梨子「大人になろうよ」曜「オトナ?」

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4: 名無しで叶える物語(茸) 2018/04/17(火) 13:51:01.43 ID:3HJF2s6e
高校を卒業したのは3年前のことだ。

沼津にある大学に入学してからは、留年しないように勉強に励み、サークル活動に打ち込んで、アルバイトをこなしつつ、たまに地元のボランティアにも参加なんてしてたらあっという間に月日が経ってしまった。

地元からの知人が多かったことに加えてAquorsの知名度も相まって、友人に囲まれた賑やかな学生生活を送ることができたとは思う。


だけどそこに彼女は居なかった。


高校生活の2年間、いつも一緒に時間を過ごした、あの悪友は私の隣には居なかった。

元スレ: 梨子「大人になろうよ」曜「オトナ?」

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5: 名無しで叶える物語(茸) 2018/04/17(火) 14:03:17.55 ID:3HJF2s6e
千歌「ねぇ、よーちゃん」

曜「ん?どうしたの千歌ちゃん」

春休みが明けて前期日程が始まり、私は千歌ちゃんと一緒に大学の食堂でたむろしていた。

千歌「どうしよおぅぅ、このままじゃ卒業できないよおおぅぅ」

曜「単位、まだ足りてないの?」

千歌「やばいようぅ、もう皆は取り終えてるってのにぃぃ」

千歌ちゃんを悩ませているのは大学の授業の単位数た。
卒業の条件としての最低単位数に未だ到達できておらず、前期どころか後期も授業を取らなければいけない危機的状況らしい。

曜「でもほとんど私と同じ授業取ってきたじゃん。一緒に勉強したこともあったし」

千歌「よーちゃんは取れててもチカが取れてないやつなんて沢山あるもん」

あるもん、じゃないよ。可愛いな。
7: 名無しで叶える物語(茸) 2018/04/17(火) 14:27:23.26 ID:3HJF2s6e
千歌「留年だけは絶対絶対ゼッタイ避けなきゃいけないんだよぉ……」

曜「……まあ、単位が足りてないからまたもう1年やり直しって言うのはねぇ」

千歌「つらいのだ……」

曜「でもね千歌ちゃん、言っちゃ何だけど半分は自業自得だからね。同じ授業受けようね!って約束したのに途中から来なくなったり、せっかくプリント用意してたのにレポート書くのサボったり、思い当たる節あるからね」

千歌「しょーがないじゃん、大学生だもん」

曜「大学生とは」

千歌「あーあ、なんで卒業しなきゃいけないんだろ。ずっと大学生でいたいなあ」

曜「千歌ちゃんそれ高校3年生のときも言ってたよね?ずっと高校生でいたいって」

千歌「チカは初志貫徹なのだ」

曜「頭良さげな言葉使ってるけど根っからのサボり魔ってことだからね」

千歌「でもよーちゃんも高校のとき思わなかった?いつまでもこうしてたいなーとか、卒業なんかしたくないなーって」

曜「そりゃまあ、思ったよ」

千歌「ずっとこうして3人で居られたらいいのなぁって」

それは、どうだろうね。
9: 名無しで叶える物語(茸) 2018/04/17(火) 14:44:23.80 ID:3HJF2s6e
私の高校生活は、中学生時代の私からすれば想像がつかないほどに、そして大学時代の私からしても絵空事に聞こえるように、劇的なものだった。

劇的で、刺激的で、衝撃的で。

千歌ちゃんと一緒に何かが出来たらそれでいいや、なんて考えていた一年生時代が空虚に思えるほど、私を人生を狂わせることになるイベントが起きた。

イベントというよりはアクシデントというべきか。
言ってしまえば不慮の事故みたいなもんなんだけど。

二年生の春に、私は彼女に出遭った。

同じ人に惹かれ導かれ、同じ人を愛することになり、同じ人の夢の為に共に走った、そんな鏡写しに遭遇した。

その恋敵―――桜内梨子は、ピアニストという夢をぶら下げながら内浦を離れていった。
10: 名無しで叶える物語(茸) 2018/04/17(火) 14:59:19.49 ID:3HJF2s6e
あの会話は3年生の卒業式の前だっただろうか、後だっただろうか、今となってはよく覚えていない。
ピアノの音が耳に飛び込んできた私は、もしかしてと思って導かれるように音楽室に向かい、そして扉を開けた。

「あ、曜ちゃん」

彼女はドアの音に気付いてこちらを向くと、微笑みを浮かべながらそう言った。

曜「いい音だったからさ、梨子ちゃんかなと思って」

梨子「嬉しいこと言ってくれるわね」

曜「嘘つくの下手だからさ、私」

素直に思ったことは素直に言う。
彼女の前では私は素になれる。
仮面を外した本当の渡辺曜をさらけ出せる。

そしてそれは、梨子ちゃんにも同じことが言えた。

梨子「ここのピアノ、あんまり弾いてて楽しくないのよね」

曜「楽しくない?いい音だったじゃん」

梨子「いい音なんてどんなに古いピアノでも出せるの。ピアノのせいにするなんて力量不足よ」

淡々と言ってのける。音楽室の壁に反響する。
12: 名無しで叶える物語(茸) 2018/04/17(火) 15:19:37.96 ID:3HJF2s6e
曜「でも、ひいてて楽しくないんだ」

梨子「気が乗らないって言った方がいいのかな。相性が悪いのかも」

曜「相性」

梨子ちゃんは穏健そうに見えて意外と好き嫌いがはっきりしているタイプだ。
しいたけを蛇蝎の如く嫌っていた時期や、プレリュードの溺愛ぶりを見るにそれは明らかだろう。

梨子「プロのピアニストならコンディションも相性も関係なしに、いつだってノリノリでひけるんだと思うの。結局は私が未熟ってこと」

曜「それはしょうがないんじゃない?プロじゃないんだし」

梨子「そうね」

でも、と彼女は続ける。

梨子「それでも私はプロになりたい。子供の頃から憧れだったプロのピアニストに」

いつになく真剣な目をしている。空気に気圧される。

曜「プロってことは……卒業したらどうするの?」

梨子「内浦からは離れることになるわね」

あっさりと言いのける。

梨子「ねえ、曜ちゃん」

曜「なに?」

梨子「恋敵が消えて、嬉しい?」


静寂の音が音楽室に響く。
13: 名無しで叶える物語(茸) 2018/04/17(火) 15:39:53.94 ID:3HJF2s6e
曜「どういうことさ」

梨子「そのまんまの意味よ。千歌ちゃんを取り合うライバルが消えるんだから、曜ちゃんは内心ほくそ笑んでるんじゃないかなって」

曜「ほくそ笑むって」

梨子「擬音語にするならニヤニヤって感じかしら」

曜「ニヤニヤは何処となく微笑ましいから、こういう時はニタニタの方がいいんじゃないかな」

梨子「ニタニタ。いいね。採用」

曜「だけどね梨子ちゃん、ニヤニヤもニタニタも外れてる」

梨子「じゃあどう思ってるの?」

曜「何とも思ってないよ。梨子ちゃんの好きにすればいい話だし、無関係な私に発言権なんかないんだからさ」

梨子「引き留めたりしないの?」

曜「引き留めてほしいの?」

梨子「別に」

そう言って梨子ちゃんはニッコリ笑う。
ニンマリとも言うのかな?

梨子「でも、曜ちゃんがどんな反応するのかなーって気になってたのは本当よ」

曜「人のことを試すのは感心しないね」

梨子「無関心な人にそんなこと言われたくないわ」

無関心。無配慮。無反応。
17: 名無しで叶える物語(茸) 2018/04/17(火) 16:01:06.04 ID:3HJF2s6e
実際のところ、梨子ちゃんに対して全く関心がないと言えばそれは嘘になる。
からかわれたくないから虚勢を張っている。

2年の春に東京からここ内浦にやって来て
その美貌と才能と経歴に千歌ちゃんが興味を示さないはずがなくて
それは言うなれば運命の出逢いで
Aquorsにとっての原点のようなもので
そこから1年生や3年生、Seint Snowも巻き込んでいって
どんどん強くなって
どんどん大きくなって
どんどん輝きが増していって
私と千歌ちゃんだけだったはずの小さな渦はいつのまにか竜巻のように広がって
その中心核には当たり前のように梨子ちゃんがいて

梨子ちゃんが居なくたって千歌ちゃんの夢を叶えてみせるなんて胸を張れるほど、私は愚かなやつじゃない。
だけど、そんな人に対して嫉妬も憎悪もなく心から大好きなんて言い張れるほど、私は良いやつじゃない。
21: 名無しで叶える物語(茸) 2018/04/17(火) 16:13:48.10 ID:3HJF2s6e
梨子「残念ね」

曜「何が?」

梨子「面白い反応じゃなかったから」

曜「……」

いくらなんでもはっきり言い過ぎだと思う。

梨子「曜ちゃんってからかい甲斐があるのよね、個人的に」

曜「そんなの知らないよ」

梨子「からかったり、からかわれたり、そういうの苦手だもんね、曜ちゃんは」

曜「……冷やかしは好きじゃないだけだよ」

梨子「優しい人ね」

優しい人。

梨子「でもね曜ちゃん、優しい人が優しい人生を送れるとは限らないのよ?」

優しい人生。

梨子「信じるものは報われるとか、待ってれば必ず助けが来るとか、健気な気持ちさえあればハッピーエンドとか、そんな優しい結末あると思う?」

優しい結末。

梨子「ねえ、曜ちゃん。いつまで千歌ちゃん待ってるの?」
26: 名無しで叶える物語(茸) 2018/04/17(火) 16:37:36.72 ID:3HJF2s6e
曜「……千歌ちゃんのことは梨子ちゃんに関係ないでしょ」

梨子「あるわよ」

曜「何で?」

梨子「私の好きな人だもの」

曜「……私だって好きだよ。きっと梨子ちゃん以上に」

梨子「知ってるわよ、そんなこと」

恋敵のことは恋敵が一番よく知っている。
そう言いたげな眼光を放っていた。

梨子「だから曜ちゃんには負けたくなかった。今までの時間分を取り返さなきゃって思ってた」

曜「今までの時間分―――」

梨子「圧倒的な曜ちゃんのアドバンテージを埋めるために私は必死に頑張ってきた。東京から来た転校生なんて幻想が剥がれ落ちる前に、私自身を認めてもらえるように」

そして、と梨子ちゃんは続ける

梨子「ここに来て、やっと肩を並べられた気がするの」

梨子ちゃんが私たちと最初からずっと居たような感覚。
二年生になるまで一緒に居なかったのが嘘みたいな感覚。
安心感。一体感。連帯感。対等感。
27: 名無しで叶える物語(茸) 2018/04/17(火) 17:03:42.63 ID:3HJF2s6e
梨子「私ね、心の中では曜ちゃんともきっと親友になれるって思ってたの」

曜「え?」

梨子「だって、同じ人に惹かれて、その人の夢に導かれて、その人の夢の為に一緒に走って、そしてその人のことを愛しているなんて、まるで鏡写しじゃない」

曜「……確かに、そうかもね」

梨子「ここまで似た者同士なんて、今考えたら千歌ちゃんやよっちゃん以上に曜ちゃんは運命の人かもしんないわね」

曜「気持ち悪いこと言わないでよ」

鏡写しだとか、運命の人だとか、妙な言い回しでいちいち強調してくる梨子ちゃんを前にして、つい本音を口走ってしまった。

梨子「ごめんなさい」

そう言って梨子ちゃんはニンマリと笑う。
ニッコリなんて可愛らしい擬音語はこの場合ふさわしくない。

梨子「結局は他人なのにね。よくて恋敵かしら?」

曜「敵対関係のどこがいいのさ」

梨子「ある意味で特別よ?」

曜「気持ち悪い」

梨子「ふふ、曜ちゃんと話してるとついついからかいたくなくなっちゃうの」

曜「悪女め」

梨子「曜ちゃんの方がずっと悪女よ」

曜「なんでさ」

梨子「そりゃあだって―――曜ちゃんはとても優しい人だからよ」

曜「……?」

梨子ちゃんが言わんとしていることを上手く飲み込めない。
誉められてるのか皮肉を言われてるのかすらも分からない。
29: 名無しで叶える物語(茸) 2018/04/17(火) 17:51:55.14 ID:3HJF2s6e
梨子「まあ、真偽はともかくとして、親友には一応なれたと思ってる。曜ちゃんにとっても、千歌ちゃんにとっても」

曜「真偽はいいんだ」

梨子「友情を試すような真似をするの?なんてひどい人なの曜ちゃん……」

曜「うるさいよ!」

さんざん人を試しておいてよく言えるね!

梨子「友情なんてハッキリしてなくていいし、あの子と私は本当に友達なのかな?みたいな気苦労はするだけ無駄なのよ」

曜「まあ、いざ確かめたところで変な空気になるのな必至だしね」

梨子「友情は下手にハッキリさせる必要はない―――でも」

梨子ちゃんは再び真剣な表情になり、その両の瞳は私をしっかりと捕らえている。

梨子「恋愛は、ハッキリさせた方がいいと思うの」

曜「……その話に戻るんだね」

梨子「当たり前でしょ。私が東京に行くまでに片付けたい案件なんだから」

曜「大袈裟だよ」

梨子「大袈裟なんかじゃない。曜ちゃん、からかってるの?」

そんなつもりはないよ、梨子ちゃん。
だけど敢えてふざけたことを抜かしていいなら。

梨子ちゃんの真剣な表情、子供っぽくて私は結構好きだよ。
30: 名無しで叶える物語(茸) 2018/04/17(火) 18:59:12.80 ID:3HJF2s6e
梨子「私は東京を発つ前に自分の気持ちを千歌ちゃんに伝えたい。でも私より先に曜ちゃんに告白してほしいの」

曜「それは何?様子見?」

梨子「違う!」

ピアノの椅子から梨子ちゃんが立ち上がる。

梨子「私は……曜ちゃんの想いを知ってるの。ずっと一緒に居たから。見てきたから。曜ちゃんの想いを知れば知るほど、千歌ちゃんのことは諦めなきゃいけないって思ったの」

窓から射す斜陽が梨子ちゃんを照らす。

梨子「でも無理だった。忘れられなかった。諦めきれなかった。私はやっぱり千歌ちゃんのことが好きで、今でも千歌ちゃんのことが好きで、だけど曜ちゃんへの罪悪感も沸き上がってきて」

罪悪感?そんなの感じる必要なんかないのに
梨子ちゃんを苦しめている私の方がよっぽど罪悪感があるよ

梨子「ねえ、曜ちゃん、お願い。千歌ちゃんに告白して?好きって想いを伝えて?曜ちゃんなら大丈夫だよ、お似合いカップルだもん。そうすれば私は今度こそ諦められるから―――」

曜「ごめん」

嗄れかけていた梨子ちゃんの声が、断たれる。

曜「今は、告白するタイミングじゃないから」
32: 名無しで叶える物語(茸) 2018/04/17(火) 20:00:45.08 ID:wz1dcuh2
梨子「……告白するタイミングって、何よ」

曜「タイミングはタイミングだよ。今はまだ時期尚早なだけで」

梨子「そんなの来ないわよ」

それは私が一番よく知っている。

梨子「……そう、これ以上話しても無駄みたいね」

曜「みたいだね」

梨子「曜ちゃん、千歌ちゃんと同じ大学行くんだっけ?」

曜「うん、沼津の大学」

梨子「そう」

そっけない返事をして梨子ちゃんはこちらを見る

梨子「タイミング、来ると良いね」

曜「……うん」

梨子ちゃんが私を横切って扉に向かっていく

曜「梨子ちゃん」

梨子「なに?」

曜「ごめん」

梨子「……本当に悪い女の子だよね、曜ちゃんって」

梨子ちゃんはそう言うと、悲しそうにニッコリと笑って、音楽室の扉を閉めずに出ていった。
33: 名無しで叶える物語(茸) 2018/04/17(火) 20:55:03.80 ID:wz1dcuh2
音楽室に一人残された私は、退屈しのぎにピアノに近付いて鍵盤に触れてみる。
梨子ちゃんが普段ひいている様子を真似してみても、音は鳴り響けどそれが旋律になることはなかった。
あんなに綺麗な音色を奏でながらも、このピアノでは楽しめないと、相性に問題があってそれは自分の未熟さゆえだと、そう梨子ちゃんが言っていたのを思い出す。

相性。

私と梨子ちゃんの関係はどうだったんだろうか。
お互いが「千歌ちゃんのことを愛している」を互いに知ったとき、焦燥感を抱くと同時にある種の友情が生まれた。
相手の裏の顔を知っている、自分の裏の顔が知られているという牽制状況は、学生生活で覚える息苦しさを解放する場としてかなり有効なことに気付かされた。

良い子ぶる必要がない。
そんな空間がどことなく心地よくて、音楽室や私の部屋で集まっては、気だるげに話したり、相手をからかったり、緊張感のなさから睡魔に襲われたり、無為な時間を過ごすことが多々あった。

そう考えると今日の音楽室には妙な緊張感があって、いつものようなだらけた空気がピアノ線のように張り詰めていた気がする。
その理由については考えたくない。
考えれば考えるほど自分を絞め殺す気がしてならない。

閑話休題。
そんな習慣を続けるうちに私と梨子ちゃんは、よく分からない関係性に陥ってしまった。
友達なのにどこか敵視し合っていて、
恋敵なのにシンパシーを感じて、
写し鏡のようでいて結局は他人で

どこからが本音でどこまでが嘘で
どこからが声でどこまでが揶揄で
どこからが仮面でどこまでが素顔か

頭の中でさっきの梨子ちゃんの声がリフレインされてグチャグチャになっていくのを感じる
34: 名無しで叶える物語(茸) 2018/04/17(火) 21:05:08.15 ID:wz1dcuh2
曜「梨子ちゃん……私、よく分からなくなっちゃったよ」

鍵盤をひとつ弾いてみる。
指の感触と聴こえてくる音がシンクロする。
冷たい人さし指から温もりが伝わってきたような、そんな気がした。
35: 名無しで叶える物語(茸) 2018/04/17(火) 22:09:08.19 ID:wz1dcuh2
2人きりでちゃんと話せたのはそれが最後で、3月が終わる頃には梨子ちゃんはすでに上京してしまった。
親友でもあり、恋敵でもあり、写し鏡でもあり、他人でもあった梨子ちゃんとの関係は続くこともなくあっさりと途切れることになる。
二年前の春に内浦に引っ越してきた少女は、プロピアニストになるという情熱を燃やしながら内浦を発っていった。

「ねえ、曜ちゃん。いつまで千歌ちゃん待ってるの?」

そんな言葉を私のなかに残して。
36: 名無しで叶える物語(茸) 2018/04/17(火) 23:00:59.12 ID:wz1dcuh2
千歌「づがれだよぉぉぉ!」

曜「お疲れ千歌ちゃん」

千歌ちゃんは今日一日分の授業が全て終わったようでひどくやつれていた。
朝一番の授業に出席する千歌ちゃんと食堂で別れたあと、プールで泳いだり筋トレに励んだりして時間を趣味に費やし、千歌ちゃんの授業終了の報告を受けたので再会して今に至る。
もう必要な単位を全て取ってしまった身としては暇この上ないのだ。

千歌「いいなぁー!私もプール入りたい!入りたい!」

曜「我慢だよ我慢、卒業第一で単位取りに行かなきゃ。とりあえず前期はどの授業も自主休講しちゃダメだよ」

千歌「うぅー!鬼ー!」

なんとなく予感はしてたけど、千歌ちゃんの好奇心旺盛な性格と大学生の行動の自由度の高さはやっぱり混ぜるな危険だった。
大学生活が始まる直前に私に千歌ちゃんの監視役になってほしいと高海家からめちゃくちゃお願いされたことは今でも覚えている

千歌「でも今日を乗り切ればもう今週は余裕だよ!久しぶりにうちで晩酌でもしよーよ!」

曜「ダメだって千歌ちゃん、明日は朝早いんでしょ。また起きられないじゃん」

千歌「ちょびっとだけだよちょびっとだけ!」

曜「ちょびっとでもダメなものはダメだよ。千歌ちゃんのお母さんからも止めるようにお願いされてるし」

千歌「もー、ダメダメばっかり言ってるとさー、なんか梨子ちゃんみたいだよよーちゃん」

一瞬だけ、動揺する

曜「梨子ちゃんって、そんなダメダメ、言ってたっけ」
42: 名無しで叶える物語(茸) 2018/04/18(水) 09:07:00.22 ID:LOKRUnwl
千歌「言ってた言ってた!もう耳にタコさんができるほど!」

曜「そんなウインナーじゃないんだから」

そのタコじゃないでしょ。よく知らないけど。

千歌「歌詞を早く書き上げろーとか、直した歌詞早く提出しろーとか、タイトル早く決めろーとか」

曜「まあ千歌ちゃん〆切を守れた方が少なかったからね。そりゃ毎回お叱りも受けるよ」

千歌「〆切、きらい」

曜「漫画家みたいなこと言うね」

千歌「いいよねー曜ちゃんは。〆切で頭抱えたことないでしょー?」

曜「そんなことないよ」

千歌ちゃんには私を完璧超人として見るきらいが相変わらずある。
自分を普通怪獣と名乗るのはAquors時代以降は少なくなったが、ここ最近また耳にするようになった気がする。

曜「衣装作りも大学の課題もそうだけど、ちゃっちゃと終わらせちゃった方が楽だと思うんだよね。今日できることは今日やっておいて損はないじゃん」

千歌「明日だってできる事なら明日に回すべきと思うなー」

曜「明日やろうはバカヤロウだよ」

千歌「チカはバカヤロウだもん。バカチカだもん」

千歌ちゃんがぷくーっと頬っぺたを膨らませる。可愛い。
43: 名無しで叶える物語(茸) 2018/04/18(水) 09:45:16.98 ID:LOKRUnwl
曜「まあ実を言うと、千歌ちゃんが遅れて提出するのを想定して〆切日を一週間くらい早めにしようって、梨子ちゃんと話してたんだよね」

千歌「え!なにそれ!?」

曜「梨子ちゃんから一週間くらい猶予もらってたでしょ?先伸ばしした日にちが本来の〆切日ってわけ」

これを提案したのは確か私の方からだったかな。
二週間を一週間と一週間に分けて、後半を猶予期間として設けることで作業の促進を図るシステム。

千歌「ひどい!なにそのシステム!詐欺じゃん!」

曜「詐欺じゃないよ工夫だよ」

千歌「でもズルじゃん!」

まあ、ズルいっちゃズルい。
悪意的ではないけど作為的ではある。

千歌「そうやって〆切日に追われる私の姿を見て二人はほくそ笑んでたんだね……」

曜「ほくそ笑んでないって」

千歌「〆切日が迫ってくるトラウマもんの恐怖は二人の陰謀だったんだね……」

曜「陰謀じゃないって」

トラウマもんなら大学の課題も頑張ろうよ。
全然懲りてないじゃんか。

千歌「よし決めた!」

曜「何を?」

千歌「飲む!」

曜「え?」

千歌「今日はよーちゃんと一緒に飲む!決定!」

曜「いやいや、だから明日早いんでしょ千歌ちゃん」

千歌「よーちゃんはチカと飲みたくないの?」

う。

千歌「チカはよーちゃんと飲みたいなあ」

まずい!千歌ちゃんの上目遣いは私にこうかばつぐだ!

千歌「私の家で今晩さ……飲も?」

曜「……もー、しょうがないなあ、今日だけだよ?」


こういう時でも梨子ちゃんなら今日はダメって厳しく律することができるのかな。
さながら鞭のように。
結局、千歌ちゃんを甘やかして要求に答えてしまうのが私の役目なんだと思う。
まるで飴みたいに。
高海家の方面からは怒られるかもしれないけど、まあ、惚れた弱みってことで赦してほしいな。
44: 名無しで叶える物語(茸) 2018/04/18(水) 14:09:07.44 ID:fhyPdJf5
食料とお酒の買い出しが終わり、私は千歌ちゃんの住んでいるアパートに足を運んだ。
大学キャンパスから歩いて10分程度の近場にあるところで、なるべく近い方が授業に遅刻せずに済むという理由でここに決定したらしい。

自宅から自転車で通っている私からすれば羨ましくも思うけど、家が大学から近いという緊張感の無さは千歌ちゃんにとってはむしろ逆効果だったのかもしれない。

曜「お邪魔しまーす」

千歌「どぞどぞー」

曜「びっくりした」

千歌「ほえ?何が?」

曜「部屋に足場がある」

千歌「失礼な!」

いや、こないだ部屋にあがったときは色々と凄まじかったじゃん。
びびるほど物に溢れてたじゃん。

千歌「チカだってちゃんと掃除してますよーだ」

曜「部屋の番号間違えたのかと思ったよ」

千歌「むー!よーちゃんきらい!」

曜「ごめんね、嘘だよ」

好きな子をからかいたくなる心理が今の私にはよく分かる。
あの悪友を思い出して少し嫌気がさすけど。

曜「先にシャワーもらっちゃっていい?」

千歌「好きにすればー」

千歌ちゃんからふて腐れたレスポンスが来る。
案外こういう対応されるのも悪くないなと思いながら、私は浴室に向かった。
46: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/18(水) 15:33:49.36 ID:pNbv7GVK
聖火リレーですが1です
>>45 訂正


千歌「今日も一日お疲れさまー!かんぱーい!」

曜「乾杯ー」

缶チューハイを掲げてコンッと音を立てると私たちは口に運んだ。

千歌「ああ〜〜美味しいよ〜」

感嘆の声を漏らす千歌ちゃん。
アルコール度数低めの甘いお酒が好きなようで、みかん味なら大抵はいけるらしい。

曜「がぶ飲みは禁物だよ」

グレープフルーツの味を舌で感じながらそんなことを言う。
私はアルコールにかんしてはごくごく普通で、ビールもハイボールも飲めるには飲めるがあまり自分から進んでは飲まない。
飲む相手や集まりに合わせるタイプだ。

千歌「ついついグビグビいっちゃうんだよねー」

曜「まあそうだろうと思って、今日はアルコール度数低いだけにしたんだよ。ほろよえるやつとか。」

千歌「さっすがよーちゃん〜、私のことよく分かってる〜」

曜「何年一緒にいると思ってるのさ」

千歌「まさに嫁ってやつだね!」

曜「もしかしてもう酔ってる?」

千歌「酔ってない!」

千歌ちゃんは楽しそうに話を続ける。

千歌「実際よーちゃんは良いお嫁さんになると思うなー、チカは」

曜「そりゃまたどうして?」

千歌「だってぇ、可愛いしー、しっかりしてるしー、勉強もできるしー、料理も得意だしー、裁縫も上手だしー、気配りがきいてるしー、それに可愛いしー」

曜「二つ目の可愛いはノーカンね」

千歌「それにすっごく優しいし!」


優しい人―――ね。
49: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/18(水) 20:55:31.29 ID:pNbv7GVK
曜「そんなこと言ったら、千歌ちゃんだって良いお嫁さんになると思うよ?」

千歌「えー、どの辺が?」

曜「そうだなあ……」

グレープフルーツ味を飲み干すと空き缶を机の上に置く。

曜「千歌ちゃんと一緒にいるとね、千歌ちゃんのために頑張ろうって思えるんだよね」

真剣に言葉にする。

千歌「ぶっ」

千歌ちゃんが噴き出す。
千歌ちゃんが噴き出す。
千歌ちゃんが噴き出す。

千歌「な、なに言ってるの……ぶっ……よーちゃん、バカじゃないの」

どうやらツボにはまってしまったようで、千歌ちゃんは腹を抱えている。
なに笑ってんのさ!めちゃくちゃ恥ずかしいやつじゃんか!

曜「笑いすぎだよ……割りと真面目に言ったのに」

千歌「ごめんごめん、あーよーちゃんおもしろい」

曜「まったく……顔熱くなってきちゃったよ」

千歌「もうお酒回ってきた?」

曜「まだ全然だよ」

夜はまだ長いしお酒もまだある。
千歌ちゃんの都合もあるしてっぺんまでには帰るけど。
51: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/18(水) 23:06:10.52 ID:pNbv7GVK
乾杯からしばらくして、買ってきたお酒や肴が尽き始めた頃、千歌ちゃんはすでに出来上がっていた。

千歌「えへ~~よぉーうちゃ~ん」

ぺしぺし私の肩を叩いてくる。
痛い。地味に痛い。

曜「なに、なにさ千歌ちゃん」

千歌「なんもなーい」

けらけらと笑う千歌ちゃん。

曜「なら叩かないでよ」

千歌「えぇー、いーじゃん、そんな強く叩いてないよ」

曜「結構痛いんだから」

千歌「でもよーちゃん筋肉あるじゃん」

曜「筋肉の有無は関係ないと思うよ?」

千歌「でも筋肉あるでしょ?」

曜「頑なだね」

千歌「見せてよ」

曜「え?」

千歌「筋肉見せて」

曜「なぜ?」

千歌「見たいから」

曜「ええ……」

千歌「見せて?」

曜「まあ、別にいいけどさ」

仕方なく腹筋をさらすべくシャツを捲る。

千歌「おお~~もりもりしてる~」

千歌ちゃんがじっくりと見つめてくる。

曜「お腹冷やしたくないからもういい?」

千歌「もうちょっと」

まじまじと見つめる千歌ちゃん。
なんだこの状況、なんか恥ずかしくなってきたぞ。
53: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/18(水) 23:32:01.60 ID:pNbv7GVK
すると突然、千歌ちゃんの指が私のへそに伸びる。

千歌「えいっ」

曜「ひゃんっ!」

千歌「え、曜ちゃん、今のすごく可愛い」

曜「な、何してるの?!」

声がつい裏返ってしまった。

千歌「ここでおへそ触ったら、よーちゃんどうなるかなーと思って」

曜「びっくりして変な声出しちゃったじゃん!」

千歌「だいじょーぶ、可愛かったよ?」

曜「そういう問題じゃなくて……ひゃん!」

私のへそ周りを撫で回す千歌ちゃんの指に反応して、私はまた変な声を漏らしてしまった。

千歌「ほらね?」

曜「ほらねじゃない!やめて!千歌ちゃん!すりすりするのやめて!」

千歌「そんなこと言っちゃって~うりうり」

曜「あっ!だめ!そこだめ!」

千歌「曜ちゃんの表情、すごく淫靡だよ~」

曜「ど、どこで覚えたのそんな言葉!?」

大学で出来た友達か!?
男だったらそいつぶっ飛ばすからな!

曜「もうだめ!終わり!」

捲っていた服を元に戻す。

千歌「えーっ」

曜「えーっじゃないよ、えーっじゃ」

まさか千歌ちゃんにここまで辱しめられるとは……。
悪い大学友達に染まってしまったのではと心配してしまう。
54: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/19(木) 00:14:59.86 ID:HP0vAHx2
千歌「曜ちゃんは腕の筋肉もすごいって聞いたことあるよ」

曜「誰情報さ」

千歌「チカ情報だよ」

曜「つまり目測だね」

千歌「せっかくだしちょっと触らせてよー、ちょっとだから」

千歌ちゃんが上目遣いでそう攻めてくる。

曜「別に見せる分には構わないけど、さっき突然触ってきた前科があるからなー」

千歌「おねがあいっ」

曜「う、しょうがないなあ」

秒で落とされて私は腕捲りをする。

千歌「やっぱむきむきだねぇ」

曜「そう?」

そこまで筋肉は隆起してる方じゃないと思うけど。

千歌「そうだよー、ほら、押してももぷにぷにしない」

曜「あ!」

まただよ!やっぱり触るんじゃん!
55: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/19(木) 00:38:21.15 ID:HP0vAHx2
千歌「ぺたぺた、ぺたぺた」

曜「ぺたぺたって言いながら撫でないで」

千歌「でもよーちゃんの腕ってきれいだよね」

曜「聞いてる?千歌ちゃん聞こえてる?」

千歌「洗練されてて羨ましいやー」

曜「聞こえてないねこれ」

千歌「ねえ、よーちゃん」

ここで私の腕にぺたぺた触れていた千歌ちゃんの手が止まる。

曜「え、どうしたの?」

千歌「腕枕って知ってる?」

ん?

千歌「うでまくらだよ、う・で・ま・く・ら」

曜「いや、さすがに腕枕は知ってるよ」

千歌「ようちゃんの腕でやってみたい」

曜「グイグイ来ますな!」

アルコール高いやつ混じってなかったよね?
お嫁さん失格じゃないよね?

千歌「うでまくら!うでまくら!」

曜「するから!腕枕するからもうちょっと落ち着こうか!」

千歌「やったぁー!」

そう叫ぶと千歌ちゃんはベッドにダイブすると、その姿勢のままで私の方を向いた。

千歌「ほら、曜ちゃんも、おいで?」

私はおもむろに足を運ぶ。
56: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/19(木) 02:32:05.26 ID:HP0vAHx2
千歌「よーちゃん、かもーん」

曜「そんな鞠莉ちゃんじゃないんだから」

よっこいしょっ、と千歌ちゃんの隣に寝そべる。

千歌「腕出して」

曜「はい」

腕を差し出すと千歌ちゃんの頭が転がり込んできた。
少し重いけど、心地は悪くない。

曜「どう?」

千歌「うーん」

至近距離で目があう。

千歌「顔近いねー」

曜「近いね」

腕を枕にしてるんだからそりゃ近いさ。

千歌「チカ、よーちゃんの顔好きだよ」

曜「なんで?」

千歌「安心できるから」

曜「安心?」

千歌「よーちゃんが居るとね、心が落ち着くの。肩の力が抜けるというか」

曜「そっか」

千歌「よーちゃんがチカを休ませてくれたから、チカは頑張れるんだよ。よーちゃんが一緒に居てくれなかったら、きっとチカは何も出来ないんじゃないかな」

曜「そんなことないよ」


千歌「ねえ、よーちゃん」

千歌ちゃんは私に問いかける。

千歌「曜ちゃんは、どうしてチカと一緒に居てくれるの」

再度、問いかける。

千歌「どうしてそんなに、曜ちゃんは優しいの」
57: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/19(木) 17:47:54.81 ID:HP0vAHx2
曜「別に私はそこまで優しくなんかないよ」

千歌「うそだー」

曜「嘘じゃないよ。千歌ちゃんだからつい優しくしちゃうだけ」

千歌「なんで?」

曜「え?」

千歌「なんでチカだとよーちゃんは優しくなるの?」

曜「それは……」

惚れた弱みだよ。なんて言えるわけない。

曜「千歌ちゃんにはそういう力があるんだよ、きっと」

千歌「ちか、だけに?」

曜「そういうのいいから」

千歌「さっきもそんなこと言ってたよねー、何だったっけ」

しばらく唸ってから、あぁそうだ、と千歌ちゃんが思い出す。
嫌な予感がする。

千歌「千歌ちゃんと一緒にいると、こう思うんだ……千歌ちゃんのためなら私は頑張れるってね……!ギランッ!」

曜「いや、そんな格好つけた言い回しじゃなかったでしょ!」

改変が過ぎる!

千歌「えー?こんな感じだったよー?」

曜「絶対ちがう!少なくとも最後のギランッ!は確実に言ってない!」

千歌「なんか善子ちゃんぽいなーって思って」

曜「間接的に善子がバカにされてる!?」

しかし自分で言っておきながらアレだけど、改めて聞くと何言ってんだこいつ感がすごいな……。
千歌ちゃんが噴き出したのにはびっくりしたけど、これを笑わない方が土台無理な話なのかもしれない。
58: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/19(木) 18:18:19.71 ID:HP0vAHx2
千歌「うーん、チカにそんな力はないと思うけどなー」

曜「あ、そこに話戻すんだね」

そんな力。
つい優しくしてしまう魅力。
庇護欲を掻き立てる魔力。

千歌「だって、みと姉にはいつもガミガミ言われるし、Aquorsのときも梨子ちゃんやダイヤさんに叱られることなんかしょっちゅうだったし」

曜「そりゃ千歌ちゃんのことを大切に思ってるからだよ。どうでもいい人の行動にいちいち口を出そうとはしないでしょ?」

あの音楽室のときの私みたいに、ぶっきらぼうな態度は取らないでしょ?

曜「有り体に言えばさ、みんな千歌ちゃんのことを放っておけないんだよ。みんな千歌ちゃんを大事に思ってるから」

千歌「そっかあ」

隣に居る千歌ちゃんが私の方を向きながら笑みを浮かべる。

千歌「じゃあチカはすごく幸せ者だね」

曜「そうさ」

えへへっ、と笑うと同時に千歌ちゃんは大きくあくびをする。

千歌「幸せだからかな?少し眠くなってきちゃった」

曜「そうかもね。今日はもうお開きにしようか」

千歌「ねぇよーちゃん」

曜「ん?」

私の腕に頬擦りをする千歌ちゃん。


千歌「もうしばらく、このままでいい?」

曜「いいよ」

千歌ちゃんのためなら、いくらでも待てるよ。
59: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/19(木) 22:36:48.89 ID:HP0vAHx2
片腕で千歌ちゃんを支え、もう片腕でスマホをいじる。
しばらくすると小さな寝息が聞こえてきた。
スマホをいじる手を止めて確認すると、スヤスヤと千歌ちゃんが眠っている。

曜「……さてと」

千歌ちゃんを起こさないように、腕枕に使っていた腕とベッドに置かれていた本物の枕を入れ替える。

曜「……あー、痕が残っちゃってる」

それに若干痺れている。
自分の筋肉には自信があっただけにちょっとショックだ。

曜「こんなもんなんかなぁ」

初めての腕枕の余韻に浸りつつも、そこはかとなく虚しさを覚える。
千歌ちゃんへ近付ける距離に限界を感じてしまう。
こんなにも近いのに、どうしようもなく遠い気がしてならない。


なんか、分かってはいたけどさ。

曜「やっぱりつらいよ…………千歌ちゃん」

千歌ちゃんはスヤスヤと、本当に幸せそうに眠っている。
その笑顔で私の憂鬱が消え去れたらいいのに。
61: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/19(木) 23:06:27.58 ID:HP0vAHx2
「ねえ、聞いて!」

どうしたの?

「私、ずっと言えなかったことがあるの。」

そうなの?教えてよ。

「あなたのことが好きなの。」

ほんとに?いつから?

「昔から好き。出会ったときからずっと好き。」

そっか。私も好きだよ。

「ほんと?うれしい!」

私もだよ。

「ねえ、いっそのこと付き合っちゃおう?」

それはダメだよ。

「どうして?」

だって私たち女の子だもん。

「そんなの関係ないよ!」

関係あるさ。私はそっち側じゃないの。

「私は気にしないよ?」

私は気にするの。そっちに行けないの。

「じゃあ、あなたからこっちに来てよ。その日まで私は待ってるから」

そんな日は来ないよ。

「来る!」

来ないね。

「私、待ってるから」

「ずっと待ってるから!」

曜「千歌ちゃんのこと、ずっと待ってるから!」
62: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/19(木) 23:49:52.20 ID:HP0vAHx2
目が覚める。
変な夢を見てしまって頭が少し痛い。
家具の配置に違和感がある。

曜「……あ、そっか」

ここ千歌ちゃんの部屋か。

時間を確認したい。
自分のスマホを探して、手に取って電源を入れる。

5:01

画面に表示された時刻を見てわずかばかり一安心する。
現在時刻が分からないことに不安を覚える現代病があるそうだが、私もその病理に冒されているようだ。

ベッドの方をふと確認する。
昨日そこで寝ていた千歌ちゃんが同じ位置でぐっすり眠っている。
当たり前のことだけど、その光景を見て一安心する。

結局あのあと寝落ちしてしまったのか。
ちゃんと家に帰ると言ってしまった手前、ママに怒られるかもしれない。
千歌ちゃんの家に行くということは伝えてあるにはあるけども。

曜「メールで泊まることになったって言うべきだったなぁ」

今のうちに謝っておこうと思い、文面に気を配りつつママにメールを送る。
よし、送信。あとは向こうの出方次第だ。
64: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/20(金) 20:04:43.45 ID:qJ0lpFwc
謝罪のメールを打っていたら脳が完全に覚醒してしまったようで、今さら二度寝する気にもなれない。
じきに身体の方も覚醒する―――つまりお腹が減る頃になるだろう。
ちょうどいいや。私は朝食を作ることにした。

曜「千歌ちゃん、台所使わせてもらうよ」

それと食材もね。昨日冷蔵庫の中を見てみたら色々あったし。
千歌ちゃんはここ四年間、自炊にハマったり飽きたりを繰り返してるようで、らしいっちゃ千らしい。
がっつり料理したい日もあればコンビニ弁当で済ませたくなる日もあるし、私だって似たようなもんだけど。

曜「じゃあお米炊いて、味噌汁作って、目玉焼きでも焼こうかな」

今から研いで炊けばちょうど千歌ちゃんが目覚めるタイミングになるだろう。
早速取り掛かる。
ママって毎日こんなことしてるんだな、と想像して、その偉大さを思い知らされる。

曜「私もママみたいになれるのかなぁ」

自分もなれるなら、ああなりたいな、とは確かに思っている。
でも、ああならなきゃいけないのかな、とも思っている自分も、どこかにいる。
65: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/20(金) 22:26:50.61 ID:qJ0lpFwc
曜「よし、できた」

あとは炊飯器の完了の合図を待つだけだ。
すると、んんっ、とベッドの方から声が聴こえてきた。

曜「おはよう、千歌ちゃん」

千歌「ん……おはよう……」

体勢は寝ていた時のままで、目が薄っすらと開いている千歌ちゃん。

千歌「あれ……?なんでよーちゃんいるの……?」

曜「昨日一緒にお酒飲んだでしょ。それで千歌ちゃん家に泊まらせてもらったのさ」

千歌「あぁ……そうだったっけ」

曜「本当は泊まる予定じゃなかったんだけど、千歌ちゃん寝ちゃったあとに私も寝ちゃってさ」

そんなことを私が言っていると、千歌ちゃんの鼻がひくひく動いた。

千歌「いいニオイする」

曜「朝ご飯、勝手に作らせてもらっちゃった」

千歌「おなか、へった」

千歌ちゃんが空腹を訴えると、タイミングを見計らったかのように、台所から炊飯完了のメロディー音が流れてきた。

曜「ちょうど出来たみたい。今用意するね」

眠気眼をこすりながら、うん、と千歌ちゃんは返事をする。

なんて可愛いんだろう……マジで癒される。
こんな光景が見られるからママも毎朝早起きして頑張れるんだろうなあ、と思う。
ママの場合は私に癒されることになるけど。
66: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/20(金) 23:28:11.02 ID:qJ0lpFwc
千歌「いただきます」

味噌汁を啜る千歌ちゃん。

千歌「あ~おいしい」

曜「それはよかった。私もいただきます」

千歌「久しぶりにちゃんとした朝ご飯食べた気がする!」

曜「朝ご飯はちゃんと摂らなきゃゃだめだよ」

千歌「えへへっ、ついつい」

曜「えへへじゃないよえへへじゃ」

そんな談笑をしながら摂る朝食の時間。私は幸せを感じる。

千歌「いやー、でも本当においしい」

もう一品として急遽加えたウインナーをパリッと齧りながら千歌ちゃんが言う。

千歌「毎朝食べたいくらいだよ」

曜「えっ」

それって……どういうこと?

千歌「ん?どうしたの?よーちゃん」

半ば茫然としていた私を千歌ちゃんは不思議そうに見る。
その瞳に気付いて我を思い出す。

曜「あ、いや、何でもないよ」

冷めないうちに早く食べようよ、と笑顔を張り付けながら私は促す。

千歌「……?へんなよーちゃん」

そう言って千歌ちゃんは何事もなかったかのようにまたご飯を頬張る。
なんとか誤魔化せたことに少し安堵する。
67: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/20(金) 23:53:45.93 ID:qJ0lpFwc
千歌ちゃんが完食すると同時に私も食べ終わった。

千歌「ごちそうさまー」

曜「おそまつさまです。私お皿洗っとくから、千歌ちゃんシャワー浴びてきちゃいなよ」

千歌「ええ、そんな悪いよぉ」

曜「いいっていいって、千歌ちゃん一限から授業あるんでしょ?」

私は今日は授業ひとつも取ってないし。

千歌「うう~、ありがとぉようちゃ~ん」

そう言って千歌ちゃんが私に抱き付いてきた。
ごめんもう一回言わせて?
千歌ちゃんが私に抱き付いてきた!

曜「ち、千歌ちゃんっ!?」

千歌「ごめんねようちゃん~、チカがふがいないばっかりに~」

曜「わ、私は全然気にしてないからっ、逆に私こそあ、ありがとうだからっ」

何言ってんだ!?落ち着け私!落ち着くんだ私!

曜「ほ、ほら、シャワー浴びてきちゃいなって、千歌ちゃんのニオイ、すごいからっ」

もう喋るな私!

千歌「わかった!」

千歌ちゃんが私から離れる。

千歌「秒速でシャワー浴びてくるから!チカも手伝うからゆっくり皿洗いしてて!」

そう言って千歌ちゃんは浴室に駆けていった。
どうゆっくり洗っても千歌ちゃんがあがる頃には終わってしまう気がするけど……まあ時間をかけることにする。

それにしてもさっきの私は見るに堪えなかったかな……。
昨日の腕枕のときはそこまで動揺しなかったはずなのに。
お酒があるのとないのだとこうもリアクションが違うもんなの?
いまだに動悸が激しいんだけど。
68: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/21(土) 02:18:05.33 ID:W+6aAnO1
千歌「お待たせ―、よーちゃん」

千歌ちゃんの声が後方から聞こえ、お皿を洗っていた手を止める。

曜「え?千歌ちゃん早くない?」

千歌「だから秒速で浴びてくるって言ったじゃん」

曜「さすがに早すぎると思うけど……」

千歌「そうかなぁ、クンクン」

曜「何してるの?」

千歌「や、さっきよーちゃんが、チカのニオイがすごいとか言ってたから」

あ!まずい!
言われた時は気にしてなかったけど後でよくよく考え直したら腹立ってきたパターンだろこれぇ!

曜「ち、違うって。それは千歌ちゃんにシャワーを浴びに行ってもらうための、咄嗟に出た嘘というか……なんというか……」

千歌「そっかー、嘘だったんだー」

曜「そ、そうだよ……けして千歌ちゃんのことがくさ

「でもよーちゃんさー」

千歌「いくら嘘とは言えども、私とよーちゃんの仲とは言えどもども、」

千歌ちゃんからの視線に耐え切れずに目をそらしてしまう。

千歌「言い方ってもんがあるよねー」

曜「あの、その……その件については……ごめんなさい。気が動転して変なこと言っちゃいました」

千歌「ニオイがすごいって、直球すぎるでしょ」

まあよーちゃんだからこれ以上とがめないけど、と言って千歌ちゃんが隣に来る。
皿洗い中だったことを思い出して再開するものの、内心それどころじゃなかった。


千歌「よし、おしまい」

曜「お、お疲れ」

千歌「うん、お疲れさま」

ニコニコ笑う千歌ちゃん。ちょっと怖い。

千歌「よーちゃんは休んでていいよ?」

曜「え、でも暇だし洗濯でも

千歌「休んでていいよ?」

曜「はい、休ませていただくであります」

なんでそんなかしこまってるの、と千歌ちゃんからつっこまれる。
それは私が困ってるからじゃないかなぁ。
71: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/21(土) 16:30:33.40 ID:W+6aAnO1
100レス前後で落とさずに完結させる予定です。
遅筆で申し訳ないですがお付き合いしてもらえると嬉しいです。
73: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/21(土) 16:48:23.75 ID:W+6aAnO1
千歌「準備完了、お待たせよーちゃん」

洗濯などの家事、大学に行く支度が済んだようだ。
ちなみに私は千歌ちゃんのベッドに腰を掛けている。

曜「でもまだ行くには時間早いね」

千歌ちゃんの部屋と大学は目と鼻の先なので、今から出たらしばらく待ちぼうけを食らうことになるだろう。

千歌「じゃあもう少しここでゆっくりする」

そう言って千歌ちゃんは私の隣に座る。
まだ怒っているのではと不安だったけど、心なしかシュンとしている。

千歌「ごめんねよーちゃん」

曜「え?」

千歌「なんというか、冷たくしすぎちゃったかなぁって」

ごめんね、と再び謝る千歌ちゃん。
そんなこと気にしてたのか、と私は内心ほっとする。

曜「そんないいって。謝る必要ないよ。私と千歌ちゃんの仲じゃん」

千歌「……よーちゃん」

曜「それに悪いのは私だし」

千歌「―――よーちゃんは優しいね、ほんとに」

そう言って千歌ちゃんは私に寄り掛かる。

曜「……千歌ちゃん?」

千歌「チカは、よーちゃんと一緒に居ると安心する。だからよーちゃんに甘えてばっかり」

曜「……昨日もそんなこと言ってたね」

―――よーちゃんが一緒に居てくれなかったら、きっとチカは何も出来ないんじゃないかな。

千歌「私ね、最近思うんだ」

よーちゃんから卒業しなくちゃいけないんだ、って。

千歌「大人にならなきゃいけないんだって」
74: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/21(土) 17:41:15.20 ID:W+6aAnO1
千歌「じゃあチカはここで」

曜「うん、授業がんばって」

千歌「ばいばいっ」

時間も時間になったので、千歌ちゃんの部屋を出てから大学まで少し歩き、キャンパスの前でお別れをする。
今日は特に予定はなく、とりあえず私は家に帰ることにした。
帰路、千歌ちゃんとの会話の内容を思い出す。


千歌「大人にならなきゃいけないんだって、思うんだ」

曜「……大人?」

千歌「一人前になるっていうか、一人でも頑張れるっていうかさ」

私に寄り掛かりながら千歌ちゃんは話を続ける。

千歌「誰にも寄っかからないで、自分だけが頼りで、人に心配をかけないような―――そういう大人に、いつかなりたいなって思ってたんだけどさ」

ここまでズルズルと来てしまった。もう大学生なのにね。
そう言って千歌ちゃんは、あははっと皮肉混じりに笑う。

千歌「大人になるのって、大変だなぁ」

曜「……大人ってそんな立派なものじゃないと思うよ」

千歌ちゃんの普通怪獣の裏返しには、その高すぎる理想主義にも思える。
そこまで拗らせてしまう原因の一つは彼女の親友である渡辺曜―――つまり私であると、私は知っている。
というかそう暴かれたんだけどね、あの悪女に。

曜「それに、一人で頑張れることと、友情を捨てることはイコールじゃないでしょ」

千歌「あ、違うよ!」

千歌ちゃんが即座に反応する。

千歌「よーちゃんから卒業するって、よーちゃんを捨てるってことじゃないよ。ただ、何かあったらついついよーちゃんに甘えちゃう自分がイヤだなって話で」

曜「だから、甘えたっていいよ」

千歌「でもそれじゃいつまでも変わんないじゃん」

子供のままで、大人になれない。

曜「……なんか、よくわかんなくなってきちゃった。もうやめようかこの話」

千歌「……うん、そうだね」


堂々巡りになりそうな予感がしたのでこの話は打ち切ることにした。
端的に言えば、私から離れたいのに離れられない千歌ちゃんがその矛盾を気にしているってことなんだけど。
でも、大人になりたいから私と距離を置きたいなんて、私がそんな論理に納得できるはずもなくて。
千歌ちゃんのなかの幻想と渡辺曜のなかの私情がぐちゃぐちゃになってしまって、上手く消化できないでいる。

吐き気がする。どす黒い気分だ。
そんな長話でもなかったのに、いつまでも一緒には居られないという現実は、ひたすらにえぐい。
75: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/21(土) 18:16:21.17 ID:W+6aAnO1
千歌ちゃんのことでむしゃくしゃして頭がこんがらがったときは、整理するために頭の中で会話を始める。
一人で自問自答は寂しいからあの子に聞いてもらう。

―――やあ、曜ちゃん。

私の脳の片隅で梨子ちゃんが形成される。姿だけを借りた私の一人相撲が始まる。

―――要するに、千歌ちゃんは曜ちゃんから離れたいってことでしょ?

きっと彼女はそう言うだろう。

曜「どうして千歌ちゃんはそこまで私から離れたがるんだろう」

―――それは前に私が言ったでしょ。千歌ちゃんは曜ちゃんコンプレックスなの。どこかで劣等感を抱いてるのよ。

曜「じゃあなんで離れないのさ」

―――馬鹿ね曜ちゃん。千歌ちゃんは曜ちゃんのことが好きだからよ。

曜「好きってどのレベルでさ」

―――好き嫌いをレベルで語るなんてナンセンスよ。千歌ちゃんにしか分からないし、千歌ちゃん本人も分からないかもね。

曜「私は何をしてあげられるんだろう」

―――さあ。強いて言えば、いつも通りに接すればいいんじゃないかしら。

曜「大人になるってなんだと思う?」

―――何かを捨てること。諦めること。どうでもよくなること。

曜「それは大人ぶってるだけでしょ」

―――じゃあ、大人になるって?

曜「他人に迷惑をかけないこと」

―――それ、千歌ちゃんと言ってること一緒じゃない。

曜「一緒じゃないよ、だって」

私と千歌ちゃんは他人じゃないし、それに千歌ちゃんを迷惑だなんて思ったことはないのだから。
76: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/21(土) 22:02:20.43 ID:W+6aAnO1
会話形式の自問自答も疲れてきた。
すっきりするどころかもやもやが残るだけで、梨子ちゃんへの嫌悪感が増すばかりだ。
梨子ちゃんからすればとんでもない風評被害だ。

そういえば、梨子ちゃんは元気にしてるかな。

梨子ちゃんがプロのピアニストになるべく東京に行って以来、私は彼女と連絡を取っていない。
千歌ちゃんは最初の一年目はま連絡をまめに取っていたそうだが、今は私と同じく音信不通と聞いている。
Aqoursのみんなで集まるときも梨子ちゃんは毎回欠席。
東京で一人で頑張ってて忙しいんだろうけど、一年に一回くらいは顔出してもいいだろうに。

あ、そうか。
千歌ちゃんが言ってる大人って、梨子ちゃんみたいな人のことなのかな。
夢を懸命に追いかける姿が千歌ちゃんには格好よく見えるのかもね。
そりゃ格好いいけどさ。
梨子ちゃんみたいな生き方だけが夢追い人の姿じゃないでしょ。

私にだって夢はあるんだよ。
千歌ちゃんとずっと一緒にいるという夢を。
千歌ちゃんからの告白をされるという夢を。
梨子ちゃんが子供の頃からピアニストを夢見ていたように、私も子供の頃から―――恋心に気付いたのは中学時代だけど、その頃から夢見てきたんだよ。
前者も後者も大した違いなんかでしょ?

曜「まあ今の私は、このままでいいのか、分かんなくなってきたけどさ」

たまには本物の声を聴きたいな。
助言なんて要らないけどね。


そろそろ家が見えてくる。ママ、怒ってなければいいな。
77: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/21(土) 23:04:19.38 ID:W+6aAnO1
オチから話すとママは怒っていなかった。
千歌ちゃんの家に行くと伝えていたおかげで、帰ってこない可能性は最初から予期していたそう。
子供の外出に深く突っ込まないのは、大人の暗黙の了解のようだ。

曜ママ「いちいち聞いたりしないわよ。もう曜も大人なんだから」

何かあったらいつでも相談に乗るけどね、とママは付け足してにこやかに笑った。
泣きそうになるほど嬉しいけど、さすがに今の悩みは相談できなさそう。
この宙ぶらりんな感覚を解消したい。

部屋で筋トレとか昼寝とか色々と候補を考えたけど今日は外をひとっ走りすることにした。
今はとりあえず身体を思いっきり動かしたい気分。
ジャージに着替えて、いつもの帽子を被って、音楽プレイヤーを持って、走る準備をする。

どこに行こうかな。
久しぶりに浦の星でも見に行こうかな。校舎は今も残ってるのかな。
海でも見に行こうかな。まだ泳ぐには早いけど。
目的地なんか決めないでひた走るのも悪くないかも。

ランニングシューズに履き替えて、行ってきますと言って、私は家を出る。
夕方には戻るよ、と今度はちゃんとママに帰宅時間を伝えてから。
80: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/22(日) 00:15:25.54 ID:92XBlP9R
走る。
地面を蹴ってテンポよく。

走る。
プレイヤーから流れるリズムに合わせて。

走る。
信号機で一時停止。

走る。
坂道でもペースは変えない。

走る。
バラードは飛ばしてアップテンポ。

走る。
汗が伝う。今日は蒸し暑い。

走る。
ここってコンビニできたんだ。初めて知った。

走る。
今頃千歌ちゃん何してるかな。

走る。
信号機で一時停止。

走る。
まだまだ全速前進ヨーソロー。嘘。ちょっと疲れた。
81: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/22(日) 00:55:34.19 ID:92XBlP9R
曜「ふう、少し休憩」

ペースを落としてゆっくり歩く。急に止まったら体に負担かかるからね。
よく果南ちゃんが練習の後でそんなこと言ってたっけ。

私「……ってここ、浦の星の通学路じゃん」

何も考えずにひたすら走っていたけど、私の身体は高校時代を懐かしがっていたようだ。

曜「まだ校舎あるのかな」

せっかくだし行ってみるか。他に行く場所もないし。
プレイヤーから流れる音楽を一時停止して足を運ぶ。

そこは千歌ちゃんと初めて共同で成し遂げられた場所で。
梨子ちゃんに出遭うことになった場所で。
Aqoursのみんなと一緒に色んなことをしてきた場所で。
青春をそこで送ったというよりも、そこが私の青春そのもので。
大学も別に嫌いじゃないけれど。
私はいまだにこの浦の星の生徒って感覚のなかにいるんだ。

曜「あ…あった」

小原家の意向なのか、大人の事情によるものなのか。
門がぴしゃりと閉鎖されているものの、そこには校舎が丸々残っていた。

曜「そっか……まだあったんだ」

なんか、ちょっと感動する。
しばらく私はその場を立ち尽くしていた。


「びっくりした?」

そのとき背後から、声が聴こえてきた。

「私もびっくりしたよ。もう四年も経つのにこんなキレイに残ってて感動しちゃった」

聴き覚えのある、その声。

「だからプレリュードのお散歩のときはここを見にいつも通っているんだけど、こんなところで会うなんてね」

私は振り返る。
そこには一匹のパグをリードで引いた桜色の女性―――桜内梨子の姿があった。

梨子「ひさしぶり、曜ちゃん」
83: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/22(日) 02:55:01.17 ID:92XBlP9R
曜「梨子―――ちゃん?」

その声、その顔、その微笑。
目の前にいるのは紛れもなく本物の梨子ちゃんだった。

梨子「そうだよ。元気してた?」

曜「あ、うん、まあ、それなりに」

梨子「何か悩んでそうだったけど」

う。相変わらず鋭いな。
ってそうじゃなくて。

曜「……なんで梨子ちゃんがここにいるのさ?」

梨子「私がここにいるとおかしい?」

曜「だって、東京にいるんじゃなかったの?帰省中とか?」

梨子「うーん、話すと長くなっちゃうけど」

散歩しながらでもいいかな、と梨子ちゃんが返す。
私は頷き、彼女の散歩に付いて回ることにした。

梨子「去年の秋から、内浦の実家に住んでるの」

さっそく梨子ちゃんが口に出してきたのはそんな衝撃の情報だった。

曜「でも、学校は?」

梨子「休学中なの」

休学―――。

曜「……なんで?」

梨子「気になる?」

曜「気になるよ」

梨子「気になるんだ」

別に大したことじゃないんだけど、と前置きをして梨子ちゃんは続ける。

梨子「ピアノがね、楽しくないの」
85: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/22(日) 11:34:02.94 ID:92XBlP9R
曜「楽しくないってのは、弾けるには弾けるの?」

梨子「うん。高校のときみたいに舞台に上がれなくなったわけじゃないの。コンクールにも出場してたし」

期待の新人というか、注目株というか、そういう風に周りから一目置かれていたの。
梨子ちゃんは過去形で話し続ける。

梨子「もっと上手くなりたくて色んなことを学んだし、必死に練習した。そして賞もちょくちょく貰うようになった」

曜「すごいじゃん。周りから期待されて、その期待に応えてる。順調だと思うけど」

梨子「そうね。怖いくらいに順風満帆だった。でもね」

曜「でも?」

梨子「そこまで私が熱心になってた理由って、単に上手くなりたいからってだけじゃなかったの」

曜ちゃんなら分かるでしょ?と梨子ちゃんが聞く。
私だけが理解できる、もうひとつの理由―――。


曜「……千歌ちゃんのこと?」

梨子「うん。千歌ちゃんのことを忘れたかったの」

曜「……」

梨子「いわゆる昇華ってやつね。欲求不満を仕事や芸術、スポーツのエネルギーに変えてしまう。そうすれば不満は解消される」

じゃあ、私が今日ひた走っていたこの行為も、その昇華ってやつなのかもしれない。

梨子「ピアノをに打ち込んでいれば、忘れられると思ってたんだけどね」

曜「……ダメだったの?」

梨子「ダメだった。それどころか、想いは萎むどころかどんどん膨らんじゃって」

ピアノを弾いてる時間が、意味のない自慰行為にしか思えなくなってきてさ。
虚しくなっちゃってさ。

梨子「楽しくなくなったのよ」

曜「……そうだったんだ」

梨子「ねえ、曜ちゃん」

その蜂蜜色の瞳には私の姿が映っている。

梨子「私、まだ千歌ちゃんのこと好きなの」
86: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/22(日) 12:58:57.50 ID:92XBlP9R
梨子「忘れたかったのに忘れられないの。千歌ちゃんのことが」

曜「……それで休学してまで内浦に戻ってきたの?」

梨子「ちがうの。内浦に帰るつもりなんてなかったの」

即座に否定する梨子ちゃん。

梨子「休学は先生からすすめられたの。心がボロボロになりかけてたのに、それを誤魔化すように練習してたら体もボロボロになっちゃって。今の私には休養が必要だって言われて」

曜「じゃあ、内浦に戻ってきたのは……」

梨子「お父さんとお母さんに事情を説明したら、内浦に帰ってきなさいって言われちゃって」

本当は戻りたくなかったのよ?
だってそのために東京で一人で頑張るって決めたんだもん。
梨子ちゃんがやや自嘲気味にそう話す。

梨子「なのに心も体も壊して内浦に戻ってきましたなんて、恥ずかしいに決まってるじゃない。それに、」

曜「それに?」

梨子「内浦に居たら、千歌ちゃんのこと忘れられるわけないもの」

曜「……そっか」

連絡が途絶えていたのは忙しかったからじゃなくて、会いたくなかったからだったのか。
でもね梨子ちゃん。

曜「千歌ちゃんに本当は会いたかったんじゃないの?」

梨子「……」
87: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/22(日) 13:12:35.16 ID:92XBlP9R
梨子ちゃんは何も答えない。私は続ける。

曜「会って、自分の気持ちを伝えたいんじゃないの?」

梨子「……」

梨子ちゃんは何も答えない。私は続ける。

曜「私たちが最後に話したあのときも、そう言ってたよね。千歌ちゃんに告白したいって」

梨子「……無理よそんなの」

曜「どうして」

梨子「決まってるでしょ。言わなきゃよかったって後悔するからよ」

告白なんてしなければよかった。
さすれば未だにキレイな友情でありえたかもしれないのに。
思う気持ちは分かるけどさ。

曜「言えばよかったって後悔するかもしれないんだよ」

梨子「どのみち後悔するなら、私も千歌ちゃんもダメージが少ない方がいいでしょ?」

曜「でもそれじゃあ梨子ちゃんはつらいままだよ」

すると梨子ちゃんの眼光が鋭く尖った。
機嫌が悪いことが、イラついていることが露骨に表れている。

梨子「曜ちゃん、それってあなたが言えることなの?」

曜「今は私のこと関係ないでしょ」

梨子「あるわよ。曜ちゃんだって自分の気持ち伝えたの?」

曜「……」

梨子「まだ、待ってるの?」

曜「……そうだよ」

梨子「呆れた。いつまで乙女思考なのよ」

曜「うるさいよ」

梨子「言ったでしょ。健気に待っていればいつか報われるなんて、そんなの童話の世界だけなのよ」

曜「……もうちょっとなんだよ。もうちょっとで、気付いてくれるはずなんだ」

梨子「ねえ、曜ちゃん。もう時間なの」

時計の針は十二時を指そうとしてるの。
その恋を諦めなきゃいけない時が―――〆切が、もう迫ってるのよ。
叶わない夢も報われない恋も捨てて、現実を見ようよ。

梨子「大人になろうよ」 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:0be15ced7fbdb9fdb4d0ce1929c1b82f)
93: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/23(月) 03:25:02.24 ID:0oS/QjV7
曜「……大人?」

梨子「そう、大人」

曜「なんだか最近、よく耳にする気がする」

梨子「へえ?そうなの?」

曜「千歌ちゃんも似たようなこと言ってたよ。私も大人にならなきゃ、みたいな」

梨子「千歌ちゃんが―――」

曜「私から卒業したいらしいんだ」

話を切り出すタイミングに迷っていたけどちょうどいいや。私は今置かれている現状を梨子ちゃんに明かすことにした。
私と千歌ちゃんの距離に限界を感じていること。
千歌ちゃんが私から離れたがっているということ。
昔からずっと灯してきた私の恋はもうすぐ消える寸前にあること。
千歌ちゃんを諦めなければ、いつまでも前に進めないということ。

曜「色んなものでぐちゃぐちゃになっちゃってさ。逃げ出したくなっちゃって」

梨子「それでここまで走ってきた、ってわけ?」

曜「そうだね。気付いたら浦の星に来てた」

まさか梨子ちゃんが居るとは思わなかったけど、と付け足す。
梨子ちゃんがくすくすと笑う。

梨子「昼間なら知ってる人に会うことも少ないと思ってたけど、やっぱり外に出るのは危険ね」

曜「いつも何してるのさ」

梨子「何にもしてない。部屋にひきこもってプレリュードと遊んでるくらい」

曜「ひきこもってるって」

梨子「私だってバイトの一つや二つはしたいし、するべきだと思ってるわよ。でもお母さんやお父さんは今は自分の時間を大切にしてほしいって言うから」

曜「そりゃまた、愛されてるね、梨子ちゃん」

梨子「愛され過ぎて、身動きが取れないの」

そう言うと梨子ちゃんは私の方をじっと見る。

梨子「千歌ちゃんもそうなのかもね」

曜「……どういう意味さ」

梨子「誰かさんが甘やかすせいで、誰かさん無しじゃ生きられない、自由がきかない体になってるんじゃない?千歌ちゃん」

そしてその不自由さを嘆いている。解放されたいと望んでいる。
私―――渡辺曜の存在が千歌ちゃんを縛り付けている?
94: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/23(月) 04:13:55.21 ID:0oS/QjV7
梨子「だからさ、曜ちゃんも大人になっちゃおうよ。千歌ちゃんのためでもあるのよ?」

曜「具体的にどういうことなのさ、大人になるって」

梨子「夢を捨てるのよ」

ああ、やっぱり。
私の脳内梨子ちゃんと同じようなこと言ってる。

梨子「夢とか、憧れとか、こだわりとか、そういうのは全部忘れるの。全部きれいな思い出にして、現実に生きることにするの」

曜「そんなの無理だよ。つらいに決まってる」

梨子「無理してでも、多少つらい思いをしてでも、そうしなきゃ永遠に変われないでしょ?」

梨子ちゃんがまたしても自嘲気味にほほ笑む。
やめてよ。
その笑顔、やめてよ。

曜「梨子ちゃんはさ、私に千歌ちゃんを諦めろって言ってるの?」

梨子「千歌ちゃんをこれ以上苦しめたくないなら、それが賢明な判断だと思うけど」

曜「なにそれ……」

賢明な判断?
いつからそんな平和主義になったの、梨子ちゃん?
やめてよ。
そんな大人な対応しないでよ。

梨子「千歌ちゃんのそばにずっと居続けたいって希望も、この際もう諦めるの」

もうやめてよ。

梨子「自分からじゃなくて、千歌ちゃんから告白されたい。千歌ちゃんからの気持ちを大事にしたい。そんな恋も忘れるの」

やめろ。

梨子「最初はやっぱり辛いかもしれないけど、時間が経っちゃえば、千歌ちゃんのことも意外とどうでもよく


曜「やめろ!」


怒声を震わすと同時に、私は梨子ちゃんの胸ぐらを掴んだ。
95: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/23(月) 05:36:30.47 ID:0oS/QjV7
曜「いいかげんにしてよ……!」

梨子「……いきなり手を出すなんて感心しないわね、曜ちゃん……!」

曜「さっきから聞いてれば、忘れろだ諦めろだ、簡単に言ってくれちゃってさ……!」

梨子「簡単になんて言ってないわよ……!無理してでもそうした方がいいって、曜ちゃんと千歌ちゃん二人のためを思って私は

曜「余計なお世話なんだよ……!」

身体が強ばる。

梨子「曜ちゃ……!くるしっ……!」

曜「千歌ちゃんのため……?違うよね?私と千歌ちゃんが二人で居るのが気に食わないだけでしょ?」

梨子「そんなこと……ない……!」

曜「梨子ちゃんは千歌ちゃんのことが忘れられない、だから内浦に戻ってきた、でも千歌ちゃんの隣には私がいる、告白できずにいる私のせいで気持ちよく告白することができない、梨子ちゃんはそんな現状が許せない!」

梨子「ちがう!」

曜「ちがくない!私が憎いんでしょ……?だったらそう言ってよ……!大人になれだとか見下ろしてないで、千歌ちゃんからさっさと離れろってそう言ってよ!」

梨子「ちがうって言ってるでしょ!」

梨子ちゃんの必死の抵抗によって私の手が振りほどかれる。
その呼吸はひどく荒れていて、地べたに座り込む。
プレリュードが主である彼女の下に近寄るってきた。

梨子「……もうこんなことで喧嘩したくないのよ」

呼吸が落ち着いてきた梨子ちゃんが、ゆっくりとそう告げる。

梨子「いつまでもこのまんまじゃダメなのよ……、お互いに傷つけあうだけで誰も幸せにならない、そうでしょ?」

曜「……そうかもね」

梨子「曜ちゃんは勘違いしてるかもしれないけど、私だって千歌ちゃんのことは諦めるわよ。曜ちゃんが諦めるなら、私だって諦めがつく」

でも、と梨子ちゃんは続ける。

梨子「それじゃあ釣り合ってないかもしれないわね。不公平かもしれない」

曜「……不公平?」

梨子「千歌ちゃんへの恋を諦めるのは私も曜ちゃんも同じ。だけど曜ちゃんは、千歌ちゃんの隣にずっと離れずに居続けるってことも、諦めることになるかもしれない。前者と後者は似て非なるでしょ?」

千歌ちゃんの言っていた、私からの卒業。
それが有する意味をちゃんとは理解できていないけど、変化を受け入れる覚悟は必然的に求められるだろう。
子供時代から抱いていた夢が断たれる現実を直視しなければならない。

曜「でも、公平にするってどうするのさ」

梨子「私ももう一つ何かを捨てればいい。その後者に同等のものとなると……まあ、私にはこれしかないわよね」

曜ちゃん、私ね。

梨子「プロのピアニスト、諦めるわ」
97: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/23(月) 07:31:59.10 ID:0oS/QjV7
曜「えっ……」

梨子ちゃんが、ピアニストになるのを、やめる?

曜「ちょっと待ってよ、さすがにそれは」

梨子「何かおかしい?」

曜「おかしいよ。おかしいことだらけだよ。どうして梨子ちゃんがそんなことするのさ」

梨子「だから言ったでしょ。不公平感を取っ払うためよ」

曜「不公平感―――」

梨子「共通項は子供時代からの夢ってところかしら」

曜「それはそうかもしれないけど」

梨子「曜ちゃんと千歌ちゃんがずっと一緒に居たのと同じくらい、私もピアノと一緒に生きてきたのよ。私がピアノを弾かなくなるってことは、二人が離れることに匹敵すると思うけど」

曜「……屁理屈にしか聞こえないよ。というか、私と千歌ちゃんが離れるって決定事項みたいに言わないで」

梨子「離れないの?」

曜「私は離れたくないよ」

私がそう言うと梨子ちゃんは、そうよね、と返した。
梨子ちゃんだって、本当はプロのピアニストになりたいはずなんだ。
昔も今も。

梨子「安心して。ピアノを弾かないってのは言い過ぎで、ピアニストになるのを諦めるだけよ。趣味で続けるのは確かだし、ピアノ教室の先生になるかもしれない」

私と千歌ちゃんの交流がおそらくこれからも続くのと同じように、梨子ちゃんとピアノの関係もそれなりに維持されるのだろう。
ただし今までのような距離感は望めないという条件付きで。

梨子「大事なものが少しだけ大事じゃなくなるだけよ」

曜「でも、私と千歌ちゃんの問題なのに、梨子ちゃんを巻き込んで、しかも将来の夢を奪うなんて、心苦しいよ」

梨子「曜ちゃんが苦しむ必要はないよ」

曜ちゃんは悪くないもの、と続ける梨子ちゃん。

梨子「悪いのは、ズルしてる私。今の曜ちゃんを利用して、ピアニストを諦める理由を作ってる、卑怯な私」

曜「……梨子ちゃん」

その声色が変わるまで私は気付いていなかった。
その少女の瞳から今にも一粒の涙がこぼれ落ちそうであることを。

梨子「だって、楽しくないんだもん、ピアノ」

そして、こぼれた。
99: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/23(月) 08:57:36.46 ID:0oS/QjV7
梨子「もう、逃げたいの。私、楽になりたいの」

涙が頬を伝っていく。

梨子「こんな思い、もうしたくないの」

涙が首筋に流れていく。

梨子「みじめな自分は、いやなの」

変わりたいの。変わらなきゃいけないの。
嗚咽交じりの声で梨子ちゃんはそう訴えた。

曜「梨子ちゃん……」

私も、プレリュードも、その場で立ち尽くしていた。
なんて声をかけていいのかも、何をすればいいのかも、私には分からない。
正解も不正解も分からない。
千歌ちゃんや周りの人からは完璧だ超人だなんて言われるけどさ。
一人の女の子にこんなにもあたふたしちゃうんだよ、私は。
正解をすぐに導き出せるほど優等生なんかじゃないんだ。
正解か不正解かやたらと気にしてしまうだけなんだ。
怒ってる顔や、泣き顔なんて、不正解を選んでしまったみたいで、あんまり見たくないんだ。
だからさ。
そんな顔見ないようにするためにさ。

梨子「!」

そっと、そして、ぎゅっと、彼女を抱き締める。
これならお互いに顔を見合わせることはない。
だから、思う存分、泣いていいよ。
101: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/23(月) 13:39:13.21 ID:0oS/QjV7
嗚咽。号泣。悲鳴。慟哭。
ダムが決壊したように梨子ちゃんは崩れた。
きっと今まで、私の前ではずっと強がっていたのだろう。
みじめに思われないように。同情されないように。
恋敵として肩を並べられるように。鏡写しとして機能できるように。
そしてそれは私も同じなんだ。
虚勢を張り合う騙しだましの関係のなか、どこかでかろうじてつながっていたかったんだ―――。


梨子「……曜ちゃん」

曜「ん?」

梨子「ごめんね」

いいよ、と私は返す。

曜「私の方こそ、さっきは突っかかっちゃってごめん」

梨子「もう終わった話でしょ」

曜「なあなあはダメだよ。そこはちゃんと謝りたいから」

梨子「律儀ね」

耳元から梨子ちゃんがくすりと笑う声が聴こえた。

梨子「やっぱり、曜ちゃんは優しいね」

曜「……それは褒められてるのかな」

梨子「馬鹿にしたいわけじゃなくて、本当に優しいのよ、曜ちゃんは。千歌ちゃんの甘えたくなる気持ち、よく分かる」

曜「梨子ちゃんだって甘えていいいんだよ?」

梨子「それはダメ」

曜「どうして」

梨子「戻れなくなるから」

曜「私は平気だよ」

梨子「曜ちゃんには千歌ちゃんがいるでしょ」

大好きな人を裏切るような、嘘をつくような真似は、もうしたくないの。
これ以上に秘密を重ねたくないの。

梨子「だから、今だけは、ただ優しくして」

曜「……分かった」

言葉は交わさない。
顔を合わせることもない。
その微熱の抱擁に、どれくらい時間が経ったのだろうか。
現在時刻なんか気にならないほどに、いつまでもその温もりに浸っていたいと思った。
103: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/23(月) 19:37:35.55 ID:0oS/QjV7
お互いに満足するまで抱擁をし合った私たちは、尾を引くことなくここで別れることにした。

梨子「ありがとう曜ちゃん」

曜「礼なんていいよ」

梨子「それくらい言わせてよ」

梨子ちゃんがにっこりとほほ笑む。
親しげに、されど寂しげに。

梨子「曜ちゃんのおかげで、やっと諦めがついたんだもの」

曜「……ほんとうに梨子ちゃんはそれでいいの?」

梨子「うん。千歌ちゃんのことも、ピアニストのことも、もう諦める」

曜「……そっか」

梨子「曜ちゃんは?」

千歌ちゃんのこと、本当に諦められる?
千歌ちゃんから離れられる?

曜「私も大丈夫。もう子供みたいなわがままは言わない」

妥協して。譲歩して。折り合いをつけて。
私もいいかげん大人になるんだ。

曜「最初はつらいかもしれないけど、梨子ちゃんも同じ痛みを感じてると思えば、耐えられるよ」

そっか、と返す梨子ちゃん。

梨子「私も、曜ちゃんがいるから別の道でも頑張れる気がする」

曜「それでもつらくなったら、電話でもしていいかな」

梨子「うん。私からもするかもしれない」

ねえ、曜ちゃん。

梨子「今日、曜ちゃんに会えてよかった」

曜「私も梨子ちゃんと久しぶりに話せてよかったよ。また今度お酒でも飲もう」

梨子「うん。それじゃあ、元気でね」

曜「またね」

梨子ちゃんに背を向けて私は来た道を戻る。
けして立ち止まって振り向いたりはしない。
きっと梨子ちゃんも私の方を振り返ることなく道を進んでいるはずだ。
別れ際を下手に長引かせないのが大人ってもんなんだ。
106: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/23(月) 23:42:48.67 ID:0oS/QjV7
ポケットに入れておいた音楽プレイヤーを取り出して、途中で停止したミュージックを再生する。
ゆっくり歩きたい気分に合わせてアップテンポからバラードの曲に変える。
感傷的な空気に浸りながら、梨子ちゃんとの会話を思い返す。

私たちは千歌ちゃんのことを愛していた。
友達としてではなく、恋愛対象として好きだった。
千歌ちゃんを譲りたくなくて、独り占めされたくなくて、私たちはいつも敵対してきた。
子供の喧嘩のように派手にぶつかったことも度々ある。
久し振りに再会できた今日だって、つい感情的になって衝突してしまった。
何も変わっちゃいない。成長しちゃいない。
こんな傷つけあうままじゃダメだってことは、私も梨子ちゃんも気付いてたはずなんだ。
大人になるってそういうことなんだ。
だからその一歩として、私たちはこの恋を諦めることにした。

それだけじゃない。
私は千歌ちゃん、梨子ちゃんはピアノ。
それぞれが大切に抱き締めていた宝物を手放すことで、私たちは前に進むことにした。
子供時代になる夢をも過去の思い出にする。
そうでもしないと私たちは大人になったことを自覚できないんだ。
青春時代のなかに取り残された心が、いつまで経っても目覚めないんだ。
浦の星から早く卒業するんだ。
現実は悲しいけど、この悲しみを分かち合える人がいるなら、それだけで救われた気持ちになる。
梨子ちゃんに出逢えて、本当によかった。


曜「……あ」

目の前には再び浦の星の校舎。
また、体が自然にここに戻ってきてしまった。

曜「早く卒業しようって言ったそばからこれって……どんだけ名残惜しいんだか」

でもそれも仕方ないか。
ここに来て、あの青春時代をフラッシュバックしない方が無理な話だ。

出逢いと別れ。
歓喜と苦悩。
団結と孤独。
恋と衝突。

青く未熟だった私たちが全力で走り抜けていった日々。
忘れることなんてできるわけがない。
体も心も、あの日々を忘れたくないんだ。
捨てたくないんだ。
諦めたくないんだ。

梨子ちゃん。
私は自分の気持ちにようやく気付いたよ。
私はまだ―――。

曜「まだ青色でいたいんだ」

私の体は、走り出した。
107: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/24(火) 00:17:42.81 ID:j03y55cy
そう。
これは気の迷いなんかじゃない。
ノスタルジーに引っ張られたんじゃない。
過去の思い出にすがりつきたいんじゃない。

逆だったんだ。

私たちの眼前に立ち込めていた濃霧は、青春時代でも子供の頃からの夢でもなくて。

大人になろうとすることなんだ。

それこそが、私たちの目を曇らせているんだ。

変わらなくちゃいけない、なんて、それこそ幻想なんだよ。

宝物を大切に守りたいのなら、絶対に手放しちゃいけないんだ。

人を傷つけることになっても。
誰かを怒らせることになっても。
逃げ出したくなるほどつらくても。
叶わないと分かっていても。

夢があるなら、叶う日が来るまでこだわって生きていたいんだ。

ガキくさいって鼻で笑われるかもしれないけど。

何もかも捨てて平和だなんてうそぶいてる方がよっぽど笑えるよ。

だから梨子ちゃん。

間違ってるのは、目を覚ますのは梨子ちゃんの方なんだって、今から伝えに行くよ。
また喧嘩になるかもしれないけど。
平和主義なんて、私たちには似合わないよ。

大人になんかならないよ。
108: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/24(火) 06:05:31.82 ID:j03y55cy
※ここから梨子視点


曜ちゃんと別れて、私は家に戻る方向に歩く。
並行するプレリュードに話しかける。

梨子「さっきはびっくりしちゃったよ。まさか曜ちゃんに会うなんて」

プレリュードは曜ちゃんのこと覚えてる?私が高校時代のクラスメイトで、Aqoursの仲間だった人で。

梨子「私の大切な友達なの」

いつもの散歩道を歩いてたら、浦の星の校舎を眺めてる人の姿が見えて。
そのアッシュグレーの髪に、恰好に、雰囲気に、私はすぐにピンと来た。
ちょっとおどかしてやろうと思っていきなり声をかけてみたけど、あのときの曜ちゃんはまさしく豆鉄砲をくらった鳩って感じだった。

梨子「まあ向こうも当然びっくりするわよね」

曜ちゃんや千歌ちゃんには、私の現状を全く伝えてこなかったのだから。
二人のなかの私はいまだに東京でピアニストを目指してるものね。

梨子「正直言うとね、テキトーに誤魔化してもよかったんだけど」

家に帰る予定があってたまたま戻ってきてたとか、単位を取り終えて暇を持て余しているとか。
別段、本当のことを打ち明けるつもりはなかったんだけど。

梨子「曜ちゃんの顔を見てたら、打ち明けたくなっちゃって」

久し振りに会った弾みで口走ってしまった感も否めない。
でもまあ、下手に嘘ついても見抜かれて終わりそうだし。
それに。

梨子「曜ちゃん、悩んでそうだったから」

私の現状をちゃんと喋った方が、曜ちゃんもちゃんと話してくれるかなと思って。
大事なことはいっつも誤魔化しちゃうもんね、私たち。

ピアノを弾くのが今は楽しくない、って実は曜ちゃんにしかカミングアウトしてないの。
言葉にした瞬間、心がくしゃくしゃになっちゃって、こらえるので大変だった。
平気な振りして曜ちゃんの話を聞いてたけど。
ピアニストをやめるって断言したときは、やっぱりダメだったな。

梨子「でも、本当のこと話してくれたのは嬉しかったかな」

千歌ちゃんのことをひどく辛そうに話していた曜ちゃんの表情を思い出す。
助けてあげたいと思った。
楽にしてあげたいと思った。
だから、一緒に夢を諦めて現実を見ようと私は言った。

大人になろうと、そう提案した。
110: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/24(火) 17:13:36.99 ID:j03y55cy
梨子「あのときの曜ちゃんの目、こわかったなぁ」

怒らせるつもりなんてなかった。
だけど曜ちゃんと話してると、いつのまにか、よくない自分の顔が出てきちゃうのよね。
恋敵として戦ってきた名残なのかな。

梨子「……ほんと、子供よね。私って」

人を平気で傷つけるくせに、自分が傷つくと誰かのせいにして逃げ出す。
いつまでも卑怯で、どこまでもみじめな自分に嫌気が差す。

そしてそんな私を、曜ちゃんはハグで慰めてくれた。
暖かくて、柔らかくて、安らかで、和やかで。
あなたのその優しさの虜になってしまいそうで、甘えてしまいそうで。

梨子「好きになっちゃうよ、曜ちゃん」

自分の弱さを分かってるのに。
強い自分に変わりたいはずなのに。
またしても私は、自分以外の何かに縋ろうとしてしまう。

そうやってこの半年間、いや、この三年間、びくびくと怖気づいてきた。
一歩を踏み出せずにいた。
さよならする勇気が、持てなかった。

梨子「でも今日ね、曜ちゃんと話してやっと決心がついたよ」

だからありがとう、曜ちゃん。
そしてさようなら。
111: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/24(火) 21:46:33.35 ID:j03y55cy
梨子「そろそろおうち帰ろうか、プレリュード」

家に帰ろう。そして今日中に言ってしまおう。
ピアニストになる夢を諦めることを。
お母さんにもお父さんにも話して、いずれ先生たちにも話して。
色んな人の期待を裏切ることになるかもしれないけど、私から言い出さなくちゃ何も始まらない。

……まあ、はっきり言って億劫だけど。

梨子「ファーストステップみたいなもんよね……大人になるための」

大人になるって決めたんだから。
いつまでも夢の中に生きるのはもうやめようって、そう決めたんだから。
後ろは振り向かないことにしたんだから。

決別するんだ。

『ママ!』

決別しなくちゃいけないんだ。

『きいてママ!』

そう言い聞かせてるなんて、分かってるよ。

『わたし、ピアニストになりたい!』

私だって。

『もっとたくさんひけるようになりたい!』

私だって、本当は。

『だってわたし、ピアノがだいすきだから!』

私だって本当は、ずっと好きでいたいんだ―――。


「梨子ちゃん!」


え?
突然に、私の名前を呼ぶ声が遠くから聴こえてきた。
その声色の主が分からないはずがない。
でも、どうして?
どうして、そこにいるの?

後ろを振り返ると、そこにいたのはさっき別れたばかりの―――・

梨子「曜……ちゃん」

曜「よかった……。危うく見失うところだったよ……梨子ちゃん」

呼吸を荒げた汗だくの少女は、そう言った。
112: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/25(水) 00:26:48.24 ID:R0nyfZrP
梨子「曜ちゃん……どうしたの……?」

曜「梨子ちゃんに話があってさ」

梨子「話って……話せることはさっき全部話したよ?」

曜「まだ話し足りないんだ」

話し足りない?
さっきの話で二人とも決心ついたんでしょ?
納得できたんじゃなかったの?
何が足りないの?

曜「ねえ、梨子ちゃん」

青空のように澄んでいる水色の瞳を真っ直ぐ見据えて、曜ちゃんは距離を詰める。
卒業式前日に、音楽室で私が曜ちゃんに一歩ずつ迫ったあのときの緊迫感を思い出す。

曜「そんな怖がらなくていいよ」

梨子「怖がってなんかない。早く話して」

警戒心から言葉が少し強くなってしまう私。なかなか治らない悪癖だ。

曜「……なんか、もう梨子ちゃんに会えないんじゃないかなって、そんな気がしてさ」

梨子「……まあ、内浦に残るかどうかも決まってないから何とも言えないけど」

曜「今日せっかく会えたんだし、あれで別れちゃうのももったいないなって、そう思ったらつい」

梨子「また、体が勝手に動いちゃったってやつ?」

曜「まあ、そんなところかな」

嘘つき。
確証はないけど、曜ちゃんは嘘をついている。
何か私に話したいことがあって、そのために私のところへ来たんだ。
きっと私の警戒心を察知して、今は切り出すタイミングじゃないと踏み、咄嗟にそんな嘘をついたのだろう。

上手く誤魔化せてると思ったら大間違いよ。すぐ勘付いちゃうんだから。
だけど今は敢えて突っ込まないでおこう。
曜ちゃんが私に伝えようとしている話を聞くのが……少し怖くて、嫌な予感がするから。

梨子「じゃあ、ひとまずプレリュードのお散歩終わらせちゃいたいんだけど、家までついてきてもらって大丈夫?」

大丈夫、と言って曜ちゃんが私の隣に並ぶ。
さっきも感じてはいたんだけど、私の隣に曜ちゃんがいるのはすごく違和感がある。
きっと、いつもお互いを殴り合うかのように真正面から向き合ってきたからなのかな
115: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/25(水) 20:21:21.42 ID:R0nyfZrP
それから私たちは色んな話をした。
千歌ちゃんが単位取得に奮起してるとか。
単位を取り終えて暇をしているとか。
留学は面倒くさそうとか。
一人暮らしは慣れたけどゴミ捨てが大変だとか。
お酒は飲むけど別に好きじゃないとか。
運転免許は千歌ちゃんと一緒に合宿に行って楽しかったとか。
就職は沼津で働ければどこでもよしの地元志向で考えてるとか。
当たり障りのない話が行ったり来たり、逸れたり戻ったりする中で、私の知らなかった曜ちゃんの一面がちらちらと見えた。

私も、プレリュードがまた大きくなったこととか。
一年生の秋にオーストリアのウィーンに行ったこととか。
一人暮らしは毎日の食事を考えるのが大変だとか。
お酒はバカ飲みして倒れて以降は控えてるとか。
運転免許は内浦に戻って時間ができたから取ったとか。
就職はこれから考えるとか。
自分のなかで話したいことや話しておくべきことは全て話せたと思うけど、まだ話していたいと思うのは曜ちゃんのせいだろう。

曜「梨子ちゃんは面白いね」

梨子「曜ちゃんこそ」

曜「私ね、ずっと思ってたことがあるんだ」

梨子「なに?」

曜「私たちって、そこまで相性悪くないと思うんだよね」

喧嘩してばっかりだったけど、と付け足す。

梨子「そうかもね」

それでもぶつかり合うのは避けられなかったと思う。
同じ人を好きになってしまったんだから。
大人になれなかったから。

梨子「でもこれでやっと、喧嘩も終わると思うと、ちょっと寂しいかな」

曜「……そうだね」

何となく歯切れが悪そうな曜ちゃん。
言いたいことがあるなら、早く言ってよ。

梨子「そろそろ家に着くよ、曜ちゃん」
117: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/26(木) 00:35:36.07 ID:LhUAwCcZ
私、曜ちゃん、プレリュードで歩いていると、前方によく知る人物の姿が確認できた。

梨子「あっ」

曜「あれって……」

「おお、梨子ちゃんじゃん。……って、隣にいるのは曜ちゃん?」

二人が千歌なしで一緒にいるなんて珍しいね、とその―――千歌ちゃんのお姉さん、美渡お姉さんは言った。

美渡「梨子ちゃん、曜ちゃんと居て大丈夫なの?」

梨子「あっ……いいんです。さっきバレちゃったんで」

曜「何の話?」

梨子「私が内浦に戻ってきてること、美渡お姉さんや志満お姉さんには黙っててもらってたの」

隣に住んでいる以上、隠し通すのはどうしても無理がある。
目撃証言から千歌ちゃんに私の情報が伝わるのを防ぐために、お二人には千歌ちゃんには秘密にしていてほしいと頼んでいたのだ。

美渡「そうかあ、バレちゃったか。千歌には?」

梨子「いえ、千歌ちゃんにはまだ話してません」

美渡「曜ちゃんにバレちゃったわけだし、千歌に明かしちゃってもいいんじゃない?」

梨子「……千歌ちゃんには、秘密にしていたいんです」

良いことだとは思っていない。悪いことなのは分かっている。
だけど千歌ちゃんのなかの私は、夢を追いかけている私としていつまでも輝いていてほしい。
そんな私のわがままに、そっか、と美渡お姉さんは返してくれた。

美渡「じゃあ曜ちゃんも千歌には黙ってもらわないとね」

梨子「ごめんね曜ちゃん」

曜「梨子ちゃんが内緒にしたいって言うなら、そうするよ」

美渡「大変だねえ曜ちゃんも。千歌の世話係やらされて、梨子ちゃんの秘密も知っちゃって」

曜「世話係なんてそんな」

美渡「バカ千歌のことだから今頃、やれ出席だ、やれ単位だ、で泣きべそかいてるんだろうえねぇ」

曜ちゃんが何とも言えなさそうな微妙な反応を示す。
図星なんだろうなあ。

美渡「あいつが変なこと抜かしてきたら、思いっきりケツひっぱたいちゃってよ」

曜「いやいや、それは千歌ちゃんがかわいそうですよ」

美渡「いいっていいって。千歌のやつは一度甘えるととことん甘えるから、たまにはガツンと言ってやらないとあいつの為にならないんだよ」

あたしの名前使っていいからさ、と言って美渡お姉さんは歯を見せる。
容赦はないけど妹思いな人だと思う。
118: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/26(木) 01:26:59.58 ID:LhUAwCcZ
そういえば、と美渡お姉さんが何かを思い出す。

美渡「梨子ちゃん。さっき志満ねえから聞いたんだけど、千歌が用事で今日こっち戻るらしいんだ」

梨子「えっ」

曜「千歌ちゃんがこっちに」

美渡「忘れるところだったよ、危なかった危なかった」

梨子「そうですか……教えてもらってありがとうございます」

美渡「いいってことよ。じゃあ私はこの辺で。曜ちゃんも千歌のことよろしくね」

曜ちゃんと再会したその日に、千歌ちゃんもこっちにやって来る。
これは単なる偶然? それとも―――

曜「……いっちゃったね、美渡ねえ」

梨子「そうね……ねえ、曜ちゃん」

曜「ん?」

梨子「私のこと、本当に千歌ちゃんに、喋ってないのよね?」

曜ちゃんを見つめると、困ったような表情を浮かべていた。胸が痛くなってくる。

曜「……まあ、疑われてもしょうがないよね」

梨子「ごめんなさい、疑いたくはないの。それに悪いのは秘密にしようとしてる私なんだし」

曜「言ってないよ」

曜ちゃんは私を安心させるかのように温和な口調だった。

曜「千歌ちゃんには言ってないし、千歌ちゃんが来ることも知らなかった。だからさっきはビックリしたよ」

梨子「そう……、疑ってごめんなさい」

曜「別に気にしてないよ。いつも美渡ねえから情報を?」

梨子「千歌ちゃんが帰ってくるときは、ああいう風に教えてもらってる。いつ会ってもおかしくないけど、何とか今まで会わずに済んでる」

曜「……そっか。梨子ちゃんの気持ちも分かるから、梨子ちゃんのことは黙ってておくけど」

だけど、と続ける曜ちゃん。

曜「いつかでいいから、梨子ちゃんの口から千歌ちゃんに本当のこと、ちゃんと打ち明けてほしいな」

梨子「……うん」

曜ちゃんから放たれたのは、千歌ちゃんを思って、そして私のことを思っての言葉で。
「会わずに済んでる」だなんて言ってしまうような私に釘を刺す意思であった。
119: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/26(木) 05:33:59.18 ID:LhUAwCcZ
曜「多分バイトの書類とかだと思うんだ、千歌ちゃんの用事」

梨子「バイト?」

曜「契約更新するときって、親のハンコ貰う必要あったりするから」

梨子「そうなんだ……。その辺よくわかんなくて」

曜「でもまあ、今日は千歌ちゃん五限まで授業あるから、そんなすぐには来ないと思うよ」

梨子「そっか、じゃあ曜ちゃんとまだお話できるんだね」

曜「……うん。そうだね」

タイミングを探っている曜ちゃん。
ただ話したいだけなんて言った手前、切り出すのに困ってるみたい。
でも私は助け舟を出したりなんかしない。
嘘をついた曜ちゃんが悪いんだから。


しばらくして私たちは家にようやく辿り着いた。
曜ちゃんは海を眺めている。

曜「……海、きれいだね」

梨子「ええ…、そうね」

曜「それに色々と思い出すよ」

梨子「色々って?」

曜「Aqoursのこと。千歌ちゃんのことに梨子ちゃんのこと。みんなのこと。私のこと」

なつかしいなぁ、と曜ちゃんが漏らす。

梨子「確かに、ここの景色は素敵よね」

曜「梨子ちゃんや千歌ちゃんが羨ましいよ」

梨子「でもね。毎日見ていると見慣れちゃって、その良さに気付けなくなるの」

遠すぎるのは禁物でも、近すぎるのも禁物で。
ちょうどいい距離を保ち続けるのは本当に難しい。
絶景も、人間関係も、思い出も、そして夢も。

梨子「私も東京で一人暮らししてたときはこの海がひどく恋しかったのに、今は何も感じないもの」

曜「……そっか」

梨子「ほら。せっかくだし家あがってよ」

曜「ねえ、梨子ちゃん」

私のお誘いを退けるかのように、曜ちゃんは続ける。

曜「浜辺でもいかない?」

浜辺?
121: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/26(木) 05:59:51.37 ID:LhUAwCcZ
曜「もうちょっと見てたくてさ、この景色」

梨子「景色なら家からでも見られるけど」

曜「潮のニオイや風は感じ取れないでしょ?」

曜ちゃんから絶対に私の家には入らないぞという強い意志を感じる。
話し合いの場としてアウェーだから?

梨子「まあ、別にいいけど……」

曜「よかった」

にやにやと笑う曜ちゃん。にんまりと表現するべきかな?

曜「あと、汚してもいい服とかあったら、それに着替えてきてくれる?」

梨子「……海でも入るの?」

曜「浜辺に寝っ転がりたい気分なんだ」

梨子「いや、どんな気分よそれ」

今日は日向ぼっこ日和かもしれないけど。
そろそろ日も落ちかけてくる頃よ?

曜「まあ、いいからいいから」

梨子「……分かった。じゃあ、少し待ってて」

おうち入ろっか、プレリュード。そう言って曜ちゃんを外で待たせて一旦、家の中に入る。
彼女が海にこだわる理由を私は分からないでいた。

梨子「お待たせ」

曜「あっ、ジャージだ」

梨子「汚してもいい服なんて探してもこれしかなかったの」

曜「そっかそっか。じゃあ行こっか」

梨子「……本当に海に行くの?」

曜「え?そうだけど?」

これから曜ちゃんが何をするのか分からなくて、私はつい訝しんでしまう。
そんな私の様子を見て、梨子ちゃん、と曜ちゃんはなだめるように話す。

曜「先のこと考えすぎちゃうと、何も動けなくなっちゃうよ」

梨子「……そうよね」

曜ちゃんの考えが読めないのは不安だけど、海に出向くことにしよう。
124: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/26(木) 17:47:13.12 ID:LhUAwCcZ
波のさざめく音、風のなびく音、砂が踏みしめられる音が辺りに響く。

曜「気持ちいいね」

梨子「ええ」

曜「でもちょっと物足りないかな」

そう言って曜ちゃんは突然靴を脱ぎ始めた。

梨子「何してるの?」

曜「決まってるじゃん。裸足になるの」

梨子「なんでまた」

曜「なんでって、海に来たのに裸足にならないなんて、もったいないと思わない?」

梨子「汚れちゃうじゃない」

曜「ちょっとくらい大丈夫だよ」

梨子「それに虫とかいるかもしれないし」

曜「そんな都会っ子じゃないんだから」

梨子「都会っ子よ」

元だけど。
曜ちゃんが、そうだったね、と言って笑う。

曜「まあせっかくだし、梨子ちゃんも裸足になっちゃいなって。気持ちいいよ?」

梨子「もう」

ここで言い合っても仕方がない。
履いてきたスニーカーを脱ぎ、靴下を脱ぎ、波にさらわれないように安全な圏内に置く。

曜ちゃんと二人で歩くと、確かに砂を直接踏む感触が心地よかった。

曜「足キレイだね、梨子ちゃん」

梨子「……曜ちゃんってそういう趣味持ってたりするの?」

曜「そういう趣味って?」

梨子「人の足を見て興奮するみたいな」

曜「いや、ちがうよ?キレイだなあって思ったからつい口に出しちゃっただけで、別に変態とかじゃないよ?」

梨子「それもどうなのよ」

曜「私はいたって普通だよ」

普通―――ね。
厳密に言うと、私も曜ちゃんもまだ普通ではない。
普通の恋愛なるものを知らない私たちに、普通を名乗る資格はない。
市民権なんてない。

そんなこと、曜ちゃんも分かってるはずでしょ?
125: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/26(木) 22:15:24.36 ID:LhUAwCcZ
曜「梨子ちゃんも、もうちょっと海に近づこうよ」

私の懐疑心なんてお構いなしに曜ちゃんは話しかける。

梨子「足が濡れちゃったら靴履けないじゃない。拭くものも持ってないし」

曜「大丈夫だって。濡れても少しくらいだから自然に乾くでしょ」

梨子「まったく……強引なんだから」

波打ち際に近付いて、つまさきで水面をそっと撫でてみる。

梨子「ひゃっ」

曜「冷たい?」

梨子「うん」

そっか、と曜ちゃんが返して波打ち際に寄る。

曜「よっと」

曜ちゃんが水面を思い切り蹴り上げる。
水しぶきが音を立てて勢いよく跳ねる。

曜「おおっ」

梨子「どう?」

曜「思ったより冷たいね」

そう言ってけらけらと無邪気そうに笑う曜ちゃん。
その笑顔につい目が奪われていると、瞬間的に視線がぶつかった。

曜「ねえ梨子ちゃん」

梨子「ん?」

曜「ほーれっ」

水面を大きく蹴り上げる曜ちゃん。私に水しぶきがかかる。

梨子「冷たっ!ちょっと曜ちゃん!?」
126: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/26(木) 23:12:12.06 ID:LhUAwCcZ
曜「なんか梨子ちゃん、ボーっとしてたから」

梨子「いきなり水飛ばす人がいますか!」

曜「ついつい、かけたくなっちゃって」

梨子「どんな衝動に駆られるのよ。やっぱり曜ちゃんは変態さんなの?」

曜「いやいや、海を見たら誰だって興奮するもん、でしょ!」

そう言って再び曜ちゃんは水面を蹴り上げる。
冷たい水しぶきが顔にもかかる。

梨子「曜ちゃんばっか何よ!この!」

私も曜ちゃんに倣って水しぶきを蹴り飛ばす。
空中を舞う泡沫が曜ちゃんに当たって弾ける。

曜「うおっ!やるね!私も負けないよ!」

梨子「負けないって、そもそも何の勝負よ!」

曜「どっちが先に降参するかの勝負!」

梨子「何よ降参って!」

曜「疲れた方が負け!」

梨子「そんなの曜ちゃん有利じゃない!」

曜「じゃあ梨子ちゃんやめる?」

梨子「やめない!」

曜「だよね!」

梨子「だよね、じゃないよ!」

曜「梨子ちゃんて意外とさ、ノリいいよね!」

梨子「うるさいな!」

曜「あはははは!ほらっ、もっといくよ梨子ちゃん!」

梨子「……もう、バカなんだから!」

――――――
――――
――

水しぶきが飛び交う音とともに、私たちの喧噪が絶え間なく響く。
びしょびしょに濡れながら。
めちゃめちゃに狂いながら。
ぐしゃぐしゃに笑いながら。

そして水しぶきが治まりかけた頃には、私たちはどろどろに疲れていた。
127: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/27(金) 01:10:20.33 ID:6aylG01X
曜「…………疲れたね」

梨子「…………そうね」

私と曜ちゃんは浜辺に倒れ込んでいた。
体はジャージもずぶ濡れになってしまって、動くのが重くてだるい。

曜「……梨子ちゃん、結構しぶとかったね」

梨子「……だって曜ちゃん、なかなか降参しないんだもん……」

曜「変なところで意地張るよね……梨子ちゃんって」

梨子「別にそんなことないわよ」

曜「いやいや、なかなか意地っ張りだと思うよ、梨子ちゃんは」

梨子「曜ちゃんだって人のこと言えないくらい頑固者だよ」

曜「…………」

梨子「…………」

曜「……まあ、どっちもどっちってことだよね」

梨子「どっちも子供なのよね……結局」

すると曜ちゃんが、ふふっ、と口元を緩めた。

曜「でも私は、楽しかったよ」

梨子「え?」

曜「梨子ちゃんとこんな風に遊ぶのって、初めてだったから」

梨子「……まあ、そうかもね」

曜「昔に思ったことあるんだけど、今日一緒にいてやっぱり思ったことがあってさ」

曜ちゃんは寝っ転がりながら続ける。

曜「梨子ちゃんの怒った顔は可愛いなって」

梨子「……なにそれ。やっぱり曜ちゃんは変態さんなの?」

曜「だから違うって。みんなそう思うよ。少なくとも―――」


曜「大人ぶって澄まし顔で笑ってる梨子ちゃんよりも、意地っ張りで子供っぽい梨子ちゃんの方がよっぽど可愛いと思うよ」

梨子「…………」

曜「ねえ梨子ちゃん。私、やっぱりやめたよ」

私の疲れた体に、曜ちゃんの透き通った声が否が応でも入り込んでくる。

曜「大人になるの、やめたよ」
129: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/27(金) 13:14:17.11 ID:6aylG01X
私は体育座り。曜ちゃんは仰向け。
立ち上がりたいところだけど身体が重い。

梨子「……どういう意味?」

曜「そのまんまの意味だよ」

梨子「曜ちゃん、自分が何を言ってるか分かってるの?」

大人になろうって、さっき約束したでしょ?
子供みたいなこと言ってないで、青春から卒業しようって、そう誓ったでしょ?

曜「分かってる。梨子ちゃんとの約束を破るために、私はここに来たんだよ」

梨子「……ふざけないでよ」

曜「ふざけてなんかない。大まじめだよ」

梨子「……曜ちゃんがそんな人だとは思わなかったわ。もっと誠実で、聡明で、物分かりのいい人だと思ってた」

曜「だから私は大まじめだって」

梨子「いい加減にして。ここまでさんざん振り回して、何がしたいのよ」

曜「聞いてほしいことがあるんだ」

曜ちゃんが上半身を起こす。

曜「確かに梨子ちゃんからすれば、今の私はバカやろうに見えるかもしれない。それに私自身も、今の私を賢いなんて思ってない」

梨子「……別にバカなんて言ってないわよ」

曜「でもさ、私はそれでもいいって思ったんだ。一生バカやろうで、賢くなくて、子供じみてて、それでいいと思うんだ」

梨子「いいわけないでしょ、そんなの。私たちはもう子供じゃないのよ?」

曜「まだ子供だよ、私たちなんて」

このずぶ濡れの体が良い証拠だよ、と曜ちゃんはけらけらと笑う。

曜「無理に背伸びして大人ぶって平和的でいようとするなんて、利口なやり方かもしれないけど、やっぱりそんなのイヤだよ」

梨子「……そんなのは開き直ってるだけよ」

曜「否定はしないよ」

自分のありのままを受け入れて、開き直って生きていけたらどれだけ良いかなんて、私だって分かってる。
でもそう上手くいかないのが現実でしょ?

梨子「じゃあ曜ちゃん」


梨子「千歌ちゃんのこと、どうするの?」
130: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/27(金) 17:49:31.19 ID:6aylG01X
曜「決まってる。好きで居続けるよ」

梨子「好きって、友達として?恋愛対象として?」

誤魔化さないで、と言わんばかりの強い追及だと、自分でも思う。
萎縮されてしまうかもしれない。
しかし私の予想とは裏腹に曜ちゃんはさらりと「恋愛対象としてだよ」と答えてみせた。

曜「千歌ちゃんにもっと触れたい、くっつきたい、つながりたい、ずっと一緒に居たいって想ってる。身体でもはっきり感じるくらいにね」

梨子「そんな身体だから、曜ちゃんは苦しんでるんじゃないの?」

曜「…………」

梨子「私は解るよ。だからピアノにすがりついてきたの」

身体が渇く苦しみを
焦げる痛みを
潤せない虚しさを
ピアノの旋律に変えながら、なんとか生きてきたんだ。

曜「……確かにつらいこともあるし、寂しいときもあるよ。だけど、それでも私はまだ諦めたくないんだ」

梨子「諦めたくないって……」

そりゃあ待っていれば、千歌ちゃんが目覚めることだってあるかもしれない。
こちらとあちらの境界線なんて、あってないようなものなのだから。
でも―――。

梨子「叶うとは限らないのよ?曜ちゃんがいくら待ち続けていても、報われないかもしれないんだよ?」


静寂の時間が通り過ぎて、曜ちゃんがゆっくりと、そして力強い声で応える。

曜「いいよ。私は一生、片想いでも構わない」
131: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/27(金) 22:16:24.10 ID:6aylG01X
梨子「それ、本気で言ってるの……?」

曜「こんなところで嘘ついたりしないって」

梨子「無理よそんなの。耐えられるわけない」

曜「大丈夫だよ。今年でめでたく十年目だし」

十年目。曜ちゃんが千歌ちゃんへの好意に気付いたのは中学時代だと言っていた。
そのときから今までずっと、曜ちゃんは果てしなく恋焦がれてきたのだ―――。
見くびっていた。
高校時代の別れ際の私は曜ちゃんとやっと肩を並べられたような、今までの時間分のロスを取り戻した気でいたけど。
それは大間違いだった。
曜ちゃんは、強くて、太くて、堅くて、そして儚い―――本物なんだ。

曜「……そういえばさ、私が千歌ちゃんに告白すればいいって、いつかの梨子ちゃんが言ってたよね」

梨子「……あのときね」

曜「千歌ちゃんからの告白を待とうとする私を、きっと梨子ちゃんからは苛立たしく見えたと思う」

好きだって伝える度胸もないヘタレなやつとして映ったと思う。

曜「それは半分当たってるんだけど半分間違っててさ」

梨子「………」

曜「私の恋はね、千歌ちゃんから告白されて初めて報われるんだ」

曜ちゃんは言う。
自分から告白してしまえば、その時点で千歌ちゃんを歪めることになる。
自分が本当に望んでいるのは、千歌ちゃんからの純然たる想いで。
だから待っている。待つことができる、と。

曜「乙女思考なんだよ、私って意外と」

梨子「……ロマンチックなんて、そんな可愛いものじゃないよ」

曜「執念深いって意味じゃ、ある意味ホラーだね」

ははっ、と曜ちゃんは軽快に笑う。
全然笑えないよ。

梨子「でも曜ちゃん、千歌ちゃんはどうなの?千歌ちゃんは曜ちゃんから離れたがっているんでしょ?」

曜「うん……。その辺は千歌ちゃんともう一回話してみるよ。千歌ちゃん自身も色々迷ってたみたいだし」

梨子「ダメだったら?」

曜「最悪は離れることだって覚悟している。でも――」

曜ちゃんがおもむろに腰を上げる。
夕映えに照らされる水面を背にした彼女の瞳は、それ以上に輝いていた。

曜「出来るなら千歌ちゃんと離れたくないし、千歌ちゃんのことを好きで居続けたいよ」
133: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/28(土) 00:43:34.52 ID:3NtOnWRX
梨子「……曜ちゃん、本当にそれでいいの?」

私はつい執拗に問いかけてしまう。
返ってくる言葉なんて分かってるはずなのに。

曜「うん。いいよ」

梨子「弱い自分のままでも、ダメな自分から変われなくても、それでいいの?」

曜「いいんだよ」

梨子「曜ちゃん……」

曜「というか梨子ちゃん。大切なものを手放してまで、根こそぎ変わる必要なんかないんだって」

大切なもの。本当に好きなもの。かえがえのないもの。

曜「こっちから遠ざかる必要もないし、むこうへと遠ざける必要もない。無理して距離を置いたところで、どうせ後から辛くなって自分を責めちゃいそうだし」

梨子「曜ちゃんはさ、夢から逃げちゃダメって言ってるの?」

曜「そんなことない。嫌いになっちゃったり、別の方が好きになっちゃったら、さっさと逃げちゃっていいさ」

逃げちゃいけないのは、自分自身からだよ。

曜「本当はまだ好きなのに、好きでいたいのに、その思いを置き去りにするのはやっぱりよくないよ」

不健康だよ、と曜ちゃんは言い放つ。


梨子「……それが曜ちゃんの出した答えなんだね」

曜「うん。子供っぽいかもしれないけど」

梨子「……そうね、すごく子供っぽくて、ほんとバカ丸出しって感じ」

曜「それはぁー……、ちょっと言い過ぎじゃないかね?梨子さん」

梨子「ふふっ。冗談よ。―――ねえ、曜ちゃん」

曜「ん?」

梨子「私もさ、バカになっちゃっていいのかな」


梨子「ピアノ、諦めなくてもいいのかな」
137: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/28(土) 22:15:02.43 ID:3NtOnWRX
曜「梨子ちゃんは、どう思うの?」

梨子「……よく分からないの」

少し私の話をしていい?と聞くと、曜ちゃんは静かに頷いてくれた。

梨子「私ね、ピアニストになるのが夢だったの。ピアノを弾く時間が楽しくて、ずっと弾いていたくて」

普段は臆病な自分から、ありのままの姿を引き出してくれて。

梨子「私にとってピアノは、特別な存在だったの」

曜「……今は違うの?」

梨子「今の私に、特別なんて言える資格ないよ」

だって逃げちゃったのよ? 辛くなって、億劫になって、離れたくなって。

梨子「ピアノから真摯に向き合ってない私が、ピアノを愛してるなんて言っていいわけない」

曜「……」

梨子「いっそのこと、ピアニストになるなんて夢は捨てた方が楽になれるって、そう思ったの」

曜「そう言ってたね」

梨子「でも曜ちゃんはそれを否定した」

私が今もこうして燻ぶっているのは、まだ私がピアノを好きでいるから。
ピアノなんかもう好きじゃないって、自分に嘘をついているから。

梨子「曜ちゃんはさ、私にピアニストになってほしい?」

曜「うん。なってほしいかなって思うよ」

梨子「どうして?」

曜「私ね、忘れられないの。あの音楽室のときの梨子ちゃんの眼を。本当にピアノが好きな人だから持てる、眼光を」

梨子「あのときの、私……。でも、昔と今は違うでしょ」

曜「違わないよって。たかだか三年ぽっちで、そう簡単に変わらないよ」

上辺だけ取り繕うことはできるようになっても。
昔の自分に潔くおさらばなんて出来っこないんだ。
それはそうかもしれない―――でも。
138: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/28(土) 23:19:59.49 ID:3NtOnWRX
梨子「でも、昔みたいに戻れる自信なんてないよ……」

今の自分が情けなくて、曜ちゃんの顔を見るのが怖くて、体育座りのままで俯いてしまう。

曜「……梨子ちゃん」

梨子「ごめんなさい曜ちゃん。私、わがまま言って困らせちゃってるね」

曜「別にそんなことないよ」

梨子「私って昔からこうなの。すぐうじうじしちゃって、優柔不断で、面倒臭くて」

いつまで経ってもそんなんだから。
自分のことが好きになれない。
自分を認められない。
自分自身に真正面から向き合えない。

梨子「こんな自分が、本当に嫌なの。」

何を信じていいのか分からないの。


曜「りーこちゃん」

真正面から声が聴こえたので顔を上げると、そこには曜ちゃんが近距離で居た。

曜「頬っぺた、ちょっと借りるね」

梨子「えっ」

曜ちゃんはすかさず私の両頬に手を伸ばすと、つねって横に引っ張った。
さほど力は入ってないようで相当手加減しているのが分かる。

梨子「よ、ようちゃん??」

曜「痛い?」

梨子「べつにいたくはないけど、なにしてるの」

曜「うりうり」

梨子「うりうりじゃなくて」

曜「あ、先に言っておくけど私はやっぱり変態さんじゃあないからね」

梨子「さきよみしないで」

曜「鬱ぎこんでる友達に元気になってほしいって思うのは、普通なことでしょ」

梨子「……」

曜「考え過ぎなんだよ、梨子ちゃんは」

諫めるような口調でもなく、見下すような口調でもなく、柔らかい口調で曜ちゃんが語り掛ける。
139: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/29(日) 03:21:48.42 ID:itrvNiNT
曜「考え無しでいいってわけじゃないけど、考え過ぎるのも毒になっちゃうからさ」

私もよくグルグル考えちゃうから人のこと言えないんだけどね、と付け加える曜ちゃん。

曜「でも今の梨子ちゃん見てたら、もっと余裕持っていいのにって思うよ」

梨子「よゆう?」

曜「そう、余裕。自信って言ってもいいのかな」

梨子「じしん」

曜「梨子ちゃんはピアノへの情熱は本物だよ。本当は好きだ!って想いが伝わって来るもん」

曜「だから、自信持っていいんだよ」

梨子「……だから、いまのわたしは」

曜「梨子ちゃんはもっと、今の自分にも優しくなってほしいな」

自分に、優しく。

曜「逃げちゃう自分も、助けを求めちゃう自分も、うじうじしちゃう自分も、自分の一部として受け入れてあげてよ」

こんな私いやだ!って思うかもしれないけど、少しずつ前に進んでいけばいいんだよ―――。
そう言って曜ちゃんははにかんでみせる。

曜「焦る必要なんかなくて、もっとゆっくりしていいんじゃないかな」

梨子「……ゆっくり」

曜「そうだよ。深呼吸してみたりさ」

梨子「…………できない」

曜「え?」

梨子「これじゃあ、しんこきゅうできない」

ああ、ごめん、と軽く詫びてから、曜ちゃんが私の両頬から手を放す。

息をゆっくり吐いて。
空気を大きく吸って。
またゆっくりと放つ。

梨子「……ふぅ」

曜「落ち着いた?」

うん、と私が返すと、よかった、と曜ちゃんがほほ笑んだ。

曜「私ね、梨子ちゃんにピアニストになってほしいって言ったけど、別にピアニストじゃなくなっていいとも思ってるんだよ」

梨子「え?」

曜「私はただ、梨子ちゃんがずっとピアノを好きでいてほしいだけなんだ」

梨子「それは……どうして?」

曜「どうしてって言われたらどう反応すればいいのか悩むけど……好きだからかな。梨子ちゃんが弾くピアノの曲が。ピアノを楽しそうに弾く梨子ちゃんが」
140: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/29(日) 11:51:28.13 ID:itrvNiNT
梨子「え」

好きだからかな。
好きだからかな?
好きだからかな?!

梨子「……それは、曜ちゃん。あなたが言うと、そういう意味に聞き取れてしまうんだけど」

曜「?」

梨子「……曜ちゃんが、好き、なのは千歌ちゃんだけなのよね?」

好きの部分を強調した意図が通じないほどの朴念仁ではないはずだ。
少し間を空けてから曜ちゃんが察する。

曜「あはは……そういうことね」

梨子「あはは、じゃないのよ、あははじゃ。……で?」

曜「いや、まあ……、梨子ちゃんのことは……」

梨子「………」

曜「その、友達としてだけど、大好きだよ」

梨子「…………ふぅー」

いや、分かってはいたの。
曜ちゃんは千歌ちゃんが特別好きなだけの普通の女の子ってことは。
どれだけ優しくされても、別に期待なんかしてなかったもん。

曜「梨子ちゃん……?」

でもなんかむかつく。
だから曜ちゃんのほっぺたをつねることにした。

梨子「えいっ」

曜「!?」

梨子「さっきのお返し」

曜「り、りこちゃん!?」

梨子「大丈夫。そこまで赤くならない程度に手加減するから」

曜「もうちょっとてかげんしてよ!」

梨子「ほら、おとなしくして。うりうりするよ」

曜「うぅ……」

整ったそのお顔を私にもてあそばれる曜ちゃん。
だって、曜ちゃんばかりなんてズルいじゃない。
141: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/29(日) 12:57:31.98 ID:itrvNiNT
梨子「そうよ、曜ちゃんはズルいのよ」

曜「な、なにが?」

梨子「色々とよ。強いて言うなら、子犬みたいなところ」

可憐で。健気で。純真で。実直で。

梨子「千歌ちゃんのことも、曜ちゃんを応援したい、曜ちゃんに報われてほしいって思うもの」

曜「りこちゃん……」

梨子「でも曜ちゃん。忘れちゃダメだよ」

一度はその恋を忘れようとしてたのに。 一緒に諦めようって約束したのに。
私を袋小路から救ってくれたのは、他でもない曜ちゃんなんだから。

梨子「私だって、千歌ちゃんのこと好きなんだからね」

曜「!」

梨子「好きで居続けてもいいなら、私も好きで居続けたいもん」

曜「……また、けんかしちゃうかもよ?」

梨子「その時は、その時よ」

私は真正面から曜ちゃんを見据える。
視線がぶつかる。
眼光に目が眩む。

その空色に、私は何度も吸い込まれそうになってきたんだ。

曜「……えへへっ」

梨子「どうかしたの?」

曜「やっぱり、りこちゃんとわたしは、こうやってるのがいちばんだなあって」

梨子「曜ちゃんは私と喧嘩するのが好きなの?」

曜「ちょっとくらいなら、だいじょうぶでしょ。それに、けんかしなくなるのも、それはそれでさみしいじゃん」

梨子「それは……そうかもしれないけど」

曜「けんかしていようよ、ずっと。おばあちゃんになっても」

平和だなんて似合わないよ、と言って、にかっと笑う曜ちゃん。

梨子「曜ちゃん……」

恋敵でいよう。
好敵手でいよう。
悪友でいよう。

梨子「……うん、そうだね」

そしていつまでも、親友でいよう。
142: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/29(日) 17:02:32.91 ID:itrvNiNT
曜「……ところで、りこちゃん」

梨子「?」

曜「さすがにいたくなってきた」

梨子「あっ、ご、ごめん」

曜ちゃんの顔から手を放す。

曜「赤くなってる?」

梨子「ちょっと赤くなってる……のかな」

曜「もー、はっきり言ってよ。別に怒らないからさ?」

梨子「ちがうの。曜ちゃんが赤いのか、光が赤いのか、分からないの」

曜「……そっか。そんな時間か、もう」

太陽はすでに沈みかけて、闇が差し掛かろうとしていて。
その最後の一滴が、この内浦の色彩をより深く染め上げていた。

曜「今日も、終わっちゃうんだね」

梨子「……うん」

曜「……最近よく感じるのだよね。時間が流れるのが早いって」

大学生活の三年間を振り返ってみても、体感的にはすごく短くてさ。
あっという間に一日が終わって、一週間が過ぎて、一ヶ月が経って、年が暮れて。
世界に老いてかれている気分になって。

曜「だからこそ、今この時間を大切にしなきゃいけないって、改めて思うんだ」

そう言って、憂いの影を残しながら曜ちゃんはほほ笑む。

梨子「……大人になるって、案外そんなものなのかもね」

私も小さく笑って見せる。

自分のペースで歩いていけばいいよね。
〆切も、猶予期間も、人生にはないはずで。
だから焦る必要なんかなくて。

あの頃には戻れないからって、全部捨てちゃうのは、少しもったいないよね。
144: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/30(月) 07:37:41.54 ID:O7xv06Rb
曜「……そろそろ帰ろうか。波風で体冷えちゃうし」

潮騒に閉じ込められていた私たち二人の時間も、その終わりを告げようとしていた。

曜「梨子ちゃんの答え、待ってるから」

梨子「え?」

曜「梨子ちゃんの今後のことさ。今すぐ決めなくてもいいから、決まったらまた教えてほしいな」

梨子「……うん。絶対教えるよ」

曜「梨子ちゃん自身が決めたなら、私は応援するから」

それに、と言って曜ちゃんは私に手を差し伸べる。

曜「困ったときや、辛いときは、いつでも相談に乗るから」

梨子「……ありがとう。嬉しい」

曜ちゃんは優しいね、なんて今更なことは口には出さない。
私はその手を取って起き上がる。

曜「梨子ちゃん、昔よりも軽くなってない?」

梨子「そうかな?」

曜「うん。ちゃんとご飯食べてる?」

梨子「別にちゃんと食べてるよ……?」

というかそれって。

梨子「曜ちゃんまさか高校時代の私のこと重かったって言いたいんじゃ―――」

曜「いや!ちがうちがうちがう!」

必死になって否定する曜ちゃん。
身の危険を察知したのか、手を離して後退して私から距離を取る。

曜「きっとあれだね、筋肉とかの話だね、きっと!」

梨子「しどろもどろよ、曜ちゃん」

あうう、ちがうんだって、と声を漏らす曜ちゃん。

曜「ま、まあ!ちゃんと食べてるならそれでいいってことで!脱いだ靴、拾いに行かなくち、や―――」

今日一日の疲れのせいか、砂浜という足場の悪さのせいか、水を吸った服で体勢が取りづらかったせいか。
曜ちゃんがバランスを崩し、その場によろめく。

梨子「曜ちゃ――」

咄嗟に飛び出したその声に呼応するように、身体が勝手に動いていた。
後ろに倒れそうになっていた曜ちゃんを、しっかりと全身で掴まえる。

……が。
今の私の筋肉は以前よりも相当落ちていたようで、耐え切れずに私もろとも地面に転倒してしまった。
やっぱり鍛えなきゃダメね、身体って。
147: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/30(月) 18:29:26.49 ID:O7xv06Rb
曜「……えへへへ。また寝転んじゃったね」

梨子「……もう」

抱き合うようにして砂場に転がる二人。

曜「なにも梨子ちゃんまで巻き添えくらうことなかったのに」

梨子「……」

私はそのアッシュグレーの髪の毛に手を当てる。
一瞬びくっとする曜ちゃん。

曜「梨子ちゃん?」

梨子「髪の毛、砂で汚れてるから」

嘘よ。その柔らかそうな髪の毛を衝動的に撫でてみたくなっただけ。

曜「ん……」

撫でられるのに慣れてないのか(私も経験ないけど)、びくびきしながら声を漏らす曜ちゃん。
ほんと、子犬みたいよね。

曜「……まだ、とれない?」

梨子「曜ちゃん、頭触られるのイヤ?」

曜「イヤじゃないけど……なんか、こそばゆい感じ」

梨子「そっか。ねえ、曜ちゃん」

曜「ん?」

今日曜ちゃんと再会して、本音でぶつかって、胸中を伝えて。
思いの丈は全てさらけ出した。
でもあと一つだけ、伝え忘れてたことがあるの。

梨子「さっき曜ちゃん、自分に優しくなってほしいって、私に言ってくれたよね」

曜「うん、そう言ったよ」

梨子「その言葉のおかげで、私も何とか立ち直れると思う。明日も頑張れると思うの」

だから、これは私からのお願い―――。

梨子「曜ちゃんも、自分に優しくなってほしいの」

曜「……」

梨子「一人だけで背負ったり、痛みを我慢したり、誰にも迷惑かけちゃいけないなんて考えないでほしい」

曜ちゃんは優しいだけの人じゃないでしょ?

梨子「誰にも頼らず強く生きるなんて無理なのよ。辛いことや悲しいことがあったら、打ち明けていいんだから」

私でよければ、話し相手にいつだってなるから。
149: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/30(月) 21:03:45.86 ID:O7xv06Rb
梨子「それがね、曜ちゃんとお別れする前に言いたかったこと」

曜「……そっか」

梨子「どうしても伝えておきたかったの。……私はいつまでも、内浦には居られない気がするから」

曜「……それってピアニストに」

梨子「…………」

決心はもう付いてるの。
だけど敢えて口には出さず、私は黙って曜ちゃんを真正面から見据える。
きっと曜ちゃんなら、それだけで気付いてくれるはずだから。

曜「……じゃあ、次はいつ会えるかな」

梨子「それは分からない」

曜「また会えるはずだよね」

梨子「うん。きっと会える」

曜「私、待ってるから」

ぎゅっと、私の手を握る曜ちゃん。

曜「千歌ちゃんと一緒にこの内浦で、梨子ちゃんが帰ってくるのを待ってるから」

梨子「……うん。必ず帰ってくる」

夢を叶えたら、それをおみやげにして戻ってくるから。

梨子「だから―――その日まで待ってて」


太陽が完全に沈んで、闇が空を覆う。
内浦の夜空に散らばっている星々は、その命を燃やして宝石のように輝いている。
あの星たちのように。
宝石のように。
輝ける瞬間が私の中でよみがえると信じて。
そして互いの光を見せつけ合える日が来ることを願って。
最期までこの荒野を走っていこう。

怖くはない。
それは一人きりの道だけど、私は独りぼっちじゃないから。
150: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/30(月) 22:05:59.60 ID:O7xv06Rb
「あれ、海に誰かいる?」

遠くの方から声が聴こえた。
聞き覚えのある、懐かしいその声色。

「そこの人たちー、夜の海はあぶないですよー」

無邪気な声の主がこちらに近付いてくる。
私も、曜ちゃんも、よく知っているその人物。

梨子「そういえば、家に戻ってくるって言ってたっけ」

曜「美渡ねえが言ってたね」

梨子「私、会っちゃっていいのかな」

曜「年貢の納め時だよ、梨子ちゃん。勇気出して」

梨子「……そうね」

「泊まる場所に困ってるようなら私の家が宿なので……って、曜ちゃんと梨子ちゃん!?」

距離が近づき、ようやくお互いの顔が視認できるようになる。
三年の月日が経っても千歌ちゃんはやっぱり千歌ちゃんで、私としてはちょっと安心する。

曜「やあやあ、千歌ちゃん」

梨子「久しぶり、千歌ちゃん」

ひ、ひさしぶり。と言う千歌ちゃんはその目を丸くして私を眺めている。

千歌「へ?どうして梨子ちゃんがいるの?」

梨子「えーっと、話すと長くなっちゃうけど……」

千歌「というか、ふたりともなんでそんなビチョビチョなの!?」

曜「あ、これも話すとちょっと長くなっちゃうけど……」

千歌「風邪ひいちゃうよふたりとも!とりあえず早くお風呂入らなきゃ!」

話はそのあとでいいから!と、私たちの身を心配する千歌ちゃん。

曜「……ふふっ」

千歌「どうしたの曜ちゃん?寒いの?」

曜「いやあ、Aqoursのときはよく私たちが千歌ちゃんを心配してたけど、今は逆転してるなーって思ったらなんか面白くなっちゃって」

梨子「まあ、確かにそうかもね」

千歌「なにそれ!笑いどころが謎だよ!」

曜「千歌ちゃんはどっちかと言うと、良いお母さんになりそうだね」

千歌「もう!変なこと言ってないで私の家行くよ!そしたらお風呂入ってもらうから!」

子供のように、はーい、と息が合わせて返す私と曜ちゃん。
千歌ちゃんにだけは迷惑かけたくないって思ってきたけど、どうやらそんな忖度は私たち三人には不要らしい。
だって、私たちは全員が普通だけど、この友情は特別なのだから。
151: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/04/30(月) 23:13:55.70 ID:O7xv06Rb
「じゃあ、せっかく三人で久々に集まったわけだし、チカの部屋で飲もうよ!」

「ええっ、千歌ちゃん、昨日飲んだばっかりなのに今日も飲むの!?」

「いーじゃんいーじゃん!明日は午前休だし!それに梨子ちゃんから聞きたい話も山ほどあるんだし!」

「そうね、私も千歌ちゃんの話いっぱい聞きたいし」

「ほら、よーちゃん!梨子ちゃんもこう言ってるんだし!」

「もー、千歌ちゃんは事あるごとに飲もうとするんだから」

「まあいいじゃない、曜ちゃん。千歌ちゃんとも曜ちゃんとも、一階もお酒飲んだことないし」

「じゃあ千歌ちゃん、お母さんに電話貸してもらえる?スマホ、家に置いてってさ」

「いいよー。今日はちゃんとてっぺんまでには帰るって電話するの?」

「てっぺん?」

「日が変わる前には帰るってことだよー。時計のてっぺんが十二時だから、てっぺん。」

「へえ……、あまり飲まないからよく知らなくて」

「じゃあ今日はそんな梨子ちゃんに、宅飲みの恐ろしさをその身に叩き込んであげますか!」

「ちょっ、バカ飲みはイヤよ!私、それで倒れたって話したじゃない!」

「えっ!?梨子ちゃん何があったの!?」

「ちがうちがう、宅飲みの怖いところはね、気が付けば朝になってるってことだよ」

「朝!?」

「うん、せっかくだし千歌ちゃんにも教えちゃおうかな。今夜は寝かさないよ」

「体育会のノリじゃないの!」

「なんかこわっ!とゆーか、梨子ちゃんの身に何があったのさ!?」

「あ……、その件も含めて、千歌ちゃんには私のことちゃんと話すよ」

「私も千歌ちゃんと話したいことあるから、寝ないで付き合ってもらうよ」

「大丈夫!今日は全然起きてられるよ!梨子ちゃんもいるんだし、今日は眠くもないし!」

「……千歌ちゃん、まさか授業中、居眠りしてたんじゃないよね?」

「ぎく」

「千歌ちゃん?」

「よーちゃん違うって!梨子ちゃん助けてー!」

「ふふっ、ちょっと待っててー、ってね」
152: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/05/01(火) 00:50:51.19 ID:gKfWykPB
―――――――
―――――
―――

新学期が始まってからあっという間に一ヶ月が経とうとしており、慌ただしかったキャンパス内もようやく落ち着いてきたところだ。
今日も私は千歌ちゃんと一緒に学食でたむろいている。

千歌「よーちゃんは今年のゴールデンウィーク、なんか予定ある?」

曜「今年は……特にないかな。サークルの方も半分OBみたいなもんだし、アルバイトで埋まってるわけでもないし」

千歌「じゃあさー、どっか旅行でも行こうよ!よーちゃんどっか行きたいところある?」

曜「私は別にどこでもいいよ。千歌ちゃんは?」

千歌「今いろいろと候補選んでるんだよねー、考え中!」

曜「でも、せっかくの旅行なのに二人だけなのは、ちょっとさみしくない?」

千歌「うーん、チカも梨子ちゃんどうかなって思ったけど、梨子ちゃんまた東京に行っちゃったからさあ」

休学中だったら内浦に居ると思ってたのに、と千歌ちゃんが心底がっかりそうに語る。

曜「まあでも、千歌ちゃんの頼みなら意外と応じてくれるんじゃないかな。割と梨子ちゃんノリ良いし」

三週間前の、千歌ちゃんの家で飲んだ時とかひどい有り様だったよ。
千歌ちゃんがいつものテンションになるのは想定してたけど、梨子ちゃんもそれに乗っかっちゃってさ。
笑い上戸になったり泣き上戸になったり怒り上戸になったりで、暴れ馬状態だったじゃん。
二人が寝るまで付き合ってたら四時過ぎててさ、もう頭ふらふらだったんだから。

千歌「でも、梨子ちゃんの邪魔するのも悪いかなあって」

曜「聞いてみるだけ聞いてみればいいよ。ゴールデンウィークは帰って来るかもしれないし」

千歌「そっかあ、それもそうだね」

そう。
あの飲み会で自分の内情を千歌ちゃんに打ち明けた梨子ちゃんは、その一週間後に再びこの内浦を発って東京に戻ったのだ。
まだ内浦に居ていいのに、とは私も思ったけど、そこは黙って応援することにした。
それが逃避ではなく挑戦であることは、送られてきたメール文を読めば一目瞭然なのだから。
153: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/05/01(火) 02:00:01.78 ID:gKfWykPB
曜「ところで千歌ちゃん、今期は大丈夫そうなの?単位の方は」

千歌「うん!今期は滑り出し順調!いまだ無遅刻無欠席!」

曜「おー」

でも千歌ちゃん、前期日程は毎年五月病になってるからなぁ。
中盤から怪しくなるんだよね。

千歌「今年は頑張る!卒業第一!一念発起!起承転結!」

曜「最後のは違うでしょ」

まあ確かにちゃんとキリよく終わらせることは大事だとは思う。
学業や仕事に関しては、ね。
何でもかんでもキレイに終わらせればいい、決着がつけばいいってわけでもないよね。

千歌「あ」

何かを思い出して青ざめる千歌ちゃん。

千歌「単位で思い出したよ……、英語の授業で、連休明けに提出するミニレポートあるんだった」

曜「あらま、内容は?何文字?」

千歌「テーマは「好きなこと」。英単語で千五百文字」

曜「あー、地味にきついやつだね」

千歌「やる気が失せるのだ……」

曜「頑張るしかないって千歌ちゃん。私も応援するからさ」

千歌「本当に?」

曜「言ったでしょ。千歌ちゃんを勉強させるように千歌ちゃんのお母さんから頼まれてるんだって。それに―――」

それは、メール文の追伸の部分に書かれてあった、短い言葉。

曜「梨子ちゃんからも言われちゃったからさ。千歌ちゃんをよろしくね、って」

千歌「ん?チカのときはよーちゃんだったよ?」

曜「え?」

千歌「ほら、梨子ちゃんからのメールの最後のところ」

千歌ちゃんがスマホを操作して、私の前に提示する。
画面をおよそ占めているのは、私に送られてきたメール文とほとんど同じ文面で、私は一番下の方に目を向ける。
そこだけは確かに私宛ての文とは違っていた。
154: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/05/01(火) 02:54:46.73 ID:gKfWykPB
『追伸

曜ちゃんのこと、すぐ傍で見守ってあげて。
私も二人のこと、遠くから見守ってるから。

桜内梨子』


千歌「ねえ、よーちゃん」

曜「……どうしたの、千歌ちゃん」

千歌「大学も卒業して、社会人になっても、一人前の大人になっても、ずっと一緒に居ようね」

曜「……うん。そして、二人で待とうね―――」

夢のために遠く離れなきゃいいけないのは分かってるけど。
やっぱり会えない日が続くのは寂しいよ。
あなたが絶対この町に帰って来るって、私も千歌ちゃんも信じてるからさ。

曜「梨子ちゃんを、ここで一緒に待っていようね」

約束だよ。


千歌「じゃあチカはこの辺で。また明日ね、よーちゃん」

曜「うん、ばいばい」

キャンパスを出て千歌ちゃんと別れた私は、ポッケから音楽プレイヤーを取り出す。
最新のモデルで、前のやつより軽いのにその数十倍の曲が入るという優れもの。
ちなみに前に使っていたものは、三週間前にポッケの中に入れておいたら水没してしまったのだ。
なぜこんなことが起きたのかという具体的な説明は割愛する。

電源を入れてミュージックを選択。
まだ買ったばかりなのもあって、Aqoursの曲しか入っていない。
まあ、元々使っていた方もそんな感じだったし、私には莫大なメモリ容量は不要なのかもしれない。

だって、私の大事なもの全てがそこに詰まっているのだから。

青春を再生。
葛藤を一時停止。
出逢いをシャッフル。
夢をリピート。

どこまでも青かった少女たちが今の私の背中を押してくれている。
オトナになんかならないで、オトメであれと勇気づけてくれる。
走ることの苦しさよりも止まることの虚しさの方がイヤだと目を醒ませる。

だから、いつまでも全速で、どこまでも前進して、最期まで走り続けていこう。
恋の歌でも歌いながら。
もう離れないようにその手を繋いで。



おわり
155: 名無しで叶える物語(聖火リレー) 2018/05/01(火) 03:05:26.09 ID:gKfWykPB
初SSでしたがエタらずに何とか完結できてとりあえずよかったです。
150レスに一週間もかかる遅筆さや、シャープさに欠ける構成など、色々と目苦しい箇所がありましたが、途中途中で保守してくれた方、そして最後までお付き合いしてくださった方、本当にありがとうございました。
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『梨子「大人になろうよ」曜「オトナ?」』へのコメント

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2018年5月26日
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