船乗りの妻

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善子-アイキャッチ28
「善子ちゃん、そろそろ行くよ」

「つぎはいつ帰って来られるの?」

「分かんないや…ごめんね?」

「ううん、曜が選んだ道だもの。私は支えになるだけよ。必ず帰って来てね?」

「約束するよ!ありがとう。行ってきます!」

pixiv: 船乗りの妻 by バッツ

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曜は船で世界中を駆け回っている。帰ってくるのは不定期で、私は妻としてこの家を守ってるの。
今回も海外まで船で行くの。
危険と隣り合わせの仕事だけど、曜の夢と可能性を信じてるから。私のわがままでその芽を摘んでしまうわけにはいかない。
だから曜、必ず無事で帰ってきてよね?

結婚してるはずなのに、1人でいることの方が多い。洗濯をしても、料理を作っても1人分。
でも曜は必ず帰ってくる。明るく眩しい笑顔と共に「ただいま」の声が今にも聞こえてきそう。
曜が帰ってきた時のために、洗濯、料理は毎日修行中よ。ふわふわの洗濯物、美味しい料理。それが曜の活力になるなら私は努力を惜しまないわ。

「今日のお昼はハンバーグでも作ろうかしら」

『うーん!美味しいよ!』

「ふふっ、喜ぶ顔が目に浮かぶわね」

もし曜が食べていたら。それを想像するととても心が温かくなるの。
曜ってすぐに顔に出るからわかりやすいのよ。
素直なあなたも素敵よ。

ーーー

びゅうお。

夕日が地平線へと消えようとしている。漆黒の闇が渦巻く世の到来ね。
…なんて、こんなこと考えるのも久しぶりね。堕天使の私はどこかへ行ってしまったみたい。
ううん、もう必要無くなったの。もう私は不幸なんかじゃないから。堕天使に甘えなくてもいいの。曜がいてくれる、それだけで十分よ。

夜のびゅうおはライトアップされる。青く煌めく水門はこの沼津の守り神のような存在。
ここが私たちの始まりと言ってもいい。

曜が私に告白してくれたのは、鞠莉、果南、ダイヤが卒業した少し後の話。

なんでも曜は、たびたび鞠莉をびゅうおに呼んで、私のことを相談してたみたい。

ーーーーー
ーーー



『早く告白しちゃいなさいよ!』

『でもやっぱり…少し怖いな…』

『もう!いつまでそうしてるの?善子は美人だし、モタモタしてると取られちゃうかもって曜が言ったのよ?他の誰かに取られちゃうかもよ?』

『そ、それは嫌だ!善子ちゃん…』

『私もそろそろ卒業しちゃうわよ?』

『…決めた。鞠莉ちゃんが卒業した後に告白する。鞠莉ちゃんがいたらいつまでも甘えちゃいそうだし…必ず思いを伝える!』

『その意気よ。必ず思いは伝わるはずよ』

『うん!頑張るよ!』

ーーーーー
ーーー


そして、3年生が卒業した次の日。私はびゅうおに呼び出された。

『私と一緒に船の舵を取ってくれませんか!?』

なんて、曜らしい告白よね。
そんなこと言われたら嬉しくて泣いちゃうに決まってるじゃないわ。
私は曜の手を取り、告白を受け入れた。
その日から堕天使は現れなくなった。
だってこんなにも幸せだから。
今までありがとうね、堕天使ヨハネ。

さて、そろそろ帰りましょう。

びゅうおはライトアップされてるはずなのに、いつもより暗く感じた。

ーーー

晩御飯の準備をしないとね。
曜が喜びそうなメニューの練習しとかないとね。
肉じゃがなんてどうかしら?

「緊急ニュースをお伝えします」

お鍋に水を入れる。どのくらいがいいのかしら?

「今日、日本を出発した一隻の船が国籍不明の船に襲われ、乗組員が行方不明となりました」

物騒な事件ね…あ、水入れすぎちゃったかしら?

「乗組員は…。…。…。渡辺曜さん。以上の方々と確認されています」

ガシャーン!

水をためた鍋を床に落とす。足に水がかかり冷たい。足の震えが止まらなくなり、吐き気さえも覚える。世界はどうしてこうも不幸で溢れているの?

幸せはどうして失ってから初めて、途方とないほどの幸せを感じるのかしら?それはとんでもない不幸よ。

曜。曜。曜。曜。曜。

何度も心で叫ぶ、返事をしてくれるかもしれないと思った。

この地元で溢れんばかりの愛を誓いあったじゃない。

約束したじゃない…必ず帰って来るって…どうしてよ…

私の世界は壊れてしまいそう。

ーーー

翌日、私の元に連絡がきた。曜が乗っていた船が国籍不明の船に襲われたこと。そして行方不明になったこと。

私は何も受け入れられなかった。

いや、受け入れたくなんてなかった。

私は堕天使ヨハネ。

我が命を捧げし者をどうか我が手に。

この日から私の中に堕天使が復活した。

私の悲しみを塗り替えるように。不幸を忘れさせるために。

ーーー

それから数日が経とうとしていた。

ピンポーン。

こんな時に誰よ?

私は悪い妻だ。曜が帰って来た時のために洗濯や料理を頑張って来たはずなのに、今はその全てが止まっている。
心のどこかで曜はもう戻ってこないと考えているのかもしれない。

そんなことない…そんなことない…。
帰ってこない…帰ってこない…。

2つの感情がぶつかり合い、今にも壊れてしまいそうなほど。

「誰よ?」

「ハーイ!善子、久しぶりね」

「ま、鞠莉!?」

誰がこんな展開を予想したかしら。卒業した後、イタリアに留学したはずのその人が私の目の前に現れた。

「何しに来たのよ」

「…ニュース見たわよ」

「そう…」

「ねえ…善子…」

「帰って、今、誰とも話したくない」

「信じて待ってて。間違いだけはしないで…そんなことになったら私…」

間違いってなんのこと?私がやることに間違いなんてない。
どんな選択であっても。

「鞠莉に何がわかるのよ!ずっと不安だった…船乗りは曜の夢だったけど、そのまま帰ってこないんじゃないかって!こんな世界…生きる意味なんて…」

壊れそう。壊れる。壊れた。

私はもう私ではいられない。
もう嫌だ。何もかもが怖くなって来た。

「曜は…あなたのことが大好きなの。あなたのことが大好きな曜のことをあなたが信じてあげて。あの日の曜の熱い瞳を」

鞠莉は曜に相談されてたこともあって、私たちの関係を気にしてるみたい。
でも今は放っておいて。

壊れた私。私の船は沈没してしまう。

ーーー

もう1ヶ月が経とうとしている。
連絡はまだない。

私は堕天使ヨハネ。

この翼でどこへでも飛んでいってしまいたい。

この世界にあなたがいないなら、せめてあなたの元へ。

ベランダの手すりの上に立つ。

怖い?怖くなんかない。だって私は堕天使だから。この翼で飛び立てるのよ。

これは間違い?いえ、これが答え。

くくくっ…最期はどんな景色を見せてくれるの?
この堕天使ヨハネに相応しい最期を。

さようなら、愛する人。

曜。

手すりから落ちる私の視界は上下左右、何もかも感覚が失われているようだった。最期の景色、くくくっ、相応しいわね。こんな私の不幸な人生に。

あははははははは!!!!

もう笑って自分を保つしかない。

この流れる涙は悲しみと世界への憎悪。

この不幸な世界にさらなる災いを!

「善子ちゃーーーーん!!!」

風の如き速さで現れ、流星のように輝く姿、太陽のように暖かい声。

地面に激突してしまう直前で私を受け止めた。

「痛たたた…間に合ってよかった…」

「どう…して…」

この人の顔を見た瞬間から、私は私の創造を始めた。
壊れた私は元に戻っていく。

「善子ちゃん。ただいま」

「曜…曜!」

私は必死に抱き寄せる。痛いくらいに、交わるように。

「善子ちゃん。本当に死んじゃうところだったんだよ?そんなことになったら、私、一番悲しいよ…」

「ごめん…なさい…」

「不安にさせてごめんね…」

「ねえ…どうして助かったの?」

「助かったんじゃないよ、生きようとしたんだ。帰るべき場所に帰るために。それがここだよ。善子ちゃん」

「うぅ…ヒッグ…」

「私はきっと、これからも海へ行く。でも大丈夫だから。信じてくれるそれだけで」

「…信じるわ。必ず帰って来るって」

私はいつしか信じることを恐れていたのかしれない。
信じる心を思い出した。

ーーー

曜の話によると、国籍不明の船に襲われてる途中、全員で海に飛び込んだの。
幸い、近くに島があったから、そこまで泳いでいったの。
しばらくは乗組員と島で生活していた。そして、鞠莉が見つけてくれたの。
あの日、ニュースでこのことを知った鞠莉は私の元へ来た。私が今にも死んでしまいそうな様子を見て、必ず曜を見つけ出すと決めたらしい。
鞠莉には付き合うことときからお世話になりっぱなしね。
本当にありがとう。

「よーう?最近善子とはどうなの?」

「最近はね、善子ちゃんがいっぱい甘えて来るようになったの!しばらく家にいることになったから、寝るときもお風呂も一緒なの!」

「本当にラブラブね」

「うん。大好きな善子ちゃんとこれから一緒だよ!」


ーーー

私は壊れていた。

でも曜が戻ってきて、私は元に戻ることができた。

曜が戻ってきてから、堕天使は姿を現さなくなった。

不幸から私を守るために来てくれたの?

だったら、もう大丈夫。

曜が戻ってきた。それが本当に幸せだから。

曜はきっとこれからと海へ出て行く。

そして、私はその帰りを待つ。

私は信じることにしたから。私を愛してくれる曜を、曜のことが大好きな私を。

これがきっと船乗りの妻としての役割。

「行ってきます!待っててね!」

「信じて待つわ。行ってらっしゃい!」
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