【SS】絵里「笑わない王女」

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絵里-アイキャッチ15
1: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/28(日) 23:51:56.80 ID:Q1tVqbpN.net
私のおばあさまのふるさと、ロシア。
おばあさまはよく、幼い私にロシアのおとぎ話をきかせてくれた。
そのなかのひとつに、こんな話がある。

元スレ: 【SS】絵里「笑わない王女」

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3: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/28(日) 23:52:51.33 ID:Q1tVqbpN.net
五行でわかるロシア民謡「笑わない王女」

(1)むかしむかし、あるところに、ちっとも笑わない王女さまがいた。
(2)心配した王さまは、王女を笑わせたものに王女との結婚を認めるというおふれを出した。
(3)しかし、誰も王女を笑わせることができなかった。
(4)ところがある日、泥の中でずっこけた若者を見て、王女さまは、ついに笑った。
(5)ハラショー。

一行ほど無駄にした気がするが、あらすじは概ねこの通りだ。
かしこい私にかかれば、要約など、いともたやすい。
(注:ポンコツハラショー女の解説に不満な人は、お手数ですがご自分で調べてみてください)
5: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/28(日) 23:53:57.48 ID:Q1tVqbpN.net
幼い私は、おばあさまに訊いたことがある。

「どうして転んだ人を見て笑うの?
 転ぶのは、かわいそうなことで、ちっともおかしくなんかないじゃない」

おばあさまは、にっこり笑ってこう言った。

「エリーチカは、いい子だね。
 たしかに、ただ転ぶだけでは、かわいそうなだけだよね。
 それを笑うのは、お行儀のよくないことにちがいない。
 でも、優しいひとが転べば、お行儀のよい王女さまも、笑わせることができるのよ」

かしこさでブイブイ鳴らした当時の私でさえも、おばあさまの言っていることはよく分からなかった。
さらにかしこくなった今でも、まだ分からないままだ。
6: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/28(日) 23:55:50.98 ID:Q1tVqbpN.net
【昼休み、屋上】

希  「絢瀬さん、みて!
    今から東條希の、指人形劇場、はじまりまーす」

希(裏声)「おいタコ、おめえ仕事もしねえで、昼間からなに油売ってんだよ。
      ついに印刷工場も、おまんまの食い上げってわけだ」

希(裏声)「てやんでえ、べらんめえ、この葛飾柴又、
      景気の悪いときなんざ、あるわけねえってえの。
      寅、あんたのほうこそ、またフラれて、傷心の里帰りってわけかい」

希(裏声)「はあー、やだねえ。
      タコさん、あんたが恋を語るなんて、冗談は顔だけにしときなよ」

希(裏声)「ちくしょう、寅!
      今日という今日はがまんならねえ!」

絵里 「……」
7: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/28(日) 23:56:17.28 ID:Q1tVqbpN.net
最近、クラスメートの東條さんは、指人形で「男はつらいよ」ごっこをするのにハマっている。
虎の指人形が寅さん。
蛸の指人形がタコ社長。
お弁当そっちのけで、東條さんは何がしたいのだろう?
8: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/28(日) 23:56:56.01 ID:Q1tVqbpN.net
希  「絢瀬さん、どう?
    おもしろい?」

絵里 「そうね。面白いと思うわ。
    ところで東條さん、はやくお弁当を食べないと、昼休み終わっちゃうわよ。
    私はもう食べ終わっちゃったわ」

希  「そっかー。じゃあ今日はこのへんにしとこうかな。
    明日はついに、タコ社長の逆襲がはじまるから、楽しみにしといてね、寅さん」

絵里 「……そいつぁ楽しみだねえ、タコ社長」
10: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/28(日) 23:58:19.25 ID:Q1tVqbpN.net
【その夜、絢瀬家、絵里の部屋】

絵里 「ていうことが今日、あったのよ。
    ねえ亜里沙、東條さんは、どうしてタコ社長ごっこをしてくるのかしら?」

亜里沙「お姉ちゃん、亜里沙にはよくわかんないけど、
    東條さんは、タコさんになってお姉ちゃんを笑わせようとしてるんじゃないかな?」

絵里 「笑わせる? フフフ、へんなこと言うのね、亜里沙。
    私はちゃんと笑えるわよ。
    わざわざそこまでしてもらわなくても」

亜里沙「うーん、でもね。
    何ていうのかな、こう、トコロテンの底から笑ってない感じがするの」
11: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/28(日) 23:59:26.80 ID:Q1tVqbpN.net
絵里 「トコロテンじゃなくて、心から、ね。
    難しい言い回しを覚えてくれてお姉ちゃん嬉しいけど、ちゃんと覚えないと、笑われちゃうわよ。
    それはそうと、私そんなに冷たい感じがするかな?」

亜里沙「亜里沙はちゃんと、お姉ちゃんが優しいこと、知ってるよ。
    たぶんお姉ちゃんの友達の、タコさんも、知ってると思う。
    でも、表情だけ見ても、それがよくわかんないの。
    お姉ちゃん、笑うとき、少し顔がこわばってるもの。
    まるで、猛吹雪の日に外に出て、顔が固まっちゃったハラショーな人みたいに」
12: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 00:00:21.97 ID:Q1tVqbpN.net
絵里 「タコさんじゃなくて、東條さん、ね。
    しかしそうか、私、そんなに厳めしい感じがするのか」

亜里沙「イカめし?
    お姉ちゃん、口からごはんを詰め込まれて、醤油で煮染められちゃうの?」

絵里 「ええと、”いかめしい”っていうのは、厳しくて、まじめで、かたくるしくて……
    そうそう、おばあさまから聞いたおとぎ話を思い浮かべてごらんなさい。
    氷のように冷たい、あの笑わない王女みたいな人のことよ」

亜里沙「えー、お姉ちゃん、笑わない王女さまなの?
    どうしてトコロテンの底から、アハハって笑わないの?」

絵里 「ペンペン草のためかな」

亜里沙「テングサ? 亜里沙、テングサなら知ってるよ!
    トコロテンはテングサからできるんだよね!」
13: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 00:01:26.57 ID:o2dD61S6.net
絵里 「亜里沙、私が知らないうちに、ずいぶんトコロテンに詳しくなったのね……
    でも私が言いたいのは、ペンペン草よ。
    ペンペン草っていうのは、よく道ばたに生えてる、白いお花のついた雑草。
    ナズナともいうわね」

亜里沙「そのペンペン草が、どうしたの?」

絵里 「私の心の底にも、生えてるのよ。
    ……さあ、この話はこれでおしまい。
    もう遅いから、亜里沙はもう寝なさい。おやすみ」

亜里沙「うん、おやすみ!
   (ハラショー……
    よくわかんないけど、お姉ちゃんはトコロテンの底にテングサの生えたイカめしだったんだ。
    それで、お友達はタコの社長さんなんだ。
    この事態が意味するところについては、おふとんの中でゆっくり考えよう)」
14: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 00:02:14.60 ID:o2dD61S6.net
亜里沙が自室に戻ってから、私は亜里沙から言われたことを反芻した。
「トコロテンの底から笑っていない感じがする」か。

確かに私は、もうずいぶん長いこと、トコロテン……じゃなかった、心の底から笑ってもいないし、泣いてもいない。
かつて、バレエのコンクールで優勝できなかったとき、私は泣いた。
それまで私は、じぶんは何でもできるし、何にでもなれると思っていた。
しかし私は、どうやらプリマドンナにはなれないらしい。
それが情けなくて、悲しかった。
私はひたすら泣いた。
心の底が、ガタガタ揺れるほどに。
15: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 00:02:49.54 ID:o2dD61S6.net
夢みる子どもの心の底には、ペンペン草みたいな小さな花が咲いている。
プリマドンナに憧れる私の心の底にも、ペンペン草が咲いていた。
ペンペン草ではあまりにロマンティックすぎるなら、コケでもキノコでもよい。
とにかく、何かしら生えているのだ。
そしてこのペンペン草(あるいはコケ、キノコ)は、とても脆い。
ガラスのように脆い。
16: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 00:04:15.17 ID:o2dD61S6.net
心の底から泣いていたら、このガラスのペンペン草は、割れてしまうかもしれない。
幼い私は、怖くなって、泣くのをやめた。
プリマドンナになるという憧れが叶わないのだとしても、せめてその憧れだけは、残しておきたい。
だから私は、小さなガラスの憧れが芽生えている心の中を、できるだけ揺らさないようにつとめることにした。
私は心の底から泣くのをやめた。
私は心の底から笑うのもやめた。
亜里沙がいみじくも見抜いたように、私は厳めしい女になったのだ。
これもすべて、私の心の中にあるガラスの花園(まだペンペン草しか生えていないけど)を守るためなのだ。
18: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 00:05:39.83 ID:o2dD61S6.net
【翌日、中学校】

亜里沙「ねえ雪穂、オトノキ坂学院って、すごいとこなんだね!」

雪穂 「そうかな、歴史とか?」

亜里沙「それだけじゃないよ!
    お姉ちゃんが入ったセート会っていう秘密組織にはね、怪人タコ社長っていうボスがいるの。
    それで、そのひとによって、お姉ちゃんは怪人イカめし女に改造されてしまったの」

雪穂 「なにそれ、オトノキ坂ってそんなヤバいとこなの?」

亜里沙「それでね、イカめし女のおなかの中には、ごはんだけじゃなくてトコロテンがつめこまれててね、
    そこからテングサがもしゃもしゃと生えてきてるの」

雪穂 「え? え?
    亜里沙のお姉さん、病院に行かなくていいの?」
19: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 00:07:35.00 ID:o2dD61S6.net
【音ノ木坂学院、屋上。弁当を食べるタコ社長とイカめし女】

希(裏声)「寅、昨日はあんなこと言っちまったが、まあケンカはやめよう。
      そうカッカしてると、ゆでダコになっちまうからな。
      ケンカはこれくらいにしといて、おれのつくったタコさんウィンナーでも食べておくれよ」

絵里 「?」

希(裏声) 「はい、寅さん、あーん」

絵里(裏声)「もぐもぐ……
       おっ、このタコ、とんでもなくうめえじゃねえか。
       ありがとよ、ごちそうさん」

希 (絢瀬さん、だんだんノリがよくなってきたけど、まだ心の底から笑ってる感じじゃないなあ。
   江戸っ子のお笑いは好みじゃないのかな。
   上方のお笑いのほうが、好きなのかな。
   私、エセ関西弁の練習、してみようかなあ)
20: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 00:10:24.05 ID:o2dD61S6.net
東條さんと私は、少しずつ仲良くなっている。
これまで心ゆるせる友人のいなかった私には、とてもうれしいことだ。
しかし今でも、若干のぎこちなさを感じることがある。
そのぎこちなさの理由は、女子高生が「男はつらいよ」ごっこをしながらイチャついていることでは(たぶん)ない。
たぶん、私のせいだ。
私がガラスのペンペン草の園の扉を、かたくなに閉ざしているせいだ。
さて、どうしたもんかねえ、社長。

※ごめんなさい、こんな感じでつづきます。
 タコ社長とイカめし女の運命やいかに。
31: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 02:30:45.46 ID:o2dD61S6.net
東條さんにはじめて声をかけられたのは、入学してまもない一年生の春。
階段の踊り場で、私は彼女に呼びとめられた。
なぜ彼女は、顔にペンペン草すら生やしていないブッキラボーな私に話しかけてくれたのだろう。
はじめのうち、私にはその理由が分からなかった。
32: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 02:32:04.08 ID:o2dD61S6.net
彼女は私と違って、よく笑う。よく冗談も言う。
私はロシアの永久凍土。
彼女はロシア悲願の不凍港。
しかし私は、彼女と生徒会の仕事をともにしたり、「男はつらいよ」ごっこをしたりするうちに、だんだん気がついてきた。
彼女もやはり、心の奥に、ガラス細工のペンペン草を隠しているのだ。
彼女の浮かべる優しい微笑みも、やはり心の底からのものではないのかもしれない。
浮かべる表情は違っても、胸に秘めごとを抱いているという点で、私たちは似た者どうしだったのだ。
33: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 02:33:31.31 ID:o2dD61S6.net
【絢瀬家、絵里の部屋】

絵里 「それでね、今日の東條さんときたら、そりゃもうステキで……」

亜里沙「お姉ちゃん、東條さんのことがすごく好きなんだね!
    最近いつも、東條さんのことばっかり亜里沙に教えてくれるんだもの。
    ねえお姉ちゃん、そろそろ社長のこと、名前で読んであげればいいのに」

絵里 「うーん。私もそうすべきだとは思っているんだけど。
    でも、怖いの」
34: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 02:34:37.75 ID:o2dD61S6.net
亜里沙「怖い?
    やっぱりお姉ちゃん、タコ社長に改造されて、悪いことさせられてるの?」

絵里 「うふふ。違うわよ。
    社長はすごく優しいんだから。
    だから……怖いのよ。
    お人好しの社長は、いつも私を支えてくれるの。
    私が生徒会に入るって言ったとき、社長は『私にも手伝わせてもらっていい?』って、言ってくれた。
    たぶん、これ以上踏み込んだら、私はもっと社長からの援助をもらうことになってしまう。
    それが彼女の負担になってしまうのが、怖いの」
35: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 02:35:11.76 ID:o2dD61S6.net
亜里沙「お友達なのに、怖いの?」

絵里 「そうね、そんなのおかしいわよね。
    結局、臆病なだけなんだわ。私が……
    ごめんね亜里沙、こんな話、難しいわよね。
    さあ、もう遅いから、おやすみなさい」

亜里沙「はーい。
    お姉ちゃん、おやすみ!
   (亜里沙にはまだ難しい、オトナの世界があるみたいだ。明日雪穂に訊いてみよう)」
36: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 02:36:43.15 ID:o2dD61S6.net
【翌日、中学校】

亜里沙「それでね、お姉ちゃん、シャチョーっていうお友達がいるの。
    シャチョーはいつもお姉ちゃんのことをエンジョしてくれるんだって。
    お姉ちゃんは、そのエンジョが嬉しいけど、怖くもあるみたいで……
    オトナの話だから、亜里沙にはまだ難しいって言われちゃった」

雪穂 「ええ? 
    えーと……親御さんはそのこと、知ってるの?
   (これ、援助交際ってヤツじゃないのかな)」

亜里沙「うん。もちろん。
    晩ごはんのときにも、ときどきお姉ちゃん、社長とのランチのことを楽しそうに話すの。
    ランチのあとは、ふたりでいっしょに……」

雪穂 「わああ!それ以上言わなくていい!
    私たちコドモには、まだ早いよ、そういう話!
   (なんつー家庭だ、なんつー学院だ……オソロシ坂学院だ……)」

亜里沙「うん、そうだね!
   (お弁当のあとに指人形ごっこをするのは、そんなにアダルトなことなのかな)」
37: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 02:38:00.55 ID:o2dD61S6.net
【同日、オソロシ坂学院。屋上で指人形ごっこをする二人】

希  「それでは昨日のつづきから始めようか、絢瀬さん」

絵里(裏声)「タコ社長、いけねえ、おれはもう行くとするよ」

希 (裏声)「おい寅、それじゃあ『行けねえ』のか『行く』のかわからねえよ」

絵里(裏声)「まどろっこしいことを言うなィ。
       旅がおれを呼んでいるんでい。
       月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり、と、小林一茶もこう言ってらぁね」

希 (裏声)「寅、それは一茶じゃねえ、芭蕉だよ。
       おめえみてえな学のねえのが、気どったことを言うから恥をさらすことになるんだよ。
       旅の恥はかき捨てなんていうけど、どうか旅先じゃあ人様に迷惑かけるんじゃねえよ。
       それと、カラダにはくれぐれも気をつけてな。
       行ってこいよ」
38: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 02:40:09.29 ID:o2dD61S6.net
絵里(涙声)「タコ……」

希 (涙声)「寅、最後におれの作ったスイーツを食べていきな」

絵里(地声)「ホント? 今日はなに?」

希 (地声)「秋だから、マロングラッセだよ。
       うまくできたか、わからないけど……」

絵里(裏声)「わーい!
       ええと…エヘン。
       嬉しいじゃあねえか、タコ社長。
       あんたの作ったマロングラッセ、食わしてもらえるなんてよォ。
       お礼といっちゃあ何だが、おれの作ったカボチャプリンも、ひとつどうだい」

希 (裏声)「わーい!
       ええと…エヘン。
       おれァ嬉しいぜ、寅。
       別れ際にスイーツたぁ、小洒落てるじゃねえか。
       それじゃさっそく、いつもみたいに、食べさせあいっこといこうじゃねえか」
39: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 02:41:33.23 ID:o2dD61S6.net
絵里(裏声)「まってくれ、社長。
       嬉しいついでに、ひとつお願いがあるんだが……
       あんたのこと、下の名前で呼んでもいいかなあ」

希 (裏声)「(えーと、タコ社長の本名は、桂梅太郎だったかな。たしか)
       おう、梅太郎でも、梅公でも、なんなりと……」

絵里(地声)「のぞみ!」

希 (地声)「絢瀬さん!
       ありがとう……私も絢瀬さんのこと、絵里、ううん、エリチって呼んでもいい?」

絵里(裏声)「あたりめえよ。
       エリチたぁ、嬉しい愛称じゃねえか。ありがとうよ。
       さて、ごめんよ、話の腰を折っちまって。
       それじゃさっそく、いただこうか。」
       タコ社長……じゃなかった、希。
       はい。あーん」

希 (裏声)「寅さん……じゃなかった、エリチ。
       はい。あーん」
40: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 02:42:02.74 ID:o2dD61S6.net
やった。
芝居にかこつけて、ついに社長を下の名前で呼ぶことに成功した。
社長からも愛称で呼んでもらえるようになるなんて、私は幸せ者だ。
しかし芝居に入れこみすぎた希と私は、ずいぶん前から屋上のドアが開いているのに気づかなかった。
気づいたころには、隣のクラスの矢澤さんが、あきれた顔で遠くから私たちを眺めていた。

にこ 「なんつーハイレベルなプレイをしてんのよ」
41: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 02:44:02.15 ID:o2dD61S6.net
矢澤さんに事情を説明するのには、ずいぶん時間がかかった。
寅さん×タコ社長プレイは、いつものランチのレクリエーションであって、別にいかがわしいランデ・ヴーではないということ。
私たちはただのなかよし生徒会役員コンビであり、特殊な性癖はもちあわせていないということ。
私たちの真意が伝わったかどうか、はなはだ疑わしい。
というのも、当の私たちにも、この遊びの真意がよく分かっていないからだ。
結局、「男はつらいよ」のつらさの何たるかは、男じゃなければわからねえということか、なあ社長。

矢澤さんは、「まーどうでもいいわ」と言いながら、手づくりらしい可愛らしいお弁当を広げ、遠くに座った。
42: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 02:46:02.32 ID:o2dD61S6.net
絵里 「矢澤さん、いつもはとなりのクラスで食べていた気がするけど、めずらしいわね。
    何かあったの?」

希  「答えなくても、別にいいよ。
    でも、よかったら、こっちに来て一緒に食べない?」

にこ 「ふん!おことわりよ!
    ていうか、話しかけてこないでよ」

生徒会役員である希と私には分かっていた。
最近、相次いで矢澤さんのアイドル研究部から退部者が出ている。
きっと自分のクラスでお昼を食べるのは、いろいろつらいことがあるのだろう。
不器用で不愛想な私に、言ってあげられることはほとんどない。
しかし私は意を決し、希と目くばせしつつ、そっぽを向いた矢澤さんに再び話しかけた。
43: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 02:47:39.25 ID:o2dD61S6.net
絵里(裏声)「さくら、まあそうツンケンするなィ。
       こっちに来て、一緒にスイーツを食わねえか」

希 (裏声)「さくらちゃん、寅の言うとおりだよ。
       弁当はみんなで食うにかぎるよ。
       そんなにふくれないで、さくらちゃんの可愛い顔、こっちに向けておくれよ」

にこ 「うっさいわね! 
    私は寅次郎の異母妹であるところのさくらじゃない、にこよ!
    だいたい『男はつらいよ』の世界観にマロングラッセとカボチャプリンを持ち込んでんじゃないわよ!
    やるならもっとこう、マジメに下町の情緒を表現しなさいよ!」

天性のツッコミ気質である矢澤さんは、希と私の不可解なお茶会を等閑視できないらしかった。
彼女は、ノリで演じていた希と私よりも、「男はつらいよ」に詳しかったのだ。
44: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 02:51:06.08 ID:o2dD61S6.net
そんなわけで、なし崩し的に、さくら(演:矢澤にこ)が一緒にお昼を食べてくれることになった。
タコと寅は、さくらの事情については深く尋ねなかった。
さくらも、タコと寅の心の中にさぐりを入れることはなかった。
おそらく私たち三人は、互いの心の中が、ガラス細工のように脆いことに、互いに気づいていたのだ。
ガラスのペンペン草を隠したままのお茶会は、私たちが二年生になっても続いた。
49: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 05:55:42.33 ID:o2dD61S6.net
【絢瀬家、絵里の部屋】

絵里 「それでね、今日はにこがこんな可愛いことを言って……」

亜里沙「お姉ちゃん、二年生になっても楽しそうだね。
    希さんとにこさんと、とってもなかよしなんだね!」

絵里 「そうね。もう下の名前で呼ぶようになって、ずいぶんたつし。
    でもまだ、探り合いながらおしゃべりしてるだけかもしれない。
    本心も打ち明けられるようになるには、もうしばらくかかりそう」

亜里沙「干し芋ぶちまける?」
50: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 05:57:58.16 ID:o2dD61S6.net
絵里 「本心を打ち明ける、よ。亜里沙。
    でもまあ、本心っていうのは、開けっぴろげにしたままにする必要はないのよ。
    打ち明けてもらえなくても、想像することはできるし」

亜里沙「ぶちまけてもらえなくても、干し芋を創造することができるの?
    あれって見かけによらず、買うとけっこう高いんだよね!」

絵里 「(なんか噛み合ってない気がするけど、まあいいか)
    そうね、たとえば、にこのアイドル研究部は、少しずつ部員が減ってきてるの。
    でもにこは、『ひとりでもいいんだ』って言って、強がってるわ。
    でもたぶん、本心では、アイドルを一緒にやってくれる仲間を求めてると思う。
    心をゆるせる仲間は、やっぱり欲しいものなのよ」

亜里沙「(にこさんの心をゆるせる仲間は、やっぱり干し芋なのか)
    でもお姉ちゃん、にこさんのお友達なら、アイドル研究部に入ったら楽しいんじゃないかな」
51: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 05:59:22.85 ID:o2dD61S6.net
絵里 「楽しいだけじゃだめなのよ。
    にこにはにこの目標があるように、私には私の目標があるの。
    私、この秋に、生徒会長に立候補するつもり。
    そのためには、今の生徒会の仕事と、学業を、しっかりこなさないと。
    それが私のやらなきゃいけないことなんだから。
    私は確かに踊るのが好きよ。
    でも、やらなきゃいけないことのためなら、私はやりたいことを我慢する」

亜里沙「ヤラナキャイケナイことっていうのは、やりたいこととは違うの?」

絵里 「一致する人もいるし、ずれる人もいるわね。
    一致する人は、にこ。
    ずれてる人は、私よ。
    やりたいことを続けると決めた人は、やりたいことが、同時に、やらなくちゃいけないことになる。
    やりたいことをあきらめた人は、やりたいこととは別のことを、やらなくちゃいけないことになる」
52: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 06:00:23.99 ID:o2dD61S6.net
亜里沙「にこさんは、何をあきらめてないの?
    お姉ちゃんは、何をあきらめたの?」

絵里 「にこは、アイドルになることをあきらめてないわ。
    私は、プリマドンナになることをあきらめたけど」

亜里沙「なんであきらめちゃったの?
    お姉ちゃん、あんなにバレエがうまくて、あんなにいろいろなコンクールで入賞したのに!
    それにあんなに頑張ってたのに……あきらめるのは、ツラいでしょ?」

絵里 「そうね。とっても辛いわ。
    でも、あきらめないことも、それと同じくらい辛いか、あるいはもっと辛いかもしれない。
    それは、にこを見てたら分かるわ。
    結局私とにこは、似た者同士なのよ」
53: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 06:01:30.50 ID:o2dD61S6.net
亜里沙「煮た者どうし?
    いったい何を煮たの?」

絵里 「何かに憧れてること、かしらね。
    こんなこと言うのは、恥ずかしいものね」

亜里沙「(コンニャクというのは、恥ずかし芋の根?
    よく分からないけど、にこさんとお姉ちゃんはそれを一緒に煮たのか)
    希さんも、煮てるの?」
54: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 06:02:43.68 ID:o2dD61S6.net
絵里 「ええ、似てるわね。
    やっぱり希も、何かに憧れてるの」

亜里沙「じゃあ希さんは、何に憧れてるの?」

亜里沙のこの質問に、私は答えられなかった。
希は生徒会で、私をずっと支えてくれている。
それだけではない。
希は、にこのことも支えている。
アイドル研究部をやめる部員たちとにこの仲介。
アイドル研究部に興味がありそうな生徒の勧誘。
にこや私にはできないデリケートな人間関係の処理に、彼女は力を尽くしている。
そこまでして私たちを支えて、彼女はどんな見返りを求めているのだろう?
彼女を突き動かしているのは、どんな憧れなのだろう?
55: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 06:05:05.86 ID:o2dD61S6.net
【翌日、中学校】

亜里沙「お姉ちゃんとお姉ちゃんのお友達はね、干し芋を創造してるの。
    でも干し芋をぶちまけるまでには、もうしばらくかかりそうだって」

雪穂 「創造? 干し芋を一から作る……農作業してるってことかな?
    でもなんで、創造してぶちまける必要があるの?」

亜里沙「お姉ちゃんの友達のにこさんっていう人はね、
    心をゆるせる仲間が干し芋なんだって!」

雪穂 「え? お友達は亜里沙のお姉さんたちじゃないの?
    お友達より干し芋が大事なの?」

亜里沙「うーん、そういうわけではないみたい。
    だって三人で、何か煮てるって言ってたし」

雪穂 「煮てる?何を煮てるの?」

亜里沙「恥ずかし芋の根」

雪穂 「ええ、何それ!
    恥ずかし芋なんて、聞いたことないよ!
    恥ずかし芋の根を煮ると、何ができるの?」

亜里沙「コンニャクだよ。
    だってお姉ちゃん言ってたもん。
   『コンニャクというのは、恥ずかし芋の根』って。
    お姉ちゃん、生徒会長めざしてるくらいアタマがいいんだから、間違いないよ」

雪穂 「干し芋はどこにいったんだよ!」
56: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 06:05:55.01 ID:o2dD61S6.net
【音ノ木坂学院、屋上】

希  「ねえ、にこっち。
    一年生に、高坂さんっていうすごく元気な子がいるんだけど。
    その子、アイドル研究部に誘ってみない?」

にこ 「必要ないわ!
    私はひとりで、なんでもぜーんぶできるんだから!
    だからコーサカなんていうわけのわからない後輩の助けなんていらないの。
    だから、ほっといてちょうだい。
    希は、私に構うヒマがあったら、生徒会長候補の絵里の手伝いでもしたら」
57: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 06:07:03.10 ID:o2dD61S6.net
絵里 「うええ?
    私は、その、えーと、大丈夫よ。
    希、あなたはあなたのやりたいことをやればいいの。
    私はひとりで、ちゃんとできるから」

希  「にこっち、エリチ……
    私の助けなんて、いらないの?」

にこ 「わああ!そういうことじゃない!
    そうだ希、あんたヒマなら、アイドル研究部に入ってみない?
    あんたならきっと……」

希  「いや、私はそういう人前に立つの、向いてないよ。
    私は裏方で十分」
58: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 06:08:37.60 ID:o2dD61S6.net
にこも私も、お人好しの希から、見返りを求めない援助を受け取ることを拒み続けた。
彼女がやりたいことを明かしてくれない以上、にこも私も、彼女にあげるべきものを知らなかったからだ。
だから、にこと私は、希から逃げるように、バラバラに突っ走った。
昼休みのお茶会の雰囲気は、少しずつどんよりとしてきた。
「男はつらいよ」ごっこをしていた一年生の頃が、ずいぶん前のような気がする。
男もさぞかし辛かろうが、女もわりかし辛いんだよ、ねえ社長。
59: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 06:09:39.74 ID:o2dD61S6.net
【絢瀬家、絵里の部屋】

亜里沙「ねえお姉ちゃん。
    最近、トコロテンの底から笑ったこと、ある?」

絵里 「さあ、どうかしら。
    じぶんではよくわからないいわね。
    でもどうして、急にそんなことを訊くの?」

亜里沙「お姉ちゃん、最近、ミカンにしわをよせることが多くなったから」

絵里 「ミカンじゃなくて眉間、ね。
    そうかなあ、そんなに私、気難しい顔をしてるかな」

亜里沙「お姉ちゃん、もうすぐ選挙なんだよね。
    もしかして、緊張してる?」
60: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 06:11:28.57 ID:o2dD61S6.net
ロシア暮らしが長かったせいでときどきチグハグなことを言うが、亜里沙は鋭い。
私は、緊張すると、眉根を寄せる癖がある。
寅さんを演じることで柔らかくなった私の表情は、また氷の仮面に逆戻りしているのかもしれない。

亜里沙「ねえお姉ちゃん、希さんがなにをしたいか、分からないんだよね。
    亜里沙にももちろん、わからないよ。
    でもまずは、希さんは、お姉ちゃんのトコロテンの底からの笑顔が見たいんじゃないかな。
    タコの社長さんだったころからずっと、希さんは、それを望んでたんじゃないかな。
    お姉ちゃん、一回でも、そんな笑顔を見せてあげた?」

絵里 「……」

亜里沙「もし見せていないんなら、お姉ちゃんは、イカめし女のままだったことになるよ。
    おばあさまの話してくれたみたいな、笑わない王女さまのままでいいの?」
61: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 07:30:01.26 ID:o2dD61S6.net
【翌日、音ノ木坂学院】

結局、希にうまく笑いかけられないまま、生徒会役員選挙が近づいてきた。
私はプレッシャーでぺちゃんこになりそうだった。
ちょうど同じころ、アイドル研究部の退部者は続き、ついに部員はにこ一人になった。
彼女もおそらく、落胆でぺちゃんこになりそうだっただろう。
モチ巾着のようにぐったりしたにこと私を前にして、ある日、希が口にした。

希  「ウチ、副会長になるわ」
62: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 07:30:46.68 ID:o2dD61S6.net
絵里 「希、いま何て……」

希  「せやから、ウチが副会長になるて言うたんよ」

にこ 「いや、あんた何で中途半端な関西弁を……」

希  「神田明神に、大阪は難波から、漫才の神様が遊びに来とってん。
    せやから、エセ関西弁がしゃべりたいですーてお願いしたら、叶えてくれた!」

にこ 「もうちょっとまともな嘘をつきなさいよ!」

希  「スピリチュアルやろ」
63: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 07:31:24.60 ID:o2dD61S6.net
こうして、べらんめえ口調のタコ社長は、エセ関西弁の占い師へと変身をとげた。
難波に漫才の神様が住んでいるかはさておき、希はなぜエセ関西弁を喋るようになったのだろう。
にこと私のため、というのは、さすがに考えすぎかもしれない。
とはいえ、エセ関西弁のおかげで、ともすれば険悪になりがちなお茶会の雰囲気が和らいだのは事実だった。
64: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 07:32:18.99 ID:o2dD61S6.net
絵里 「それにしても、急に副会長になるだなんて……」

希  「まあ大丈夫でしょ、一年生のころからエリチと生徒会役員しとったし。
    それに副会長になったら、アイドル研究部のことも、もっと手伝えると思うよ」

にこ 「あんた、人前に立つの苦手なんでしょ?
    ほんとに大丈夫なの?」

希  「へーきへーき。
    さすがにアイドルをするのはまだ無理だけどね。
    このエセ関西弁があれば、人前でしゃべるくらい、なんも怖いことないもん」

絵里 「希、あなた……」

もちろん嬉しいことは嬉しいが、同時に私は気がかりだった。
にこと私を支えるためとはいっても、さすがにこれは、自己犠牲がすぎやしないか。
タコ社長が乗り移ったかのような希のお人好しぶりに、私は困惑した。
これまでは、にこと私が希の好意から逃げていた。
こんどは、希が、にこと私のお礼から逃げる番だった。
65: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 07:35:01.54 ID:o2dD61S6.net
選挙の結果、希と私は、晴れて生徒会副会長と会長になった。
希は副会長として、私を補佐しつつ、アイドル研究部の存続にも陰で尽力していた。

にこ 「あれ? アイドル研究部の部室、まだ使っていいの?
    部員は私しかいないのに」

希  「スピリチュアルやね」

にこ 「何でもかんでもスピリチュアルですましてんじゃないわよ!
    それじゃあ、まるで……」

まるで、希が何にもしていないみたいだ。
私は何にもしてへんよ。
これはよくわからんスピリチュアルな力のおかげ。
だから、お礼とか、別にそんなんいらないからね。
私には、希のそんな声が聞こえてくる気がした。
結局、希の真意を計り兼ねたまま、私たちは三年生になった。

※もう少しだけ、つづきます。
69: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 12:06:16.71 ID:o2dD61S6.net
※ 再開します。

三年生になったら、少し落ちついて希と上方漫才の練習でもしようと思っていたが、そうもいかなかった。
音ノ木坂が廃校になるという掲示をはじめて見たとき、私は思わず叫び、のけぞり、天を仰いだ。

絵里 「パマギーチェ(タスケテ)!」

希  「ん? エリチいま何て言うたん?
    うわあ、何やこれ」

しかしよく考えてみると、こういうときタスケテくれるのは、生徒会である。
生徒会でいちばん偉いのは、生徒会長である。
生徒会長は、私である。
よって、私は誰にも助けを求めず、じぶんの力でこの問題に立ち向かわねばならない。
いま考えるといろいろ飛躍した理屈なのだが、当時の私はそう考えて、ひとりで突っ走った。
70: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 12:07:52.46 ID:o2dD61S6.net
【絢瀬家、絵里の部屋】

絵里 「パマギーチェ(たすけて)!」

亜里沙「お姉ちゃん、そんな見境なく助けを求められても……」

絵里 「とにかく大変なのよ。
    てえへんだ、てえへんだ、というわけよ。
    このままじゃ音ノ木坂がなくなっちゃうの。
    私がどうにかしなくちゃいけないの」

亜里沙「それが、お姉ちゃんのやらなきゃいけないことなの?」

絵里 「そうね」

亜里沙「それをすると、どんないいことがあるの?」

絵里 「ペンペン草を守れるの」

亜里沙「?」
71: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 12:10:03.54 ID:o2dD61S6.net
絵里 「そろそろ亜里沙にも、教えていいころね。
    ねえ亜里沙、私たちの心の底には、ガラスでできたペンペン草が生えてるの」

亜里沙「ハラショー……このへんかな?(胸に手を当てる)
    お姉ちゃん、そのペンペン草の正体は何なの?」

絵里 「人それぞれよ。
    ちなみに私のは、プリマドンナへの憧れ」

亜里沙「でもお姉ちゃん、プリマドンナになるのはあきらめたんじゃないの?」

絵里 「あきらめても、憧れというものは、なくならないのよ。
    だから私は、せめてこのペンペン草だけは壊さないように、大事に守ってきたわ」

亜里沙「そのペンペン草は、どうすると壊れるの?」

絵里 「私にもよくわからないわ。
    バレエの大会で優勝できなかったとき、壊れそうになったことがある。
    つまり、やりたいことができなくなると、ペンペン草は壊れそうになるの。
    それから私は、やりたい踊りをあきらめて、やらなくちゃいけないことに集中することにした。
    たぶん、やらなくちゃいけないことを達成できなかったら、今度こそペンペン草は壊れてしまう」
72: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 12:11:27.37 ID:o2dD61S6.net
亜里沙「うーん、亜里沙、むずかしいこと、よくわかんないな。
    ねえお姉ちゃん、そのペンペン草、亜里沙に見せて!」

絵里 「ええ。ずっと隠してきたけど、たぶん見せようと思えばいつでも見せられると思う……
    あれ?」

亜里沙「どうしたの?」

絵里 「ない」

亜里沙「何がないの?」

絵里 「エリチカのたいせつな、たいせつな、ガラスでできたキレイなペンペン草、なくなっちゃった」
73: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 12:14:11.81 ID:o2dD61S6.net
よく考えたら、心がどこにあるか分からないので、私はじぶんの体のあちこちをまさぐった。
冷や汗を流しながら、頭も胸も、まんべんなく触ってみた。
しかし、ペンペン草はどこにもない。
半べそをかきながら、ついには足の裏まで触ってみた。
しかし、ペンペン草はどこにもない。
74: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 12:17:20.33 ID:o2dD61S6.net
私は重大なカン違いをしていたようだ。
私は、大笑いや大泣きをして揺らしたりしなければ、ペンペン草はずっと無事なのだと思いこんでいた。
「ペンペン草はどこにでも生える」という金言を信じこんでいた。
でも、ペンペン草だってやっぱり植物だったのだ。
真っ暗なところに、水もやらずに放っておいたら、ガラス細工のペンペン草と言えど、やはり枯れてしまうのだ。
かの名曲が唄っているように、「水がなくちゃたいへーん」なのだ。
ときどきは明るみに出して、「愛してる、ばんざーい」と言ってあげるべきだったのだ。
後悔、先に立たず。
ああ、ペンペン草は、私の心から失われてしまった。
75: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 12:18:42.92 ID:o2dD61S6.net
絵里 「おばあさま、ごめんなさい……」

亜里沙「お姉ちゃん、そんなにボーゼンとしないで!
    ペンペン草がなくなると、そんなに困ることがあるの?」

絵里 「ペンペン草があるから、私は笑うのと泣くのを我慢してきたわ。
    だから、ペンペン草がなくなったら、思いっきり笑ったり泣いたりできるんだって思ったこともあった。
    でもそんなことはないのね。
    ペンペン草をなくしてしまったら、なんかもうボーっとしちゃって、笑みも涙もこぼれないの。
    私、笑わない王女を通りこして、笑えない王女になっちゃった。
    いやこの場合は、笑えない生徒会長か」
76: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 12:20:28.22 ID:o2dD61S6.net
亜里沙「大丈夫、きっとまた笑えるようになるよ!
    だから明日はゆっくり休んで……」

絵里 「いいえ、明日も学校に行って、バリバリ生徒会長の仕事を勤めるわ」

亜里沙「どうしてそこまでしなきゃいけないの?」

絵里 「やりたいことは、途中であきらめることができるわ。
    でも、やらなきゃいけないことは、途中でやめるわけにはいかないの。
    王女さまは、笑えなくなっても、王女さまを続けなくちゃいけないのよ。
    取り乱して悪かったわね。
    明日からまたいつもの私に戻るわ。おやすみ、亜里沙」

亜里沙「お姉ちゃん……」

翌日から、笑わない王女の氷のように孤独な闘いが始まった。
77: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 12:21:33.07 ID:o2dD61S6.net
【翌日、音ノ木坂学院、生徒会室】

希  「ねえエリチ、今朝こんなポスターが貼ってあったよ」

絵里 「スクールアイドル名称募集?
    これはアイドル研究部と関係があるの?」

希  「さっきにこっちに訊いたら、無いって言うてたよ。
    これはほら、前に言った、高坂さんが始めたことみたい。
    高坂さんたち、廃校を防ぐために、こんなアイディアを考えたんと違うかな」

絵里 「認められないわ」

希  「エリチ?」

絵里 「廃校を防ぐのは先生方と生徒会の仕事。
    部活動ですらない団体が首を突っ込むべきことじゃないわ。
    どうせこのポスターも無許可で貼ったんでしょう。すぐ剥がすように……」
78: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 12:24:24.14 ID:o2dD61S6.net
希  「なーんか今日のエリチはおかしいなあ。
    もともと、そんな冷たいこというような性格じゃないやろ」

絵里 「いいえ、タコ社長。
    残念ながら私は、人情あふれる寅次郎とはぜんぜん違う、冷徹な女なの。
    私はもともと、こんなふうな、氷のように冷たい、イカめし……じゃなかった、厳めしい女なのよ」

希  「エリチのアホ、ウソツキ、ポンコツハラショー女!
    もう知らん!」

希は怒って出て行ってしまった。
おかしいな。希を怒らせたせいで、もう痛まないはずの胸が痛い。
それにしても、ポンコツハラショー女とはおそれいったな。
しかし、「アホ」よりも「ポンコツハラショー女」よりも私の胸に刺さったのは、「ウソツキ」という言葉だ。
確かに私はウソをついている。
私は、希と「男はつらいよ」ごっこをするのが、ほんとうは大好きだった。
私が敬愛するのは、イヴァン雷帝でもエカチェリーナ二世でもない、寅次郎とタコ社長なのだ。
高坂さんの活動も、寅さんに負けずとも劣らぬ義理人情で手伝ってあげるべきだと分かっている。
ではどうして、あんなひどいウソをついちゃったんだろう?
79: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 12:25:49.78 ID:o2dD61S6.net
そこまで考えたところで、ガラガラピシャンとドアが開いて、にこが飛び込んできた。

にこ 「ちょっと絵里、さっき希が泣きながら屋上に来たわよ!
    あんた何をやらかしたのよ!」

絵里 「希にひどいウソをついちゃった」

にこ 「どうして?」

絵里 「言い訳のためのキレイごとはいくらでも思いつくけど……
    そうね、率直に言うと、私は高坂さんたちに嫉妬しているの。
    やりたいことを躊躇なくできる、その勇気に。
    私と関係ないところで活動してくれるなら、何の文句もないわ。
    でもね、私のやらなきゃいけない廃校阻止の領分に入ってこられると、私だって嫉妬のひとつもしたくなるわ」

にこ 「そんなむちゃくちゃな」
80: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 12:27:51.88 ID:o2dD61S6.net
絵里 「そう、むちゃくちゃなエゴよ。
    でも、やりたいことをやっている人が、私のやらなきゃいけないことまで取っていくのは、辛いのよ。
    それに、にこ、たぶん私、あなたにも嫉妬してる」

にこ 「はあ?どうしてよ?」

絵里 「あなたと高坂さんたちが、その……同じことをしてるから」

にこ 「はっきり言わないから、ちっとも要領を得ないわよ。
    まあ何にしたって、逆恨みもいいとこね。
    絵里、あなたの頭はもう冷えきってるようだから、頭を冷やせとは言わないけど……
    せめて希には謝りなさい。それじゃあね」

はっきり言えるわけがない。
にこと高坂さんたちは、ダンスをしている。
それは、私がやりたくてたまらないことなのだ。
私だって、ずっと踊りたかったんだもん。プリマドンナになれなくたって。
81: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 12:29:00.12 ID:o2dD61S6.net
そのあとすぐ、私は屋上に行って、希に謝った。
希は笑って許してくれたが、ギクシャクした感じは拭えなかった。
結局それから、希がスクールアイドルのことを私に相談することは、なくなった。
彼女は私の知らないところで、こっそり高坂さんたちを助けているようだ。
数週間後、ファーストライブが終わり、しばらくは何も起こらなかった。
82: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 12:31:29.20 ID:o2dD61S6.net
【絢瀬家、絵里の部屋】

亜里沙「ねえお姉ちゃん、μ'sって知ってる?
    音楽もダンスも、すごくかっこいいの。
    聞いてると、すごく元気になるの」

絵里 「亜里沙、あなたまで……
    でもμ’sは、歌も踊りも、まだまだ未熟よ」

亜里沙「そりゃ、お姉ちゃんから見たらそうかもしれないけど……
    そうだ! お姉ちゃんもμ’sに入ればいいんだよ。
    それでμ’sのみなさんに、歌とダンスの指導を……」

絵里 「無理よ、私には」

亜里沙「どうして?」

絵里 「ペンペン草がないから」
83: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 12:33:07.55 ID:o2dD61S6.net
めずらしく亜里沙が怒って、私に詰め寄ってきた。

亜里沙「もう!いつまでクヨクヨしてるの、お姉ちゃんのフヌケ!
    笑わない王女さまでいるのにも、そろそろ疲れてきたでしょ?
    どうしたらもう一回笑えるか、亜里沙が教えてあげるから!」

そう言うと、亜里沙は押し入れから絵本を引っぱりだしてきた。

亜里沙「お姉ちゃん、どうせ『笑わない王女』の内容、あらすじしか覚えてないんでしょ」

絵里 「ちゃんと覚えてるわよ。
    男がずっこけて、王女さまが笑うんでしょ」

亜里沙「その過程が大事なんだよ!
    いい?こういうことがあったの!」
84: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 12:37:15.36 ID:o2dD61S6.net
五行でわかる ロシア民話「笑わない王女」 --- 王女さまが笑うまで」編 ---

(1)あるお人好しが、親方のところで三年修行した。
(2)お人好しがもらったのは、三年間で三枚の硬貨だけ。
(3)その三枚の硬貨も施してしまって、お人好しは一文無し。
(4)一文無しのお人好し、ずっこける!王女、笑う。
(5)ハラショー。

絵里 「一行ほど無駄にしてない?」

亜里沙「お姉ちゃんに言われたくはないかな」
86: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 12:41:13.86 ID:o2dD61S6.net
亜里沙におやすみを言って、布団にもぐってから、考えた。
三年間あくせく働いて、何も見返りをもらっていないお人好し。
よく似たお人好しを、私はひとり知っている。
彼女は、一年目、笑わない王女のために、一緒に生徒会役員になって助けてくれた。
それに加えて、べらんめえ口調でおしゃべりをしてくれた。
彼女は、二年目、笑わない王女のために、生徒会副会長になって助けてくれた。
それに加えて、エセ関西弁でおしゃべりをしてくれた。
それなのに、笑わない王女は、見返りを何もあげていない。
それどころか、心の底からの微笑みひとつ、返してはいない。
ずいぶんひどい王女だな、どこのどいつだ……ああ、私か。
では、三年目に、お人好しは何をしようとしているのだろう?
王女は、お人好しに何をあげればよいのだろう?
87: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 12:42:23.21 ID:o2dD61S6.net
【翌日、生徒会室】

希  「エリチ、興味ないかもしれんけど、ちょっと聞いて。
    ついにアイドル研究部に、μ’sの6人が入ったよ。

絵里 「そう。よかったじゃない。
    この前生徒会室に来た、高坂さん、南さん、園田さん、西木野さん、星空さん、小泉さんね」

希  「あ、興味ないふりして、全員の名前、ちゃんと覚えとるやん」

絵里 「茶化さないで。生徒会長なんだから、当然のことよ」
88: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 12:46:58.28 ID:o2dD61S6.net
希  「はいはい……
    あ、エリチ、興味ないかもしれんけど、ちょっと屋上のほうを見てごらんよ。
    あんなに楽しそうな顔のにこっちを見るのは、ウチらもはじめてかもなあ」

屋上にいるにことμ’sの笑顔を見たとたん、これまで彼女らに抱いていた嫉妬が、トコロテンのようにあっさり消えた。
あとに残ったのは、にこへの祝福と、それから……

絵里 「よかったわねえ、にこ」

希  「言いたいことはそれだけ?
    まだ誰かさんには、言いたいことがあるんと違う?」

絵里 「誰かさんとは誰のことかしら」

希  「やりたいことと、やらなきゃいけないことをキッパリ分けなきゃいけないなんて言う、石頭よ。
    やらなきゃいけないことのために、やりたいことを犠牲にしようとする、ポンコツな生徒会長よ。
    ねえエリチ、いまちょっと、私も混ざりたいな、って思ったんでしょ。
    そろそろ観念してハッキリ言うたらどう?
    エリチのほんとうにやりたいことは何なの?」

いま思い返すと、希はわざと私を怒らせようとしていたのかもしれない。
カッとさせなければ氷が溶けないことを、彼女は知っていたのだ。
アホな私は、まんまとその意図に乗せられた。

絵里 「ええそうよ!
    私だって、また踊りたいわよ!
    でも私が、今さら、そんなこと言えるわけないじゃない!」

愛しの社長に向かってこんなに大声で叫んだのは、初めてかもしれない。
居たたまれなくなった私は、希のほうを振り返ることもなく、教室に駆け出した。
89: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 12:49:30.97 ID:o2dD61S6.net
最後まで希は、用意周到だった。
私がμ’sに入りたいという本音と、それを言い出せないという本音を聞くやいなや、彼女はμ’sのほうから私を誘うようにお願いしてくれたようだ。
教室で突っ伏している私に、声が聞こえた。

穂乃果「絢瀬先輩、μ’sに入って下さい!」

私は頭がこんがらがって、しばらくボーゼンとしていたが、ふと気がついた。
μ’sの7人は、勢ぞろいしている。
しかし、誰か大事な人がいない……
希がいない。

穂乃果「ええと、先輩、どうでしょう……?」
90: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 12:51:48.61 ID:o2dD61S6.net
てやんでえ、タコ社長……じゃなかった、桂梅太郎……じゃなかった、東條の野郎。
おれをμ’sに入れたら、自分だけ身をひくつもりか。
東條希は、絢瀬絵里がほんとうにやりたいことをできるようにしてくれた。
これが三年目に、彼女が私にしてくれたことだったのだ。
ところが奴は、三年目も私から何も受け取らずに、「スピリチュアルやねえ」とかいうわけのわからない寝言を言って逃げるつもりなのだ。
そうは問屋が下ろさねえ。
92: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 12:54:47.97 ID:o2dD61S6.net
私は窓から校庭を見下ろした。
いつのまにか、小雨が降りだしている。
見慣れた紫色の傘が、玄関から出てくるのが見える。

絵里 「希!」

希  「あ、エリチ!
    ちゃんと穂乃果ちゃんに、μ’sに入れてくださいって言うた?」

彼女はにっこり笑って、傘を一度だけくるりと回した。

希  「ウチ、応援してるからね。ほなまた明日……」

絵里 「希のアホ!エセ関西タコ女!お人好し!
    ちょっとそこで待ってなさい!」

私は思いつくかぎりの罵詈雑言を彼女にあびせかけ、急いで階段を降りて玄関に向かった。
93: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 12:57:40.11 ID:o2dD61S6.net
玄関から外に駆け出し、私は希と向かい合った。

絵里(裏声)「ねえ社長、旅に出るときは、一声かけてから行くもんだよ」

希 (裏声)「何だい寅さん、あんたがあたしを見送るなんざ、いつもと逆じゃねえか。
       まあ旅に出るっつうか、家に帰るだけなんだけどよゥ」

絵里(裏声)「見送るんじゃねえよ、引き止めにきたんだよ。
       なあタコ社長、おれと一緒に、μ’sに入ってくれよ!」

希 (裏声)「寅さん、あんたはほんとにバカだねえ。
       それはあんたが決めることじゃなくて、穂乃果ちゃんたちが……」

穂乃果 「えーと、何のお芝居か分かりませんが……
     東條先輩、私たちからもお願いします。
     μ’sに入って下さい。
     みんなと話し合って、ずっと前から決めていたんです」

絵里(地声)「ほらご覧なさい。
       それとも、こんなこと言うのは、私のワガママなのかしら。
       あなたはもしかしたら、入りたくないのかしら?」

希 (地声)「そんなことあるわけないよ……
       エリチのワガママなんかじゃない、むしろ私がずっとやりたかったこと、なんだから。
       ウチ、ずっと、友達と一緒に何かを成し遂げること、望んでたんやから」
94: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 13:00:11.79 ID:o2dD61S6.net
絵里 「高坂さん。返事が遅れてごめんなさいね。
    東條希と絢瀬絵里をμ’sに入れてください。
    お願いします」

希  「お願いします」

高坂さんたちに向けてお辞儀をしたあとで、希と私は顔を見合わせた。
いつになく真剣な面持ちで向かいあったあと、希がゆっくりとこちらに歩いてきた。
しかし希は、気づいていなかったようだ。
小雨で地面がぬかるんでいることに。
危ない、と私が言うか言わないかのうちに、彼女はツルリと滑ってころんだ。

希  「あう」
95: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 13:02:48.26 ID:o2dD61S6.net
ロシア民話、笑わない王女。
泥にすべって転んだお人好しは、笑わない王女さまを笑わせることができた。
幼いころの私がそのオチに疑義を呈したことについては、すでに述べたとおりだ。
おばあさまが私になんと答えたかも、すでに述べたとおりだ。

---------------------------------------
「どうして転んだ人を見て笑うの?
 転ぶのは、かわいそうなことで、ちっともおかしくなんかないじゃない」

「たしかに、ただ転ぶだけでは、かわいそうなだけだよね。
 それを笑うのは、お行儀のよくないことにちがいない。
 でも、優しいひとが転べば、お行儀のよい王女さまも、笑わせることができるのよ」
----------------------------------------

いま、泥まみれで「エリチ、やってもうたわ」と言う希を見て、私は笑った。
笑いながら、おばあさまの言葉の意味を理解した。
あのとき王女さまは、お人好しがみっともなくて嘲笑したのではなく、お人好しが愛しくて微笑んだのだ。
96: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 13:04:26.33 ID:o2dD61S6.net
希  「あかん、もう泥まみれや」

絵里 「ふふ、希、ケガはない?」

希  「あ、エリチが笑ってる」

絵里 「笑うくらい、珍しいことじゃないでしょ」

希  「せやけど、今までのとは何かちがう。
    何というか、心の底から笑ってる感じがする。
    ああよかった、ウチずっと、これが見たかったの」
97: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 13:06:30.59 ID:o2dD61S6.net
絵里 「そんなに大したことかしら」

希  「うん。厳めしい顔してるより、エリチはこっちのほうがいいよ。
    顔にお花が咲いてるみたい」

絵里 「なにを柄にもないポエムをつぶやいてるのよ。
    そんな華やかな笑みじゃなくて、ちょっと微笑んだけじゃない」

希  「せやなあ、まあ花に喩えたら、せいぜいペンペン草というところかな」

絵里 「希、今何て……」

希  「ペンペン草」

絵里 「見えるの? 私の顔に、ペンペン草が?」

希  「うん、見えるよ。
    ガラス細工みたいに綺麗なペンペン草やね。
    わっ、エリチ、何を泣いとるんや、大げさな!
    怒ったり笑ったり泣いたり、いそがしいなあ、今日のエリチは」
98: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 13:10:38.90 ID:o2dD61S6.net
こうして、私がなくしたと思った心の奥底のペンペン草は、なんと私の顔の上で発見された。
心の底というのは、頭の中にも、胸の奥にも、足の裏にもない。
心の底は、逆説的にも、顔の上にあるのだ。
私には見えなくても、希に見えるなら、それでいい。
そのかわり、私も、希の顔の上に生えるガラス細工のペンペン草を見つけてあげよう。
幾度も顔を合わせて、幾度もガラスのペンペン草を見つけたら、いつか、二人の間に硝子の花園ができるかもしれない。
99: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 13:12:36.72 ID:o2dD61S6.net
【数日後、屋上、昼休みのお茶会】

お茶会のメンバーは、μ’sのメンバー全員に増えた。
二人きりの指人形ごっこ時代のことを考えると、ハラショーな発展である。

にこ 「そうだ、絵里がこの前貸してくれた絵本、虎太郎にバカウケだったわ。ありがとね」

絵里 「笑わない王女のどこにお笑い要素があると言うのかしら……
    でも喜んでもらえたようで、何よりよ」

穂乃果「そういえば絵里先輩の妹さん、私の妹と同級生なんですよね!
    絵里先輩の話も、いろいろ聞くんですよ!
    三年生どうしで恥ずかし芋を煮てコンニャクをつくったり、干し芋をぶちまけたりしてるんですよね!
    それから、絵里先輩は、社長という友達からいつも援助をもらっているとか」

希  「エリチ!わけのわからないイモを煮るに飽きたらず、
    ウチの知らんところでそんなハレンチなことを……」

絵里(裏声)「意味がわからねえよ、亜里沙の奴。
       社長だなんて、そんな根も葉もねえ噂、ねえタコ社長!……」
絵里(地声)「ちくしょう……この遊びのせいか!」
100: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2014/09/29(月) 13:16:07.03 ID:o2dD61S6.net
※おわりです。
 読んでくれた物好きな方、ありがとうございました。

「笑わない王女を笑わせる」タイプのおとぎ話は世界中にありますが、ロシアにもやっぱりあるみたいです。
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