったでしょ?」

善子「わけわかんないんだけど。これなら確かに飲めるから良いけど」

鞠莉「ところで善子。最近はどうなのよ?」

善子「どうって」ゴクゴク

鞠莉「もう、とぼけなくって良いのに。曜との恋に決まってるじゃない」

善子「ゲホッ」

善子(思わずむせちゃったわ)

善子「……何を言ってるか分からないわね」

鞠莉「ふーん。そうデスかー」

鞠莉「ま、私は別にそれでも良いけど」

鞠莉「曜ってばご存知のとおりモテモテだから、うかうかしてると他の人に取られちゃうんじゃない?」

善子「だから別に、私は……」

鞠莉「素直じゃない人は大変ね。私の周りはそんなのばっかりだけど」

鞠莉「ま、私は応援してるから」

善子「……」

鞠莉「それじゃ、チャオ~」

善子(発破をかけられてしまった)

善子(素直になれって言われたって、できることならそうしてるっての)

善子「はあ……」

善子(まあ、応援してくれるのは嬉しいけど)

善子(それにしても)

善子(もしかして思った以上に分かりやすい性格なのかしら、私?)グビッ

善子「あっま」



果南「善子、捕まえたよ!」ガバッ

善子「ちょっと、いきなりなにするのよ!」

果南「ハグだよ、ハグ」ガッチリ

善子「いやいや、こんなしっかりロックした状態をハグとは言わないわよ」

善子「だいたい最初に思いっきり『捕まえた』って言ってたじゃない」

果南「バレたか……流石は善子。鋭いね」

善子「あなたが間抜けなのよ」

果南「むっ、先輩に向かって生意気な。ハグ100倍の刑だよ」ギュッ

善子「く、苦しい! 分かった、私が悪かったから。ギブ、ギブ~!」





善子「で、急にどうしたのよ。別にハグしに来たわけじゃないでしょ」

果南「半分くらいはそれが目的だったりして。ハグした時と海に潜った時だけは、頭の芯がスッキリとするから」

善子「病気よ、それ。良いお医者さん紹介しましょうか?」

果南「とまあ、冗談は置いといて」

果南「善子さ、私達に何か隠してるでしょ?」

善子「なによ、藪から棒に」

善子「どうしてそう思うの?」

果南「鞠莉やダイヤから聞いたから。善子が何か悩んでるみたいだって」

善子(あのお喋りどもめ)

果南「あ、これ言っちゃ駄目って言われてたんだった」テヘ

果南「まあ良いや。とにかく、私がその悩みを解決してあげるから」

果南「大船に乗ったつもりで相談してみてよ」

善子(むしろ泥舟に見えるんだけど、それ)

善子(船……そういえば果南も曜さんと似てるところあるわよね。ノリとか雰囲気とか)

善子(普段は鈍感で変なところで繊細で、頼んでもないのにグイグイ来るところとかもね……)

善子(振り回されるこっちは苦労が絶えないわよ、ほんと)

善子(力になりたいというのも本気なんでしょうけど、もしも話しづらいことだったらどうしようとか考えてるのかしら)

善子(……そう考えたら、なんだか困らせてやりたくなってきたわね)

善子(もう、言っちゃいましょうか。どうせマリーにはバレてるんだし)

善子「わかったわ」

果南「本当!?」

善子「ええ……。実は」

果南「実は?」

善子「私、曜さんのことが好きみたいなの」

果南「うんうん、そっか……えっ?」

果南「ええええええっ!?」

善子「うるさい!」

果南「ご、ごめん。あまりに予想外すぎて……」

善子「でしょうね。ちなみに、どんな悩みを想定してたのよ」

果南「体重が増えたーとか、勉強ができないーとか」

善子「それはまた、随分可愛い悩みね」

果南「だ、だって……」

善子(顔を赤くして狼狽える果南、普段とのギャップもあってなかなかに可愛いわね)

善子(マリーがからかいたくなる気持ちも分かるわ)

果南「でも、うん、そっか。善子は、本気なんだね?」

善子「そうよ。馬鹿みたいって、笑ってくれてかまわないけど」

果南「笑わない! 善子の本気の気持ちだもん。笑えるわけないよ」

善子「……そ」

果南「曜にさ、伝えないの?」

善子「言えないわよ。だから困ってるんじゃない」

果南「そうだよね。きっとそれって、とても勇気のいることだろうし」

果南「でもさ、言わないのも辛いんじゃない?」

善子「それはね。でも怖いの、不安なの。断られるのもそうだし、それを口にすることで、今まで通りではいられないんじゃって」

果南「確かに、多かれ少なかれ、変わっちゃうことはあるだろうね。それに成功するとは限らない」

果南「それでも、私はできれば、伝えた方が良いんじゃないかって思うよ」

善子「なによ、無責任ね。それとも失敗したら果南が責任取ってくれるわけ?」

果南「いやあ、それは無理だなあ」

果南「でもさ、言わないで後悔するのって、辛いよ」

果南「後になってさ、あれで良かったんだって必死に言い聞かせてみても、いつまでもモヤモヤとしたものが消えないんだ」

果南「だからさ。全部ぶちまけて、何もかもハッキリさせて、その方がきっと気持ち良く過ごせるんじゃないかなって」

善子「……果南」

善子「相変わらず脳筋ね。誰もがそんな単純に生きていられるわけじゃないの」

善子(まあ、果南がこの答えを出すまでには、単純じゃない過程があったんでしょうけど)

果南「あらら」

善子「でも」

善子「たまにはそうやって生きてみるのも、悪くないかもね」

果南「善子!」

善子「ヨハネよ!」

果南「あはは、なんだかそれ聞くのも久しぶりな気がする」

善子「私も久々に言った気がするわ。それだけ思い詰めてたってことなのかしら」

善子「堕天使が人風情に心を乱されるなど笑止。ヨハネも堕ちたものね」

善子「しかしここからは、このヨハネの時間です。受けた報いを何百倍にして、返してあげましょう」

善子「そして事が成就した暁には、曜さんはヨハネのことしか考えられないようになるに違いありません」

果南「やっぱり善子はこうじゃないとね」

善子「さて、やることは決まったわけだけど」

善子「果南、勇気をわけてくれないかしら」

果南「……? どうやって?」

善子「鈍いわね。あなたがいつもやってることよ」

果南「あー、はいはい」

果南「ほら、頑張ってね。善子の勇気、とっても素敵だと思うよ」ハグッ

善子「ん……ありがと」

果南「ちなみにこれって浮気現場みたいじゃない?」

善子「そういうこと言わないの」ペシッ

果南「あいたっ」



善子(するとは決めたものの、いきなりは無理)

善子(物事には順序ってものがあるし、私だって心の準備が必要だもの)

善子(だからまずはデートで良い雰囲気になってからって、我ながら天才的な思いつきだと思ったんだけど)

善子「どーしてこんな日に限って寝坊するのよー!」

善子(緊張で寝つけなかったのは想定の範囲内として、かけた目覚ましが全部止まってるってどういうことよ!)

善子(スマホも充電切れてるし……)

善子「もう、最悪」

善子「っは……っはあ、はあ。曜さん、ごめん、なさいっ。遅刻したわ」

曜「あ、善子ちゃん。おはヨーソロー! 全然待ってないから平気だよ」

善子「そう……それなら良かった。いえ、良くはないけど」

曜「まあ大分急いでたんだなってのは分かるし、気にしない気にしない」

曜「ほら、髪の毛はねてるよ」

善子「あ……」カァァ

善子(慌ててたから……服も適当だし髪も整えられなかった)

善子(めっちゃ恥ずかしい)

曜「あー、善子ちゃん良いなあ。髪が素直で。ちょっと撫でたらすぐ直るもん」ナデナデ

善子「そ、そう?」

曜「そうそう、私なんて癖っ毛だからさ……あ、ごめんね。髪嫌じゃなかった?」パッ

善子「え……ええ。平気よ」

善子(もっと撫でてくれても良かったのに)

善子(でも、寝坊して不幸だと思ったけど、おかげで良いこともあったし、こういうのも災い転じて福となすって言うのかしら)

曜「じゃあ、そろそろ行こうか」

善子「ええ、そうね……って」

ザァァ

善子「う、そ」

曜「あらー、降ってきちゃったか。天気予報では雨なんて言ってなかったのに」

善子(やっぱり不幸だわ……)





善子(それから気を取り直して街へ繰り出したものの……)

善子「今日は曜さんに紹介したいとっておきのお店があるのよ!」

曜「本当? 楽しみだなあ」

善子「ここよ――って、閉まってるじゃない!」

『臨時休業』

曜「あはは。まあそういう時もあるよね」

善子「次よ!」



善子「ここのレアチーズケーキは絶品なのよ」

善子(私もネットで調べただけで、来たのは初めてだけど)

曜「へえ、じゃあ私はそれにしようかな」

善子「すみません、レアチーズケーキセットを二つで」

店員「申し訳ありません、こちらちょうど売り切れになってしまいまして」

善子「ええっ?」

曜「また食べに来ようよ。売り切れるってことは、それだけ人気で美味しいってことなんだろうし」

善子「そ、そうね……」





善子(せっかくこの日のためにいろいろ調べてきたのに、行く先々で上手くいかず、最後はカラオケとかゲーセンでお茶を濁してしまった)

善子(良い雰囲気どころか、完全に失敗よ)ドヨーン

曜「善子ちゃん、元気だして。私は楽しかったからさ」

善子「そんな慰めはいらないわ。曜さんには無駄足ばっかり踏ませちゃったし」

曜「もう、本当なんだけどな」

善子「いいのよ、私なんて……どうせ」

曜「善子ちゃん!」

曜「私は善子ちゃんと遊べて、とっても楽しかったよ」

善子「曜さん……」

曜「それにさ……ほら、いじけて下ばっか見てないで、空を見上げてみなよ」

善子「いったいなによ……」チラッ

善子「……綺麗」

善子(いつの間にか空は晴れて、満天の星が広がっていた)

曜「でしょ? こうやって今日、二人で綺麗な星を見られたのも、善子ちゃんが誘ってくれたからなんだよ」

曜「終わり良ければ全て良しじゃないけどさ、私は本当に今日が楽しかったし、また善子ちゃんとこうして遊びたいと思うよ」

曜「善子ちゃんは違った?」

善子「違わない! 私も楽しかったし、また曜さんと遊びたい」

曜「ね、それで良いんだよ。今日できなかったことは、また今度やろう? そうやって少しずつ積み重ねていこうよ」

善子「うん……」

善子(結局私、曜さんに励まされてる)

善子(格好つけても、取り繕っても、どこまでいってもこの人には敵わないんだな)

善子「ねえ、曜さん」

曜「ん? どうしたの」

善子(だったらもう私は飾らない)

善子「私、曜さんにどうしても伝えたい事があるの」

善子(素直なままの、本当の自分で、本当の気持ちを伝えよう)

曜「なになに?」

善子「私、津島善子は、あなたのことが、渡辺曜のことが、大好きです。愛しています」

善子(たとえ後悔したとしても、その後笑って過ごせるように)

善子(あなたの前でいつまでも、本当の私でいられるように)

おしまい
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