葉桜

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梨子-アイキャッチ27
 桜は鮮やかで美しいものだ。

 日本人の心であり、見る人を惹きつける、美しい桜色。

 だけど私は、そんな桜が苦手だ。

pixiv: 葉桜 by わたざき

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 だって、儚すぎるから。

 一度雨に降られた程度で、大半の花びらは散ってしまう。
 
 一度散った花が元に戻ることはない。

 それはまるで、今の私を表しているみたいで、辛くなる。



 ずっと、輝かしい場所で生きてきた。

『桜』内という名前にふさわしく、華やかに輝いていた。


 でも、スランプという雨が降って、ピアノを弾けなくなって。

 たった一度の挫折でも大きな挫折。

 その後、Aqoursのみんなの助けもあって、立ち直れた。

 ピアノのコンクールでも入賞し、もうこれで大丈夫、そう思っていた。


 でも現実はそう甘くない。

 一度ピアノから離れたことによるブランクと失った自信は、大きく影響を与えた。

 上手くいったのは最初だけ、その後は入賞どころか、まともに評価すらされない日々。

 結果が出ずに焦る、だけどいくら努力しても何も変わらない。

 そんな状態のまま、気づけば三月、桜の季節になっていた。




   ※




梨子「お花見?」

千歌「うん! この辺りも結構桜が咲くからどうかなって!」


 私たち二年生組は、千歌ちゃんの家に集まっていた。

 理由は卒業する三年生のお祝いを兼ねた送別会について話し合うため。


曜「いいんじゃないかな、門出にふさわしい感じで」

 曜ちゃんもなかなか好反応。

 彼女の場合、千歌ちゃんの言うことに反対する姿は見たことないけど。


千歌「ね、梨子ちゃんもいいと思うでしょ」

梨子「う、うん」

 実際、お花見はいい案だと思う。

 特に代案も用意できないし、別れの演出にはピッタリ。

 反対する理由などないはずなの。

 個人的な、つまらないコンプレックスを除けば。


千歌「よーし、じゃあ決定ね! ルビィちゃんたちに伝えてくる!」

 千歌ちゃんは勢いよく部屋を飛び出して行く

 ああ、結局止められなかった。



曜「ふふっ、パワフルだね、千歌ちゃんは」

梨子「そうだね……」

曜「どうしたの。何か元気ないけど」

 目ざとく私の異変に気づく曜ちゃん。

 周りが良く見えているのは、何とも彼女らしい。


梨子「たいしたことじゃないの」

梨子「ただ、お花見はほとんどやったことないから、どんな感じなのかなって」

曜「へぇ、珍しい。東京でも桜は咲くよね」

梨子「でも人が凄い多くて。私そういうところ苦手だから……」

 ちゃんとしたお花見をしたことがないのは本当。

 桜が苦手なのはもちろん、どうしてもあの騒々しい空間が好きになれない。


曜「あー、確かに梨子ちゃんは苦手そうだよね、お酒の所為で結構絡まれたりするし」

梨子「曜ちゃんは平気なの?」

曜「私はもちろん――と言いたいところだけど、実は結構苦手だったり」

梨子「それは少し意外だね」

 お祭り的な雰囲気は好きそうなのに。


曜「むぅ。これでも曜ちゃんは結構繊細なんだよ」

 冗談めかして笑う曜ちゃん。


 知ってるよ、あなたがとても繊細な人だって。

 でもいつも周りに気を使っていることだから、人を否定する本音を話さない。

 きっと同じような考えの私だからこそ話した本音。

 それさえも冗談という包装をした上、彼女の人柄が表れている。




千歌「伝えてきた!」

 話している内に戻ってくる千歌ちゃん。


曜「千歌ちゃん、早いね」

千歌「ルビィちゃんたち、大賛成だって」

曜「やっぱりみんな、桜は大好きだもんね」

千歌「でも花丸ちゃんは、真っ先に『お弁当楽しみずら~』って言ってたよ!」

曜「あはは、花より団子なんだね」

 そう、普通はみんな、桜が好きなんだ。

 私みたいに苦手な人なんて、ほとんどいない。


千歌「場所はどうする?」

曜「うーん、公園とか、いくつか候補があるんだけど……」

千歌「とりあえず、見に行ってみようか」

曜「そうだね、梨子ちゃんへの沼津案内も兼ねて!」

梨子「いやいや、もうこっちにきて一年近く経つんだけど……」

千歌「まあいいじゃん、とにかく行こうよ!」



―――
――




千歌「わぁ、桜だ~!」

 満開の桜を前に、大はしゃぎする千歌ちゃんの姿。

梨子「桜の季節には少し早い気がするけど。もう結構咲いてるのね」

曜「ここの桜は早めに咲く品種だからね」

 そっか、桜にも色々な種類があるんだ。
 
 つまり、これの木は私と同じような存在かもしれない。

 他の人より早く花開き、その分早く散ってしまう、そんな存在。



千歌「曜ちゃん、ここにしよう!」

曜「駄目だよ、千歌ちゃん」

曜「送別会の時期にはここの桜は散っちゃってるから」

千歌「あー、そうだっけ」

 確かにそのとおり。
 
 今の状態で満開だと、送別会の頃には花は残っていないだろう。


曜「本命はもう少し先にある公園だよ」

千歌「あの広いところ」

曜「うん、そっちは結構広い割に人も少ないし、ちょうど桜が咲き乱れている時期に重なるはずだから」

千歌「あー、そういえばそうだったっけ」

曜「千歌ちゃんも何度か来てるはずだよ」

千歌「あはは――でももうちょっとここで桜を楽しもうよ!」

曜「そうだね、せっかく来たんだし」


 じゃれ合いながら桜の木の下ではしゃぐ二人。

 でも私は、その様子を離れた場所から見つめることしかできない。


千歌「おーい、梨子ちゃんもおいでよ」

梨子「わ、私はいいよ。ここで見てる方が」

千歌「えー、でも――」

曜「千歌ちゃん、無理言っちゃ駄目だよ」

千歌「でもつまらなくない?」

曜「ううん。遠くから桜を眺める、あれが大人の楽しみ方なんだよ」

千歌「な、なるほど、流石梨子ちゃん!」


 なにやらよく分からないけど、納得した千歌ちゃん。

 曜ちゃん、助けてくれたのかな。


曜「さて、そろそろ次に行こう。早くしないと日が暮れちゃうよ」

千歌「うん、そうだね!」

 


  ※




 届くコンクールの通知。

 私はそれを、中身も見ないでゴミ箱に捨ててしまう。

 以前の、Aqoursを優先して出るのを止めようと思った時とは違う。

 出たくないから、出ないんだ。


 ピアノは弾けるようになった、スランプでもないと思う。

 でも怖いの。

 これ以上、結果が出せない日々が続くのが。
 
 そして、それによってまた弾けなくなってしまうことが。


 千歌ちゃんに話したら、以前のように相談に乗ってくれるかな。

 でも前とは事情が違う。


 そうだ、曜ちゃんなら。

 飛び込みで大きな舞台を経験している彼女なら、いいアドバイスを貰えるかもしれない。


 ううん、でも駄目だよ、こんなこと話せない。

 変に話したら、心配されちゃう。

 自分で何とかしなきゃ。


 でも、辛いな。

 辞めた方がいいのかな、ピアノ。

 いっそ、新しい学校ではアイドルに専念してしまおうか。

 その方が、楽になれるかもしれない。




  ※




 送別会当日。


 色々な準備を済ませ、無事に開催することができた。

ダイヤ「本日はっ、このような場を設けていただきっ、まことに――」

 別れを意識したのか、感極まって言葉に詰まりながら挨拶を始めるダイヤさん。


ダイヤ「思えば四月、千歌さんと曜さんが無断で勧誘をしていたところから始まり――」

果南「ダイヤ、挨拶長いよ~」

鞠莉「早く乾杯しちゃいましょうよ」

 急かす三年生の二人もまた、目には涙が浮かんでいる。

 私を含めた、他のメンバーもそう。

 Aqours全員で揃う、最後かもしれない機会。

 感情的になるなという方が難しいのかもしれない。


ダイヤ「私たちが再びスクールアイドルとして舞台に立ち、ラブライブの優勝まで成し遂げるとは――」

 しかし、本当に長い、ダイヤさんの話。

 いくら時間があっても語りつくせない、それは分かるけど。

ダイヤ「あぁ、何よりもルビィです。可愛い妹と共に活動する、こんな素晴らしいことが――」

 駄目だ、話が脱線してきた。

 完全に悪い癖が出ている。


ダイヤ「そしてルビィの可愛さといえば――」

曜「はいはい、みなさんコップを持って~」

 見かねたのか、横から乱入する曜ちゃん、ナイス。


ダイヤ「ちょっと曜さん、まだ話の途中ですわよ」

曜「まあまあ、ルビィちゃんの件は後でちゃんと聞きますから」

ダイヤ「あらそうですか、ならいいのですが」

 納得して、あっさり引き下がるダイヤさん。

 最初はともかく、最後は妹自慢がしたかっただけなのね。


曜「じゃあ千歌ちゃん、始めちゃって」

千歌「うん――じゃあ三年生の門出を祝って――乾杯!」



「「「乾杯!」」」




―――
――





ダイヤ「見なさい、この写真のルビィの可愛らしさ!」

ダイヤ「ほかに類を見ない、奇跡の一枚です!」

花丸「流石ダイヤさん、でもマルの写真を見るずら」

花丸「中学の時にたまたま撮れた、誰にも見せてたことのない秘蔵の一枚だよ」

ダイヤ「こ、これは、やりますね、花丸さん」

曜「あ、あはは」



鞠莉「ヘイ善子、ルビィ、こっちにいらっしゃい」

善子「な、なによ」

ルビィ「うゅ?」

鞠莉「マリーはね、少しセンチメンタルな気分なのよ」

鞠莉「だからこうやってプリティな二人をギューと抱きしめたかったの!」

善子「ちょ、痛いわよ」

ルビィ「ま、鞠莉ちゃん」



果南「ついに千歌や曜とも離れ離れになっちゃうんだね」

千歌「ずっと一緒だったもんね、私たち」

果南「寂しくなるね、流石に」

千歌「本当だよ、果南ちゃんはずっと内浦に居ると思ってたのに、まさか海外なんて」

果南「本格的にダイビングを学ぶには、ここじゃ難しいからね」

千歌「でも、帰ってくるんだよね」

果南「うん」

千歌「帰ってきたら、また一緒に居られる。ずっと一緒に」

果南「っ、千歌」

千歌「ちょ、ちょっと果南ちゃん、泣かないでよ」


 
 各々が別れを惜しみつつ、楽しそうに語り合っている。

 三年生なんて、当然お酒は入っていないはずなのに、酔っ払いみたいになってる。


 だけど私は、さっきからその輪の中に入れていない。

 私も楽しい、楽しいはずなのに、徐々に笑顔を維持するのが難しくなる。

 駄目だ、こんな門出の席なのに――



曜「あー、疲れた」

 フラフラとやってきて、私の隣にバタリと倒れ込む曜ちゃん。

曜「ダイヤさんと花丸ちゃんのルビィちゃん談義、レベルが高すぎてついていけないよ……」

梨子「あはは……、お疲れ様」

 今なんてルビィちゃんの半生について語り出してるし。


曜「でも楽しいけどね、こうやってみんなでわいわいやるのも」

梨子「うん、そうだね」

曜「梨子ちゃんも、ちゃんと楽しんでる?」

梨子「う、うん、もちろんだよ」

 口ではそう言いながらも、目を逸らしてしまう。

 駄目だ、これじゃあ全然楽しそうじゃない。

 どうして私はこう、分かりやすい行動を取ってしまうんだろう。


曜「……ねえ、梨子ちゃん、こっそり抜けだちゃおうよ」

梨子「え、でも」

曜「私さ、少しリフレッシュしたくなったんだけど、一人じゃ気まずいから、付き合ってよ」

 しまった、気を使わせちゃったかな。

 でもせっかくの好意、ありがたく受け取ってもいいよね。


梨子「じゃあ、ちょっとだけね」





 公園の外に出ると、一気に人の数が減って、静かになる。


曜「あー、流石にスッキリするね」

梨子「うん、そうだね」

曜「およ、梨子ちゃんもずいぶん顔色よくなったね」

梨子「私、顔色悪かったの?」

曜「うん、やっぱり人混みが辛かった?」

梨子「ううんそうじゃないけど……」

曜「けど?」

梨子「ちょっと、桜で疲れたというか」


曜「もしかして梨子ちゃん、桜は苦手?」

 変な言い方だったけど、曜ちゃんはちゃんと意図を拾ってくれる。

梨子「……そうだね、あんまり好きじゃない」

曜「どうして?」

梨子「簡単に散っちゃって、儚すぎるから」

曜「それが桜の良さじゃない?」

梨子「曜ちゃんは、桜が好きなの?」


曜「そうだね。私は桜、好きだよ」

 真剣な顔で、私をまっすぐ見据えてる曜ちゃん。

 その仕草と言葉に、ドキッとする。


梨子「それ、告白みたいね」

曜「あはは、桜内さんだもんね」

曜「ピッタリだよね、桜みたいに可愛らしい梨子ちゃんに」

 可愛い、そんな風に言ってくれるなんて、嬉しいな。

 でも――
 

梨子「ううん、そんなことない」

梨子「確かに、咲いている桜はとても綺麗」

梨子「でも私は、もう散った桜なの」

曜「散った桜?」


梨子「最近、ピアノで結果が出ないの」

梨子「立ち直れているはずだし、成長した自信もある」

梨子「でもピアニストに必要な、大切な何かが戻ってこない」

梨子「一度、散ってしまって、もう花を咲かせることがない桜のように、元には戻れないの」

 駄目だなぁ、私。

 隠しておこうと思ったのに、結局話してる。


曜「梨子ちゃん……」

 曜ちゃん、凄く心配そうな顔をしてる。

 せっかく大切なお別れの日なのに、変な気分にさせて、申し訳ない。

梨子「ごめん、今のは忘れ――」


曜「梨子ちゃん、ちょっと走らない?」

 曜ちゃんが、訂正しようとした私の言葉を遮る。


梨子「えっ、何で急に――」

曜「いいから、行こう!」

 曜ちゃんが手を引いて走り出す。

 その勢いに抵抗できず、私はただ一緒に走ることしかできない。





「着いた!}

「ここは――」

 少し走って、やってきたのはお花見の場所を決める時に桜が満開だった公園。

 もうこの時期は花が散っているって言ってたはずの――


梨子「わぁ……」

 一面に広がる、鮮やかな新緑。

 爽やかで、青々とした、美しい木々。


梨子「これ、葉桜?」

曜「うん、そうだよ」

 何気なく、目にすることはあった。

 でもこんな風に、しっかりと、美しい状態の葉桜を観るのは初めて。


曜「みんなね、花が散ったら桜に関心を示さなくなる」

曜「だからその後は木に見向きもしない、勝手に綺麗じゃないと思い込んでる」

曜「でもね、本当は葉桜だって、花が散った桜だって、こんなに綺麗なんだよ」

 本当に綺麗、知らなかった、こんな素敵な桜の姿が存在したなんて。


曜「私はね、ピンクの花びらも素敵だと思うけど、散った後の方が好きなんだ」

曜「綺麗な緑色の葉桜は、違った美しさを持っている」

曜「桜の花が散った後じゃないと見られない、特別な美しさを」

梨子「散らないと見られない、特別な、美しさ」


曜「梨子ちゃんはピアノっていう花びらを散らせてしまったかもしれない」

曜「でもそのおかげで、スクールアイドルや大切な仲間っていう、綺麗な葉桜を手に入れた」

曜「散ったからこそ手に入れてた、素晴らしいもの、たくさんあるでしょ」

 そうだ、いま私が手にしているAqoursのみんなとの絆や幸せ。

 昔の私には無かった、特別な輝き。

 Aqoursの曲や、『海に還るもの』も、挫折がなければ手にできなかった。
 


曜「もちろん葉桜も、いつかは散る」

曜「でもまた時間が経てば、それを糧に綺麗な花を咲かせるよ」

曜「大丈夫、一度散ったからお終いなんてことは、絶対にないから」

曜「今はスクールアイドルと両立してるんだから、結果が出なくても当たり前」

曜「いつか戻れる――いや、凄いピアニストになれるよ、梨子ちゃんは」

 笑顔で手を握られる。

 ズルいな、この顔。

 何ら根拠ない預言のはずなのに、信じずにはいられなくなる。



梨子「……曜ちゃん、知ってたの?」

曜「なにを?」

梨子「私が、ピアノで悩んでること」


曜「ううん、知らなかったよ」

曜「ただ、梨子ちゃんが元気なさそうだったから、励ませないかなって」

曜「大好きな梨子ちゃんの、助けになりたかったから」

 大好きなんて、さりげなく言わないでよ。

 そんなこと言われたら、私は――



梨子「……ありがとう」

梨子「おかげで少し、桜が好きになれた」

梨子「自分の名前が、好きになれた」

曜「そっか、良かった」



梨子「そろそろ戻ろっか。結構時間も経ったから」

曜「あ、そうだね。あんまり離れてると悪いもんね」

曜「よーし、花見会場に向かって全速前進だね!」

 楽しそうに走り出す曜ちゃんと、後を追う私。




 去り際、もう一度だけ葉桜を見つめる。

 綺麗な緑、これが今の私。



 ありがとう、曜ちゃん。

 お陰で好きなものが増えたよ。


 
 桜と自分の苗字。

 
 そして――
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2018年5月26日
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