穂乃果「もしかして・・・ずっと見てたの?」

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穂乃果-アイキャッチ5
1: 名無しで叶える物語(しまむら)@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 21:17:13.01 ID:a85qk1io.net
絵里「ふふっ。ごめんなさいね、おかしくって」

穂乃果「もうっ、見てたんなら助けてよ~っ!」

 公園のベンチに腰掛けたまま、穂乃果は頬を少し膨らませてみせた。

 肩の部分があいた水玉模様のブラウスからは小麦色の肌がのぞく。
 その肩は少しこわばり、スカートの上でこぶしが軽く握られている。
 大きなリボンをあしらった青いデニム生地のスカートからは、
 日射しに照らされた二本の太腿が足下まで伸び、
 サンダルのつま先で揃った指の一本一本まで輝いてみえる。

絵里「だって、まるでその、」

 ささいな怒りも全身で表現してみせる穂乃果の前で、
 絵里はくぐもった笑いを未だに抑えきれずにいた。
 白い指先で隠す口元には、さざ波のような笑みが今も引かない。
 見下ろす位置に立っているせいか、
 穂乃果がより一層子どものように見えるのだろうか。

元スレ: 穂乃果「もしかして・・・ずっと見てたの?」

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2: 名無しで叶える物語(しまむら)@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 21:20:25.31 ID:a85qk1io.net
穂乃果「穂乃果だって、あんなに来るなんて思わなかったんだよっ!?」

 青い目を細める絵里に、穂乃果は指さして反論する。
 がむしゃらに伸びた人差し指が差すのは数メートル先の木漏れ陽だった。
 そこでは先ほど穂乃果の足下で騒いでいた鳩の群れが
 まだ地面を駆けたり、ふいに油がはねるように飛び上がったりしている。

絵里「あのねえ、犬や猫にエサをやったらダメ、って聞かなかった?」

穂乃果「あれは犬でも猫でもなかったもん・・・」

 急に落ち着いた声でとがめられ、
 穂乃果はばつが悪くなったのか、口ごもりながらうつむく。
 肩が力なく下がり、掛けられていたバッグの紐がベンチの上に垂れ下がる。
 広がったバッグの口からは、ランチパックの包装がわずかに顔を出した。
4: 名無しで叶える物語(しまむら)@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 21:23:31.42 ID:a85qk1io.net
穂乃果「穂乃果きょう昼ごはん食べないできたんだよ、
    絵里ちゃんがおいしいお店つれてってくれるってゆったから、」

 ふくれ面とひそめた眉で穂乃果は口をとがらせる。
 だが、冷静に見下ろす絵里の前では、
 減らず口もおのれの幼さや小ささを思い知らせるだけのようだった。
 あの頃のようにふくれた頬も、顔色もしぼんでいく。

穂乃果「だからね、おなかすいちゃって、
    そしたらハトさんも『こっこー!』って穂乃果におねだりして・・・」

 言い訳を続ける穂乃果の声も少しずつ色を失っていく。
 目は伏せられ、スカートのリボンの上では指先が弱々しく重なる。
 それは両親や先生に叱られて落ち込む時と同じ格好だった。

絵里「やさしいのね、穂乃果は」

 よけいに小さく幼く見えた穂乃果の頭に、絵里の右手が触れる。
 え、と穂乃果はほんの少し目線をあげたが、
 髪の線に沿って手のひらを滑らせる心地よさにすぐ慣れたのか、
 そのまま子犬が眠るように目を閉じた。
5: 名無しで叶える物語(しまむら)@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 21:26:32.01 ID:a85qk1io.net
絵里「私、怒ってないわよ。せっかくの日に、そんな顔しないで」

 頭を撫でられてうっとりしている穂乃果に、
 絵里はそんな言葉をつぶやきかける。
 穂乃果の口元にかすかな笑みがにじんで広がっていく。

絵里「穂乃果は、ハトにも好かれちゃう人気者だから、仕方ないわね」

 反対の手は、絵里自身の胸元でかるく握られていた。
 その手は心臓の奥からなにかがこぼれるのを抑えるようでもあった。
 穂乃果を見つめる二つの瞳が、わずかに揺れているように見える。

 微笑みのようでいて、
 涙があふれる一歩手前のようにもみえる微妙な表情に、
 目を閉じたままの穂乃果はついに気付かない。
6: 名無しで叶える物語(しまむら)@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 21:29:52.66 ID:a85qk1io.net
穂乃果「んふ、じゃあいこっか」

 ぴょん、と跳ねるようにして穂乃果がベンチから立ち上がった。
 その勢いで絵里の左腕に身体を押しつけ、
 両手を精一杯ひろげて彼女の身体を引き寄せる。

絵里「ほ、ほのか・・・?」

 ふいに抱きしめられ、絵里は少し目をしばたたかせる。
 さっきまで伸びていた右手が浮いたまま、
 どうすることもできずに穂乃果の背後で固まっている。
 肌をすり寄せる穂乃果の頭から、絵里は顔を少しそむけた。

穂乃果「そうだよねっ、今日は絵里ちゃんとデートだもんねっ」

 振った尻尾が見えるかのように絵里になついてみせる穂乃果。
 絵里は十数秒もかかって、
 ぎこちない右手をどうにか穂乃果の背中に当てたりした。
7: 名無しで叶える物語(しまむら)@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 21:32:53.16 ID:a85qk1io.net
絵里「・・・ほら、もう行くわよ」

 絵里は視線の先に立つ公園の時計台に目がついたのか、
 われに返ったように穂乃果を引きはがす。

 穂乃果は一通り満足したのか、
 下がったままの絵里の左手をぎゅっとつかみ、
 公園の出口へと引っ張っていった。

穂乃果「ねえ絵里ちゃんっ、映画って14時半からだよね?
    急がないといい席なくなっちゃうよっ!」

 穂乃果に強く手を引かれて転びそうになりながら、
 絵里はよろよろと後をついていく。

 舗道の端に植えられたポプラ並木の下を二人は早足で抜けていく。
 先を行く笑顔の穂乃果の向こう側で陽の光が強く射しこむせいか、
 絵里は顔をほてらせたまま、
 なかなか前方にうまく向き直れなかった。
9: 名無しで叶える物語(しまむら)@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 21:35:53.62 ID:a85qk1io.net
  ◆  ◆  ◆

 スクリーン横の出入り口から穂乃果たちがスロープを上がってくる。
 並んだ座席の足下で光るアルファベットと、右手の中の半券とを見比べながら。
 ざわめく客席は上映前の淡いオレンジの灯りに照らされ、
 足下ではふたつの影がせわしなく動いている。

穂乃果「Cー15、しぃのじゅうご・・・ねえっここだよ絵里ちゃ――きゃっ!?」

絵里「ちょっ、穂乃果・・・すみません失礼します」

 ようやくお目当ての席を見つけた穂乃果は、
 連れ添いの方を振り返って半券を持つ手を大きく振った。
 するとその拍子で座席の取っ手にバッグの紐を引っかけてしまい、
 もう片方の手に握ったファンタグレープを取り落としそうになる。
10: 名無しで叶える物語(しまむら)@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 21:38:54.01 ID:a85qk1io.net
絵里「もう、こぼしたらどうするの。少しは落ち着きなさいよ」

穂乃果「あはは・・・すみません」

 少し慎重になった穂乃果は通路側の席のお客さんに頭を下げながら、
 先ほど引っかけたバッグを片腕で大事そうに抱えなおして、
 横歩きでチケットの示す席へと移動した。
 絵里もどこか申し訳なさそうに座ると、ホルダーに入れた爽健美茶を一口すする。

穂乃果「やっぱポップコーンぐらいは買っといた方がさぁ」

 穂乃果が見つめる向こうの席では
 反対側で大学生ぐらいの男女がポップコーンを分け合っていた。

絵里「映画終わったらごはん食べるんだから、おなか空かせないと」

 それは数分前にも聞いた言葉だった。
 穂乃果はさほど気に留めることもなく、そっかぁ、と同じように聞き流す。
11: 名無しで叶える物語(しまむら)@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 21:41:54.42 ID:a85qk1io.net
 上演時間が近づくにつれて客の数も増え、ざわめき声も大きくなる。
 スクリーンでは上映中のマナーや
 駐車料金の割引などの情報がずっと流されている。

 穂乃果は他の客たちがするように、
 これから見る映画の前評判を絵里と話し合ったり、
 パンフレットを買うかどうかやグッズのデザインについてあれこれ言ったり、
 携帯の電源をあわてて切って足下のバッグに投げ込んだりする。

 絵里はふと、穂乃果の方を向いてなにか口にする。
 呼ばれた穂乃果が絵里の方を振り返り、サイドテールの髪が揺れたとき、
 客席の明かりがふっと暗くなった。

 真っ白な強い光がスクリーンに投影され、
 背後のスピーカーから足下に響くほどの音響で荘厳な音楽が鳴り始める。
 画面の中では銃を構えた屈強な男が何かを叫び、背後で列車が爆発した。
 やがてそれがアメリカの巨匠が手がけたハリウッド超大作の宣伝映像だとわかる。

 ざわめきは巨大な音に飲まれ、
 二人がそのとき交わそうとした言葉も
 まばゆい光とせき立てるようなBGMが、すべてかき消していく。
12: 名無しで叶える物語(しまむら)@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 21:44:54.92 ID:a85qk1io.net
 男がビルから落ちて映像がとぎれると公開日とキャストが大きく表示され、
 続いて話題となった恋愛ドラマの劇場版のCMが流される。
 新人女優のぎこちない発声、吐息混じりの声、口づけを交わす音。
 通路入り口では誘導灯が強く輝いている。
 そこから遅れて入ってきたカップルがそそくさと通路を抜けてゆく。

 数本の新作映画の宣伝映像がようやく終わり、
 コカ・コーラが泡を立てて水に落ちるコマーシャルや
 例の撮影・違法アップロードの注意喚起などが終わると、
 ほんの一瞬、スクリーンが暗くなる。

 そのとき、まっすぐ前だけを向いた穂乃果の頭を、
 絵里はちらりと横目にかすめ見た。
 ほぼ同時に穂乃果の目線が下に落ちる。

 手元の方を見たらしい穂乃果は、
 視線をそらした絵里の方をちらと見ると、
 スクリーンへと向き直り、すぐに映画の世界へと没入していった――。
13: 名無しで叶える物語(しまむら)@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 21:47:58.35 ID:a85qk1io.net
穂乃果「っ・・・いやぁ・・・いい話だったねえっ・・・・えりちゃん?」

絵里「・・・ごめんなさいっ、・・・ちょっと、待ってっ・・・・ぐすっ」

 鼻声で返す絵里は目元を手の甲で拭う。
 映画の終了五分前からずっとひくひくとしゃくり上げたまま、
 多くの客がすでに退場しつつある今でも涙を浮かべている。

 見渡せば他の席でも女性客が目を腫らせたり、
 興奮した様子で映画の感想を口々に交わす人もいる。
 出入り口へと向かう混雑した通路と泡立つな足音にまぎれて、
 主演女優の表情やラストシーンの台詞について語る声もあった。

 穂乃果は少し浮かせた腰をまた座席へと戻す。
 隣の絵里の目元を自分のハンカチで拭うと、
 そのまま、ただうなづくだけの絵里を優しい目で見つめている。

 遠い背景に上映を終えた真白いスクリーンが重なる。
 穂乃果の横顔や髪の輝きや目元に残った涙の痕までもが、
 客席の光景を映画のワンシーンのようにも錯覚させていた。
14: 名無しで叶える物語(しまむら)@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 21:50:59.15 ID:a85qk1io.net
  ◆  ◆  ◆

 新宿の映画館を後にした穂乃果たちは
 渋谷宮益坂のイタリアンカフェへと向かった。

 東京メトロ副都心線の終点で降りた穂乃果たちは
 慣れない長いエスカレーターや複数の地上出入り口に迷い、
 抜けた改札口まで一度引き返して駅員に道を尋ねたりもしながら、
 どうにか目的地のカラフルでポップな看板までたどり着くことができた。

 水玉模様のトップスは陽射しを受けて汗や匂いを吸ったのか、
 脇や二の腕の辺りで皮膚に張り付いているようにも見えた。
 店内のやや強い冷房で肩を冷やしたからか、
 待ち合い席では背中を少し屈めて隣の絵里の腕にしがみついていた。

 客席の料理を見ようとした身体を伸ばした穂乃果の膝が
 絵里のショートパンツと白い太腿に当たる。
 穂乃果が何かいうが、絵里は足を揃え直すのに精一杯で聞き逃してしまう。

 そんな穂乃果に動揺したままの絵里は周囲に目を走らせ、
 人前だから、みっともないから、ともっともらしい理由をつけ、
 身体の重みを押し戻そうとして、腕の肌に指先を触れさせる。

 だが、穂乃果の絵里へと寄り添う力はためらう指より強く、
 あいにく待合い客が他にいなかったのもあり、
 絵里は店員に呼ばれて顔を熱くするまで
 ずっとその体勢を強いられることとなった。
15: 名無しで叶える物語(しまむら)@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 21:53:59.71 ID:a85qk1io.net
絵里「ねえ、穂乃果、」

 ナポリタンを瞬く間に平らげた穂乃果の唇から二センチほど離れた肌には、
 まだ乾き切らないトマトソースの赤が一滴。

穂乃果「ん? なぁに?」

絵里「・・・まず、ほっぺのソースを取ってからね」

 すると穂乃果は目を閉じて目の前の人物に口元を近づける。
 ことりやヒデコたちと同様に、絵里にも拭いてもらおうとしたのだろう。
 それは高校の昼休みなどでもよく見られる、ありふれた光景だった。

 だが、絵里は昼休みの穂乃果に明るくはなかったようだ。
 目を閉じて、ソースの油に少し汚れて輝く唇を突き出す穂乃果の姿は、
 さながら恋人にキスを求めるようでもあった。

絵里「うえぇっ?! ええと、その、こんな場所なのよっ、」
17: 名無しで叶える物語(しまむら)@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 21:57:00.22 ID:a85qk1io.net
穂乃果「・・・・は?何言ってんのえりちゃ・・・ああっごめんなさいっ!」

 そこで穂乃果はようやく自分の過ちに気付く。

絵里「あ、っいいんだけどね、いいのよ、私やってあげるからっ!、」

穂乃果「いいって、自分でできるからっ!」

 沈黙。張り上げてしまった声が響く。客の視線を気にして穂乃果がうつむく。
 お互い微動だにしない数秒ののち、動いたのは絵里だった。

穂乃果「あ・・・」

 ぎこちない指の動きは、ことりたちとは違った感触だったようだ。
 穂乃果は自分の頬に伸びた白い手首に目を向けたり
 赤やオレンジで彩られた店内の、
 壁に並んだバービー人形たちに視線を移したりとなかなか落ち着かない。

絵里「はい、終わったわよ。・・・・その、嫌だった?」

穂乃果「ううん、ぜんぜん! えりちゃん気持ちよかったっ!」

 絵里は肩をすくめ、何かに震えた。
18: 名無しで叶える物語(しまむら)@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 22:00:01.05 ID:a85qk1io.net
穂乃果「それで、なんの話だっけ」

絵里「映画よ! その、穂乃果がへんなこと言うから・・・」

 まだ口ごもる絵里に、穂乃果がいぶかしげな目を向ける。
 絵里は傍らのレモンティーを一口すする。横顔の頬の熱さはまだ治らない。

絵里「その・・・ね? あれ見て、穂乃果はどんな感想を抱いたのかな、なんて」

 えー?と穂乃果は唇に人差し指を当て、上の空を見上げて思い出す。

穂乃果「うーーーーん・・・ いい話、だったんじゃないかなぁ?」

絵里「そんなに難しかったかしら?」

穂乃果「え、あれって卒業前に部活の後輩に贈り物するってお話でしょ?
    でも、絵里ちゃんずっと難しそうだったし、もっと深い話かもって」
19: 名無しで叶える物語(しまむら)@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 22:03:01.43 ID:a85qk1io.net
絵里「まあ、流れるプールのシーンがソフィア・コッポラのオマージュだとか、
   冒頭のローポジションでみすずを映すとこが小津映画だとか、
   雲の映し方がガス・ヴァン・サントだとか、いろいろ語れるんだけど・・・・」

穂乃果「ほえぇ・・・絵里ちゃんよくしってるねー」

 穂乃果がストローに口をつけ、グレープフルーツジュースのかさを減らす。

絵里「そんなことよりも、ちょっと気になったんだけど。すずちゃんのこと」

穂乃果「すずちゃんかわいかったよねぇ。読モ出身なんだっけ」

 穂乃果は食事前に絵里の買ったパンフレットを絵里と一緒に読んでいた。
 主人公「めぐみ」の友人役である「みすず」を演じた新人女優は作品について、
 「思春期の女の子たちの、名前のない感情の揺れ動きを表現するのが大変だった」
 と、収録されたインタビューで語っている。
21: 名無しで叶える物語(しまむら)@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 22:06:01.95 ID:a85qk1io.net
絵里「ねぇ穂乃果、すずちゃんの最後の、
   通学路の河川敷を笑顔で走り抜けてくシーン、
   あれって、すずちゃんどんな気持ちだったと思う?」

穂乃果「え?大親友のめぐちゃんと卒業式を迎えてよかったね、
    上京する前に思い出が作れてよかったよね、って話だよね?」

絵里「・・・穂乃果って、めぐちゃんと似てるわよね」

 え、どこが?と少しはにかむ穂乃果に、
 絵里は「明るくって、前しか見てないところが」とだけ返した。

 穂乃果たちの話題も映画を離れ、新曲のアイデアや練習計画、
 次に食べに行きたいお店などへと移っていった。
22: 名無しで叶える物語(しまむら)@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 22:09:02.34 ID:a85qk1io.net
 しばらくして、穂乃果の席に食後の特製パンケーキが到着する。

穂乃果「ふわぁ・・・ねぇ絵里ちゃんっ これすごいよ、絶対やばいよっ・・・!」

 このスイーツこそ、穂乃果が夢にまで見た逸品だった。

 月曜に部室でファッション誌『Sweet』の特集記事にマーカーを引いた時から、
 いや、水曜の帰り道に絵里が映画に誘った時からはずっと、
 穂乃果は記事の写真やブログ記事などを眺めては舌なめずりをしてきたのだ。

 プレートが置かれた時、まず穂乃果の目を惹いたのは赤と青紫の果実だ。
 切り分けられ広がったイチゴの滴るような赤と
 その鮮やかさをそばで見守る数個のブルーベリー。
 絡み合う赤と青の果肉はあたかも舞台上を舞い踊る歌姫たちのようでもあった。

 二人きりのステージの足下を満たすのは卵黄風味の生クリーム。
 土台を固めるタルト形の焼きたてパンケーキ生地から立ち上る熱気は
 さながらライブ会場の興奮を思わせるほどで、
 あの幼くも肉感的な歌声のように甘酸っぱい香りが鼻腔を愛撫する。
 外側では薄く振られた粉砂糖の白が、光の粒子のように果実を彩っている。
23: 名無しで叶える物語(しまむら)@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 22:12:03.06 ID:a85qk1io.net
穂乃果「いただきまぁす・・・・・ぁむっ・・・」

 蕩ける瞳のまま穂乃果はナイフを滑らせ、ついに舞台装置の一片を口に含む。
 銀のフォークの根本で穂乃果の唇が重なり、
 ゆっくりと引き抜かれてゆく。

穂乃果「ふぅっ・・・ぅあっ・・・」

 すでに匂いにやられていた穂乃果は恍惚の呻き声を抑えきれない。
 穂乃果の舌のひだを濡らしてはあふれ出る涎と欲望は
 とうに最高潮を迎え我慢の限界を超えてもまだ求め続け、
 粘っこい液が唇の端からはしたなくこぼれ落ちる寸前だった。
 目をつむり最初の一口を堪能する、ファーストキスのごとく狂おしい一瞬。

穂乃果「・・・んぅっうぅ・・・ふぅっ・・・・・んむぅううっ・・・・っ!」
24: 名無しで叶える物語(しまむら)@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 22:15:03.45 ID:a85qk1io.net
 あどけない舌の表面を、乾いた粉砂糖が撫であげる。
 焼け付くほどの甘みが濡れた舌の上で初恋のようにぱっと燃え広がり、
 もっと深く、生地の奥の熱く柔らかな場所へと穂乃果を誘惑する。
 穂乃果はひくひくと鼻から熱い息を漏らしながら
 あの白い歯を立てて、濃厚に絡み合う小麦粉とバターの果てを求めた。

穂乃果「・・・ふぁあっ・・! ・・・・・おいひぃ・・・っ!!」

 ぷちり、と音を立てて果肉から汁が噴き出す。
 ぐちゃぐちゃに絡み合ったパンケーキ生地と唾液の沼地で
 生娘のように瑞々しい酸味の果汁がほとばしり、
 熟れた果肉の感触が穂乃果の口の中に染み込んでいく。

 目をつむり、頬を染めて果実のエキスを堪能する穂乃果。
 身悶え酔いしれる表情にわずかに差した憂いの色は
 身体に刻まれてしまった快楽に溺れていく畏れと、
 一口、もう一口と際限なく求めてしまう本能への諦めを意味していた。

絵里「やっぱりおいしいわね、ここのは・・・って。穂乃果?」

穂乃果「ぅえりちゃ・・・ほのか、生きててよかったよぉ・・・」

絵里「そこまでっ!?」

 絶句したのか、からん、とフォークを取り落とす絵里だった。
25: 名無しで叶える物語(しまむら)@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 22:18:04.14 ID:a85qk1io.net
絵里「ねえ、一口もらっていい?」

穂乃果「ええ~? 穂乃果もうこのケーキと結婚するって決めたのにぃ」

絵里「それ、私が予約したんだけど・・・」

 じゃあ交換ね、と穂乃果がためらいなく絵里の皿にフォークを突き立てる。
 あ、と声を上げる絵里に、穂乃果が眉を下げて不安げにもう一度乞うた。
 その瞳はまだ潤んで揺れているようで、
 絵里はつい自分の皿を穂乃果へ差し出してしまったらしい。

穂乃果「っんうう~っ! レモン味もいけるねえっ!」

絵里「そうでしょう?
   もっと甘い方がいいかなって思ったんだけど、これで十分ね」

 穂乃果が咀嚼のたびに万華鏡のように表情を輝かせるせいか、
 絵里の声にも思わず吹き出す息が混ざる。
 笑いをこらえているのだろうか、後ろでくくった金髪も少し揺れた。
26: 名無しで叶える物語(しまむら)@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 22:21:04.52 ID:a85qk1io.net
穂乃果「ねね、絵里ちゃんもっ! ほらっ!」

 言うなり、穂乃果は自分のフォークでブルーベリーの一粒ごと突き刺すと
 絵里の鼻元に有無をいわさず突きつける。

絵里「ぅええっ!? ほ、穂乃果っっ!?」

穂乃果「さ、ほら早く! ぜったいおいしいから、これ!」

 フォークの歯の付け根では舐め取ったあとのクリームがまだ残っていた。
 絵里は首をすくめ、顔を少し背けたようでもあったが、
 意を決して頭ごと前に差し出した。

絵里「・・・うーん・・・甘酸っぱいわぁ・・・」

穂乃果「ね、おいしいよねっ?!
    こう、ベリーとベリーのハーモニー?みたいな?
    穂乃果こんなの初めてだよ!」

 ひとりで興奮する穂乃果に、絵里はまだ何も返せずにいた。
 穂乃果にもらったケーキの一口をかみしめているようでもあり、
 その姿は別のことを考えているようでもあった。

絵里「・・・穂乃果って、ガード甘いのよね」

穂乃果「何の話っ!?」
27: 名無しで叶える物語(しまむら)@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 22:24:05.20 ID:a85qk1io.net
絵里「ううん、気にしないで。
   穂乃果、道ばたで甘いものもらっても着いてっちゃだめよ?」

穂乃果「いや、私って一応高校生なのですが・・・」

 話しながらも穂乃果の手の動きは止まらない。
 絵里をフォークに刺したケーキの一切れを見せつける。

絵里「これ、くれるって言われても?」

穂乃果「!? うーーーんっ、  迷うっ!」

 穂乃果、きっぱりと断言。

絵里「迷うんだ・・・迷うのね・・・」

 ため息混じりの絵里の声は相変わらず重い。
29: 名無しで叶える物語(しまむら)@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 22:32:33.65 ID:a85qk1io.net
やっべミスった訂正

>>27
× 絵里をフォークに刺したケーキの一切れを~
○ 絵里がフォークに刺したケーキの一切れを~


絵里ちゃんフォークに刺しちゃったらとんだホラーだわ
28: 名無しで叶える物語(しまむら)@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 22:31:17.06 ID:a85qk1io.net
こちらもおなかがへってきたのでごはんたべてきます

それと百合を期待している方、ほのえり好きの方はごめんなさい
こっからあんまりハラショーではない、暗めの話なので
34: 名無しで叶える物語(しまむら)@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 23:59:32.19 ID:a85qk1io.net
  ◆  ◆  ◆

 陽の沈みかかる頃になると、公園に鳩たちの姿は見えなかった。
 並木道に吹き付ける生ぬるい風が頭上の枝葉をざわざわと揺らす。
 点々と据えられた電灯の明かりが点きはじめ、
 遠くに部活帰りの中学生たちの騒ぐ声が響いている。

穂乃果「くっそぉ・・・せっかく30%引きだったのにぃ・・・」

絵里「・・・あのとき買っても荷物になっただけよ、また今度にしなさい」

 路上に落ちた葉をサンダルで踏み歩きながら、
 穂乃果はまだスペイン坂のショップで見つけたブラウスを悔やんでいた。
35: 名無しで叶える物語(しまむら【19:24 震度1】)@\(^o^)/ 2014/10/01(水) 00:07:42.79 ID:V8qZ4VLe.net
 穂乃果は連れていた絵里の格好にあてられたのか、
 普段よりも少し大人びた、露出の大きいデザインを選んでみたらしい。
 着替えた穂乃果は試着室で得意げにポーズを取るも、
 うつむき頬を染めた絵里によって即座にカーテンを閉められてしまったのだ。

穂乃果「・・・ぅえりちゃーん、お金を」

絵里「貸しませんっ」

 絵里が時々早足になり、手をつないだままの穂乃果があわてて歩を進める。
 少しすると絵里の歩くスピードが弱まり、
 まるで帰り道を名残惜しむかのようにゆったりと歩いてみせたりする。
 この繰り返しに、穂乃果は気に留めることもなく帰途を行く。
36: 名無しで叶える物語(しまむら【19:24 震度1】)@\(^o^)/ 2014/10/01(水) 00:11:43.17 ID:V8qZ4VLe.net
絵里「・・・・ねぇ、穂乃果。今日は、どうだったかしら」

 話をそらそうと何気なく口にした言葉は一日を締めくくるものに聞こえた。
 絵里はほとんど止まってしまいそうな足と共に、声の調子まで弱めた。

穂乃果「え、うん! あのパンケーキ神だった! ぇりちゃんだいすきっ!」

 穂乃果が繋がれていない方の腕で絵里の腰を抱きしめて離す。
 絵里がついに止まってしまう。
 穂乃果は小首をかしげると、何かに思い至ったようで、言葉を付け足す。

穂乃果「あ、ええとね、映画もよかったよっ!
    穂乃果は好きだよ、あのお話! すずちゃんかわいくってね、
    絵里ちゃんあの映画、
    何回も見たんだよね?いいよね、穂乃果たちみたいで、」

絵里「穂乃果」

 絵里は首も動かせないまま、穂乃果を呼び止める。
37: 名無しで叶える物語(しまむら【19:24 震度1】)@\(^o^)/ 2014/10/01(水) 00:15:43.55 ID:V8qZ4VLe.net
穂乃果「絵里、ちゃん・・・?」


絵里「・・・・ねえ、穂乃果。時間、あるかしら。
   少しでいいの、おねがい」
38: 名無しで叶える物語(しまむら【19:24 震度1】)@\(^o^)/ 2014/10/01(水) 00:19:43.92 ID:V8qZ4VLe.net
 鬱蒼とした木々の向こうに陽が沈むと、光源はまばらな電灯だけとなった。
 鳥たちの姿もなく、時計台の文字盤が幽霊のような弱い光を放っている。
 蝉の声も学生たちの騒ぐ音もいつしか途切れ、
 狭いベンチには穂乃果たち二人だけが取り残されたようにも見えた。

穂乃果「・・・」

絵里「・・・っ」

 穂乃果は冷えたベンチの表面に指を滑らせ、冷たさから手を離す。
 スカートのリボンを手にあそばせたりしながら、
 十数センチ離れた隣の人へ指先を伸ばそうか伸ばすまいか迷っている。

 なにか大事な話がある、というのは鈍感な穂乃果も気付いたらしい。
 絵里は動けないまま、唇だけを震わせ、
 なにか言おうとしては声に出せずに唇を噛んでいるようだった。
39: 名無しで叶える物語(しまむら【19:24 震度1】)@\(^o^)/ 2014/10/01(水) 00:23:44.40 ID:V8qZ4VLe.net
絵里「・・・・すずちゃんは、言えなかったのよ」

 唐突に始まったのは、一聴すると無関係な映画の話題だった。
 穂乃果の横顔と揺れる瞳はベンチの裏手から電灯に白く照らされ、
 シネコンの観客席を後にした時のように、映画のワンシーンを思わせた。

絵里「東京になんて行きたくなかった、
   ほんとはめぐちゃんとずっと一緒に遊んでたかった、
   どうせ卒業したら、お別れになって、忘れちゃうんなら、
   気持ちが伝わらないのなら、せめて、一番近くにいて、・・・」

穂乃果「・・・・穂乃果たち、みたいだよね」

 ふふっ、本当に私たちみたい。

 絵里も溜め息よりも重い声で同意した。
40: 名無しで叶える物語(しまむら【19:24 震度1】)@\(^o^)/ 2014/10/01(水) 00:27:44.78 ID:V8qZ4VLe.net
穂乃果「でも、大丈夫だよ。・・・穂乃果たちは、ずっと一緒だもん」

 穂乃果はそう言って、
 ベンチから飛び降りるようにして駆けると
 絵里の目の前に立ち、膝を落として絵里の方を向き、その手を握りしめた。

絵里「あ・・・」

穂乃果「絵里ちゃん聴いてっ!

    私たちμ'sの絆は、
    卒業したって活動が終わったってなくなんないっ!」
41: 名無しで叶える物語(しまむら【19:24 震度1】)@\(^o^)/ 2014/10/01(水) 00:31:45.14 ID:V8qZ4VLe.net
穂乃果「穂乃果だって、今度はみんなと一緒に映画とか見に行きたいし、
    パンケーキだって大人になっても食べに行きたいの!
    それからええっと、渋谷で服を買って、今度こそ、
    絵里ちゃんみたいにセクシーにっ、、」


穂乃果「とにかくっ!  みんなはバラバラになったりしないからっ!

    ねっ、今度は海未ちゃんやことりちゃんたちとみんなで一緒に遊ぼうっ?
    あっそうだ希ちゃんやにこちゃん、真姫ちゃん、
    花陽ちゃん、凛ちゃん、μ'sのぜんい――」


 言葉はそこで止まった。
 穂乃果の腕が強く引かれて、無理やり抱きしめられたからだ。
42: 名無しで叶える物語(しまむら【19:24 震度1】)@\(^o^)/ 2014/10/01(水) 00:35:45.62 ID:V8qZ4VLe.net
穂乃果「ぅええっ、えりちゃ・・・?」

 バランスを崩した穂乃果は覆い被さるように倒れ込む。
 穂乃果は絵里の両膝に跨がるように座る格好となった。
 絵里は穂乃果を強く抱き留め、穂乃果の首元に顔を強く押し当てた。

穂乃果「・・・えり、ちゃん・・・」

 穂乃果が呼びかけるも、
 絵里はいつかのように少し首を振るだけで、穂乃果を離そうとしない。

 すすり泣く声や鼻水の音がする。
 時々、肩を小さく震わせ、ブロンドがベンチの裏で揺れている。

 穂乃果はその髪を手のひらで撫でた。
 小さい頃、雪穂にしていたのと同じように、
 少しでも元気になりますように、と。
43: 名無しで叶える物語(しまむら【19:24 震度1】)@\(^o^)/ 2014/10/01(水) 00:39:46.12 ID:V8qZ4VLe.net
絵里「・・・ごめんなさっ・・・えうっ・・・・」

 絵里がようやく涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。
 穂乃果は昼間にも濡らしたハンカチを取り出そうとするが、止められる。

穂乃果「いいんだよ、絵里ちゃん、さみしかったら、私が、」

 ごめんなさい、と絵里はもう一度言った。
 穂乃果は髪を撫でる手をとめ、絵里の方へ向き直る。
 絵里はまだしゃくり上げる喉を無理やり整え、
 こちらを射抜くほどの視線で穂乃果を見やった。

 そして絵里はこのとき言おうとした、


 ――聞いて、穂乃果。

   あのね、私、穂乃果のことが、
44: 名無しで叶える物語(しまむら【19:24 震度1】)@\(^o^)/ 2014/10/01(水) 00:43:46.51 ID:V8qZ4VLe.net
  ◆  ◆  ◆

 一日が経ち、時計台の短針が二周回り、
 またポプラ並木の果ての曇り空へと陽が沈もうとする午後六時。
 制服姿の穂乃果が傍らに鞄を置き、またあのベンチに腰掛けていた。

ことり「・・・・絵里ちゃん、大丈夫かなぁ」

 隣から聞こえる独り言のような声に、穂乃果もますますうなだれる。
 制服のリボンまでしおれたように歪んでいる。
 曇り夜空に冷えた両脚の血色も普段より薄まっている。

穂乃果「お昼休みには早退しちゃったって、希ちゃんが」

 重い溜め息が漏れ、淀んだ空気に流れて溶けてゆく。
45: 名無しで叶える物語(しまむら【19:24 震度1】)@\(^o^)/ 2014/10/01(水) 00:47:46.99 ID:V8qZ4VLe.net
穂乃果「・・・・昨日までは、あんなに元気だったのに」

ことり「会ったの?」

穂乃果「うん。二人でお出かけなんて、デートみたいだね、って」

ことり「・・・・・穂乃果ちゃんと絵里ちゃん、デートだったの?」

 ちがうよ、と穂乃果がかぶりを振った。
 でも仲のいい二人で一緒に出かけるなんて、もうデートだよね、と付け加える。

 昨日のパンケーキの味でも思い出したのか、
 穂乃果の口元に一瞬だけ薄笑いが浮かんだようだが、
 すぐに元の沈んだ表情に飲み込まれてしまう。
46: 名無しで叶える物語(しまむら【19:24 震度1】)@\(^o^)/ 2014/10/01(水) 00:51:47.34 ID:V8qZ4VLe.net
ことり「・・・穂乃果ちゃん、変わらないね」

穂乃果「そうかなあ」

ことり「変わんないよ、昔からずっと。・・・ことりたちと、違って」

 え、と穂乃果が振り向く。
 そのまま不安げな表情で隣に近づこうとするが、
 自分の置いた鞄が邪魔で身を乗り出すタイミングも失ってしまう。

ことり「・・・あの時計台、立ったのいつだか覚えてるかな?」
47: 名無しで叶える物語(しまむら【19:24 震度1】)@\(^o^)/ 2014/10/01(水) 00:55:47.68 ID:V8qZ4VLe.net
 覚えてるよ、穂乃果たちが小学校の時だよね、と少し晴れた声。
 それから穂乃果はベンチの上で足をぶらつかせ、
 小さい頃はまだ地面に足が着かなかった、といった昔話を始めた。

穂乃果「なにができるかなって、みんなで予想したんだよね」

ことり「すごく背の高い建物で、倒れちゃうかもって海未ちゃんが泣いたんだよねっ」

 穂乃果はベンチの正面に見えるであろう時計台を見つめて、
 そんなに高くなかったね、と呟いた。

穂乃果「・・・やっぱり、穂乃果も変わったよ。成長したね、うん。・・・えへへ」
49: 名無しで叶える物語(しまむら【19:24 震度1】)@\(^o^)/ 2014/10/01(水) 00:59:48.17 ID:V8qZ4VLe.net
ことり「うん、変わった。・・・それに、ことりたちは、もっと変わっちゃった」

 沈んだ声のする方を穂乃果はおずおずと見やり、
 やがて鞄の境目に片腕を伸ばして隣の手を取った。
 その手は取られるがままに、穂乃果に握られるがままにされていた。

ことり「・・・・『恋は罪悪なのです』」

穂乃果「あ、それなんか聞いたことある」

ことり「もう、現文の授業でならったでしょっ。
    ちゃんと復習しないと、海未ちゃんに叱られちゃうよ?」

 穂乃果は課題の溜まった鞄を見つめ、
 少しだけ苦い表情をすると、手の主の方へと向き直る。

穂乃果「そうだ、ことりちゃんは好きな人っていた?てか、今いる?」

ことり「ぇ・・・」
50: 名無しで叶える物語(しまむら【19:24 震度1】)@\(^o^)/ 2014/10/01(水) 01:03:48.65 ID:V8qZ4VLe.net
 上空で強い風が音を立てて吹き付け、薄雲から黄色い光が漏れ出した。
 南口の幹線道路で輸送トラックか何かが走り抜ける音がごうごうと流れる。

ことり「・・・いるよ」

穂乃果「・・・っ」

 わずかに晴れ始めた空と対照的に、穂乃果の表情はますます雲ってゆく。
 何かをごまかすように、
 鞄とは反対側の指先をスカートの生地に遊ばせたりする。

ことり「でもね、」

 え、と穂乃果が目を上げる。

ことり「私のだぁいすきな人は、ことりのことなんて見ていないの。
    他にもっと大事な人がいて、
    その子のこと、ずっとずうっと見てるだけなのです」
52: 名無しで叶える物語(しまむら【19:24 震度1】)@\(^o^)/ 2014/10/01(水) 01:07:49.04 ID:V8qZ4VLe.net
穂乃果「・・・それじゃあ、ことりちゃんがかわいそうだよ・・・っ」

 穂乃果が唇をかみしめる。
 つまんだままの自分のスカートを握りしめ、
 代わりに自分が傷つこうといわんばかりに震えて、堪えている。

ことり「・・・いいよ、ありがと。やさしいよね、昔っから。

    ねえねえっ、穂乃果ちゃんは好きな人っている?
    ことりだけ聞くのはずるいよっ」

 急に明るい声を出されて、穂乃果の肩が少し跳ねた。
53: 名無しで叶える物語(しまむら【19:24 震度1】)@\(^o^)/ 2014/10/01(水) 01:11:49.52 ID:V8qZ4VLe.net
穂乃果「え・・・そんなの、急に言われてもわかんないよっ」

ことり「じゃあ考えといてね。これ、宿題だよ?」

 学校の宿題もあるのに、とふてくされた声をわざと出して笑ってみせる。
 穂乃果の冗談を聞いて、二つの笑い声が小さく重なった。

穂乃果「・・・・そっか。わかった、わかったよことりちゃん!」

 くすくす笑う声が薄れたころ、急に穂乃果が大声を上げた。


穂乃果「絵里ちゃんも、好きな人がいたのかもしれないっ!
    それなのに、伝えられなくって、だからさみしいって穂乃果に、」

 頭上の枝葉ががさがさと音を立て、月明かりがまたかき消された。
54: 名無しで叶える物語(しまむら【19:24 震度1】)@\(^o^)/ 2014/10/01(水) 01:21:18.73 ID:V8qZ4VLe.net
穂乃果「穂乃果ね、勘違いしてたの。
    絵里ちゃんは卒業して離ればなれになるのが、つらいんだって」

ことり「・・・そうだね。それもあるんじゃないかな」

穂乃果「だから穂乃果、あした絵里ちゃんに好きな人いるのって聞いてみるよっ!
    そしたら応援する!
    決めたっ、私は絵里ちゃんに幸せになってほしいもん!」

ことり「・・・・っ」

穂乃果「絵里ちゃんはとびっきりかわいいんだから、
    絶対に振り向いてくれるよね!  ね、ことりちゃ」

穂乃果「・・・ことりちゃん?」
55: 名無しで叶える物語(しまむら【19:24 震度1】)@\(^o^)/ 2014/10/01(水) 01:25:19.11 ID:V8qZ4VLe.net
ことり「・・・絵里ちゃんと、映画見に行ったんだよね。
    それ、なんて映画だったの?」

 いきなり別の話をされた穂乃果は、
 鳩が豆鉄砲を受けたような顔で映画のタイトルを伝えた。

ことり「・・・恋愛映画、ついていけたのかな」

穂乃果「私? えっ普通にすごいいい話だったよ、今度こそ寝なかったもん」

 穂乃果は少し胸を張って見せる。
 気付けば鞄の上に伸ばした指先は離されている。

穂乃果「って、ことりちゃん、勘違いしてないー?
    あれって、どっちかといえば、青春映画、ってやつだよ、たぶん」
57: 名無しで叶える物語(しまむら【19:24 震度1】)@\(^o^)/ 2014/10/01(水) 01:29:19.51 ID:V8qZ4VLe.net
ことり「そうだったね。ごめんなさい、ことりが間違ってました」

 まだ首を傾げる穂乃果の横で、鞄を肩に掛け直す物音がする。

穂乃果「え・・・帰るの?」

ことり「ごめんね、今日、ちょっと用事があったの。また明日学校でね」

 追いすがるように穂乃果は腕を伸ばすが、伸ばしきれない。
 何か言わなければいけない、
 それなのに、何を言えばいいのかわからない。
 それは教室で先生に当てられ、立ったまま目を白黒させる姿に似ていた。


穂乃果「・・・あのね、私っ、ことりちゃんのこともっ!」

ことり「もういいよ」

 伸ばそうとした穂乃果の手が空中で止まって、そのまま力なく落ちる。
59: 名無しで叶える物語(しまむら【19:24 震度1】)@\(^o^)/ 2014/10/01(水) 01:33:19.90 ID:V8qZ4VLe.net
穂乃果「ことり、ちゃん・・・っ」

ことり「・・・ごめんなさい。こんな言い方、したくないけど・・・
    穂乃果ちゃんには、何もできないと思うの」

 また強い風が吹き付け、月の光が穂乃果たちを照らし始める。
 その黄色い光は毒々しいほど輝いていて、
 穂乃果の瞳は彩度を失っていくようにみえる。

穂乃果「・・・・絵里ちゃんのこと、穂乃果は、」


ことり「――私だって、助けたかったのっ!!」

 びくん、と穂乃果の肩が震えた。
 目を見開き、呆然と相手を見ていることしかできない。
60: 名無しで叶える物語(しまむら【19:24 震度1】)@\(^o^)/ 2014/10/01(水) 01:37:20.27 ID:V8qZ4VLe.net
ことり「・・・・穂乃果ちゃん、ことりはもう帰るから。
    ごめんなさい、本当にこんな言い方したくないの、ないんだけど、」

穂乃果「待って! ねぇ穂乃果バカだからわかんないけど、
    困ってるんならちゃんと教えてよっ、力になりたいのっ、
    ことりちゃ――」

 穂乃果はベンチから飛び出して、そこから離れてゆく手の甲を掴んだ。
 いや、掴もうとした。
 だが月に照らされて白すぎる手は穂乃果を、ぴしりとはねのけた。

穂乃果「・・・っ!」

ことり「・・・ごめんなさい、お願いします。何も言わないでください・・・。」

 穂乃果はもう一歩も動けない。
 あの青い瞳はうつむいてしまって、光をすくうこともできない角度にあった。
 穂乃果からは離れてゆく人影が、最後にもう一言だけ言い残す。


ことり「今だけは、私たちを、ほうっておいてください。
    そうでないと、ことりは、

    ・・・・穂乃果ちゃんのこと、キライになっちゃうから」
61: 名無しで叶える物語(しまむら【19:24 震度1】)@\(^o^)/ 2014/10/01(水) 01:41:20.77 ID:V8qZ4VLe.net
  ◆  ◆  ◆

 空を覆っていた雲がほとんど流れた頃にも、穂乃果の姿はまだ公園にあった。
 荒く乱れた息遣いは、
 広場入り口の生け垣にまではっきり聞こえるほどだ。

穂乃果「・・・っ・・・はあっ・・・ふうっ・・・・・」

 鞄とリボンだけベンチに放り出して、あとは制服姿のまま、
 穂乃果は執拗に新曲のダンスを特訓し続けていた。

穂乃果「・・・っだめだ、穂乃果が・・・がんばんなきゃっ・・・・っ!」
62: 名無しで叶える物語(しまむら【19:24 震度1】)@\(^o^)/ 2014/10/01(水) 01:45:21.49 ID:V8qZ4VLe.net
 電灯に照らされた足下には砂やほこりが舞い、
 踏みならした痕跡で地面の土が少しえぐれるほどだ。
 シャツのボタンをいくつか開けた中から、穂乃果の首筋が浮かぶ。
 ぬめりの汗にまみれたうなじでは、
 動脈がはじけるほど強く血流が流されている。

 頭の中でBGMが一曲分鳴り終わる度に、
 穂乃果はふらふらと辺りをさまよう。
 腫れた瞼を濡らす涙やいろいろを、汗まみれのシャツでぬぐい取ると、
 また「特訓」を再開する。

 おそらくこうして、少なくとも十数回は。

穂乃果「ふうっ・・・・よし、ファイトだ穂乃果っ!」

 自分を奮い立たせるようにその場で飛び跳ねると、
 特訓をまた始めようとした穂乃果がふいにこちらを見た。

 こちらを見た。

 私と、目が合った。
63: 名無しで叶える物語(しまむら【19:24 震度1】)@\(^o^)/ 2014/10/01(水) 02:03:15.91 ID:V8qZ4VLe.net
 穂乃果がこちらを見た。

 はじめは疲労しきって焦点の合わない目でぼんやりと、
 やがてあの青く澄んだ瞳のなかで鮮明な像が形作られるのだ。
 穂乃果が私を見た。見つけてくれた。
 汗ばんだ匂いが私に近づく。
 ふらふらと近づく。
 太陽を一粒もぎとったようなあざやかな色の髪が揺れている。
 いや揺れていない。穂乃果からにじみ出た汗で張り付いている。
 髪の毛や肌までべっとり濡らした穂乃果の匂いが私を求めている。
 同じ空気から穂乃果の味がする。
 だらしなく緩んだ唇の口角が上がって、やがて笑顔の形をつくる。
 その微笑みが私に向けられている。
 おぼつかない足下は一歩ごとに確かになる。
 穂乃果の足取りが軽くなる。そう見えた。もつれそうでも私に近づく。
 あの酸っぱくて、むわっとした匂いと
 肌の弾力を伴って穂乃果が私に近づく。
 穂乃果の汗を吸って張り付いたシャツの中で穂乃果の身体が揺れている。
 揺れた弾みで穂乃果のかわいい耳たぶから汗の粒が滴り落ちては地面に吸われてしまう。
 ああそうだ、
 穂乃果は見知った人を見つけると、
 こうやってすぐ飛びついて抱きしめてしまうんだ。
 数秒後に私は穂乃果の腕に包まれる。
 絵里でもなくことりでもなくこの私が穂乃果に受け入れられる。
 ああ、もう……理性が保っていられるだろうか。

 まったくもう、絵里のいうとおりですね。
 穂乃果は、本当に、ガードが甘いんだから。
 太陽を見つめすぎて目がやられてしまうように、
 ずっと見ていたら、
 私もおかしくなってしまいそうです。

 まして、それに素肌でふれてしまったら、


穂乃果「――海未ちゃあんっ!」
65: 名無しで叶える物語(しまむら【19:24 震度1】)@\(^o^)/ 2014/10/01(水) 02:21:15.90 ID:V8qZ4VLe.net
 太陽にきつく抱かれていた間、私の意識まで溶かされてしまったようだった。

 自分の身を痛めつけるような練習をとがめると、
 思ったとおり、栓を抜いたように穂乃果の感情があふれ出した。
 泣きじゃくる穂乃果を、私は静かに受け止める。
 すでに見てきたことだけれど、穂乃果からもう一度受け止める。

 いけない、いけない。
 それ以上は求めてはいけない。
 求められることなんて、穂乃果はまだ知らないのだから。

海未「・・・・穂乃果は、だれか好きな人はいないのですか?」

 昂ぶりすぎた胸のうちを鎮めるため、わざと穂乃果に尋ねる。
 穂乃果は小首をかしげて、また指を口に当てて真剣に考えてくれる。

穂乃果「うぅん・・・・さっきもことりちゃんに言われて考えたんだけど、」

 判決が下る。
 戒めとして、私は穂乃果の言葉を定期的に胸に刻み付け、血を流す。


穂乃果「・・・ほら、幼稚園の頃の――くん。サッカーやってた。
    って、海未ちゃんおぼえてないか・・・あははっ、

    あっあとむかし雪穂がハマったバンドのギターの人、
    実はちょっとタイプだったかもっ」

 それぐらいだよ、と穂乃果が笑った。
 胸の奥から、きゅるりと血のような何かが流れだすような、
 そんな錯覚がまた私を痛めつけ、思い知らせた。
67: 名無しで叶える物語(しまむら【19:24 震度1】)@\(^o^)/ 2014/10/01(水) 02:36:43.56 ID:V8qZ4VLe.net
 穂乃果も恋とかしてみたいなあ、なんて甘いことをもらす声が聞える。
 私はそれをとがめ、意識をμ'sの活動へと逸らす。
 落ち込む穂乃果の髪の毛は、乾いた汗でざわざわして気持ちいい。

穂乃果「やっ・・・くすぐったいよぉ、あはっ」

 穂乃果の声を聞きながら、ギリシャ神話の哀れな青年を思い出した。
 蝋細工で貼り合わせた偽物の羽根で飛び立とうとして、
 太陽に近づきすぎて墜落した、かの青年の物語を。

穂乃果「ねぇ海未ちゃん。昨日、絵里ちゃん泣いてたでしょ?
    あのあと、絵里ちゃんとなにかお話したの?」

海未「はい。穂乃果のことについて、少々」

 ええっ、はずかしいよ、と穂乃果が少しむくれた。
 むくれた頬に差す赤みが、私の心臓をまた跳ねさせてしまう。

 絵里は、さしずめイカロスだった。
 いつかの私のように、届かぬ太陽に手を伸ばそうとした、哀れな人なのだ。
 私は穂乃果との昔話をした、それだけだった。
68: 名無しで叶える物語(しまむら【19:24 震度1】)@\(^o^)/ 2014/10/01(水) 02:43:57.07 ID:V8qZ4VLe.net
 穂乃果が語る昨日の出来事に、私は心の中で相槌を入れていく。

穂乃果「ほんとにね、あのパンケーキめちゃくちゃおいしかったんだからっ」

 はい、知っていますよ。
 あなたと同じメニューを私も頼みましたから。
 あの席からでは、絵里は後姿しか見えませんでしたけど。

穂乃果「あっ、映画もよかったよ。
    ねぇ海未ちゃんっ、今度あのドラマの映画版が、」

 すみません、その予告編の時は、少し目をそむけていたもので。

穂乃果「あとね、絵里ちゃん元気になって、ことりちゃんと仲直りしたら、行きたいお店が」

 うーん……私はあの洋服は、少し破廉恥すぎると思ったのですが。


穂乃果「って。ねぇ海未ちゃん」

海未「? ・・・なんですか?」


 思いついたように、穂乃果が私に尋ねはじめた。
70: 名無しで叶える物語(しまむら【19:24 震度1】)@\(^o^)/ 2014/10/01(水) 02:46:23.42 ID:V8qZ4VLe.net
穂乃果「その、海未ちゃん、もっと早く穂乃果に気づいてたの?」

海未「まぁ、そうですね」

 あれは八時過ぎでしょうか、
 ポプラ並木を走り抜けていく、ことりとすれ違いましたから。

穂乃果「ってことは、その頃には穂乃果、練習してたから、、」

 穂乃果の頬が熱くなっていく。



穂乃果「もしかして・・・ずっと見てたの?」


 私は答える。
72: 名無しで叶える物語(しまむら【19:24 震度1】)@\(^o^)/ 2014/10/01(水) 02:46:49.08 ID:V8qZ4VLe.net
 ええ、

 ――ずっと見ていましたよ、穂乃果。



おわり。
74: 名無しで叶える物語(しまむら【19:24 震度1】)@\(^o^)/ 2014/10/01(水) 02:54:48.80 ID:V8qZ4VLe.net
ミスって書いたの消しちゃったんで途中から即興でした
なので回収し忘れた部分とかあるかも
何か質問あれば少しだけ
77: 名無しで叶える物語(わたあめ)@\(^o^)/ 2014/10/01(水) 02:57:51.57 ID:Wa0WOvKY.net
ことり→海未→穂乃果←絵里じゃないのか
79: 名無しで叶える物語(しまむら【19:24 震度1】)@\(^o^)/ 2014/10/01(水) 03:11:20.43 ID:V8qZ4VLe.net
わかりづらいんですが、地の文はすべて海未視点の一人称です
いろいろ無理がある部分もありそうですけど

四人の関係は>>77のつもりで作りました
ことりはミスリードが多かったですが
穂乃果しかまともに描写してない(=見てない)辺りでいろいろ察していただけると幸いです


展開上>>1に注意書きを書けなかったので
ほのえり好きの人には本当に申し訳ない

※ ネタバレになる為カップリングカテゴリーを付けていません(管理人)

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